MAGIC STORY

ラヴニカの献身

EPISODE 03

不自然淘汰の原則

Nicky Drayden
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2019年2月6日

 

 前回の物語:うたわれぬ憤怒

 この物語は年少の読者には不適切な描写を含んでいる可能性があります。


「本当に死んでないんですか?」 年老いた修行者の額を突いて、ミコが言った。その修行者は彫像のように動かず座して、伸ばした指先からは細い海藻が伸び上がり、頬の所々にはサンゴの小さなポリプが貼りついていた。組まれた脚の下の裂け目を数匹の蟹が棲家としていた。

「ミコ、触ってはいけません。地上人のように振る舞うのではなく、年長者へと少しでも敬意を払って頂けませんか」

「いつからここに座っているんですか?」 放心したような修行者の目線すぐ前で手を振り、優等生のチェッサが尋ねてきた。けれど動いたのは海水に浮遊するプランクトンの小片だけだった。

「まさにそれが問題です。誰か解けますか?」 私はそう尋ねるとヒレを逆向きに動かして後ずさり、皆がその修行者をあらゆる角度から調べられるようにした。「何日でしょうか、それとも何週間? 何年かもしれませんね?」 生徒たちは急いで手掛かりを見つけようと殺到し、貝殻を裏返しはじめた。私は笑った。若者というのはいつもせっかちだ、まるでヘコアユの群れのように。

 けれど私の笑みは消えた。皆大切な生徒、この思いは心からのものであり、彼らが取り組んできた学びの全てを誇らしく思う。けれど誰か彷徨い出ていないかと繰り返しその人数を数える中で、疑念に捕えられた。今年は八人、一つの組としては多くない。昨年は十四人、その前には二十二人がいた。そして更にその前は、全員に目を配ってあげられないことから入門を断っていた。時が流れるとともに、親は順応主義者側の教師を求めている――生物科学、そしてゾノットから私達の海へと戻ってきた湧出の原理を用いる者たち。私は地上人たちの政治的迷走を可能な限り避け、先祖代々の手法にこだわり、何千年もの長さに渡って用いてきた技術で生徒たちを鍛えようとしてきた。この海を守るために。

ゾノット

ゾノットとはラヴニカの海へと続く陥没孔であり、シミック連合の領域であるとともにそれぞれに異なった生息環境が存在する。超巨大な逆さまの高層建築のようなもの。各ゾノットに異なる文化、生態系、種族的分布があり、指導者的な存在の議長がいる。

 カジラは生徒たちの隅に座りこみ、相変らずふさぎ込んでいた。この子が他の組の生徒を見つめる目を私はわかっていた。速度を強化するために後天的に拡張されたヒレ、最高の海蛸にも匹敵する擬態能力を与える最高級の皮膚順応、もしくは侵入者がマーフォークの領域へ入ってくる以前に察知できる強化視覚、彼女はそれらを羨ましく思っているのだ。この海を守るため、鉤爪のように更に進んだ適合をも支持する親もいた。とはいえありがたいことに、その人数はまだ少ない。

 私は呼びかけた。「カジラ、いらっしゃい、聞いていましたか」

 反応はなかった。私はずっとカジラと気持ちを通じさせようとしてきたが、この子は興味を持っていないのだった。泳いで近づくと、その両目が私へすっと向けられ、そして目の前の何かに焦点が合った。一匹の動物性プランクトン、その死骸。その極小の死骸が鼻の上に落ちると、カジラの両目の視線が交差した。この子は楽園党のゼガーナ議長にとてもよく似ていた――私達の指導者。あの方を幼く、もっと不機嫌にしたような。けれど奇怪なほどに似ていた。華やかに広がるヒレは虹色の帯が入った青色、身体の細さはマーフォークとしてはやや規格外かもしれないが、全く見苦しくはなかった。背が曲がりすぎていなければ、堂々としているとすら言えたかもしれない。

 二匹目の死骸がその皮膚に落ちた時、彼女はふさぎ込んでいるのではないとわかった。観察しているのだ。気を散らさないように、私は泳ぐのを止めて脚で歩いた。三匹目のプランクトンが落ち、彼女は私へと顔を上げてきっぱりと言った。「七週間。あの修行者が瞑想してる長さは」

 私は目を見開いた。こんな離れた所から、この子はどうやって謎の手掛かりを見つけていたのだろう? 解法としては絶食線の幅を測り、それを背ビレの線幅と比較するというのが想定だった。そうすれば四十七日、七週間弱が算出される。

「私が答えようとしたのに!」 チェッサがそう言いながら泳いでくると、地上人の定規のように正確な証拠としてメバルの棘を差し出した。「おばあ様のエラに誓って!」

「そうだよ、俺だってそう言おうとしてた」 ミコがうそぶいた。私の組に入ってからこの子は一つの問題すら解けていなかったが、観察眼が欠けている所を勇気で補っていた。他の生徒は彼のおどけた仕草を真似し、声をあげて笑った。

 私は全員を黙らせた。「最初に答えたのはカジラですから、説明をしてもらいましょう」

「十分で、プランクトン七匹の死骸が私に積もりました。つまり一時間では四十二匹。平均的な動物プランクトンの大きさはメバルの背骨の八分の一だから、その尾ビレくらいの面積を均一に覆うには一千体ほどが必要です。あの人の皮膚には、一番厚い所で六枚の層がありました。鼻と頬骨の先が一番よくわかります。つまり七週間、もう少し少ないかも」 彼女は顔からプランクトンを叩き落とすと、退屈で無気力な表情に戻った。

「すばらしく鋭い観察です。この組から優れた守り手が輩出されることでしょう!」 私は彼女の心に共感が点ることを願い、そう激励した。この修行者の犠牲がどれほど尊いことか、是非とも感じて欲しかった。けれど彼女からは何もなかった。

 私は溜息をついた。「それでは、これを計算できる他の方法を――」 伝統的な解法を見せようと、私は教材の魚の背骨を取り出した。青銅色をして真珠で飾られた古いものだった。

「うわあ!」 ミコが大口を開けて驚きの声を上げた。一瞬、私の計測法に驚いたのだと思ったがそうではなかった。プテロ・ザリク、主席教師であり私にとっては頭痛の種。噂は聞いていたが、本当にやってしまうとは信じられなかった。彼の胴体は今や元々甲殻類のそれであったように、ごつごつしてくすんだ赤色だった。両腕の先端は巨大な鋏と化していた。

「いい潮流ですね、メッジ」 彼はそう言って、真新しい身体の部位を曲げ伸ばして賛辞を求めた。

 
成長室の守護者》 アート:Bram Sels

「あなたが来たことで台無しになりましたが」 私は下流へと呟き、無理に笑顔を作った。「こんにちは、プテロ。ずいぶん素早そうになって。でもまさか……ヒレを切ってしまったの?」

 背後に生徒たちが泳いでくると、彼は笑い声をあげた。二十七人。そして彼らが受けたシミック式適合を数え上げたなら、二万七千年に匹敵する楽園党の進化がそこにあった。「まだ絶食線を数えているのですか? 何世紀も昔に履修課程から外されたと思いましたが」

「学びたいと願う者には教えるべきではありませんか」

「ですね、貴女には生徒と一対一で過ごす余裕がありますからね。ええ、古の海神の恩恵ですとも! 私の方では生徒で溢れていまして、鉤爪が回らないほどです。今年の候補生の席は六十二。私は二十四は間違いなく確保しますよ――全員が優れた共感、勇気、観察眼の持ち主です。とはいえ競争相手をよく見て思うに、私はどうやら全員を送り込めそうですね」

「六十二席?」 私は動揺し、ヒレを縮ませた。「八十だと思っていましたが」

「守護者計画が増員を送り込むことを決めています。彼らは十八席を取るでしょう。思うに蛙のミュータントが。このごろ小魚のように繁殖させていますからね!」

「ですがこれはシミック連合の議定ではありません。マーフォークの議定です!」 彼らは深淵の生き方を何も知らないに等しいのに。

「ヴァニファール様の命令ですよ」 プテロは肩をすくめた。「勝者の殻にてお会いしましょう」 次の瞬間、私のヒレの寸前に鋏があった。「貴女の生徒が十分に良い成果を見せられればの話ですが」 そして人工的に筋肉を増強した大腿を一打ちすると、彼とその生徒たちは水流の中へ飛び込んでいった。

 六十二席。生徒は全ての組を合計して百七十人いる。確率的に考えて、私は少なくとも数人を送り込めるだろうと思っていた。けれど十八も減ったなら、その保証はなかった。一人も良い成果を示せないとしたら、今すぐ私も殻を水面に投げた方が良いのかもしれない。終わってしまうだろう。もう誰も私に子供を預けようとは思わなくなるだろう。

 とはいえ生徒へと気落ちを見せるわけにはいかない。できる限りの自信を彼らに持たせなければ。プテロは一つだけ正しいことを言っていた。小規模な組にも長所があるのだ。

 私は二十人もの生徒をマーフォークの安全な領域の外へ連れ出したことはなかった。十五人でも。けれど八人という少数ならば全員に注意深く目を配れる。そして大海での経験は価値あるものとなるだろう。敵対的な混成体が活動するさまを、その動きを見る。攻撃する様子を見る。それは彼らの成果を一つ押し上げてくれることだろう。

「ついて来なさい」 私はそう呼びかけ、海底の砂を蹴り上げて素早く泳ぎだした。生徒たちは顔に好奇心を浮かべた。「ついて来なさい、離れないで!」 遠くから観察するなら安全だろう。彼らを実際の危険に巻き込む気は決してない。

 私達は深淵へと泳ぎ、下方へ続く黄金色のケルプの森を辿って進んだ。我らが家でもあるまばゆい珊瑚の城は今や視界の彼方、ただの砂山のように見えた。巨大な両生類が一体、ゆっくりと進んでいた。私達の海の洞窟を棲家とする深淵のリバイアサン、きらびやかな底生生物。その下をくぐる時、ミコは指先をその獣の柔らかくねばつく下腹部に滑らせた。自然の捕食者というものに遭遇することなく、この底生生物は何千年何万年を過ごしてきた。けれど今、不自然なものが忍び寄ろうとしている……

 やがて、私達ははぐれた混成体を見つけた――自然を冒涜する異形。鉤爪、鱗、危険な棘がその蛇のような尾に並んでいた。混成体を創造した生術師はそのしぶとさと抜け目のなさを過小評価しており、結果として囲いから逃げ出してこの海で自由を満喫している。それらは魚のミュータントと言われているが、分厚い筋肉の首はとても魚とは言えず、また大きな頭に対してその凝視に知性はなかった。私はケルプの森に隠れるよう生徒たちに指示し、混成体が近づいてくると更に下がらせた。不意に、私達は古い難破船の残骸に行き当たった。水に浸かった木はわずかに触れただけで軋んだ。

 私達は動きを止めてじっとした。ここで観察を行おう。そして生徒たちが自ら腕を組んだのを見て、矜持が私の内にうねった。私が最初の教えた内容の一つ、とても昔に思える。そうした上でヒレを重ねるほど互いに近寄れば、各人の姿を一つのように周囲に溶け込ませてくれる。

 そして観察が始まった。はぐれ混成体が先程のきらびやかな底生生物に狙いを定めると、私の鼓動が跳ねた。哀れな獣は何に狙われたかを知りもしない。それは身を守ろうと身体を膨らませることはできたが、その鳴き袋は鮮やかな赤色だった――格好の標的。混成体の尾から一本の棘が飛び出し、柔らかな下腹部に致命傷を与えた。そして混成体は喉を鳴らし、鉤爪の手を肉に突き立てると、骨ばった顎が一杯になるまで頬張った。流れ出た血は他の混成体を引きつけ、それらも食事に加わった。そして死体がわずかな残骸にまで片付けられると、混成体らは遠くに別の両生類を目撃し、向かっていった。

「あれこそ私達が直面しているものです。自分達の海に生きるものを守ることはできますが、ここでは、物資も、時間もありません、全てを守るには」

「でも、何かやってみるくらいは……」 恐怖に顔を引きつらせ、ミコが言った。「水流の魔術とか、深みの魔法とか……」

「いけません。あれは危険すぎます。このあたりには何が隠れているのかわからない――」

「い……」 軋むような声が背後から聞こえてきた――乾いてかすれ、不気味な声。まるで海のものではないような。「い……」

 生徒たちはミコを見た。またも彼のそれっぽい冗談だと思ったのだろう。けれど彼は肩をすくめた。「俺じゃないよ。船の中から聞こえてくるみたいだけど」 そして手で船首をこすった。私にわかるのはシミックのものではないということだけ、とはいえラヴニカの地上から来たものであることは間違いなかった。「調べてみようよ」 ミコはそう言うと同時に、船体にあいた大穴へと片足を入れようとした。

「危なすぎます」 私は彼を引き戻した。「守護者計画に報告して対処してもらうのが良いでしょう」

「けどあの声。怪我人かもしれない」とはカジラ。

「い……え……」 再びかすれた声がした。私は顔をしかめた。私達は生命の守り手。それなのに今日は既に一度、その役割を無視して自分達の行動に集中しろと告げた。それを、生きて息をしている者に対して繰り返すというのは、これまで生徒たちに教え込もうと尽くしてきた勇気を、否定することに他ならない。

「私が中を見てきます。皆さんから二人、一緒に来て頂けますか」

 一番の優等生であるチェッサへと私は目を向けたが、彼女は顔をそむけた。彼女の鋭い観察眼はとても役に立つだろうが、勇気がくじけてしまえば他の技術もそうなる。だがミコが勢いよく手を挙げた。これはそう驚くことではない。私はこの子を恥ずかしくない守り手にすべく多くの力を注いできた、けれど彼の心は水底の砂のように浮遊しがちだった。それでもミコには正しい心があり、戦いから決して引き下がることはなかった……時にそれは状況を最悪にしてしまうこともあるのだが。カジラの手もまた挙げられ、私ははっとした。彼女が何かにここまで興味を抱くのを見たことはなかった。とは言うものの、知らない世界から落ちてきた古の残骸を観察したこともないはずだった。彼女は第一の候補ではなかった。第二か第三、けれどそこで私は彼女自身についても思い返した。自慢すべきことではないが、ゼガーナ議長の姪だと知って以来、私はこの子に注目し、その天性の長所を発揮させる方法を探してきた。勝者の殻には遠いが、もし十分上手くやれたなら、あるいは審判は彼女の血筋を考慮して合格させてくれるかもしれない。

「カジラと、ミコ。一緒に来なさい」

 チェッサは安心したようだった。とはいえ遊ばせておくわけではなく、私達が中に入っている間に皆を監督しているように告げた。

 そうしてカジラとミコ、そして私は船体の裂け目から中の暗闇へと入った。私達のヒレが放つ虹色の輝きが、辺りを死のように静かな光で照らした。そこは貯蔵用の樽が並ぶ小さな倉庫で、様々な海生生物がその隙間を快適な棲家としていた。横木のほとんどを失った一本の梯子が甲板へと伸びていた。昇降口の扉を開くのではなく押し上げると、それは粉々に崩れた。

「八十年」 かつての帆柱は倒れ、動物性プランクトンが分厚く積もっていた。その層に指を差し込んでカジラが呟いた。「この船が沈んだのは八十年前」

「ゾノットが海に開いたのはもっと後ですよ」

「そうだよ、計算間違いだろ」 ミコがそう言って、カジラのあばらを突いた。

「間違ってなんてない」 彼女も突き返した。

「二人とも、集中しなさい」

 ミコは甲板上で何か壊せるものを探していたが、舵輪の隣で驚いたように止まった。「これ見て」 甲板にはフジツボが付着しており、完全な崩落をかろうじて防いでいた。けれどそのフジツボが奇妙な円形の模様に成長する一帯があった。ミコはもろい木材に手を押し当てた。それは砕け、そして引き抜いた彼の手にはその顔ほどもある黄金のメダルが掴まれていた。その表面には八本脚の膨れたヒトデの紋様があった。「殻よりも凄いものがあった!」 彼はその大メダルから伸びる紐を強く引いたが、結び目は強固だった。

 
宝物・トークン アート:Mark Behm

「い……え……」 あの声が再び聞こえてきた。

「誰かいるのですか?」 私は生徒二人を傍に呼び寄せた。「姿を見せなさい!」

 私はマーフォークのいたずら者か何かが泳ぎ出るのを予想した。プテロならばこのような酷い邪魔を考えるかもしれない。けれどその時、かつては船尾だったぼろぼろの木材の隙間から一つの人影が現れると、寒気が何度も身体を走った。恰幅はよく、この凍えそうな深淵の水温にしては逞しい体格で、簡素な灰色の衣服をまとっていた。見たところヒレはなかった。人間だろうか? この詮索好きな生物にはこれまで数人に会ったことがあるが、全て生物的適応を受けるか、水中呼吸のための不恰好な装置をつけていた。泳ぎは下手で、その動きは酔っ払ったタツノオトシゴのようだった。けれどこの人間はそのようには動かなかった。そもそも動いておらず、けれど着実に近づいてきていた。私達の侵入に怯えたシクリッドの群れが逃げ出し、その人間の身体にぶつかったが、それはクラゲ以上に実体がないように思えた。

 ミコはぞっとするようなときの声を上げ、そして大メダルを落とすと身を守るように両手を目の前へと伸ばした。「何あれ!? ウーズのミュータント?」

 その人間はミコを見つめ、うめいた。「い……え……」

「幽霊」 カジラが言って、野性のマンタであるかのようにその人間へと近づいた。「危害は加えてこない、たぶん」

「何を求めているのですか?」 私は問い質してみた。

「い……え……、家……」 発せられたその言葉は、長いこと喋り方を忘れていたかのようだった。「かえり……たい……」

「上の世界から来たの?」 興奮してカジラが尋ねた。「地上から?」

 幽霊は頷いた。「ふね……しずんだ、みんな……おぼれた、おれ……だけ」 そして胴体に手を当てたが、空しく通過するだけだった。「もう、しんだ……」

「かわいそう」 カジラはこちらがはらはらするほど、その幽霊に近づいた。

「カジラ、離れろよ」 拳を握りしめたまま、ミコが言った。

「この人怯えてる、わからない? ここで、何十年も独りだったんだから」 カジラは幽霊の隣、トランクの上に腰かけた。「少し話をしない? 他の誰かと一緒にいるのがどんな気分か思い出せるように」

 カジラが他者への共感を見せている。そしてミコは観察して自体の変化に身構えている。確かに、この難破船から生徒たちを遠ざけるべきだというのはわかっている。けれどこの奇妙な状況との遭遇が、二人が最も苦手とする分野を成長させるとしたら? 二人とも、この先に良い成果を出せるかもしれない。そしてこの幽霊は海の生物に触れることはなく、即座の脅威だとも思えないというのもまた真だった。

「お前たち、何の……いきもの」 幽霊は尋ねてきた。その鈍く乾いた言葉は耳に軋むようだった。「ラヴニカの、どこでも……見たこと、ない」

「私達は、マーフォークです」

「マー、フォーク? ああ、水に、棲む……」 幽霊は数度咳払いをしたが、かすれ声は治らなかった。「俺は……アンドリク、船乗りだ。『文句無し』号の、最も不幸で……唯一の……生き残りだ。船は、遠い昔、河賊に……沈められた。何十年も……川底に。青い水に、差し込む陽光の……揺らめきを、眺めること、だけが……楽しみだった。悲しい光景、だが……その素晴らしさに、気付いたのは……川底が、沈みはじめて……落ちてから……だった。船ごと……呑みこまれた、穴に、落ちて、この暗くて惨めな……底に。とっくに、生きた者に、会うことは……諦めていた……」

 
》 アート:Eytan Zana

「ゾノットの一つに落ちたんだ」 カジラはほとんど囁き声で言った。「船をそっくり呑みこむくらい大きな穴! 想像してみて!」

 私は想像していた……とても場違いなことを。この哀れな幽霊の帰還を手助けすることで、生徒たちが自信を手にすることを。そしてその経験は現実でも想定外の出来事に遭った際に生かせるのではと。「あなたの帰還をお手伝いできるかと思います」 私は言った。「ただし、私達の命令に従うのが条件です。この海は危険であり、私や生徒たちを危険にさらすわけにはいきませんので」

「それと、これを持ち帰ってもいいって条件で!」 ミコはあの大メダルを再び掲げ、縛り紐を悪戯っぽく見つめた。今の彼ならばそれを解くこともできそうな勢いだった。

 幽霊はかぶりを振った。「是非とも……お願いしたい。心から。だが、それは偽金だ。実際の価値はない……お守りのようなものだろう。他の条件は……喜んで同意する。どんな命令にも従おう、もし本当に……俺とこの船を、また、青い空に……会わせて、くれるなら」

「なんだよー」 ミコは大メダルを元の場所に戻した。「なんで地上へ戻らなかったの? そんなすごく遠くもないのに」

「罪悪感が……重すぎた、のかも、しれない。乗組員の、死体は……まだ、この船にある。俺だけが……帰ると、いうのは。皆が、家族に……正しく、埋葬を、されれば……」

 この案を他の生徒にも伝えると、半数は興奮し、もう半数の反応も悪くはなかった。「危険なものとなるでしょう。ですが守り手としての理念を持ち続けることで、安全に成し遂げられるはずです。知っての通り、候補生となるにあたって『共感』は第一に求められるものです。同族から百年近くも離れ離れになっていた幽霊以上に、共感を必要とする者がいるでしょうか? そして私達が手を差し伸べなければ、彼は更に百年をここに座して過ごすことになるのです」

 更に二人が合意し、けれど一人は抵抗していた。チェッサが。

「メッジ先生、危なすぎます。どうやって混成体に見つからずにこの船を動かすんですか?」

「観察して、隠して、上手くいかなければ、戦う」 カジラがそう言って人差し指で円を描き、泡の渦を作り出した。魔力が流れ込み、鮮やかな青色の細い触手が渦を巻いた。「私達は呪文を知ってるし、使える。保護を求める生きものを保護するのは、私達の役目じゃないの?」

 他の生徒たちはカジラを称賛し、チェッサは当惑にヒレの色を薄くした。「そうよね」 努めて表情を保ちながら、彼女は言った。「そうよね」

 生徒たちは作業に取りかかった。船を軽くすべく、樽の積み込まれた船倉を空にしていった。ミコとカジラは甲板上のトランクを持ち上げて投げ捨てようとしたが、あの幽霊が歩み出た。「やめて、くれ。そのトランクには……聖なる本が……入っている。神聖なる契約……六枚の白花崗岩の、板に彫られて……カルロフ猊下の御言葉が……刻まれているのだ! 俺達は……卑しき立場ながら、ラヴニカの河川を巡り、オルゾヴァの善き言葉を、広めていたのだ! そして、嘆かわしくも、船は……思慮なき、河賊の、気紛れに……沈め、られた」

 ミコは額に皺を寄せ、トランクから手を離した。「わかったよ……」 そう答えると、次に私へと囁いた。「あの幽霊、ただうめいてた時より乗ってますよね」

 そしてミコは素晴らしい案を思いついた。あの底生生物の死骸に残っていた鳴き袋を回収し、それを膨らませて船体に空気を満たし、更なる浮力を得るというものだった。タールでその穴を塞ぐと、私達は袋を船の中へ差し込んでそれを膨らませはじめた。一時間近く吹き続けてようやく、船は海底から動きだした。

 カジラともう数人の生徒が隠蔽呪文を唱え、巻貝の殻にそれを込めた。第五ゾノットを目指しつつ、必要とあらばいつでもそれを使うという想定だった。最も近いゾノットではないものの、そこはどんな訪問者をも受け入れると聞いている。上手くいけば、問題なく水面へ出られるだろう。

 五人が船を先導し、船首には混成体に備えて観察眼に優れた生徒たちを配置した。危険な影を目撃した時は、逆の方角へ進路を変えた。生徒たちはよく協力して動き、私は大いに安堵した。彼らは皆、私の心の中では勝者だった。やがて水は明るさを増し、ゾノットが視界に入ってきた。遠くで、水面からの揺らめく光が眩しく円筒状に開いていた。浮き荷の小片がゾノットの下部を通過して光をとらえた。次の瞬間、それが浮き荷ではないとわかった。人だった。そしてそのゾノットの途方もない大きさがわかってきた頃、ミコが叫んだ。「混成体だ!」

 頭上に闇が広がった。巨大な影。一部はサメ、一部は蟹――すべてが歯と鉤爪。「隠して! 早く!」 私達は貝殻に込められた魔法を引き出し、それぞれ両手を船体に押し当てた。古い残骸は水そのもののように、波打つ青いもやへと消えた。混成体は私達のほんの数フィート頭上を通過した。ミコは触れようと手を伸ばしかけた。伸ばしかけ、けれど私は深淵のように冷たい視線でそれを止めた。

 もうすぐそこだった。

 ようやくゾノットに近づくと、幽霊は落ち着かない様子だった。私もまた不安だった。これまでここの人々ついては聞いていただけだった。そして地上人の創造物は彼らが言うほど美しくなどないと思っていたが、そこは美しかった。陥没孔の壁には輝く緑色の装飾が並んでいた、まるで手で積み上げられたのではなくそう育てられたかのように。植物がその構造自体に入り込み、自然の美だけでなく自然の支柱を提供していた。頭上の実験施設は空気中と水中の兼用のようで、そして何よりも、何千という人々が巨大な螺旋形の階段を登っていた。

「俺が、沈んだ時は……なかった……何も」 幽霊はそう言って、ゾノットの基底に立つ守護者らを見つめた。三人のマーフォークが蛙ミュータントの衛兵へと泳ぎ、幾らかの通行料を渡し、そして短い検査の後、ゾノットへの立ち入りを許可された。

 
シミックのギルド門》 アート:Adam Paquette

「あなたの苦しみを説明すれば、安全に通してくれるはず」 カジラがそう言った。

 けれど幽霊は小声でつぶやいた。「引き返そう……別の道を探す」

 チェッサが言った。「あなたの船、もう船体の半分がないのよ。長くはもたないと思う。それにもう隠蔽魔法も残ってないし」

「チェッサの言う通りです。ゾノットを進むべきです。ここに辿り着くまで既に多くの危険を冒してきました。守護者は船に乗ってきて、私達の名前と職業を尋ねるかもしれませんが、それだけです。怖がることはありません」

「できない!」 幽霊は悲鳴を上げた。甲板の上であのトランクが音を立てた。橙色の魔力が小さな渦となって蓋の割れ目からうねった、まるで深海の蒸気孔から噴き出すかのように。海水が船を包むようにうねり、船体が軋んだ。柔らかく崩れた幽霊の輪郭がその魔力を全て吸収して固まり、もっと邪悪な何かが垣間見えた。何か、間違いなく危険を示すものが。生徒たちは反応してヒレを強張らせ、戦いに備えた。

「おまえ、何者だよ?」 ミコが問い質した。「それにあのトランクには何が入ってるんだ?」 彼はそれを開きに向かった。幽霊はまたも震え、そしてその謙遜した風貌を完全に脱ぎ捨てた。ぼろと化していた服は消え、今や分厚くきらびやかなローブをまとい、平たいウニの殻のような黄金を繋いだ首飾りを幾つも下げていた。その輪郭は輝き、敵意のオーラを放っていた。海水が辺りを激しく流れ、潮流のようにうねった。ミコはトランクを首尾よく掴んで確保していた。

 摩耗した蓋はついに砕け、海中の嵐のように水が激しくうねった。ミコの頭を瓦礫が直撃して彼は気を失い、流れにのまれた。私は息を呑み、船から手を放して彼を追った。乱流の中、視界はわずかだった。辺りは泡とごみだらけで、けれど私は一人の生徒も失ったことはなく、そして今もそのつもりはなかった。私はミコを見つけ、たぐり寄せ、そして戻ろうと奮闘した。

 トランクの中身がそこかしこに舞っていた。明らかに神聖な本などではなく、何らかの宝物だった。古く美しく、それぞれにシミック連合の印があった。

「あなたが盗んだのですね。船に乗っていたのは聖職者などではなかった! あなたがたが河賊だったと!」

「この人は何十年も前に地上に戻れたはず」 カジラが言った。「けれど、宝を残していくのが惜しかったのよ。欲深すぎて」

「もしかしたら、船を離れられなかったのかもね」 あの大メダルから熱心にフジツボを落としながら、チェッサが言った。彼女の隣に渦巻が開き、大メダルをもぎ取ろうとした。けれどチェッサはしっかりと持ったまま、そこに刻まれたものを凝視した。「契約の印っぽいものがある。これは船に縛られてるんだわ、だからこの人も」

 水流は止まった。「小魚、それを離せ」 幽霊は両目を燃え上がらせていた。

 チェッサは幽霊を見つめ返し、片脚を甲板に差し込むと、カジラと協力して大メダルの紐を力一杯引いた。そして紐ではなく、それが固定された床板が剥がれた。「船から投げ捨ててもいいけど、あなたを海底に眠らせたくなんてない」 チェッサはそう告げた。何を思いついたのかはわからなかったが、彼女は大メダルを手にしたまま泳ぎ、私達が先程やり過ごしたばかりの混成体へ向かった。古くもまた生きている魔法に繋がれ、幽霊は引かれるように彼女を追った。

「チェッサ!」 私は声を上げた。「チェッサ」 けれど彼女はとても強かった。とても速く、勇敢で、私には決して追い付けなかった。

「追いかけないで」 朦朧とした意識でミコが呟いた。「あいつに必要なことなんだ」

 チェッサは混成体に近づいた。鋭い歯が一本残らずぎらついていた。彼女はそれを挑発し、まるで手頃な軽食のように自分を見せると、獣が口を開いた瞬間に飛び出して大メダルをその中へと放り投げた。「そら、新しいご主人様の所へ行きなさい!」 混成体の顎が鳴って大メダルがその食道を降りていくと、彼女は幽霊へとそう言った。

 チェッサが逃げ去ると、その混成体の興味は幽霊へと移った。彼は大メダルに引かれて混成体の内へ消え、歯が亡霊を空しく噛んだ。

 船の残骸は消失し、けれど生徒たちはシミックのアーティファクトをその腕に集めた。私達はゾノットへ向かい、何が起こったかを衛兵に説明した。貝殻と鉤爪の金線細工を施された虹色の金属片に一人が目をとめた。その女性は上役を呼び、そしてやって来たエルフの魔道士は目を大きく見開くと注意深く手にとった。

 そのエルフは言葉を探し、そして口を開いた。「見間違えでなければ、これはモミール・ヴィグの魔鍵です。一世紀近く前に盗難に遭ったものです。このゾノットには人気の展示館があります。どうぞいらして下さい。皆さんを館長の所へお連れしますので、そちらで説明をして頂ければと思います」

 
シミックの魔鍵》 アート:Daniel Ljunggren

 私達はゾノットの底で水から上がった。あまりの興奮と好奇心に、慣れない重力の圧迫感にも歩みが緩まることはなかった。けれど数階層を登ったあたりで、もっと海中洞窟で過ごして身体を空気呼吸に慣らしておけば良かったと思った。私は一人ふらつきながらも、シミックのあらゆる発明をこの目に見ようと耐えた。湧出の原則が実らせた成果を見ることは、私達をもう少しよく理解することになるかもしれない。

 展示館の職員らが公開準備を急ぐ間、私達は浅いプールで水気を補給してヒレを伸ばすことができた。やがて、館長がやって来て私達は館内へと案内された。シミックの歴史、それが時代ごとに目の前に広がっていた。

 そこにはモミール・ヴィグの知的探求を集めた一区画があり、館長は最後を飾る展示品へと私達を案内してくれた。ヴィグが死亡する前に創造した最後の細胞質。それは台座の上に立ち、三人の衛兵に囲まれていた。その不定形の小さな塊は投光の下で上機嫌に波打ちながら、哀れな魂と繋がってその構成を変質させる機会を永遠に待っていた。私は身震いをし、新たな展示品が……私達の発見が多くの来館者へ公開されようとしている方向に注意を向けた。

「本日はとても特別な日となりました」 館長が抑揚をつけて言った。「失われた宝物の一つが戻ってきたのです。それをこうして展示でき、来たる何世紀にも渡って目にできるというのは、非常に光栄なことと思います」 そして冗長な独白が終わる頃には、ほぼ全員が爪先立ちにモミール・ヴィグの魔鍵を一目見ようとしていた。それは今や磨き込まれて眩しく輝き、見つめると目が痛くなるほどだった。細胞質を監視する衛兵ですら、この記念すべき初公開を目にすべくこちらを向いていた。

 気が付くと、カジラは魔鍵ではなく次の展示、泡入りガラスの向こうを覗き見ていた。そこは機能的な実験室で、厚い粘体の中に何体もの生物が浮いていた。その歪んだガラスを通しても、それらが成長し、変化し、変異するさまが見えた。柔らかく若い肉を甲殻が守りつつあった。

「もし生物的適合を受けたいなら」 私はカジラへと言った。「処置を開始するようご両親に提言しますよ。卒業まではプテロの元で候補生として再履修できます。ご両親はあなたが楽園党の理念を支持しなかったことを悲しむでしょうが、あなたの心が向かうものを追求するのが良いでしょう」

 カジラはかぶりを振った。「変異はしたくないです。それに私はずっと楽園党の生き方の良さは見てきました。けど、ずっと続くものじゃないと思います……ああいう混成体がいるから。もしかしたら、ゾノットの上のここで学んだなら、どう戦っていくべきかわかるかもしれません。底に生きるあの綺麗な生き物に、もっと頑丈な皮膚とか擬態の能力をあげるとか。生き残れるようにしてあげられるかもしれません。楽園党のやり方を続けるけど、順応主義のやり方と釣り合わせて」

 それはとても理にかなっていた。彼女が示す共感に敵う者などないだろう。そして初めて、私はカジラをカジラ自身として見ていた。高い地位の役人の姪というだけでなく、いつの日か自ら大きな飛沫を上げる人物として。「あなたはいつか連合の誇りとなるでしょう。既に、私の誇りです」

 そう、生徒全員が私の誇りだった。チェッサ、ディマス、ラスロー、サガンデリス、ファニア、ジーネク、それと……ミコは? あの子は何処に?

 いた。彼の指先は、今や無防備となった細胞質の寸前にあった。

「ミコ! 駄目です、やめなさい!」 私の叫びに、ミコは指を引っ込めて振り返ったが、ヒレの一枚が台座をかすめ、細胞質が転げ落ちた。不定形の生きた細胞塊は私へとまっすぐに落ちてきた。私は動こうとしたが、ここでは、この重く苦しい大気の中で四肢は思い通りに動かず、避ける余裕はなかった。細胞質が私の胸に当たった。次の瞬間、浸み出すものが皮膚へ入り込み、変異させるべき一片一片を求めて私の内へと沈んでいくのを感じた。

 重苦しさが増した。八枚のヒレが厚みを増し、伸びるのを感じた。吸着組織の肉が裏から弾け、そしてその先に膨れた肉塊が押し出され、瞬いて開いた。光が、そして処理できる以上の映像が心に入り込んだ。私はこの部屋を様々な角度から見ていた。周囲の全てが視界にあった。私の触手の先にあるものは、眼だった。

 衛兵が駆け寄り、けれど彼らが私を確保するより先に生徒たちが危険へと反応した。私を取り囲み、勇気と観察の手強い盾となった。そして今こそ戦うべき時であるかのように、立ち向かう覚悟ができていた。

「どきなさい」 衛兵は生徒たちへと言った。「この女性は途方もなく貴重なアーティファクトを壊したのだぞ」

「私達が新しい展示品を提供しました。ですので帳消しでしょう。通して頂けますか」 私は要求するように言った。「もしくは」

「もしくは、何だというのだ?」 危険な状況を面白がるように、その衛兵は尋ねた。

 その次に起こったことはとても自慢できるものではなかった。急速すぎる変異で混乱し、乾燥しすぎた空気で注意散漫になっていなければそんなことにはならなかっただろう。戦いが起こり、一通りヒレを破られて自惚れを砕かれた後、生徒たちと私はゾノットの拘留所へと放り込まれた。私達の連合はマーフォークの子供たちと新米教師などにやられるほど脆くはないとわかった、せめてそれは良かったのかもしれない。

 やがて、一時間もの沈黙を経て拘留所の扉が開き、楽園党のゼガーナ議長が姿を現した。間近で見るその人は、想像していたよりもずっと威厳があった。

「カジラ。ご両親と話をしましたが、二人ともあなたのここでの行為を非常に残念がっていました」

「ごめんなさい、叔母さま」 カジラはうつむき、ヒレは背中に力なくうなだれていた。

「『ごめんなさい』であなたが起こした損害が元に戻りますか? あなたは他のお友達と共に直ちにマーフォークの領域へ戻らねばなりません。そして以後、ゾノットへの立ち入りを禁じます」

 私の心が焼け付いた。カジラはここで学ぶ機会を失ってしまう。夢を達成できなくなるのだ。

 それを傍観することはできなかった。「議長、ゾノットへの立ち入りを禁じられるとすれば、それは私であるべきです。私がこの子たちを危険に晒したのです。ですがこの子たちは皆、それぞれが最高と信じる方法でシミック連合の力になることだけを願っています。このチェッサは、恐怖に打ち勝って素晴らしい勇敢さを行動で示しました。ミコの観察眼は確かです。そしてカジラは共感を示しただけでなく、天職を見出したのです。彼女はゾノットで学び、その知識を海へ持ち帰りたいと願っています。そこに生きる全てのものを強くするために」

「それは本当なのですか?」

 カジラは頷いた。彼女は今やメバルの棘のように、背筋をまっすぐに伸ばして立っていた。「はい、叔母様。何よりも」

 
楽園党の議長、ゼガーナ》 アート:Slawomir Maniak

 そして議長は背を向け、何も言わずに去った。数分後、私達は拘留所から出され、ゾノットから追い出され、海へと戻った。再び海底を見ることがこれほど嬉しいことだとは思わなかった。

 候補生決定の日、プテロは私の生徒たちを見て蟹の鉤爪を震わせた。皆、自信をオーラのようにまとっていた。そして予想通り、生徒のほとんどが候補生の席を確保した。二人を除いて。ミコは……そう、何せミコなのだ。けれど彼は私の予想を遥かに上回る成績で、喜んで私は来年もこの子を指導するだろう。カジラもまた席を確保しなかった。事実、彼女は姿を現しすらしなかった。けれど生徒たちが勝者の殻に、真珠光沢の中央演壇に席を得ると、私は聴衆の中にカジラの姿を見た……シミックの生術師のローブをまとった姿を。あの子は自分の道を決めたのだ。これからゾノットで学ぶのだろう。

 私は一つ、安堵の溜息をついた。

「あの時私を打ちのめしてくれてありがとう」 すれ違いざまに、私はプテロへと言った。彼の生徒は半数近くが席を得た。彼が期待していた程ではなかったが、競争全体は私がここ数年見てきた中でも最高だった。

「私を笑う必要はないでしょう」 彼はうめき、嫉妬を隠さずに私の触手を見た。

 私は順応に反対しているとはいえ、これはとても良く馴染んでいた。全てを、周りの何もかもを見ることができた。今や私の眼を逃れることのできる生徒はいない。

「笑ってなんていませんよ。私は順応主義の理念を避けてきました。あなたは楽園党の理念を捨てた。それぞれの極致を知った今、互いから学ぶことを考えても良いかもしれません。釣り合う所を見つけるために」

 彼は顔を上げ、自身が何度もやってきたように、私が追い打ちをかけなかったことに驚いた。「来年は、協力しても良いかもしれませんね」 そして続けた。「一緒に一つの組を指導するんです。きっと、最良にして最高の守り手候補を送り出せますよ」

 来年。私は心からその響きが気に入った。そして一つの予感があった。これまでで最高の組の教師になれるだろう。

(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)


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