MAGIC STORY

久遠の終端

EPISODE 10

第6話

Seth Dickinson
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2025年6月30日

 

Revision12 死とコーチ

 死そのものが船倉に乗っているかのように、サミはセリーマ号を飛ばしていた。

 「タロ・デュエンド、こちらIPVNセリーマ号、エコー7、バベル590。緊急事態が発生しています。助言をお願いします」

 無線が不機嫌な囁き音を立てる。成層圏の雷がノイズを響かせる。

 「タロ・デュエンド」サミは再び送信した。「こちらはIPVNセリエマ。エコー7、バベル5-9-0。急行中です。緊急事態が発生しています。助言をお願いします」

 「セリーマ号、こちらタロ・デュエンド。レーダー痕跡なし。天候は嵐です。そちらは何者ですか? どちらの船ですか? どのような緊急事態ですか?」

 サミは叫ばないように努めた。「タロ・デュエンド、メーデー、メーデー、メーデー! 24人のカヴ記念軍艦隊隊員が致死的な放射線外傷で搭乗中。繰り返します、24人のカヴ、放射線外傷により重体。医療援助を要請します。何でも構いません」

 タロ・デュエンドは一時的な居住地、死にゆく惑星へと鉱夫たちが旅立つ前に滞在する場所だ。負傷したカヴを受け入れてくれるはず、そして彼らを旧カヴァーロンの病院へと迅速に搬送する手段を確保してくれるはずだ。

 アルファラエルのホープライトが降下した際、核融合エンジンからの放射線をカヴ記念軍艦隊の隊員全員が浴びた。被爆は一瞬だったが、死はそうではなかった。カヴたちは三次元的な火傷を負った。臓器や骨が焼け焦げたのだ。強烈な放射線がアーマーを貫通し、身体をも貫通したのだ。

 彼らにはかろうじて、よろめきながらセリーマ号の貨物室に入って助けを求めるだけの体力は残っていた。だが今は全員が麻薬を投与され、アーマーの中で昏睡状態に陥っている。

 言うまでもなく、彼らを見捨てることもできた。だがサミはそういうことがあまり得意ではない。

 無線から雑音が聞こえる。まるで世界が、どれだけの血を流すべきか考えているかのようだ。

 灰だらけの嵐雲が壁のように視界を遮り、その隙間をセリーマ号は急ぐ。サミは手を動かし続ける。まず飛び、次に話し、それから考える。待て、違う。次に考え、それから話す。

 「セリーマ号、確認します。死傷者24名、放射線外傷。宜しいですか?」

 「はい」

 「最優先着陸を確保しました。ホバリングは可能ですか?」

 「濡れた防衝材が必要です」セリーマ号のアークジェットは着地したものを溶かしてしまう傾向があるので、水中に降りた方が良いだろう。

 「鉱滓ピットに着陸できます。洞窟の格納庫に引き込みます。セリーマ号、識別番号をお願いします」

 サミは顔をしかめた。「エコー7、バベル5-9-0」

 「KMNTRACのリストから確認。先ほど、経路不明の再突入がありました。セリーマ号、核融合炉を点火したのはそちらの船ですか?」

 「いいえ。タロ・デュエンド、違います。私たちではありません。フリーカンパニーの船が後から落ちてきました。KMNTRACが捕捉していると思います」多分。

 「セリーマ号、テレメトリー確認のために係員を向かわせます。コンピューターを操作しないでください」

 サミは悪態をついた。カヴの言葉としては本当に失礼な、口にするべきではないような悪態を。そして罪悪感に苛まれながらタンの姿を探したが、タンは瀕死のカヴの看病をしている。

 「タロ・デュエンド、了解」

 厳密に言えば、自分たちは何も悪いことをしてはいない。降下し、着陸し、具合の悪いカヴを発見し、船倉に収容して安全な場所まで運んできた。

 ただシグマで盗んだあの岩と、カヴたちを被爆させた船に乗っていたモノイストを運んでいる。出血しているあのモノイストを岩と一緒の停滞容器に入れた時、モノイストは不意に興奮状態に陥り、そして気を失った。今回はカビの生えたアーマーのせいではない。

 あの岩が何か影響を与えたのだ。

 今、岩は停滞状態にある。アルファラエルは医療用スリーブを装着され、空いている船室のひとつに閉じ込められている。右手に医療用スリーブを装着されて。

 アルファラエルにその袖を着せた時、サミはひとつ謎を発見していた。彼の右の掌を貫通する穴がひとつ開いていたのだ。

 綿密な検査を行ったなら、このすべてが露呈するだろう。

 「降下を許可します。鉱滓フィールドの上空で推進を停止してください。最終確認。セリーマ号、一時待機」

 素早く考えろ、サミ。詐欺をやらないといけない。


 現カヴァーロンを構成する玄武岩とガラスの上で、タロ・デュエンドは鮮やかな色彩として広がっている。まるでカヴが果物かごを踏みつけ、飛び散った種に糞をまき散らして、そのまま成長させたかのようだ。カヴの糞は栄養価が高く、リサイクルシステムで大いに活用されている。

 サミは望遠鏡で町を眺めた。空気注入式の兵舎が、飛行船で牽引可能な精錬装置を取り囲んでいる。露店市場の光景に胃が鳴る。タロ・デュエンドのカヴは溌剌としている。ある者は焼いた塊肉を剣で切り刻み、その隣では廃品の値段交渉が行われている。素早い平手打ちと口付けがそこかしこで交わされる。「金」という名の遊戯だ。混沌壁と沈黙壁の間に生きるいくつかの種族のように、カヴはピナクルの贈与経済を取り入れていない――少なくともここでは。

 ここがどのような場所かがわかってきた。物資を備蓄し、掘り出したものを売る場所。砲台に守られていなければ、落下してくる山がすべてを消し飛ばしてしまう。だがその守りの届かない場所ではなく、法の網に近すぎるわけでもない。

 そうだ。タロ・デュエンドは、自分たちのような者にとって居心地のいい場所だ。

 ここに合法的な政府が存在するとすれば、それは緊急時の政府であり、死傷者の対処としかるべき犯罪者の取り締まりに注力している。崩壊を生き延びた反帝国的チーム文化が形成されており、権威的な役職はふたつ存在するはず――コーチとポスティリオンだ。コーチが車のように部隊を動かし、ポスティリオンは操縦するように部隊を導く。

 おそらく彼らは記念軍艦隊に好意的ではないだろう。それでも死んだ隊員たちのことを軍に説明するのはもっと嫌がるはずだ。協力してくれると思いたい。

 けれどもし事態が悪化して、セリーマを勾留するということになったら――どうすればいい?

 瀕死の隊員たちを放って金属男のところへ向かうことはできるかもしれない。かなり近いのだから。

 だがそれでも距離はある。水と核融合燃料を補給しなければ、セリーマ号は惑星間ブーストをもう一度行うことはできない。アークジェットを動かすのに十分な電力は核分裂炉に残っているが、アークジェットだけでは金属男の所まで到達できない。

 補給が必要なのだ。

 サミは内部通話装置を鳴らした。「タン。準備はいいか?」

 「いいぞ」

 「もし何か尋ねられたら?」

 「おれゴロドロ、頭、よくない。考えるの、うまくない。前に、脳の病気、やった」

 「身元確認を迫られたら?」

 「ピナクルが、知ってる。むげんどうせんに、聞いて」

 「もし正体がばれたら?」

 返答の前にタンは大声で文句を言った。彼は計画のこの部分を気に入っていない。「でかい贈り物を用意してある」賄賂を渡せば地元のカヴは無視してくれるかもしれない、その考えにタンは腹を立てているのだ。まるで、自分の追放など軽い物事であったような気分になっているのだ。

 サミは唇を噛んだ。「タン、アルファラエルを引き渡すべきなのかな」

 「何でだ?」

 「彼は航行犯罪に問われている。降下中に核融合エンジンを点火したんだ。兵士を殺した――あの全員が死んでしまうかもしれない。それは悪い行いじゃないのか?」

 「あれは災害だった。防ぎようのない死が空から落ちてきた。カヴは災害の中で生きてるんだよ、船長。災害ってのは……」心を落ち着けようと、タヌークは言葉を切った。「災害ってのは公平だ。災害は無作為だ。千年前なら、獣の暴走は災害だった。今、獣の暴走を近所に誘導するために囲いを作るってのは悪い行いだ。空から船が降ってきてお前を焼き尽くす。それは災害か? それとも悪い行いか?」

 「私はそれを悪と呼ぶよ!」

 「いや、それは災害だ。怠慢が招いた災害だ。もっといい手順、もっといい訓練、もっといい警告があれば何とかなった。カヴァーロンじゃ、空から何かが落ちてきて、誰かを殺しちまうことがある。責任はどこかのバカにあるのかもしれない。安全策を怠ったのかもしれない。けどそのバカは殺そうとしてたわけじゃねえ。ただそいつが災害を引き起こして、その災害が誰かを殺したんだ。災害に復讐はできねえ。罰することもできねえ。できるのは止めようとするとか、誰かを助けようとすることだけだ。災害の舵取りをしようとするってのは、悪事に足を踏み入れることを意味する。何故かっていうと、災害は公平だ。それを侵害することになるからだ」

 「いいか、そんな時は船長として、私は決断する――」ワーム語り号の船長もきっとそうしたに違いない。「優先度を選択する。破裂した区画を閉鎖し、火災への空気を遮断する。残りを救うために幾つかを失うことを選択する」

 「災害文化じゃあ、10人を救うために100人を危険にさらすんだ。毎回な。誰ひとり見捨てちゃいけねえ。そうすれば、生き延びる機会は全員にあるってわかるからだ。災害と生きるためにはな、それが無作為で、思いやりがなくて、計算されてなくて、公平なものだってことを信じなきゃいけねえ。そしてそれに立ち向かうために全員が団結する。そうでなきゃ狂っちまうからな。人間はそんな時、あらゆるものに計画が仕込まれてるって考え始めるだろ」

 言うまでもないことだが、ふたりは最早アルファラエルの罪について語ってはいない。タヌークについて語っているのだ。

 かつてタヌークはカヴ記念軍艦隊の司令操縦士だった。彼はモルドレインの環で起こる突発的な不測の事態において、記念軍艦隊の指揮官としての役割を担っていた。そして各種宇宙船の観測員であり、砲台の統制官でもあった。

 そして指揮官として、彼はひとつの選択をした。自ら進んで下した最後の選択を。

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アート:Viko Menezes

 彼はカヴァーロンの砲台へと、サモタンク市に向かって落ちてくる火球を撃つよう命じた。そこは湖底が露出した巨大な湖で、四百万人のカヴが暮らしていた。

 火球を加速させ、地上への着弾点を移動させることもできたはずだった。だがそうするとサモタンク上空で爆発する可能性があった。

 そこで彼は代わりに火球を減速させた。火球はより早く、より近い、ラッシュダウン山脈の山間の村々に落ちた。人口は三万人にも満たない村々だ。

 五千人がこの火球衝突を生き延びた。

 この選択の忌まわしさはカヴの倫理観に深く結びついている。だが説明はとても単純だ。

 自然災害が四百万人のカヴの命を奪おうとしていた。だが彼らには備えの機会があった。災害と摂理が彼らに与えた機会があった。

 タヌークは二万五千人のカヴを殺した。タヌークは公平に与えられた機会へと干渉したのだ。

 彼は四百万人の命を二万五千人の命と交換したのではない。命を交換することはできない。彼は災害に手を加えたのだ。ある者の死よりも別の者の死を優先したのだ。カヴは昔からこの行為を、卑劣な悪行とみなしている。災害に対応する責任者が選り好みを始めたなら――たとえそれが四百万人のために三万人を犠牲にするという選択だとしても――やがて恐ろしい事態が生まれる。

 カヴにとって、ここには曖昧さはない。折り合いもグレーゾーンもない。タヌークは運命の進む道に手を触れたのだ。カードが配られ、キヨス貨が投げられ、そしてタヌークはそれらの落下に干渉しようと飛び込んだのだ。

 タヌークは殺人者なのだ。単なる殺人者ではなく、仕組まれた不運による殺人者だ。

 タヌークは、あらゆる災害に対するカヴ全員の結束に対する裏切り者なのだ。


 この宇宙港は小型宇宙機用のため、セリーマ号は利用できない。タロ・デュエンドの管制塔はサミに指示し、かつては製錬所の排気場だったと思われる浅い池へと船を降下させた。サミが推進力を切った瞬間、誰かが排水のために水門を開けた。カヴの地上車と掘削機が通用道路から飛び出し、水しぶきを上げサイレンを鳴らしながらセリーマ号へと駆け寄る。サミは静かに、かつ小さく感嘆した。崩壊しつつある惑星なのに、救急体制が整っている。まさに災害文化だ。

 緊急医療サービス (チームの伝統ではトランプルと呼ばれている) だけでなく、雑多な多くのカヴがやって来た。コーチ、そのコーチの母親、自分の縄張りに入ってきた新参者に興味を持つサルベージ屋、宇宙船に興味津々の子供たち、緊急技術者(放射線遮断パネルが並ぶ洞窟にセリーマ号を引きずり込むことを計画している。船自体が放射線を帯びているかのように)、そして小さな杖を持ち随伴者の小集団を連れた地元の有力者。

 タンが昏睡状態の隊員たちのアーマーを脱がせていた。彼らは緊急用ブランケットにくるまれて待機していた。喉の粘膜が壊死し、濃い粘液が口から流れ出ている。トランプルの救急車が彼らを運んでいった。

 カヴの群衆がサミを見上げている。コーチ、その母親、そしてポスティリオンが前に出てきた。コーチはまるで無線のアンテナにもなりそうな巨大な杖を振り回している。

 コーチはまず片方の目で、それからもう片方の目でサミを見た。そして非常に注意深く、音声に気を付けるように発声した。「私は真実を話します」

 「私は真実を話します」サミは相手の言葉を繰り返した。

 コーチは何かに聞き入っている。おそらく通訳ヴィイだろう。「実のところ、カヴァーロンにやって来たのは……」

 ああ。サミは理解した。「実のところ、カヴァーロンにやって来たのは停滞容器を回収するためです。そこで、兵士の人たちが苦しんでいるのを見つけました。そしてそのままここへ飛ばしました」

 「そしてそのままここへ飛ばしました、見殺しにするのではなく……」

 コーチはここに来るまでに、サミは人間だと教えられている。そして人間は義務的に真似をする生き物であると。人間に話しかけたなら、彼らは同じ言葉で返事をせざるを得なくなるのだと。

 「そしてそのままここへ飛ばしました、見殺しにするのではなく。私はクソみたいな人間ではありませんので」サミはそう言い終えた。「そして、燃料補給をして出発しなければなりません。停滞容器を持ってカヴァーロンから出ていきます。永遠に」

 「ですが、まずは証拠を示そうと思います……」

 「ですが、まずは証拠を示そうと思います。私が彼らの死に関わっていないという証拠を。エンジンテレメトリーを参照してください。再突入のために減速して以来、エンジンは始動していないのがわかるかと思います」

 コーチが母親と短く話し合う。子供のひとりがサミを覗き込み、威嚇してみせた。サミは歯をむき出しにしてうなり、子供は小さく悲鳴をあげて引っ込んだ。辺りから笑い声があがった。世話人らしきカヴがその子の頭を軽く叩き、そして通路から突き落とした。子供は見事な宙返り技を披露した。ああ、カヴよ! 跳ね回らないと、子供はきちんと強くはならないのだ。

 コーチはサミに向かって、カヴらしい大きな笑みを投げかけた。まるで味わい深いあくびのような。「もし本当に兵士たちを救ったのなら、私は上々な人間だということです。一日か二日ここにいて商売をしたら喜んでもらえるでしょう。子供たちに何か昔の話を聞かせてあげましょうか。トラックで轢いて、人間のおかげで強くなったって言えるようにしてあげるなんてのは」サミは思わずにやりと笑った。「私は上々な人間だということです! あなたの家に泊まって、子供たちをトラックではねたいくらいです。ですが、なるべく早く燃料補給をして飛び立たないといけません」

 「残念です!」コーチが言った。

 「残念です!」サミは頷いた。

 地元の有力者が帝国カヴ語でタヌークに話しかけていた。その地位は杖でわかる――コーチのものよりはだいぶ小さいが、手作り感もまたずっと薄い。「君が彼らのアーマーを脱がせたのかね?」

 「そうするのが、いいから。救急車に、乗るのに」

 「アーマーを手元に置いておきたかったのではないかね? 売るつもりだったのではないかね?」

 「すごく、汚いよ」

 「身元を特定しようとしなかったのかね?」

 「みんな、具合、悪かった。おれ、水と休み、あげた。おれ、悪いこと、した?」

 「君はどれほど長く宇宙にいたのかね?」

 「わからない」

 「坊やよ、カヴは頑丈だ。宇宙で一番頑丈でなければならん。我らの新たな故郷であると証明しなければならん。この故郷はもうなくなる、それはわかるか? もう長くはもたない」

 「うん、わかる」タヌークは言った。「ここは、家じゃない。わかる」

 「いい子だ。でも機敏ではないな。しなやかな思考力もない。宇宙が君をそんな風にしてしまったのかね?」

 「あ、ちがう。鉱山の、事故。空気、なくて、水、吸った。けど、詰まって、血、固まって、脳、病気に、なった」

 「ああ……卒中か」カヴにはよくある怪我だ。カヴの血はすぐに固まってしまう。「よくわかった。船の手伝いができるのは良いことだ。君はいい一等航海士かね?」

 「うん、最高」

 「その鉱山事故はどこで起きたのかね?」

 「シグマ区」とタヌーク。これはとても奇妙な嘘だ。シグマ区に鉱夫がいたことは一度もないのだから。

 だが――この有力者はそれを嘘とは受け取らなかった。ただ頷くだけだった。

 「なるほど、シグマ区か。あそこはカヴの労働力を欲しがっていたのだったな? 派手なメカンを使って我らのモーキサイトの値段を下げている。だが結局のところ、貴重な地面から宝物を切り出したいなら、カヴは絶対に必要だということだよ


 

Revision12 ポスティリオン

 それはあまりに奇妙であり、サミは放っておくことができなかった。「つまりその人は、シグマ区に住民がいると思っていた。産出が行われてると思っていた。カヴの鉱物の価値を下げてると思っていたんだな?」

 「マロウの登録簿で見たのと同じだ」タンは頷いた。アルファラエルがいる鍵のかかった船室、その外の廊下にふたりは立っていた。彼はまだ恍惚状態か、昏睡状態か、あるいは瀕死状態かのどれかだろう。あの奇妙な岩に触れたことで何かが起こったらしい。「10年間もマロウを落とし続けてたんだ」

 「でも私たちは実際に見ただろう、タン。鉱山は開かなかった。誰もそこで働いたこともなかった。だから価値が下がるはずがないんだ」

 タヌークは顎を動かした。「船長、ソセラは呪いのかかった星だよ。幽霊みたいな出来事がしょっちゅう起こるくせに、その理由はわからねえ。けど飛び立つ前に燃料補給が必要だってのは俺にもわかる」

 「ああ、そうだ。燃料を頼みに行ってくるよ」

 「買わないといけないぞ、金で」

 「しまった」

 「俺の賞金を受け取ってくるといい。きっと金になるはずだ」

 「タン!」サミは彼を蹴りつけた。「趣味が悪いよ。どうしたんだ?」

 タンはうめいた。カヴァーロンに帰ってきたことで複雑な気持ちになっているのだろうとサミは推測する。タン、お前は何も悪いことなんてしてない――これまで何度も同じ話をしてきたが、決して上手くはいかない。カヴの倫理観からすれば、タンは悪いことをしたのだ。

 四百万人を乗せたトラックのハンドルを握り、僅か二万五千人へと突っ込んでしまった。彼らが轢かれる番ではなかったのに、タンは彼らの番を作ったのだ。

 「船長はシグマ区の謎解きをしたいんだろ。ならセリーマ号の燃料を調達するのは俺だ」

 ああ、自分も同じことを考えていなければよかったのに。「タン、もしお前の素性が知られたら……」

 「船長、俺たちには飛び立つ前にやらなきゃいけないことがふたつある。ひとつは船長が、もうひとつは俺がやる。それから出発だ」

 「やるべきことはひとつだけだ。もうひとつは単なる私の好奇心に過ぎない」

 「好奇心が満たされないままでいいのか?」

 「いや」サミは丁重に、かつ率直に言った。調査しないわけにはいかない。あの忌々しい石に関係して、奇妙な出来事が次々と起きている。それは一体何なのか。もし金属男に渡す前に突き止めなかったなら、一生後悔することになるだろう。「いや、良くはないな」

 「じゃあ選択してくれよ、船長。」

 そうして、タンはセリーマ号の燃料と反応物質を買いに出かけた。

 そしてカヴの群衆の中ではネズミのように小さいサミは、タヌークが会ったという有力者を探しに出かけた。シグマ区について知っていることを尋ねるために。

 タロ・デュエンドは労働者の町だ。綱職人や鎧職人、空気清浄機技師や牧畜家。庭園、遊技場、ガレージ、燻製小屋。燻製小屋では、泡立つタールの池の上でトラックほどもある死骸が幾つも回転している。漂うのは熱い油と雷のような匂い。空港のレーザーが発する新鮮なオゾンの匂いだ。ここでは地面を歩くことはない。地震の勢いを吸収して揺れる杭の上に狭い通路が張り巡らされている。放浪の操縦士たちが煙の壁に緊張感あふれるハイライト映像を映し出し、宇宙船の乗組員が近づいてきて「君のような操縦士が必要だ。幸運を求めて出航しよう」と言うのを待っている。

 集中力を維持しようと決意していたサミだったが、辺りの賑わいにすっかり酔いしれて歌いはじめた。そうしないわけがない。

 カヴの居住地にはひとつの律動がある。いや、これは人間が用いる愚かな定型文ではない。「連想をかき立てる」という表現にふさわしい言葉が見つからないために音楽に例えているのではない。カヴの居住地には本当に律動がある。カヴの足音は、群衆全体が常に同期している。これは何百万年も前に進化したものだとサミは推測していた。あらゆる脅威的な物事はその律動を乱す。律動に合わせて歩けば、ワームに気付くことができる。

 言うまでもなく、サミの足は短すぎて歩調をその律動に合わせることができない。それでも一緒に歌い始める。ワーム語り号の洗濯室から流れてくる、古いダドゥーミの歌だ。

 これは注目を避ける正しい方法ではない、けれど妖精みたいに小さな異星種族なら、どのみち注目を避ける方法なんてない。

 「船長のサミといいます」とある建物の玄関にて、サミは退屈そうにしているカヴに話しかけた。「ポスティリオン殿にお尋ねしたいことがあります」

 「カヴ語がお上手ですね」そのカヴが言った。「そうですね……2時間ほどでお会いできるでしょうか」

 「ふざけるな。私をはめたいのか」サミは叫んだ。「2時間も経ったなら、こっちの仕事はお前のせいでおじゃんだ!」

 そのカヴは立ち上がり、鼻で笑った。「私は借金取りではありませんよ、小さな人間さん!」

 そのようなやり取りをしばらく続け、ようやくサミは30分後に面会の約束を取り付けた。客人が面会のために待っていることを周囲に見せつけるための、ポスティリオンを重要人物に見せるための時間だ。異星種族が待たされるほどの重要人物に!

 ようやく玄関係がサミへと分厚くけば立つ絨毯を広げ、執務室に通した。ポスティリオンは杖で床を鳴らしながら挨拶した。「セリーマ号のサミ船長! ちと鈍いあの男はいないのかね? ゴロドロ君だったか」

 「燃料を買いに出ています」

 「そのような任務を任せられるのかね?」

 「命をかけて信頼しています」サミは言い、鳴らせる杖が自分にもあればと願った。「それと、私のエンジンテレメトリーには満足して頂けたでしょうか?」

 「検査のために旧カヴァーロンへと送られた。君が有罪か無罪かは……」ポスティリオンは杖を前後に揺らした。「私が決める事ではない。だが、判決を聞くまで待つ気はないのだろう?」

 「ええ。出発の時間が迫っており、行かなければなりません。もし私が有罪と思われるなら、ピナクルに船名を伝えてください。そうすれば向こうからこちらを見つけてくれるはずです」

 「勿論だ。人間は細砂をたしなむのかね?」

 「残念ですが、人間には砂肝がありませんので。私たちが救い出した方々はどうなりましたか?」

 「彼らも治療のために旧カヴァーロンへ送られた。だが見込みは薄いだろうな」ポスティリオンは興味深そうにサミを見つめた。「サミ船長、君は嘘をつくのかね?」

 「習慣的に。何か興味のある嘘でも?」

 「あのコーチに、まるで愚鈍な機械のように扱われていただろう。答えろとばかりに質問を浴びせられていただろう。物真似を強要するとは! 私は適切な教育を受けている。真似の強要など人間には効かないとわかっている。君はあの者に、自分は単純で些細な生き物だと思わせたかったのだろう。何故かね?」

 サミは驚いた。自分はタロ・デュエンドの日常における特別盛り上がるエピソード回「人間」のゲスト俳優のようなものなのだ。その人間は、カヴのチームを放射能による死から救ったと主張している。だが我らが英雄(この荒れたサルベージ街に追放された清廉潔白なポスティリオン)は真実を引き出すことができるのだろうか?

 「飛び立たないといけません」サミは少しだけ正直さを滲ませて言った。「さっきも言いましたが、出発の時間が迫っているんです」

 「出発の時間? 核融合動力船なのだろう? 好きな時に好きな場所に行けるだろうに」

 「飛行計画は聞かないで下さい! 私がここに来たのは、あの兵士たちの安否を尋ねるためです。それと、お尋ねしたいことがあります。シグマ区については何かご存知ですか?」

 「君はそこから来たのだろう」

 大胆な推測だ!「そう思われますか?」

 「君の船倉で負傷者を降ろしていた時、熱格納容器を見た。行き先はシグマ区と刻印されていた。我らが競争相手はそこでどうしている?」

 そうだ、この男は鋭い。「競争相手とは?」

 ポスティリオンは下顎を突き出し、熱い細泥を流し込む。鼻孔から蒸気が噴き出した。「敵と言うべきかな? サミ船長、我らはこの惑星を破滅させた。富を搾り取ろうとしてな。そして破滅が確実となった時、自分たちを救って子供たちを星々へ送り出す唯一の方法は、その破滅の只中を採掘することだと悟った。だが今、星々の彼方から来たどこかの事業体が、あの準惑星から搾り取ろうとしている。あの痩せた、何も実らない岩の塊からな! 全てのカヴにとっての、そして私個人にとっての侮辱だ!」

 「ポスティリオン殿、個人にとって?」

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アート:Alexandr Leskinen

 「そうだ! モーキサイト先物を買っていたのだよ。宇宙にも先物はあるのかね?」

 「概念は理解しています」ピナクルの経済には約束という形で先物取引が含まれるが、食料や燃料といった生活必需品を投機対象にするのは卑劣な行為とみなされる。「モーキサイトの価値が上がり続けると踏んだのですか?」

 「ところが急落したのだ! シグマ区産の安価で清純なモーキサイトが価格を下げたのだよ! 私は――」杖が床に打ち鳴らされる。「助けを求めねばならなかった。我らが惑星経済における、あまり尊敬できない連中からな。ゆえにこうして、首都ヴーで同朋と共に炉の傍にいるのではなく、あまり尊敬できない輩どもの中にいるのだよ」

 サミは眩暈を感じた。座りたかった。「本当に確かなのですか? そのモーキサイトはシグマ区産なのですか?」

 「熱と同じほどに確かだ」

 「シグマ区の誰かと話したことは?」

 「窒息するほうがましだ」

 「つまり、ご存知ないのですね――」

 「何をだ? 価格の下落以外に何を知る必要がある?」

 「シグマ区の鉱山は開いていません」

 ポスティリオンは驚いてよろめいた。「何だと?」

 「鉱夫は到着せず、鉱山は開きませんでした。シグマ区からはずっと、何も生産されていません」

 「そんなはずはない。モーキサイトの価格……君はそこにいたのだろう! 君の船倉の熱格納容器、あれは!」

 「だから言えるんです、用心深いポスティリオン殿。シグマ区は無人です。機械と埃があるだけです」それから猫の鳴き声と、検査槽の壁に石がぶつかる音。「それでは失礼致します。とても意義深い面会でした」

 「ああ、実に有意義だった! だがまだ終わりではない! 私の投資が、開かなかった鉱山のせいで失敗したとは一体どういうことだ? 教えてはくれんか、宇宙の妖精よ!」

 「それができればいいのですが。私からも、あとひとつだけお尋ねしたいことがあります」

 ポスティリオンは杖にぐったりと寄りかかった。「何かね?」

 サミはミリーの写真を取り出した。「こちら、見たことはありますか――」

 玄関係が飛び込んできた。「閣下! 閣下! お聞かせしたいことが!」

 ああ、まずい。タンが捕まったのだ。

 「何かね?」

 「また船がやって来ています、閣下。サンスター・フリーカンパニーです。我々がかくまっている逃亡スパイの引き渡しを要求しています」

 カヴふたりがサミをじっと見た。

 「私じゃありません。私はただの――」

 「何も言うな!」ポスティリオンは怒鳴った。「逃亡者を当局に引き渡したとなったら、このタロ・デュエンドは地割れに落ちるだろう。ここは屑どもの避難所なのだからな! コーチを呼び出せ。正義など知ったことか

 


(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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