MAGIC STORY

久遠の終端

EPISODE 13

第8話

Seth Dickinson
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2025年7月2日

 

Revision14 ハリーヤ、生かす

 カヴは水門を開けて鉱滓フィールドに水を流していた。激しい水流に隠れてサミとタンは縁壁を迂回し、セリーマ号へと戻ることができた。

 タロ・デュエンド上空を旋回する蒼星が宇宙港に向けて砲撃を開始した。脈動するレーザー光線が笑い声のように音を立て、白く激しい電撃が管制塔と気象レーダーを駆け上がる。

 「見覚えがある」サミは遠くの惨状を見つめながら言った。「見覚えがある。シグマでこれを見たんだよ、タン! でも見てない。そんなことは起きてない。一体……」

 「行くぞ、船長。移動しないと駄目だ」

 だが間に合わなかった。セリーマ号は既に何者かに発見されており、船首の貨物タラップが下ろされ、第一貨物室の長い乗り込み口から乗船可能な状態になっていた。「セリーマ号、展開――」サミは叫びながら船へと駆け出した。

 何かがサミに命中した。サミは顔面から倒れこみ、震えた。

 タンが片方の作業用鉤爪でサミを掴み上げ、物陰へと引きずり込んだ。再び顔を上げられるほどに回復すると、サミは異様な光景を目にした――黄金のアーマーをまとう何者かが、微動だにせず、アルファラエルを威圧するように立っていた。そのアルファラエルの方はというと、惨めな様子で相手の足元にうずくまっていた。彼は片手にシグマから持ち出したあの奇妙な石を、もう片方の手にはサミが船室に置いておいた噴射式の薬剤投与装置を持っていた。麻痺薬が一杯に入っているそれを。顔の横では、望遠鏡のベアリングが唾液にまみれて小さく回転していた。

 「この女があんたたちを殺した」アルファラエルが言った。「僕は見た。けど――殺してなかった。たぶん……いや、わからない」

 「その石を容器に戻した方がいい」タンは何気ない様子で言った。この後に暴力がやって来る類の何気なさ。サミは警戒して辺りを見回した。

 アルファラエルは石を、そしてサミを見た。「思うに、この女は僕を殺すつもりだった。けど、僕に何かを変えて欲しがっていた。過去を。誰かが死ぬのを止めて欲しがっていた。そんなことが……僕にできたんだろうか? 僕は誰かの死を……何かが起こるのを止められたんだろうか?」

 「ああ」タヌークが答えた。「でもその代価は気に入らないかもな」

 カヴの遠征用アーマーが空っぽのまま、アルファラエルの背後に不気味に立っている。

 サミは慎重にサミズム信者のアーマーに近づいた。麻痺しているように見えても、アーマーの人工知能が自衛行為に出ないという保証はない。「どうやってアーマー越しに投与装置を?」

 「僕には穴があってね。あの投与装置は発作用だっただろ? 麻痺剤だろ? 麻痺剤と、投与装置をくれたんだろ?」

 「ああ」サミは気をとられながらも返答した。サミズム信者のヘルメットから振り子がぶら下がっている。サミはそれをつついて動かし続けた。もしかしたら非常用装置かもしれない。もし止まったなら、この女性は爆発してしまうかもしれない。

 そのヘルメットを通して小さな声が響いた。戦術無線の声が、骨と肉と合金を通り抜けて伝わってきた。

 「済まない、ハリーヤ」そしてチャンネルが切り替わる短い振動音。「ヴォンダムより全ユニットへ。2分後に第七プロコトルを実行する。フレア3、スター2の最後の位置まで移動して発射準備。ハリーヤは沈黙、標的は逃走の可能性あり、ガルヴァリーニャ、スター2の補助に入れ」

 サミは言った。「第七プロトコル、2分後に。第七プロトコルって何だ?」

 「あいつらが僕たちを皆殺しにする合図だろう」とアルファラエル。

 タヌークは長い不満の叫び声をあげ、操縦席へと駆けた。

 「そうだ、アルファラエル」タヌークに続きながら、サミは一旦足を止めて尋ねた。

 「僕?」アルファラエルは顎をこすっていた。

 「さっきのそれは石の魔法なのか? 幸運をくれるのか? それを使って私たちをここから脱出させることはできるのか?」

 アルファラエルの顔から血の気が引いた。元々不健康なほど色白なこの男の、かなり深刻な反応といえた。「そんなことは無理だ――僕がこれに何かをさせるなんてことは。この石はあの女を止めはしなかった」

 「ああ。あの人を止めたのは君だ」

 「んん」アルファラエルは石を見た。「僕はてっきり……そして船長たちは無事にここに戻ってきた……」

 「やばいことになってるぞ」上からタヌークが叫んだ、「本気でやばい」

 「私たちはもう死んでいるも同然だ」サミが言った。「蒼星とホープライトが頭上を飛んでる中、ここから離陸できる可能性はない。一体どこまで状況が悪化するんだ?」


 サミは操縦席に勢いよく座り込んだ。「ある限りの燃料で飛ぶ」まるで他に選択肢があるかのように宣言する。「タン、お前が持ってた砲台のコードはまだ使えるか?」

 「使えねえ。けど――」

 「けど船倉にスベダールのアーマーがある。新しいコードが付いてなかったか?」

 タンは肯定のうなり声を上げた。「ピナクルの暗号破りには何でもねえよ。コードは回収済みだ」

 だから、もしかしたら――ホープライトを突破できれば――勝機はある。サミは両手を踊らせ、静かに歌う。スイッチ、スイッチ、スイッチ、警戒態勢、スイッチを下ろし、警戒継続。時間はない――

 「監視カメラ起動」タヌークが報告した。

 サミは映像にいくつかのものを見た。正面に洞窟の入り口、その外側の鉱滓フィールド、そして真っすぐにこちらに向かってくる何か明るく熱いもの。

 その時、眩しいレーザー光線が映像を消し去った。船に設置している違法の探知機が攻撃を検知し、手遅れの警報が鳴り響く。エアロマックとミラーダストの束が発射された。

 ホープライトが頭上を通過する際の衝撃波が、着陸脚で立っているセリーマ号を揺さぶった。

 「発進!」タヌークが叫んだ。

 サミはエンジンを始動し、船を上昇させた。積荷もなく、燃料もほとんど入っていないセリーマ号は洞窟の天井に衝突してレーダーを叩き壊した。セリーマ号は飛びたくてたまらないのだ――サミはその衝撃を朗報と受け止めた。そして勢いよく前進し、洞窟を出て鉱滓フィールドを越え、上昇する。破片が船体にぶつかり、まるで暴走する獣の足音のように響く。サミは歓声をあげてのけぞった。飛んでるぞ!

 「翼を展開」とタンが報告する。「揚力姿勢に移行」

 サミは船を90度横向きに傾け、高く立たせた。アルファラエルが吠える声が聞こえる。「やった……」

 そして大きな爆発音。「ホープライトがレーザーで何か撃ちやがった」タヌークが報告し、そして悲鳴を発した。「メインドライブだ! マガジンノズルを破壊された!」

 「どうせ燃料はないよ!」

 翼のひとつが開きかけのまま固まってしまったが、問題はない。推力を揚力に置き換えるだけだ。スロットルを開けて発進。発進だ!

 「俺たちは死んだ」タヌークが言った。「おしまいだ」

 「ああ」とサミ。運動学的に言えば、蒼星から逃げ切るのは不可能だ。あの哨戒艦の使節型レーザーは、厚さ10メートルのアルミニウムを1秒で貫通する。「でも、まだ死んでない。奴らは無力化するために撃ってきてる。私たちを無傷で沈めたいんだ」

 「あの石を欲しがってるんだろうな」

 「そうは思わない。奴らが狙ってるのは、船倉にいるアーマーを着たあの兵士じゃないかな。奴らの幹部が呼びかけてるのが聞こえた。ハリーヤって呼んでた」

 タヌークは角毛を引っ張り、表層が剥がれると手を離した。「悪巧みをするか」

 「人質か?」

 「ああ。下に降りて捕まえて――」

 フラディエーターがふたりの間に割って入り、メインディスプレイを叩いた。

 「人質が欲しいの?」


 ハリーヤのアーマーが麻痺薬を識別し、中和剤を放出するまでに長い時間はかからなかった。だがその待ち時間は苛立たしかった。アルファラエルは彼女のアーマーを脱がせようと試み、神経インターフェースを探すためにヘルメットの隙間から指を突っ込むことすらした。一体どうやって? 静電容量の低下もセンサーの故障もない。それに、どうして手を伸ばして目をえぐり出さないのだろう? そうすればいいだけなのに。

 どうして殺さないのだろう?

 あの人間とカヴを殺したことを覚えている。けれどその記憶は間違っているに違いない。彼らは立ち上がり、操縦席へと駆け上がっていったのだから。

 きっと、あの“もの”が作用したに違いない。アルファラエルは何かを変えたのだ。けれど私の過去の行動を変えるなど、どうやって? 振り子があるのに。忌異への対抗手段で武装しているのに。

 船が急に動き出し、貨物室全体が横に傾いた。カヴの装甲は兵棋演習の駒のように転がり、その激しい揺れの中で彼女はジェット噴射の冷気を感じた。アーマーが解放してくれた。動ける!

 ハリーヤはアルファラエルの喉元を掴んだ。彼は悲鳴を上げて蹴り飛ばしてきた。この喉を最後まで閉じてしまうのは簡単、だが何かが彼女を悩ませていた。

 「私たちは死んだはずよ。全員が。第七プロトコルよ」

 アルファラエルは右手でハリーヤの顔を叩き、彼女はマイクロ波を発射して対抗した。叫び声を上げろと脳が指示する間もなく、アルファラエルは脊椎が硬直して手を離した。「触らないで」マイクロ波は彼の左手も焼いたので、あの“もの”は床に落ちた。「その“もの”を停滞容器に入れなさい」

 彼は従った。停滞容器が作動するとハリーヤは片手にブラディエーターを持ち、アルファラエルを操縦席まで連行した。その間も早口で何かをわめいていたが、彼女は全く気に留めなかった。あの人間とカヴは人質について話していた。

 「人質が欲しいの?」ハリーヤはそう言い、アルファラエルを席の間に投げつけた。「この船を着陸させなさい。それと142に繋げて」それはCOMASU、ピナクルの遭難信号であり全員が監視することになっている周波数だ。ヴォンダム卿も聞くだろう。

 船長は青白い肌と黒い目をした若者で、おそらく自分とあまり変わらない年齢だろう。線状レイピアを携え、愛嬌のある笑みを浮かべる。「着陸? こんな優秀な護衛がついてるのに?」

 後方カメラの画像を若者は示した。

 一機のホープライトが船尾のすぐ背後についていた。あまりに近い。そして非常に機敏に動くその船は、こちらをまるで模型のように分解してしまえるだろう。エンジンと動力炉、そして骨組みだけが残り、ハリーヤともう3人は開けた操縦席に立って風を楽しむのだ。

 だがこの魅力的な船長が見せたがっているのは、それではない。

 嵐の雲が途切れて視界が晴れていた。

 タロ・デュエンドのカヴの居住地の上に、サンドッグ号が王笏のようにそびえていた。

 翼を格納して垂直に立ち、アークジェットの推力の柱の上で塔のように浮かんでいる。驚くほど無防備、けれど必要なこと――サンドッグ号は兵士たちを回収しているのだ。

 フリーカンパニーの兵士たちが、足場や屋上から次々と現れた。彼らは装甲ジェットに乗り、あるいは分隊用の太鼓型メカンに繋がれて上昇していく。サンドッグ号の小艇も降下し、負傷兵を乗せていく。

 それ以外はすべて光だ。清い光。純粋な光。けれど良い光ではない。

 サンドッグ号がレーザーを撃ち、タロ・デュエンドのすべてを破壊しているのだ。

 艦体の至る所に使節型レーザー放出器が設置されているが、それらは2つの主要ビームコアを備えている。さらに、飛来するミサイルを迎撃するための集中防御レーザーと、近距離の非装甲目標を撃破できる探知光アレイも搭載されている。これらすべてが単調に、かつゆっくりと効率よく発射されていた。

 タロ・デュエンドのあらゆる生物や機械は、赤外線画像上に際立つ熱点として映る。そしてサンドッグ号の射撃管制システムは、それぞれの熱点を標的へと変換する。レーザーが次々と標的へ照射されていく。集中防御レーザーは眼下の群衆をラスタデータに変換しながら燃やし、使節型レーザーは全身をプラズマ化させる。どちらの方が無慈悲かを判断するのは難しい。

 街路に出ているカヴの多くが燃えていた。その意味を考えなさい、ハリーヤ。彼らの肉体は空気中の酸素と持続反応を起こすほど熱くなっている。そして燃えているカヴたちは何をしているのか? 互いの火を消そうとしている。喘ぎ、よろめきながら、鉤爪で叩き合っている。炎を消そうと体当たりを繰り返すが、結局は燃え盛る死体の山を作るだけだ。

 レーザーから逃げ延びた者は家屋の中に入り込む。そしてサンドッグ号は彼らを集めてから家屋に火を放つ。

 ハリーヤはぞくりとした。額から足の裏まで。

 こんな光景は、見たこともない……想像したこともない……信じられない……

 無力な者に対する、なんという力の行使。確かに彼らは暴動を起こし、攻撃した――「確かに」? 当たり前だ、そこは彼らの故郷なのだから。プロコトルも、聖なる物品について彼らは何も知らない。フリーカンパニーは強い。数千人のカヴの暴動など何でもない。ここまでする必要は微塵もない。

 カヴたちがその“もの”に近づき、かつそれだけで汚染されている場合を除いて。

 そして自分はもっと近くにいる。

 「どうして私たちも殺さないの?」

 「あなたを殺したいとは思ってないんでしょうね」船長が言った。

 操縦席のカヴがうめき声をあげ、顎を引っ張った。その手から角のような棘が落ち、血がそれに続いた。

 船尾の蒼星は赤い花の中心に浮かんでいるようだった。花弁の縁はレーザーの線、花弁の先端はカヴを燃やす炎。

 「私はこれを見たんだ」船長が言った。「シグマで。粘土に焼き付いたガラスの花。あのヴィイは落雷だと言っていたけど、そうじゃなかった。レーザーの攻撃だったんだ。そしてそれは……起こらないことになった。巡視船は私たちを捕まえられなかった。代わりに、今ここでそれが起こってる。金属男が欲しがる石が行く所で、フリーカンパニーは虐殺を繰り広げてる」

 「僕のせいじゃない」床に倒れたままのアルファラエルが言った。「僕は知らなかった。ただ石に触っただけだ。そうしろってサミ船長に言われたんだ。誰も傷つけるつもりなんてなかった」

 その最後の言葉は嘘だ。彼はカム=シク、自爆特攻兵だったのだから。だが今はどうでもいい。すぐ背後にホープライトがいる。「どうしてまだ私たちを殺さないの?」彼女は繰り返した。「その“もの”がここにあることを卿はご存じなのに。地上じゃなくて、この船にあるのに。COMASUに繋げて。繋げなさい!」

 船長は長い指で慎重にスイッチに触れた。その間、ずっとハリーヤを見つめながら。「繋いだよ」

 「ヴォンダム卿、ヴォンダム卿、こちら従者ハリーヤ。フレア3が追跡している船に乗っています。その“もの”はここにあります! 確保しています! カヴを殺すのを止めてください。ここにあります!」

 彼女はフレア3からの発射を待った。当然だ。これは手順だ。手順には毎回従わなければ効果はない。

 蒼星はタロ・デュエンドへの砲撃を続けている。

 「ヴォンダム卿」ハリーヤは繰り返す。 「ヴォンダム卿、こちら従者ハリーヤです。応答願います」

 「ハリーヤ」ヘルメットの中から聞こえる声はか細く、抑揚を欠いていた。大気中で爆発するレーザーの雑音が無線に干渉しているのだ。「総和に感謝を。私はてっきり……君のアーマーが報告していたものでね、無力化されたと」

 「閣下、タロ・デュエンドへの攻撃を止めてください。その“もの”は確保しています」

 「わかっている。君が乗組員を殺して船を強制的に降下させるまで、私たちは続けるつもりだ」

 「乗組員を殺し……閣下、第七プロコトルを進めているのですよね!」

 雷雨の静電気。宇宙線の静電気。大気を切り裂くレーザーの、脈打つような静電気。

 「そうだ」

 「この船を破壊しなければなりません! 私はその“もの”に曝されました。防御手段も乱され、過去の選択も変えられてしまいました。卿自身が仰っていたはずです、アルファラエルの方が先にその“もの”と接触したなら、私が卿の死を命じねばならないと。私と卿の立場は交換されています。今まさに、卿が、私の死を命じねばならないのです!」

 「落ち着きたまえ、ハリーヤ。その“もの”を回収し、停滞状態でカンデラに戻す。その船を降下させるのだ」

 「閣下は視界に入るカヴをひとり残らず殺しています。その子供たちも殺しています。なのに私を生かすのですか!」

 沈黙。

 ヴォンダムが自分を説得しようとしたように、彼女は卿を説得しようと試みた。「今や私がアンストラスの分身だとしたらどうされるのですか? もし私が、その“もの”の逃亡を確かにするように改変されていて、それがモノイストの手に渡り、彼らがそれを至高点の切り倒す者へと投げ込み、そして全宇宙が彼らの目的に沿うように改変されたなら? もしその可能性は1兆分の1であったとしても、総和は必ず減少します。必ずです、閣下。そして、もし私を生かしておくことで総和が減少するなら、閣下は私を生かしておいてはならないのです! それが私たちなのです、閣下。私たちは総和を増大させるのです!」

 そこで不意に、アルファラエルが元気を取り戻したように言った。「総和なんて忘れろよ。さあ。『総和なんて忘れる』って言ってみろ。僕はやったぞ。垂直落下なんて糞くらえ、人生と心を捧げた信念なんて糞くらえだってな。僕は生きるんだ。総和なんて忘れる、そう言えばいいんだ。見ろよ、後ろで何が起こってるのかを。いいことか? お前は子供の頃、こんなのの仲間になりたかったのか?」

 「黙りなさい、石の言いなりになっている臆病者のくせに。自分でも気づいていないだけで、そうなっているのよ」

 「そういうあなたは、誰の言いなりになってるんだ?」船長が静かに尋ねてきた。「見るといい。奴らが地上で何をしてるのかを」

 ハリーヤは気づいた――自分は目の前の残虐行為を正当化しようとしていると。ただ信仰の外にいる者が異議を唱えてきたという、それだけの理由で。「あなたは――あなたは、目に見える惨状と人間の感受性の限界を利用して、総和の長期的明晰さを傷つけようとしているのよ! 殺すことは、その、あの――」言葉が途切れる。まるで偶発的質問を投げかけられて、まともな返答ができない時のよう。「数千人を殺すのは直感的には間違っているけれど、それで何千年も続く戦争の結末が少しでもましになるなら、何でもないのよ! サミズム信仰の戦略的立場が少しでも、ほんの少しでも良くなれば、今日ここで私たちが奪うよりも沢山の命が救われるのだから!」

 主張しながらも、ハリーヤはそれを信じてはいない。この殺戮という毒薬を永遠という大きなグラスで薄めて、もう飲めなくなるまで飲むという手段は取れない。ああ、街が、カヴたちが燃えている。

 「見ろ」タヌークが言った。「よく見ろ」

 そのカヴが後方ディスプレイを指さす。蒼星は兵士の回収を終えていた。それは煙を上げるタロ・デュエンドの廃墟の上空に、一本のオベリスクのようにそびえ立っている。レーザー射撃の頻度が落ちてきた。標的が尽きつつあるのだ。

 ディスプレイの中、その船尾に黒い球体が映った。

 球体は楕円形に変化し、下方を向く。そして横に膨れ、鐘のような形状に変わる。サンドッグ号は上昇していく。

 それが何を意味するのか、ハリーヤは理解できなかった。

 「うわ、やばいぞ」船長がうめいた。

 そして、ハリーヤは理解した。

 蒼星がメイン核融合エンジンに点火した。サンドッグ号は核爆発に乗ってタロ・デュエンドから遠ざかっていく。その炎はあまりに明るく、画面がそれを遮断している。いや、もしかしたらセンサーが自衛のために遮断しているのかもしれない。

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アート:Yohann Schepacz

 サンスター信仰は新たな太陽をひとつ生み出していた。放射線を生き延びるほど地中深くにいたカヴも、酸素が燃え尽きたなら窒息死してしまうだろう。

 タヌークが悲嘆に吠えた。

 「あの石だ!」アルファラエルが叫んだ。「取りに行かせてくれ、船長! 僕に止めさせてくれ! やめさせ……やめさせて……こんなこと、起こらなかったことにしてみせる!」

 「それは上手くいかないよ」とサミ。「シグマでも駄目だった。ここでもきっと。ただゴーストタウンをひとつ作るだけになる。誰もいなくなって。けれど私たちも、それがどうしてなのかすら思い出せないんだ」

 総和に適さない選択肢、最長期的に見て最も良い結果に繋がる可能性が低い選択肢があったとしても、それでもそれが……正しいと、必要だと、良いと確信できるような選択肢があったらどうする?

 この根絶行為が悪であると知る方法があったならどうする?

 無線には雑音が溢れている。核融合推進装置とその火球からの放射線だ。

 だがそれでも、ハリーヤは言った。「閣下、私を殺してください。その“もの”がそれだけに値するならば。総和がそれを要求するならば。私は無辜の人々を守ります。無辜の人々よりも先に死ぬのが役目です。私を生かしておきながら、彼らを殺すなど馬鹿げています! それは偽善です! もし彼らが死ななければならないのなら、私も殺してください! 私も! 殺してください!」

 返答は咆哮だけだった。

 少しして、サミ船長がハリーヤに言った。「これは、逃げてもいいってことかな?」


 タヌークは船の通信レーザーを制御している。だが通信できるのは視界内範囲程度に限られる――そしてカヴァーロンには当然、衛星はない。持続時間はワームの群れに獣が襲われた時ほどしかない。

 だがタヌークは別のものを発見していた。

 南の地平線上空40キロメートルに、装甲高高度気球がひとつ浮かんでいる。旧カヴァーロンはこれを用いて現カヴァーロンを監視し、微弱な通信回線を確保するとともに砲台の標的を捕捉しているのだ。

 タヌークは要請を送信した。スベダールの鎧から引き出されたコードはクリア。

 最初の兆候は、周辺機器市場で入手したESMパッケージからのうなり声だった。電子監視モニターが新たなレーダー照射を検知したのだ。

 上空の誰かがこちらを撮影している。セリーマ号の電子機器が不満にうめいた――照明が点滅して暗くなり、レーダーは電磁パルスのように強力な反応を示した。

 サンドッグ号の乗員たちは、何が起こりつつあるのかをすぐに把握した。レーザーが発射され、高高度気球を破壊した。

 サミは追跡してくるホープライトの顔面へと、核融合ドライブ反応塊の残りを叩きつけた。

 ホープライトはすぐさま垂直に回避し、目標を再び捕捉し、そして……

 光。

 カヴァーロンの砲台が火を噴いた。

 レーザー発射装置は旧カヴァーロンにあるが、発射されたレーザーは成層圏に待機する翼付きの鏡に反射させることができる。それは巨大な原子力ジェット機に乗って永遠に巡航する眩しい天使のようだ。その鏡が最近、サミズム信者の居住地であるアダージアから送られた資材で改良されていたというのは思いがけない皮肉だ。

 呼出符号フレア3のホープライトが白い閃光を放つ。翼が燃え尽きる。機体のヴィイが操縦士と運用管理技士を結晶フィールドに閉じ込め、最大重力による緊急回避を命じた。だが構造的に露出している核融合エンジンは失火し、戦闘機の尾翼全体を巻き込んで自爆した。その勢いで機体そのものはビームから逃れるものの、同時に総和への更なる貢献も不可能となる。ヴィイは乗組員のカプセルを発射し、最後のテレメトリを勢いよく送信した。それはずっと、異星の地表に墜落することを夢見てきたのだ。

 タヌークは復讐と憤怒の吠え声をあげた。

 「さあ、大きいのも落とすぞ」とサミ。

 砲台からの再びの攻撃、だが今回は外れた。サンドッグ号がレーダーを妨害したのだ。

 サミはセリーマ号を水平に保ち、まっすぐに低空飛行を続けた。サンドッグ号が上昇するにつれ、こちらの視界も開けていく――刻一刻と惑星の姿がはっきり見え、脱出の可能性も刻一刻と大きくなっていく。だが行く手には嵐と、風に舞う大量のガラス片が待ち構えている。レーザー照射を少しでも強くするためなら、何でもしなければ。

 「上だ」タンが促した。「宇宙へ向かえ!」

 「まだだ」眼下で惑星の姿が崩れていくが、サミは機首を下げたまま高度を低く保った。音速の10倍。11倍。12倍。

 セリーマ号は吠え、震えた。

 「何が起こっているんだ?」アルファラエルが叫ぶ。ハリーヤは見たところその場に凍りついている。

 「逃げてるのさ」とサミ。「あの石はどこに?」

 「貨物室に置いていけってその女に言われたよ!」

 「それはよかった。あのよくわからない物体に手柄を全部取られるのは嫌だからね」

 依然として、脱出は根本的に不可能のままだ。サンドッグ号も、生き残った三機のホープライトもそれは把握している。そしてセリーマ号の核融合推進装置は失われている。こちらが二週間先行したとしても、サンドッグはまだ自分たちを捕まえられるだろう。奴らは砲台の脅威を排除するだけでいいのだ。

 だがサミには数日も必要ない。ましてや数週間などは。

 必要なのは機敏なふたつの手、傍らのタヌーク、そして高度100キロメートルだけだ。

 「さあ、行くぞ」サミは意気込んだ。

 そして、船が望むことをそのままさせた――まっすぐに進ませた。

 足元から惑星が消え去っていく。セリーマ号は宇宙へと突き進む。周囲の青色が深い黒へと変わっていく。

 サミは推進装置を切った。すべてがそのまま流れていく。モルドレインの環が前方にあり、その下の――分厚い赤道帯の上をこれから通過する。

 サミは航行コンソールの下に手を伸ばし、一本の操作桿を引っ張った。それには粘着テープが巻かれており、「さわるな」と書かれている。

 セリーマ号の推進帆が収納場所から展開され、船体の前で広がった。原子ひとつほどの厚さの鏡面フィルムで覆われた炭素繊維メッシュの花だ。この帆は高価な電子機器の力を借りて、核爆発のエネルギーを捉えてセリーマ号を推進させることができる――だがその高価な電子機器は故障している。

 問題ない。必要なのは、推進帆の鏡面仕上げの内側だ。炭素繊維メッシュの完璧な反射面だ。

 「いくぞ」サミは声をあげた。

 ESMブロックが緊急警報を発する。カヴァーロンの砲台がセリーマ号に照準を定めたのだ。

 だがカヴァーロンの砲台はそもそも武器ではない。軌道加速レーザーであり、動かすもの、持ち上げるもの、加速させるものなのだ。

 そしてその光線がセリーマ号の推進帆に収束した。帆が融けてしまわないようにそのエネルギーは注意深く拡散され、小さな船を押し進めていく。帆を明るい紅色に輝かせ、セリーマ号はモルドレインの環を越えて惑星間の暗闇へと滑り出した。

 それでも蒼星たちの方が速い。核融合推進で追いつかれる可能性はある。

 だが今やカヴァーロン記念軍艦隊のあらゆる宇宙船が現カヴァーロンに群がり、セリーマ号のカメラが捉えた残虐行為の首謀者を探していた。

 こうしてセリーマ号は宇宙の暗闇へと滑り出ていった。新たな乗客ふたり、貨物がひとつ、そして壊れた核融合推進装置がひとつ。宇宙に放たれた一発の弾丸、帰るすべはない。


 

Revision14 マロウマス

 新たな乗客は全員、マロウマスの保護下にある客人であるとサミ船長は宣言した。これにより、アルファラエルとハリーヤは殺し合いを止めることになる。マロウマスを侵害するなどもってのほかだ。

 それでもハリーヤは壁を殴って穴を開けたり、いくつものブレーカーを落としたり、止めようとする相手にマイクロ波を浴びせたりした。これはマロウマスとしてはあまり良い振る舞いではない。

 推進装置が止まり、全員が浮遊状態になった。

 タヌークが吠えた。棘を千切った箇所から血が飛び散った。「いいかげんにしろ! 推進レーザーはもう止まってるんだ。フリーカンパニーに追いつかれる前に核融合推進装置を修理できなきゃ、全員ステーキにされるんだからな。だからお前らひょろ長い人間どもは操縦席から出ていけ。俺がセリーマ号と話をして損傷箇所を確認するからよ。厨房がいいだろ。他の乗組員は辞めたから広さは十分ある」

 「あの女に全員殺されるぞ」アルファラエルが言った。「前にも一度やったんだからな」

 「俺たちはマロウマスの下にいるんだろうが、この虚無主義者が!」

 「このふたりから目を離すわけにはいかない」船長は言った。「けどタン……」

 「ああ、船長はここにいないといけない。けど今は、いて欲しくはないんだ。助かったのは俺たちだけだ……」

 「ああ。それはわかる」

 ハリーヤはそれをわかっていない。

 退出間際に、サミは振り返って言った。「なあ、タン。助かったのは私たちだけじゃないよ。あの負け犬ふたりもだ」


 ハリーヤは「暁の連祷」を呟き続けていた。「曙光を頌えよ、朝を頌えよ。暁が訪れる時、我らもまた昇る。曙光を頌えよ、一族を燃やすものを。カヴが燃えるその煙を……」

 違う! 止めなさい!

 連祷を覚えている限り、自分はまだ自分自身でありアンストラスではない。あの“もの”の目的にそぐうように改変されてはいない――あらゆる理性に反して、ハリーヤはそう感じていた。

 どうしてヴォンダム卿は私を殺さなかったのだろう?

 あの“もの”を食い止めるという名目でカヴを皆殺しにしておきながら、自分に“もの”を運ばせて逃がすとは一体? 自分には数千人のカヴ以上の価値があるのだろうか? そんなはずはない。総和はそのように算出されない。

 つまりヴォンダムが間違っているか、総和が間違っているか。あるいは、自分が間違っているか。

 どれなのかを突き止めねばならない。それがハリーヤの新たな目標となった。自分の倫理規範とヴォンダムの選択との、悲惨なまでの矛盾。それは自分自身の問題なのか、卿の問題なのか、それとも信仰全体の問題なのかを突き止めねばならない。

 あの“もの”が、自分たち全員の逃走を仕組んだのだろうか? 自分がアルファラエルを捜索したのは、あの“もの”が仕組んだからなのだろうか? ヴォンダムは脳に穴が開いて思考力が欠け、従者を殺すことができないから? 今や自分は、宇宙をブラックホールに食わせるという不可避終焉の策略の道具になってしまったのだろうか?

 可能な限り最も暴力的な手段で、自分自身と周囲の者すべてを直ちに滅ぼすのが良いのでは? 教義理念書にはそう記されている。

 だがそうはせず、アーマーを装備したまま、ハリーヤはセリーマ号の厨房にて球状のクッションに座っていた。クッションはベルトで固定されており、アーマーで押し込むと軽く反発した。

 船長は倒れた冷蔵庫の中をあさり、飲み物を探していた。

 無の崇拝者はこちらを見つめていた。

 ヴォンダム卿と共に「暁の連祷」を唱えることは二度とないのだろう。卿を清め、聖布を巻き、任務のための武装を手伝うこともないのだろう。

 カンデラの艦上で起床し、従者仲間たちと共に食事をすることもないのだろう。略式軍法会議で証言をすることになるだろうが、それ以外は同輩たちと口をきくことも二度とないのだろう。

 艦の展望室に立って、暗闇の中にアダージアの鏡の輝きを探すこともないのだろう。

 フリーカンパニーのサンスター騎士にはなれないのだろう。最高評議員から拝命されることもないのだろう。円盤の冬が終わった惑星に帰還して、見捨てられ、寒さの中で死ぬがままにされた子供が何を成し遂げたのかを避難壕の住民たちに示すこともないのだろう。

 アステッリの光を受けることもないのだろう。あの艦長、狭い隙間を通る光スペクトル帯の暗い干渉縞――

 「スラッツ艦長」彼女は思わず声に出した。

 「サミだよ」船長が言った。「イソジョの名前だ。スラッツって名前で呼ばれたことはないな」

 「いえ、あなたじゃなくて。ドーンサイアー号の艦長……」

 「ドーンサイアー?」

 彼女はサミをじっと見つめた。「ソセラにおける工学技術史上最高の偉業よ」

 「ソセラ自体を除いてね」アルファラエルが口を挟んだ。

 「いいえ」ハリーヤはすぐさま反論した。「セカーを逆転させる力は、星をひとつの穴に押し込むよりもずっと凄い技術なのは明らか――」

 サミは手を振ってふたりの話を止めさせた。「待って。セカーを逆転させる? ソセラを本当の恒星に戻すってこと? アルファラエル、カヴを怖がらせるための作り話だと私は思ってたよ」

 「本当だ。この光狂いどもはブラックホールを破壊できる超兵器を持っている――」

 「健全な主系列星として再点火させるのよ」

 「健全? 新星爆発寸前だった星を? 本当に大丈夫なのか?」

 「もちろん、爆発させるつもりはなかったわ」ハリーヤは言い放ったが、実際には何も分かっていなかった。「でも、少なくとも何かは作り出されるのよ!」

 「カヴの死体か? あんたたちはそれを作るために来たのか?」

 ハリーヤは彼にマイクロ波を浴びせたくなった。

 サミ船長は何かの入った袋を見つけ、その中身を飲みながら興味深そうにふたりを見つめていた。

 「マロウは?」ハリーヤは少し皮肉っぽく言った。「マロウはご存じ?」

 「ああ」アルファラエルも続いた。「僕は喉が渇いたな」

 「ごめん! あー、ごめん。ずっと長いこと独りだったからさ」サミは冷蔵庫に顔を突っ込み、それから二十秒間、袋詰めの食べ物と飲み物をふたりに投げつけた。どれも古いものだった。ハリーヤは彗星水の袋を掴み取り、アルファラエルはリコリス味の喉薬らしきものをひったくった。誰も受け止めなかったものは、無重力状態の厨房内を跳ね回った。

 サミは逆さまに漂い、ラベルのない袋を吸い始めた。「それで。そのスラッツ艦長がどうしたんだ?」

 何故艦長の名前が出たのか、ハリーヤはすっかり忘れてしまっていた。そのため悲惨な思考を辿って戻らなければならなかった。「スラッツ艦長がアルファラエルを逃がしたのよ」

 「アルファラエルは囚人だったのか?」

 「自爆特攻兵ね。ドーンサイアーを破壊するために送り込まれた」

 「ドーンサイアー。それがスーパーヴォイドを破壊するための?」

 「太陽の蘇生者よ」「その通りだ」ハリーヤとアルファラエルが同時に言った。

 サミは両手を大きく打ち鳴らした。「私のマロウマスの卓で言い争うのはもうやめてくれないか。君たちは客人としての権利を持っているのだから、主人に敬意を払うものだろう。さて、アルファラエル。死ぬことに失敗したってことは、任務は成功しなかったってことでいいのかな?」

 ふたりはサミ船長へと、カヴァーロンへやって来た経緯を説明した。アルファラエルがセカーを捨て、捕われ、解放されたこと。ヴォンダム卿の一時の死と部分的回復。そしてアルファラエルが解放されたのは、とある“もの”の悪意ある影響によるものだとヴォンダム卿が信じていたこと。そしてその“もの”は現在、セリーマ号の船倉で停滞状態にあるということ。

 いかなる犠牲を払おうとも、ハリーヤが食い止めるはずだった“もの”。

 彼女は振り子を軽くつついたが、もうほとんど気にしてはいなかった。あの“もの”は自分に何をもたらすのだろうか? 自らの行いを後悔しない者に変えてくれるのだろうか?

 「君は降下の時に大勢のカヴを殺したかもしれない」サミはアルファラエルに言った。「君の船が彼らに放射線を浴びせたんだ」

 「悪かった」アルファラエルは言った。「生き延びる方法はそれしかないってヴィイに言われたんだ。船を止めるための自爆的燃焼と、墜落を生き延びるための結晶フィールドが」

 「そうじゃない。馬鹿げているわ」とハリーヤ。「アルファラエルは誰も殺してなんかいない。私たちがその船を撃ち落としたんだもの。もし墜落の途中で誰かを放射線で汚染したなら、それは究極的には私たちの過失よ。タロ・デュエンドでカヴが死んだのも同じ。私たちのせい」

 サミとアルファラエルは黙って、少しの不安とともにハリーヤを見つめた。まるで彼女が今にも爆発しそうであるかのように。もしかしたら、そうなのかもしれない。

 ハリーヤは頭の中で総和を計算した。状況を整理し、全てを足し合わせた。

 「私はその“もの”が何か不吉なことをするところを見てはいない。見たのは、見たかもしれないのは、あなたたちの――船長さんと一等航海士さんの命を救ったところ。私はあなたたちを殺したのを覚えている……と思うの。私たちがタロ・デュエンドを皆殺しにしたように。私たちが介入していなければ、タロ・デュエンドのカヴは誰も死ななかったでしょうし、あなたたちも……そういえば、あなたたちは一体何をしているの? どうやってあの“もの”を見つけたの?」

 「長い話だよ」とサミ。「とある魔法使いが関わっててね」

 ハリーヤは今なお自身の物語を模索していた。それに対する新たな視点を模索していた。「ヴォンダム卿は総和に従っていた。絶えず従っていた。卿は自分自身を信頼していなかったので、自分自身を総和の器とした。総和は卿に、あの居住地を消し去るよう命じた。

 「そして総和にかけて、私はそれが間違っているという道理が見つからない。けれど間違っているのよ。私はわかる。間違っているってわかる。たとえあのカヴたちが全員、既に改変されていて――存在論的に間違っていて、悪意に満ちていて、総和を減らすものだったとしても――だからどうだというの? 天界帝領とフリーカンパニーの全勢力に対抗できるというの? 私たちは大勢で、彼らは少数。彼らが積極的に悪事を働くのを待って滅ぼすこともできたでしょう。もっと良いやり方を見つけることもできたでしょう。カヴを生かすのが正しかったのよ。けれど、ありえない。総和に反しながらも、それでも正しいものが存在するなんて、どういうことなの?」

 「四百万人の命を救うことが間違ってるわけがある?」サミは操縦席の方向を見ながら尋ねた。

 「あなたがいなかったら、私はここに来ることはなかったわ」ハリーヤはアルファラエルに言った。「あなたよ」

 「待てよ」アルファラエルは疑い深く言った。「全部自分のせいだって今気づいたんじゃなかったのか」

 「私には間違いだってわかる行動を、総和が推奨する。あなたがいなかったら、そんな所を見ることはなかったでしょうね。きっと見ることも、知ることもなかった……けれど、もしかしたら私がアンストラスだからそう思うのかもしれない。ああ!」

 ハリーヤは冷凍トマトジュースの缶を投げた。だがアーマーを着ていたので、缶は勢いのまま隔壁を突き抜けて倉庫で止まった。サミは猫のように威嚇した。「私の船に穴を開けるのはやめてくれ!」

 アルファラエルは彼女を見つめたまま、小さな袋に入った黒リコリス飲料を乾杯するように掲げた。「ふたりは双子、ってな」と彼は言った。「神聖な義務を果たせなかった同士だ」

 ハリーヤはマイクロ波を浴びせた。ほんの一瞬だけ。アルファラエルは悲鳴を上げた。

 「結論が出たわ。あの“もの”は破壊しなければならない。何であろうと汚染するのだから」

 「やめてくれ!」サミが叫んだ。「そんなことをしたら金属男の所に手ぶらで戻らなきゃいけなくなる。終わりだ。殺されるよ。それならまだいい。私の船がスクラップ場行きになる!」

 「船長は、何があってこんなことになっているんだ?」アルファラエルが尋ねた。

 「私?」サミはベストが密着した胸に指を当てた。「猫を探しててね」

 「猫?」ハリーヤが繰り返した。

 「ああ。ミリーっていうんだ。写真があるんだけど、見かけたことある?」

 群がるようにふたりが覗き込んだ。「いいえ」ハリーヤが答えた。「ごめんなさい。アダージアには猫が沢山いるから。みんな陽光が好きで……」

 「可愛い猫ちゃんだね」とアルファラエル。「どこでいなくなったんだ? どれくらい前に?」

 アルファラエルの話し方はあまりに平凡で、ハリーヤはそれが気に入らなかった。星を膿瘍に変えるような者が、猫を気にかけるなんて許されない。

 「何年か前、ウスロスで」サミは写真を見つめながら言った。「何かがミリーを驚かせて、それで虚空間を渡っちゃったんだ。それも……猫が行くはずがないほど遠くまで。位置情報も見つかってない。そのステーションにも、近くのステーションにも……まだソセラにはいるはずだと思う。ドリックスは星間を歩けるけど、猫は? 猫にはできないだろ?」

 「猫を探すのを手伝うわ」とハリーヤ。「騎士とはそういうもの――物語の中ではね」

 ハリーヤは挑戦的な視線をふたりに向けた。けれどふたりはアーマーに隠された彼女の顔を見ることはできない。愚かで孤独、ハリーヤはそう感じた。

 「そうだな」アルファラエルも言った。「いいだろう。特に予定もないし。猫を探すのを手伝うよ。もしかしたら、あの石が役に立つかもしれない」

 「石は壊すわよ」とハリーヤ。ほんの数日のうちに、それは自分の人生を完全に支配してしまっていた。ソーラーナイトに叙勲される機会は無駄にしたものの、少なくとも自身の転落の原因を滅する機会を逃すつもりはない。

 「いや、壊すな」驚くほど力強くサミは言った。「あれは金属男に渡す。そうすればあの男は船の修理に力を貸してくれる。それから私は新しい乗組員を見つけてソセラのどこかで仕事を探す。ワームウォールからアダージアとアヌキ、君たちの家までね。ミリーもどこかにいるはず。絶対にいるはずだ」

 「奴らが石の追跡を諦めるとは思わないな」とアルファラエル。「フリーカンパニーは」

 その通り。セリーマ号はサンドッグ号から逃げ延びたかもしれないが。宇宙空間を漂っている。望遠鏡がその熱を捉えるのは時間の問題だ。

 「かくまってくれって教団に頼むこともできるけど」アルファラエルが切り出した。

 「嫌よ!」ハリーヤが吠えた。

 「……まあ、僕は自殺任務から逃げた上に修道院に報告し損ねたんだけど」

 「石は壊すの! ここでアーマーを着ているのは私だけ。力を持っているのは私だけなのだから!」

 「そうかい、もしあんたが客人の権利を侵害するほど野蛮だっていうなら――」

 「どれもしないって」サミは目を引くように伸びをしながら言った。わざとやっているのではとハリーヤは疑った。「金属男が全部やってくれるから」

 「その金属男ってのは?」アルファラエルが尋ねた。

 「金属でできた人間だよ」

 「サイボーグってこと?」今度はハリーヤが尋ねた。

 サミは手を左右に揺らしながら言った。「私もサイボーグだと思った。けど否定された」

 「じゃあ何なんだ?」アルファラエルは苛立ちながら言った。「アンドロイドか? 自分がアンドロイドだと思っているヴィイとか? 違法なプログラミングが施されたメカンとか?」

 「いや」サミは指でひとつひとつを確認しながら言った。「違うよ。どれも違う」

 「じゃあ?」ハリーヤが問いただした。

 サミはゆっくりと、秘密めいた笑みを浮かべた。「言っただろ、魔法使いだって」

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(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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