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MAGIC STORY
灯争大戦
ラヴニカ:灯争大戦――結末の灰燼
2019年6月12日
前回の物語:絶体絶命作戦
以下の物語には、グレッグ・ワイズマン/Greg Weisman著の小説「War of the Spark: Ravnica」(英語)のネタバレが含まれています。
この物語は年少者には不適切な表現が含まれている可能性があります。
Ⅰ
大体のことは上手くいってた。イゼットの標、不滅の太陽、次元橋、アモンケットから流れ込む永遠衆は全部止めることができた。全部のギルドが戦いに加わって、フェイデン氏、カーン氏、サムトさん、サルカン・ヴォル氏はわざわざアモンケットから戻ってきてくれた、それもものすごく大きな槍を持って。ハゾレトっていう神様の持ち物で、もう戦いですごい役に立ってくれてた。永遠神のうち二体と普通の大きさの怪物はかなりの数が倒された。それに何と言っても、ヒカラが生き返った! 全部、いいことだった。
けど全部晴れ晴れしてるわけでも明るいわけでもなかった。実際、太陽の光はなかった。ボーラスの古呪とかいうのが魔法のすごい嵐を作り出してて、ラヴニカの全部を人工的な夜にしていた。刈られたプレインズウォーカーの灯がその中を彗星みたいに飛んで、ボーラスの角の間の不思議な宝石へ吸い込まれて、そのドラゴンの力になっていってた。沢山のプレインズウォーカーが、今も世界にはびこってる永遠衆の軍団に灯と命を奪われた。あの黒髪の人、リリアナ・ヴェスを殺す作戦は失敗して、あの屍術師は今もボーラスのために永遠衆を動かしてる。それと、わざわざ言うまでもないけど、新しいギルドパクトの体現者、火想者ニヴ=ミゼット様は、永遠神一体を倒すためだけに力を使い果たして、庁舎の残骸の中に倒れて動けないままだった。
そして、ニコル・ボーラスそのものが残ってた。あのエルダー・ドラゴンは今も玉座にふんぞりかえっている、私達の努力なんて何の意味もないみたいに。
私達のほとんどはアゾリウス評議会本拠地へ戻ってきた。このものすごく長い、ものすごく酷い日の、二度目の話し合いのために。
ジュラ氏はまたも、プレインズウォーカーの群れとギルド員と、私へ向けて語っていた。「常にそうであるように、最終的には戦って勝ち取らねばならない。ニヴ=ミゼットの再誕は意義深い尽力だったが、その力があったとしても、やはり戦って勝ち取らねばならなかっただろう。確かに、火想者の力は望めない。だが絶望するにはまだ早い。私達は永遠衆の群れをここまで減らし、永遠神の半数を倒した。今こそ、この黒き剣をボーラスへと用いて全てを終わらせる時が来た」
確信と、威厳のある言葉。聞いた人を心から安心させてくれるみたいな。
「この作戦は、実に単純だ。今のところ、ボーラスは軍勢の大半を城塞へ撤退させている。そこで私達は大規模な二面作戦を展開する。地上ではギルドマスターとプレインズウォーカーを全員、そして武器を持てるラヴニカ人も全員が、正面からの総攻撃を仕掛ける。全力の、総力戦だ。一斉に。全員だ。空を飛べるか、何かその手段を持たない限りは。そして地上の軍が永遠衆を引きつけている間、オレリア様と私と、残る空中戦力の全てが上空から迫る。私はこの難攻不落の力を用いて近づく。そして黒き剣でボーラスを穿つ。それで、全てが終わる」 それは本当に単純で、本当に簡単にできるみたいな口ぶりだった。
簡単すぎるくらい……
ふと、ヴロナ氏がラヴィニア様に剣を貸してくれって頼んでいた。
ザレック様がそれを横に連れ出した。「お前は戦闘要員じゃないだろ!」
「今日は、全員が戦闘要員です」
その間、ゲートウォッチの人達は改めた「誓い」を披露していた。最初にジュラ氏が、今一度黒き剣を高く掲げて言った。「決して繰り返させはしない、どのような世界にも。私は誓おう。海門のため、ゼンディカーと、ラヴニカと、そのあらゆる人々のため、正義と平和のため、私はゲートウォッチであり続けよう。そしてボーラスが斃れても、新たな危険が多元宇宙を脅かした時には、私はゲートウォッチと共にそこへ向かおう」
もしかしたら、全員共通の誓いがあるのかって思ったけど、ベレレン氏のは短めだった。「そうはさせない。多元宇宙の繁栄のため、私はゲートウォッチであり続けよう」
なるほど、それぞれちょっとずつ違うんだね。どんななのか聞いてみたいかも。
ナラーさんが進み出て口を開いた。「どんな世界にも暴君がいて、欲望を追い求めている、何も気にすることなく人々を踏みつけながら。だから私も言うわ、絶対そんな事はさせない。それで誰もが自由に生きられるのなら、ゲートウォッチで居続けるわよ。みんなと一緒にね」
テフェリー氏も抑揚をつけて言った。「太古の昔より、強者は弱者を蝕んできた。決して繰り返させはしない。失われ忘れられた者たちのため、私はゲートウォッチであり続けよう」
次に、皆へ微笑んで、黄金のたてがみさんが高々と吼えた。「私は暴君を見てきた。限りを知らない野心の。神々の、法務官の、領事の姿をとりながら、支配する相手ではなく自分達の欲望のみを考える。あらゆる人々が欺かれ、文明は争いに放り込まれる。ただ生きようとするだけの人々を苦しめ、やがて、死なせてしまうまで。二度とさせない。全ての者が居場所を見つけるまで、私はゲートウォッチであり続けよう」
そして五人全員がレヴェインさんを見た。その人はというと、相変らず口を開くのは苦手みたいだった。そして唇を噛んで不安そうに見つめるナラーさんに視線を送った。
レヴェインさんは微笑んだ。一瞬のことだったけど、私ははっきり見た。レヴェインさんは一歩進み出ると、優しくて綺麗な鐘の音みたいな声で言った。「私は一つの世界が不毛と化すのを見てきた。大地は塵と埃と化した。放っておいたなら、邪悪なものはその目の前の全てを貪り尽くしてしまう。二度とさせない。ゼンディカーとそれが育む生命のため、ラヴニカと全ての次元の生命のため、私はまたゲートウォッチになるわ」
ナラーさんは嬉しそうに微笑んだ。他の人もだった。六つの誓いは、かなり感動的だった。
ジュラ氏が皆を見渡して尋ねた。「他に誓いを立てたい者はいるか?」
全員、視線を交わしたりうつむいたりした。バラードさんは少しにやっと笑った。カーン氏は銀の太い腕を交差させて見せた。一瞬、ケイヤ様が口を開きかけたみたいで――けどやめた。誰も進み出なかった。誰も何も言わなかった。
テヨと私は視線を交わした。私、この子はいいゲートウォッチになれると思った。けど踏み出す勇気はないみたいだった。皆のために戦うのが怖いんじゃなくて、この超一流の英雄たちの隣で戦う資格はまだない、そう思ってるから。
私は囁いた。「きみがいてくれれば、きっとあの人たちはありがたいって思うよ」
「わかりません。アレイシャさんはどうなんですか?」
私は笑った。「一つの次元から出られなくて、仲間から姿も見えなくて声も聞こえなかったら、多元宇宙なんて守れないからね」
テヨは気まずそうに頷いた。「そうですよね。アレイシャさんが一緒に行けないなら、僕も加わる気はないです」
その言葉に、私はまた拳骨をくれてあげた。
「いたっ」
Ⅱ
ふと、ジュラ氏とベレレン氏がナラーさんの腕を掴んで引っ張っていくのが見えた。何かと思って私は後をつけて、石化されたイスペリア様の後ろへやって来た。盗み聞きの時間。
だって、これこそ私の本分だしー。
「何よ?」 ナラーさんは大声でもう二人を問い質した。
ベレレン氏は身振りで指示した、もっと声を小さくしろって。
ナラーさんは息を吸って尋ねた。「何の用?」 今度は割と小さい声で。
「是非とも君に頼みたいことがある。新プラーフへ戻って、不滅の太陽をまた起動してもらいたい」とはジュラ氏の言葉。
「何? あれを止めるのがどれだけ大変だったかわかってるの?」
三人は視線を交わして、それでナラーさんの怒りは途切れた。
そしてもう二人に近寄ると小声で言った。「他のプレインズウォーカーが逃げ出さないって信じてないのね」
ベレレン氏が首を振って否定した。「そうじゃない。不滅の太陽が作られた本来の目的を果たしてもらうんだ。ボーラスの逃亡を防ぐという目的を」
ジュラ氏も頷いた。「何にせよ、今日全てが終わる」
「そう、だったら誰か他の人にお願いしてよ。私がこの戦いを逃す気があると思ってるの?」
《炎の職工、チャンドラ》 アート:Yongjae Choi |
ジュラ氏はその言葉にくすくす笑った。「私もジェイスも、そんなことは微塵も考えなかったよ」
ベレレン氏が続けた。「必要な同行者は君が選んでくれ。太陽を起動したら頼れる護衛を置いて戻ってくるといい。そうしたら君も戦いに加わってくれ」
「わかんないわよ。ボーラスは太陽を使いたがってたでしょ。いい考えだとは思えないんだけど」
「俺にはいい考えだと思うがね」 その声に私達全員が振り返って見上げた。ダク・フェイデン氏がイスペリア様の背中に座って、大きな笑みを浮かべてた。「悪いね、盗み聞きするつもりはなかったんだが」
「そんなとこに座って何言ってんのよ。盗み聞きする気しかないでしょ」
「まあまあ。強大なるゲートウォッチの皆様が動かぬスフィンクスに隠れて内緒話とあっては、ちょっとばかり興味が湧かないわけはないだろ?」
なんだ、私だけじゃなかった。典型的な泥棒さんの行動ってわけ。
「ちょっと?」 ベレレン氏は眉をひそめた。
「ちょっとさ」 フェイデン氏は頷いた。「なあ。確かに俺はこの議題の一員じゃない。それでも2ジノ賭けよう、誰だってこんなこと、二度とごめんだ。もしボーラスが逃げたなら、また同じことを全員でやらなきゃいけなくなる。俺はこの大男に賛成だ」 そしてジュラ氏へと頷いた。「何にせよ、今日全てが終わる」
もう二人が向き直ると、ナラーさんは肩を落とした。「わかったわよ」
私が見つめる中、ナラーさんはライさんとレヴェインさんと、見つけられる限りの頑丈で強いギルド員の群れを集めた。そして新プラーフへ出発していった。
フェイデン氏と私はそれを見守った。フェイデン氏は頷いて誰ともなく囁いた。「お嬢さんがた、幸運を祈るよ」
そして背を向けて、こんなことを言いながら去った。「ちょっと離れた所に、途方もない黄金のがらくたが置いてある。俺はそれを借りに……じゃなくて一体のエルダー・ドラゴンと戦いに行ってくるよ。大したことのない盗賊だがね……」
Ⅲ
ほとんど無言のまま、小さな軍団が第10管区広場へ向かっていた。
全員、辛い考えにふけってるんだと思った。みんな失うものが私よりずっと沢山あるから。だって私は永遠衆に刈られる灯は持ってないし、そもそも永遠衆は私の姿が見えないし、声も音も聞こえない。ある意味私はほとんどの人よりずっと安全。
逆を言うと、私に近しい人はすごく少ししかいない。その一人を失うだけでも――今朝、ヒカラを失ったって思った時みたいに――私の世界はものすごく小さく縮んでしまう(それに、これ以上誰かが生き返るなんて思えない)。まだ戦いは終わってない。もし私が少しでも……難攻不落なら、友達と家族を無傷にしっかり守れるのに。
けどテヨとケイヤ様とヒカラが皆と一緒に進む中、私は他の皆よりちょっと安心していたかもしれない。そして、ヴラスカ女王がベレレン氏に後ろから近づいたのを見て、私はこの二人に関しての仮説を確かめたいと思った。
それに、私は盗み聞き係でもあるから……
「ジェイス」 ヴラスカ女王は言葉を詰まらせた。
ベレレン氏は振り向いて、立ち止まって、微笑んだ。そして片手をそっとヴラスカ女王の首後ろに回すと、背伸びをして額を近づけて囁いた。「ごきげんよう、船長」 すごく小さな声で、実際、私が完全に二人の世界に割り込んでなかったら、聞こえなかったくらいに。
ヴラスカ女王も囁き返した。「私が何をしてきたか、知らないだろ」
「知ってますよ、実際。けれどヴラスカさんの過ちではありません。記憶が完全じゃなかったですし、俺も遅すぎました」
ヴラスカ女王は額を離して続けた。「全く遅すぎだったよ。けど実のところ、私は全部思い出してたんだ。でも何も変わらなかった」
ベレレン氏は肩をすくめた。「けど知っての通り、俺は今日既に元カノを一人殺そうとしたんです。ボーラスか俺達が死ぬまで、不安は棚に上げておきませんか」
「おや、私も元カノかい?」 悔やむみたいな微笑み。
やっぱり!
「ちが……う、と思います」 ベレレン氏は慌てたみたいに言った。
「恋人でもないのに元、はないよな」
「そうですよね……ってその、恋人でもないのに、の方です。元、じゃなくて」 そう答えるベレレン氏は、初心な男の子みたいに見えた。私はなんかすごく、テヨを思い出した。
「じゃあさ、明日から……なってみないか? ボーラスが死んでも、私らが死んでも」
「どっちにしろ、ですか?」
「どっちにしろ」
ベレレン氏は頷いた。「是非とも。けど一応言っておきますと、あくまでボーラスが死んだら、の方が俺はいいです。俺達が、じゃなくて」
「私もだよ」
ヴラスカ女王はベレレン氏の手をとって、それを見たザレック様がお二人を睨み付けた。ベレレン氏は微笑んで、あざ笑うみたいに手を振ってみせた。そして手に手をとり合って、来たる戦いへ向かっていった。
Ⅳ
想像してたより、状況はずっと悪かった。
ほとんど全員がときの声を上げながら(私は上げなかった、だって誰にも聞こえないのにそうする意味はあんまりないし)、城塞へ突撃した。私はナイフを鞘にしまったままで、母さんが貸してくれた軽めの戦斧を持っていた。上達したって意味だとはあんまり思わなかった。軽くても軽くなくても、私が今まで使ってきた武器よりは重いし、私の腕力もアリ・ショクタの娘らしくはなかった。けど私の姿が近くに見えるのは母さんにとって安心できることだった。何せ母さんには私が見えて、私を心配してくれるんだから、私は応じた。
一分ごとに力を――身長も――増やしながら、あのドラゴンはピラミッドの上にそびえ立って、角の間にあの変な宝石を浮かべて、死んだプレインズウォーカーの灯を吸い込んでいってた。
死んでいくプレインズウォーカーの。
死んでないか、まだ死んでないプレインズウォーカーは、ギルドの戦士と隣り合って、無言の戦慄衆と戦っていた。
混沌があった。本物の混沌。それでも、両軍は思った以上に互角だった。残っている永遠衆は案外少なくて、それにフェイデン氏とサムトさん達のお陰で、追加はもう来なかった。
腹音鳴らしは二本の大鎚で怪物を叩き潰しながら、目の前を片付けていった。フェイデン氏はそのサイクロプスの影の中で戦っていた。永遠衆のラゾテプを磁石にするみたいな技を使って、敵同士をぶつけて動けなくしていた。そいつらが離れるためにもがくと、だいたいよろめいて転んで、隙だらけになった。フェイデン氏はそこで動くと自分の剣で永遠衆にとどめを刺した。すごく効率的だった。
サムトさんはすごい速さで永遠衆の間を駆けて、曲がった剣で首を落としていった。遠すぎて声は聞こえなかったけど、敵の首が落ちるたびに、また一人の永遠衆が「自由になった」ことはわかった。
《暴君潰し、サムト》 アート:Aleksi Briclot |
ヴォレル氏は頼もしくて断固とした足取りで戦場を進んでいた。あの人は元々グルールの小さな氏族のボスで、今は近くで戦いながら、どこか野蛮な(もちろん私も同じ)生まれをその荒々しさの中に見せていた。けどシミックらしさもあって、生きた鎚で怪物を掴むと、中に残ってる肉を内側からひっくり返してた。そうするとラゾテプと内臓が華々しく爆発した。
黄金のたてがみさんは、双頭の斧を振るって永遠衆を次々と倒していた。カーン氏も、金属の両手で永遠衆の頭を潰していた。
ヴラスカ女王は悪魔みたいに戦っていた。カットラスを外科手術の刃みたいに使って永遠衆を切り裂いて、と思えば相手を石に変えていた。戦いの熱狂の中では時々、両方だった。
ベレレン氏は、(たぶん)ヴラスカ女王の隣で戦いながら、自分の幻影を幾つも作って永遠衆を誘って、黄金のたてがみさんやバラードさんやカーン氏へ向けていた。それと時々自分の念力で対処していた。
イゼット魔道士の一団が火炎放射器を永遠衆の群れに向けた――そしてベレレン氏を燃やしかけた。テレパスで警告が叫ばれて、私の脳内にもうるさく鳴った。
いやその、そんなふうに感じたってこと。
私のテレパス能力なんて全然大したものじゃないし、どうやってやるかも全然知らないんだから。
テフェリー氏は時間の遅い泡で怪物を包んで、ボルボやうちの両親の動きに合わせてそれを切っていた。
吸血鬼のプレインズウォーカーが一人、ものすごい力で永遠衆の首を次から次へと落としていた。一緒にいるコーのプレインズウォーカーは石を鋭く尖らせて一度に三体か四体を突き刺していた。
アゾリウスの拘引者たちが――ラヴニカの光景としてはだいたいあんまり好きじゃない――ラヴィニア様の指揮で、次々と永遠衆を動けなくしていた。
ディミーアの暗殺者とラクドスの信者が、永遠衆の密集軍をずたずたにしていた。
ラヴニカの誰もがここにいて、一緒に戦っていた。すごく歴史的なことじゃない?
けど、こんな戦いでも、全員が全員勝ってるわけじゃなかった。
永遠衆が、フェイデン氏を後ろから掴んだ(私は自分の戦いで忙しくて、あと遠かった。けど全部しっかり見ていた)。けどフェイデン氏は何とか敵のラゾテプに呪文をかけることができた。磁石みたいになった頭蓋骨が突然ねじれて首が後ろに折れて、首が肩からぶら下がった。
でもそれじゃ全然効いてなくて、それに遅すぎた。一瞬、フェイデン氏はそこから消えたように見えた、プレインズウォークしたんだって私は思った。けどナラーさんがもう不滅の太陽を再起動してたみたいだった。フェイデン氏はその場に戻ってきた、永遠衆の指に腕を掴まれたまま。
フェイデン氏は剣で永遠衆の手を切り落とそうとしたけど、もうその力も、剣を持ってる力もないみたいだった。それは指から滑り落ちて、足元の敷石に音を立てた。
そして、悲鳴が上がった――私が戦っている所から、騒音の中でも聞こえるくらいの。その永遠衆はダク・フェイデンだったものの中へ手を伸ばすと、それを盗んでいった。灯が刈られると、身体は水気も内臓も抜かれたみたいに、皮と骨しか残らなかった。
永遠衆は火がついて燃え上がった。盗られた灯は宙に舞って、あのドラゴンの宝石と力に食われていった。
そしてフェイデン氏の悲鳴は途切れて、敵の屍と一緒に地面に崩れ落ちた。
Ⅴ
私は今まで以上に、大好きな人達を守ろうって決意した。うちの両親とおやじさんは十分に自分達の身を守れることはわかってた。つまり、あの三人は鍛えられた戦士で、灯も持ってないから永遠衆が触っただけで殺されることはない。けど、テヨとケイヤ様はそうじゃない。気が狂いそうなくらいに無防備だった。
ヒカラについては……あの人は剃刀魔女の段階で充分すぎるくらい危なくて、だからたぶん、血魔女になってもっと強くなったはずだった。けど実際、ヒカラはいつも戦士っていうより演者だった。それに何よりも、生き返ったことで私への認識が明らかに変わった。他にも何か変わってしまっていたら? 前のままの強面じゃなかったら?
だから私はこの三人を守ることに集中した。
驚いたことに、テヨについては心配しすぎなくても大丈夫だった。この子は自分でしっかりやっていた。攻撃の技は大したことないかもしれないけど――時々、小さな光の球をぶつけるくらい――油断せずに、素早く、しっかりとその盾を構えて、危なくなった味方を一人残らず守っていた。
そして突然、ちょっとした攻撃方法を発見した。その盾を思いっきりぶつけて、怪物を後ずさらせて味方に向けて隙を作ってあげた。腹音鳴らしとヴォレル氏と、ええと……狼女さんへ。
ケイヤ様はというと、もう護衛がついていた。ビラーグル執行人長ともう一人のオルゾフの巨人に挟まれて、幽体のダガー二本を怪物の脳に突き刺してく様子が見えた。
けどケイヤ様は長く幽体状態でいたせいか、疲れてきたみたいだった。一体の永遠衆を通り抜けると、手だけ元に戻して幽体のダガーでその脳を突き刺す。そして次の敵へ向かいながら手を幽体にして足を戻す。けど戦いの騒々しさと危険とすごい混乱から、ケイヤ様はだんだんと無謀に、それと私が見るからにだんだんと消耗していった。私はケイヤ様の背中を守るために、母さんの斧で永遠衆を次々と死なせていった、ケイヤ様以外に気付かれることすらなく。
「任せて下さい!」 私は騒音に負けないように叫んだ。「グルール育ちをなめないで下さいね! 私みたいな体質で育つと、こういう時にすごい役に立つんですから!」
私はケイヤ様をしばらく守った――けどヒカラを守るためにもっと時間を費やした。半ば影になったみたいに、実際、この人は一度死んだにしてはかなりすごくて……そして後ろから襲ってきた怪物を私が何体倒したかは知るよしもない。
ヒカラに私は見えないかもしれないけど、私からは見えるし、無事だってことも見える。それで良くない? 少なくとも、無意味なわけじゃない。
Ⅵ
何だか、テフェリー氏の時間の泡に捕まったみたいに感じた。全部が、ものすごい速さで過ぎていった。けど、それでいて、全部が同時にゆっくりと過ぎていったみたいだった。戦いに続く戦い。終わりなんてないみたいに。過ぎていく時間を追い続けるのは大変、勝手に過ぎてく細かく刻まれた時間を。
角笛が鳴った時、もうどれだけ戦ってきたのかもわからなかった。顔を上げると、ボロスの巨大空中戦艦パルヘリオンⅡが空を進んでいった。甲板から天使が降下していって(珍しい四枚翼の天使が一人、沢山の騎兵を連れていた。それとマラドラ女史も、ようやく戦いたい疼きを満たせたみたい)。ボロスの空騎士とセレズニアの騎兵はペガサスやグリフィンや鷲に乗っていた。イゼットの魔道士はミジウムの飛行球に乗って殺戮へ飛び込んで、イゼットのゴブリンは飛行スクーターで、イゼットのフェアリーは炎凧で降りていった。小さな超音速のドラゴンが一体、ドレイク翼や蒸気ドレイクやサファイアのドレイク、風のドレイク、そして一体のシミックの空泳ぎと一緒に飛んでいった。普段はお互い食い合おうとするけど、今日は違った。
みんな揃って、空を飛ぶ永遠衆の少しの残りを片付けていった。その時、ペガサスに乗ったジュラ氏の姿が見えた。全員が見て、全員が歓声を上げた。この全てを終わらせる剣を――ニコル・ボーラスに終わりをもたらす剣を持って。
問題は……気を付けてそれを見ていたのは、私達だけじゃなかったってこと。
黒髪のあの女の人が、射手の真似をするみたいな動きをして、空想の弓矢を掲げると、刺青……なのかそういうものが、紫色に輝いた。永遠神オケチラの方を見ると、正真正銘本物の弓矢でその動きをそっくりそのままになぞった。ヴェスさんとオケチラは揃ってジュラ氏へと狙いを定めた。私は危ないって叫んだ――けど当たり前だけど誰にも聞こえなくて、屍術師と永遠神は一本の、投げ槍くらいもある矢を放った。
けどオケチラの弓はジュラ氏に正確に当てることはできなかった。代わりに、体長六フィートの乗騎を貫いた。そのペガサスは空から落ちた。
ジュラ氏は、黒き剣を掴んだまま、そのペガサスと一緒に一直線に、城塞の向こうに落ちて見えなくなった。
Ⅶ
ジュラ氏が落ちたその時、戦場はしんと静まり返った。その空白は私達の側だけじゃなくて、敵側もだった。一瞬、永遠衆は、何でかわからないけど、ためらった。あの黒髪さんがそうなったから? 違う、そんなの意味がない。オケチラに矢を撃たせたのはあの人なんだから。
けどもちろん、その静けさは続かなかった。戦いは両側から再開した。
そして、誰かが叫んだ。「見ろ! 城塞を見ろ!」
まず、煙が見えた。次に炎が。その次に、巨体の悪魔が、翼を広げて、頭には冠みたいに炎を燃やして。
ヒカラは手を叩いて、ベルを鳴らして、不浄のギルドマスターへ大きな歓声を上げた。「やっちまってよ、ボス!」そしてザレック様とケイヤ様とヴラスカ女王へ向き直って叫んだ。「言っただろ、ボスは乗り気だって! こういうの大好きだからさ!」
ラクドス様。穢すもの。悪魔。ギルドマスター。創設者。ドラゴンくらい大きくて、巨人の格闘家みたいな筋肉と釣り合いのとれた手足。二対の角、その一対は舵輪みたいに外側をぐるっと回って、もう一対は巨大な雄羊の角みたいに下へ曲がってから上へ。燃え上がる黄色の瞳。剃刀みたいな歯が、にやりって笑ってる。幅の広い顎から、髭みたいな骨が何本も突き出してる。コウモリの翼。割れたひづめ。赤黒い皮に鎖と頭蓋骨を飾ってる。そして額には、炎が輪になっていた。沢山の邪悪を一度に相手できる、邪悪の中の邪悪。
それでも、ニコル・ボーラスとは……
けどその時、ジュラ氏が、悪魔の頭の上に乗ってるのが見えた。ラクドス様の炎の冠のまさにその中に、立ち上がって。ジュラ氏の白い不滅のオーラがその地獄の炎から守ってるんだろうけど、私のいる所からでも、ものすごい熱の真中に立ってるのがわかった。
《予期せぬ助力》 アート:Viktor Titov |
ジュラ氏は今も黒き剣を持って構えていて、私は何度も跳び上がりながら、英雄と悪魔へ歓声を送った。ラクドス様は高く舞うと、城塞とその主へ向かって鋭く降下した。穢すものの咆哮が広場に轟いた。
その咆哮が、間違いだった。
ボーラスが気付いた。そのドラゴンはすぐさま振り返って攻撃の呪文を撃つと、それはラクドス様の背中に当たった。けどジュラ氏はその攻撃を跳び越えて、落下する威力をそのまま使ってボーラスへ黒き剣を、突き刺そうと狙った。
私は息を止めて見つめた。ジュラ氏が、両手で柄を握りしめて、エルダー・ドラゴンの眉間に、飛び込んで剣を突き立てるのを。
あの剣はこれまでに大悪魔と永遠神と、ニコル・ボーラスみたいなエルダー・ドラゴンも倒してきたって聞いた。
これで。これで全部終わる。
落下しながら、ジュラ氏は全力でその武器を叩きつけて……
固い額に、黒き剣は砕け散った。
そして黒き剣と一緒に、ラヴニカに生きる者の希望も全部、砕け散った。
Ⅷ
ドラゴンの笑い声が響いて、ジュラ氏は落ちた。城塞の屋根に、強烈に。生きてるのか死んでるのか、私にはわからなかった。
私はただ、何も感じられなかった。
リリアナ・ヴェスさんは倒れたジュラ氏の隣に立っていた。あの二人は、ごく最近まで友達同士だったって聞いた――そう耳に入ってた。だから、あの人が今何を思ってるかは興味があった。けど遠すぎて、考えとか感情とかは読めなかった。表情もわからなかった。
けど遠すぎもしなかった。ヴェスさんが何歩か進み出て、身体の周りに黒のマナが渦巻くのが見えた。それと同時に、永遠衆は――また――私達との戦いを止めた。そいつらはまるまる五秒立ち止まって……そして怪物全部と二体の神が、回れ右してニコル・ボーラスへ向かった。
黒髪さんが、ボーラスを裏切ったってことはわかった。それがどうしてなのかはわからない――元々、どうしてあのドラゴンのために戦っていたのかも知らないけれど。けどヴェスさんは永遠衆を支配していて、その永遠衆は女主人の命令に従って、仕える相手を変えたのは間違いなかった。
もう戦う相手がいなくなって、私はただそこに馬鹿みたいに立って、見守った……
ヴェスさんがボーラスへ何かを叫んだのを見た気がする、けど言葉は聞き取れなかった。けどともかく、ドラゴンが呆然として混乱する感情が私の意識にまで流れてきたのがわかった。混乱、そして軽蔑が。
私は黒髪さんの様子を観察した。何かがその人の中で進んでて、それが何なのか最初は全然わからなかった。そして、まるで内側から輝いてるみたいだってわかった。輝いて……崩れていってた。
そう、その通りに。あの人の身体が、黒い破片と紫の火花になって、風に運ばれていった。少しずつ、少しずつあの人が崩れて消えてくのを、私は見つめていた。
あんな……あんな死に方は、きっと、楽しくなんてない……
オケチラとバントゥ、まだ残ってる永遠神は、変わらずボーラスに近づこうとしていた。けどドラゴンの方は純粋な魔法のエネルギーを張って、二体を防いでいた。
また黒髪さんの方へ目をやると、もう、髪の毛が消えるところだった。頭皮まで燃えかけていた。
けどその時、ジュラ氏が、後ろに立って、ヴェスさんの肩に手を置いた。ジュラ氏は白く輝いていて、その輝きが伝わっていって、ヴェスさんに届いて、包んだ。
ヴェスさんがその純粋な白い光に輝くと、崩れかけてた姿がまた固まりはじめた。長い黒髪がまた背中に流れた。完全な姿に戻った。
けど、けど……
代わりに、その黒く輝く死が手渡された。ついさっきのヴェスさんみたいに、ジュラ氏の姿が崩れていった。そして顔を上げて……吼える声が聞こえたかと思うと……見ている全員の前で、黒い炎になって、完全に、跡形もなく消えた。残ったのは、ヴェスさんの足元に転がる鎧だけだった。鎧と灰、そして灰の方はすぐに風に散っていった。
ジュラ氏は、そうして死んだ。けど、けど……あの人は英雄になって、私達全員を救ってくれた……
そして誰もがボーラスを見た。地面からでも、満足してるのが見えた。
この時私ははっきりと、怒り狂った叫びを聞いた。黒髪さんはそして両腕を押し出す仕草をした。オケチラとバントゥがそれに反応して、ボーラスを挟むみたいに前進していった、エルダー・ドラゴンが放つ力の流れに逆らいながら。永遠神が一歩ボーラスへ近づくごとに、ボーラスはその力で二歩後ずさらせた。
もうだめだ、私は心からそう思ってた。
その時、どこかで黄金のたてがみさんが声を上げた。「あれは!」
Ⅸ
ハゾレトの二又槍がドラゴンの胸から突き出して、二本の先端から血と内臓がはっきりと滴っていた。ボーラスの血と内臓が。その力と吸収した灯があるからなのか、それはボーラスを殺すには至らなくて、けど傷が深いのは間違いなくて、それに今もまだ傷つけられるってことを示してた。だから、ほんの少し、私はまだ希望があるのかもって思った。
エルダー・ドラゴンは振り返った。その後ろに浮かんで槍を持っていたのはニヴ=ミゼット様で、ボーラスの背中へもっと深く突き刺した。うめき声が広場にこだました。
翼の一打ちで、ボーラスは再生した火想者を払いのけた。ニヴ=ミゼット様は数マイル先の地面に墜落した。
希望は……
時が止まった。そして、ドラゴンは気付いたけど遅すぎた。ヴェスさんにも二又の武器があって、それで攻撃する隙を見せちゃったってことを。
二体の永遠神が、ボーラスを殺そうと前進して、迫った。ドラゴンはなんとかオケチラを消し飛ばした。
けどその動きのせいで、それとも突き刺さったままの槍のせいで、バントゥを止めるのが間に合わなかった。それまでの主に、鰐の頭が噛みついた。
即座に、自動的に、バントゥは古呪がドラゴンに食べさせた灯全部を刈りはじめた。全部を、一気に。バントゥはその灯全部を吸って、けどそれを持ってはいられなかった。その神はばらばらの破片に砕け散って、眩しい爆発になって、私はきつく目を閉じた。
《リリアナの勝利》 アート:Kieran Yanner |
そして目を開けると、最初に見たのは、永遠衆の軍団が城塞の階段をドラゴンへ向かって登ってく様子だった。そのすぐ後ろにはラヴニカ市民とプレインズウォーカーの軍団が。追い付くために私は走った。
ボーラスの頭の上に、刈った灯が渦を巻いていた。そして、それは単純に蒸発した。灯は一つ残らず全部、無へと消えた。
私はたった三歩進んだ所で、ボーラスが消えてくのを見つめた、ついさっきジュラ氏が消えていったのと同じように。そして、消えながら、ボーラスも吠えて、一粒また一粒、それは風に吹かれて散っていった。
Ⅹ
終わった。ボーラスはただ、消えた。角の間に浮いてたあの宝石だけが残っていた。それが城塞の上に落ちるのが見えた。何度か跳ねて、黒髪さんの足元からそんなに遠くない所で止まった。
不自然な嵐の雲は切れて散って、遅い午後の日差しが差し込んだ。
私達は全員立ちつくしてた。信じていいのかどうかわからなくて――信じても大丈夫かどうかわからなくて――悪夢は終わった、ってことを。
そして、自然と、ものすごく大きな歓声が広場の全員から上がった、私を含めて。お祝いの魔法が宙にらせんを描いて昇っていった。ありとあらゆる市民が――いろんな種族の男の人も女の人も――ボーラスの彫像の残骸に登っていた、まるで子供の遊び場になったみたいに。本当の子供も、どこからともなく出てきて、倒れて眠るヴィトゥ=ガジーに登りだした。おやじさんは追い払おうとしたけど、無駄な努力だった。
《次元を挙げた祝賀》 アート:Wisnu Tan |
ヴェスさんはまだ城塞の上に一人で立っていた。止まって動かない永遠衆が壁になって、ラヴニカ市民とプレインズウォーカーはピラミッドの階段を昇れなかった。そして皆一斉にはっとして、腹音鳴らしとあのむっつりしたミノタウルスさんを先頭に、戦慄衆を後ろから叩き壊しはじめた。ばらばらに。粉々に。私達が(気が付くと私もやっていた)叩き潰してる間も、怪物は全然身を守ろうとはしなかった。私は片目で黒髪さんを見ていた。あの人は永遠衆を動かせる、けどまた動かそうとするなら、やめたほうがいいって警告したかった。例え身を守るためだったとしても。
黒髪さんは膝をついた。何をしているのかは見えなかった。そして立ち上がると、黒い雲の中へ、プレインズウォークで消えた。
どういうこと? 不滅の太陽がまた起動されてたのは間違いなかった。だから、フェイデン氏は死の運命から逃げられなかったんでしょ? けどたぶん、あのドラゴンがいなくなったから、また切られたって事なのかな。
真っ白なプレインズウォーカーがそれに続いた。ヤンリンさんとヤングー君は、三本尻尾の犬と一緒に出発していった(あの犬は消える寸前、石になったみたいだった)。他にも、次々、名前を知らない人達が。
サムトさんの声が聞こえた。「こんなのは間違っている! 皆、私の故郷の人々だ。倒さねばならない、それはわかっている。けれどこれは違う。どうか、尊厳を与えてやってくれ」
「そのために私らがいるのさ」 バラードさんがそう言って、ナラーさんに頷くとそれは始まった。ミノタウルスとサイクロプス、そしてアモンケットの子がじっと見つめる中、紅蓮術師二人は止まった戦慄衆の間を進んで慎重に燃やしていった、最後の一人まで、最後の一粒まで、灰になるまで。
私はそれを見届けはしなかった。数分かけて、両親を探した。見つけた時、二人は一緒にいて少し気まずそうに抱き合ってた。私が呼ぶと、母さんは父さんへと私を示してくれた。三人で抱きしめ合った。私は母さんに斧を返すと、友達を探しに出かけた。
その頃には、どうにか残った尖塔の向こうに太陽は沈んでいた。黄昏の時間だった。古呪で作られた闇じゃなくて、本物の。黄昏。夕闇。夜がやって来る。そして次の朝と、昼が続く。
私達は、生き残った。
私達のほとんどは……
そこらじゅうで、皆が祝っていた。そしてそれに入らない人達は、怪我人や重傷者を運んでいた。
そして、死者を。
Ⅺ
ヒカラはどこであの人形を手に入れたんだろう。
ヒカラは瓦礫の破片に座って、奇妙なくらい本物そっくりの指人形を両手にはめて、勝利の祝祭を独りでひたすら演じていた。その人形は自分とザレック様。ヒカラ自身とヒカラのラットだけのための、素晴らしいショーだった。
『それでこそ、私のラット』
『そりゃあもう』
もちろん、ヒカラに私の存在はわからない。それでも私はその見世物を心から楽しんだ。ヒカラは声を変えて二体の人形に演技をさせた。
「ヒカラよ、俺達はあの悪しきドラゴンを倒した」 人形のザレック様が満足した感じで言った。イゼットのギルドマスターらしいちょっと高めの声。
「もちろんさね」 ヒカラの人形が答えた、ヒカラ本人の声とは似ても似つかない、奇妙に低めの声で。率直に言って可笑しかった。
「君は大変だったよな、何せひどい目に遭って死んだんだから」
「まあね。けど一回だけだし。一回死ぬなんて何でもないし。何度もあるわけじゃないし、ほらそれに見てる分には面白いからよかったじゃん?」
何時間でも見てられると思ったけど、テヨがそこにやって来た。いつから私の後ろにいたのかはわからないけど、テヨはヒカラの隣に進んで言った。「使者さん。ご友人のラットさん、アレイシャさんの事は覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんさ。ラットのことはしっかり覚えてるよ。大好きな子だ! 何処にいるんだい?」
その言葉に私はすごく嬉しくなった。叫んでたかもしれない。
テヨは私を指さしてみせた。ヒカラは私に目をこらして、また私の見方をわかってくれる。そう思った。
ヒカラは困っただけに見えた。だからテヨはヒカラ自身の人形をはめた手をとると、私がいる所へ案内してあげようとした。
けどヒカラはためらった。拒んだ。そして聞いたことのないような、不安で居心地の悪そうな声で言った。「実はさ、ラットがどんな子だったか、全然思い出せないんだ。何とも変な話なんだけど」
テヨは言葉を失った。けど私にとっては真新しいことじゃなかった。私のことが見える相手でも、長いこと会わなかったら私のことを忘れてしまう。母さんですら――認めた事は一度もないけど――私がずっと家をあけてると、娘がいることすら忘れはじめる。確かに、ヒカラがこんなに早くそうなるとは思ってなかった気がする。でもそれに驚くか驚かないかは別でしょ。
だから、その会話が翼の羽ばたきと硫黄の臭いに遮られたのは、嬉しく思った。ラクドス様が、使者のもとへ降り立った。
「「来るがよい、使者よ」」 響き渡る、陰気な声だった。「「ラヴニカは再び我らがものとなった。長き戦いにより民は落ち込んでおる。すなわち死のサーカスを開演し民のあらゆる心に明かりをもたらさねばならぬ。演者を集め、舞台を整え、待ち焦がれた観衆はこの日の恐怖を忘れて叫ぶ。炎を! 血を! そして炎を!!」」
「最高だね!」 ヒカラは言って、その悪魔の掌に乗せてもらった、まるで実物大のヒカラ人形が主人の言葉を話すみたいに。そしてラクドス様が飛び立つと、ヒカラの声が悲鳴みたいに届いた。「炎を! 血を! そして炎を!!」
うん。ヒカラは私のことを気にもしなかった。
辛いよね。辛い。そんな言葉を聞きたいわけじゃなかった。
けど顔を上げると、テヨが悲しみに打ちひしがれてるみたいだった。この子のために、私は明るい表情を作ろうとした。私は微笑んで、肩をすくめて、言った。「もう会えなくなっちゃった」 けどその微笑みを保てなかった。私は肩を落として、心も沈んだ。「こんなことなんて一度もなかった。そもそも、私は会えない人ばっかりだから。けど、私が見える人に会えなくなったのは、初めて」
そして追い打ちをかけるみたいに、ライさんがまっすぐにこっちへ向かってきたので、私は横に避けなきゃいけなくなった。
テヨは更に落ち込んだみたいだった。そしてケイヤ様が近づいてくるのを見て、言った。「忘れないで下さい、アレイシャさんにはまだ僕達二人がいるってことを」
私は頷いた。テヨの気を楽にしてあげたかったけど、そのための言葉は出てこなかった。「けど、二人はプレインズウォーカーだからさ。いつかラヴニカを離れていっちゃう」
すぐに、私はその言葉を後悔した。
私達両方を落ち込ませてどうするの? 誰が助けてくれるの? 私じゃない、それは確かだった。友達を元気づけてあげるべきだったのに。
私達は歩き出して、浮かれ騒ぐ人達や悼む人達を通り過ぎていった。灯争大戦は終わった。残ったのは、破片を拾い集めて新しく始める方法を探すこと。
やがて、私達はプレインズウォーカーとラヴニカ市民が集まってる所へやって来た。みんな、不滅の太陽をどうするかについて話し合っていた。
「こんな糞忌々しいもの、壊しちまえ」 むっつりのミノタウルスさんが言った。
「けど、これは素晴らしい作品で――」 抵抗したのはライさんだった。
「そいつはプレインズウォーカーのよくできた鼠取りだ。俺は二度も食らった。はっきりさせておくがな、二度とこいつに捕まる気はねえ」
ヴラスカ女王が、右手をベレレン氏の左手と恋人繋ぎにしたまま言った。「壊すって言うけど、簡単にはいかないかもしれないよ。それはアゾールの灯で強化された、すさまじく強い魔法でできてるからね」
ベレレン氏が無精髭の顎を撫でて言った。「それに、いつかテゼレットを追って捕えるために役立つかもしれない」
「ドビン・バーンもね」 ナラーさんが付け加えた。
「オブ・ニクシリスも」 とはカーンさん。
「あるいは」 長弓の人が続けた。「リリアナ・ヴェスか」
黒髪さんの名前が出ると、ベレレン氏とナラーさんがびくっとした。ヴラスカ女王は心配するみたいにベレレン氏を見た。バラードさんとテフェリー氏は視線を交わした。全員に、あの屍術師と複雑な過去があるのは間違いなかった。私はちょっと自分の傷心を忘れて思った、どんな過去があったんだろう……そしてこれから、どんなことになるんだろうって。
何も本当には決まらなかったけど、そこでオレリア様が、ジュラ氏の焦げた鎧を聖なる秘宝みたいに大切に抱えてやって来た。その後ろにそのうちゲートウォッチの残りの人達が――レヴェインさんと黄金のたてがみさんが――続いていた。
ナラーさんが言った。「それ、テーロスに奉ってあげたらどうかな。あいつはきっと喜ぶと思うの」
「彼が喜ぶのはきっと」 黄金のたてがみさんが言った。「何も終わっていない、ということを伝えてあげることだろう」
「終わっていない?」 怯えて、テヨが尋ねた。
黄金のたてがみさんは少し笑って、安心させるみたいにテヨの肩に手を置いた。「ニコル・ボーラスの脅威は去った、それは間違いない。だが多元宇宙が直面する脅威はボーラスが最後だとはとても言えない。我らが友ギデオンを真に称えるのであれば、次に脅威が現れた時には、ゲートウォッチがそこに駆けつけることを確かにするのが良いだろう」
ナラーさんは壊されたギルドパクト庁舎を振り返った。「宿舎、なくなっちゃったね」
「宿舎など無くたっていい。ただ、誓いを新たにすれば良いだけだよ」
「アジャニさん、俺達は全員もう誓いを繰り返してますよ」 ベレレン氏が溜息をついた、少し疲れて――それとも何だか怒って。「一日一度じゃ足りないですか?」
黄金のたてがみさんは顔をしかめた。テヨの肩におかれた手が無意識に握りしめられた。傷つける気は全然ないんだろうけど、テヨはびくっとした。
ケイヤ様がそれに気づいて、そっとその手を外してあげた。テヨは安心して小さく溜息をついた。
私はちょっと笑わずにはいられなかった。そしてテヨと微笑みあった。
この子の笑顔って、すごく素敵なんだよね……
ケイヤ様が口を開いた。「その……私、誓いを立てたい、かもしれない」
「本当に?」 ナラーさんが、嬉しそうにケイヤ様を見た。
「本気か?」 こちらはザレック様が、疑ぐるみたいに。
「私は完璧な人物じゃないけど……」
「大丈夫です、俺達全員がそうですから」 ベレレン氏が、少し悲しそうに口を挟んだ。
ヴラスカ女王はからかうみたいに笑った。
けどケイヤ様は二人をだいたい無視した。「私は暗殺者として、盗賊として生きてきた。自分なりの道徳で生きてきた。けど一番の主義は常に、『自分の身は自分で守れ』ってことだった。私は幽霊になって生きることができるから、誰からも触れられずにいることができた。これは文字通りのことだけど、感情の方でも同じだった、誰からも触れられずに。でも、ラヴニカで暗殺者として、盗賊として、まさかのギルドマスターとして、それと、もっとまさかの戦士として過ごした時間は、私を変えないわけはなかった。皆の隣で戦うことは、一つの栄誉に感じた。私の、こう異様な生き方の中でも、一番怖くて、けど最高だった。ゲートウォッチの皆さんが今日示してくれたこと――」 そこでケイヤ様は、オレリア様の腕に抱かれたあの鎧を少し見つめた。「――今日、命を投げ出してもやり遂げてくれたこと……うん……陳腐な表現かもしれないけど、とても、心を打たれたの。もし認めてくれるなら、皆さんの一員になりたい。どうか、もし困った時は、私を呼んで欲しい。一緒に隣で戦いたいから」
「是非!」 とはナラーさん。
「私もだ。ケイヤさん」 黄金のたてがみさんも、レオニンの笑みで答えた。
レヴェインさん、テフェリー氏、ベレレン氏も、微笑んで頷いて賛成した。
ケイヤ様は深呼吸をして、右手を掲げた。そして自分が差し出せるものの象徴なのか、ケイヤ様はその手を霊体にして、半透明な柔らかい紫の光に浮かび上がらせた。「私は多元宇宙を旅して、生者のために、死者が……ええと、往く手助けをしてきた。けどこの数か月、この数時間にラヴニカで目にしたものは、私が知っていると思っていた全てを変えてしまった。二度とさせはしない。すべての人に然るべきものが与えられるように、私はゲートウォッチになる」 そしてテヨと私へ向き直ると、微笑みかけてくれた。
《ケイヤの誓い》 アート:Wesley Burt |
テヨも誓いを立てるべきか迷ってるのがわかった、皆が自分を受け入れてくれるのかどうか、って。きっと皆喜んで入れてくれるよ、って私は言おうとした。
けどそこでニヴ=ミゼット様がやって来ると、仰々しく着地して、にやりと笑った。「ベレレンよ、そなたは失業だ。この火想者こそが新たなギルドパクトの体現者である。真に相応しき地位よ」
ベレレン氏は少し笑った。「特別な地位を失いましたけど、俺はそれほど残念には思ってないんです」
そのドラゴンを完全に無視して、レヴェインさんが広場の敷石に膝をつくと、一つの割れ目に額を近づけた。そして目を閉じて深呼吸をした。戦いで壊れたその隙間から、一つの種が芽吹いてすぐに大きな緑の葉をつけた植物へ成長した。
レヴェインさんが頷くと、ナラーさんは何をしたらいいかわかってるみたいだった。紅蓮術師さんはその植物から、大きめの葉を三枚そっと摘み取った。
そして私達は全員で、その二人とオレリア様が愛おしそうに、優しく、ジュラ氏の鎧を葉で飾っていくのを見つめた。
オレリア様はその鎧をナラーさんに渡した。そうするとナラーさんは、ベレレン氏とレヴェインさんに挟まれて、勝利を祝う(そして悼む)人だかりへ厳かに進んでいった。オレリア様だけは、三人が行くのを見つめていたけど追いかけはしなかった――けど、沢山のプレインズウォーカーが追いかけていった。
ザレック様はケイヤ様の肩に触って、待つように合図をした。ヴロナ氏がヴラスカ女王を同じように引き留めると、そちらはベレレン氏へと声を上げた。後で追い付くから、って。
テヨは訳がわからずそこに立っていて、私は興味があってその隣で待った。ラヴィニア様とオレリア様、ライさん、そしてニヴ=ミゼット様も待った。すぐにヴォレル氏、イクサヴァ様、父さん、ボルボがやって来た(おやじさんは私へ笑いかけて、けど父さんはいつも通り、私がいることに気付いていなかった)。ゲートウォッチの葬列が視界からすっかり消えると、ライさんはラザーヴ様へと変身した。え、本物のライさんはどこにいるの?
火想者様が、まず口を開いた。「新たなるギルドパクトの体現者として、全ギルドからの総意を伝えるものである」
ケイヤ様が眉をひそめてみせると、ヴロナ氏は頷いた。
ドラゴンは続けた。「我々は同意に至った。ニコル・ボーラスに協力した特定の者らは、罰せねばならぬと」
ヴラスカ女王が苛立って、両目が魔力で輝いた。「あんたに裁かれるつもりはないよ」
「判決は出ています」 ラヴィニア様が断固として、けど脅す気はないように言った。「そして貴女の今日の行いは、減刑に値しました」
ザレック様が言った。「ボーラスが惑わし利用したのはお前だけじゃない。ケイヤと俺も同罪だ。俺達は過ちを早くに理解したかもしれないが、ごまかすのは無しだ。ラヴニカとそのギルドへの献身を証明することが、俺達の償いだ」
ヴラスカ様はかなり疑って、かなり身構えていた。けど目の輝きは消えた。「聞こうか」
オレリア様が言った。「何百人、あるいは何千人が今日、ラヴニカで命を落としました」
「物質的損害も計り知れません」 ヴロナ氏が付け加えた。
それを無視して、オレリア様が続けた。「それほどの忌まわしき行いを無罪放免にはできません。そして、あのドラゴンを支え教唆するために力を尽くした三人がいます。テゼレット、ドビン・バーン、リリアナ・ヴェス」
テヨが言った。「けどヴェスさんは――」
ヴォレル氏がそれを遮った。「ヴェスはボーラスを裏切ったが遅すぎた。殺戮のほとんどが直接もたらされた後だった」
「具体的に、何をしろと?」ケイヤ様が、不機嫌そうに尋ねた。
「そのプレインズウォーカー三人は」 ラザーヴ様が確かな口調で言った。「我らが手の届かぬ所にいる。だが、おぬしらにとってはそうではない」
そして、火想者様が結論を告げた。「ラル・ザレックは既にテゼレット追跡に合意した。ヴラスカよ、過去の罪状の償いとして、我らはドビン・バーンの追跡を命ずる。そしてケイヤ、全ギルドはリリアナ・ヴェスの暗殺をそなたに依頼するものである」
どうやら、私が思う「灯争大戦」は、まだ終わってない感じ?
(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)
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