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MAGIC STORY
久遠の終端

サイドストーリー 暗中確索

2025年6月23日
現カヴァーロンは崩壊し続け、欠片となっていく。カヴ族の故郷の惑星はその半分が崩れ落ち、破片となって宇宙空間を漂っている。カヴ記念軍艦隊は崩壊したあらゆる部分を追跡、記録していく。隊には、惑星の遺構の保護と回収という使命が課せられているのだ。しかし一度に回収できる量には限りがある。
下士官ファラカトラーと彼女の小分隊が調査のために派遣された破片は数十年前に砕け散ったものだった。そこはカヴのアーティファクトが保管されていた重要な場所のひとつであり、記念堂ではないかと目されていた。KMN(カヴ記念軍艦隊)はその破片の崩壊当時に調査を行うことができなかったものの、追跡は続けていた。惑星のこの破片はソセラ星系の最果てに位置する氷と彗星の環、ワームウォールへとはぐれて失われつつあった。故郷から遠く離れ彷徨うそれに向けて、カヴはようやく調査隊を派遣するだけの資源を確保できたのだ。
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アート:Javier Charro |
長旅の途中、ファラカトラーとその分隊は現カヴァーロンのすぐ脇をまっすぐに通過した。そしてファラカトラーは赤とオレンジに輝く壊れた星が宇宙船外を漂うところを眺めながら、新たな理解を肝に銘じる。ここにある白熱の破滅こそが、自分の任務のすべてなのだ。であれば、自分とカヴ隊すべてはあらゆる資源とアーティファクトをしっかりと確保しなければならない。人々はこの崩壊の瀬戸際に立たされているのだ。
普段は騒々しい我が分隊ですら静かなものだ。いつもなら部下を黙らせるのに苦労するというのに。とはいえ通常の任務は梱包済みのアーティファクトを惑星外にある冠ステーションに運ぶという終わりのないシフト勤務であり、通りすがりに惑星の荒廃が進行する様を眺める暇などはない。
そうして、宇宙船は重力井戸を抜け、暗黒空間に向かって加速していく。
目的地に近づくまで誰も自分たちの故郷である惑星の話をしなかったが、ファラカトラーは隊員たちのことをよく知っているため、まだあの輝く現カヴァーロンの崩壊の様について考えているのだと分かっていた。自分もそうなのだから。
ラコロがまたぞろ同じ話題を持ち出してきた。「故郷でするべきことは山ほどあるでしょうに。私たちはどなたに迷惑をおかけしたんですかね、士官殿?」
「これは記念堂の調査ですよ」ファラカトラーは言う。「名誉な事であり、罰ではありません」彼女自身は、どこに派遣されようとも気にしなかった。自分たちの任務がKMNの役に立ち、なおかつ分隊の安全を守れるのであれば。協力し、成功を。
ラコロは納得していないようだ。「『長き今』を越えて新しい惑星を手に入れたなら、明日のカヴァーロン取り戻したなら、その時は私はそこにいますからね」
タコルクは大きすぎる歯の隙間から同意の唸り声を漏らし、ドルヌクは全身で頷きながら緑色の鱗をぎらつかせた。
「ユーミディアンはワイルドキャットの盗人どもみたいなもんだからな」とドルヌクは言った。「あいつらの惑星共生が終わったら、俺も行くとするよ」
操縦席に座っているハロナーが反論する。「新しい惑星カヴを創るほうがいいぜ、異星人の食いかけをいただくよりもな」
「それではソセラ全域が――」
ファラカトラーが会話を遮った。「対象に接近」
宇宙船が減速すると、暗闇から構造物の白い縁が浮かび上がる。少しずつ、それははっきりとした形に定まっていく。幅20キロメートル近い建築物だ。確かに記念堂並みの大きさではあるが、それはファラカトラーが今までにまったく見たことがないようなものだった。立方体とも球体とも言えないその構造物は、無数の滑らかな白い弧で形成されており、一本の、暗く、途切れることのない線のように見えるものが刻み込まれている。
「映像を」彼女は命じた。
ハロナーは爪を操作盤に突き立て、同じ動きを二度繰り返した。「どういうこった」
「何か?」
「観測機器からはホワイトノイズしか返ってきませんぜ。あの施設の姿を表示できない。俺たちが見てるものが見えないみたいだ」
ファラカトラーの腹に恐怖が込み上げてくる。まるで長き今にいるような気分だ。現カヴァーロンで最も深いところにある採掘場の端に立ち、錆の匂いをかぎながら遥か下の暗闇を見つめているような。
「いいでしょう」と彼女は落ち着いた声を保って言った。分隊は自分を頼りにしている。カヴァーロン記念軍艦隊も。市民たちも。「ワイルドキャットの連中がここを見つける前には脱出しましょう。ハロナー、着艦用意」
ハロナーは宇宙船を構造物の突起、弧のひとつの頂点へと進め、静かに着艦させた。完全に安定したところで、ファラカトラーはドリルの起動を命じた。あれば今でも資源の採掘が可能だ。巨大なドリルが宇宙船の前方から悠々と伸びる。ハロナーが爪で操作盤を軽く叩くと、黄色く輝くエネルギーがドリルの周囲でらせん状に舞い上がり、ドリルは最も近い壁へと伸びていった。
ドリルが壁を砕いた瞬間、ファラカトラーは背筋を伸ばし、頭頂部の最も長い角が小さな宇宙船の天井をかすめそうになった。彼女は自身がいかに猫背の体勢で、いかに熱心にドリルを見つめていたか気づいていなかった。その構造物の不気味さに、突破できないのではないかという考えが一瞬彼女の頭をよぎっていた。
しかし宇宙船の電源を落とし、装備を整え、呼吸装置を装着し、重力靴で踏み入るころには、すべてが通常の任務のように感じられた。
いや、厳密には通常ではない。掘削された穴の向こうへと足を踏み入れてみると、そこは広い空間が半透明の白い壁に囲まれている、湾曲した部屋だった。壁越しに先を見てみると、この構造物の奥からかすかに青い光が漏れているのがわかる。この部屋と似たようないくつかの部屋が、まるで細胞のように連なっている。
自分がこれまでに見てきた建築物やステーションは、どれも直線と暗く硬い金属で構成されていた。この構造は不自然だ。
ファラカトラーは伏せ、腹を床に密着させた。伝わる振動を通して、隣の部屋に何かがあるのを感じた。その中央に何らかの物体がある。何かしらのアーティファクトであるに違いない。ここが記念堂でないことは明らかだが、もっと大きな宝が眠っている可能性もある。
彼女は立ち上がった。「ラコロ、あの壁をビーム・アックスで破壊して」
常に血気盛んなラコロは斧を抜き放ち、壁に向かって振り下ろした。黄色く輝くエネルギーの刃はいとも簡単に壁を構成する素材を貫き、三振りで隊員が通れる穴を開けた。しかしながら、壁はラコロの刃で砕けたわけではなかった。まるで皮膚のようにめくれ上がって、丸まっていった。
ファラカトラーはその奇妙な素材を無視し、隊員たちを隣の部屋へと引き連れていった。そこに彼女が感じた物体はあった。青い電光を渦巻かせて輝きを放つ球体が、白くて薄い台座の上に鎮座している。球体はそれほど大きなものではない。ファラカトラーは、おそらく自分一人でも持ち運べるだろうと推測する。しかしその球体は謎めいた力で振動している。異様で、独特で、強力な。この長旅に価値をもたらしてくれるような、そんなアーティファクトだ。
タコルクは爪で探査器を操作し、唸った。
「読み取れませんか?」ファラカトラーは尋ねた。
「この物体が持つ情報密度は……濃密だな」彼は太い牙を見せつけながら彼女に向けてにやりと笑った。「だがわかるのはそれだけですよ」
「宇宙船に運び込みましょう。必要なのは――」
「その、士官殿」ラコロが口を挟んだ。「ここに穴を開けましたよね?」
ファラカトラーは振り返り、たった今通り抜けたはずの壁を見た。ラコロの斧で切り開いた焦げ跡は残っているが、穴自体はなくなっていた。
「また開ければいいだけです」
ラコロが再び壁を切り開く合間にタコルクが壁を探査しようとしたが、ファラカトラーは任せて下がるようにと命じた。なぜ、どうやって壁が閉じたのかは問題ではない。もう一度壁を壊してアーティファクトを宇宙船に持ち帰れるかどうかだけが重要なのだ。
ラコロは大きな顎を食いしばり、一撃ごとに斧にしっかりと力を込めなければならなかったが、ようやく壁は再び大きく裂けてめくれるように開いた。
「まずハロナーからです。船の準備を」
彼を先に進ませてから、ファラカトラーは他の隊員たちへと向き直った。「ラコロ、この壁が再び閉じないか見張りを。タコルクとドルヌク、ふたりでアーティファクトを運んで」
しかしそこにアーティファクトはなかった。
渦巻く青い球体はない。何もない。部屋は完全に空っぽだった。
「どこに?」ファラカトラーは問う。しかしそれは明らかに消えていた。台座があった場所さえもだ。完全に、ありえないほどになくなっていた。
ファラカトラーは再び恐怖が腹にこみ上げてくるのを感じた。どういうこと、何かが起こっているに違いない。
分隊はしばらく無言で立ち尽くしていたが、通信機からのかすれた音にはっとした。
「おかしい……操作がきかねえ……ドリルが……壁を……」騒然とした雑踏の中で誰かが叫んでいるかのように、ハロナーの声が歪み揺らいで聞こえてくる。
「壁」という言葉にファラカトラーは振り返り、再び壁が閉じるのを止めようとしたが、すでに手遅れだった。壁は再び塞がれただけでなく、焦げ跡すら消えていた。
ラコロはすぐさま再び壁を切り開こうとしたが、今度はエネルギーの刃が表面に突き刺さることすらなかった。
ファラカトラーは彼女に止めるよう命じた。「誰かが……」彼女は口をつぐみ、この意味不明な消失の理由を理解しようとした。「ワイルドキャット。ワイルドキャットの何者かがあのアーティファクトを運び出す方法を見つけたに違いありません。我々は――」
何の前触れもなく、壁の組成が変化する。ほぼ透明の淡い白色だった壁は突然不透明になって乳白光を放ち、湾曲した部屋全体を波打つ光で照らし出す。天井の隅からは、目のように見える黒く光沢のある粒のようなものが出現する。しかしファラカトラーが再びそこを見るとそれらの粒は消えており、そもそも粒などあっただろうかと確信が揺らいだ。先ほど始まった奇妙な発光が見せた幻覚なのかもしれない。
新たな照明がしっかりと照らし出したのは壁に埋まったふたつのアーチ。それを境に乳白色から鈍い青色に変わっている場所。出入り口だ。
動きがあった。ファラカトラーの視界の端で何かが。だがそれはドルヌクがベルトから瓶を抜き取っただけだった。彼は一度深呼吸してから、鮮やかな緑色の戦闘用興奮剤を一気に飲み干した。戦闘前を想定した訓練通りだ。
ファラカトラーは、固まって共にアーチ扉のひとつに近づくよう隊員たちに指示した。彼女の期待通り、壁のその部分はスライドして開き、通れるようになった。その先には長い廊下があり、壁沿いにはいくつも扉が設置されていて、突き当りにもひとつだけ扉があった。
ハロナーが自分たちの防護服の座標を確保できれば、分隊を誘導してもらえるかもしれない。ファラカトラーは再び通信を試みたが、異常な振動の雑音と途切れ途切れの言葉をいくつか聞けただけだった。
「限界だ……できねえ……」
彼女は通信を諦め、廊下を進んで突き当りの扉まで分隊を率いていった。
壁がスライドして開き、ファラカトラーはドルヌクのずんぐりした姿が背後で跳ねるのを感じた。興奮と共に戦闘態勢に入っているのだ。その部屋には一体の生物がいた。どう見てもワイルドキャットの船員ではない。彼女は片手を挙げ、隊列を組むよう分隊へと指示した。
その生物はまるでマヌーのようで、腕と足は細く、頭部に角もない。しかし頭部にはマヌー特有の不気味な白い目も、小さな鼻や口もない。何もないただの楕円形だ。その胴体は伸びすぎで、皮膚も何かがおかしい。突き出た手足と頭部を除けば、油っぽい何かで出来た細長い塊が天井の水たまりへと上向きに滴っているように見える。
ラコロはビーム・アックスを構え、タコルクは探査器をしまい込んで短いエネルギー・ブレードを伸ばし、ドルヌクは目を戦闘用興奮剤の力で緑色に輝かせ、立ちはだかるものを誰彼構わず引き裂こうと構えている。戦闘態勢だ。
しかしファラカトラーは手を下ろさず、隊員を制止し続けた。あの生物はこちらを攻撃してきてはいない。四名の屈強なカヴ族の戦士たちの存在にすら気づいていないようだ。もしかするとあれは生物ではなく、この奇妙な構造物の単なる一部なのかもしれない。
彼女は片手を上げたまま、その物体に一歩近づいた。それは何も反応を示さない。彼女は用心深く近づき、爪で突けるほどの距離まで接近した。実際に突いたりはしなかったが。しかし彼女はその物体の横を通り過ぎ、一番近い次の扉に向かいながら分隊に付いてくるよう合図した。
ファラカトラーは既に別の廊下に続く扉を抜け、次に向かうべき先を検討していたが、その時タコルクが叫んだ。彼女が振り返ると、あの生物の片腕が大きく膨らみ、触手のようにタコルクに伸びていくのが見えた。
「触られた!」タコルクの大きな歯から激しい唸り声が上がり、引っ込みつつある油まみれの器官へとブレードを高く掲げた。
彼は今にも生物に飛び掛かろうとしていたが、ファラカトラーは鋭く命じた。「こちらへ。すぐに部屋から出なさい」
扉が閉まり、タコルクが触られた箇所に傷も汚れもないことを確認してから、ファラカトラーは隊員たちを睨みつけ、頭頂部の角が隊員たちの顔に当たりそうになるほど身をのり出した。「あのアーティファクトを見つけます。そしてここから出ましょう」
隊員たちは皆、この恐ろしい場所にいることがまだ不安で落ち着かない様子だ。ファラカトラーも自身の腹の底にある不安を認識する。宇宙船に戻る方法を見つけてただここから飛び去り、長い道のりを経て故郷に帰りたいという深い渇望と共に。しかし例え脱出方法を知っていたとしても、手ぶらで帰ることは絶対にできない。持ち帰る価値のあるものが確かにあるのだから。
自分はこの分隊の士官なのだ。隊員の集中力を維持させねばならない。どんなに奇妙なことが起ころうともだ。
「あのアーティファクトを見つける。それだけです。そうしたら脱出します。わかりましたか?」彼女は全隊員が自分の元に集合したことを確認すると、目の前の廊下に意識を戻し、どの扉に入るかを考え始めた。光沢のある黒い粒の集合体がひとつの扉の上に浮いている。あの目だ。
ハロナーの声が途切れ途切れに通信器から届く。「動……できねえ……繰り返……おそらく……動いて……」
「繰り返して」
ファラカトラーは不安そうな表情の隊員たちと顔を見合わせた。
「繰り返しなさい、ハロナー。この構造物が動いているの?」
しかし通信器は沈黙したままだった。
彼女は廊下を振り返った。黒い粒のような目はそこになかった。
ファラカトラーはすぐ隣のタコルクへと向き直り、あの目が自分の錯覚かどうか尋ねようとした。しかしタコルクの様子が何かおかしい。
彼の顔に一本の白い筋が走っている。頭頂部から歯にかけて、ぎざぎざの線が。ファラカトラーはそれがどういうことなのか分からず、しばらくの間困惑に包まれた。
白い筋の縁から、緑色の液体が現れ、膨れる。血だ。
白いものは骨だ。彼の頭蓋骨だ。
「そんな」タコルクは真横にいる。何も彼に近づいていなかった。小さな長方形の呼吸装置は両鼻孔を覆ったままで、無傷だ。防護服は完全だ。しかし頭蓋骨は砕かれていた。粉々に。
彼はもういない。死んだのだ。分隊のひとりを失った。ありえない。
ドルヌクとラコロは唖然とし、ラコロは何か言おうとしているような、叫ぼうとしているような様子だった。しかしその時、まるで声のような振動が、まるで言葉のような音として聞こえた。だがその音は通信器や周囲の空間から聞こえてきたのではない。自分の頭の中からだった。ファラカトラーはひるみ、また隊員たちにもそれが聞こえているようだった。
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アート:Olivier Bernard |
「戦え!」ラコロは廊下に向かって叫んだ。「臆病者! 出てきて戦え!」
「やめなさい!」ファラカトラーは制止した。
ラコロは叫ぶのを止めはしたが、斧を高く掲げたまま燃え盛る怒りを纏い、殺すべき相手を探して誰もいない廊下を凝視している。
振動がまた別の――言葉と呼べるものではない――音を発し、その音は歪み、高まり、そして不意に苦痛に満ちた静寂へと崩れ落ちた。
ファラカトラーはもう一度通信を試みた。これまでに部下を失ったことは一度もなく、こんなことになるとは夢にも思っていなかった。あまりにも唐突。あまりにも意味不明。通信の手順を進める。事故を報告し、遺体を回収しなければならない。
それ以上に、少しでも情報が欲しい。彼を殺したものは一体何なのか、危険はどこにあるのか、あのアーティファクトはどこにあるのか、残った自分たちはどうやって生き残って脱出すればよいのか。
通信器は沈黙している。
ファラカトラーの視界で何かが動いたが、それはただドルヌクが体を引きつらせているだけだった。戦闘薬を飲みすぎたのかもしれない。戦闘が無ければそのエネルギーは行き場がないのだ。
しかしその喉の奥から鈍い唸り声が響き、彼は体が燃えているかのように身をよじって激しく動き回っていた。
「痛むのですか?」彼女はドルヌクの頭蓋骨がタコルクのように突然砕ける様を想像した。
「うう。いえ」ドルヌクは不自然に身をよじった。「脱皮しなきゃならねえ」
ラコロは苛立って彼を見つめた。
「船に戻ってからです」ファラカトラーは伝える、「今それは重要ではありません」
「重要じゃない。わかってまさ」ドルヌクは悶えながら答える。
ファラカトラーはタコルクの防護服に付いている発信器を慎重に操作し、あとから戻ってきて遺体を回収できればと願った。重力靴が彼をこの場所に留めている。さあ、残ったものは進まねばならない。
「こちらに行きましょう」ファラカトラーは声に威厳を込めた。まるでこれらの扉のどれか、あるいはすべての先に潜んでいるのかもしれない突然の意味不明な死を、その自信が覆せるかのように。まるでただ適当に扉を選んでいるわけではないかのように。今必要なのは方針だ。何よりも、隊長としての働きが求められる。「もし他の廊下に出たら、そのまま……何をしているの?」
ドルヌクは息を切らしながら、爪で自分の体を掻いている。「俺は……しなきゃ……」
「何?」
「脱皮しなきゃ!」彼の防護服には深く大きな傷が刻まれている。薬のすべての力が彼から輝き出ている。
ファラカトラーの制止命令にも耳を貸さず、ドルヌクは露出した紫色の鱗を、緑色の血がにじむまで掻きむしる。更に掻きむしる。引き裂いていく。
ラコロは彼の腕を掴んで押さえつけようとしたが、彼はその手から逃れようともがき、剥き出しの爪で防護服の残骸を引き裂いた。
ファラカトラーも押さえに向かったが、興奮状態にあり俊敏な彼は身をかわした。自身の顔を引っ掻き、牙を一本掴んでへし折ると、叫びながら廊下を駆け抜けていった。防護服や皮膚の破片をまき散らしながら。
ファラカトラーとラコロは彼の後を追った。しかし浸透した興奮剤の影響で、彼は信じられないほどに速かった。追いつくのは難しいかもしれない、それでも追い続ける。たとえ彼がこの恐ろしい迷路を、いくつもの扉をくぐり抜けてあまりにも遠くまで進んだとしても、後を追うのは容易だ。前方の宙を漂っているのは、引き裂かれた破片の跡だ。鱗。血。骨。だがたとえ追いついたとしても、彼という存在は残っていないのではないか。
果てしない廊下、扉、また廊下。走り続ける。これまでと同じように、またひとつの扉をくぐった。すると、そこは広大な空間だった。
ふたりはよろめき、大きな音を立てて足を止めた。
彼女たちは巨大な空間を見下ろす金属製の足場の上に立っていた。宇宙船を着艦させた構造物の中だということが信じられないほどに大きく見える空間。美しく、渦巻く光に照らし出され、上下に、あらゆる方向へと曲線を描いている。それは巨大な球体の内部のような、球状の空間だった。
そしてファラカトラーは、はるか向こうに、巨大な空間の中央に浮かぶ小さな台座をかろうじて認めた。あのアーティファクトの台座だ。
「どうしてこんな――」とファラカトラーは言いかけたが、その視線は球状の空間の向こう側、アーティファクトの向こう側の動きに釘付けとなった。距離はあまりにも離れており、表面の様子も独特だが、彼女は遠くの湾曲した壁に広がっていく色の渦に気づいた。電気的な青い波動が湧き上がってくる。
渦はどんどん大きく広がり、空間の縁に沿いながら、目の前の半球を全て覆いつくして四方八方から迫って来る。
「あれは何でしょうね?」ラコロは尋ねたが、その言葉が発せられる頃には、それがただひとつの存在ではないことはふたりとも分かっていた。
それは何百万もの存在だった。無数の小さな昆虫のような動きが向かってきている。メカンか、それとも生物か。分からない。分かっても意味がない。それはあらゆる方向から押し寄せてくる、止められない洪水だ。
ラコロは元来た廊下に逃げ帰ろうとするが、扉は開かない。彼女は叫びながら扉に爪を立て、斧を何度も何度も叩きつけた。
ファラカトラーは中央のあの球体へと振り返り、そこを目指して手すりから飛び降りた。衝動的だった。一か八かの選択だった。だが突然、信じられないことに、彼女はそこにいた。まるで彼女とアーティファクトのある台座との間には距離などなかったかのようだった。
猶予はあるだろうか? ファラカトラーは振り返り、飛び降りてこちらに来いと指示しようとした。しかし猶予はなかった。ラコロは斧をむやみに振り回したが、小さな存在に覆われ沈んでいった。それらは次々とラコロに襲い掛かり、渦巻いて繭のように包み込んでいった。うねり続け、波のように互いに重なり合い、圧縮、凝縮され、その果てに途方もない集合体すべてはただひとつの点となった。
そして、消えた。
しばらくの間、ファラカトラーは目を背けることができなかった。ラコロがいたはずの場所には何もない。失った。またしても。あまりにも突然に。あまりにも意味不明に。自分が隊員を救う時がいつか来ると、そしてそれができると信じていたし、いつまでも一緒だと信じていた。任務中でも。安全に。生存して。彼女はまるでエネルギー・ブレードに刺し貫かれたかのように、自分の失敗を切実に感じていた。これは自分の過失だ。これは自分に課せられた任務だったが、失敗したのだ。
分隊を失ったのだ。
いや。ハロナーは生きている。もしかしたら。彼女は再び通信を試みた。
球体のはるか向こうに出入り口がひとつある。距離は遠いものの、かすかに確認できる。もう一度跳べばたどり着けるのかもしれない。だが例のアーティファクトはここに、この足場の小さな台座の上に、自分と一緒にある。これ無しには逃げられない。宇宙船とアーティファクトは確保できる。任務はまだ果たせる。
通信器がかすれた音を立てる。ハロナーの声は聞こえるが、何を言っているのかはわからない。
「ハロナー。アーティファクトを見つけました。脱出しますので誘導を求めます」
何か言っているのは聞こえる。しかし返答はない。同じ調子で何事かをつぶやいているが、聞き取ることができない。
「繰り返す。アーティファクトを確保しました。脱出しますので誘導を求めます」
やはり同じ調子で何かをつぶやき続けるのが聞こえ、接続が途切れてからようやく、彼女はその内容を認識した。それは必死に祈りの言葉を唱えるつぶやきだった。
彼女は通信を途切れるがままにした。
アーティファクト。今はそのことしか考えられない。これを掴んで奥の出入り口に向かい、この構造物の外壁までたどり着いて明瞭な信号を送れる位置でハロナーに再度繋ぐしかない。そうするしかないのだ。自分にできることはそれだけだ。
彼女は球体に手を伸ばした。手が青い渦を通ると、彼女は体勢を崩してよろめいた。球体の渦を手がすり抜けたとき、頭上の広い空間で何か巨大なものが動いた気がしたが、見上げてもそこには何もなかった。
まるで声のような、しかし言葉ではない音が再び頭の中で騒ぎ立てる。明確かつ即座に、タコルクの白い頭蓋骨の映像が心に浮かび上がる。音が再び鳴り響く。自分の頭蓋骨がいともたやすく割れてしまいそうだ。
その圧迫感は痛みにまで達するが、音の震えは変化し、混沌とした音から感情のない声で発せられる言葉へと凝結する。
逃亡は誤り。
その声はファラカトラーの体内から発生しているように思えたが、彼女はアーティファクトを凝視している。
逃亡は誤り。逃亡は混沌を招く。混沌は誤り。混沌は正されるべし。多数から、ひとつを選べ。ひとつのヴァール。第二十四不可抗。正解。
続く静寂の中、ファラカトラーには自身の早く浅い呼吸音だけが聞こえている。
ヴァール。それは古の神話だ。神話の中の神話、ヴァール。エルドラージから逃走したヴァール。自身らの仮想世界、ヒルダーハイへと逃避したヴァール。この世界と断絶し、現実のごく一部にのみ痕跡を残す仮想世界に。
これは連結点なのだ。ヴァールの膨大な古の知識と繋がる、堅固な物理的空間。希少価値はモーキサイトの十億倍はある。
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アート:Daniel Ljunggren |
隊員の犠牲すべてに値するアーティファクトだ。
タコルクの割れた頭蓋骨。自らを引き裂くドルヌク。あの群れに飲み込まれたラコロ。このアーティファクトこそが、自分たちの任務に、あの恐怖に価値をくれるだろう。ハロナーの祈りに対する答えだ。ファラカトラーはこの球体、この連結点から目を離せない。もしこれを回収できれば、どうにかしてカヴのために……
彼女は再び球体に手を伸ばし、外側の防御壁であろう渦を無視し、無造作に内部の核へと手を伸ばす――
彼女の体は貫かれていた。
一瞬、防護服が砕ける音と共に、圧迫を感じただけだった。だが痛みが襲ってくると、その苦しみは純粋で完全、他のすべてを圧倒した。彼女は球体から手を引っ込めた。緑色の血だ。爪が緑色の血で染まっている。
痛みにふらつきながら、彼女は球体の渦巻く青い表面へと一本の爪を押しつけた。頭上に、血まみれの巨大な怪物のような爪が現れた。再び手を離すと、その恐ろしい物体は消え去った。彼女は既に球体の中にいた。連結点の中に。
緑色の血が流れ出て、ひも状となって彼女の周囲を漂っていた。
これが核、連結点だ。自分と共にこの球体の中にある。熱した金属のような染みが視界に現れ、広がっていく。失血がひどく思考が定まらない。
再び声が聞こえたが、その言葉はただの振動音だった。虫の声。頭の周りに血の粒が漂っていた。集中しなければ。この球体が必要だ。カヴ族にとって必要なものだ。我々はあらゆる利益を必要としている。破滅の瀬戸際にいるのだから。
彼女はよろめきながら前へと進み、再び球体に手を伸ばした。中に何か小さなものが見える。弱り果て、眩暈に襲われていたが、このアーティファクト以外はどうでもいい。彼女は中のものを掴み、握り締めた。逃がしはしない。
彼女は自分が押しつぶされていくのを感じ、骨が砕ける音を聞き、血の苦みを味わう。それでも手を離さない。しっかり掴み、握り続け、ますます強く、強く拳を握りしめ続ける。
何も残らなくなるまで。
(Tr. Yuusuke Miwa / TSV Mayuko Wakatsuki)
Edge of Eternities 久遠の終端
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