MAGIC STORY

ゼンディカーの夜明け

EPISODE 01

メインストーリー第1話:スカイクレイブの中心にて

A. T. Greenblatt
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2020年9月2日

 

 ナヒリは目の前に上昇したスカイクレイブを見つめた。広く散開し、堂々として、荒廃している。美しかった当時の姿を彼女は覚えていた。

 彼女はアクームのとある途方もない断崖絶壁の上に立っていた。尖った岩が重力を無視し、指のように長く伸びている。足元には一面に溶岩が広がり、熱い大気が溶けた金属の匂いを運んできた。古のコーが築いたこのような要塞が、エルドラージとの戦いの直後にゼンディカーのあちこちに現れ始めたのだった。何世紀もの間忘れられていた、壮大な崩れかけの建築物が突然姿を現した。そしてその上昇と共に、その内にある秘密もまた姿を現した。

》 アート:Chase Stone

 ナヒリは微笑んだ。その秘密があれば、世界を変えることができる。

「私は覚えているわよ」 目の前に浮遊するスカイクレイブへと、彼女は語りかけた。「その力も全部ね」

 当座の問題は、いかにして遺跡に到達するかという単純なものだった。登ろうと、石を操ろうとナヒリは両腕を掲げた。

 だが彼女は上と目の前にばかり集中し、足元で何が起こったかには気付かなかった。ナヒリは愚かにも、エルドラージが打倒されてゼンディカーの混乱は収まると考えていたのだ。

 そのため、乱動の始まりを彼女は見逃した。

 最初は溶岩の泡立ちだった。怪物が目覚めるかのように、それは静かに始まって即座に明白となった。最初は呟きだったものが、耳をつんざく轟音とともに乱動が地を揺らし、細い岩棚の隙間を飛び、大気を荒々しい熱と灰で満たした。その濃さにナヒリは息が詰まるほどだった。大地を砕く大きな破裂音ひとつとともに、突然、ナヒリの足元の岩山が崩れた。

 彼女は落ちた。

「くっ」 落下しながらナヒリは呟いた。「こんなの!」彼女は石術の達人、この次元の守護者。ただの地震に動揺するような存在ではなかった。滑らかな動きひとつで、ナヒリは宙で身をよじると両腕を伸ばし、自らの延長である石へと呼びかけた。

 そして石が応えた。自由落下の速度が緩まってナヒリは宙で停止し、その場に浮いた。眼下に渦巻くマグマと岩の混沌のうねり、その要素を自らの意志に沿わせたのだ。彼女の意志――乱動の意志ではなく。ナヒリは力を集中させ、生のエネルギーが周囲にうねり、それを創造へと向けた。ナヒリは踊るように石術を用いて溶岩の流れを変え、岩を緩め、面晶体を傾けた。手首をわずかに数度ひねらせると、一本の柱が伸び上がってきた。ナヒリはその上に浮き、宙へと延びる柱と共に高く上昇し、やがて不意に乱動は止まった。

 そしてようやくナヒリは自らの創造物の上に立った。今やスカイクレイブにずっと近づいており、彼女は眼下の危険な地面へと笑ってみせた。

「私の勝ち」 そう口に出し、勝利を喜ぼうとした。だがそれは苦い勝利だった。乱動はゼンディカーが罹る深い病の徴候。ナヒリ自身が、意図しないまでも広めてしまった病の。

 そして近頃、その罪の意識が彼女を苛んでいた。

 別のプレインズウォーカーが近くにいると、石はいつもそう告げてくれる。だが石が警告を響かせるまでナヒリは振り返らなかった。この空の柱の上、背後に誰かがいた。

「アクームは綺麗なままね……それと気まぐれなのも変わらない」 ナヒリの隣にニッサが進み出て言った。彼女は杖を手に、溶岩の平原を一瞥した。

「私が操れないものはないわ」 ナヒリは答えた。真実はどうかはわからなかったが、それを認める気もなかった。

「そうじゃなくて。私は……この場所は……」 ニッサは言葉を詰まらせた。小柄なエルフが言葉を探そうとする中、ナヒリは眉をひそめた。ニッサは深く息をついて続けた。「私は乱動と共に育ったの。あれはあなたが宥められるようなものじゃない」

「つまり、あなたが私をよく知らないってことよ」 ナヒリは刺々しく言った。

 ニッサは宥めるように片手を挙げた。「怒らせるつもりはないの。ナヒリさんの姿はニコル・ボーラスとの戦いの間に見たから。石を操る様子も。凄かった」

「あそこにいたの?」 その称賛に少し気をよくし、ナヒリは尋ねた。「ああ、あの木ね。覚えてるわよ」ニッサはきまりが悪そうに顔を赤くした。ラヴニカのあの古木との遭遇は、良い終わり方にはならなかった。

 ナヒリは視線をスカイクレイブへと向け直した。「繰り返したくない戦いってのはあるわよね」

「ええ」とニッサ。「でも、それでも続けなきゃいけない戦いもある」 彼女は目の前に広がるアクームを静かに見つめた、広大で騒々しく、だがその声には感情が満ちていた。「ナヒリさん、どうして私をここに呼んだの?」

「私が若かった頃、この地は平和だった。全然こんなんじゃなくて」 ナヒリは身振りで地面を示し、気に入らないというように鼻に皺を寄せた。遥か眼下で溶岩は再び泡立ち、乱動による次の地震を告げていた。「エルドラージはこの次元にひどい傷を残したのよ」

 再びナヒリの内に罪悪感がうねった。ウギンとソリンに耳を貸すべきではなかった。数千年前、エルドラージを捕らえる別の次元を見つけるべきだったのだ。

「ええ」とニッサ。「私もゼンディカーの傷を感じる。それは私も辛い」 彼女は遠くの何かを見つめたが、その表情は悲痛にあふれていた。

「解決策があるかもしれないのよ」 ナヒリはそう返答し、スカイクレイブへ顔を向けた。「ゼンディカーを治療できるものが」

 ニッサはきょとんとした。「あなたが?」彼女は驚きからそう口走り、そして気まずく付け加えた。「ごめんなさい。あなたは癒しで知られているわけじゃないから。だってイニストラードで……」

 ナヒリは片方の眉をひそめた。「エルドラージを解放した人物がよく言うわ」

「私はそんな――」

 ニッサは口ごもり、だがナヒリは片手を挙げた。

「私たち両方とも、とてつもない傷を世界に与えるようなことをやってきたのよ。幾らかでもそれを償いましょう」

 ニッサは恥じ入り、頷いた。「どうして今? その、あなたはずっと昔から生きていて……」

 スカイクレイブが建てられた頃を知っているくらいに、ナヒリはそう思った。

 ナヒリは躊躇した。「私はずっと遠くまで旅をしてきたけど、それでも……」 そして続けた。「どれほど長く生きていても、この地はやっぱりずっと……その……」

「故郷だと思う」 静かにニッサは言った。

 ナヒリは唇を歪めてみせた。「その通り」 そして目の前のスカイクレイブを指さした。「答えはあそこにあるわよ」 彼女は悪戯めいて微笑んでみせた。「頂上まで競争しない? 最高のゼンディカー人が勝つってことで」

 ニッサは返答しなかった。ただ悪戯な笑みを浮かべ、両腕を伸ばし、長く太い蔓を放った。その茨は目で追えないほどの速さでスカイクレイブへと向かっていった。

 だがナヒリほど速くはなかった。

 目で捉えられないような素早い動きひとつでナヒリは石術を振るい、階段を作り出し、狂ったような笑みを浮かべながらその速度に負けじと駆けた。肩越しに振り返ると、ニッサは追いつこうとしていたが距離は次第に離れていった。彼女は笑った。石が支配するこの場所で植物は敵わない。

 ナヒリが犯した過ちは少なく、それを繰り返すことも滅多になかった。数千年という経験の賜物。だが乱動は、忌々しい乱動は……

 地面が再び震えだし、その振動は大きく強くなり、やがてナヒリの階段が足元でひび割れた。彼女は速度を上げたが足りなかった。階段は崩壊し、不意にナヒリは再び落下した。

 彼女は石へと呼びかけ、再び乱動を静めようとした。だがその時何かが彼女の胴まわりを掴み、落下を止めた。

「つかまえた」 ニッサが呟いた。片手は伸ばされ、片手は杖を握り締めていた。ナヒリは下を見て、一本の蔓に救われたと知った。

 ニッサの蔓がナヒリを持ち上げ、急遽作られた枝の梯子へそっと下ろした。その間ずっと、ナヒリは無言で煮えくり返っていた。

「ありがとう」 目を合わせず、ナヒリは言った。

「もう一回やる?」 両手を見つめ、怯えつつニッサは尋ねた。「最高のゼンディカー人が勝つ?」

「ううん。普通に行くわよ」 ナヒリの声には怒りが浸みていた。

 二人は黙って登った。一歩ごとにナヒリは増大する罪悪感を飲み込みながら。

 故郷を長く離れすぎていた。

影さす太枝のニッサ》 アート:Yongjae Choi

 凄い。ようやくスカイクレイブにたどり着いて、ニッサの心によぎったのはその思いだった。崩壊し見捨てられ、何世紀もの間ずっと人目に触れずにいても、この空中要塞には息をのむ美しさがあった。高い柱とアーチがそこかしこにそびえ、崩れかけの天井には複雑に刻まれた文様があり、精巧なタイルの床はモザイク画になっていた。浮遊する岩やひび割れた石細工、崩壊した彫像も見られるのは言うまでもない。それでもかつてこの地は文明の標だった、その事実はニッサの目にも明らかだった。

 だが続けてニッサは思った、ここで何かを見つけるには何年もかかるだろうと。たどり着いたものの、彼女はスカイクレイブがいかに巨大かを悟ったに過ぎなかった。二人は古の宮廷の中庭らしき場所に立っていたが、十もの異なるアーチの入り口がそれぞれ要塞の深部へと続いているのが見えた。

「ここには何千人も住んでいたんでしょうね」とニッサ。

「何万、ね」 ナヒリが隣にやって来て言った。

 ニッサは躊躇した。今抱いている疑問はナヒリを怒らせてしまわないだろうか。この自信に満ちた、古のコーと絆を結ぶ機会を壊してしないだろうかと。ニッサは他者を関わるのが特別上手というわけではない。誰かに接触するのは難しく、事態はさらに混乱してしまう。ギデオンのように、物静かな自信と揺るぎない魅力があればと願わずにいられなかった。

 そう、ギデオンならどうする? ニッサはそう考えた。ギデオンみたいに行動を始めれば――

 ――ギデオンみたいになれる。そして不意に、彼の死への悲嘆が新たな波となって襲ってきた。

 ギデオンなら躊躇しないはず。

 だから、ニッサは深呼吸をして尋ねた。「ナヒリさん。求めるものがあるとしても、こんな広い場所でどうやって探すつもり?」

 ナヒリは楽しそうに唇を歪めた。「よく見るところからね」 彼女は歩きはじめ、床のひび割れや空へ開いた穴を身軽に跳び越えた。

「それで、具体的には何を探してるの?」 ニッサは尋ねつつ、追いつこうと急いだ。

 ナヒリはためらった。「見つかればわかるわ」

 ニッサの心が沈んだ。「今はわからないの?」

 ナヒリは返答しようと口を開き、だが忌々しい乱動は黙っていなかった。

 またしても、混乱の波がスカイクレイブを震わせた。ニッサは周囲の古い石が揺れて割れ始めると素早く下がった。彼女は杖を振りかざし、蔓の網を作り出そうとした。

 だがナヒリはもっと速かった。

 彼女は両手を広げて、純粋な意志の力らしきもので要塞をひとつに留めた。だが石術の力も使っているとニッサは知っていた。

 震えが止まると、ナヒリはその乱動が自身への攻撃であるように顔をしかめた。

「具体的に何を探すのかはわからないのよ」 怒りを帯びた声で喋りつつ、ナヒリは歩みを進めた。「昔のコーは文字できちんと残さなかったから」 彼女は広大なモザイク模様の中心で不意に立ち止まった。そしてうずくまると片手で床に触れた。「石がずっとよく知ってるはず」 ナヒリは目を閉じ、ニッサは何をすべきかわからず待った。彼女が立っている場所からは、タイルの絵が何を語ろうとしているかわからなかった。

 ジェイスならわかるかもしれない。そう思ったが、すぐにその考えを振り払った。考えたくはなかった。ジェイスも、ニコル・ボーラスとの戦いとラヴニカの苦難も、そして離れ離れのゲートウォッチやギデオンの死やチャンドラについても。

 特に、チャンドラのことは。

 一分ほどの後、ナヒリは目を開けて立ち上がった。「一番いいものは常に一番深くに隠されているものよ」 彼女はにやりと笑い、そして特に暗く、近づきがたい雰囲気のアーチを指さした。「あれが約束の地への入り口みたいね。行くわよ」

「道が正しいかどうか、どうやってわかるの?」 今やナヒリは中央から移動し、ニッサはそのモザイクが太陽を描いているとわかった。何本もの光が中央から発せられていた。それとも、太陽のような何かだろうか。

 ナヒリは既に先へ進んでいたが、返答が届いた。「私たちが進むのを何かが止めようとしたら、よ」

 ニッサは立ち止まり、予期せぬ狼狽に心臓が高鳴った。不意に、この探検は非常に悪い考えのように思えた。ナヒリを手助けしようとして、またゼンディカーを傷つけるだけの結果になってしまったら? これまでの何度もの過ちと同じように。またも、自分は誰かの先導について行こうとしている。それを変える時ではないのだろうか?

 ギデオンならどうする?

「できることがあるなら、手を差し伸べる」 ニッサは自らへと囁いた。「けどギデオンなら、何も考えずにナヒリについては行かない」

 ゼンディカーは自分の故郷なのだ。ラヴニカでも他の次元でもない。自分はここに属し、その魂の代言者でもある。この世界と、そこに生けるすべてを気にかける責任があるのだ。

 そのため、ニッサは呼吸を整え、杖を握り締めて続いた。


 外からは、古いスカイクレイブは平らに広がっていてまるで宙に浮かぶ石の列島のように見えた。中からは、それは不気味で底なしのように思えた。通路が下へ下へと続く中、ナヒリは片手を壁に触れながら進んだ。通路は時に階段となり、時に別の通路が語られざる秘密とともに現れた。

 だがナヒリはスカイクレイブの罠にかからなかった。その手に触れる石は遥か下に眠る大いなる力を囁き、ナヒリはそれを見つけて手に入れるつもりでいた。彼女の背後で、ニッサはほとんど無言で進んでいた、まるで昔のように、森の中の子供のように。時に杖が石をこすり、時に迷い込んだ光がひび割れから入り込んで辺りを照らす様に小さく息をのんだ。

 二人は下へ下へと進み続け、やがて古のコーの集会場へとたどり着いた。そこで何千人もが集まって富や芸術を見せ合ったのだ。広間自体もそれを反映していた、文字通りに。入り込む陽光をタイルがとらえると、それらは珍しい宝石のようにきらめいた。天井は息をのむほどに高く、柱には複雑かつ入念な模様が刻まれていた。

 そう、かつては美しかった。ナヒリは認めずにはいられなかった。だがこの次元すべてが失ったものを思い起こさせる辛さもあった。特に、自分たちがこの古の要塞の内部へ進む間にも、乱動が絶えず震わせていた。それはナヒリが、ゼンディカーの守護者が、自分の故郷を守れなかった証を常に突き付けているのだった。

 そのため、ナヒリはこの大集会場もその美しい彫刻も注視はしなかった。ただ前へ進み続けるのだ。常に前を向いて。

 その通路は不意に二つの、だが崩れた扉で途切れていた。

「行き止まりみたい」 ニッサが進み出て、その扉に片手で触れた。

「あなたにはそう見えるかもしれないけど」ナヒリはそう返答し、足を広げて立った。「下がってなさい」

 力強い動きひとつで、ナヒリは両手を打ち鳴らした。すると巨大な扉が勢いよく開き、両脇の壁に激突して轟音を立てた。

「行くわよ」 ナヒリはそう言い、大股で扉をくぐった。突き刺すような不安、そして石から警告の囁きが追いかけてきた。先は深い闇、知られざるもので満ちていた。

 だがナヒリは止まるつもりはなかった。今はまだ。

「待って」 背後でニッサが叫んだ。「そこ、フェリ――」

 素早く硬い何かがナヒリに襲いかかり、壁に押し付けた。彼女はうめいたが、すぐに背後の石壁に命令し、やり返した。

 鋭く尖った柱がナヒリを押し付けていたものを突き飛ばし、大きなうめき声を上げさせて離した。ナヒリは横に転がり、そのまま流れるような動きで立ち上がった。彼女は拳を握り締めて歯をむき出しにした。今や怒っていた。

 わずかな思考ひとつで、ナヒリは七本の剣を召喚した。炉から出したばかりのように赤熱しながら、それらは彼女を取り囲むように浮遊し、ナヒリへと神のごとき光輪を作り出した。そしてそれは攻撃元をも光で照らし出した。

 息をつき怒り狂う彼女の目の前にいたのは、見たこともないほどに巨大なフェリダーだった。

 その身体は毛ではなく剃刀のような隆起に覆われ、堂々とした角が頭部から後方へと伸びていた。鉤爪が鳴り、並外れて大きな犬歯は新鮮な肉を期待して唾液に濡れていた。

「この畜生が」 ナヒリは威嚇し、七本の剣全てでその生物の心臓をまっすぐに狙った。フェリダーは素早く後ずさったが、前足とその鎧のような突起物で、致命的な攻撃をかろうじて跳ね返した。

 フェリダーはうなり、口を大きく開け、目も眩むほどの速度でナヒリへと飛びかかった。

 だがナヒリと激突するのではなく、そのフェリダーは跳躍の途中で急停止した。一瞬の後、ニッサがその汚らわしい獣の前に立っているとナヒリは気づいた。彼女はありえない力で獣を押し返していた。

「駄目よ」 ニッサはうめき、茨がフェリダーを包み込もうとしていた。だがその獣は身を震わせて後足で立ち、巨大な前足を振るった。片方がニッサの肩に当たり、彼女は悲鳴とともに突き飛ばされ、乱暴に床へと叩きつけられた。

 だがニッサは十分な時間を稼いだ。ナヒリは石の鎖を作り上げ、怒り狂うフェリダーへとうねらせた。掛け声ひとつとともにナヒリは腕を強く引き、石の鎖はきつく締まって怪物を床へくぎ付けにした。

「食らいなさい」 ナヒリはうなり、身体を乗り出して指を広げた。その背後に、七本の輝ける剣が再び現れた。勝ち誇った笑顔と指の一振りで、ナヒリは七本の剣全てをフェリダーに叩き込み、今回は確実に弱点を突いた。

 その生物は一度だけ悲鳴を上げた。長く恐ろしい悲鳴、そして力なく倒れた。

 ナヒリは身体を起こしたニッサへと近づき、手を差し出して立ち上がるのを助けた。

「フェリダーは待ち伏せしていたみたい」 ニッサは肩をさすった。

「たぶんね」 ナヒリはもう一本の輝く剣を作り出し、明かりとした。「何かを守っていた」 彼女はにやりとし、目の前に続く暗い回廊へとその剣を向けた。「さて、何を守っていたのかしらね?」


 スカイクレイブを進みながらも、自分たちは間違った道を行っているのではという不安がニッサから離れなかった。ナヒリは自信を持っていたが、それでもニッサは定かでなかった。この次元の生命力が歌いかけているのが聞こえた。それもまた不安を響かせていた。それとも、それは自分の不安なのだろうか?

 少なくともそれからの道すがら、飢えたフェリダーにはそれ以上出会わなかった。

 二人が進む暗闇の道は下へ下へと続いていた。乱動は今も暴れ、二人の歩みに付きまとった。

 だがやがて、それは止まった。

 そのスカイクレイブは洞窟のような部屋へと開けていた。金張りの長く細いアーチが通路となって、蜘蛛の巣のように交差し絡み合っていた。通路の下の淵の底は見えず、だがはぐれた光の柱がそこかしこに鋭い角度でかろうじて入り込んでいた。大気は古く黴臭く、だが幾つかの隅に苔や羊歯が生えており、ニッサは安堵した。

 ニッサは笑みを浮かべながら、まさかというような場所に伸びている羊歯の茂みへと向かった。これこそ彼女が知る、愛するゼンディカー。この奇妙で死して長い、コーの要塞内ですら育つのだ。

 一方ナヒリは困惑していた。明らかに次の行き先がわからないようだった。ここからまっすぐに続いている道がないのがその理由だとニッサはわかった。ナヒリは屈みこんで片手を床にあて、目を閉じた。そのまま長いこと彼女はそうしていた。

 やがて、ナヒリは不機嫌な声を上げた。「どっちへ行けとか石は言ってくれない」

「どうして?」 ニッサは尋ねた。石がナヒリの何かを拒否するとは思わなかった。

 ナヒリは肩をすくめた。「近づいてはいるのよ。適当に進んでみるしか」

 ニッサは躊躇した。それは明らかに正しい解決策とは思えなかった。

 ギデオンならどうする?

「駄目」 ニッサは穏やかに言った。

「え?」 ナヒリは振り返ってニッサを見つめた。表情は驚きで一杯だった。

「待ってて」

 ニッサは羊歯の茂みのひとつに屈んだ。その葉は彼女ほどもあったが、青い花は小さく繊細だった。

「こんな所に植物がどうやって」 背後にやって来て、ナヒリが尋ねた。

 ニッサは微笑んだ。「この次元では、ありえないような所でたくさんの生命が育ってるの。驚いたでしょうね」

「どうやって――」

 ナヒリはもう一度尋ねかけたが、ニッサはそれを黙らせた。彼女は羊歯の上に手を置いた、まるで親が子供の頭にそうするように。目を閉じ、指が触れる生命を感じた。その奮闘と、このような不吉な場所で生き延びてきた誇りを。その力強さと矜持にニッサは微笑みかけ、そして呼び起こした。

 一体のエレメンタルが存在を成し、ナヒリが息をのむ音が聞こえた。それは彼女の倍ほども長身で、生命力を緑色に震わせていた。頭部は葉状体の塊から成り、青色の花が連なってその両腕と首に絡みついていた。

「それ、何?」 一歩後ずさりながら、ナヒリは尋ねた。

「友達」 エレメンタルは膝をつき、ニッサと目を合わせられる高さになった。彼女は自分がプレインズウォーカーになる前、ゲートウォッチに加わる前の話をする気はなかった。このようなエレメンタルは、自分を自分として受け入れてくれた最初の生き物たちだった。

 ニッサはエレメンタルの六本指の手を握り、その目に宿した彼女への愛を見て、とても久しぶりに、自分がどこかに属していると感じた。

「私たち、スカイクレイブの中心を見つけたいの。手伝ってくれる?」

 エレメンタルはゆっくりと瞬きをし、そしてうめき声をひとつ上げ、背筋を伸ばして立ち上がり、そびえる高さになってニッサをその手で導きはじめた。

「さあ」 ニッサは肩越しに呼びかけた。ナヒリが自分たちを唖然と見つめている様子に、笑いをかみ殺さざるを得なかった。

 羊歯のエレメンタルは入り組んだ通路の中を先導し、乱動が起こった時にのみ立ち止まった。そしてナヒリが力を使い、アーチの道が崩れぬように留めた。だがエレメンタルは決して長くは立ち止まらなかった、まるでこの要塞の遺産を通して何かが招いているかのように。

 やがて彼女たちは踊り場にやって来た。小さな段から、細い橋がその先の暗い入り口へと続いていた。ニッサはそれを渡ろうと進みかけたが、ナヒリが袖を掴んだ。

「待ちなさい」 彼女は囁き、そして指をさした。「あれ」

 ナヒリの指をたどると、天井に巨大な土ムカデらしきものが見えざる力で吊るされていた。それは不可視の束縛の中で長い甲殻を悶えさせ、下のプレインズウォーカー二人にその何百本ものうごめく脚を見せつけていた。

 ニッサは肩をすくめた。土ムカデはとても蛇に似ている。小さな蛇の足を生やした蛇。「あの罠をどうやって解除するか、何か考えはあるの?」

「ないわね。その羊歯のアレを先に行かせて」

「そんな呼び方しないで」 すぐさまニッサは言った。なぜエレメンタルは生きているのだと、感情をもった生き物だと誰も理解できないのだろう? ただ召喚されて使われ、命令されて死ぬだけの道具ではないのだ。死へ向かわせるつもりはなかった。彼女はエレメンタルへと向き直った。「あれを落とせる?」 罠を見上げてニッサは尋ねた。

 エレメンタルは訝しむように見上げた。鮮やかな茶色をした巨大な瞳が、彼女と頭上に悶える生物とを行き来した。

「あなたを傷つけさせはしないから」 ニッサは片手を挙げて蔓を送り出し、土ムカデの下に間に合わせの網を作った。エレメンタルは葉が生い茂る巨大な両手をそっと伸ばし、土ムカデの腹部をつついた。その生物は鳴き声を立て、悶えた。

 少しの間、不可視の罠は持ちこたえていた。

 そしてそれは破れた。巨大なムカデは落下した。

 だが網に当たるや否やニッサは拳を閉じ、蔓が怪物に絡みついた。彼女は腕を引くと蔓が土ムカデを地面へと引っ張り、床に叩きつけた。怪物は悲鳴を上げて身体をよじった。そして力を失い、息絶えた。

 ニッサはにやりとした。効いたでしょう、蛇もどき!

 だがナヒリがそれを石の拳で殴りつけるのは予期していなかった。ニッサとエレメンタルは驚きに飛び上がった。

「なあに?」 ナヒリはにやりとして尋ねた。「これがゼンディカー。この次元に生まれたものはすべて、そう簡単に殺されはしないのよ」

 一瞬、ニッサは反論しようとした。バーラ・ゲドの故郷を考えずにはいられなかった。部族のほとんどは、いともたやすくエルドラージに一掃されたのだ。

 そして気付いた。ナヒリは自分たちのことを言っているのだ――ゼンディカーのプレインズウォーカー二人を。

 ニッサは微笑んだ。自分たちはこの次元をこれから癒すかもしれないのだ。力を合わせて。「その通り。さあ、このスカイクレイブの中心よ」


洞察の碑文》 アート:Zoltan Boros

 スカイクレイブの中心は赤熱していた。古のルーンが石の壁、床、天井まで隙間なく覆っていた。プレインズウォーカー二人がその部屋に入ると、その足音にルーンは黄金の光を輝かせた。ニッサの羊歯のエレメンタルは――もしくはナヒリにとっては羊歯の怪物は――二人の背後についていた。

 だがナヒリが気になったのはルーンではなく、部屋の中心に位置する高座だった。中心のさらに中心。そしてそのさらに中央で、一枚の小さなタイルが、星のように輝いていた。

「あれは?」 ナヒリの隣でニッサは尋ねた。

 ナヒリは笑みを浮かべた。有望だ。有望だ。そしてそれは、長いこと抱いていた以上の希望で彼女を満たした。「鍵よ」

「鍵って何の?」

「私たちが探しているものの、本当の力を解放するための鍵」

 ニッサは眉をひそめた。「ゼンディカーを癒す何かを見つけるって言ってなかった?」

「言ったでしょう、古のコーの記述はいつもはっきりしてるわけじゃないって」 ナヒリはきっぱりと言った。「けど探してる物は強力で危険よ。それは……ある宝珠。大雑把に訳して『石成の核』、その最後のひとつ」

 羊歯のエレメンタルが心地悪く身動きをし、ニッサは疑問の表情で見つめた。「どうやってそのことを?」

「そう書いてあるから」 ナヒリは高座へと進んだ。ルーンの輝きは眩しさを増し、ナヒリが近づくにつれてさらに強烈になり、まるで招くようだった。「ここの文字にね」

 ニッサはそれを目で追った。「読めるの?」

「もちろん。私こそ古のコーなのよ」

「ああ、そうね」 ニッサは赤面し、羊歯のエレメンタルと共に待った。ナヒリは高座に近づきつつ、ニッサがエレメンタルへと囁く声が聞こえた。「私から離れないで」

 高座の基礎部で、ナヒリを取り囲むルーンが一度閃き、そして消えた。目の前で、その鍵は眩しく輝いた。まるで歓迎するように。だが彼女はまだ触れなかった。代わりにナヒリは鍵の両脇の冷たい大理石に手を触れ、石の声を聞き、その力を感じ、罠を探した。

 何もない。

 そしてゆっくりと、優しく、ナヒリは手を伸ばして鍵を取り上げた。

 それは彼女の手の中でさらに眩しく輝いた。まるで、離れて久しい友を迎えるかのように。

「鍵を手に入れたってわけね」とニッサ。「次は錠を探す番?」

「ええ」 ナヒリは首をかしげて考えた。「ムラーサにあるってルーンは言ってるわ。そこのスカイクレイブに」

「簡単にはいかないってこと?」 ニッサは溜息とともに言った。「ルーンは他には何て?」

「この部屋には核の力が少しだけあるって。それと、この中にも」 彼女は鍵を掲げた。「私――」

 ナヒリは言葉を切った。彼女はまたも乱動のかすかな揺れを察した。注意は払っており、何マイルも下の地面を感じていた。予期できない発現を予期することを学んでいた。

 ナヒリは歯を食いしばった。乱動、この忌まわしい乱動。

 その表情から、ニッサも感じているとわかった。「見せて」 彼女はそう言った。

 ナヒリは言葉を発した。何千年と使っていなかった古の言語。足元に力がうねり、昇り、呼び声に応えるのを感じた。そしてその引き出したばかりの力を、彼女は動き震える大地へと放った。

 部屋に眩しい光が閃き、ナヒリは目を覆った。遥か下で乱動が躊躇するのを感じた。そして、心臓を貫かれた怪物のように、乱動は小刻みに震えて完全に停止した。周囲で軋む音がし、スカイクレイブが自ら繋ぎ合わさる様を感じた。だが完全には治っていなかった。ルーンはそこまでの力を保持していなかった。それでも、この古の壊れた要塞は自ら癒えようとしていた。

 ナヒリの内に喜びが花開き、彼女は胸にその鍵を抱きしめた。見つけたのだ。ゼンディカーを癒す術を見つけたのだ。

 そして、背後で、羊歯の悲鳴が聞こえた。


「ああ!」 ニッサは叫んだ。何が起こっているのかを理解するよりも早く、エレメンタルの苦痛を感じた。その緑の四肢がよじれて萎れるよりも早く、心臓を引き裂くような悲鳴を聞くよりも早く、眩しく輝く瞳が光を失うよりも早く、それは灰と化して崩れ去った。

 ニッサは力を伸ばし、両手を伸ばし、エレメンタルの死を止めようとした。だが無益だった。彼女はひとつかみの灰とともに取り残された。「何をしたの?」 ニッサはナヒリへと叫んだ。

「え?」 ナヒリは聞き返し、振り返った。彼女は胸に鍵を抱き、笑みを浮かべていた。まるでたった今一つの戦いに勝利したかのように。「乱動を止めたんだけど」

「あなたがエレメンタルを殺した!」

「あなたの植物を?」

 私の家族を、そう口には出さなかった。ゼンディカーの欠片。あのエレメンタルこそがゼンディカーであり、もしも石成の核を用いて乱動を静めることがそれらの死を招くなら、ゼンディカーは極めて危険な状態にさらされていることになる。ニッサは両手の灰を見つめ、自らの内に怒りと悲嘆が沸き上がるのを感じた。また、過ち。

 自分の、今までの過ち全部。

 ギデオンならどうする?

「ギデオンは、これを放ってはおかない」 ニッサは自身に囁き、背筋を伸ばし、肩を張った。

「何?」 ナヒリは当惑とともに尋ねた。

「それがあなたの結論なの?」 ニッサは尋ねた。もはや叫んではおらず、だがその声に込められた静かな怒りにナヒリは立ち止まった。

「見なさい――このスカイクレイブは治りつつある。下の乱動は止まって、大地は落ち着いた。これで皆、ここを再建できるのよ!」 ナヒリは修復したスカイクレイブを示しながら言った。

「ゼンディカーの生命を費やして」 ニッサは言い返した。意識をスカイクレイブの隅や割れ目に育つ植物や苔に向けたが、反応はなかった。つまりこの荒廃した要塞の内に生きていたものは全て死んだということ。

「かつてのゼンディカーがどんな所か、あなたは知らないのよ」 ナヒリの声は怒りに張りつめていた。「人々と都市がどれほど素晴らしく輝いていたかをね」

「そしてあなたは、今のゼンディカーがどんな所かを知らない。今も美しいのよ。ナヒリさん――」 ニッサは手を差し出した。「鍵を渡して」

 ナヒリは応えなかった。代わりに彼女は歯を食いしばり、足を広げて立ち、両腕を伸ばした。

 ニッサは考えず、ただ反応した――不意に床から飛び出した柱をすんでの所で避けた。考えるのではなく、向かってきた石の剣を蔦で防いだ。考えるのではなく、蔓に命令してナヒリの足首に絡みつかせ、引き倒せと命令した。

 ナヒリはうめき声と悪態を上げながら倒れ、だがニッサが再び攻撃するよりも早く、彼女は石の壁を互いの間に立てた。ニッサは気の幹ほども太い茨を作り出したが、壁は破れなかった。茨は石を無力に何度も叩いた。

 数分後、二人を隔てる壁はガラスに変化し、傷を負って怒り狂うナヒリの姿が向こう側に見えた。

「この次元が壊れゆくのを見過ごすなんてできないのよ!」 ナヒリが叫んだ。「私はゼンディカーの守護者なんだから!」

 ニッサは相手を見て、この時代遅れの無謀な人物が故郷を癒してくれるなどと願った自分の愚かさを実感した。「それは私も同じ」

 ギデオンならどうする?

 助けになる人を探してくる。

 そう考え、ニッサはプレインズウォークした。


鏡映魔道士、ジェイス》 アート:Tyler Jacobson

 都市次元ラヴニカ。むしろ、世界を覆うひとつの都市。ニッサにもその内にある美はわかった。優雅に浮遊する塔に大理石が敷かれた街路、灰色の空に生える紅葉。彼女はその美に感服し、それでも戦いに荒廃した街路を思い出した。

 ヴィトゥ=ガジーの魂が屈する様を今も覚えていた。

 自分の素性を感づかれたらまずい。彼女はそう結論づけ、ジェイスの自宅へ到着するまで街路に長く留まりはしなかった。

 入口の衛兵からは丁寧なお辞儀と暗い視線があっただけで、彼女はジェイスの書斎へと案内された。自分はラヴニカ市民の怒りを受けて当然だと思っていた。あの衛兵はそうでなかったとしても辛かった。

 チャンドラの言う通りだったのかもしれない。自分こそ、歩く災害だったのかもしれない。

 チャンドラのことを考えたくはなかった。特に、ジェイスと他の皆の助けが欲しい今は。

 書斎の中には書物と巻物、名前もわからない魔法の品物が広大なそこかしこに散らばっていた。アーチ状の高い窓から光が差し込んでいたが、それでも隅は暗かった。ジェイスを見つけるまでニッサは少しかかった。彼は一番奥の壁を背にして梯子の上に座って、最上段の棚の本を読んでいた。

「すぐ行くよ」 ジェイスは声を上げた。

 ジェイスが言う「すぐ」は数秒から時に一時間にも及ぶとニッサは知っていた。だが邪魔をするのも気がひけたため、彼女は待った。

「ニッサ!」 訪れてきたのが彼女だとようやくわかり、ジェイスは声を上げた。「どうして。いや、来ることはないと思っていたから。その、どうして」 そしてジェイスは言葉を切り、梯子を滑り降りて向かってきた。「いや、元気なようで良かったって意味だ」 彼は手を伸ばしたが、直前でニッサは触れられるのを好まないと思い出した。彼は手を引っ込め、代わりに温かい笑みを向けた。

 驚いたのはニッサの方だった。ラヴニカ市民全員と同じく、彼も怒っていると思っていた。だが安心したことに、そうではない。会えて嬉しく思ってくれている、ジェイスはテーブルへと彼女を案内した。

「座ってくれ。何か俺に用事があるんだろ?」

 どう切り出して良いかわからず、ニッサは率直に告げた。「ゼンディカーが大変なことになって」

「エルドラージか?」 ジェイスは不安に身構えた。

「ううん、そうじゃない」 素早くニッサは否定した。「全然違うの。ナヒリさんが」

「ナヒリ」 ジェイスは額に皺を寄せた。「ゼンディカーの守護者か。もうひとりの」

「そう」とニッサ。不意に彼女は疲労感に襲われた。この件をどうジェイスに説明したものだろうか。彼は生命力との繋がりを感じたことはないのだ。「あの人はゼンディカーを癒そうとしていて」

「ああ。君に会いたがってたって聞いた。けど何でだ? それこそニッサも本望なんじゃないのか」

「ええ。けど、古い宝珠があって――」

「エルフの? コーの?」

「コー。けれど――」

 ジェイスは既に本棚へ移動しようとしていた。「それについて書かれた巻物が確か――」

「ジェイス! 話を聞いて!」 意識したよりも大きな声でニッサは言った。「お願い」

 ジェイスは立ち止まり、驚いたようで、だが座り直して頷いた。ニッサはこの勝利に少し誇らしく顔を赤らめた。ジェイスが自分の言葉に耳を傾けてくれたことはなかった。ギデオンのように行動する、そう意識することはとても有用かもしれない。

 ニッサはアクームのスカイクレイブでの出来事を説明した。石成の核についてナヒリが語った内容、そしてそれが羊歯のエレメンタルに何をしたかを。ジェイスは黙って、真剣に耳を傾けた。エレメンタルの死を描写する際、ニッサは言葉を切り、幾らか息を整えねばならなかった。

「ジェイスがエレメンタルと何の繋がりもないのは知ってる」とニッサ。「けど私にとっては大切なの。ゲートウォッチにとってはそうじゃなくても……」 そう言いながら、ニッサはジェイスと目を合わせられなかった。

「ああ。俺はエレメンタルのことはわからない。けど君にとって大切だというのはわかる。俺たちはどうすればいい?」

 ニッサは安堵に息を吐いた。感謝のうねりを感じた。自分はいつも決まって友情や関係性を混乱させてしまう、けれど今もジェイスや皆を頼りにしていいのだ。

「ええと、ナヒリが石成の核を見つけたなら壊させないといけない。でも、どう言えば納得してくれるのかわからない」――ニッサはわずかに肩を落とした。「ギデオンがいてくれたら。あの時代遅れの怒り狂った石術師をどう説得するか、ギデオンならわかると思うのに」

 ジェイスの表情には複雑な感情が現れていた。「俺も、あいつがいないのは辛いよ」

「ジェイス、私はどうすればいい? いざというときに、私がナヒリと戦えるほど強いとは思えない」

 ジェイスは両手の指を組み合わせた。「もしその石成の核をここへ持って来られれば――」

「それは駄目!」 ニッサは思わず椅子から立ち上がりかけた。ジェイスは驚いて彼女を見つめ、そして実のところ自らの声の力にニッサ自身も驚いていた。「ジェイス、あなたはあれがどれほど危険か知らない」

「ああ。けど調べることができたら」 ジェイスはそう言い、再び立ち上がって本棚へ向かおうとした。

「それで、誰をそれに使うつもりなの?」 次第に焦りながらニッサは尋ねた。ジェイスが自分の世界に入っていこうとしていた。

「その石成の核がゼンディカーの力に繋がっているなら――」

「ジェイス!」

「そうであればその力は柔軟にできて――」

「そんな単純じゃない」

「誰が扱うかによるのかも」 ジェイスは一本の巻物を棚から取り出した。「これが多分――」

「聞いてないでしょ!」 ニッサは叫び、一本の蔓を放ってジェイスの手から巻物を叩き落した。彼は驚き、後ずさった。

 ニッサは怒りに顔が紅潮するのを感じた。心臓は胸の中で早鐘を打っていた。何もかもが間違った方向に進もうとしていた。かつてのゲートウォッチだけでなく、ゼンディカーのエレメンタルを失おうとしている。二つの家族を。

 ギデオンならどうする?

「ニッサ、何を考えてるんだ?」 ジェイスは尋ね、ニッサの目の前に立ち、目を合わせようとした。

 ギデオンならどうする?

 ギデオンだったら、もたもたしない。

「どっちも私の家族なの。それを失うわけにはいかない」 ニッサの感情は決意以上の何かに変わっていった。「私は故郷を守る。ゲートウォッチがいてもいなくても」

「待っ――」

 ジェイスはそう言いかけたが、ニッサは待たなかった。待つのはもう十分だった。一息で、身振りひとつで、思考ひとつでニッサはゼンディカーへと舞い戻った。

 自分がいるべき唯一の場所へ。


 今や自分しかいない書斎に立ち尽くし、ジェイスは考えた。

 もっと真剣に耳を傾けて、留まってくれと、ゲートウォッチに同行してくれと説得するべきだった。ニコル・ボーラスの秘密を持つ罪悪感が彼を苛んだ。真実を知るのは自分ひとりなのだ。

 あの古の、恐るべきドラゴンはまだ生きている。

 そしてその秘密を抱えて過ごす日々は、それだけで友人たちへの裏切りのように思えた。

 けれど償うことはできる。償うべきなのだ。

 彼は例の核についてニッサが言っていた内容を考え、乱動に繋がっているのではと訝しんだ。もしそうなら、ナヒリはその力で何をする? ゲートウォッチに何ができる?

 大事になる。ジェイスはそれを実感した。

 そのため、彼は計画を練った――すぐにゼンディカーに降り立つと確信しながら。

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)

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