MAGIC STORY

テーロス

EPISODE 10

『夢』の姿を築く者 その1

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『夢』の姿を築く者 その1

Ken Troop / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2013年11月27日


 愛しのクリテッサへ――

 君はこの手紙を開けてくれるだろうか? 読んでくれるだろうか? それとも炉火へと投げ捨てるだろうか? 炎の中で紙が縮んでちらつくのを見て、後悔するだろうか? それとも満足するのだろうか? ラーラにはこの事を伝えるのだろうか?

 私は一万人もの命を背負っている。私達は王国でかつてない最大の偉業、その危機にある......そして、私を苦しめている問題の数々がある。

 私は自らに言い聞かせている、イレティスの未来のためにこの平和をまとめたのだと。老若男女にその子供たち、更にその子供たちのためなのだと。メレティスさえ成し遂げたことのない平和を得て、彼らの影の外へと私達を連れ出す。これらは全て真実だ。

 だが真実の全てというわけではない。

 レオニンとの正式な調印は二週間後に行われる。ウダイエンが今も彼らの部族議会とともに、最後の調整を行っている。ウダイエンの才気と精力には君も驚くだろう。二か月前、彼は死にかけの、病に倒れた今わの際の老人だった。私の祈りへの直接の回答が、彼の回復だった。私達はともに彼の賢明な忠告に長く頼ってきていて、彼なしにこの平和を作り出す見込みはありえなかった。病から回復し、彼は目覚ましい活気を手に入れた。私はその活気を良い方向に利用させてもらい、彼を様々な部族との交渉における主要代理人にした。

 平和だ、クリテッサ。生涯続く平和だ。君がメレティスから初めて来た日のことを覚えている。君の髪にきらめく陽光、私はそのどちらの方がより輝いているのかわからなかった。君が知っているメレティスの驚嘆すべきものたちに比べたら、私の王国の魅力など何とつまらないものに見えただろうか。そして君の微笑みはそのどちらにも勝っていた。君の微笑みに私は知った、君を選んだことは私と民にとって正しかったと。その夜、君の、私達の最初の夜だ。血にまみれ恐怖に怯えた生存者達が、レオニン(彼らのことは猫、もしくはもっと卑しい言葉で呼びたいが......古の偏見は拭いがたいものだ)と私達の民との国境の、とある小競り合いを報告してきた。君がイレティス人の血の犠牲を見た時、その微笑みが初めて翳った。時々私は思うのだ、もし君の微笑みが本当に戻るのだとしたら、それは陽光の中、穏やかな風が君の到着を告げてくれたその時の再来になるのだろう。平和が訪れる、クリテッサ。

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 平和は対価を伴う。遠方の開拓地からは信じがたい怪物に引き起こされた残虐非道が報告されている。どんなレオニンよりも獰猛で、そして殺すのは困難な怪物。ありえない、ウダイエンは言った。私も同感だ。拡張論者は常により多くの土地を求め、そして彼らはこの将来的な平和を、彼らの拡大の夢への直接的な打撃だとみなしている。私は彼らに、証拠としてその生物の死体を求めたが、それらは塵と消えたと彼らは主張した。代わりに彼らは私へと、彼ら自身の死体を見せた。確かにそれらは見たこともないような蛮行と暴力でめちゃくちゃにされていた。私の民が平和を妨害するために自らこのようなことをするとは思いたくないが、私はウダイエンの警告に同意した。

 理想を追う者は恐ろしい行いをしてしまえるのだと。

 あの夜を覚えている、ラーラが生まれてすぐのあの夜。私達は赤子と共にその日を過ごした。ただ一日だけ、国のことを全て忘れて。「この子のための日」、君はそう言って、私も頷いた。ラーラにはその権利が当然あった。ラーラが生まれた日、私はずっとこの子のことを知っていたように感じた、この子のいない人生などありえないように思えた。初めて、自分が王だということに腹を立てた。君とラーラ以外の人々のために多くを捧げなければならないとは。だから私は喜んで、君とラーラに一日を捧げた。私達は一日を湖で過ごした。水遊びをし、散策し、話し、思索した、護衛の存在さえ忘れてしまうほどに。素晴らしい日だった。そして宮殿に戻ると、素晴らしい日は素晴らしい夜となった。横たわり眠る君、月明かりがその肩を照らし、私は君の背中に手を回し、君の息使いがその完璧な身体を出入りするのを感じていた。この瞬間が永遠に続けばと思った。月明かりに縁どられて絡みあう私達の身体。この瞬間をとらえられるのなら、変えることは決してさせない。私はそう願った。その瞬間は完璧なものだった。変化は、ただ悪化させるだけだと。

 あの夜のことをしばしば思い出す。

 クリテッサ、私は希望のための選択をした。私はレオニン達が、今から二週間のうちに結ばれる条約、その文言と平和への署名を守ると信じることを選択した。私は拡張論者達が平和の、安定の利益を理解し、妨害しようという試みを止めてくれると信じることを選択した。私は君がこの手紙を開いてくれると信じることを選択した、開いて、今読んでいてくれることを。私達の前に続く道を信じることを選択した。イレティス、君のいるべき場所にて、私の隣に君がいてくれる道を。そこで私には君が必要なんだ。

 愛している。きっと平和が訪れる。君は美しい。娘に会いたい。私は君を引き留める言葉の正しい組み合わせがわからなかった。君が戻ってきてくれる、正しい言葉の組み合わせがわかればと思うばかりだ。

 ケダリックより


 クリテッサへ

 辛く、暗い日だった。鉤爪殺しのトロスについては三十年以上知っている。私達は共に育ち、訓練し、戦ってきた。彼は何度も、猫達との戦いにおいて私の命を救ってくれた。私の友だ。今日、私は彼を殺した。私の剣で、彼の首を身体から落とした。綺麗に首を切った。綺麗に、素早く。

 君から尋ねられたことがあった、どうやって、見た目は怖れを抱くことなく戦場に向かうことができるのか。何年も前に、別の答えを返したと思う。だが今、私の答えはこうだ――戦いは君を素早く殺す、だが人生は緩やかに殺す。毎日、君の一部分は死んでいるんだ。

 私は戦いの単純さを切望している。

 その日の始まりは良いものだった。トロスは伝言を寄越していた、来たる平和条約の手助けのために来ると。あれほどの有名な拡張論者が平和の側にやって来るというのは、大いなる勝利だった。私は玉座の間で彼を歓迎した。私達は抱擁し、笑い合った。トロスは少人数からなる部下の一団を引き連れていた。彼らは鎧で身を固め、武器を帯びていた。にもかかわらず私はその外部開拓地の戦士達に何も思わなかった。このイレティス中央へと続く道全てが暴力と無縁というわけではない。宮殿の者は皆、今から一週間後に迫った調印の準備で忙しかったが、ウダイエン自らがその重要な客を歓迎した。拡張論者全員を私達の側に引き込めるかもしれないという思惑だった。歓迎の昼食のために広間へと向かおうとした時、トロスは片手を挙げた。私達が立ち止まるとトロスは鞄を開け、首を取り出した。若い男のものだったが、私には何者なのかわからなかった。その首は荒々しく身体から切り取られていた。綺麗な、まっすぐな切り口ではなかった。衛兵は剣を抜いたが、トロスと彼の部下達に武器を手にする様子はなかった。

「甥です」 トロスは言った。「昨夜、猫どもに殺されました」

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 私は彼へと、証拠を見せるように言った。

「この私の言葉が証拠となるでしょう」 私は彼の誠実さを否定することはできなかった。だが私達はもはや猫と戦う戦士ではない。私は王であり、平和を築こうとしている。証拠が必要だった。

「私がこの目で見ました。見たこともない巨大な猫でした。七、八フィートはあったでしょう。熊のように立ちはだかりました。四本の腕に二つの頭、そして歯と鉤爪は長く、短剣のようでした。悪夢から出てきた猫です。そいつは偵察兵の野営地の真ん中に現れ、テラロスの頭を身体から引き千切りました。それを倒そうとして、更に十人を失いました」 私は彼のその厳しい言葉を噛みしめた。とても信じられなかったからだ。四本の腕? 頭が二つ? 私が馬鹿だとでも思っているのだろうか? 私は彼とその部下達をじっと見たが、その返答は冷静な視線だけだった。

 その怪物を倒したのかと私は尋ねた。倒していないという答えだった。その猫は戦闘の最中に消え去った、死体と怪我人だけを残して霧と化したと。私は彼に、何を求めるのかを尋ねた。

「正義です」 彼は言った。「テラロスへの正義。死者への正義、生者への正義を。あなたの民に対しこのような事をする者たちと、何故平和を求めるのです?」 彼はついには叫んでいた。

 私は答えなかった。昔、君に教えたことだ――決して不安を見せないこと。そして、それでも私は友を見て、何を言うべきかわからず、何も言わなかった。

 静寂を破ったのはウダイエンだった。「疑問ですな」 彼は言った。「緑丘開拓地の最大の地主はどなたですかな? レオニンから我々が頂こうとしている土地の最大の所有者は」 これはトロスの部下達の石のような決心を破った。今や彼らは怒りを露わにして声を上げていた。ウダイエンは冷酷だが、その言葉は正しい。トロスは友であり、戦いにおいては同胞だった。だが彼はまた、レオニンとの平和が締結されるのを防ぐためにここにいた。私はそれを忘れてはいなかった。

 クリテッサ、私は心を決めていた。情け深くも。どうか忘れないで欲しい。友は怒り狂い、甥と彼の人々を失って今も悲しみにくれていた。彼の訪問の嘘を知って私は怒っていたが、そのことは理解していた。そして私も心のどこかで、友のために世界を正したいと思った。その問題について考えておくし、何らかの証拠を見つけるべく調査の人員を送ろうと私は彼に言った。それは決定的な行動ではなかったが、私達に時間の猶予をくれるものだ。そのような信じがたい攻撃の話については、調停のための時間が何よりも必要だった。

 それはトロスが求めていた回答ではなかった。

 私と同じく、トロスも自身の行動に驚いたのだろう。今もなおほぼそう信じている。私は話を止めて、去ろうと背を向けた。トロスと彼の部下達に、悲しみ、冷静さを取り戻すための時を与えた。そして振り返ると、トロスの顔が見えた。怒りと戦いに飢えた、私がよく知る表情......だがそれが直接私に向けられているのは見たことがなかった。私が反応する前に、ウダイエンがその痩せた身体で私とトロスの間に割って入り、叫んだ。「王のために!」 彼はトロスの両脚の間に杖を挟むように放り、床へと無様に転げさせた。そして私が見たものは、トロスが私の背中へと向けて投げつけようとした短剣が彼の手から飛ぶさまだった。

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 トロスの部下達は素早く始末された。彼らが暗殺計画の一部を担っていたのだとしても、それに備えられていなかった。彼らは私と同様にその試みに驚いたようだった。トロス自身も呆然とした様子で、私の衛兵に押さえつけられた。彼の顔は殴られて打ちのめされ、その目は殺された仲間を見ていた。

「皆言っている......貴方は何も見えていないと。平和を求め......女王を求めることが、貴方の目を曇らせてしまった、貴方の人々が求めるものを見えなくしてしまった。私は皆に言ったのです、王はきっと私の言葉を聞いて下さるだろうと。私を見て......真実を、見て下さると。そして目を開き、この悪夢を終わらせて下さると」 私は彼の言葉を全て心に留めておこうと思った。彼が咳こみながら話す、流された血の全てを覚えておこうと思った。

 私は目をしっかりと見開いて、鉤爪殺しのトロスへ、友へと裁きを与えた。私は自分の刃が素早く振り下ろされるのを、そして彼の首を綺麗に通過するのを見た。彼の甥のそれとは異なり、友の首に雑な切断面はなかった。素早く綺麗な切断だった。

 それが王の寛容だ。

 ケダリックより


 我が最愛のクリテッサへ――

 私はずっと秘密を隠し持ってきた。今朝、ウダイエンが手紙を渡してくれた。秘密、それは私の盾であり、鎧であり、剣だった。私は今日、いかなる間違いをもしてはいけなかった。私には秘密があったからだ。

 明日がレオニンとの調印式だ。幾つかの部族からの長老達が(「六つです、ケダリック様。もう一度彼らの名をお教えしましょうか?」 今朝ウダイエンはそう言った。彼は極めて刺々しかったが、この調印式の全てを手配したのは彼なのだ、だから許そう)私とウダイエンに、署名のために立ち会う。彼らは儀礼的な武器となるだろう。私達は彼らが現在居住している地域へと、正式な地権を与える、それぞれの部族に有利な貿易特権とともに。彼らにとっては交易が有利になるが、それは私達にも長く続く平和をもたらす。何と価値あるものだろうか!

 私は今日演説を行った。前回最後に行った演説は君が去ってすぐ後、王国が私の声と励ましを必要としていた時だった。その演説は大失敗だった、だが成功するはずがあっただろうか? 私の心は失われてしまったのだ。わかっている、心なき者が納得の行く演説をできるはずもない。

 今日の演説は見事なものだった。私が国民へと言葉を発すると、彼らが私のあらゆる言葉にすがり、私の声と言葉が意味するものの力に囚われるのを実感した。それは人生において滅多にない経験だった。今日は素晴らしい日だった。私は国民へと、明日の調印式の歴史的理由について語った。私達は繁栄と平和の新時代の案内人なのだと、私達はここに、イレティスの黄金時代の夜明けを垣間見るためにここにいるのだと。私は皆へと、拡張論者達が新たに編成した軍隊の噂を、夜に潜み歩く恐怖の噂を伝えた。だがそれらは太陽の力に消える朝露のようにはかないもので、レオニンとの私達の平和の力の前に消えてしまうだろうと。それは勝利の瞬間であり、人々の歓声と叫びは雄大とも思えるほどだった。

 だが私の秘密が、その喜びに淡い影を落としていた。

 演説の後、ウダイエンは拡張論者達についての斥候の報告を手短にしたいと求めてきた。トロスの兄弟と息子達は開拓地から数百人からなる小軍隊を集めていたとの事だった。だが彼らは私達へと挑戦するためには、まだまだ多くの人員が必要だろうと、そしてレオニンとの平和は拡張論者達の支持をしぼませてしまうだろうとウダイエンは確信していた。私は即座にウダイエンを部屋から追い出した。拡張論者について、もしくは明日の最終的な詳細について、これ以上話す必要がどこにある?

 ラーラについて話したい。この一年でどれほど大きくなったのだろう? 今もイチジクが大好物なのだろうか? 私のことを話してくれるか? 今もリュートで遊んでいるのだろうか? たった一年しか経っていないが、今も私は果たしてあの子に再び会えるのだろうかと震えるばかりだ。金褐色の髪、その笑顔、君と全く同じようにしっかりと抱きしめてくれる手、上向きの鼻と固く決心したあの瞳。

 この手紙の隅ににじむ私の涙は気にしないでほしい。これは私の秘密だ。私は難攻不落なのだ。君は戻って来る。君は戻ってくる!

 素敵な人、愛しい人、再び会えるまであと数日だ。そう思うだけで震える。イレティスの新たな時代が明日始まる、そして君と私はそれを誇りとするだろう!

 君を愛す

 ケダリックより


 その1はここまで。次週その2に続く。

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