MAGIC STORY

イクサラン:失われし洞窟

EPISODE 04

メインストーリー第4話

Valerie Valdes
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2023年10月21日

 

クイント

 広い部屋の中、太陽帝国の探検家たちは、旅を生き延びた恐竜たちとともに大形成師パショーナを待っていた。ファートリがパントラザに干し肉の細片を与えると、巨大なラプトルは貪欲にそれを飲み込んだ。一方でインティは鎧や武器の手入れを監督していた。カパロクティとウェイタは棒を持ち、うめき声を上げつつ複雑な足どりで戦闘の組み手を行っていた。

 クイントはアブエロの霊が宿っていたポンチョを調べながら、先程ウェイタと話し合った内容について考え込んでいた。自分の知識や経験からここまで離れた考古学的発掘現場で働いたことはなく、訓練を受けていたにもかかわらず準備不足だと感じていた。ストリクスヘイヴンに収められている歴史書は、その一体どれほどが、記している文化の持ち主によって書かれたのだろう? 自分自身、ロクソドンの記述について苛立ったことはなかっただろうか? 失われたザンタファーの都を見つけた時、自分は中立性が確保できないため現場で働くことを許可するべきではないという主張を数人の考古学者から受けた。ありがたいことにその意見は却下されたが、そこには緊張があった。

 そして今、息をのむような発見に次々と遭遇し、ウェイタの言う通りなのではとクイントは感じていた。どの物語も、語るべきは自分ではない。とはいえコインの帝国の痕跡がもっと見つかるかも――

 ニカンチルが部屋に戻ってくると、全員がその活動を止めた。

「協議が始まる。ついて来てくれ」

 荷物を背負い、武器を収め、すぐに太陽帝国の部隊はその建物の頂上を目指して果てしない階段を上りはじめた。そして最初に辿り着いた時に岸から見えていた巨大な黄金の扉の前に出た。クイントはそれを調べたかったが、不意に仲間たちの間に走った緊張が彼を止めた。

「吸血鬼」ウェイタが吐き捨てるように言った。他の戦士たちも彼女と同じ不快感を示し、武器に手をかける者もいた。

 吸血鬼? トレゾンから来た薄暮の軍団に違いない。サヒーリが言っていた。

 年老いたマーフォークがひとり、部屋の反対側から入ってきた。緑色の肌には茶色がかった桃色の斑点があり、ヒレは桃色でマントのように身体の背後に広げられていた。彼女は多くの川守りと同じように翡翠の鎧をまとい、だが目に見える武器は持っていなかった――魔法の使い手なのかもしれない。

「大形成師、パショーナ様」ファートリが深く頭を下げた。「お目にかかれて光栄にございます」

「戦場詩人さん」形成師パショーナは言い、会釈するように頭を下げた。クイントが驚いたことに、続いてパショーナは彼を見つめた。「見慣れない方ですね。あなたは?」

「クイントリウス・カンドといいます」彼は恭しく鼻で自身の額に触れた。「私はロクソドンという種族、そして考古学者です。アルケヴィオスから来ました――イクサランから遥か遠い場所です」

「何故ここに来たのですか?」形成師が尋ねた。

「太陽帝国の調査を手助けするためです。とはいえ、私自身も知識を探求しています」

「その知識をもって、何をするおつもりですか?」

 この人は心を読めるのだろうか、そうクイントは訝しんだ。彼はウェイタを一瞥し、そして返答した。「まだ、わかりません。悪しきものではありません」

 形成師パショーナはファートリへと注意を移した。「そしてあなた、戦場詩人さん。あなたがたの民は? いかなる意図で来られたのですか?」

 ファートリは巨大な扉を示した。「この門を探してやって来ました。私たちはこれが――」そこで彼女は疑念の視線を吸血鬼たちに向けた。「太陽帝国の歴史にとって重要な場所に通じていると信じております」

 形成師パショーナはファートリの視線を追い、軍団の者たちへと尋ねた。「あなたがたを導く者は?」

 槍をたずさえ、鎧をまとう吸血鬼が踏み出た。「我らの目的はお前たちには何も関係ない。すぐに我らを解放して頂こう」

 インティは既に背筋を伸ばして肩を怒らせており、普段の倍も大柄に見えた。「この侵略者どもは収監してしかるべきです」彼はそう言った。

「あるいは殺すか」カパロクティが付け加えた。

 クイントが驚いたことに、ファートリまでも同意に頷いた。こんなにも残忍な彼女を見るのは初めてだった。

「あなたがた全員が侵略者です」形成師パショーナは言った。「あなたがたを助けたのは、その目的を把握するため。ですがあなたがたを海に投げ、霊にその運命を決定させることもできるのですよ」

「我らの神聖なる任務を止めることは叶わぬ」吸血鬼の長が強気に言った。

「もし僕らを殺すなら」インティが言った。「それは太陽帝国全体への宣戦布告を意味しますよ」

 別の吸血鬼が進み出た。優雅な衣服をまとい、ベルトからは鞭が吊るされていた。「トレゾンも同じく。ミラルダ女王は大いに立腹されるでしょう」

 ニカンチルがヒレを揺らした。「お前たちの民が私たちを見つけられるとでも?」

 武器に手が伸ばされ、魔法の鋭い匂いが大気に満ちた。クイントは防御の印の映像を心の中に固めた。

「やめなさい!」ファートリが一喝した。「形成師様。皆様も私たちも、この扉を開けたがっています。協力できるのではありませんか」

 形成師パショーナは首を傾げた。「どのような力を貸して頂けるのですか?」

 ファートリは微笑んだ。「扉の記述を解読することができます。オラーズカで発見したものと近いのであれば、速やかに開くことができるでしょう」

「思い出したぞ、黄金都市の時はお前たちに裏切られたのだったな」ニカンチルが呟いた。

「だったらこっちも言いますよ」インティが答えた。「不滅の太陽は自分たちのものだ、なんて最初に言ったのは川守りだったと」

「一度も過ちを犯すことなく死んだ者は存在しません」ファートリは如才なく言った。「私たちは皆、故郷を守るためにファイレクシア人と戦いました。共通の敵が打ち負かされた今、私たち同士で戦うこともできます。ですがこの機会を、かつてない長さで続く平和を築くために用いることもできます」

 クイントが驚いたことに、二人目の吸血鬼が再び口を開いた。「ミラルダ女王も交渉に応じるかもしれません。我らが発見するもの次第ですが」

「口を慎め、バルトロメ」もうひとりの吸血鬼が叱りつけた。「言ったはずだ――」

「宜しいでしょう」形成師パショーナがそう言うと吸血鬼たちは黙った。「戦場詩人さん、進めて頂けますか」

 ファートリは一緒に来るようクイントに合図し、ふたりは共に扉を調べにかかった。取り外せる板はなく、絵文字もわすかに異なっているように見えた。扉の隣には、さまざまな大きさに仕切られた層状の箱がひとつ壁に埋め込まれていたが、その目的は彼にはわからなかった。

「この言葉は他の扉と同じではありません」ファートリは眉をひそめた。「思ったよりも長くかかるかも」彼女は唇をわずかに動かしながら絵文字を熟読した。様々な勢力の人々は居心地悪そうに身体を動かした。パントラザは柔らかな鳴き声をあげて座り、羽繕いをはじめた。

 クイントは巻物から助けになる呪文を探そうとしたが、もっと役立つかもしれないものを思い出した。いや、もっと役立つかもしれない人物を。

「幽霊を召喚しようと思います」クイントは言った。「皆さん、慌てないで下さいね」

 ウェイタが鼻を鳴らし、クイントは彼女へと笑みを向けた。

 アブエロを呼び出す呪文を再び唱えるため、クイントは背負い袋からあのポンチョを取り出した。あの巨大な歩くキノコとの戦いでその霊が失われてしまっていないかと彼は一瞬だけ怖れた。だが布地は見慣れた桃色の輝きを今も帯びており、前と同じ緑色の姿が現れた。クイントは安堵した。

 ファートリは一歩下がった。「どなたですか?」

「アブエロさんです」クイントは答えた。「この人が扉の開け方を知っているといいのですが」

 アブエロは群衆を一瞥し、そして門を見上げた。「おお、マツァラントリに辿り着いたのか! 何と素晴らしい。中に入って帝王マイコイドのことをオルテカに警告しなければ」

「中に入るにはどうすれば良いのですか?」クイントが尋ねた。

「実に単純だ」アブエロは言い、そしてその表情が狼狽に歪んだ。「だが思い出せない」

 ファートリが扉の隣の箱を示した。「これは関係ありますか?」

「そうだ、その通りだ!」アブエロは喜びに声をあげた。「それがわかるとは素晴らしい」

 ファートリとクイントは困惑の視線を交わした。

「それをどうすれば良いのですか?」ファートリが穏やかに尋ねた。

 アブエロは顔をしかめた。「鍵がある。私は忘れてばかりだ。アブエラがキープの中に入れていた、私はいつも彼女と一緒に……」

「キープというのはこれですか?」クイントはそう尋ね、アブエロのポンチョと共に見つかった、結び目紐とビーズで飾られたベルト状の紐を取り出した。

「そうだ、それだ。それをくれ」彼は独り言を呟きながら驚くほど肉体的な手で紐をいじり、やがて求めるものを発見した。「これだ! 黄金の扉だ」

 クイントは近寄り、アブエロの残響が結び目とビーズに指を走らせる様を息を止めて見守った。

「横の引き出しを開けてくれるかね」アブエロはあの箱を示した。ファートリがその通りにすると、中には様々な色の磨かれた宝石が入っていた。

「これをどうすれば?」掌に宝石を乗せ、ファートリは尋ねた。

「緑のを右上と左下の隅に。黄色は他の隅と三つ上、三つ下、一つ上に」

 ファートリは言われた通りに宝石を配置した。アブエロは頷いて微笑んだ。

「最後に、コズミュームだ」彼はそう言った。

「桃色のものですか?」クイントが尋ねた。

「そうだ」アブエロは蝋燭の煙のようにちらつき、彼は離れた。「済まない。時々コズミュームは私のような残響に奇妙な影響をもたらすのでね」

 クイントは将来のためにその知識を刻み込んだ。「では、そのコズミュームをどこへ?」

 アブエロの姿が再びちらついた。その口は動いていたが、言葉は聞こえなかった。

 インティがうめいた。「あとちょっとなのに。どうすればいいんだ?」

 ファートリはその箱を見つめて考えこんだ。「わかるかも」

「わかるのですか?」クイントが尋ねた。「それは何なのですか?」

 ファートリは柔らかく笑った。「鍵です」そしてコズミュームのビーズを箱の中央、意匠化した蛇の形を描くように配置した。

 最後のビーズを置くや否や箱がかすかに輝きだし、桃色のきらめきが扉とその絵文字へと広がった。今や封が解けた門の隙間から光が差し込み、勢いよく開くとともに驚くほど冷たく新鮮な空気が流れ込んだ。

 クイントは駆け出して新たな発見のスリルを味わいたかったが、先導の役割はファートリに譲った。他の兵士たちが彼女を守るように両脇についた。彼らは十人以上が並べるほど幅広いトンネルに踏み入った。道は急な下り坂になっており、クイントは歩きながらも周囲のすべてが移動しているような、眩暈に似た感覚を覚えた。プレインズウォークする時のような。彼は下り続けた。坂は急だったが決して進めない程ではなく、やがてトンネルそのものと同じほどの直径をもつ、井戸のような石の輪に辿り着いた。ファートリはその端で立ち止まり、息をのんだ。他の者たちもすぐに彼女を取り囲み、見た。

「ありえない」ファートリが言った。

「こんなことが」インティが付け加えた。

「信じられん」カパロクティも呟いた。

 ウェイタは見える片目で、驚きの目でただ見つめていた。

 雲が点在する円形の空、その前に彼らは立っていた。あの扉は地表に通じていたのだろうか? いや、自分たちは地の底深くにいた。そしてトンネルは下り坂になっていた。

 空の端に幾つもの影が現れた。人が、井戸の端から顔を出し、ファートリたちを――見下ろしていた。

「アニム・パカル様に伝えろ」その中の一人が言った。その声色は衝撃というより懸念を帯びていた。「何者かが封を解いたと」

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アート:Piotr Dura

マルコム

 昇降機の綱を切断したため、マルコムはひとつの階層から次の階層へと飛び降りて行かねばならなかった。ブリーチェスは時々マルコムに運ばれ、そうでない時は手足と尻尾を駆使してでこぼこの壁を這い下った。疲れた時はすぐに休憩をとった。ふたりが肩に取り付けたランプとともに、不気味な緑色のキノコの輝きが辺りを照らしていた。仲間を変質させた胞子を吸い込まないよう、ふたりとも粗雑なマスクで顔を覆ったまま進んだ。

 そしてふたりはようやくその昇降機を発見した。傷んではいるがほぼそのままで、陥没泉の壁面に不気味な舞台のように広がったキノコに鎮座していた。屍はなく、木製の乗降台の上には感染者が吐いたとおぼしき黒い液体が飛び散っていたが、痕跡はそれだけだった。

 そしてここまで下っても、まだ底は見えなかった。

 マルコムは時間の感覚を失っていた。数分が数時間にも感じられた。遥か頭上のどこかでは太陽が昇っては沈む。この闇の中では、疲労と空腹と渇きが日常的習慣の欠如を伝えていた。

 下方のかすかな光が徐々に明るくなり、ついにふたりは果てしなく続くように思われた下降の終点に到着した。周囲の光が薄れていく中、左に伸びるトンネルが明るさを増した。まるで導いているように――あるいは駆り立てるように。

 ブリーチェスが低くうめいた。「よくないキノコ」

「全くだ」マルコムは頷いた。

 ふたりは光を追って荒削りのトンネルを進んだが、それは自然にできたというよりはあまりにも均整がとれていて意図的だった。奥へ踏み入るほどにマルコムの恐怖は膨れ上がっていった。これが罠だったとしたら、果たして逃げられるのだろうか? 空は遥か頭上、海も遥か彼方……

 トンネルが開け、街ひとつがそっくり入るほど巨大な洞窟が現れた。天井はマルコムが快適に、ぶつからずに飛べそうなほど高かった。息をのむほど美しい菌類の森が目の前に広がっており、その中には崩れつつある遺跡が点在していた。樹木ほども背の高いキノコの間には生物発光を放つ胞子がホタルのように浮遊し、キノコの傘や茎は海の泡のような薄い青緑色からほぼ黒色まで、ありとあらゆる緑色を帯びていた。マルコムとブリーチェスが進むと、まるで匂いをかいでいるかのようにキノコの襞が波打った。

 かすかな物音が、ここにいるのは自分たちだけではないと示していた。引きずるような足音、地面に身体をこする音、時折の呟き声。下の町の生き残りだろうか? けれどもし全員が感染していたら? 恐怖にマルコムは胃袋がよじれる思いだった。

 ふたりは開けた場所に辿り着いた。地面は仲間たちの皮膚に現れたあの模様に似た、繋がった同心円に覆われていた。マルコムは立ち止まり、蜘蛛の巣の糸にも似たその線を踏まないよう警戒した。ハエのように捕まりたくはなかった。

 人々の雑多な集団が森から現れた。彼らはこの調査を開始するきっかけとなったあの屍のように菌類で覆われており、当初マルコムは認識できなかった。何人かの横には手足をもつ、歩くキノコが立っていた。まるで悪夢じみた子供の人形のように。

 人間のひとりが踏み出した。その動きは仰々しく、両目は丸く小さなキノコに置き換わっていた。ザビエル・サル、下の町の町長。その男が口を開くや否や、生存者を発見するというマルコムの希望は消え去った。

「この地へようこそ、我々は歓迎しよう」ザビエルの言葉は抑揚がなかった。

「『我々』って?」マルコムは尋ねた。

「我々は帝王マイコイド」ザビエルが身振りで背後を示すと、不意にひとつの巨大な人影が数十体もの輝く菌類に照らされた。

 帝王マイコイドは、地面から天井まで根のように伸びる糸でできた円形の網の中にぶら下がっていた。ヒキガエルに似た幅広の身体は緑色で、紫がかった斑点に覆われ、首には襟飾りのようなエラがあった。背中には巨大なキノコが、頭部にはそれよりも小さなものが幾つも生えており、脚はないものの二本の太い腕の先端は物騒な鉤爪となっていた。大きく開かれた口に唇はなく、棘のような歯がずらりと並んでいた。その上でビーズのような目が緑色に輝き、悪意のある興味とともにマルコムとブリーチェスを見つめた。

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アート:Chase Stone

「我々はお前を知っている、マルコム・リー」ザビエルが言った。「お前の探求もそうだが、かつてのお前の仲間のおかげでな」

「そいつらはここにいるのか?」返答に恐怖しながらも、マルコムは尋ねた。

「いるとも」ザビエルが答えた。「我々のコロニーに組み込まれてな。下の町とお前が呼ぶ場所に住んでいた者たちと共に」

 マルコムはすくみ上った。「組み込まれて、って何に……」

「我々はひとつ」すべての人間が、不気味な調和で言った。

 菌類によって倒され、打ちから幹が腐った木々をマルコムは見ていた。仲間たちに起こったこと。戦ったあの恐竜。そして今目の前にあるものを見て、彼らも同じ運命をたどったのだとしかマルコムは思えなかった。

 彼はザビエルからその背後、菌類の光に縁取られた帝王マイコイドへと視線を移した。「そっちの望みは何だ?」そしてそう尋ねた。「宝石か? 金か? 食べ物か?」

 帝王マイコイドは静かに笑うように、胞子の雲を吐き出した。操り手の動きを反映し、ザビエルの口元が大きく歪んだ。

「すべてだ」


アマリア

 アマリアを何週間も冷笑していた黄金の扉が、目の前で開いていた。彼女は興奮を禁じえなかったが、一方であの幻視が現実であったことに大いに動揺した。ケランを連れて彼女は大勢の人々を追ってトンネルを通り、同じく幻視で目にしていた驚くべき場所に出た。

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アート:Piotr Dura

 門を通り抜けると、広大な眺望が彼女の前に、上に、そして周囲に広がった。鮮やかな草原が彼方まで伸び、毛皮に覆われて首の長い見慣れぬ生物が歩き回り、空には鳥が単独で、あるいは群れで飛び交っていた。だがその大地は地平線で終わるのではなく、上方へと湾曲していた。巨大な球体の内側にいるような、居心地の悪い感覚があった。

 そのすべての中央に、奇妙な太陽が浮いていた。あまりに近く、自分が飛べたなら手が届くかもしれないとアマリアは思った。それはこの地の半分を照らし、もう半分はその太陽の周囲に回転する金属片によって影がかかっていた。もっと細かい金属片の尾が伸びており、かすかな桃色に輝いていた。これもまた、アマリアは見ていた。この先にどのような場所を見せられるのかと考え、彼女は身震いをした。

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アート:Adam Paquette

「ほんとに信じられません」ケランが言った。「皆さんはこれを見つけようとしてたんですか?」

 アマリアは無力に肩をすくめた。「私はわかりません。ここに来たのは初めてですので」

 彼女たちの左側には数階建てのピラミッドが座しており、その頂上には太陽帝国のそれに似た棘付の円盤が掲げられていた。もっと背の低い建物がその周囲に散らばっており、人々がその中から次々と現れた。彼らはあの考古学者がアブエロと呼んだ霊と同じく、ポンチョとキープをまとっていた。そして桃色をした刃の武器と魔法の杖を振り回し、空中に波紋を送り出した。彼らの間をもっと小型の生物が歩き回っていており、それらの身体は様々な種類の金属を組み合わせて作られていた。すべて目はひとつで、赤から緑や紫、あるいは他の色に輝いていた。浮遊する霊も彼らに加わった。あるものは認識できる特徴を備えた人型、またあるものはもっと動物に似ており、あるいは青緑色の霧が半ば形を成す程度のものだった。

 アマリアは目を細くして奇妙な太陽を見つめた。その周囲には黒い点が鳥のように浮いていた。幾つかが矢のような隊列を作り、近づいてきた。戦士たち。彼らは太陽帝国の飛行恐竜のそれによく似た鎧をまとう、巨大なコウモリの背に騎乗していた。

 そのコウモリの何かがアマリアを震えさせ、それに反応するかのようにあの幻視から声が再び聞こえた。

『我がもとへ来たれ……』

 今やその声は大きく、力強かった。アマリアはヴィトを一瞥した。彼は狂信的な笑みに唇を歪めながら視線を空へと向けた。

 バルトロメがアマリアの腕に触れ、彼女はひるんだ。「大丈夫ですかな?」彼は尋ねた。

「圧倒されただけです」この旅ほど、これまでの人生で多くの嘘をついたことはなかった。

 近づいてくるコウモリ乗りたちに気付き、ケランが口笛を吹いた。「何が起こってるのか、僕には全然わからないんですけど」

 アマリアは内気な笑みを浮かべた。「大丈夫ですよ。きっとすぐにわかりますから」

「あの人たちにまた流砂に投げ込まれなければいいんですけど」ケランは言った。「でもこれは前進だって考えるべきなのかな」

 コウモリ乗りのひとりが着地し、バルトロメはその女性の周囲に集まる群衆へと近づいた。何が起こっているのかを知りたく思い、ケランを連れてアマリアもそれに続いた。

 その女性は王冠のような環で黒髪をまとめ、キープとベルトは武器に使われているものと同じ桃色の石で飾られていた。子供のように、あの不思議な機械生物の一体が彼女に続いた。

「私の名はアニム・パカル。千の月を率いている。お前たちは何者だ、そしてマツァラントリの封をいかにして解いた?」

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アート:Chris Rahn

 霊のアブエロが漂うように進み出た。「私が力を貸しました。あの扉が封じられた時、私は鍵を授けられました。帝王マイコイドが打倒された暁には帰還できることを願ってのことです」

 アニムはアブエロへと頭を下げた。「尊き残響よ、貴方を歓迎しよう。つまりトピジエロは今や安全だということか?」

 アブエロはかぶりを振った。「いえ。ですがオテクランと中心核も同じく危険です。帝王マイコイドは弱まるどころか力を強めております。孤立させて打ち破るという作戦は失敗です」

「ならば何故扉を開いた?」アニムは尋ねた。「私たちに破滅をもたらすのだぞ」

「破滅は眠っている間に忍び寄ります」アブエロはそっけない仕草で返答した。「ですが、これで備えることができます」

「千の月は眠らぬ」アニムはそう言った。「この駐留地は祖先の時代にマツァラントリの扉が封じられて以来、それを守ってきた。封じたままであるべきであり、お前たちが開きさえしなければ私たちは安全だったはずなのだ」

 あの戦場詩人が今や前に出て、恭しく頭を下げた。「私たちはやがてここに至る道を見つけていたでしょう――扉をくぐるのでなければ何か別の方法で。私の国の人々は大地深くまで採掘を行っています。他の所でも」

「その者の言う通りにございます」ヴィトの睨みつけを無視し、バルトロメが言った。「鉱山採掘のため、鉄面連合は独力で町ひとつを地中に作っております」

 更には形成師パショーナが付け加えた。「我々は扉の先に源泉があると信じていました。我々も同じく、その封を解くために全力を尽くしてきました。無知であることは一定の安全策となります。ですが一方で悪しき選択の原因にもなりうるのです」

 今や、アマリアもそれはよくわかっていた。この旅が自分にとってどんな意味を持つかを知っていたなら、家に留まっていたかもしれない。いや、そんな仮定に価値はない。とても多くの物事を学べたのだし、自分が作った地図をトレゾンに持ち帰ることができたなら、国の人々に大きな利益をもたらすだろう。

 アニムはふてぶてしく顎を上げて辺りの人々を見渡し、そしてあの戦場詩人に視線を据えた。「お前たちはコモンか?」

「私たちは太陽帝国の者です」その女性が言い、仲間たちと恐竜を示した。「私はファートリといいます。コモンとは何ですか?」

「私よりも説教者の方が詳しいことが話せるだろう。コモンとは我々の祖先のうち、中心核を去ってトピジエロの探索に向かった者たちだ。扉が閉じられるまでは定期的な交流があった。だがそれ以来、彼らの姿を見てはいない」

 ロクソドンが――クイントリウスが――丁寧に咳払いをした。「そのコモンの人たちは地表に辿り着いたのではありませんか? それなら太陽帝国とその、皆さんが用いている絵文字が似ていることの説明がつきます。皆さんがあの扉を創造したのであれば」

 その割り込みから、クイントリウスを含めた太陽帝国の全員の徹底的な紹介が始まり、そして川守りたちへと続いた。アマリアは苦労して注意を払いつつ、その議論の意味を考えた。太陽帝国がこの人々の子孫であるなら、一体何が次元の中にこんな場所を作ったのだろうか? 自分の同胞もかつてはここの野原や丘を歩き、コウモリに乗って空を飛んだのかもしれない。だとすれば、神を探し求めてここに辿り着いたという事実に納得がいく。

 アニムは更なる数で近づきつつあるコウモリ乗りたちを見上げた。「お前たちの到着をオテクランに伝えた。間もなくアカル・パカル様が到着し、遠い昔に離れ離れになった親類たちを歓迎するだろう。お前たちが本当にそうなのであれば」

 インティと呼ばれた男が頭を下げて言った。「皆様からの厚遇に報いるため、我々の力を提供致しましょう。是非とも交流し、絆を深めたいと思っております」

 ファートリの表情に何か暗いものがよぎった。だが彼女が何かを言うよりも早く、アニムがヴィトに近寄った。彼はクラヴィレーニョの隣で硬直したように立っていた。

「お前たちについてまだ聞いていなかったな」アニムが言った。「見落としていて済まなかった」

 ヴィトは冷ややかに頭を下げたが何も言わなかった。

 バルトロメがまたも仲裁した。「我々は女王湾会社から参りました、慎ましい探索者でございます」彼は丁寧に頭を下げてそう言った。

「そいつらは吸血鬼だ!」太陽帝国の兵士が叫んだ。

 アニム・パカルの表情がすぐさま変わった。その指の間に魔力が走って腕を駆け上り、彼女とヴィトとの間に輝く盾が現れた。オルテカは軍団の者たちを取り囲み、武器が抜かれ、更なる魔力が大気に走った。

「大逆者を崇拝する者どもを歓迎はできぬ」アニムは冷ややかに言った。「捕えよ」

「また!?」ケランがうめいた。アマリアも同感だった。とはいえマラメトとの戦いが向こう見ずな行動だったとしたら、オルテカを相手にするのは自殺行為といえた。

 ヴィトは反論しようとしたが、両目をぎらつかせてクラヴィレーニョの腕を掴んだ。「すべてはかの御方の意志のもと」彼はそう言った。

 アマリアはひるみ、アクロゾズの耳障りな囁き声を再び心に身構えた。だが何も聞こえなかった。それはありがたいことだったかもしれない。

 吸血鬼たちの上にコウモリ乗りの影が落ちた。殻に包まれた奇妙な太陽の光から離れ、彼らは駐留地の奥へと連行されていった。


ウェイタ

 太陽帝国の派遣団は駐留地内の食堂に座し、美味な現地の料理を楽しんでいた。行動食で何日も耐えきた後とあって、ウェイタも望むまま食べた。次の食事をいつ摂れるかわからないのだ――我慢など愚か者のすることだった。

 オルテカのひとりがファートリへと近づいた。「執政が到着しました。千番目の月の命により、皆様を案内致します」

「ありがとうございます」ファートリはそう言い、食べかけをパントラザに投げ与えると扉へ向かった。

 インティとカパロクティが彼女のそれぞれ脇に、他の戦士たちは背後についた。ウェイタはクイントが沢山あるポケットの一つに果物を詰め終わるのを待ち、彼を連れて出た。

 オルテカの執政、アカル・パカルは屋根に太陽の紋が飾られた鮮やかな塗装の建物で彼女たちを待っていた。その女性は儀式ばったローブを何枚も重ねてまとい、そこには青や緑や金色の複雑な幾何学模様が施されていた。黄金の大きな円盤を連ねて首から下げ、絵文字がびっしりと刻まれた背の高い頭飾りを冠のようにかぶっていた。そんな重そうなものを頭に載せて運ぶのをウェイタは想像できなかったが、自分も兜や鎧を厄介には思わない。それと大差ないのだろう。

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アート:Ryan Pancoast

「よく参られた」アカル執政の声は温かく、年老いてしわがれていた。「其方らについては我が妹、アニムから幾らか聞いておる。是非とも更なる話を聞きたいものだ。だがまずはこの件について話さねばなるまい。其方らの中にあの血呑みの者どもがいた理由を」

「彼らは仲間などではありません」ファートリが言った。「私たちは以前、あの者たちと戦っていました。ですがイクサランがファイレクシア人の――別の次元からの侵攻を受けた際には、侵略者との戦いの方が優先されました。あまりにも多くの暴力が猛威を振るいました。それを経て、私は平和的な前進を望んでいます。再建に向け、皆様から提供していただけるあらゆる援助を歓迎致します」

「あるいは」インティが割って入った。「あの吸血鬼たちを追い払う力を貸して頂けるでしょうか」

「インティ、それは話し合ったでしょう」ファートリの声色は優しく、だがそこには憤慨もあった。

「皇帝もその件について我々と話し合った」カパロクティが付け加えた。「トレゾンはあの侵略と内紛で弱っている。吸血鬼の支配に対抗する生者はこれまでになく勢いづいている。鉄面連合が儲かれば薄暮の軍団は困る。そして西海岸沖のオークどもは決して友好的ではない。今こそ攻撃の時なのだ」

「力を合わせて私たちの土地を守り、失われたものを再建する方が良いでしょう」ファートリが言った。「異国の岸で死ぬよりも」

「死がこっちに向かってくる前に、有利なうちに押す方がいいよ」インティが言い返した。

 ウェイタはあの戦争の間、トカートリにて同じような話を何度となく耳にしていた。一か所に留まって防壁を築くか、それとも狙われないように動き続けるか? 退却して物資を節約するか、それとも前進して敵を追い払うか? 補給線の維持に回って即座に死ぬか、それとも補給線を捨てて飢えて死ぬか?ある上官は他よりも慎重だったが、またある上官はもっと栄光と力を欲していた。ウェイタが出会った後者は、物資が豊富で安全な地下壕から他の戦士の命というコインを費やすことに熱心だった。

 犠牲を払ったにもかかわらず、一般の兵士たちも戦後の余波に苦しんでいた。暴力によって権力を得た者がそれを諦めるのは難しく、無力な相手を搾取しては自身の影響力を増していく。自分は不満から鉄面連合に走り、今は太陽帝国へと戻ってきた。けれどイクサランの何処へ行こうとも、同じ悩みが追いかけてくるのではないだろうか。

 クイントを見ると、彼は少し離れてアブエロと熱心な議論を交わしていた。アブエロは身振り手振りを交えて話し、クイントは頷きながらメモをとっていた。

「アブエロさんをポンチョに繋ぎ留めましょう」クイントが言った。「呼び出すために使ったものです」

 アブエロは自分の衣服を見下ろした。「実に快適とは言えないが、ここまではっきりとした姿でいられるのは良いことだ。残響の中には小さな断片になってしまうものや、繋ぎ留められたことで怪物と化してしまうものもいるからな」

 ウェイタは思った――その人たちは、死して本当の姿を見せているのかもしれない。

「これにも残響が縛られているのですか?」クイントが尋ね、あの黄金の扉を開く助けとなったキープを差し出した。

 アブエロは透明な指をその糸に這わせた。「そう願うよ。これはアブエラのものだ」

「奥さんですか?」ウェイタが尋ねた。

「そうだ」アブエロは物悲しく微笑んだ。「どんなものでも成長させることができた。花に果物に……必要とあらば棘も。熱烈な女性だったよ」

 花。とあるありふれた戦いの後で、自分が詠んだ詩をウェイタは思い出した。

私たちは花を救えない
靴で泥の中に踏み荒らすだけ
そして種には血を与える
私たちの開いた傷に
死という黄金の花が咲くように
浅い墓穴から伸びていくように

 戦場詩人が詠む詩には遠く及ばない、ウェイタはそう思った。けれどかつてファートリが言ってくれた、詩とは正直な心であると。

 クイントは両手と鼻を用いてキープを伸ばし、見つめた。「奥さんを呼び寄せることができるかもしれません。アブエロさんと同じように」

「彼女も残響になっているかな。それとも単純に、もういないかもしれないが」

 クイントはわずかに耳を広げた。「確かめてみませんか?」

 ウェイタは風に舞う花弁のようにその場所を離れ、悲嘆を胸に抱きながら平穏な風景を見つめた。残響とは違う類の霊を幾つも彼女は連れていた。一瞥すると、執政と仲間たちは白熱した議論を続けていた。同盟を築くのだろうか? それとも皇帝が望む戦争に繋がるのだろうか? そうだとしたら、ウェイタは何の種を植えるのだろうか?


マルコム

 キノコに感染した下の町の住人たちがマルコムを取り囲んだ。彼らは動かず、呼吸すらしていなかった。まだ目をもつ者たちは彼を見据え、そうでない者たちは空の眼窩や白く丸いキノコを彼の方向に向けた。

 全員が死んでいだ。マルコムは彼らを救うことを、生存者をこの闇の深みから連れ帰ることを願っていた。だが今できるのは、情報を集めてそれを鉄面連合へと生きて持ち帰ることだった。

「お前がこいつらにこんなことをしたのか?」頭上の帝王マイコイドの巨体へとマルコムは尋ねた。

 町長の残骸が返答した。「お前たちは石を掘り、きらめく鉱脈を掘り、そしてお前たちのひとりが我々を見つけた。我々はお前たちをもっと知りたがった」

「じゃあなんで単純に尋ねなかったんだ?」

「加わることは尋ねること、そして知ること」

 マルコムの羽毛が波立った。「つまり殺すってことか」

 ザビエルは人間がそうするように首をかしげた。「我々は殺さない。我々は変える。我々は広まる。我々のひとりがいるところ、すべてがいる」

 陽光湾近くで見た死体の映像がマルコムの心に閃いた。この生物には死という概念がないのか、それとも、その……何かをする時には宿主を殺してしまうと理解していないのだろうか? そもそも何をしているのだろう? 精神を制御しているのか? 食らっているのか? 取り込んでいるのか?

「お前はどこから来たんだ?」マルコムはそう尋ねた。

「ここだ」ザビエルが答えた。「つねにいた。見つめ、育ってきた。オルテカとその神々が我々を拒むより前、奴らが中心核を歩く様を見た。コモン・ウィナクが都を築いた時、彼らの骨が土を肥やした時、我々はここにいた。マラメトや深淵のゴブリンと取り引きし、我々を見つけたあらゆる肉体から伝承を集めた」

 マルコムはその意味を全く理解できなかったが、印象的であると感じた。そして警戒すべきであると。だが交流という言葉は、彼が初めて聞いた有望な物事だった。

「もしかしたら、落としどころが見つかるかもしれない」マルコムは言った。「俺たちからそっちに提供できる、何か具体的なものはあるか?」

「オウゴンか?」ブリーチェスが尋ねた。「ホウセキか?」

 宙吊り生物の緑色が輝きを増した。

「我々が求めるのは……太陽だ」ザビエルが言った。

「太陽だ」感染した人々がそれを繰り返した。

「我々は長い間、チミルの光から拒まれてきた」ザビエルは続けた。「お前たちの上には別の太陽がある。それを手に入れる」

 単純に太陽を手にすることはできない。マルコムはそう思ったが、帝王マイコイドの発言が示唆するものを最大限に理解してそれを口には出さなかった。広がる速度によるが、もしこの生物が地上に辿り着いたなら、すぐに陽光湾は完全に飲み込まれてしまうだろう。あるいはイクサラン全土までも。

 失った黄金や宝石をブリーチェスは嘆き続けているが、そんなものはふたりにとって全く心配事ではなかった。マルコムは辺りに視線をやった。キノコの森、洞窟の高い天井、鍾乳石と石筍とそれを覆う発光性のカビ。ここに辿り着くまでにブリーチェスと共に通ってきたトンネルを、地表から下の町の陥没泉の底までの距離を彼は思い返した。

 自分とブリーチェスは、果たしてここを生きて脱出できるのだろうか?


アマリア

 オルテカは牢獄というものを持ってはいなかった。トレゾンのそれは、アマリアが聞いたことによれば、死と病気が蔓延する汚く湿った場所だという。バルトロメの問いに不承不承答えた衛兵によれば、一時的な留置部屋があるらしい。人々は罰として投獄されるわけではない――この概念はバルトロメを驚愕させたようだった。

 そうだとしても、軍団の吸血鬼と残された少数の従者たちは何もない部屋に閉じ込められ、武器は没収され、運命を待つのみとなった。バルトロメ、アマリア、ケランの三人は同じ部屋に入れられた。バルトロメは歩き回り、アマリアは床に座し、ケランは小さな窓の外を見つめては時に不安な面持ちで振り返っていた。アマリアの地図は取り上げられておらず、そのため彼女は血魔術を用いて近隣の地帯を地図に加えていった。

 隣の部屋でヴィトが声をあげていた。「我らの救済の時はまもなく訪れる。尊者タリアンの言葉が私をここに、我らの目的地へと導いた。まもなく我らは報われるであろう」

 押し殺した賛同の声が続いた。バルトロメは狼狽とともにかぶりを振り、手を背中で握りしめて前後に歩き続けた。

「その」ケランが静かに言った。「皆さんは吸血鬼なんですか?」

 バルトロメは立ち止まった。「君は吸血鬼について何を知っているのかね?」

 ケランは肩をすくめた。「罪のない人たちを殺してその血を飲む、かな。順序はともかく」

「私たちの教会は、そのようなことは説いていません」アマリアが言った。正当な怒りが彼女の内にうねった。「私たちが飲むのは罪人や悪人の血だけです。そして血の力で他者を助けるのです」

「誰が罪人かは誰が決めるんですか?」ケランは自分たちの部屋を示した。「今のところは、僕たちが罪人ですよ」

「正義は果たされます」アマリアはそう言ったが、彼女の信念は揺れ動いた。トレゾンの監獄に収監されている人々は無実なのかもしれない、そう考えたことなどなかった。教会は決してそのようなことを許さない。

 そうだろうか?

 ヴィトが吼えた。「我らの永遠の約束は、この扉の向こうで我らを待つアクロゾズによって血の洗礼を施され、聖別されたものである」

 バルトロメは溜息をついた。「我らの中には、教会が掲げる道徳に献身せぬ者もいる」

 彼はヴィトのことだけを言っているのではない、アマリアはそうわかっていた。ヴォーナ・デ・イエードや他の異端者についての噂を聞いたことがあった。けれど、バルトロメが言っているのではそういった者たちではない?

「魔法の入り口をくぐってここに来た、そう言っていましたよね」アマリアは話題を変えようと尋ねた。「どうして旅に出たのですか?」

 ケランは再び窓の外を見た。「僕、父さんを探しているんです」

「その者に何があったのだね?」バルトロメが尋ねた。

「わかりません」

「お父さんを見つけたらどうするつもりですか?」今度はアマリアが尋ねた。

「場合によるかな」ケランは物思いに沈んで行った。「実を言うと、会ったこともないんです」

「ならば、何故会いたいと思っているのだね?」バルトロメは興味深そうだった。

 ケランの茶色の瞳に黄金色の火花が閃いた。「僕自身についてもっと知りたいからです。僕は一体何者なのかを」

 その感情を、アマリアはとてもよく理解していた。

「私が思うに」バルトロメはケランの肩に手を置いて言った。「お父上を見つけられるかどうかに関わらず、探索行の終わりに君は君自身をとてもよく知るだろうね」

「そうかもしれませんね」ケランはくすりと笑った。「とりあえず、僕は救出されては捕まるのにもう飽きたってのはわかります」

 バルトロメが顎でアマリアを示した。「彼女の魔法を使えばいつでも脱出できる、だがどこへ向かうべきだろうか? ここは敵の只中であり、地表は遥か上だ」

 その通りだった。以前にそうしたように地図を書き換えればできる。けれどその次は?

「刮目せよ」ヴィトの声が届いた。「アクロゾズの力である!」

 窓から斜めに差し込む光が色あせるとともに弱くなり、代わりに霧の触手が一本現れた。アマリアは立ち上がって外を覗き見た。魔法の霧が建物を覆っており、それは隙間から手を差し出すと見えなくなるほどに濃かった。自分たちの術であり、戦闘においては頻繁に用いていた。けれどなぜ今?

 別の部屋で、押し殺した悲鳴が水っぽいうめき声とともに途切れた。請うような小さな声は重く不快な落下音で終わった。そして血の匂いが届き、アマリアは最悪の事態を怖れた。軍団の兵士たちはここへ降り始めてから十分な血を摂取しておらず、あの砂漠やマラメトとの戦いを経て人間の従僕たちは減っていた。通常の規則や伝統は、既に神の名において残虐行為を行おうという者までも拘束しないのかもしれない。

 ヴィトの声が再び静寂を満たした。「影の子らよ、私に続け。今や我らの力を取り戻す時」

 木材が裂ける音がヴィトの言葉を遮った。衛兵はどこに? 霧に飲み込まれたのだろうか? アマリアはケランを守るように前に出たが、少年はそれを嫌がるように彼女の隣へと動いた。バルトロメは両者と扉との間に立った。

「アマリア」バルトロメは言った。「もしも私に万が一のことがあったなら、君がミラルダ女王のもとへ戻るのだ。全てを伝えてくれ」彼は肩越しに振り返った。「約束して欲しい」

「必ず」アマリアの声がかすれた。

 扉が引きちぎられて投げ捨てられた。クラヴィレーニョがバルトロメを睨みつけ、そしてヴィトのために脇によけた。その鎧の前面には真紅の手形がつき、両目は燃えていた――宗教的熱狂かそれとも渇きか、アマリアにはわからなかった。

「アクロゾズは生贄を欲している」ヴィトは穏やかな口調で言ったが、血に染まった口回りと表情はとてもそうとは言えなかった。

「もう十分な生贄を捧げましたぞ」バルトロメが反論した。

「よそ者の血で構わぬだろう」ヴィトは続け、バルトロメからケランへと視線を移した。「その者をアクロゾズへと捧げる。神は我々に途方もない力を授け、この隠されし地に今ひとたび暗闇をもたらすだろう」

 バルトロメの視線がケランに閃き、そしてアマリアを見つめた。彼の表情が一変した。両目を見開き、きつく顎を食いしばった。

 逃げろ、彼はアマリアへと口の動きで伝えた。

 トレゾンは遥か遠く、そしてオルテカの戦士たちに取り囲まれている。けれどあるいは、この後なら、自分たちには共通の敵ができるかもしれない。

 アマリアは地図の上に羽ペンをかざした。一閃で、この部屋から逃げることができる。

 両手を鉤爪のように曲げ、牙をむき出しにしてバルトロメはヴィトへと跳躍した。ふたりは組み合って扉を塞ぎ、そのためクラヴィレーニョや兵士たちは乱入できなかった。

 アマリアの隣で、ケランはベルトから木製の柄を取り出した。黄金の光がそこから弾け、輝きゆらめく二本の剣が現れた。

 ヴィトは片腕でバルトロメの頭部を拘束し、ひねった。ぞっとするような粉砕音が小さな部屋に響いた。彼は死体を手放すとあからさまな軽蔑の視線で見つめた。

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アート:Marta Nael

 アマリアはすすり泣きをこらえ、震える手に力を込めた。彼女は羽ペンを下ろし、地図上の建物の端にそっと滑らせ、一本の線を消した。

 背後の壁が消えた。霧が流れ込み、部屋の中の全員を飲み込んだ。剣の輝きのおかげで、ケランの姿だけが視認できた。

「逃げますよ」アマリアはそう言い、ケランの腕を掴んだ。ふたりが逃げる中で剣の光は消え、薄闇の中に見えなくなっていった。聖騎士の番犬のように、恐怖がふたりのすぐ後を追いかけた。

(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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