MAGIC STORY

イクサラン:失われし洞窟

EPISODE 03

メインストーリー第3話

Valerie Valdes
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2023年10月21日

 

ウェイタ

 ロクソドンの考古学者と一緒に、地下の遺跡の中で幽霊を追いかけることになる――もし数日前にそんなことを誰かから聞かされたなら、治療師の所に行けと言っただろう。そして、ロクソドンとは何かと尋ねていただろう。

 その幽霊は――アブエロと名乗っていた――走るのではなく浮遊し、見えない風にポンチョをはためかせながら建物の間を急いだ。クイントは鼻を丸めて幽霊を追いかけ、ウェイタも周囲に危険がないかと注視しながら続いた。

 不幸にも彼女は最後尾にいた。つまり角を曲がった先、地下河川のほとりに待ち受けていたものを最後に見ることになった。

「タイタンだ!」アブエロが叫び、紫がかった桃色のエネルギーが渦巻いてその姿が消えた。ウェイタは急停止し、クイントの背中に激突しかけた。

 前方に、ウェイタの優に倍はある巨体がそびえ立っていた。動いていなかったら、壁に生えた菌類の一部だと見間違えたかもしれない。その頭部は巨大な層状のキノコで、密林の木々に生えているものに似ていた。肩と胸は小さく丸いアミガサタケの塊だった。巨大な手の甲から上腕にかけて、ぎざぎざでキチン質の棘が並んでいた。

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アート:Domenico Cava

 聞こえるというよりも目に見えるような、低く耳障りな音がウェイタの腕の毛を逆立てた。彼女とクイントが呆然と見つめることしかできない中、その生物はふたりへと向かってきた。

「戻ってください」ウェイタはクイントに言った。彼女は剣を振り回して怪物の注意を引き、クイントから離れて迂回するように急流へと近づいていった。ティロナーリよ、敵を打ち倒したまえ――そう祈りながら。

 そのタイタンは崩れかけた壁の半分を掴み、ウェイタへと放り投げた。彼女は踊るように横にかわし、巨大な石の塊が風とともに通過して轟音とともに彼女の背後に墜落した。その衝撃に小石や破片が飛び散り、ウェイタの鎧に音を立てるとともに素肌を切り裂いた。

 咆哮をあげてタイタンは彼女へと突進し、後ろ脚で立ち上がった。ウェイタは身をかがめ、木の幹のような巨大な腕の下を駆けた。彼女はうずくまってそのふくらはぎを切りつけ、そして飛び跳ねて立ち上がった。相手が人間であれば動けなくなっていただろう、だがそのタイタンは意に介さなかった。それは向きを変えて再び腕を振るい、再びウェイタは脚の間に滑り込むと背中に向かって駆けた。彼女は剣で切りつけ、繊維質の塊を切り落としたが効果はなかった。ラクウショウの木と戦っているようなものかもしれない。

 一本の槍がタイタンの胸に突き刺さった。ファートリにインティ、カパロクティ、そして他の戦士たちはウェイタが戦っている間に到着しており、彼らは一斉に声をあげて襲いかかった。その生き物を取り囲み、嘲り、突き刺し、切りつけ、キノコとキチン質の樹皮が地面に散らばった。恐竜の群れは安全のために遠ざけられていたが、パントラザはタイタンへと跳びかかり、足の鋭い爪でひっかき、相手の背中に長い傷を残した。

 戦いが長引く中、ウェイタの筋肉が疲労に悲鳴をあげ、肺の中で息が焼けつくように熱くなった。彼女たちの攻撃はどれもタイタンの勢いを全く緩めることはなく、相手は痛みを感じた様子もなかった。それは戦士たちの槍を払いのけ、巨大な手で彼らの剣を掴んで持ち主ごと廃墟へと放り投げた。タイタンの傷口からは黒い液体が滲み出てねばつく糸と化し、より合わさって固まり、そして新たなキノコが弾け出た。それは胸に刺さった槍を引き抜いて戦士のひとりへと振るった。武器そのものは外れたが、棘だらけのタイタンの腕がステゴザウルスの尻尾のようにその戦士を叩きつけ、壁へと突き飛ばした。戦士は崩れ落ちて動かなくなった。タイタンの口からも黒い液体が湧き出し、近くの戦士へと吐きかけられた。タール状のような物質が鎧を食い破り、その戦士は悲鳴を上げた。ウェイタは助けようと側に駆け寄ったが、肉の残骸から血まみれの骨が見えて手遅れだと悟った。

 死者の霊へと祈ることは後でもできる。今は戦うことだ。

「もっと来ます!」クイントが叫び、都の奥深くを指さした。

 近くの川にかかる崩れかけた橋を渡り、無人の道を這い、半ば崩れた壁をよじ登り、十数匹の新たな生物が彼女たちを取り囲んだ。あのタイタンを小さくしたような姿で、様々な形状や大きさやのキノコでできていた。中には粗末な武器で武装している個体もいた。恐らくこの誰もいない場所の、沢山の屍から拾ったのだろう。

 太陽帝国の戦士たちは今や数で圧倒され、挟み撃ちにされていた。武器を持たない一体が自身の身体からキノコを引き抜き、ある戦士の足元へと投げつけた。キノコは不気味な緑色に輝き、爆発するような勢いで分厚い黒カビと化し、その男の靴を包み込んだかと思うと両脚へと広がっていった。彼はよろめき、そしてカビがその口の中へと殺到した。

 ひとつの確信にウェイタの心臓が締め付けられた。自分がここで倒れたなら、三相の太陽を二度と見ることはできないだろう。

 だがその時、戦況が変わった。

 地下河川から波が押し寄せ、キノコの生物を二体押し流した。一瞬の後、数人の川守りが翡翠の槍や剣と魔法で戦いに加わった。

「この戦いは負けだ」川守りのひとりが言った。「私たちと共に安全な所へ」

 ウェイタは躊躇した。あの戦争の前のオラーズカでの出来事以来、太陽帝国と川守りの関係は緊張しており、敵対的とすら言えた。彼らを信用していいのだろうか?

 それでも、信頼はどこかから始める必要がある。それがここでもいいだろう。

 ウェイタがクイントを探すと、彼は近くの壁の背後で呪文を紡いでいた。まるで霊が操っているかのように古代の武器が地面から浮かび上がり、空中を回転してキノコの生物の首に突き立てられた。

「クイントさん、撤退です!」ウェイタは叫んだ。クイントはただちに従い、ウェイタは川への道を切り開いた。

 川守りのひとりが気付き、ウェイタの手を掴んだ。そして彼女の顔の周囲で指を回しながら呪文を唱えた。不意に空気の味が変化し、濃い湿気を帯びた。虹色の光沢がウェイタを覆った。まるで自分の身体に合わせて形作られた泡に包まれたかのような。彼女は片腕を突き出したが、違和感はなかった。

「近道だよ、お嬢さん」そのマーフォークが言い、彼女を川に突き落とした。

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アート:David Astruga

マルコム

 ケーブルを軋ませ、木製の支柱を揺らしながら、昇降機は陥没泉の深みへと下っていった。負傷した仲間たちの姿を視界の端にとらえ、マルコムの内に冷たい恐怖が膨れつつあった。ブリーチェスは、そしてあのおぞましい恐竜がいた洞窟を探検しなかった者たちは無事のように見えた。だが他は……大丈夫ではなかった。

 彼らの傷には黒い跡が、露出した皮膚には円と線の繊細な模様が広がっていた。更に悪いことに、それらは不気味な緑色の輝きを放ちはじめていた。通常であれば不平を言って休息を求める海賊たちは、痛みや不快感を訴えはしなかった。代わりに彼らはぼんやりと無関心に陥ったり、かと思えば奇妙に鋭い関心を持って辺りを調べたりすることを交互に繰り返していた。

 マルコムの左肩に取り付けたランプが陥没泉の壁を照らすと、それは濡れたように輝いた。滑らかな菌類が恐るべき速度で増殖し、広がっているようだった。この場所が完全に乾燥したことはなかったが、それでもこれは極端だった。腐敗とカビの悪臭が強まり、マルコムは背負い袋から布を取り出して顔に巻き、鼻と口を覆った。ブリーチェスは彼の真似をし、自分たちの滑稽な姿にマルコムは笑いそうになった。これでは海賊ではなく、ありふれた泥棒や山賊だ。

 とはいえ最近は海賊稼業から離れがちだった。鉄面連合の仕事が忙しかったのだ。

 何かに当たったように昇降機がぐらついた。海賊のひとりが手すりから身をのり出して確認した。

「でかいキノコみたいだけど」彼女はそう言った。

「切り落とせるか?」マルコムが尋ねた。

 彼女は頷いて剣を抜いた。何度か切りつけると昇降機が動いた。その海賊はくしゃみをして後ずさった。

「勘弁して、粉の袋みたいに弾けた」別の海賊に背中をさすられながら、彼女は咳をして目をこすった。

 彼女が立っていた場所には、静かな空気の中にきらめく緑色の胞子の雲が立ちこめ、まるで煙のように見えた。マルコムは怪訝な視線で後ずさり、昇降機の中央に無表情で立つ負傷した海賊たちを一瞥した。彼らの傷は同じ色に輝いていた。何か関係があるのだろうか?

 それに応えるかのように、傷を負った海賊たちは無傷の二人に掴みかかると彼らを輝く胞子の雲へと押し込んだ。驚きの叫びが湿った咳に変化し、息が詰まるような音と嘔吐が続き、黒い液体が床に飛び散った。

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アート:Izzy

 始まった時と同じように、その突発的な発作はすぐに止まった。影響を受けた海賊たちはぎこちなく立ち上がり、他の者たちに向き直った。彼らの瞳は濁った緑色で、顔面には黒い筋が走っていた。口からは穴の開いた浮袋のように息が漏れ出ていた。マルコムは剣を抜いて後ずさり、鼻と口を覆うバンダナの位置を直した。そして無傷の海賊たちも、感染した仲間が攻撃するよりも早く武器を抜くことができた。この狭い空間で回避するのは不可能に等しい――どんな突きも切りつけも敵ではなく味方にあたる可能性がある。

「ダイバクハツ?」ブリーチェスが尋ねた。

「駄目だ! 全員死ぬぞ!」マルコムは声をあげた。

 彼は手すりを飛び越えたが、気流がなかったため飛行は魔法に頼らざるを得なかった。そして後方に回り込んで昇降機のロープにしがみつき、上へとよじ登っていった。下では海賊たちが必死に戦っていたが、あの洞窟で遭遇した恐竜と同じように、感染した者たちは痛みや怪我を感じていないようだった。

 昇降機が下降を続ける中、ブリーチェスがロープを登ってマルコムに加わった。ゴブリンは叫んだ。「にげる?」

 だがその声に、感染した者たちが汚れた緑色の瞳で一斉に見上げた。

「綱を切れ」ぞっとしながらマルコムは言った。「急げ」

 ブリーチェスは両足と尾でロープにしがみついた。彼はナイフで一本を、マルコムが別の一本を切断しにかかった。だが綱はかなりの重量を支えられるように太かった。そして半分も切断しないうちに、感染した者たちが昇降機の側面をよじ登りはじめた。

 燃えるような痛みを筋肉に感じながら、マルコムは切断を急いだ。手の中のケーブルが次第にほぐれて細くなり、そして彼を吹き飛ばすような勢いとともにちぎれた。昇降機が傾き、その中の感染した海賊たちはよろめいた。ブリーチェスも自分の綱が切れると険しい表情でしがみつき、恐ろしい静寂とともに昇降機は暗闇の中へと消えていった。

 マルコムは目を閉じ、ハチドリの羽ばたきのような心臓の鼓動を宥めようとした。やがて彼は言った。「行こう。ここにはいられない」

 彼は飛行とよじ登りを交互に繰り返し、ブリーチェスはロープを伝って追いかけた。近くの壁に生えたキノコの菌糸を入念に避けながら進んだ。不気味な目のようなキノコがふたりの動きを追跡しているように見え、マルコムは震えた。一連の出来事がなかったら、それは自分の想像の産物だと思ったかもしれない。

 今、彼は訝しんでいた――海賊や恐竜を心なき操り人形に変えてしまうような恐ろしい生き物とは何なのか、そして何故そのようなことをするのか。


バルトロメ

 燃え盛る溶岩の滝も不快だったかもしれないが、沢山の噴出口や溶岩の川は遥かに不快に思えた。ヴィトはああ主張してはいるものの、アクロゾズへ至る道がずっとこのような危険極まりない地形なのだとしたら、それほどまでに強大な神は本当に自分たちに見つけて欲しがっているのだろうか。

 あの奇妙な新参者、ケランを追いかけていたゴブリンらしき生物が再び現れることはなかった。それでも巡礼者たちが奥へ進むほどに、居住者の痕跡は増えていった。崖や鍾乳石に彫られた建築物、見慣れない絵文字で覆われた輝く標識、青白く葉のない植物が生えた砂地の庭園。住人に遭遇することはなかったが、小走りの音や一瞬だけ見える動きは、そこにいるのは彼らだけではないと示唆していた。

 アマリアはケランと会話をしており、ケランは驚嘆と不安を浮かべながら辺りを観察していた。この若き地図作りの姿に、バルトロメは自らの娘を思い出した。あの侵略戦争で多くを失ってなお、とても純粋なままでいる。その純粋さを、彼女のような未来を守るためなら、必要とあらばどのような犠牲も厭わないつもりだ。

 今のところ、それは不本意であってもヴィトの命令に従うことを意味していた。ミラルダ女王によってこの遠征への参加を命じられた際、バルトロメはヴィトに協力するようにと、そしてヴィトの真の意図と忠誠心を探るように言われていた。この高司祭の思想がどれほど異端に偏っているのか、教会からどれほど離れてしまったのかは知らなかった。そして誰がヴィトに尊者タリアンの槍と日誌を与えたのかも解明できていなかった。だがそれは女王に対する反対派、イェード・デ・ヴォーナや他のいわゆる預言者たちを支持する勢力が、予想以上に大規模で団結力を持っていると示唆していた。

 アクロゾズ自身があの反逆者と同盟関係にあるとしたら? その考えにバルトロメは震えた。

 軍団は二本の溶岩滝を見下ろす広く平らな台地に入った。そして次の瞬間、辺りの静寂は叫び声と騒々しい動きに飲み込まれた。クラヴィレーニョの兵士たちは他の皆を守るように取り囲み、武器を抜いた。

 二十人ほどの戦士たちが彼らを包囲した。吸血鬼よりも背は高く逞しく、顔は大型の猫科動物のようで、同じく猫科らしい斑点のある毛皮に覆われていた。彼らは精巧に装飾された兜と鎧を身に着け、弓や物騒なぎざぎざの黒曜石の剣、長柄武器で武装していた。むき出しの牙は暴力を約束しており、バルトロメは武器を用いて自分たちの技術を試したいとは思わなかった。数は向こうの方が多い――人足や罪人たちを含めれば軍団の方が上だが。

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アート:Marie Magny

「ついて来い」絵文字で覆われた長柄武器を振り回し、猫人のひとりが言った。

「そなたは何者かね?」声に威厳を込めてヴィトが尋ねた。

「我はクチル、マラメトの勇士なり」それが返答だった。「ついて来るか、死ぬかだ」

 バルトロメは咳払いをした。「我らは神聖なる巡礼の途にあります。望むのは安全にこの地を通過することだけです。皆様がたに仇なす気はありません」

 ヴィトは睨みつけた。バルトロメの出しゃばりに、あるいは嘘に憤慨しているのだ。

 クチルは首を曲げて視線を移した。 「お前たちの使命は我らには関係ない。お前たちの運命は君主たるオキネク・アハウが決定する」

 クラヴィレーニョがヴィトを見た。「ご命令を」

「ここまでに十分すぎる戦いを経ております」バルトロメは小声でヴィトに言った。「士気は低下し、物資も減っております。敵を作るよりも交渉の方が我らの大義にかなうのではと」

 ヴィトはクチルへと視線を戻した。「そなたの君主に会おう。案内するがよい」

 マラメトの戦士たちは軍団に武器を向けたままでいた。そしてクチルはついて来るように武器で指示をした。

 ヴィトはバルトロメに近寄って言った。「二度と私の面目を潰すな」その声は小さかったが、脅しに満ちていた。

 バルトロメは頭を下げて了承を示した。

 彼らはクチルを追ってさらに数本の石橋を渡り、これらの人々マラメトの都市の奥深くへと入っていった。案内される彼らを見ようと住人たちが現れ、またあの青白い奇妙なゴブリンたちもいた。ひとつの社会がこれらの洞窟やトンネルの中に存在し、一度も地上に出て接触したこともない。バルトロメはそのことに驚嘆した。

 ここに至る扉の封印を解いてきたことは、何か実りに繋がるのかもしれない。あるいはこの人々の疑い深さを見るに、そうではないかもしれない。

 クチルは一行を止めた。「見よ。お前たちはオルテカの時代以来、バン・コージを目にする初めてのよそ者だ」

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アート:Steven Belledin

 バルトロメは後ずさりし、畏怖の念とともに口を手で覆った。この数時間に通過してきた幾つかの建物など、この光景に比べたなら小屋といえた。ひとつの都市が――優にアルタ・ トレゾンに匹敵する規模だ――逆さ山とも思えるような巨大な鍾乳石の塊の中に築かれていた。粗い岩から直接切り出したらしき建物もあれば、陶器のように白く塗られた壁が特徴的な建物もあった。建物の間には縄の吊り橋や網が張り巡らされ、太いケーブルには奇妙な乗り物がぶら下がっていた。それらの上部には車輪が付いており、前後に移動することができるようだった。乗客たちがその中へと乗り込み、あるいは下車して他のマラメトに合流しては不安定な宙吊りの道を歩いていた。

 猫人は薄暮の軍団をふたつに分けて市内を進ませ、バルトロメは穏やかな表情の下に苛立ちを隠した。もし交渉が失敗したなら、この場所からの脱出はほぼ不可能だろう。兵士たちの中には空渡り、飛べる者もいる。だがそうでない者は……バルトロメはアマリアへと視線を移した。彼女はケランのそばに立ち、剣の近くで神経質に動かす指がその不安を示していた。

 マラメトの戦士たちは彼らの監視を続けながら、幅広の石橋を渡って最大の鍾乳石まで行進した。他の鍾乳石とは異なり、そこには一切の彫刻が外からは見えず、窓すらもなかった。代わりに、目に見える表面のすべてを何百という巨大な絵文字が覆い、それらは断続的に光っていた。

 彼らは橋を渡り切ると、中央に回転扉が据え付けられた巨大な開口部を通り抜けた。そこでは更に多くの衛兵が注意を配りながら立っており、彼らと姿を同じくする捕食者たちのように静かだった。軍団の人足のひとりが近づきすぎると、衛兵はうなり声をあげた。

 鍾乳石の内部は岩を彫って作られた巨大なピラミッドが占拠しており、何百段という階段が頂上の小部屋に繋がっていた。洞窟に似たその空間には奇妙な囁きが響き渡っていたが、その源は見えなかった。

 ありがたいことに、その階段を上ることを強制はされなかった。代わりにピラミッド内部、彫刻が施された柱が両側に並ぶ長い部屋に彼らは案内された。それぞれの柱の間には織物が敷かれ、マラメトがひとりずつ屈みこんでいた。彼らは精巧な頭飾りと首輪を身に着けており、何らかの貴族や聖職者たちであると示唆していた。彼ら全員が通り過ぎる軍団員たちを見つめており、中には吸血鬼の歯が大人しく見えるほどの牙を見せている者もいた。

 部屋の奥には高い台座の上に玉座が置かれ、鎧をまとう大柄のマラメトが巨大な鋸歯状の剣をぼんやりと玩んでいた。どうやらこの人物が君主オキネク・アハウなのだろう。

「クチルよ、何者を連れてきた?」彼は尋ねた。

 クチルは喉元を露わにするように顔を上げた。「地表からの侵略者どもであります、陛下」

「我らはただ通過させて頂きたいだけでございます」ヴィトが礼儀正しく頭を下げた。

「お前が話すのは、話せと言われた時だけだ」クチルは低くうなり、武器をヴィトに向けた。冷笑ひとつとともにヴィトはそれを無視した。

 君主オキネク・アハウは興味深そうにヴィトを見た。「我が国でのそなたらの目的は何だ?」

「我らは巡礼者にございます。我らが神、アクロゾズの地を目指しております」

「ここには我のほかに神はなし」オキネク・アハウは剣を握りながら言った。「ポク」彼は右に並ぶ、ローブをまとう顧問の一団を見た。黄褐色の毛皮を生やした屈強なマラメトが、腕を背中で組みながら踏み出した。彼らは皆、絵文字や象形文字が多数刻まれた簡素な銀の装具をひとつ身に着けていた。ポクと呼ばれた人物は長い編み髪を垂らし、その先端には小さな銀のメダルが幾つも輝いていた。

「ポクは我が神話語りである」オキネク・アハウはそう言い、そのマラメトを紹介した。「この者が話す。我らの言葉をもって、お前たちを判断するであろう」

 ポクは頷いた。彼は胸の前に両手を掲げ、短く柔らかな一語を口にした。雨の匂い、稲妻の轟音、そして乾いた夏の日の熱気が辺りの空気を満たした。渦巻く緑の霧が彼の爪の間に現れ、凝集して形を作り、曇った、けれど識別できる映像へと変化した――

 うなり声をあげる顔、長いその牙はむき出しにされていた。まるでマラメトが近くにいると気付いたかのようにその顔はねじれ、脈打った。金切り声とともにそれは飛びかかり、獣が食物に食らいつくように神話語りのポクへと嚙みついた。

 神話語りのポクは両手を下ろし、その映像を消し去った。彼はオキネク・アハウに視線を向け、かぶりを振り、そして顧問たちの間の自身の位置へと戻った。

 オキネク・アハウは立ち上がり、薄暮の軍団の兵士たちの上からマラメトたちへと告げた。「ひとつの侵略は次なる侵略を呼ぶ。それを許してはならぬ」

 軍団の兵士たちは身を守る体勢に移った。バルトロメはアマリアの腕に触れ、ふたりは心配する視線を交わした。

 君主オキネク・アハウは床に屈む者たちに向けて身振りをした。「侵入者に砂刑を宣告する。我が大義を果たすのだ」

 数人の吸血鬼が剣を抜き、ヴィトはその槍で君主に狙いをつけた。だが攻撃や防御に移るよりも早く、彼らを挟むマラメトたちがうなり声とともに腕を振り上げた。

 マラメトたちの毛皮の斑点を模倣するように、輝く絵文字が空気を焼いた。鞭のようにその魔法が叩きつけられ、軍団の者たちに鎖のように巻きついて彼らをひざまずかせた。ヴィトはもがいたが、その槍は無益に彼の胸に押し付けられた。彼は悪意を込めてバルトロメを睨みつけた。もし視線が人を殺せるのであれば、バルトロメは既に死んでいただろう。

「こんなの不公平ですよ!」軍団の後方でケランが叫んだ。「僕たち何もしてないじゃないですか!」

 君主オキネク・アハウは牙をむき出しにした。「炎は公正など考慮せぬ。ただ燃やすのみ」

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アート:Adame Minguez

 一人また一人、マラメトの戦士たちは軍団の者たちを大きな噴水へと運んだ。その頂上にはジャガーの頭が据え付けられていた。だがその彫刻の口から流れ出るのは水ではなく砂で、下に注がれて大きな穴へと吸い込まれていた。最初にそこに連れて来られたのはヴィトであり、その両目は怒りに燃え上がっていた。

「敵に取り囲まれようとも」ヴィトは高らかに告げた。「我が神は力と復讐を約束して下さるだろう。アクロゾズの意志は成されるのだ」

 マラメトたちによって仲間が砂の盆に放り込まれる様子をバルトロメは見つめた。ある者は黙って屈し、そうでない者は叫びあるいは抵抗した。ヴィトは魔法の鎖で槍を身体に押し付けられたまま、頭から砂に突っ込んだ。クラヴィレーニョは牙を見せて威嚇しながらそれに続いた。アマリアは、足が砂の中に消えて腕が沈んでいく間も、不気味なほど静かにじっとしていた。彼女は何かの独り言を呟いていたが唇は読めず、目を見開きながらも何も見てはいなかった。アマリアに向き合っていたケランは砂の中で激しくもがき、穴に近づきながらその顔は明らかに狼狽していた。

 姿が見えなくなる直前、アマリアはケランへと告げた。「息を止めてください」

 彼女は幻視を受け取ったのだろうか? そうであることをバルトロメは願った。さもなくば自分たちの任務は終わり、その責任は自分に降りかかる。彼はアマリアの導きに従い、ざらつく毛皮に覆われた大きな腕に抱き上げられても抵抗はしなかった。そして自らの恐怖と戦いながら無造作に砂の盆へと投げ込まれた。ヴィトがこれ以上トレゾンに悪戯をする機会はない。砂に飲み込まれながら、バルトロメにとってはそれだけが慰めだった。ただ、これほどの代償を払うことにならなければよかったのだが。

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アート:L.A draws

ウェイタ

 冷たく暗い川の中をウェイタは流されていた。ありえないほど速い流れが彼女を前進させ、ベルトに取り付けた三相の太陽の光が周囲に荒々しい影を落とていした。息ができることに彼女は気付いていた。間違いなく、あのマーフォークがかけてくれた呪文のおかげだろう。そうであっても自分の行き先はほとんど制御できず、壁や川底にぶつからないように最善を尽くすことしかできなかった。

 時々頭上に広い洞窟が一瞥でき、あるいは下に湖や陥没泉のように穴が開いているのが見えた。また時々、視界の端で緑の光が明滅したりトンネルが二股に分かれたりした。彼女は向かうことのできない別の道を何本か見た。

 その間ずっと、流れは彼女を未知の目的地へと運んでいった。やがて、ひとつの時代が過ぎたようにも感じた頃、新たな光が遠くに現れた。

 一瞬だけ圧力の上昇を感じた直後、ウェイタは冷たく澄んだ広い水面の下に辿り着いた。仲間たちを探すために水を蹴って水面へ向かうと、彼女を水に叩き落した斥候を含む数人がすでに最も近い岸に向かって泳いでいた。マーフォークの衛兵たちは近くに留まっており、身体を揺らしてヒレをはためかせながら彼女の進行を見守っていたが、手助けも妨害もしようとはしなかった。ウェイタはまもなく岸に倒れ込み、クイントが既にそこに座っている様を見て安心した。彼は畏敬を隠そうともせずに辺りを眺めていた。

 巨大な石造りの都市が地底海から――塩水ではなく淡水だ――そびえ立ち、三相の太陽の神殿のようなその階段はさらなる深淵へと伸びていた。低い建物の上では明るいランプが点され、生物発光を放つ飾りやホタルを入れた籠の長い列が目に見える表通りや路地を照らしていた。見渡す限りのあらゆる場所に川守りがおり、歩いたり泳いだり休んだりしながら新参者たちを油断なく観察し、仲間内で語り合っていた。

 ファートリは服の水を絞り、辺りを見渡した。「きっとここには川守りが何千人もいるのね」そしてパントラザが身体を震わせて水滴をまき散らすと彼女はひるんだ。

 その年若いマーフォークが鰓を広げた。「私の母によれば、イクサラン史上最も大勢のマーフォークが集まっているそうだ」彼女が手を差し出し、ウェイタはそれを握り締めて立ち上がった。「私はニカンチル。ようこそ」

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アート:Fariba Khamseh

 ファートリは眉をひそめた。「出しゃばった質問かもしれませんが、皆さんはどうしてここに?」

「『源泉』への最後の門が開くのを待っているのだ」ニカンチルは神殿の階段の頂上、腐食した扉を身振りで示した。「「私の母、大形成師パショーナが詳しく教えてくれる。深根の樹が倒れた後に母はこの地を発見したのだ」

 ファートリは目を細め、遠くにあるその扉をよく見ようとした。「もしかして、あれがマツァラントリ?」彼女は呟いた。「詩によれば人類発祥の地にして神々の故郷、そこへ至る扉。本当に見つけたというの?」

「そうだとすれば」クイントが言った。「マーフォークさんたちは、ここで他に何を見つけているのかが気になります。コインの帝国はここまで辿り着いたのか、それとも地表近くに留まっていたのか。そして想像してみて下さい、古代の棚の中に眠っているかもしれない遺物が、歴史的にどれほど重要となってくるかを」彼は巻物の封を確認し、すべてが無事であるとわかって満足したようだった。

 好奇心とかすかな不安を抱き、ウェイタは尋ねた。「そのような遺物を発見したなら、どうするおつもりですか?」

「適切な発掘現場を立ち上げたいですね。すべてが可能な限り注意深く扱われるように」

「その後は?」ウェイタは続けて尋ねた。「発掘して、ここに残していくのですか?」

 クイントは答えた。「必ずしもここに残す必要はないですね。皆さん全員が何をしたいかによると思います。すべてをここに保管するか、それとも幾つかをオラーズカに持ち帰るか、あるいは博物館を建てるなんてことも考えられますね」

「博物館。ここに……珍しいものを見に来るのですか?」ウェイタは眉をひそめた。「変なことですね」

 クイントは笑い声をあげた。「奇妙に感じるかもしれませんね。ですがこれは、過去の物語が忘れられることなく保たれるひとつの方法ですよ」

「ああ、戦場詩人様のように」ウェイタはファートリを一瞥した。

「そう、その通りです!」クイントは興奮に声をあげた。「発掘の過程を記録して、アルケヴィオスの同僚向けに詳細な説明を書いて、私たちの発見を共有するんです」彼はどこか遠くを見つめた。「もしかしたら、何らかの形で多元宇宙全体に公開できたなら……」

 ウェイタは更に眉をひそめた。「でもそれは、クイントさんの物語ではありませんが」

 クイントは耳をわずかに広げた。「そうです。私はただ、それを語るひとりになるだけです」

「ですが何故あなたが?」ウェイタは続けた。「イクサランの生まれでもなく、太陽帝国や川守りの一員でもありませんのに。私たちに代わって語るというのは違うのではありませんか?」

「それでは、語るのではなく」クイントは水面の先を見つめた。「記録し、広めましょう。私はその訓練を受けておりますから」そしてかすかな憤慨とともに付け加えた。「皆さんの歴史を踏みにじりはしません」彼は鼻でゴーグルを外して布で拭きはじめた。ウェイタは息を吐き、自分は何故こんなにも気にするのか、何故こんなにも悩むのかと訝しんだ。そうだ。かつてはファートリのように、自分もいつか戦場詩人になりたいと夢見ていた。けれどあの戦争がその夢を砕いてしまった、ここまでの洞窟で見つけてきた陶器のように。自分は兵士だが、海賊として、時には鉄面連合がトレゾンだけでなく太陽帝国の民からも遺物を盗んで売る手伝いをしたこともあった。それは生きる道と生計の手段をくれたが、ほんのわずかな罪悪感をもたらすことすらなかった。軍隊の給料は安い、もっと貰えてしかるべきだ――と。けれどそんな日々は終わった。そして今の自分は……何なのだろう? 探検家? 物語の収集家になれる? 自分の故郷の、自分たちの物語の。

 ファートリは少し離れて会話の行方を静かに見守っていたが、今やウェイタに柔らかな笑みを向けていた。「誰もが言葉の力を理解しているわけではないのよ」彼女は言った。「でもその力は、他の誰かに与えることもできる」そして彼女はウェイタの知らない詩の一部を暗唱した。

私の骨が地に眠る時
この記憶を誰が受け継ぐのだろう?
友は記念碑を立て、
敵は私の墓を漁るかもしれぬ。
けれど彼らもまた死したなら
その子らは何を覚えているのだろう?

「悲しいですね、どれだけのものが失われたのかを考えるのは」ウェイタは呟き、遠くピラミッドの頂上に座す不思議な扉を見上げた。

 ファートリはウェイタの肩に優しく手を置いた。「それでも、失われた何かを発見するのはこの上ない喜びよ。そしてその発見を広めるのも」

 ウェイタはクイントを一瞥した。そしてインティとカパロクティを。ふたりは兵士たちを集め、静かに命令を与えていた。その後人々にどう扱われるかを思えば、埋もれたままにしておく方が良かったものもあるのかもしれない。いくつかの記念碑は、撤去されてしかるべきなのかもしれない。

 神々の故郷と言われる地、そこに続く黄金の扉。その先にあるものは呪いではなく祝福であって欲しい――そう彼女は願った。


マルコム

 マルコムとブリーチェスが一息つくために入ったトンネルは乾燥しており、長いこと使用されていないような匂いがした。おそらく鉱脈が枯渇して放棄されたか、掘り進めても何も見つかる見込みがなかったのだろう。彼とそのトンネルの作成者には多くの共通点があった――これ以上の深入りはしたくない。筋肉は痛み、魔法の使い過ぎで頭も痛かった。

 下の町の大量失踪事件があのカビやキノコに関係していることはほぼ間違いなかった。それがどう機能しているのかを完全に理解してはいなかったが、怖れるほどには理解していた。物資は昇降機の縦孔の底にあり、ここに連れてきた8人のうち生き残ったのは彼とブリーチェスだけだった。

「みんなシんだ、オウゴンもない」ブリーチェスが不機嫌そうに言った。

「全くだ」マルコムも同意した。

 進むべきか、それとも引き返すべきか? 今立ち去ったなら、事件の解明はできず謎が増えるばかりだったとヴァンスに報告しなければならないだろう。この暗闇のどこか底で下の町や陽光湾の生き残りが身を潜めているとしたら、そいつらを見捨てることになる――そしてその中には友人たちもいて、見捨てていい奴らではない。それだけでなく下の町は無人のまま残り、新しい鉱夫を補充するのは不可能ではないにしても困難になるだろう。前の住人が全員姿を消した場所で働きたいという者がいるわけがない。そして誰も採掘をしなければ鉄面連合への金の流れは途絶えて、もろい経済が壊れて昔と同じ対立に満ちた海賊稼業が再開されるのは時間の問題になるだろう。

 うねる波を越え、太陽や嵐の中を進む航海を、この翼での自由な空の旅をマルコムは愛していた。やわな商人から物品を奪い、生涯の好敵手である海賊たちと対決するスリルがあった。けれどあの戦争の後は、ずっと安定した生活に落ち着くことができて安堵していた。今それを失うのは……軽く考えられることではない。それにまだ解決できるかもしれないのだ。自分がまだあきらめないうちは、皆を救えるかもしれないのだ。

「ブリーチェス、どう思う?」トンネルの壁に背を預け、マルコムは尋ねた。「やり直して、また失敗するまで生きるか。それとも何もわからないどこかへ下り続けるか」

 ブリーチェスは帽子をぬいで頭をかき、肩をすくめた。「コウザンない、オウゴンも」

「他にも鉱山はあるけどな」マルコムはそう言ったが、正直言って下の町ほどの規模や生産性はない。「まあそれに、死んだら金は使えない。だろ?」

 ならば終わりにしよう。彼はそう自らに言い聞かせ、立ち去ろうとした。ヴァンスは他の誰かを送り込むだろう――大人数を、マルコムはそう思った。とはいえそれは、沢山の者が……彼の仲間たちと同じものに成り果てて終わるかもしれない。

 縦孔の中で何かがかすかに輝き、マルコムの注意をひいた。彼は急いで立ち上がり、剣の柄に手を触れながらトンネルの角から覗き見た。

 菌類がありえない速度で増殖しながら壁を登ってきていた。黒い菌糸がいくつもの円を描いては繋ぎ、様々なキノコを生やした。小さく羽根に似たもの、階段のような平たいもの、サンゴのように伸びるもの。その様子は混沌として、だがマルコムは吐き気を覚えながらも、不気味なほどに美しいと感じた。

 菌糸の数本が、紙の上のインクのように動いた。見つめていると、それは文字を描こうとしているとマルコムは気付いたが、暗くて読むことはできなかった。そしてそれらの文字はゆっくりと、彼の仲間を奪ったものと同じ病的な緑色の輝きを放ちだした。

「安全」、最初の単語はそう読めた。そして「下」。

 これは停戦の申し出か、それとも罠か? マルコムにはわからなかった。だが少なくとも相手が知性を持っているということはわかった。そうであれば、交渉は不可能ではないかもしれない。下の町の住人たちはこの下のどこかで本当に生きていて、助けられるかもしれない。

 希望とは何よりも危険な武器。マルコムは刃のように鋭いその武器が、肋骨の間を滑り込んで心臓に迫るのを感じた。

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アート:Daarken

アマリア

 砂がアマリアの身体を圧迫していた。重く濃く、水よりも不快。砂粒は衣服や鼻、きつく閉じた口や目の中にまでも入り込んでいた。息を止めるようにケランに言ったことを彼女はかすかに覚えており、自分自身もそうしていた。それが長く続くほどにアマリアの内で疑問が膨らんでいった――吸血鬼としての力は自分を窒息から守ってくれるのか、それとも、死ぬことも生をくれる血を飲むこともできないまま、砂の川の中で永遠に囚われ続けるのか。

 恐怖に呼び出されたかのように、またも幻視が彼女を飲み込んだ。

 絵文字に覆われたあの丸い、謎めいた扉が以前よりもはっきりと見えた。それは洞窟の壁の岩にはめ込まれており、銅のような表面には青さびが浮いていた。

 空はかすかに紫がかった雲で満たされ、その向こうに見えるのはただ……地面? まるで誰かが彼女の上のどこかに広大な地図をかざしているかのようだった。そしてその地図に使われるあらゆる色が用いられていた。緑色、茶色、青色、雪のような白色。

 太陽のように眩しく燃える球体が――太陽なのだろうか? ありえない。壊れた板金鎧の破片のような、奇妙な金属片がそれを取り囲んで浮いていた。さらに多くの破片が難破船の残骸のように、紫がかった桃色に輝きながら金属片の後に続いていた。

 我がもとへ来たれ……

 圧迫感が急に和らぎ、落下の感覚へと変化した。そして何の前触れもなく水面に激突し、アマリアは目を見開いた。どうやって海に辿り着いたのだろう? 違う、これは淡水。方向感覚を失った状態で彼女は街らしきものを目指して泳いだが、少ししてその建物は水の中にあると気付いた。彼女は向きを変えて水を蹴り、やがて水面に勢いよく顔を出して喘いだ。周囲では他の者たちも同じことをしていた。アマリアが安堵したことに、そこにはケランもいた。

 自分たちは死んでいなかった。マラメトたちは間違いなく全員を殺すつもりだった、そして流砂がその役割を務めると思われた。けれどまたも自分たちは生き延びた。純粋な幸運? それともアクロゾズの意志だろうか?

 だがアマリアが一瞬の安堵以上のものを感じる間もなく、水中に激しい動きがあったかと思うと彼女たちを取り囲んだ。川守り。何十人という全員が見慣れない翡翠の武器とエレメンタルの魔法で武装していた。

「我らを怒らせないでもらおう」マーフォークのひとりが言った。「黙ってついて来るか、ここで力ずくで溺れさせられるかだ」

 ヴィトが怒りに顔をしかめ、バルトロメは彼へと懸念の視線を向けた。間違いなく、川守りたちが本領発揮できる水の中で戦おうとするのは愚か者の選択だ。

 ケランは咳き込み、泳いでアマリアへと近寄った。「信じられますか、今日だけで待ち伏せに三度も遭うなんて」彼は悲しげに言った。

 ふ、とアマリアは笑った。「それが習慣にならないように気をつけて下さい。破るのは難しいかもしれませんからね」ケランはにやりと笑い、ふざけるようにアマリアへと水をはねかけた。そしてふたりは他の吸血鬼に続いてマーフォークたちを追いかけた。岸を、そしてまだ知らぬ運命をめざして。

(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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