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MAGIC STORY
イクサラン:失われし洞窟
メインストーリー第2話
2023年10月21日
ウェイタ
部屋また部屋、トンネルまたトンネル。戦場詩人とそのロクソドンの助手を追い、ウェイタは地の奥深くへと進んでいった。彼女とその仲間である戦士19人は、ファートリの任務を支援するために皇帝から派遣された帝国将校であるインティとカパロクティに報告を入れながら進んだ。全員が武装し、どんな敵にも立ち向かう覚悟はできていた。だがこれまでのところ、最も危険な敵は粉塵だった。
ウェイタは眼帯の下、傷だらけの皮膚を掻いた。ファイレクシア人との戦争で失ったものすべてをはっきりと思い出させる傷。年齢を偽ってイクサランの防衛軍に加わった時は、自分自身が選んだ道は明確で単純に思えた。言われた場所へ向かい、言われた時に食べ、眠った。言われた時に戦った。侵略が終わると、彼女はかつて安らぎであった故郷の密林に背を向けた。そこは今、戦死した仲間たちの幽霊で満ちている。けれどどれほど鉄面連合と海を行こうとも、孤高街の甲板上で交易しようとも、あるいは船体のフジツボを剥がそうとも、三相一体の太陽は彼女を追いかけてきた。見守ってくれた。昔の恐怖に震えた時には温めてくれた。心の内にあった最悪の影はゆっくりと光に追い払われた。そして彼女は一年前に海賊たちのもとを去り、太陽帝国へと帰還した――パチャチュパにてこの探検の話を耳にし、これこそが自分が探してきた挑戦だと、そして気晴らしだと感じたのだった。
そして今ここで、昔の鎧に身を包んで暗闇の中を下り、自分たちとは異なる人々の霊を探している。少なくとも、自分たちの同類の霊は地上にいる。
また次の部屋で、クイントとファートリはまた別の絵を調べていた。ファートリの胸鎧にはめ込まれた球が、三相の太陽の光でそれを照らしていた。恐竜の群れは落ち着きなく足を踏み鳴らし、普段は行儀の良いパントラザさえも不快感を示して唸り声を上げた。ウェイタは彼らに共感した。
「また争いです」戦いを描いた絵を一本の傷がえぐっており、ファートリはそれを手でなぞった。
「そしてこの、桃色がかった紫色の顔料ですよ」クイントが言った。「本当にこれまで見たことはないのですね?」
「間違いなく」ファートリはそう返答した。
恐竜の一体が苛立ちを見せ、調教師は気まずそうに手綱を引いた。革からぶら下がる明かりが揺れて奇妙な影を落とし、ウェイタはその恐竜へと安らぐ思考を送った。
「気を付けて」インティが言った。「陶器をこれ以上割りたくはないんだ」
「陶器?」クイントは尋ね、耳を元気よく広げた。彼はインティの身振りを追って膝をつき、壊れた陶器や様々な物の山をかき分けた。そして鼻で何かをつまみ上げると舌でそれに触れた。ウェイタが身体をすくませた。
「骨ですね」クイントは重々しく言った。
「嫌な気分だ」カパロクティが言った。「ファートリ、進んでも良いか?」
ファートリは渋々といった様子で壁画から離れた。
彼女たちはトンネルを下り、暗く冷たい洞窟を徒歩で進んだ。通路が狭まる所では、必ずと言っていいほどバリケードと遺体を発見した。ある所の遺体は最初の部屋と同じように適切に葬られており、またある所の遺体は骨ばった指に武器を握りしめたまま、死したその場所で横たわっていた。
ウェイタは自身の戦いの記憶に耽溺しないよう努めた。 血の上で滑る感覚、仲間の叫び声、魔法と汗と死の匂い。争いとは避けられないものなのだろうか? 平和とはこの沢山の骨や粘土のように、はかなく壊れやすいものなのだろうか?
「やあ、ここは何でしょう?」クイントが言った。彼とファートリはまたも立ち止まり、すぐにウェイタもふたりが足を止めた理由を把握した。
その部屋の床には輝く緑の霧で満たされた裂け目が開き、天井にはウェイタが理解できない巨大な絵文字が刻まれていた。それぞれに異なる絵文字が刻まれたいくつもの巨大な石の塊が、一本の橋を形成するように裂け目に顔を出していた。石の塊同士は間隔があいており、渡るのは困難に思えた。
カパロクティが小石を霧の中へ落としたが、底へ辿り着いたと示す音は届かなかった。
「良くないな」インティが冷淡に言い、ウェイタも同感だった。
「詩がこの場所について語っています」ファートリが顔をしかめて言い、その箇所を暗唱した。
時の霧を渡れ
石から石へ、足と手を駆使し
目は鋭く心は強く、息は静かに
終わりに辿り着くため、再び始めよ。
ファートリは壁にはめ込まれた板に指を走らせた。そこには同じ絵文字があった。「これはどういう意味なんでしょうか」シンボルの幾つかは失われ、あるいは壊れており、下の床に石の破片が散乱していた。
ウェイタは謎かけの言葉を、香辛料のきいた肉のように舌の上で転がした。ファートリのように古い言語を学んだわけではない――あの戦争がその機会を奪っていた。けれどこれが扉のようなものだとしたら……
「橋の絵文字はその詩と対応しますか?」ウェイタは尋ねた。
ファートリは頷いた。「ええ。前と同じくように直接ではないけれど。あれはサンダル、あれは掌」彼女はそう言いながらそれぞれの石を指さした。ウェイタの心に一本の道が伸びていった。
「そして『再び始めよ』はその並びを繰り返すのですよ」クイントが付け加えた。「見事です」
ウェイタは踏み出した。「戦場詩人様、私にやらせて下さい」
ファートリは頷き、表情を緩めた。「幸運を」
別の戦士に荷物を預けるとウェイタは裂け目の端から下がり、焼熱の太陽であるティロナーリに素早く祈りを捧げて力を願った。彼女は駆け、最初の石へと跳んだ。
それは足の下で揺らがなかった。彼女は安堵の息をつき、次の石へと跳んだ。
溝の向こう側が近づくにつれ、彼女は次第に大胆になっていった。だがその大胆さが着地をぐらつかせた。ぎこちなく足をついた彼女は隣の石につまずいた。
前触れもなく、その石は霧の中へと落下した。
霧に飲み込まれる前にウェイタは跳ね、正しい石を掴んだ。そして身体を引き上げると、軋むような音とともに石が移動をはじめ、彼女は危うく掌握を失いそうになった。左を見ると、ひとつの石が彼女へと向かってきていた。叩き落されて死ぬか、潰されて死ぬか。
力強い手がウェイタの腕を掴んで引き上げた。カパロクティによって安全な場所に下ろされると、ウェイタは心臓の高鳴りを必死に落ち着かせた。
「ありがとうございます」
「どういうことはない」カパロクティが返答した。「終わらせよう」
ウェイタは頷いて気を取り直し、先程よりも注意深く進んでいった。ふたりは共に渡りきり、後方に浮く絵文字や壊れた絵文字に一致する板を壁に見つけた。
「これは何をすればいいのだ?」カパロクティが尋ねた。
「私が思うに……」詩で言及されている順にウェイタが絵文字に触れると、それらはかすかな輝きを放った。石塊が移動して繋がり、遥かに渡りやすい一本の堅固な橋を形成した。カパロクティは口笛を吹き、残る戦士たちに渡ってくるよう身振りで示した。ウェイタは沈黙を保った。
「お前はどこで仕えていた?」刃のような鋭い視線でカパロクティが尋ねた。
「トカートリです」
「そこの生き残りであれば、薄暮の軍団との来たるべき戦争にて貴重な戦力となるだろう」
恭しく、ウェイタは彼の肩の先を見つめた。「戦争になるとお考えなのですか?」
「夜の後に昼が来るように間違いなく」カパロクティが返答した。「入植者は排除せねばならない。さもなくば奴らは我々を支配しようとし続けるだろう。我らの帝国を守らねばならない」
再び、ウェイタは通り過ぎてきた部屋の死体に、そして彼女の夢を満たすそれらに思いを巡らせた。果たして、力の代償はどのようなものになるのだろうか。
アート:Donato Giancola |
マルコム
マルコムは断定した、昇降機というのはセイレーンのために作られた特別な罰だと。洞窟も同じだった。
彼と仲間たちは10 番目の――11 番目か?――昇降機に乗っていた。彼らの額や肩に取り付けた明かりが陥没泉の暗闇を辛うじて切り裂いていた。探知の術を使えば鉱石を簡単に見つけることができる、だが行方不明者を見つけることは彼の魔法の範囲を超えていた。昇降機が終点に到達するたびに、彼らは下の町の住民の痕跡を探した。そして鉱石の粉塵の中に、多くの人々が一方向に移動したことを示す泥だらけの足跡を見つけた。すべての階層が異なる形に掘削されており、壁面からは枝分かれした洞窟が続いている。そのすべてで労働者たちが揃って脱出し、更に下方に向かったことを示していた。
昇降機の下降は衝撃と音とともに止まった。マルコムは降りて羽を伸ばし、辺りを見渡した。
「オウゴンない、ホウセキも」ブリーチェスが叫んだ。
「静かにしろ」マルコムがそれを止めた。「俺たちが来たことを敵に知らせる必要はない」
ブリーチェスは尻尾を振りながら、トンネルの入り口へと近づいていった。
次の昇降機は陥没泉の向こう側で彼らを待っていた。マルコムは重りの設置と綱の確認という長い作業を開始しようとし、だがそこでブリーチェスが再び叫んだ。
「静かにって言っただろ」マルコムは鋭く、それでもブリーチェスが何に興奮したのかを確認しようと急いだ。
沢山の道具が散乱して先へ続いていた。判断は困難だったが、それらはトンネルの外ではなく中の一本に繋がっているように見えた。柄の向き、地面のすり傷の様子。さらに特徴的なのは壁や床についた血のような、だが緑がかった黒い痕跡だった。空気にはかすかにカビと腐敗の臭いが漂っており、マルコムは吐き気を覚えた。
「一緒に来てくれ」マルコムは同行者のうちふたりに身振りをした。「残りは昇降機の準備を頼む」彼は肩の明かりの位置を直し、剣を抜いた。
トンネルの奥深くへ進むほどに悪臭は強くなっていった。壁から生えた菌類は次第に厚くなり増えていった。その緑がかったかすかな輝きは無視できないほど明るかった。
ある意味それは美しく、だがそれでもマルコムは羽毛がぞわりと逆立つのを感じた。
トンネルの果ては空洞へと開けていた。その天井は気詰まりなほど低く、沢山の鍾乳石がぶら下がっていた。地面からはそれらに対応する石筍が生えていた。分厚い絨毯のように菌類が天井を覆い、その輝きは辺り一面に不気味な影を投げかけていた。
「メジルシ!」ブリーチェスが囁き声で言い、剣で何かをつついた。肉を綺麗に削ぎ取られた骨の山が、黒いカビに半ば覆われていた。
「これは俺たちの所の奴じゃない」マルコムは呟いた。「こんなになるまで朽ちる時間は――」だが彼は言葉を切り、哀れなランクの死体を思った。目と口から茸を吹き出し、ありえないほど早く腐敗していった姿。
「ボス」海賊のひとりが焦った様子で言い、指をさした。
洞窟の奥の方、影の中に何かが動いていた。ひとつではない。
もうひとりの海賊がその付近へと明かりを向けた。油虫に似た音を発し、何かがよろめいて光から逃げた。まだら模様の脇腹、鱗、むき出しの肉からはじけ出た菌類、顔というより頭蓋骨の中で輝く目。
「撤退だ」マルコムが呟いた。「今すぐ」
マルコムの左で叫び声があがった。それは横道のトンネルへと遠ざかり、湿った破壊音とともに途切れた。
「何てこった、あれは?」一人目の海賊が問いかけた。
ひとつの咆哮がそれに答えた。恐竜に似ているが異なる、湿った、泥酔から叩き起こされたばかりの船乗りの呼吸のような。海賊たちはその音へとランプを向け、セイレーンのマルコムには彼らの心臓の激しい鼓動が騒々しく聞こえた。
横の通路から一体の怪物が現れた。ラプトルの生きた死体。鼻面の半分は腐れ落ち、その根元にはイソギンチャクのように波打つキノコの菌糸と歯がびっしりと生えていた。ランクよりも更にぞっとする姿だった――少なくともあいつは死んでいたのだから。こんなにも腐敗したものがうろついているなど、ありえない。動きは硬くぎこちなく、折れた爪が石の地面を交互に叩きこすりつけた。キノコに似た鰓が首にはためき、小さな空気音を立てながら塵の雲を噴き出した。
アート:Dibujante Nocturno |
いや、塵ではない。胞子。
「それを吸い込むな!」マルコムは叫び、首に巻いたバンダナを掴んだ。「昇降機に戻れ!」
ラプトルは近くにいた海賊に飛びかかったが、彼女はカットラスでその攻撃をいなした。その動きでランプが大きく揺れ、トンネルから現れつつある更なる獣たちを照らし出した。それらの手足に付着した菌糸が、まるで目に見えない人形遣いに操られているかのように動いていた。獣たちの頭部が不気味に、かつ一斉にマルコムへと向けられた。
勇気は持っていると言えたかもしれないが、それも獣たちの死の視線の下に縮こまった。マルコムはブリーチェスの上着の襟を掴み、駆けた。
ヴィト
壁には欠けたモザイク画が飾られていた。下僕たちがひれ伏し、その上にコウモリの翼を生やした姿が浮かぶ様子。アクロゾズ。ヴィトの巡礼が神の意志に従って進んでいると示す兆候がまたひとつ。
バルトロメはベルトに繋いだ魔法の燭台に照らされながら、分別のある距離をとってその絵を眺めていた。ヴィトは女王湾会社の幹部やその配下に対して何の幻想も抱いていなかった。バルトロメは間違いなく、この旅で財宝を発見してミラルダ女王とその取り巻きたちへ送りたがっている。彼らは聖エレンダと古臭い聖典、そして自分たちの欲にばかり執着しており、アクロゾズの抑圧された真実を受け入れることができてきないのだ。
そしてあの地図製作者、アマリア・ベナヴィデス・アギーレ。彼女は魔法を用いて自分たちの進捗を注意深く地図に記しているようだが、時折沈黙に陥り、何も見つめず、まるで話しているかのように唇を動かす様子をヴィトは捉えていた。あの娘もまた、アクロゾズの呼び声を聞いているのだろうか?
違う。自分がこの任務のために選ばれ、自分だけが神の道具としての役割を果たしているのだ。アクロゾズをアルタ・トレゾンに連れ帰ることで自らの価値を証明し、民を悩ませる厄介な神学的論争に終止符を打つのだ。彼らは吸血鬼の力を受け入れ、聖エレンダが説く殊勝ぶった謙虚さと自制を拒むだろう。トレゾンが束縛されることは二度とない。物理的にも、精神的にも。
尊者タリアンの日誌、その表紙をヴィトは撫でた。少なくとも、ここには信念を共にする存在がある。日誌の内容が真実であるなら、教会がそれを隠蔽しようとするのは何ら不思議ではない。
「高司祭様」クラヴィレーニョが呼びかけ、彼の夢想を中断させた。「別の扉を発見しました」
最初のそれと同じく、この扉の前にも祭壇が座し、同じような溝が床に続いていた。今一度、アクロゾズは生贄を求めている。それに応えるのはヴィトにとって有り余る栄誉だった。
今回、彼はアマリアに手伝いを求めはしなかった。多くの貴族と同じく、この娘は柔弱だ。あの戦争は彼女らを包み込む柔布を幾らか貫いたが、完全にではない。
クラヴィレーニョともうひとりの兵士が召使を連れてくると、ヴィトはその喉をかき切った。血が黒曜石の祭壇から流れて扉へと向かっていった。輝く闇の魔法が門の封を解き、扉は重々しく床にこすれながら開いた。ヴィトはナイフの血を拭いながらその中を覗きこみ、そして驚きに身を硬くした。
前の扉を開けた時は、更に地の深くへと続く狭いトンネルがあった。だが今、ヴィトは巨大な地下砂漠を目にしていた。天井のトンネルから気味の悪い光が差し込んでいた。ごつごつとした石柱や渦巻きのような穴が、滑らかな砂の海の表面を乱していた。アクロゾズに捧げられたものとは異なる崩壊した記念碑がひとつ、まるで地面までもその冒涜をあざ笑っているかのように、空洞の遠くの彼方の隅で半ば飲み込まれていた。砂の海の先には、鉱山の坑道のように滑らかで巨大な通路が上方と右に続いていた。
アート:Josu Solano |
「斥候を送れ」ヴィトはクラヴィレーニョへと告げた。「アクロゾズの存在を仄めかすトンネルを探すのだ」日誌にはこのような場所の言及はなかった。だがタリアンの時代は遠い昔であり、変化があっても何ら不思議ではない。
クラヴィレーニョが斥候に命令を伝えると、その者は槍を手に砂漠の端へと近づいた。そしてその槍で平衡を保ちながら数歩進んだ。だが何の前触れもなく、声を発する間すらなくその姿が消えた。砂の表面のくぼみは彼が立っていた場所を示していたが、他に痕跡は何も残っていなかった。
「流砂でしょうか?」兵士のひとりが尋ねた。「聞いたことがあります」
「流砂とは言うが、あれほど素早く流れるはずはない」バルトロメが答えた。「とはいえ沢山ある。いかにして渡るべきだろうか?」
ヴィトはひるまなかった。「クラヴィレーニョ、上空から確認せよ。安定した地面を見つけ、この危険な海を渡る」それが見つからなかった場合については考えなかった。見つかるはずだ、彼はそう信じていた。
クラヴィレーニョの両脚が煙へと変化し、彼は宙へと浮かび上がった。そして砂漠を行き来しながら急降下して様々な箇所を槍で試し、安定した地面には大きくXの印を描いた。彼がヴィトの元に戻る頃には、兵士たちは通過してきた部屋から木の板や扉や家具の残骸、その他にも十分な長さと幅があるあらゆるものを運び出していた。彼らはクラヴィレーニョが記した最初の場所へと間に合わせの橋を架けた。そして彼はそれが複数人を支えるだけの強度をもつと判断した。
尊者タリアンの槍を旗印のように掲げ、ヴィトは一行を先導した。その背後に慎重な足音と不安げな馬のいななきが続いた。木材は最初の固い地面に十分辿り着く分量があったが、列の最後尾の兵士たちは通過した箇所の木材を回収し、列の前方に敷くために移動させた。前進は退屈なもので、砂は不安定な道の端を舐めては彼らの靴にまとわりつき、大気は塩の香りと味で染まっていた。
近くで何かが動いた。何なのかわからず、ヴィトはそれを見つめた。
青白い姿が五つ、滑るような奇妙な動きで砂の上を跳ねながら近づいてきた。細長い脚、昆虫のように節のある細い身体、胸へと折りたたまれた腕。まるでカマキリと蜘蛛の中間のような。
「どうします――」クラヴィレーニョがそう言いかけた。
考える間もなく、カマキリ蜘蛛の二体が巡礼者の列へと接近した。それらは腕を振るうと人足と罪人を引っかけ、暴れて叫び声を上げる彼らを引きずりながら去った。そして素早く効率的な動きで、カミソリのように鋭い前腕を使って獲物を解体し、その破片を下顎でギザギザの口へと押し込んだ。
混乱が弾けた。馬は後ろ脚で立ち上がって駆け出そうとした。人間たちは身を寄せて縮こまり、吸血鬼は自分たちと下僕を守ろうと動いた。
「あの怪物どもを滅せよ!」ヴィトは叫んだ。「血と栄光のために!」
クラヴィレーニョは槍を振り上げながらその鬨の声を繰り返し、両脚を黒い霧の軌跡に変えて宙へと舞い上がった。彼の配下の兵士数人がそれに続き、ひとつの部隊となって最も近い敵を攻撃した。2人の兵士が側面を取り、ひとりが上空を飛んで背後から攻撃した。ヴィトは彼らの残忍な能率性に満足しながら、他の戦闘員たちを見つめた。
アマリアはヴィトが知らない呪文を呟き、怪物たちから身を守るように剣を掲げた。一体が彼女の魔法に拘束されたらしく、動きを止めた。バルトロメの鞭がひらめき、その怪物の首に巻き付いた。そして鞭の先端が魔法によって鋭い刃へと変化し、彼が手首をひねるとカマキリ蜘蛛の首はほぼ切断された。
ヴィトはタリアンの槍を旗印のように握りしめながら、視線を空飛ぶ吸血鬼たちへと戻した。彼らは剣と槍でカマキリ蜘蛛へと大きな傷を与えていた。すぐに四体すべてが倒されて砂へと沈んでいった。他に近づいてくるものはなかった。自分たちは勝利したのだ。
「我らの死者はどれほどだ?」ヴィトはバルトロメへと尋ねた。
「ここでの確認は困難です」バルトロメが返答した。「渡り切ってから数えるのが賢明かと」
ヴィトは同意に頷いた。「前進だ」配下の者たちは従った。恐怖に震える者、白目をむいて気絶した者を助けようと駆け寄る人間たちすらいた。
やがて彼らは空洞の奥へと辿り着いた。そこではコウモリの羽の彫刻がひっそりと刻まれた小道が一本、彼らを先へと誘っていた。バルトロメは人足と罪人たちをまとめ、クラヴィレーニョは兵士たちの隊列を編成した。彼らは最初に怪物に連れ去られた者たちの他にも人足と兵士がひとりずつ、罪人がふたり、そして馬が一頭砂に落ちたと報告した。
「彼らの犠牲に敬意を」ヴィトは一行を見渡して厳かに告げた。「アクロゾズの栄光を取り戻すためには、流血は避けられぬ。信念を曲げぬことだ。さすれば途方もない報いが得られるだろう」
ヴィトはバルトロメの横を過ぎて新たなトンネルへと入った。そして一瞬、相手の表情が注意深く中立的なものからどこかもっと悲観的なものに変わったと気付いた。問題はない。バルトロメがこの任務を妨害するつもりならば、取り除くだけだ。
アクロゾズは再び立ち上がり、トレゾンの敵は斃れるのだ。
クイント
クイントは確かに思った、新たな地の探索は決して飽きることはないと。
彼の目の前には何マイルも続く空洞が広がり、その端から端までが石造りの建物と狭い通りで埋め尽くされていた。クイントは驚嘆した――ひとつの都市がこの深い地下洞窟の中に建てられている。そして別の地下都市を思い出して笑みを浮かべた。少なくとも今回は、それを発見するために落下死する危険はなかった。
「ああ、巡礼者よ」クイントは呟いた。「いかなる放浪者があなたを建てたのですか?」
この都市は発光する菌類で覆われた石材で構築されており、その表面はサンゴ礁のようにあばただらけだった。その奇妙な菌類が発する青と緑色の輝きは、クイントがロアホールド大学で学んだ複雑な儀式魔法陣のように不気味なほど規則的で、数学的とすら言えた。さらに興味深いのは、都市の中央のピラミッドに刻まれた紫がかった桃色の線だった。明らかに、この探検で訪れた最初の部屋以来、繰り返し見かけたものと同じ顔料が用いられていた。
「どう思います?」都を顎で示し、ウェイタが彼へと尋ねた。
「全くもって驚きです」クイントはそう返答した。「ザンタファーを思い出します」アステリオンにこの地を見てもらいたかった。昔の師匠はきっと興奮しただろう。
「ここでは骨を舌で確認しないで下さい」ウェイタが助言した。「あの菌類の見た目は気に入りません」
クイントもそれは同意したかった。
彼らは都の奥深くへと進み続けた。インティとカパロクティは興味深い武器や鎧を探すために戦士たちを送り込み、ファートリとクイントは引き続き遭遇した絵文字や絵を調べていった。
ここにもさらに沢山の死体があったが、他の部屋とは異なってどれも葬られてはいないようだった。石化した骸骨が倒れたままの場所に横たわっていた。あるものは腕を伸ばし、あるものは膝を胸に抱え込んでうずくまり、衣服も肉も骨から剥ぎ取られていた。さらに酷いのは成長した菌類の飲み込まれたものたちで、不気味な花束のように眼窩や口からキノコが生えていた。
遠くでかすかな桃色の輝きがあり、クイントの注意をひいた。瞬きをするとそれは消え、一瞬彼は見間違いかと思った。だが再び輝いた。彼はそれを追跡し、注意深く街中を進んだ。ウェイタ以外の全員を置いたままだとぼんやり認識しながら。
とある広場の中央、乾いた噴水の前で、クイントはついに驚くほど保存状態の良い布とビーズの山を発見した。触れたら崩れてしまわないかと不安になりながら、彼はその布地を調べた。宝石や糸は魔法を発していた――それらは至る所で見られるあの紫がかった桃色の鉱物から作られていた。魔法は馴染み深く、また独特でもあった。彼は慎重に布を地面に広げ、鼻で皺を伸ばし、その隣にビーズを置いた。正確には沢山のビーズと結び目を繋げた何本もの糸。布地は紫や緑や青、そして深い血のような赤で織られていた。
「ポンチョですか?」ウェイタが尋ねた。
「それは私よりも貴女の方がわかりそうです」クイントは返答した。「とある呪文を試してみます。すべての疑問の答えがわかるかもしれません」
彼は両手を掲げ、何度も練習し何度も用いてきた古術魔法“奮起”の印章を描きはじめた。呪文が最高潮に達し、軽い吐き気をクイントが覚えた頃、そのポンチョは熱のない炎で輝いた。そして不意に炎の色が変化し、宝石や染色された糸と同じ紫がかった桃色を帯びた。
ポンチョが宙へと浮かび上がった。青緑色の輝きがその内側から発せられて形を成していった。髪を頭の上で束ね、そのポンチョをまとう老人の姿となった。彼は目を狭めてクイントとウェイタを見つめた。
「誰だね?」その半透明の人物が尋ねた。
「クイントリウス・カンドといいます。貴方は?」
「私は……」その霊は困惑したように言葉を切った。「わからない」
「私のアブエロ……祖父に似ています」ウェイタが呟いた。
幽霊の顔に笑みが広がった。「アブエロ! そうだ、その名前はわかる。誰かが私をそう呼んでいた」そしてその笑みは消えた。「だがここは……?」まるで初めて見たかのように、彼は辺りを見渡した。彼は口を開いては閉じ、そしてはっとするようにクイントに視線をやった。「マイコイドの蔓延をオテクランに警告しなければいけない。手遅れだ。扉を閉じなければ!」
それ以上は何も言わず、幽霊は菌類が蔓延する都へと急いで向かっていった。
オテクラン? マイコイド? 扉? 意味のわかる単語はひとつだけ、そしてそれは目的地を示してくれる重要な単語だった。クイントは躊躇しなかった――吐き気が収まらぬまま、彼はあの幽霊が導くであろうものへと駆け出した。
アート:Eelis Kyttanen |
マルコム
恐竜と戦ったことは以前にもあったが、これは様相が異なっていた。
キノコで覆われた胸をマルコムの剣が切り裂くと、鋼鉄は異様なほど滑らかに皮膚を貫いた。相手の生物は反応せず、ひるまず、苦痛の叫びすら上げなかった。ただ、再び噛みつこうと試みただけだった。彼は旋回して岩の尖塔の側面を駆け上がり、他の岩数本の上を飛び越え、その先の何もない広い地面をめざして飛んだ。
他の者たちの状況はそこまで良くはなかった。彼らは鉤爪や歯を避けながら石筍の間を駆けた。もしこの戦いが長引いたなら疲れて動きが鈍くなり、そして――
「ダイバクハツ?」マルコムと背中合わせに立ち、ブリーチェスが尋ねた。彼は射撃武器を捨てて両手にナイフを持ち、更に尻尾にもう一本を掴んでいた。
「ここでは駄目だ」マルコムは鍾乳石の尖った先端を見上げた。串刺しにされる危険は冒したくない。上手くいくかどうかはわからないが、彼には他にできることがあった。
マルコムは歌いはじめた。
魔力の込められた声が洞窟の中に不気味に響いた。長い間忘れていた子守唄のように、あるいは楽しい夢から目覚めても少しだけ記憶していた旋律のように。それを聞いた誰もが、海賊も恐竜も、立ち止まって耳を澄ました。ブリーチェスですら力なくナイフを脇に落とした。
ばらばらになれば攻撃はできないだろう、そう願いマルコムは歌いながら敵を念入りに切り裂いていった。間もなく、恐竜たちは痙攣する肉塊の山と化した。彼は歌を止めて洞窟の隅へと歩き、二食ぶんの食事を吐き出した。
「ひでえよ、これは」彼は呟いた。けれど少なくとも自分たちは生き延びた。
他の海賊たちも夢想を脱したが、酔ったようにまだ放心状態だった。真っ先に回復したのはブリーチェスだった。彼は帽子を脱いで頭をかき、かぶり直すとマルコムの隣によろよろとやって来た。
「オウゴンない、ホウセキも」悲しむようにブリーチェスは言った。
「そして誰もいない」マルコムが答えた。彼は味方の負傷具合を確認し、素手や破れた服の上から見える爪傷や噛み傷に顔をしかめた。ブリーチェスは無傷のようで、そして彼自身もまた幸運だった。
「他の奴らと合流しよう」マルコムは言った。「人数がいた方が安全だ。傷を洗って手当をしたら進もう」
彼は菌類に照らされたトンネルを先導して陥没泉へ戻った。海賊たちは下降を続ける準備を終えていた。マルコムが安堵したことに、そこでは何も異常はなかった。
「よし」彼は負傷した仲間たちを振り返った。そして発しようとした言葉を呑み、眉をひそめた。
彼らの血まみれの傷は……消えてはいない、だが変化していた。誰も治癒魔法や薬や湿布を用いていないにもかかわらず、彼らの切り傷やえぐり傷はかさぶたのような黒い跡に置き換わっていた。さらに不安にさせるのは、その黒いものは発光する黒い静脈で結ばれた同心円のように、レース模様となって広がっているように見えることだった。
「大丈夫か?」マルコムは尋ねた。
「具合は悪くない」異口同音ではないものの、彼らはそれぞれ答えた。
マルコムは目を狭めた。嫌な感じだった。彼らをここに置いていくべきか、あるいは上へ送り返すべきか。だが下の町の住人たちが失踪した謎を解かなくてはならない。あんな恐竜たちにまた遭遇するのなら戦力は必要、それに彼らの言う通り、本当に大丈夫なのかもしれない。
ずっと地下にいることで自分は苛立ちはじめているのかもしれない。これが終わったら、どこか陽の差す海岸で快適な長期休暇をとろう。任務が上手くいけばヴァンスに沢山の貸しを作れるはずだ。
マルコムは次の昇降機を目指して歩いた。空に生きる生物であるはずが、彼の足取りは気詰まりなほどに重かった。陥没泉の深みが冷たく、わびしく招いていた。
アマリア
それは砂漠を離れてから彼女たちが三番目に遭遇した石標だった。アマリアよりも背が高く、絵文字で覆われ、その上には大型の猫科生物が威嚇をする口のような彫刻が施されていた。これは記念碑なのだろうか? それとも何かの布告?
それとも警告だろうか?
不気味な音がひとつ発せられ、壁に反響し、やがて囁き声ほどに小さくなっていった。アマリアは洗礼盤に聖油が注がれる音を思い出したが、遥かに大きな規模だった。彼女の新鮮な血がこの地下空間の地図を更に満たした。高低差があり、かつどれも均一ではないため、正確な地形を記すのは困難だった。彼女はいくつかの新たな線と色を睨みつけた。この先にあるのは何だろう? 炎だろうか?
あの幻視を思い出してアマリアは震えた。
「寒いのですか?」バルトロメが尋ね、彼女はかぶりを振った。
だとしても、寒さで震えるわけではないだろう。
彼女の地図が示したまさにその場所で、調査隊は謎めいた音の発生源を特定した。アーチ状の自然の橋が交差する巨大な洞窟の中、溶岩が轟音とともに壁の側面を流れ落ち、洞窟の内部全体を明るく照らしていた。石造りの建築物がいくつかの岩塊の上にそびえ立ち、あるいは巨大な鍾乳石に直接彫られていた。空を飛べない者たちはいかにしてあそこに辿り着くのだろう? アマリアは想像できなかった。これまでに発見してきた区域と同様にここも無人のようで、だが多少は修復されていた。
いや、無人ではないのかもしれない。すぐ近くの建物から何者かが飛び出し、もっと小さな数体の何かに追いかけられているようだった。その人物は、光の軌跡を描く奇妙な輝く剣を振り回しながら、吸血鬼たちに向かって橋のひとつを駆けてきた。彼の服装は一風変わっており、半ばマントのような赤と白の上着で、その胸の上部を枝のようなものが覆っていた。
「すみません、そこの人たち!」聞きなれないアクセントでその少年は呼びかけた。「助けてくれたらありがたいんですけど!」そして追跡者たちの姿も見えた。ゴブリンに似た生物、けれど体毛はなく皮膚は青白い。一体が槍を投げつけたが、少年は優雅に旋回して鋭利な骨を三つの破片に切断した。
武器に手をかけ、アマリアは踏み出した。バルトロメが彼女の肩を掴んで押し留めた。ヴィトは威圧的に睨みつけてふたりを一蹴し、元の道を進み続けた。
死ぬかもしれないというのに放っておくのだろうか?
ヴィトがそうだとしても、アマリアはそうしたくはなかった。彼女は魔法の羽ペンを取り出し、洞窟の地図を広げ、現在地に集中した。その少年が駆けた橋をペン先がなぞった。気を付けなければ、この魔法は彼を殺してしまうかもしれない。アマリアが呪文を呟いて自らの意志を筆記具に注ぎ込むと、その先端が星空のように輝いた。
彼女は羽根ペンの繊細な線で地図を書き換え、すると世界が書き換わった。
アート:Alix Branwyn |
石橋の一部が消えた。不意に足元が開き、青白いゴブリンのうち二体が悲鳴をあげて落ちていった。三体目は急ぎ立ち止まろうとして失敗し、もう二体と同じ運命をたどった。
アマリアの加減が正確でなかったため、その少年もまた落ちそうになっていた。だが彼は新たにできた岩塊に上半身でしがみつき、奮闘とともに身体を引き上げた。
「よくやった」バルトロメが呟き、アマリアを驚かせた。あの人物を救えたことに安堵し、彼女はバルトロメへと微笑みかけた。
だがそこでヴィトの苛立つ表情を見た。
弁解の言葉を探す中、そのどこか妙な少年が息を切らして駆けてきた。近くで見ると、その肌は太陽帝国の人々と同じくやや濃い色だとわかった。だが彼らとは異なり、その耳の先端はわずかに尖っていた。
「感謝します、助けて頂いて」彼は礼儀正しく頭を下げた。
「君は何者かね?」ヴィトが冷淡に尋ねた。
「ケランといいます」その少年は答えた。「僕が何かして……あれを挑発しちゃったみたいで。けれど皆さんがいてくれて本当によかった。ありがとうございます」その光の刃が消え、入念に編み込まれた枝のような柄ふたつだけが残った。彼はそれをベルトに引っかけた。
「どこから来たのだね?」バルトロメが尋ねた。
「エルドレインです。僕――」
「どうでも良い」ヴィトが割って入り、バルトロメを睨みつけた。「我らには関係ない」
「ここに放っておいたら死んでしまいますぞ」バルトロメは反論した。
「我らは神聖なる探索行の最中だ。余計なことをする余裕はない」
アマリアが咳払いをした。「私が責任を負います――既に何人もの兵を失いました。彼は役に立ってくれるかもしれません」
ヴィトとバルトロメは黙って彼女を見つめた。やがて、ヴィトが牙をむき出しにした。
「疑わしい動きを見たら、すぐに私に報告せよ」そう言い放ち、標のように槍を掲げてヴィトは一行の先頭へと戻っていった。
バルトロメがアマリアの耳元へと囁きかけた。「あの者には公然と反抗しないことです」
アマリアは頷いた。ヴィトに敵とみなされたらどうなるか、あえてそれを想像する気はなかった。
「ありがとうございます。僕を気にかけてくれたんですよね」ケランはアマリアへと言った。
アマリアは弱弱しく笑みを浮かべ、背負い袋の中の包帯を探した。彼の血の匂いを感じた――奇妙で力を帯びている、まるで香辛料入りワインのような。「自分で手当てできますか」彼女は尋ねた。「それとも手伝いが要りますか?」
「自分でやれます」ケランは答えた。「失礼かもしれませんが、皆さんはどういった方々なんですか?」
「歩きながら話します」アマリアが言った。だがその約束は彼女の口に、古くなった血のような味を感じさせた。この見知らぬ人物に何を話せばよいのかがわからないために。話す過程で、自分たち両方が危険にさらされるかもしれないのだ。
彼女たちは次なるトンネルに入り、溶岩の光と咆哮が背後に消えていった。暗闇そのものが恐ろしい約束だった。
(Tr. Mayuko Wakatsuki)
Lost Caverns of Ixalan イクサラン:失われし洞窟
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