MAGIC STORY

イクサラン:失われし洞窟

EPISODE 05

メインストーリー第5話

Valerie Valdes
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2023年10月21日

 

クイント

 太陽に触れるというのはどんな感じなのだろう?

 クイントは千の月の駐留地が座す谷と近くの町を見下ろす丘に立ち、両耳で顔を穏やかにあおいでいた。ここの大地は平らではなく、遠くへと離れるにつれて上向きに湾曲している。その下ではピラミッド群と小さな建物の間に水道橋がうねうねと走っており、そこから運ばれた水が石の貯水池に溜められていた。クイントが見つめる中、太陽帝国の戦士たちは千の月の監督のもとで特別な装具を身に着けていた。ファートリは優しい声をかけて自身のコウモリをなだめ、ウェイタは早くも宙でゆっくりとした旋回を行っていた。

 アカル執政はクイントの羨望を感じ取ったようだった。「これは我らが民の成人の儀式でな。我らの新たな縁者たちは既に成人に達しており、彼ら自身の伝統もある。とはいえこうして共有できるのは喜ばしいことだ」

「私もよく見ることができて光栄に思います」クイントが言った。「それに、誰かがパントラザと一緒にいなければいけませんからね」

 自身の名前を聞き、そのラプトルはクイントを一瞥した。そして相手が食べ物を持っていないとわかると昼寝を再開した。

 この地の太陽は砕けた殻に取り囲まれ、尾のように桃色の欠片が輝きながら伸びている。コウモリ乗りたちは飛び立つとそれを目指した。彼らの姿は次第に黒く小さな点へと縮んでいった。目指す場所はコズミューム礁と呼ばれていた。彼らの鎧や武器、その他の装置に使用されている金属や結晶の破片で満ちた危険な場所だという。ファートリや他の皆は自分たちのコズミュームを自分たちで採取しようとしているのだ。

 アカル執政がクイントの夢想を遮った。「其方は地表ではなく、別の次元から訪れたと聞いたが」

「そうです」クイントは頷いた。「アルケヴィオスといいます。そこの大学、ストリクスヘイヴンにいました」

「学びの場所なのかね?」アカル執政はそう尋ねた。

「はい。私は考古学と古術を、他にも色々なことを学びました。失われた物語を見つけ出して共有したいのです。それを未来のために保存したいのです」

 ふむ、とアカル執政は納得に小さな声を発した。「其方は我らの説教者に似ておる。彼らは探り、学び、教える。物語とは次元の記憶であり、それを忘れることは闇に屈することであると。暗夜戦争の間でさえ、我らの物語は導きの光であった」

 暗夜戦争、太陽を取り囲む金属、その他にも疑問は山ほどあった。クイントはいかにして尋ねるべきかを思案した。ここで学ぶべきことはあまりに多く、どこから始めるべきかもわからない。

 彼はコウモリたちへと注意を戻した。「それは秘密にするべきですか、それとも私の同僚に伝えても大丈夫でしょうか?」

「秘密ではない。とはいえ詳細な説明は、細かな意図を理解する我らに任せるのが最善であろう。説教者をひとり呼び寄せて其方を手伝わせよう。そちらの故郷の物語や知識も聞かせて頂けるだろうか?」

「物語や知識の交換、素晴らしいことです」説教者はコインの帝国の調査に協力してくれるかもしれない。物事の進行具合によってはすぐにサヒーリをここに連れてきてもいいだろう、あるいはアルケヴィオスの同僚を……

 微風がクイントの肌を冷やし、草原を波打たせた。彼はゴーグルを下ろしてよく見た。恐竜や他の動物、犬ほども大きな齧歯類、柔らかそうな毛皮を持つ首の長い反芻動物が野を歩き回っていた。 とても平和な風景だった。

 コズミューム礁の間を飛び交っていた小さな影が帰還を始めた。先頭はファートリでインティがそれに続き、カパロクティとウェイタが他の兵士たちを伴って追いかけた。

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アート:Evyn Fong

 ファートリは最初に着地し、コウモリを随員に預けた。彼女は桃色をした結晶の塊を振り回しながら、アカル執政へと駆け寄った。

「破片を見つけました!」ファートリは興奮して言った。「首飾りが作れるほど大きなものです。いかがですか?」

 アカル執政は頷いた。「それで武器を飾ることもできる。剣が良いかな?」

 ファートリの表情を陰がよぎった。「そうかもしれません」そう返答する彼女の熱意は削がれていた。ファートリがパントラザの羽毛の頭をかいてやると、気持ちよさそうな鳴き声が返ってきた。

 インティとカパロクティは滑空して着地したが、ウェイタはそのまま飛び去った。鋭い笛の音が鳴らされ、チャラを含むオルテカの乗り手たちが彼女を追いかけた。ウェイタの乗騎に何かあったのだろうか? そうクイントは訝しんだ。だが間もなく彼女は旋回して着陸し、とはいえ乗騎から降りることはなかった。見える目の上の眉はひそめられ、口元は肩と同じく緊張に強張っていた。

「あそこに」ウェイタは意識して冷静に、谷の向こう側の駐留地の隅を指差しつつ言った。「吸血鬼たちが呪いの雲を呼び出しています。普段よりも大規模です」

 それが何を意味するかをクイントはわからなかったが、太陽帝国の者たちに緊張が走った。

「それは確かなのか?」カパロクティが尋ねた。

 ウェイタは頷き、インティは小声で罵った。先程とは抑揚の異なる笛の音がチャラの帰還を告げた。彼女もウェイタと同様、コウモリから降りずにいた。

「千番目の月が戻られます」チャラが言った。「捕虜をふたり連れております」

 アカル執政が杖にもたれかかった。「その者らを問い質さねばなるまい」

 ウェイタはコウモリから降りてクイントの隣に立ち、戦士たちは互いに囁きを交わし合った。アニム・パカルはノームの自動人形を傍らに従え、恐ろしい形相で近づいてきた。彼女の前を吸血鬼と若者がひとりずつ、疲れ切った様子で歩いていた。吸血鬼がよろめき、若者がそれを受け止めて再び歩き続けるのを助けた。

「逃亡者をふたり発見しました」アニムは姉へと告げた。

「逃げたんじゃありません」身を守るようにその若者が言った。「助けてくれる人を探してたんです」クイントは一瞥し、彼の両耳が尖っていることに気付いた。エルフだろうか、とはいえイクサランで目にするのは初めてだった。

「私はアマリア、彼はケランです」吸血鬼が言った。「他の吸血鬼は、彼らは……人間の従者たちと女王陛下の特使を殺害し、逃走しました。彼らはアクロゾズを探し求めています」

「あの大逆者を?」アニムは驚きに後ずさった。「遠い昔から囚われているはずだ」

「どこにいるのかご存知なのですか?」アマリアが尋ねた。

 アカル執政は青ざめ、杖を更に強く握りしめた。「いや。だがオルテカの中には今なお奴を崇拝する者らもいる。そやつらが知識を伝えるかもしれぬ」彼女は太陽を見上げ、目を閉じた。「もしも吸血鬼どもが同志を発見したなら、遂にあのコウモリの神を牢獄から解放できるだけの力を得る可能性がある。あの神の終わりなき血の渇望の前では、中心核の何者も無事ではいられまい」

 まさに自分たちが必要としていたものだ、クイントはそう思った。楽しむために全員を殺そうとしている、暴力の神。


マルコム

 帝王マイコイドが襞だらけの座からマルコムとブリーチェスを見下ろすと、菌類の群れがにじり寄った。帝王マイコイドの目は謎めいた緑色に輝いていた。

「じれったい話はもうよい」ザビエルを操り人形のように用いてそれは言った。「お前たちを同化し、地表に昇り、太陽を得る」

 マルコムは筋道立てて考えた。ブリーチェスを抱えてどれほど速く飛べるか、そして唯一の出口にも敵がいた場合にそれが問題になるかどうか。

 別の出口があるに違いない。感覚を広げて気流を探すと、マルコムは帝王マイコイドの背後に一本のトンネルを発見した。漂ってくるかすかな風の匂いは、その先に大きな水面があると告げていた。こんな地下に?

「ダイバクハツ?」気まずいほどに大きな囁き声でブリーチェスが尋ねた。

 マルコムは上を一瞥し、周りを見回し、そしてキノコに覆われた恐竜に視線を落とした。あの洞窟での戦いを思い出し、彼は笑みを浮かべた。

「まず俺にひとつ試させてくれ」マルコムが言った。「耳を塞げ」

 ブリーチェスは従った。ひとつ深呼吸をすると、マルコムは歌いはじめた。

 帝王マイコイドの目が閉じられ、マルコムを取り囲む全員が呆然と動きを止めた。彼は歌い続けながらブリーチェスを掴むと水面へと続く出口を目指した。ふたりは身動きすらしない人々の間を抜けた。樹木のような巨大キノコですら静止しているように見えた。帝王マイコイドはその群れを操り人形と呼んでいた。相手に近づいたことで、自分の魔法がコロニー全体に効いたのだろうか――そうマルコムは訝しんだ。

 彼はトンネルを発見した。ここではキノコの輝きは弱く、マルコムは肩につけた明かりに感謝した。ブリーチェスは両手で耳を押さえながらついて来た。自分の魔法がどれだけ長く効き続けるのかはわからなかったが、マルコムはトンネルの奥深くに到達するまで歌い続けた。自分とブリーチェスの安全が確保されるまで、怪物たちを遠ざけられることを願った。

 おぞましい、声を合わせた悲鳴が背後から響いた。願うのは終わりだということ。

「逃げるぞ」マルコムは言い、全力で駆け出した。

 ブリーチェスも駆け、四足でマルコムに遅れじとついて行った。緑色の光が周囲で弾け、逃げるふたりを捕らえようと菌糸が背後から伸ばされた。恐ろしかったが、あえて振り返りはしなかった。そうすれば速度が落ちて捕まるかもしれないのだ。

 水の匂いが強くなり、前方にひとつの光が見えた。緑色よりも青色に近く、かすかな魔法が散りばめられていた。川守り、けれど何か別のものもいる。もっと古くてもっと強い何かが。

 トンネルは不意に崖となって途切れていた。眼下には海が見渡す限りどこまでも広がっており、岸辺近くでは黄金で飾られた建物が密集する都市が、深みへと続いていた。マーフォークが目的を持って泳ぎ、あるいは岸に留まっていた。数人の衛兵が彼とブリーチェスを指さし、他の衛兵は差し迫った危険に気づかないまま任務を続けていた。

「敵が来るぞ!」遠くまで届くよう、声に魔法を込めてマルコムは叫んだ。彼はブリーチェスを掴み、その都をめざして水面へと飛んだ。

 帝王マイコイドの軍勢がトンネルから殺到し、マルコムはようやく怖れながらも肩越しに振り返った。下の町の感染した住人はひとり残らず追いかけてきたようで、岸に倒れ込んだり不格好に水に飛び込んだりする姿が見えた。彼らよりも遥かに数が多いのが腐りかけた恐竜と猫人たち、そしてあの不気味な歩くキノコ。あるものは武器を振るい、またあるものは魔法を用いていた。更に悪いことに、空洞の天井の穴からは飛行生物や恐竜、巨大なコウモリが飛び出した。びっしりと菌類に覆われたそれらは苦労して飛び続けていた。

 戦闘の混乱はその地が享受していた静寂を打ち砕いた。マーフォークたちは武器を抜き、鎧に込められた魔法を活性化し、翡翠のトーテムを取り出して巨大なエレメンタルを呼び出し、菌類の侵略を追い払いに向かった。歩くかがり火が炎の塊を投げつけ、その一方で巨大な間欠泉が空中の敵を撃墜し、速やかな破滅へと送り込んだ。

 太陽帝国のそれに似たピラミッドの頂上で、ひとつの扉が開かれていた。ありえないことに、その先には空があった。もし自分とブリーチェスがそこに辿り着くことさえできれば……

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アート:Piotr Dura

 マーフォークの戦士がマルコムの前に現れ、翡翠が先端に飾られた杖を振り回した。彼はすぐさま止まった。

「お前たちは何者だ?」

「マルコム・リー。どうぞ何なりと」マルコムは礼儀正しいお辞儀をしてみせた。「こいつはブリーチェス、俺の仲間だ」

 ブリーチェスは帽子の角度を直した。

「海賊か」そのマーフォークは嫌悪に口元を歪めた。「私はニカンチル。一体いかなる邪悪を我らの岸に連れて来た?」

「帝王マイコイドって名乗ってたよ。人をキノコに変えちまうんだ」

 背後でヒレを揺らし、ニカンチルはその言葉を考え込んだ。「それは太陽帝国が言っていた危険と同じものに違いない。あの黄金の扉をくぐって行った者たちに警告しなければ。そちらの想定よりも近くまで来ていると」

 彼らに警告することが扉をくぐっての脱出を意味するなら、マルコムは喜んで協力するつもりだった。「来い」彼はブリーチェスへと言った。「警報を鳴らしに行くぞ」

 ブリーチェスは歯をむき出しにして同意し、三本の剣を抜いた――二本はそれぞれの手に、一本は尻尾に。約束された大空に狙いを定め、戦闘員を避けながら彼らは共に戦場を横切っていった。


ヴィト

『我がもとへ来たれ……』

 アクロゾズの声はこれまでになくはっきりとヴィトを呼んでいた。彼は遠征隊の生き残りである吸血鬼たちを率いて、見通しのきかない霧に包まれた駐留地の広い道を進んだ。生贄を捧げる意図こそバルトロメに邪魔されたものの、あの黒薔薇の棘への復讐を遂に果たすことができた。神聖なる恩寵を食らい、更にはこれから起こるであろう物事への期待でヴィトの身体は昂っていた。

 霧の中から声が届いた。そこには困惑と虚勢が、そして何よりも恐怖が入り混じっていた。クラヴィレーニョと他の兵士たちは、血の狂喜に浸っていた数人の同輩を発見して黙らせた。尊者タリアンの言葉が、彼が獲物とした人々の鼓動のようにヴィトの心の中に鳴り響いた。

 清められし者は弱者なり、強者の糧となるべし

 清められし者は安らかなり、争いがなければ屈す

 清められし者は無慈悲なり、慈悲を必要とせぬ者なり

 ひとつの赤い輝きが霧の中に現れ、ヴィトへと歩いて向かってきた。彼は槍を構えた。

「ヴィト・キハノ・デ・パサモンテ」謎めいた人影が囁いた。「アクロゾズのもとへ案内しよう」

 これは罠だろうか? いや、そのような恐れ知らずなどいるはずがない。

「用意はできている」ヴィトは旗印のように槍を掲げた。

 彼らは駐留地を離れ、入念に手入れされた畑を踏みにじり、住民たちが恐怖に身を寄せる孤立した農場を過ぎ、やがて悪臭を放つ沼地の深みに降り立った。節くれ立った木々の枝からは老人の髭のように苔がぶら下がっており、それらは吸血鬼たちの皮膚と同じように青白かった。腐った卵と腐敗の悪臭を放つ泥に踏み入ると足首まで沈んだ。かつてこの土地に生気を与えていたかもしれない動物の鳴き声や歌は、まるで魔法にかかったかのように沈黙した。ほのかに赤く輝く結晶を持ち歩く、あるいは身に着けた人々が加わっていった。やがて紛れもない軍隊がひとつ、見通しのきかない霧の中をやって来た。霧は木々の間をうねり、太陽を弱弱しい幽霊へと変えていた。濁った眼をした捕虜を引きずって来た者たちもいた。すぐにでもアクロゾズへの生贄として捧げるのだろう。

「何者だ?」ヴィトが尋ねた。

「我らはアクロゾズのしもべ」人影が返答した。「主が幽閉されし時より崇拝を続け、その救済の日を待ち続けていた」

 幽閉、その言及にヴィトはひるんだ。アクロゾズはただ正しい時を待っているだけだと、大いなる計画の一部なのだと思っていた――この夜なき地に囚われているのではないと。すべての吸血鬼の父は、幽閉されている。

 そして、誇りのうねりが疑念のちらつきを圧倒した。自分は神が振るう道具なのだ、救い主なのだ。聖エレンダという失望を乗り越え、尊者タリアンが描いた未来像を実現させるのだ。新たな、清純な時代がトレゾンで始まるのだ。自分こそが信者を導くのだ。

 どれほど長く沼地を歩き続けたのか、ヴィトにはわからなかった。以前であれば、コウモリに乗って空を飛ぶ敵に発見されないことを驚いたかもしれない。霧自体は遠くからでも間違いなく見えるはず。だがアクロゾズの神秘的な力が働いており、ヴィトは自分が選んだ聖者の成功を確かなものとするために神を信頼した。

 目的地まであとどれほどかと尋ねないうちに霧が晴れ、洞窟の入り口が姿を現した。その場所が特別であると記すものは何もなかった――むき出しの石に目印や象徴は何も刻まれておらず、信者を招く神殿の階段もなく、入口やその先に続くトンネルも金や銀で飾られてはいなかった。この次元のどこにでもある、ありふれた洞窟のように見えた。だがその特色の無さこそが神の力の一端なのだ。

 地下洞窟を進む際に用いていた魔法の蝋燭は失ってしまっており、アクロゾズのしもべたちが持つ赤い光がヴィトを導いた。最初は自然に形成されたと思われる狭いトンネルを進み、やがて明らかに何らかの知的な意図に従ってこじ開けられたような横道に入った。まるでこの場所は神の祠ではなくごみ山か納骨堂であるかのように、辺りには腐臭が充満していた。

 我が主、アクロゾズはそれに相応しい寺院にて崇拝されねばならない。その敵は驕りのために苦しむこととなるだろう。

 トンネルは彼の知らない象徴と彫刻で囲まれた奇妙な扉で終わった。その中心には大きな穴がひとつ開いていた。ヴィトを案内していた人物がローブの中から何かを取り出した。それは桃色をした結晶であり、内なる光に輝いていた。

「これは鍵だ」その人物はヴィトにそれを差し出した。「内に収めよ、さすれば相応しき者とみなされる……あるいは滅せられる」

 ヴィトは自らの価値を疑いはしなかった。彼は結晶を受け取り、扉の穴に収めた。

 石の輪が腕を拘束し、ヴィトはその場で動けなくなった。結晶が放つ桃色の輝きが強まり、焼けつくような痛みが襲ってきた。まるで拳を太陽に突き入れたかのように。ヴィトは歯を食いしばり、やがて牙が唇を刺して顎を血が流れ下った。直近の食事で得た活力の熱が吸い出されて穴に注ぎ込まれると、ヴィトの感覚は炎の熱さから氷の冷たさへと変化し、やがて身体が震え出した。前回の断血の後よりも消耗を感じた。膝の力が失われて震え、だが彼は耐えるよう、体重を支えるよう強いた。アクロゾズを失望させるわけにはいかないのだ、今もこの先も。

 痛みと圧迫感が消え、ヴィトは腕を引き抜いた。扉を取り囲む絵文字に深紅の光が広がり、重く響く音をたてて横に転がり開いた。

「聖域の立ち入りは許可された」案内人が言った。

 中には立派な神殿の入り口が待っており、柱の長さはヴィトの身長の四倍ほどもあった。彼の到着を告げるかのように、おびただしい数のコウモリの群れが入り口から飛び立った。彼はそれらが去るのを待ち、そしてクラヴィレーニョと他の者たちを儀仗兵のように背後に従えて進んだ。

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アート:Cristi Balanescu

 その先は小さな控えの間で、階段状の座席が並ぶ広大な講堂に繋がっていた。壁に刻まれた絵文字が血のような赤い光を放ってそこに立つ群衆を照らしており、千もの青ざめた顔が振り返ってヴィトの入場を見つめた。彼はタリアンの槍を高く掲げ、自らの運命を迎えるべく下り、部屋の中央の姿へと近づいた。

「我がもとへ来たれ」その声が言った。ヴィトにとっては今や自身の名のように馴染み深い声。

 アクロゾズ。

 自らの翼で身体を包み、何百という桃色の結晶が散りばめられた太い金の鎖に縛り付けられ、コウモリの神は床にうずくまっていた。その身体は古く乾いた血の褐色、金色に輝く翼は石の床にこすれた部分が傷だらけになっていた。髑髏の首輪をまとい、頭部は黒と金の冠で飾られ、その神を見つめる者すべてに神性を示していた。

 赤い一つ目がその強力な視線でヴィトを貫いた。彼は崇拝に膝をついた。

「我が主よ」ヴィトの呟き声は感情に満ちていた。「参りました」

 アクロゾズは深い、かすれた息をついた。「我がまどろみは地表への侵略者に揺さぶられた。かくして、我は其方らに、夜の子らに呼びかけた。我が隆盛の時は近いと」

「我らは昇る」集まったコズミューム食らいたちが朗々と言った。

「第五の時代の終焉は近い」アクロゾズは続けた。「チミルの光は消え、我が闇は究極のものとなる。其方、選ばれし者よ。我が隣にて仕え、永遠の命という救いを讃えよ。贄をもて」

 ヴィトの左の洞窟からすすり泣きが漏れ出た。その中には沼地をはるばる引きずって連れて来られた人々が閉じ込められており、市場の子羊のように身を寄せていた。ヴィトは立ち上がって彼らに近づき、兵士たちへと手伝うよう身振りで指示をした。

「死を怖れることはない」ヴィトは宥めるように言った。「お前たちの血は力を、栄光を、そしてアクロゾズの永遠の王国をもたらすのだ。今、そして永遠に」

 ひとりずつ囚人たちはコウモリの神へと連れて行かれ、神は彼らの精髄を大いに堪能した。その間、ヴィトは恭しく目をそらしていた。彼らの死体は穴まで引きずられ、その後にはかすかな血糊の線が残された。ひとつの死ごとに神の不吉な目は輝き、薄暗い部屋の中に際立った。

 そしてそれは終わった。アクロゾズは身体を丸め、そして貫くような叫び声とともに立ち上がって束縛へと力を込めた。鎖に点在する桃色の結晶が荒々しく瞬き、そして神の目と同じ赤にまで色を落とした。激しい魔法の爆発が部屋の全員に襲いかかり、黄金の輪はばらばらに切断された。アクロゾズは力強く腕で鎖を払いのけ、破片が床に散らばった。神が完全に立ち上がって翼を広げると、ヴィトはふたたび畏敬の念にひざまずいた。

「我がもとへ来たれ」アクロゾズが告げた。「祝福を受けるがよい」

 ヴィトが最初に神のもとへ辿り着いた。彼はひれ伏した。「私こそ相応しい者にございます」

「ならば我が永遠の誓約はそなたのものだ」

 アクロゾズはその息がヴィトの顔にかかるほどに屈みこんだ。血と、腐敗の苦しみの中にある病的に甘い花の匂い。神の牙が伸び、その先端が鋭く尖り、一閃でそれらはヴィトの首筋と上半身に深く沈められた。ヴィトは悲鳴をあげた。苦痛が胸に、そして四肢に広がり、どのような血よりも熱い炎が血管の内に燃え上がった。筋肉が痙攣し、骨が砕けて組み替えられ、意識が途切れかけてヴィトの視界に黒い斑点が踊った。そしてアクロゾズの牙が引き抜かれた。周囲では他の者たちもひとりまたひとり、同じ祝福を受けていると彼はかすかに認識した。

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アート:Antonio José Manzanedo

 魔法が薄らぎ、ヴィトは感覚に突然入ってきた膨大な音と香りにひるんだ。あらゆる色が浸み出したこの部屋の中で、結晶のぼんやりとした赤い光はたいまつのように明るく燃え上がっていた。かつては染みひとつなかったローブは彼の変身とアクロゾズの聖別によって引き裂かれ、今や膨れ上がった身体からずたずたになって垂れ下がっていた。新たな両耳をクラヴィレーニョに向けると、相手は自らの変身を終えて丸く輝く瞳をヴィトに向けた。

 かつて吸血鬼たちがひざまずいていた場所には、主の姿を模した新たな生物たちが立っていた。彼らの鎧や武器はそのままだったが、今やその手の先端は鋭い鉤爪と化していた。ヴィトは翼を曲げ、引き伸ばされた口からは長くなった牙が突き出た。

「来たれ」アクロゾズが言った。神は宙へと飛び上がり、天井にあいた大きな穴から出ていった。

 ヴィトは躊躇することなく従い、仲間たちも彼の下に続いた。彼らは一斉に金切り声をこだまさせ、暗いトンネル内の地形を把握しながら進んだ。やがて遠くの光点が次第に大きくなり、その向こうの世界が明らかになった。力を授けてくれた神のために戦う軍団となって、彼らは洞窟から飛び出した。その瞬間、太陽の眩しい輝きがヴィトの目を刺した。だが彼はすぐに慣れた。純然たる黒色、骨の白色、そして不明瞭な灰色を帯びた大地が目の前に広がった。周囲で気流がうねり、馴染あるものもそうでないものも、無数の匂いを運んできた――沼地の豊かな腐臭、動物の麝香、じっとりとした雲の湿気、そしてすぐ先に、コウモリと人間の混ざり合った匂い。彼らはより高く、より遠くへと飛び、太陽から遠ざかるように長い軌跡の弧を描く桃色の金属に到達した。

 アクロゾズは空中に停止し、その光に凝視を向けて再びその目を燃え上がらせた。「チミル」神は中心核に輝く太陽へとそう囁きかけた。「我は獄に入れられた。故にそなたも。そなたの愛しきオルテカを食らおう、かの者らの祖を食らったように。かつて弱き神の子らを食らい、死と生とを隔てる帳を閉じたように。第五の時代は我が手によって遂に終わる。我が子らはこの次元に第六の時代をもたらすのだ」

 神の最大の翼が広げられ、そしてゆっくりと閉じはじめ、まるで途方もないほど重いものを動かしているかのように張りつめた。

 太陽を取り囲む金属が動いた。破片が回転し、まるで壊れた容器が再び組み立てられるように繋がった。いや、まさしくその通り――アクロゾズはその力を振るい、砕けた殻を再生しているのだ。まもなくチミルは囚われるだろう。

Art by: Campbell White

 牢獄の影が大地に降り、トレゾンのどんな夜よりも深い闇が訪れた。ヴィトの変わり果てた両目はその変化に興奮した。耳と目で感じる風景の質感、その何と豊潤なことか。

 アクロゾズは荒い息を吐いて翼を閉じ、轟音とともに地面に墜落した。ヴィトが隣に着地すると、神は立ち上がろうともがきながら、太陽の金属殻から漏れ出る光の筋を睨みつけていた。

「もっとだ」アクロゾズが言った。「もっと贄を。贄を我がもとへ」

「仰せのままに」そしてヴィトは集まった軍団へと金切り声で命令を叫んだ。対する返答は次元の基礎を揺るがすほどに山々へと響き渡った。


ウェイタ

 太陽が暗くなり、ウェイタは襲い来る恐慌と戦った。背中のくびれに冷や汗が溜まった。

 彼女はコウモリを駆り、千の月の駐留地とその先の沼地や山々を覆う霧の雲をめざした。逃亡した吸血鬼がいないかと、彼女たちは村々や遠隔地を探し回って時間を費やしていた。オルテカは家々に縮こまっており、街路には暴力の痕跡があることを発見した。吸血鬼たちの目的地は、とある洞窟から生物の群れが飛び出してくるまで不明だった。その群れは、身体の幅が人の身長の3倍か4倍ほどもある巨大なコウモリに率いられていた――アクロゾズ。

 当初ウェイタは、アクロゾズが連れている怪物は他のコウモリだと推測した。だが望遠鏡を用いるとそうではないとわかった――吸血鬼たち。何らかの理由で堕落し、邪悪なその神に似た忌まわしい存在に変わり果てていたが、依然として鎧を着て武器を所持していた。軍団はコズミューム礁へとまっすぐに突き進み、その端で急停止した。オルテカの戦士が辿り着くよりも早く、まるでランタンの上に覆いがかぶせられるように光が消えはじめた。

 ファイレクシア人との戦争もこのような感じだった。敵が太陽を遮り、昼が不意に夜へと変わる。仲間たちの、友人たちの悲鳴がすすり泣きに、嘆願に、祈りの声に変わり――途切れる。記憶という波が最高潮に達し、ウェイタは嵐の中の船のように転覆しないよう努めた。

 ファートリが自身のコウモリに乗って滑空してきた。最も暗い洞窟の中でもそうだったように、三相の太陽の破片が彼女の顔を照らしていた。

「深呼吸をして、小さな戦士さん」ファートリが叫んだ。「この日の勝利は私たちのものになるのだから」

 果たしてもはやこれは「日」なのだろうか? それは問題ではない。もしその言葉が、あと一時間も生きられないかもしれない沢山の人々の口から発せられたのだとしたら?

「チミルの牢獄が再生されつつある」飛行隊の指揮官が乗騎の上から叫んだ。「大逆者アクロゾズを止めなければ、チミルは再びあの内に囚われてしまうだろう」

 ウェイタはこれ以上の戦争は求めていなかった。いわゆる神との戦争も、太陽に捨てられた吸血鬼との戦争も、誰との戦争も。けれど今は戦うつもりだった。目の前の戦いを、課せられた戦いを。そして勝利する。

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アート:Raoul Vitale

 指揮官の兜を飾る結晶が桃色の星座のようにきらめき、他のコウモリ乗りたちのそれも続いた。眼下では大地の至る所で、駐留地や村々でも、都や小屋でも、人々が光を呼び起こしていた。簡素な炎、かがり火、ちらつく輝き、確固たる標。ウェイタはオルテカをまだ熟知してはいなかったが、影の重みに屈することを拒むその意志に彼らとの繋がりを感じた。

「これでもトレゾンを放っておくというのか?」カパロクティがファートリへと叫んだ。

「これはトレゾンではありません」暗く冷たい瞳で彼女は答えた。「例えそうだとしても、私たちが追いついたなら、この怪物どもが再び故郷を目にすることは決してありません」

「それこそ僕らがよく知る、僕らの愛する戦場詩人だ」インティが冗談めかして言った。「戦いへ向かう前にひとつ詠ってくれない?」

 カパロクティは目を丸くしたが、ウェイタは精一杯耳を澄ました。風鳴りの中、一言たりとて聞き逃したくはなかった。

 ファートリは遠くを見つめ、そしてウェイタと目を合わせた。そして語られた言葉は力強く、挑戦的だった。

 些細な霧を我らは怖れぬ

 弱き嵐を我らは怖れぬ

 夜の訪れを我らは怖れぬ

 三相の太陽とともに、我らは昇る

「三相の太陽のために!」カパロクティが叫んだ。太陽帝国軍は彼の言葉を繰り返し、オルテカのコウモリ乗りたちも笛を激しく吹き鳴らした。ウェイタの背骨を震えが駆け上がった。

 怪物の軍勢から恐ろしい金切り声が響いた。数体のコウモリが激しく身をよじり、あるいは背を反らして乗り手を落としかけた。ウェイタの乗騎は叫び返して急降下し、落下の感覚に胃袋が跳ねる中で彼女は制御を取り戻そうと奮闘した。

 吸血鬼の怪物たちがオルテカの軍勢へと迫った。

 奇妙な生物と化した彼らは巨大なコウモリの翼で飛んでいた。顔はやつれて青白く、目は丸く鼻は平ら、巨大な耳。兜をかぶったままの者や、板金鎧を着ている者もいた。一方でかつてはオルテカだったらしく、破れたポンチョとキープをまとう者もいた。乗り手の前衛たちに辿り着くと彼らは再び金切り声を上げた。片や槍と眩しい桃色の魔法、片や剣と病んだ赤色の波。両者が激突した。

 薄暮軍団の一体が剣を振るい、ウェイタに向かってきた。彼女も自らの武器を抜き、魔法の石に親指を走らせて槍の形状へと変化させた。そしてそのまま集中し、速度と距離を見切るべく待った。コウモリ吸血鬼に手が届こうという瞬間、彼女は乗騎をわずかに降下させると上向きに攻撃した。刃が敵の翼に深い傷を与え、悲鳴とともに相手は回転しながら地面へ落下していった。

 近くではファートリがコズミューム食らいのコウモリ二体を追いかけ、千の月のひとりが見覚えのある長槍をもつ生物と戦っていた。ウェイタは挟撃をしようと動いたが、別の吸血鬼が彼女に迫った。彼女は乗騎を傾けてその剣を、そして見えない目の側から来た次の攻撃をかろうじて避けた。苛立ちのうめき声とともに乗騎を上昇させると、彼女は上空から戦いを眺めた。周囲ではコズミューム礁がうねりながら浮遊しており、雨粒ほども小さな結晶が漂っていた。美しい光景だっただろう――仲間たちと敵の血がその雲に混じっていなければ。

 いつもそうなのだ、ウェイタは暗い気持ちでそう思った。血は空に、石に、川に、海の泡に。

 黄金色がひとつ彼女の目を捉えた。細くなった陽光の中のきらめき。山麓の、自分たちがこの新たな大地に入るために通ってきた扉。何者かがそこから飛び出した――また別のコウモリ吸血鬼だろうか? いや、セイレーン? どうもその姿には見覚えがある気がした。

 その背後から、緑がかった黒い塊が門をくぐって殺到した。あの地下河川沿いの無人の都市で戦ったような菌類の生物、それも何十体、何百体という数で。

 そしてそのすべてが駐留地へ襲いかかろうとしていた。

「湿気があれば雨になるものよね」ウェイタは呟いた。


マルコム

 空気のよどんだ洞窟を長い間歩き回った後では、その外気は比較的甘美だった。それでもそれはマルコムが期待していた安らぎをくれなかった。敵はすぐ背後を追いかけてきており、弾ける胞子を投げたり菌の縄を放って人々を地面に拘束したりしていた。この新たな土地は空を囲むように上向きに傾斜しており、興味深い一方で更に悪いことが起こっていた――別の戦いが進行中であるように見えた。

 マルコムはブリーチェスから目を離さないよう努めながら、知性を持つキノコの大群から距離をとった。ゴブリンが振るう三本の剣は作物の刈り手のように軽やかに切りつけたが、助けがすぐに現れなければ打ち負かされてしまうだろう。

 この場所の中心にある奇妙な影の太陽に近づくほどに、気流が変化していった――いや、遅くなっていった。まるで何らかの魔法の力で眠らせられようとしているかのように。彼の羽毛がわずかにけば立ち、手足がごくわずかに軽くなった。気付かないほどに、だが彼は気付いた。ありえない。奇妙な太陽は彼を引き寄せていた。炎が蛾を、釣り針が魚をそうするように。

 桃色が入った金属の浮かぶ岩礁では、コウモリに乗った人々が、人と――コウモリ人と? 争っていた。それも薄暮の軍団の鎧をまとっている? 困惑にマルコムは目をしばたたいた。乗り手の中には、その鎧と明かりを見るに太陽帝国の者たちもいた。とはいえ彼らはどうやってこの地を見つけたのだろう? そして何故?

 その中のひとりが彼の目にとまった。孤高街でよく見た顔、いやむしろその武器と眼帯。その女性は戦いの中心から離れており、今やマルコムの方を見つめていた。マルコムが急いで向かうと彼女も同じく向かってきた。コウモリの翼を生やした吸血鬼と時折戦い、やがて両者は中間地点で対面した。

「ウェイタ」マルコムは安堵とともに言った。「ここで何が起こってるんだ?」

「説明するわね」ウェイタはそう答えたが、そこで言葉を切った。「いえ、沢山ありすぎるから大まかに。吸血鬼たちがコウモリの化け物に変化して、奴らの神が太陽を閉じ込めたの。そちらは?」

「巨大キノコが人を感染させて、操り人形に変えてこの次元を乗っ取ろうとしてる」

 ウェイタは不快そうに鼻を鳴らした。「一度に来ないで欲しいのだけど。それって神にも感染するの?」

「確かめるのは嫌だぞ」マルコムの羽根が不安に波立った。

「ついて来て」ウェイタが言った。「執政さんに警告しないと。もう知っているのでなければだけど」

 ウェイタは彼を上に、いや、下に連れて行った。そこには見慣れない衣服をまとう人間の集団と、ひとりの吸血鬼、そしてふたりの異邦人がいた。ヴラスカ船長とジェイスのような、あえて言うなら異世界人か。ファイレクシア人もそうだったが。

 その異世界人のひとりがすぐに駆けてきた。頭にゴーグルをつけたロクソドン。「ウェイタさん!」その人物は興奮に息を切らしていた。「上は大丈夫なのですか? 何が起こっているのですか? そちらはご友人ですか?」

 ウェイタは笑みを見せた。「クイントさん、彼はマルコム・リー。何もかもがひどい状況です。歩くキノコの群れが黄金の扉から湧き出しています」

 クイントは考え込んでいるようだった。「群れとはどのくらいの数ですか?」

「ひとつの森を作るくらいのキノコだ」マルコムが答えた。

「キノコ?」耳の尖った若者が尋ねた。「毒があるんですか?」

 マルコムは厳めしい笑い声を発した。「もっとずっと悪い。野心がある」

 吸血鬼の女性が溜息をついた。「聖者よ、野心から我らを守りたまえ」

 別の何者かが近づいてきた。豪奢な頭飾りを身に着け、杖にもたれかかる女性。「今はまさに争いの時。私は執政のアカルだ。どうやら其方は更なる困り事を持ち込んだようだな」

「連れて来たくて連れてきたわけじゃないぞ」マルコムは言った。「俺は自分のとこの奴らに起こった謎を解明しに来て、運悪くその回答を見つけたんだ。曰く帝王マイコイド、だとさ」

 アカル執政はしなびた唇を噛んだ。「我が妹は千の月を動員して防御を固めようとしていたが、それとアクロゾズとでは我々の兵力は薄く分散してしまうだろう」アカルは近くに待機する兵士を身振りで呼び寄せ、その者は駆け寄って敬礼をした。「今一度、緊急の召集命令を塔へと発する。動ける庭師たちを全員動員せよ」

 マルコムは安堵の溜息をついた。終わってはいない、けれど自分とブリーチェスだけで戦う必要はもうないのだ。

 ブリーチェス。しまった。

「ウェイタ、乗せてきて欲しい奴がいるんだ」


ヴィト

 アクロゾズの新たな聖典にて、この戦いは永遠に語り継がれることだろう。

 ヴィトはオルテカのコウモリ乗りが放った魔法の波を避けると、槍で相手の胴体を突き刺した。その乗り手は鞍から滑り落ちたが、装具でかろうじて乗騎に繋ぎ留められていた。血の匂いが大気に甘く漂い、ヴィトは歓喜の金切り声をあげた。

 彼の周囲では生贄によってコズミューム礁の力が転換され、アクロゾズの意志に屈し、きらめく桃色の塵の流れがぼやけていった。間もなく神はその行いを終え、この内なる世界を満たしていた不実な光は消し去られるだろう。

 ヴィトの兵士たちは容赦なく敵を追跡し、空を旋回し、人間もコウモリも等しく襲った。クラヴィレーニョは当初隊列を組んでいたが、すぐに戦いは熱狂的な乱闘へと変わった。剣が槍に激突し、歯と鉤爪が呪文を引き裂き、変身した者たちは馳走を食らっては人間をアクロゾズへと連れ帰った。ヴィトが先程攻撃した相手は、破れたポンチョをまとう大柄な吸血鬼に装具を引き裂かれて乗騎から引きずり降ろされ、その運命に屈した。悲鳴が闇の中へと消え、ヴィトは次なる標的へと移動した。

 クラヴィレーニョは飛行しながら、両端に刃のついた杖を振るう太陽帝国の兵士と剣を交えていた。相手の武器がクラヴィレーニョの兜を叩き落とし、吸血鬼はその喉を切り裂くと思われた次の斬撃をかろうじて避けた。代わりにそれは彼の片耳の半分を切り落とした。クラヴィレーニョは痛みを感じなかったのか、それとも単に気にしなかったのか、更に猛烈な攻撃を再開した。

 ヴィトがその戦いに介入するよりも早く、盾と幅広の長剣で武装した別の戦士が降下してきた。あの紹介の時に川守りたちと共にいた戦士だとヴィトは覚えていた。インティ、太陽の執事長。アクロゾズはこの太陽の光を消し去った。この男がここで最期を迎えるとは何と相応しいことだろうか。

「アクロゾズの力と栄光のために!」ヴィトは吼え、邪魔者へと飛びかかった。

 インティの盾がヴィトの槍を弾き飛ばし、剣がヴィトの首めがけて切りつけられた。ヴィトは宙で後退し、その一撃は何もない空気に無益な音を立てた。再びの突きは再び跳ね返された。太陽と影、炎の煙、両者は宙に旋回しながら睨み合った。インティは盾を動かしてベルトから光を放ち、ヴィトの目を一瞬だけくらませた。彼は息を鳴らして後ずさった。

「三相の太陽の光は嫌いかな、吸血鬼さん?」インティは挑発し、切りつけを連打して一時的にではあるが優位に立った。だがクラヴィレーニョが音もなく近づいていることに彼は気付いていなかった。

 ヴィトは長くなった牙をむき出しにした。「我が神は貴様らの神よりも素晴らしいものを与えて下さったのだ、弱き者よ」

「それは何だ?」インティは尋ねた。

「空を舞う力だ」ヴィトは強力な一撃で槍を突き下ろした――インティの乗騎の頭蓋へとまっすぐに。コウモリは身を震わせた後に力を失い、インティを鞍に縛り付けたまま落下しはじめた。

 その戦士は乗騎と自身を繋ぐ留め金を外そうと奮闘したが、そのため無防備となった。クラヴィレーニョが背後に回り、巨大な鉤爪でインティの頭部を掴んだ。

「アクロゾズに栄光あれ」ヴィトが言った。クラヴィレーニョがインティの首を折ると、人とコウモリは共に闇へと落ちていった。

「インティ!」近くで悲鳴があがった。死した仲間を追いかけ、あの戦場詩人が乗騎を駆った。

 ヴィトはそれを追った。あの娘もまた、極上の贄となるだろう。

(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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