MAGIC STORY

ゼンディカーの夜明け

EPISODE 05

メインストーリー第3話:危険な登攀、長い落下

A. T. Greenblatt
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2020年9月16日

 

雲海》 アート:Sam Burley

 登りながらナヒリは微笑んだ。ムラーサのスカイクレイブは頭上にそびえ、一歩ごとに近づいていた。まもなく、この次元のあらゆる傷が癒されるのだ。石成の核をもってすれば、乱動を消し去ってゼンディカーを数千年前の美しく平穏な場所へと戻せる。

 記憶にある姿のように。

 アキリ、ザレス、オラー、カーザの荒い息が背後から聞こえたが、ナヒリは危険なほど速い足取りを緩めなかった。目的地に到着するまでは。

 そうではなく、彼女は石術で前へ前へと階段を作り出した。それは音を立てて滑り込み、彼女は一段飛ばしで登っていった。

 彼らはヘイラバズの森と切断湾の途方もない崖の上を登った。大気は澄んで冷たかった。遺跡から流れ落ちる滝の水が汗に濡れた衣服にかかり、足元は不安定になった。そしてスカイクレイブ最下部の精巧な彫刻に手が触れようかという所まで登ってきた。

 そしてようやくナヒリは同行者たちを必要とした。ザレスの鋭い目、オラーの静かな信念、カーザの機敏な思考、そしてアキリの熟達した綱投げの技術。そこかしこでスカイクレイブは破片や塊となって浮遊していた。ある区画は滝や森や陸地があるほど広く、一方また別の区画はある区画はナヒリの身体ほどの幅しかなかった。はぐれた面晶体が遺跡の間の空間に点在し、陽光にきらめいていた。

 ナヒリは顔をしかめた。

 自分がこの面晶体を作ったのだ。数千年前、エルドラージをゼンディカーに封じることが最良の行動だと考えて。かつてソリンとウギンは自分の隣で保証を囁いた、必要とあらばいつでも駆けつけると。

 今、その面晶体は散らかり、不自然な角度に傾き、ゼンディカーはエルドラージの怒りからの深い傷を抱えている。

――もうすぐ直してあげる。ナヒリは歯を食いしばり、進んだ。

 高く登るほど、辺りは危険なものになっていった。ぎらつく陽光が不意に襲いかかり、足元で遺跡は崩れそうなほど軋み、面晶体は水に濡れているだけでなく藻類に覆われていて滑った。やがて、どの石が安定しており、どの石が気まぐれな味方のように一見して堅固でも重さをかけると実際にはそうでないのか、ナヒリですらわからなくなった。一度ならずパーティーの誰かが足を滑らせ、アキリの縄やナヒリの石術で事なきを得た。それは即座の反射神経を要し、遺跡でも最大の建築物に到着する頃には、全員の神経がすり減っていた。

「ここからはどちらへ?」 ナヒリの隣にやって来て、アキリが尋ねた。

 目の前にムラーサのスカイクレイブがそびえていた。それは遠大な水路と切り出された石灰岩の迷宮で、裂け目には苔が育ち、細く危険な橋が底のない空にかかっていた。

 ここでナヒリは理解した。このスカイクレイブは死の罠だ。

「今確かめるわ」 ナヒリはにやりとした。古代のコーは自分へと危険極まりない挑戦を残したのだ。喜んで受けよう。

 ナヒリはポケットからあの鍵を取り出した。それは手の中で柔らかく輝き、脈打っていた。彼女はそれを古の遺跡へと掲げた。

 そして古の遺跡は呼応した。

 足元の石が輝きはじめ、鍵と共鳴するように途切れ途切れに鳴り、パーティー周囲の石が照らし出された。そしてその石の輝きは遺跡の奥深くへと一本の線を描いた。背後で、オラーが驚きに息をのんだ。

「道が」 アキリの声には感嘆があった。

「ええ。けれど足元には気を付けて。このスカイクレイブは古いし、来客を歓迎していない」 ザレスがアキリの肩に腕を回すのをナヒリは見た。オラーはカーザと視線を交わした。

「覚えとくよ」 喜び勇んでカーザが言った。

 ナヒリは微笑んだ。正しい冒険家たちだ。

 光る石の道を黙って進みながら、彼らの直感が告げていた。自分たちは古の強力な魔法に導かれていると。パーティーでも最も機敏かつ忍びやかなザレスがしばしば前方を偵察した。彼は毒で満ちた罠や、崩れかけのアーチを発見しては一同を安全に迂回させた。

 だがそれは、この古いスカイクレイブに待ち受ける危険のほんの一部に過ぎなかった。

 遠くでは、面晶体が周囲に衝突して石が崩れる音が常に響いていた。柱や割れ目の影からは、見えざる鉤爪の引っかき音が聞こえた。だがその影が近づきすぎたなら、ナヒリが面晶体の裂け目を青いエネルギーで輝かせ、すると影は退いていった。

 それは例外としても、ナヒリと彼女の探検パーティーは妨害に遭うことなく通過した。

――まるで核自体が発見されたがっているように。

 そう思い、ナヒリは笑みを浮かべた。

 やがて道は巨大な壁で途切れていた。それは目がくらむ幾何学的な図形や線を描くタイルに覆われていた。壁の基部で、光の道が今一度閃いて消えた。見る限り、他に入り口や道はなかった。

「どうするんだ?」 腕を組んでザレスが尋ねた。

「吹っ飛ばす?」 声にその意欲を隠そうともせず、カーザが提案した。

「いえ」 ナヒリは片手で鍵を胸に抱えると、もう片方の掌を壁に押し付けた。彼女は目を閉じ、指に触れる微小な震えを感じた。石の言葉で――美しく、静かな言語で――彼女は尋ねた。「どうすれば通してくれる?」

 壁の返答は、振動として返ってきた。それはタイルが床に触れる場所へ伝わっていった。彼女は石の見えざる動きを追い、最下部のタイルの欠けた場所で止まった。

 その場所は、手の中にある鍵と全く同じ大きさだった。

 空の差し入れ口に鍵を滑らせ、ナヒリはにやりとした。

 それは脈打って眩しく輝き、連鎖反応のようにタイルを照らし出し、やがて壁全体が赤熱した。背後で、冒険家たちがそっと驚きの声を漏らすのが聞こえた。

「開きなさい」 古いコーの言語で、ナヒリは命じた。

 そして入り口は従った。まるで滝の水が逆戻りするように基底部からタイルが一枚一枚と折りたたまれ、それは無人の廃墟で雨音のようにこだました。

 少しして、パーティーの前には荘厳な大空洞が広がっていた。

「それだけ?」 驚きもせずにカーザが尋ねた。「誰だってできそう」

「この文字を読める者は滅多にいないわよ」とナヒリ。「もしくは忘れられた言語を話せるのは」

「それを置いても、正気な者はここまで登ってきません」とアキリ。その笑みはナヒリがこれまで見たことのないようなものだった。ナヒリは大空洞へと向かった。「来て。この宝物を手に入れるわよ」


石成エンジン》 アート:Colin Boyer

 アキリはオラーとカーザを大空洞の後方、入り口近くに見張りとして残していた。この探検は今のところ、途方もなく幸運だったのだと彼女はわかっていた。だがその幸運が続くと思うようでは、熟達の登攀家とも冒険家とも言えない。

 数年前、彼女は最初の旅のパーティーをエルドラージとの戦闘で失っていた。二番目までも失う気はなかった。

 用心し、けれど素早く。それが自分にできる全てだった。

 彼女とザレス、ナヒリは揃って空洞を横切り、部屋の中央、全員の注目を集める物体へと向かった。

 その物体は無視できなかった。

 目の前に立つ台座の上に置かれているのは、先端に向けて細くなり中央が割れた、滑らかな黒色花崗岩のモノリスだった。光の柱がそれを狙う角度で天井から差し込み、周囲では面晶体が揺れていた。暗い稲妻が鋭い音を立て、面晶体とモノリスの間に閃き、辺りの静寂を貫いた。

 近づくと、モノリスの上部が持ち上がった。二つに分かれた花崗岩の間、暗い標のように輝いているのが、石成の核だった。

 アキリが見る限り、正直その核は大したものとは思えなかった。小さく、彼女の手に収まる程度、だが手の中にすっかり隠れてしまうほどでもない。それは小さな星のように輝いていたが、飾り気はなく、表面はほとんど無地だった。

 だがアキリは遠い昔に学んでいた。時に、最も強力なアーティファクトは――もしくは最も強い力を持つ者は――最もそうは見えないものだと。

 アキリは台座の数歩手前で止まり、緊張とともに身構えた。彼女は隣のザレスの手を掴み、その温かさに安心を求めた。スカイクレイブに安定しているものは何もない。

 ナヒリは前進を続けた。

 ナヒリはそのまま近づき、やがてモノリスに映し出されたその表情がアキリにも見えた。それは純粋な決意をみなぎらせていた。

「これよ」 ナヒリは息を吐いた。「これがゼンディカーを永遠に変えるでしょう」

 隣で、ザレスがひるむのを感じた。核について彼が抱く彼の懸念と怖れが全て、その無意識の動きで伝わってきた。

 衝動的に、そして恐らく罠があるとわかっていながらも、核を手にしようとアキリは台座へと動いた。ザレスは心配するように彼女の肩に手を置いたが、彼女はひとつ頷いて安心を伝えると進み続けた。十分に素早く緻密な動きがあれば、待ち受ける死の罠をも避けられるかもしれない。

 アキリが近づくと核は眩しく閃いた、まるで警告するように。それが発するごく僅かな囁きを彼女は感じたと思った。まるで押し殺した祈りのように、もしくは脅しのように。

 ゼンディカーのために。彼女はそう思い、不安を飲み込んだ、そして手を伸ばした。

「気をつけなさい」 瞬間、ナヒリの手が彼女の手首を掴んだ。アキリは振り返ってナヒリを見た。頭上に走る稲妻が彼女の顔を照らし、その両目には見たことのない、危険なきらめきがあった。ナヒリが切断湾の獣を倒した時にも見られなかったような。

 長年の綱投げの経験が、アキリに進むべき時を告げていた。そして退くべき時も。

 ここは待ち、見守る。彼女は下がり、再びザレスの隣に立った。そして彼の手を探ると握りしめた。ザレスは握り返してきた。

 この古のアーティファクトは古のコーに任せておくのがいい。そして、台座の上にいるのが自分ではないことに安心する気持ちもまたあった。

 息を止め、アキリはナヒリが石成の核の下へと掌を差し込み、指で掴み、そしてゆっくりと引き出すまでを見つめた。

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 一瞬、静寂だけがあった。アキリには息をつけるだけの、希望を抱けるだけの時間があった。

 だがそして、耳をつんざく亀裂音とともに周囲が崩れ、落下し、ばらばらに砕け始めた。

--幸運はここまで。アキリは振り返り、叫んだ。「ナヒリさん、逃げなければ――今すぐに!」

 オラーとカーザは既に駆け出していた。背後でナヒリが核を腰の袋に押し込みながら、台座を駆け降りる音が聞こえた。ザレスはアキリと並び、彼女の大きな歩幅に遅れをとらずに駆けた。

 だが走りながらも、アキリは足元の床が震えるのを感じた。そして気付いた、これはムラーサのスカイクレイブの罠が発動しただけではない。

 スカイクレイブに崩壊が迫る中、乱動が大地と空を震わせていた。解き放たれた魔法に反応したのか、ただの不運か、アキリにはわからなかった。

 前方で、オラーとカーザの足元の床が動き、波のようにうねった。

「危ない!」 彼女は叫び、だが続いて轟いた崩壊音がその警告をのみこんだ。

 石の床が割れ、にカーザとオラーは放り出された。二人が立っていた地面は次第に傾き、立っていられない程になり、魔術師と司祭は指先で掴まろうとした。

 そして床が震えた。指先が離れ、カーザとオラーは悲鳴を上げた。二人は落下し、視界から消えていった。

「ああ!」 アキリは叫んだ。遅すぎる、間に合わないと知りながらも彼女は駆けた。

 苦しい一瞬の後、遥か下方で、浮遊する魔法の杖に掴まってカーザが現れた。オラーは彼女の腰にしがみついていた。

 アキリは息を吐いた。安堵が波のように満ちた。

「止まるな!」 ザレスが叫んだ。それは分断された二人に向けてなのか、アキリに向けてなのかはわからなかった。

 両方。アキリはそう考え、駆けた。

 駆けながらも、周囲では建築物が何もない空へと落ちていった。恐怖にアキリの胃がよじれた。カーザとオラーは生きてここを脱出できるだろうか? 自分はパーティーを死へと導いたのだろうか?

 違う。彼らは巧みで有能だ。自分の最初の冒険パーティーとは違う。大丈夫。

 そう信じねばならなかった。

 今集中すべきは、自分だけではなくザレスとナヒリを安全な場所まで辿り着かせること。

 今は全員が、生きてスカイクレイブを脱出できるよう奮闘する以外になかった。


恐れなき探査者、アキリ》 アート:Ekaterina Burmak

 ナヒリは駆けながら石術を用いて、不安定な石橋を渡ることができる程度に遺跡の崩壊を食い止めるべく奮闘していた。プレインズウォークで脱出するという誘惑が心に閃いた。それはいけない。自分はかつてゼンディカーの火急を見捨てたのだ。ムラーサのスカイクレイブは挑戦を提供しているのだ。真っ向から対峙するべきだった。

 腰の袋の中、核が囁きかけているのを察した。だが耳を傾けている余裕はなかった。

 スカイクレイブは核がなくとも崩壊しようとしていた。そして乱動、忌まわしい乱動が辺りに強風を巻き起こし、ただでさえ危険な状況を何千倍も混沌とさせていた。

 スカイクレイブを保持し、乱動を抑える。同時にはできなかった。

 少なくとも、今はまだ。

 そのため、怒りを内にうねらせながら、彼女はアキリとザレスを追った。

 行き止まりだった。目の前で、木々に覆われた廃墟が何もない空と数個の面晶体を挟んで浮いていた。熟達の技で、アキリが縄を投げてその揺れ動く端に引っかけた。

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「急いで!」 アキリは叫ぶと、巨大で傾いた前方の足場へとスイングした。ザレスが自分の縄を投げ、ナヒリも自らのそれを取り出したが、遠くの巨大な旋風に気をとられた。

 一瞬の遅れだったが、長すぎた。彼女もザレスが跳べないまま、スカイクレイブが再び揺れ動いた。

 ナヒリは落ちないようにこらえ、アキリが離れて立つ足場を見つめた。

「急げ」 ザレスが腕を差し出した。ナヒリは悟った、一緒に跳ぼうというのだ。

 拒否しようかと考えた。このトリックスターは自分を嫌っており、落とすかもしれない。だがその手先の技とは裏腹に、この男は冷血に殺したりはしないという矜持があると彼女はわかっていた。

 ナヒリはザレスの隣で縄を掴み、彼がスイングに入ろうとすると、その耳元に囁いた。「あなたが核を欲しがっているのは知っています」

 マーフォークの表情に驚きが走り、だが返答するよりも早く、ナヒリは足元の石に命令して自分たちを発進させた。

 重力を無視した、心臓の跳ねる一瞬。そしてナヒリの視界を空が埋め尽くした。広く、無慈悲。

 二人はその足場へと落ちた。ナヒリは転がって滑らかに止まった。ザレスはアキリの姿を見て、純粋な安堵にその表情を緩めた。彼女はザレスを立たせ、ナヒリへと小さく頷いた。

 そして三人は再び駆けた。

 強風が顔面や衣服を裂き、周囲ではスカイクレイブが崩壊し、容赦ない轟音が響いていた。優美な石橋が壊れて落下し、面晶体は制御を失って彼らをかすめた。

――これは最も荒廃した、危険な、悪夢のようなゼンディカーの姿。ナヒリはそれを憎んだ。

 それでも、彼女は走り続け、避け続け、逃げ続けた。

 その渦が現れるまでは。

 それは浮遊する遺跡の床に空いた空間に、唐突に現れた。まるで旋風のようにそれは周囲の全てを巻き込んでは引き裂いていた。すんでの所で、ザレスはその裂け目の先へとスイングして着地した。ナヒリにはもうその姿が見えなかった。周囲で石と塵の旋風が狂乱する中、アキリは縄を手に立ちつくした。

「行って!」 ナヒリは叫んだ。小さく頷き、アキリは縄を滑らせた。

 ナヒリは振り返り、脚を広げて立ち、両腕を伸ばし、顔をしかめてその渦に対峙した。

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――私の意志に従いなさい。アクームの乱動でそうしたように、過去にソリンや沢山の敵にそうしたように。彼女は指をまっすぐに伸ばし、怒りと罪悪感を注いだ魔法を放った。

 その渦は少しずつ動きを弱め、凍りつき、無害なものとなった。

 ナヒリはその勝利に微笑んだ。

 だがそれは束の間だった。渦は再びうねり始めた。まるで決壊寸前のダムのように、多すぎる怒りと力を込められ、ナヒリは押し返された。もはや耐えられなかった。

 そしてナヒリは遺跡から弾き飛ばされた。

 周囲には空だけがあった。青く冷たい。ナヒリは宙で身をよじり、アキリの縄をすぐ傍に見た。彼女は手を伸ばした。

 外した。

 彼女は落ちていた。

 ナヒリの喉が詰まり、落下を止めようと残る全力を呼び起こした。だがやがて、何かが彼女の腕を掴んだ。

「捕まえました!」 アキリが叫び、にやりとした。彼女はザレスの助けを借りてナヒリを足場まで上げた。

 ナヒリは羞恥に頬を赤くした。「行くわよ」 彼女は周囲に浮遊する遺跡を橋へと変えると、急ぎそれを渡った。背後からは、混沌と破壊の怒れる猛攻が次第に大きくなり、近づいてきていた。

 ナヒリは歯をむき出しにした。今や確信していた、この石術でゼンディカーを、独力で癒すことはできないと。

 袋の中の核が再び囁き、だがナヒリは聞いていなかった。駆け、そして目論んでいた。


燃えがら地獄》 アート:Campbell White

 ナヒリはムラーサのスカイクレイブでも広く、まだ壊れていない場所に着地した。すぐ後ろにザレスとアキリが続いた。核を手にしてから、崩れても揺れてもいない場所にたどり着いたのは初めてだった。そのため、何かがおかしいと気付くまで一瞬を要した。

 どうして溶岩がここに? 彼女は考え、当惑し、目の前の一帯を見つめた。そして驚きとともに悟った――乱動がスカイクレイブの風景を変えてしまったのだ、この次元の他の多くの地域にそうしたように。ニッサは言っていた、乱動はエルドラージに対する反応として始まったと、ゼンディカーは内なる病と戦っているのだと。今、それは見たところ、彼女と戦おうとしているようだった。

――これを戦いと呼ぶつもり? ナヒリはあざ笑った。

 目の前の床が炎と灰を弾けさせた。ナヒリは後ずさり、そして巨大な、怒れるエレメンタルが地面から出現した。まるで溶岩そのものから生まれ出たかのようだった。分厚い胸と拳は熱を放ち、赤熱した瞳は炎をちらつかせ、ナヒリを睨みつけた。その姿は憎悪に満ちていた。

 ナヒリは片手を前へ伸ばし、一瞬の後、輝く石の剣がその手の中に完全な形で現れた。この何かが戦いを求めているなら、喜んで与えてやろう。

 だがザレスはもっと速かった。三又槍を手に、衰えない勇気とともに、彼はエレメンタルへと駆けた。エネルギーの弧がその武器から放たれてエレメンタルを包み、胸に直撃した。

 エレメンタルはひるみすらしなかった。それは落ち着いてザレスを見つめ、炎の拳を両方掲げると、そのマーフォークへと振り下ろした。

 そこでアキリが稲妻のように素早くザレスの前に立ち、腕を掲げた。手首のガントレットが閃き、眩しいエネルギーの円盤が現れて盾のように怪物を遮った。エレメンタルは両の拳でその魔法の盾を叩いた。アキリはうめいて崩れ落ちた。その生物は怒れるようにうなり、再び拳を振り上げた。

 その攻撃を生き延びることはできない、そう知りながらもアキリとザレスが身構えるのが見えた。

 片手で剣を掴んだまま、もう片手を弧に振り上げ、ナヒリは地面を持ち上げて空へ乗り上げた。袋の中から核を取り出すと、囁きがかすかに聞こえた。

 その動きにエレメンタルは止まり、目の前の無力な二人から目をそらし、ナヒリをまっすぐに見つめた。もしくは、その手の中の核を。

「これが欲しいの?」

 エレメンタルはうなり、拳を握り締め、ゆっくりとナヒリに近づいていった。

 ナヒリは剣を掲げたが、敵わないだろうとわかっていた。乱動に創造されたこの忌まわしき生物に、独力では立ち向かえない。彼女は剣を下ろし、手の中の石成の核を見た。

――やるべきなの?

 核は囁きを続けていたが、その言葉は聞き取れなかった。

 だが重要なのは言葉ではなかった。行動だった。

 アキリが遠くで叫ぶのが聞こえ、ナヒリは視線を移した。ザレスがその怪物へと駆けていた。違う、自分へと駆けてきている。三又槍を構え、エネルギーがその先端の間に走っていた。その表情は苦い決意に固まっていた。

 全く同時に、エレメンタルはナヒリへとうなり、迫った。

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 そしてその時、ナヒリは決意した。

 彼女は核を掲げた。簡単に、とても簡単に、手の内に力がみなぎった。

 世界が暗いエネルギーで弾けた。そして白くなった。色彩は眩しさの中で押し流され、音は咆哮の中に失われ、そして一瞬、無があった。何も見えなかった。何も聞こえなかった。

 何も感じなかった。

 この世界は、清らかだった。

 核が発する光が消えると、周囲の全てが鈍い灰色と化していた。静寂だけがあり、あのエレメンタルは完全に消え去っていた。

 勝利に、ナヒリは微笑んだ。勝ったのだ。

 アキリの苦悶の声がその静寂を破った。「ザレス!」


不毛の大地》 アート:Adam Paquette

 アキリは膝をつき、愛する者の身体を抱きしめていた。それは冷たく強張っていた。繰り返し目を疑った。こんなことは間違いだと、残酷な仕掛けだと願った。そうでなければならなかった。

 ザレスの手は鉤爪のように丸められ、何かを掴もうとしていた。音のない悲鳴に口は大きく開かれていた。だがアキリをこの先ずっと悪夢で苛むと思わせたのは、その瞳だった。

 ザレスの瞳。いつも眩しくて感情を湛えていたそれは、完全に光を失っていた。

「ザレス……」アキリは友の、大切な人の身体を強く抱きしめた。あってはならない。こんなことは……

 ナヒリの影がかかるのを感じた。顔を上げると、あの石成の核が地面に置かれていた。アキリが灰の中に膝をつく、ほんの数フィート先に。

 ナヒリはそれを拾い上げようとし、だがアキリの方が素早かった。瞬時にアキリは立ち、この奇妙な、古代のコーの女性から下がった。

「ナヒリさん……これは、何なのですか?」 彼女は問い質した。核は温かく、手の中で穏やかに輝いていた、まるで綱投げにうってつけの日の、晴れ渡った空のように。

「もう嵐も災害も起こらない」 ナヒリはそう告げた。声はとても穏やかで、理解している響きだった。彼女は近づいてきた。「もう嫌な怪物もいなくなる。これは私たちが手にした可能性なのよ」

 アキリは取り巻く荒廃を、地面の屍を示した。「私たち?」

 ナヒリは返答しなかった。ただ一歩進み出ただけだった。さらに一歩。

 アキリはよろめいて後ずさった。そこが遺跡の端、あとは空が開けているだけだった。

「ザレスはどうなのです?」 彼女は叫び、屍を示した。「駄目です。ここで終わらせなければ」 ナヒリに手を届かせるわけにはいかなかった。核を手に入れさせるわけにはいかなかった。

 ナヒリに対するザレスの懸念は正しかった。彼は正しかったのだ。

 ナヒリは歩みを進めた。アキリの砕けた心を恐怖が掴み、そして遺跡の端から踵が落ちようというところで、彼女は止まった。

「やめて下さい」 アキリは核を空へ差し出した。落とそうとするように。この恐ろしく、危険な宝物から解放されるために。

 だがナヒリの凝視はその背後の何かに定められていた。アキリは振り返り、一つの面晶体が背後に上昇するのを見た。縄がちょうど届きそうだった。投げるだけでいい……

 その面晶体は火花を散らした。暗いエネルギーが伸び、彼女へと向かってきた。そしてアキリは動けなくなっていると気づいた。ナヒリが近づく様子を、彼女は凍り付いて見つめていた。

 さらに近くへと。

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 ナヒリはそっと、石成の核をアキリの動かない手から取り上げた。

 ナヒリはアキリの頬に手を伸ばし、触れた。そしてようやく、アキリは自らの頬が涙で濡れていると知った。

「ごめんなさい、アキリ。本当にごめんなさい」 ナヒリの声にある悔悟は本物だった。だが次の瞬間アキリがその表情に見たのは、決意と無慈悲だけだった。

 悲鳴を上げたかったが、声は失われていた。縄に手を伸ばしたかったが、筋肉は反応しなかった。ナヒリが肩に手を置く様子に、何もできなかった。その手が彼女を押した。

 アキリの身体が倒れた。

 そして落ちた。

 アキリが最後に見たのは、ナヒリがその目に冷たく計算的なものを浮かべて立っている様だった。核は、伸ばされたその掌の上に浮いていた。

 そして空だけがあった。果てなく、冷酷な。

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(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

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