MAGIC STORY

久遠の終端

EPISODE 06

第4話

Seth Dickinson
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2025年6月26日

 

Revision10 かすり傷と髪の毛

 ひとしきり叫び終えると、アルファラエルは名前を幾つか覚えた。

 自分がこれから何をしようとしているかをわかっている、あの老女はシマ。

 ナガシュアはもう生きることを望んでいない。親友であるメカンが彼女のことを忘れてしまったのだ。

 目の前にいる男はザガクワイア、これから楽園に行けると興奮している。

 一番厄介なのはピュラエル、殺人者だ。次なる久遠はモノイズムに見捨てられた者たち、つまり望ましくない者や異端者で溢れているとこの女性は信じている。彼らは垂直落下に向かうことを課せられ、始末されたというのだ。従ってピュラエルの考えでは、次なる久遠はある種の流刑地と化している。そこで自分が楽園へと赴き、規律を執行し、真の信仰をもつ者たちが到着する時のために準備を整えようというのだ。

 「姉さんは異端者なんかじゃない」アルファラエルは抗議した。「あんなに信心深い女性が他にいるものか!」

 ピュラエルは疑わしげに言った。「垂直落下に選ばれたんでしょう? 修道院はお姉さんを排除したかったのかもしれないわよ」

 「姉さんは素晴らしかったから選ばれたんだ!」

 「それで、君はお姉さんを追いかけているってこと? 君も同じくらい素晴らしいから?」

 「ああ、私はそれなりに、かな」モノイズムは偽りの謙虚さを奨励してはいないが、それでもアルファラエルはそうとしか言えなかった。

 老シマが言った。「さっき叫んでいた感じからするに、まだ死ぬ覚悟ができていないようだけどね」

 「私は死ぬのではない。セカーを摂取する。全員がそのはずだ」

 「さっきの叫び声は、死にに行く男の叫び声みたいだったよ」

 ザガクワイアが振り返り、アルファラエルを見た。分厚く巨大なアレイビル金属板の中央で、その顔が笑みを浮かべる。「恐れることはない、アルファラエル。行く先は楽園だ。お姉さんにまた会える」

 機体がうめき声をあげ、揺れた。老シマはヘルメットを閉じた。

 「重力の恩恵だ」誰かが言い、そして全員が声を揃えて祈りの言葉を唱えた。

 「重力とは目的への賜物。無償の道。苦もなく我らは運命へと突き進む。そして運命へと十分に近づけば、時間と空間は入れ替わる。下降は時間の経過。力の不在、運命の測地線。自らの本質に従うべし。忍従ではなく、受容。無為ではなく、必然。自らに迫り来る物事を行うべし。自らに迫り来た物事、すなわち正しき物事。下方は明日に同じ。我らの信念を試すものなし。

 「我らの信仰を試すものなし」

 彼は皆とともに叫んだ。「我らの信仰を試すものなし!」

 そして、衝突した。


 ぞっとする音、そして背骨が折れるような衝撃。

 ドーンサイアーに激突すると同時に、敵機イネヴィターはシェラゾッドを展開した。改変された空間の泡、戦術的な事象の地平面。

 これから10分間、イネヴィターとその中の全員を金属と肉の爆風に変えて潰す衝撃は、地平面上に閉じ込められたまま待機する。

 そう、衝撃のほとんどは。

 イネヴィターの鼻先が爆発し、中の全員が前方へと飛び出した。かの御方の名を吼えながら、呼びながら。

 外には狂乱があった。

 格納庫内の刺胞地雷がひとつ残らずザガクワイアに命中した。その針が着弾した箇所で彼のアレイビル装甲は皺を寄せ、光り輝く。針の一本一本に弾頭が内蔵されており、爆発するはずだったが、入射装甲がその事象を巧みに消去した。

 そのため、地雷の針は彼を爆発させるのではなくそのアーマーの内で、そして彼自身の内で跳ね返った。

 突入部隊はドーンサイアーの内殻と外殻との隙間、巨大で荒々しい桁組みの中に出た。破損したインカグラスが、狂気じみた虹色の光を彼らの全身に浴びせている。船の血液だ。

 全員が重心を前方に投げ出し、イナゴの群れのように内殻へと飛び込む。そこに動きがある――輝く影が幾つか、桁組みと構造材の間に隠れている。敵だ。隠れているのは撃たれないためではなく(どのみち察知されて撃たれる)、遮蔽を突破する手間をかけさせるため。サンスター兵が遮蔽を好むのは、ビーム兵器を好むからだ。モノイストは遮蔽の中で敵に群がり、粉砕するのを好む。

 けれどザガクワイアは動かない。

 「アルファラエル!」送信してきたその声は湿っぽく、水音が混じっていた。「回転が止まらない!」

 「ああ、ちょっと待て」アルファラエルは彼に組み付こうとするが、結局共に回転してしまった。「待ってろ。止めてやる」

 「いや、もっと速く回してくれ! その方が身体の穴から血が出る!」

 誰もふたりを撃ってはこない。残りの突入部隊は光電歩兵に襲いかかっていた。戦闘用レーザーとブラディエーターで武装したフリーカンパニーの兵だ。アルファラエルの距離からその戦闘音はまるで妨害ノイズのように聞こえ、敵の武器は引っかき傷や髪の毛のように見えた。指向性エネルギーのパルス列が気化した金属の雲を通過し、鮮やかな細い線を描く。励起された物質の噴流は磁力線に沿って曲がり、小さな渦を作り出す。

 「きれいだ」ザガクワイアの気を逸らすためにアルファラエルは言った。アーマーから血が大量に流れ出している。もしかしたら、アーマーがかろうじてザグの身体を保っているだけなのかもしれない。

 「アルフ」ザグの声とともに血が溢れ出る音がした。

 「ああ?」

 「今すぐセカーを摂りたい」

 「ああ、わかった。本当にいいのか?」

 「さっきから心臓が動いてないんだ、アルフ。アーマーが血を送り出してる。血管がむずむずする。良くない感じだ」

 その腹部から黒いアラビル金属の塊が剥がれ落ち、内部で保留されていた事象が噴き出した。ザグの体内に埋まっていた刺胞地雷のひとつが爆発する。アーマーが爆風を封じ込めたものの、彼は口から煙を大きく噴き出した。「命令が出せない。特異点の珠を開けない。手伝ってくれ」

 「わかった。手伝ってやる。どこだ……」アルファラエルはザガクワイアのアーマーを手で探った。何処にある? あった、そこだ。同じ場所、額の。「あったぞ、ここだ。準備はいいか?」

 「ああ」

 「何か言ってやった方がいいか?」

 「『次なる久遠で会おうぜ、ザグ』って」

 「次なる久遠で会おうぜ、ザグ」

 「ありがとう、アルファラエル。先に着いたらお姉さんに挨拶しておくよ。名前は?」

 「ラファエラだ」

 「似てる名前だな」

 「ああ、似てるんだよ。ザグ」

 アルファラエルは特異点の珠を包む封を粉砕し、解放した。

 ザガクワイアは解放されたヴォイドに飲み込まれ、紫色をした針先の一点へと崩壊していった。それは一瞬そこに漂うが、船は加速し「上昇」している。そのためアルファラエルの下へと落ちていく。そのまま船体を突き抜け、ソセラと次なる久遠へ向かうのだろう。

 もしその紫色の火花を覗き込むことができたなら、アルファラエルは“切り倒す者”を、つまり垂直落下の御方を垣間見ることができたかもしれない。

 けれど時間はない。

 アルファラエルは自身の重心を掴み、戦闘へと飛び込んだ。


 殺人者ピュラエルが、自身の背骨ほどもある剪断鋏で歩兵の鎧を裂く。

 サミズム信者のひとりが数百本という蜻蛉型ミサイルを装甲から一斉に発射するも、それらはすべて一本の磁化ビームに引き寄せられて甲板に叩きつけられる。

 老シマは紫色レーザーの回折パターンやアーマーから噴き出す蒸気の噴流に奮闘しながら、敵のヘルメットの頂上に一本の刺胞地雷を打ちつける。

 ナガシュアはサンスターの歩兵へと斧を二振りし、相手はブラディエーターの閃光で彼女の目をくらませる。ナガシュアは兵士の重心を掴み、引き寄せる。敵のブラディエーターが彼女の心臓に突き刺さる。

 誰も退却しない。立て直して逃げる者もいない。最後のひとりまで、死を覚悟して戦う。シェラゾッド、人工的な事象の地平面がドーンサイアー号のこの区画を船の大部分から切り離していた。数秒後に来るはずの増援は数分経たなければ来ない。壁のインカグラス、つまりサミズム信者が動力供給のために用いるネットワークはすぐに枯渇し、補充は遅い。運命を借りるもつれのリレーも、呼ぶべき医療兵も、遠く離れた騎士たちが船体を貫く光のパルス列もない。

 有利なのは、真の信仰の兵士たちだ。

 だがそれはすぐに終わった。アルファラエルにできたのは、かろうじて斧を振り回すことだけだった。

 内殻の合金が彼らの前に立ちはだかった。「ウィークライト爆弾は?」アルファラエルは提案しようとしたが、既に数人の信者たちが興奮した様子で近くのハッチに飛びついていた。黒いリスが群がるかのようにも見える。

 「パズル同好会だよ」シマが言った。

 「え?」

 「サミズム信者の鍵に挑戦したいから自発的に来たんだと」

 「楽園にもサミズム製の鍵はあるのかな」ピュラエルが言った。

 「レプリカだけだろうね」シマが答えた。

 「それって楽しいの?」

 「楽しいはずさ」アルファラエルが言った。「楽園なんだから」

 「かの御方を讃えよ!」パズルを解く者のひとりが吼え、セカーを摂った。その崩壊の紫色の閃光は原子よりも小さく、昼の光よりも明るく船体に突き刺さる。何か致命的な罠を貫いたに違いない。他の者たちはアーマーの潮汐グリップでハッチの金属をえぐり、新たな弱点を探っていた。

 ハッチが勢いよく外れ、船内の気流に乗って回転し、大梁が交差する霧の中に落ちていった。

 中は広大な空間――イソギンチャクのような形をしたガラス繊維製シャンデリアが薄暗く輝き、干上がった池を取り囲むように長椅子の列が並んでいた。

 大聖堂。サンスターの信仰の館。

 誰かがわめき声をあげ、それを燃やし始めた。

 「任務を続けるわよ」ピュラエルが叫んだ。「パズル同好会は船底へ。冒涜の仕掛けを見つけて、その仕組みと、ジャベリンが発射されるまでの時間を突き止めて。できるだけ損害を与えなさい。他の人員は艦橋に向かって前進」

 「頑張りな」シマが言った。「私はソーラーナイトを倒しに行くよ。役に立つ死に方をしてやるさ」

 「私も一緒に!」アルファラエルは言い、そして撃たれた。


 

Revison10 闘重士

 ドーンサイアーの背骨に沿って落下していく。自由落下するには重力さえあればいい。だがヴォンダムは推進装置を噴射する――二度、三度、四度。速度を増し、猛烈な勢いを与える。

 シェラゾッドの境界が輝いている。内部の加速時間から光が放出され、ホーキング放射(※注)のような紫色のもやを作り出しているのだ。ハリーヤのアーマーが異種粒子の崩壊を警告する。だがその結果がどうなるかは予測できないため、大した警告にはならない。

 「落ち着きたまえ」とヴォンダム。

 落ち着く? 自分はこれから死ぬというのに。

 ヴォンダムは死を予見されている。そして自分はその従者だ。ヴォンダムが死ぬのであれば、まず自分が死ななければならない。卿と運命との間に身を投げ出さなければならない。

 地平面の下には何も変化がないように見える。コロネットの時刻同期エラーが大量に発生しているくらいだ。ドーンサイアーの船体を形成する長大な高層建築のとある階、その横断通路でヴォンダムは急停止した。「今の時点で数分が経過した。援軍が到着するまでさらに数分かかる。その時までに我々が勝利するか、死ぬかだ」彼の声には興奮が漂っていた。戦いに赴く騎士の、燃えるような歓喜。「インカグラスの力を借りるなど期待するな。鎧の中にあるもので十分だ」

 別の騎士が背後からやって来た――ウォーカーだ。その背後にはキニダードがいる。キニダードはハリーヤに会釈をしたが、ハリーヤはどう返せばいいのかわからなかった。「私たちは死ぬ」と考える以外、どうすればいいかを忘れてしまったかのようだった。

 キニダードが明快に報告をした。「フォノンの調査から戦闘が報告されました。守備隊ひとつが大聖堂の真横で侵入者と交戦しています」

 「わかっている」ヴォンダムが呟いた。「奴らはオーリーの歩兵を皆殺しにしたばかりだ。我々のビームが届く範囲にいる」

 ウォーカーが武器を抜いた。「ヴォンダム。狩るか? 揃って行くか?」

 「いや、別々だ」

 「アーマーに対してか?」

 「奴らはミラチョ、突撃兵だ。聖騎士ではない。別々に下を狙う。準備はいいか?」

 「5分だ」ウォーカーはブラディエーターを構えた。「キニダード、私を勝たせろ」

 「ハリーヤ、私の軌跡を頼む」

 「承知しました!」

 騎士ふたりはブラディエーターを甲板に突き立て、発砲した。

 船が苦痛に悲鳴を上げる。発射されたビームはドーンサイアーの鉄核の骨組みを包む軟質合金を削り取った。ハリーヤはヴォンダムの闘重士役を務め、自身の武器をナノ秒単位で発光させ、ヴォンダムが放つビームの軌跡から焼けた金属と衝撃を受けた空気を払い落とす。卿は何て器用なのだろう! 動力棒やデータ鏡をかすめることすらしない。

 かつて故郷で、暗くなると何人かの子供たちが貯水池の氷の上でカーリングをしようとしていた――今、ハリーヤはそのブラシであり、ビームの光は進む石だ。

 「いたぞ! 敵発見!」ウォーカーが叫んだ。

 「嬉しくはなさそうだな」ヴォンダムの温厚さはむしろ毒々しかった。敵を憎んでいるのだ。

 足元で甲板が軋んだ。ハリーヤは突然体重が増すように、そして減るように感じた。キニダードは驚いて膝をついた。

 「電磁装置! 甲板が崩れ落ちる――」

 ヴォンダムが叫んだ。「撃ち続けろ!セカーを摂られる前に仕留めろ!」

 「信号の揺らぎが増加! 限界が来る!」

 「ならば限界まで撃て!」

 ブーツの下で甲板が悲鳴をあげる。下方のモノイストたちがこちらに向けて重力波を放っており、金属が超音波の振動数で震えているのだ。甲板の反響音はあまりに激しく、もしアーマーを着用していなかったら、その音だけで死んでいただろう。

 円盤の冬の空に輝く星々のように、美しく白いきらめきが甲板から立ち昇ってきた。ソノルミネッセンスだ。重力波が金属の内にガスの塊を閉じ込め、泡を作り出す。その泡はわずか数ピコ秒で弾けて消え、その際に光を放つ。微小の、激しい星々だ。

 「ヴォンダム!」ウォーカーが叫んだ。「壊れるぞ!」

 「わかっている」ヴォンダム卿の返答。

 ああ、星々よ、卿はこんなふうにして死ぬのだろうか? 敵のひとりを道連れにしようとして? ハリーヤはヴォンダムの目を見ようとしたが、言うまでもなく見えない。兜をかぶっているのだから。

 「閣下」彼女は言った。「約束します、敵は閣下に辿り着く前に、この私を――」

 床が抜け落ちた。


 落下するその瞬間、ハリーヤは自身にできる唯一のことを、しなければならない唯一のことをした。

 彼女は持てる力のすべてを両腕に込め、ヴォンダムを突き飛ばした。卿を生き延びさせるために。両者の間の空気がその力に沸き立った。

 ハリーヤは崩れ落ちる金属板の雪崩に乗り、鉄核の大梁に当たって跳ね、水と金属粉の中に落ちていった。

 水。浴場。浴場用の水槽の中に落ちたのだ。瓦礫が降り注ぐが、フリーカンパニーの垂直軸加算アーマーを瓦礫で壊すことはできない。映画ではこういう時、しばしば人々にパイプが突き刺さるがそれとは違うのだ。刺されはしない。代わりに、殴打による拡散性血腫で死ぬかもしれないが。

 落ちてくる金属に、ハリーヤは水槽の底に叩きつけられた。彼女はうめき声を上げながらも考えようとした。

 曙光を頌えよ、存在を動かすものを――

 ハリーヤはブラディエーターを水中に突っ込み、点火した。

 蒸気の噴流が水槽の柔らかな壁を切り裂き、彼女は沸騰した湯によってコルク栓のように浴場階まで飛ばされた。

 そして結露の雫のように、無人のサウナの壁を滑り落ちた。

 彼女は我慢せず、うめき声をひとつだけ発した。そして転がる。ヴォンダムはどこに? 早く戻らないと……

 敵。敵がいる!

 視界外から、それは頭から突っ込んでくるように迫ってきた。あまりにも黒く、戯言を垂れ流し、アレイビル金属という何重もの腐敗をまとうその姿はモノイスト以外にありえない。重力死の聖騎士ではない――そうであれば自分はとっくに死んでいる。リボンのように引き伸ばされているか、人間のミートボールにまで圧縮されているだろう。それでも敵は戦士であり、好戦的な狂信者だ。

 ハリーヤはブラディエーターを掲げて発砲した。

 だがブラディエーターを覆う金属粉末の塊が爆発し、ハリーヤは尻をついた。

 そのモノイストはタイルの上を滑るように頭から落ちてきた。ハリーヤの人生という柱の頂上から、底に叩きつけるかのようにまっすぐに。


 

Revision10 アルファラエルは役に立つような死を遂げる

 天井からやって来た二本のビームがアルファラエルを貫いた。奴らはこの船ごと自分を殺そうとしている。それは上手くいくかに思われた――だが誰かがエアロマックの瓶を投げ、それが弾けてアルファラエルの周囲にどろどろの塊を撒き散らした。それでもアーマーを貫かれた部分は脈打ち、ストーブに触れたように熱い。

 彼は叫び声をあげ、曲線軌道で逃げようとするが、ビームが追跡してきた。どうする? どうすればいい? 光子の攻撃がアーマーの基質に列を成していくのを感じる。蛇に噛まれたみたいだ。止めろ! 止めろ! まだだ!僕はまだ死ねない!

 老シマは、猫がシーツを引っかきながら這い上がるように空間を引っ張った。そのアーマーは微小潮汐によってけば立ち、伸びていた。

 その遥か上方から、何かが轟音とともに雪崩のように降り注いできた。

 「シマ、最悪だ!」誰かが悪態をつく。

 「長くはもたないよ」シマは無感情に言った。「片方は尽きたようだけど、また戻ってくるだろうね。殺しの時間はあと7分だ」

 殺し。そうだ。アルファラエルが望むのはそれか? ここに来ることを選んだ。志願した。そして、これを望んだ――敵を見つけ出し、殺せるのか?

 僕は、ただ死にたかっただけだ!

 それなら役に立つように死んでやる!

 老シマはソーラーナイトを殺したがっている。ならば自分は寄せ餌になろう。

 「フリーカンパニーの全力はこの程度か?」彼は声に出せる限りのしわがれたドクソロジカル・マシフ語で叫んだ。「誰もいない教会と懐中電灯が二本だけか? もっと強い武器で来ると思っていたのだがな! お前たちを信じてはいない。それでも我が信念を裏切るとは!」

 即座にビームに貫かれると彼は予想した。だが聞こえてくるのは構造物が崩壊する轟音だけだった。

 「刮目するがいい! 我こそ、汝らの破滅と報いの時! 我はセクンディのアルファラエル。我が前では汝らの鎧など――すり切れた革一枚も同然よ!」

 放熱手段を見つけなければ。聖堂の外から細い蒸気の帯が入り込んでいた。アルファラエルはそれを辿り、暗い拝廊を下り、礼拝後の身支度のための浴場に辿り着いた。アーマーが警告する。シェラゾッド崩壊まであと6分。セカーを摂取するまであと6分。

 浴場の床はガラス張りで割れ、それを汚すように一枚の外套が貼りついていた。死んだサミズム信者。彼は哀れみを抱いた。

 その死んだサミズム信者が、撃ってきた。

 青い閃光と蒸気の音。それ以外は何も起こらない。自分はまだ生きている。

 「死ぬのはそっちだ!」アルファラエルは早口で叫びながら襲いかかり、互いを隔てる空間をアーマーの潮汐爪で引き裂いた。

 石英質の床タイルの破片が剥がれ、サミズム信者の背中へと飛ぶ。だがアルファラエルは斜めに引き寄せることを失念していた。潮汐力で加速された破片はすべて狙いを外れ、彼のアーマーに命中した。自分で自分の顔面を撃ってしまったのだ。

 彼はナガシュアと同じように、もがきながら前に進んだ。そしてナガシュアと同じように、相手の武器の上に倒れ込んだ。


 

Revision10 脳洗浄

 ハリーヤが初めて顔を殴られたのは子供の頃だった。円盤の冬の只中、削り干魚の箱をめぐって喧嘩をしていた時のこと。そこで彼女は、顔を殴られる覚悟ができていなかったと気付いた。その喧嘩に負け、削り干魚も失った。

 モノイストの戦闘アーマーに潮汐固めをされるのも、似たようなものだとわかった。恐慌状態には陥っていない。ただ自分は……まごついているだけ。このために、まさにこのために訓練してきたというのに! 何をすればいいのか、どうしてわからないのだろう? まるで、その知識を脳のどこかに置き忘れたかのよう。

 ハリーヤ、それでも戦士なの? 何かしなさい!

 敵がこちらに向かって突進してくる。真黒な姿で息を切らすその様は、まるで野犬の舌の塊のよう。ハリーヤは震える手で武器から埃を拭い、再起動し、狂信者の顔にビームを照射しようと試みた――だがそのモノイストは互いの間に瓦礫と湿った塵を撒き散らしていた。ハリーヤはビームをうまく当てることができず、ふたりは激突した。彼女はモノイスト狂信者の巨大な塊によって床に叩きつけられた。

 倒れた、けれど終わってはいない。

 彼女はブラディエーターを斧モードに切り替え、互いの間に構えた。

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アート:Aleksi Briclot

 ブラディエーターは青い酸素プラズマの刃で敵のアーマーを切り裂いた。彼女は祈りを唱えながら、力の限り押し込む。

 アレイビル金属の装甲が、回避された事象の糸を放出する――モノイストの肩と背中から巨大なバーナーの奔流が噴き出した。ヴォンダム卿とウォーカー卿が放ったビームの熱が無効化を解かれたのだ。閣下がここにいて、力を貸してくれている。これこそが、自分たちにはあってモノイストにはない利点なのだ。私たちは独りではないということ。

 モノイストはハリーヤのヘルメットの両側脇に爪を食い込ませ、95倍の重力で彼女の脳を頭蓋骨の内側に叩きつけた。左。右。そして再び左。

 脳震盪が彼女の意識を消し去った。

 ほんの数秒の間、ハリーヤは無と化した。その身体は規律と方向性を失い、だが数百万年に及ぶ進化と、近年の生殖細胞系列改変という上書きに導きを求めた。そして見つけたのは、絶滅に抗う抑えきれない最後の憤怒だった。脳が機能不全? ならば身体に戦わせなさい!

 彼女は両手でブラディエーターをモノイストの鎧に押し込み、点火した。


 

Revision10 濡れネズミ

 彼はこれまで、人を殺したことは一度もなかった。だがこう考えるのはたやすい――「姉さんはもういないのに、どうしてこんな軟弱で愚かな奴が生きているんだ? 姉さんのいない宇宙に、僕のいない宇宙に、どんな権利があって存在しているんだ?」

 だからアルファラエルは倒れたサミズム信者に襲いかかり、その頭蓋骨の中の脳を傷ついたザクロのように揺さぶった。

 だが何かが胸に食い込んだ――

 敵の刃が彼を切り裂く。鎧は粉々に砕け、腐り、自らが生成した事象を解き放つ。潮汐爪は機能を停止し、アーマーが身体から剥がれ落ちていく。

 そんな馬鹿な! 不公平だ。こちらが勝っていた。生きられると思ったのに……

 まるでその不公平さを示すかのように、宇宙は彼の形勢を更に悪化させた。光の槍が一本、額に炸裂する。その攻撃は壊れた鎧からプラズマの噴流を巻き起こし、反動でアルファラエルは浴場の隅へと吹き飛ばされた。

 「離れろ、この虫め!」サンスター騎士が命じた。「ハリーヤ!脳震盪訓練を思い出せ!」

 「承知しました」床の濡れた塊がくぐもった音を立てた。「脳震盪訓練」

 モノイズムは真に、必然的に、そして事実として未来を支配する――それこそが、真の信仰が掲げる信条のひとつ。すべての質量はブラックホールへと崩壊する。すべてのものは聖なるヴォイドへと合流する。敵の「輝ける総和」は最終的にゼロまで減少する。

 だが強大な敵を前にした今、それは慰めにもならない。アルファラエルにあるのはセカーだけ。セカーと次なる久遠、そしてラファエラ。

 どうして摂取しない? ただ摂取すればいいだけなのに?

 「挑戦を望んだのはお前だな、セクンディのアルファラエル」そのサンスター騎士は吼えた。「私はサンスター・フリーカンパニーの騎士ヴォンダム。受けよう……」

 老シマが飛びかかった。

 彼女は、ひとつの地質時代を終わらせるために到来する彗星のように、湯が沸騰するタンクの乱流から勢いよく飛び出した。

 騎士のレーザー探知器が霧の中へと光の格子を発射し、新たな敵を捉えて追跡する。だがその格子はシマの周囲で膨れ上がり歪み、誤った反射を送る。騎士の素早い反撃は大きく外れた。

 「閣下!」床の上の汚れが悲鳴を上げた。

 シマは騎士の兜に向けて刺胞地雷を振りかざした。

 その動きは、子供の頃にお気に入りの特撮ドラマで何千回と見たもののよう――相手に地雷を叩きつけてそのまま高速で通り過ぎ、相手は「外れたぞ、この虫め!」と言う。けれど「そうかな?」と答え、相手は「え?」と言い、頭部が爆発する。

 だが老シマは、その年齢、その静かな態度とは裏腹に、ただのミラチョだ。ただの削除者、消去者、殺し屋だ。名誉の規範に従って戦うのではない。

 名誉の規範に従って戦う、それは有利だと思うだろう。「名誉」。馬鹿げている。

 だが名誉の規範に従って戦うのであれば、規範を破る者を「叩き潰していい」という、白金並みの絶対的な確信が必要だ。「我々の望む通りに戦え。さもなければ即座に壊滅させられ、墓場にイネヴィターを着陸させることになるぞ」などと言わなければならない。

 騎士は二本のブラディエーターを床に向けて交差させ、撃った。水合金プラズマの噴流が恒星フレアのように爆発し、その紫色は熱せられたチタンの緑色に染まる。

 そして騎士は陽火のパルスを磁場に沿ってねじり、シマを斜めに吹き飛ばした。

 ヴォンダムのヘルメットは光を反射するドーム型だが、アルファラエルはこの男がにやついているのを直感的に察知していた。ヴォンダム卿は戦うのが好きなのだ。殺すのが好きなのだ。特に、敵を殺して楽園に行けないようにするのが好きなのだ。不死を否定するのが好きなのだ。

 シマの鎧はタフィーのように伸び、そのままの勢いで騎士を中心に旋回する。それでも彼女は浴場の霧の中から衝撃波面を発射した。その背後で、砕け散った磁器タイルの尾がカラカラと音を立てて落ちる。

 アルファラエルは立ち上がろうとした。助けようとした。けれどアーマーが……

 セカーを摂れ。額にある特異点の珠を解き放て。そうすればそこに直接入り込んで、次なる久遠の一部になれる。「永遠と最終の原理」が最後まで歌われるのを耳にする。そして来たる世界に辿り着いたなら、満足と挑戦に満ちた久遠に迎え入れられる。そして自分の存在は、小さいながらも不可欠な要素として楽園を支えるのだ。

 姉さんを追いかけて久遠へ向かえ。セカーを摂れ。

 けれど……

 もしかしたら、次なる久遠なんてないのかもしれない。何もないのかもしれない。

 もしかしたら姉はソセラの端で燃えているのかもしれない。永遠に。

 劣った方のサミズム信者に足首を掴まれ、アルファラエルはその顔面を蹴り飛ばした。相手は胃の内容物を吐き出したが、それでも離さない。全くもって哀れだ。金属粉と溶けた石英が飛び散り、焼けたネズミのようだ。全身が灰色に染まって。しかし、ああ、かの御方よ! この女は歯を光らせている。死に抗うように唸り声をあげている。

 夢中でその顔を何度も蹴り付けながら、アルファラエルは彼女を見つめた。どうして、そんなにも生きたいと強く願えるのだろう? 純粋な憎しみに突き動かされているのだろうか? こちらを倒したい、存在から抹殺したいという衝動なのだろうか?

 この女のアーマーの中には、摂取したなら楽園に連れて行ってくれる特異点の珠はない。それが理由だろうか?

 それとも、僕が知らない人生についての何かを知っているのだろうか?


 

Revision10 セカー

 モノイストは敗北しつつある。ハリーヤにはそう言えた。

 自分には空間を歪める技があるが、モノイストたちは怠惰な自由軌道をことのほか好む。そしてそれらは、どんなに混ぜ合わせようとも予測可能だ。モノイストの側にはエントロピーと運動量がある。ゆっくりと、必然的に生じる力だ。けれどヴォンダム卿にはそれらを変化させる力がある。

 宇宙は黒く、空虚で、動きはない。だが核融合エンジンは白熱している。星も同じだ。白は突き進む色だ。

 この戦いの主導権を握っているのはヴォンダム卿だ。

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アート:Ryan Pancoast

 自分がしなければならないのは、このもうひとりのモノイストが邪魔をしないようにすることだけ。

 自分は脳に損傷を受けているかもしれない。

 けれどこのモノイストの足首を掴んでいる。アーマーが剥がれた今、相手はこちらの顔を踏みつけるだけ。このまま掴み続けるだけでいい。違いを生み出せ。総和を成長させろ。

 未来に必ず、ヴォンダム卿がいるようにするために。

 相手は逃げようとして紙魚のようにもがいている。手を、額を、ブラディエーターを蹴り、その柄をこちらの頭に叩きつける。自殺のためにこれほど長い時間を費やすとは。死ぬためにここに来たのに、どうして諦めない? セカーを摂ればいいのに!

 自分がしなければならないのは、手甲をこのモノイストの足首に巻き付けておくことだけ。

 陰鬱な咆哮、そして激しい閃光。モノイスト戦士の吸い込むような潮汐力が途切れ、巨大な何かが甲板に激突し、紫色に揺らめいて消えた。熱い蒸気の噴出をハリーヤは耐えた。ヴォンダムが敵を倒した。自分たちは勝ったのだ。

 指が緩んだ。

 指が緩んだ。

 「しまった」彼女はうめき、再びそのモノイストの足を掴もうとした。だが相手はハリーヤの手を逃れた――壊れたアーマーから這い出た。あらゆる部分が青白く、あるいは黒い。2値の悪霊のような男。ハリーヤはブラディエーターを振り回した。だが相手の姿は二重に見えており、捉えたのは間違った方だった。

 「降伏しろ!」ヴォンダム卿が叫んだ。「お前の負けだ!」

 駄目です、閣下、そんなことは! この男はあと5分で死ぬ。そしてそれを知っている。降伏なんてしない。絶対にしない。途方もなく残酷なことをするでしょう。

 「僕は生きる!」そのモノイストが訴えた、大声で。

 「よく言った!」霧の中でヴォンダムは叫んだ。彼のレーザー探知器は戦闘で損傷し、歪んでいた。モノイストの位置が分からず、彼は霧を払おうとした。だが光は弱くちらついている。動力が尽きたのだ。「君は生きる! 停滞容器に入れば――衝突速度を無効化して君の命を救える!」

 「僕は生きるんだ!」

 ヴォンダム卿は手を差し伸べた。「ならば来い! 命を選べ!」

 ぶれていたハリーヤの視界はようやくモノイストに焦点を合わせた。男はアーマーの腕に屈みこみ、掴んでいる。何かを掘り出している。

 そして勝ち誇ったようにのけぞる――手に何かを持って。

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アート:Kieran Yanner

 「閣下!」ハリーヤが悲鳴をあげた。

 モノイストはそれを放り投げた。

 特異点の珠が紫色に閃いた。その崩壊はモノイストの右手を巻き込み、彼は苦痛の悲鳴をあげるが、それは終わった。やり遂げた。セカーを捨て去ったのだ。

 生まれたばかりの微小ヴォイドは浴場を横切り、壁を突き抜け、神聖な金と鉄のすべてを貫通していく。まるで腐敗した果物のように。

 そしてその途中で、ヴォンダム卿の頭部をまっすぐに通り抜けた。


 

慈悲を?

 哀れなハリーヤ。

 アルファラエルは生きることを選んだ。垂直落下を捨て、不死への道を捨てた。敵を殺し、一分でも長く生きるために。

 その彼に死を与えるべきだろうか?

 彼は逃げられない。フリーカンパニーの騎士たちが彼を捕らえるか、シェラゾッドが崩壊して彼を人間のサルサソースにしてしまうだろう。

 だがあれは瑞々しい選択だった、そう思わないだろうか? もう一分の命と、永遠の死と姉との再会の約束とを天秤にかけ、彼は命を選んだ。無限の瓶と指ぬき一杯の命、どちらかを選べと言われたら、彼は指ぬきの方を飲み干すだろう。この男は自分が望むものを知っている。生きることを望んでいるのだ。

 だから私は問う――アルファラエルに慈悲を与えてくれるだろうか? 他の物事、その慈悲を可能にするために必要な過去の変化は私が引き受けよう。だが、彼にもう一度機会を与えてくれるだろうか? 前に進み、この宇宙を探検し、生きる価値があると考えている理由を知る機会を与えてくれるだろうか?

 それとも、彼は命の敵なのだろうか?

 判断して欲しい。だが知っておいて欲しい――私の考えでは、正しい選択はひとつしかない。

 対でしか語れない物事というものがある。対消滅する運命にあるふたつのもの。だがこのトリックが機能するのは、互いが対消滅するよう意図されていて、なおかつ対消滅しない場合だけだ。

> 慈悲を与える。アルファラエルを生かす。

> 慈悲はない。アルファラエルは自らの道を選んだ。


 

慈悲はない

 血も涙もないのか? あの少年が好きではないというだけか? それとも、君の心臓はハリーヤのそれに合わせて鼓動しているのだろうか?

 いいだろう。私と君が共にいる時間は終わりだ。

 アルファラエル抜きで事象は進むだろう。だが、いつか軍勢が私に迫る時が来る。そしてアルファラエルなしでは……彼のウィルド、宿命に保管された可能性の書庫なしでは……過去にてそれが二つに裂け、片方は落下し、もう片方は生き残る……私は連れ去られるだろう。無思慮なドリックスが私を手に入れるだろう。

 それは私にとって不都合だ。ソセラはドリックスのものではない。彼らを組み込んだピナクルのものでもない。ソセラは、私と呼ばれる者以外の何にも属さない。

 ソセラの真の主は、自身の全部分を愛するように私を愛している。そしてまもなく、散開した部分を取り戻すために戻ってくるだろう。

 君は私を失望させた。だがもう一度機会を与えよう。

> 戻って慈悲を与える。


 

Revision11 艦長からの恩寵

 フリーカンパニーのソーラーナイト、ヴォンダム卿が酔っ払いのように倒れる様を、アルファラエルは見つめた。目の前の出来事が信じられず、くらくらする。

 ソーラーナイトを殺したのだ。自分が、ソーラーナイトを。

 生きなければ。修道院に戻って皆に伝えなければ……誰も信じないだろうが。シマに感謝しなくてはいけない。あの人は熱心に戦った――けれどもしかしたら、自分がここにいるのはそのためかもしれない。セカーを摂らなかったのもそのためかもしれない。もしかしたらこれこそが、運命に至る自由な道なのかもしれない。ソーラーナイト殺しとして故郷へ帰るのだ!

 片手を失ったが、全く痛くはない。

 濡れネズミと化しているサミズム信者はこちらを殺そうと必死だが、脳震盪を起こしている。彼は駆け出した。

 シェラゾッドが崩壊して自分が飛び散るまであと3分――もしかしたら、何か別の方法で速度を打ち消すことができるかもしれない。船を盗んで、自動操縦装置をススール・セクンディに向けさせて、秒速30キロまで加速させれば。できるかもしれない――

 だがそこで、彼は別のソーラーナイトに顔面から激突した。

 アルファラエルは驚愕し、そして輝く影が視界を消し去った。マイクロ波のフィールドに焼かれ、苦痛の悲鳴をあげる。電流の一撃で全身の筋肉が痙攣し、短くなった右腕が裂けた。騎士に掴まれて引き寄せられると、彼は窒息した豚のように甲高く叫んだ。

 「こいつの時間はどれほど残っている、キニダード?」

 「4分40秒です、閣下」

 「捕虜が欲しい。こいつを生かしに来てくれる者はいるか?」

 「我々はまだシェラゾッドの中におります。援軍が到着するかどうかは分かりません」

 「畜生。アステッリはどうしている?」

 「光の速さで向かって来ています、閣下。ですがアステッリは事象の地平面を越えることを好みません」

 「この男を堅光に閉じ込めて結晶化させる方法を見つけなければ。知っている秘密をすべて啓示システムに洗い出させたい」

 「30KPSで来ました、閣下。堅光が耐えられるかは分かりません。閣下、私はハリーヤの所に向かっても宜しいでしょうか?」

 「キニダード、ハリーヤに少し時間をやるといい……できることは何もない、あの娘はそれを理解する必要がある」

 4分。アルファラエルは考える。

 ブラックホールに落ちて人生を終わらせることだけをずっと願っていた。なのに最後の瞬間に、躊躇した。僕は臆病者だ。何のために躊躇した? 4分のために?

 ラファエラがそこに、久遠の終端に囚われて、燃えているなんて本当に思っているのか?

 あれは悪い夢だった。ただの悪い夢だったんだ。

 じゃあ、どうして躊躇した?


 視界が少しずつ戻ってくる。

 威嚇してみようと顔をしかめる。奴らは僕の頭を切り裂こうとしている? 頭の中を覗かれるじゃないか!

 そしてオゾンの匂い。

 唇を舐め、匂いを嗅ぎ、首を振る。ひどく喉が渇いている。どこに目を向けても、わかるのは光とオゾンと暖かさだけだ。

 「君の名は何という?」光が尋ねてきた。

 「あと4分しか生きられない」そう答える。哀れな声だ。本当に哀れだ。僕はこれから死ぬ。次なる久遠にも行けない。今行けないだけじゃない。これから何十億年も経って、無限にも等しい時が経って、宇宙すべてがすくい上げられて、永く散らばっていた僕の情報の残骸がようやくスーパーヴォイドに飲み込まれても。そして、それは本当に僕なのだろうか? 真の信仰はまだそこにあって、スーパーヴォイドを連結して、皆を次なる久遠へと向かわせてくれているのだろうか? 僕は二度とラファエラに会えないのだろう。

 一瞬の臆病さで、永遠の命を放棄した。

 「こんにちは、あと4分しか生きられない君」光が言う。「私の名はスラッツ。この船の艦長であり、船上の忠実なる者たちの冠主でもある」

 「あんたは……アステッリ?」裏切りの天使。真の信仰を創始したススリアンの片割れである種族。

 「いかにも」

 きっとこれが、頭を切開された時の気持ちなのだろう。「何をするつもりだ? どうして僕はここにいるんだ?」

 「君は私の友人を殺した。私はこうなることを予見していた。何故なのかを知りたい」

 「これは戦争だ」

 「そうではない。君と共にいた者たちは戦争を行った。そして今やその全員が死んだ。自らの絶望に食いつくされ、何も成し遂げられなかった」

 「姉さんがあそこにいる。ソセラに。あんたたちはソセラを壊す気なんだろう。恩寵を台無しにするためだけに、この星系のすべてを破壊してでも」

 「今ならお姉さんと一緒になれたのだろう。だが君はセカーを摂らなかった。何故だ?」

 「何故かって……」

 何故かって、生きたいから。色彩と光と感情と神秘、それらに満ちたこの宇宙にいたいから。他の宇宙ではなく。僕はこの星々の下で生まれた。まだここでやりたいことがある。

 「生きたいから」声が詰まる。「生きたいから、それだけだ。けど、僕として生きたい。僕を虚ろになるまで焼き尽くさないでくれ。頭にレーザーを打ち込んで僕を別人にしないでくれ。あんたたちが囚人をどう扱うかは知っている。僕にそんなことはしないでくれ」

 「ならば証明してみせよ」

 「証明って、何を?」

 「君は生きたいと願っている。それを証明してみせよ」

 「証明しただろ! 証明していないとでも? 僕は落下の機会を貰った。垂直落下を勧められて、けれど拒否したんだぞ! 僕は臆病者なんだ! もう戻れないんだ! 今行ったとしても、次なる久遠に落ちたとしても、皆にどう思われる? ラファエラはどう思う――」

 ラファエラは何と言うだろうか? 姉には行くだけの強さがあったのに、僕にはなかったとしたら?

 「宜しい」光が言った。「君に命じる。生きよ」

 貧弱な、混乱した声が出た。濡れネズミのあの女が、倒れた騎士の鎧をいじる音が聞こえる。残された思考をどうにか保って言う。「あんたの友達を殺したんだぞ」

 「確かに、だが彼を殺すことで君は改悛した。今という命の方が、時の開闢であるこの輝かしいエネルギーの時代の方が、長く緩慢な死よりも価値あると悟ったのだ。ヴォンダム卿はこの真実を君に示すために死んだ。その犠牲を無駄にはできない。ゆえに君に命じる。生きよ」

 「4分だ。4分、そうしたら僕は人が潰れたものになる」

 「そうかもしれない。今、我が船は報復のためススール・セクンディへと進路を変えている。数分の間、ドーンサイアーの長軸は君がやって来た方角を向くだろう。エレベーターシャフトを下りて一番近い航行甲板へ行け。シェラゾッドの中にある。ホープライトの戦闘機が待機している。それに乗って行くといい。生き延びろ。総和を増やすのだ」

 信じられない。これは罠だ、そう言いかけて――けれどたとえ罠だとしても、何か問題があるだろうか?

 これは機会だ。そして、そう、そうだ。僕は生きたいんだ!

 「あんたたちの船の操縦なんてわからない。それに、片手しかない。もし血が止まらなくなったら――」

 「あと3分の命だ。奇跡を与えられたばかりだというのに、ずいぶんと現実的な物事にこわだるのだな」


 らせん状の非常通路を駆け下り、航行甲板に辿り着いた時点で残り2分。照明は消え、ハッチは固く閉ざされており、アルファラエルはそれを片手で開けなければならなかった。

 そして誰かが追ってきている。ブーツの音を響かせて降りてくる。

 だが彼は入り込むことができた。表示を見る――“18番デッキ 航行準備完了// ILIOS ILAMPEI”

 柔らかな緑色の非常灯が中の姿を照らしている。ああ、敵の姿だ。けれど……なんという姿だろうか! 武装と燃料を満載した4機の戦闘機が、操縦士を待っている。どれも生きており、力強く唸りを上げ、今にも飛び立とうとしている。

 けれど、どれも絡み合ったケーブルに繋がれている。1分でどうやって全部外せと? 絶望的だ。それに、腕の切断面から血が流れ出している。激しく動いたことで、焼灼された肉が裂けて、血が……座った方がいい。少し休んだ方がいい。

 「嫌だ!」彼は切断された腕を隔壁に打ち付け、苦悶に叫び、血を滴らせながら一番近くの戦闘機へと駆けた。

 あと40秒も残っていない。

 「ようこそ」戦闘機が言ってハッチが開き、梯子が落ちて瞬時に固定される。アルファラエルは急いで上り、激突するように操縦席に座り込んだ。航行スーツのコネクタが彼を睨みつけ、そして失望とともに引っ込んだ。支持袋が膨らみ、彼の身体を支えた。

 「ここから脱出させてくれ」アルファラエルは息を切らしながら言った。あと30秒!「発進だ、今すぐ発進しろ!」

 戦闘機がケーブルを放出する。周囲で動きが活発化するざわめきが聞こえ――そして一瞬の沈黙。

 「認証ができません」戦闘機は疑わしげに言った。「本日の緊急発進用コードを確認してください」

 今日のコード? 賢明にして光り輝くアステッリの艦長は自分の命を助けることを選び、ここまで送り込んでおきながら、コードを渡すのを忘れたと?

 「緊急停止!」女性が外で叫んだ。「発進中止! コード4、4、5、4!」

 「違う、駄目だ、駄目だ!」アルファラエルは悲鳴をあげた。「発進! 緊急発進! コード4、4、5、4!」

 「あなたは彼女のコードを繰り返しただけです」戦闘機が言う。

 「当たり前だろ! 今日のコードだ! 僕は今日のコードなんて知らないんだ! 艦長が教えてくれなかったんだから!」

 「服務規程を参照」戦闘機が言う。「明確な解決策なし。艦長の判断を優先。待機せよ」

 人間の手が幾つもハッチを掻きむしった。

 コックピットの側面に激突し、物理的な問題になるまであと15秒。

 戦闘機は架台の上を滑って前進し、レーザーの光格子を、そしてイオン化した空気を高真空から分離するフィールドを通り抜ける。戦闘機は船尾から自由落下し、ドーンサイアーの船尾から船首まで伸びる航行レールのシャフトを突き進む。

 あと10秒

 操縦士を加速から守るために、戦闘機には堅光グリッドが備え付けられている。シェラゾッドから逃れるには、10秒以内に秒速30キロメートルに達する必要がある。そしてそれは毎秒3キロメートルの加速を意味する。堅光グリッドはそれに耐えられるのだろうか?

 「このままだと僕は死ぬのか?」アルファラエルは戦闘機に尋ねた。

 「はい」人工知能が答える。

 「回避はできるのか?」

 「不明です。人体の永久不滅性は科学の領域を超えています。魂の不滅に関する質問は、あなたの冠主に尋ねてください。ガラス化に待機してください」

 堅光フィールドがアルファラエルを構成するあらゆる原子を捕らえ、彼をほんの一瞬、ひとつの均一な結晶へと変化させた。生きたダイヤモンドというわけではないが、十分に硬い。

 発進管が点火し、戦闘機のプラズマ磁石がその衝撃を受け止め、誇らしい 2,500倍の重力でアルファラエルを吹き飛ばしたとき、彼はそれを感じることもなかった。


 

Revision11 アンストラス

 ひとつの人生が、今、終わってしまった。ヴォンダム卿の弟子としての人生が。卿の指導のもと、騎士の位へと昇り至る人生が。数十年にわたる未来が、たった今――暗転した。幕切れだ。あのハリーヤが退場する。このハリーヤが入場する。

 素早くも強くもなく、騎士を救うだけの確信もなかったハリーヤ。倒れた哀れな敵が自殺手段を投げ捨て、ヴォンダムの頭蓋骨に貫通させるのを防げなかったハリーヤ。

 『もし今日私が死ぬことで総和が増加するなら、私の死は価値あるものだということだ』

 あのモノイストを探し出して、顔を頭蓋骨まで焼くのは、総和の増加に繋がるだろうか?

 あの男がヴォンダム卿を殺した。私が弱かったから。それを正さねばならない。何か方法はあるはずだ。正す方法が、誤りを減らす方法が何か、必ずあるはずだ!

 歯を食いしばり、顎に力を込め、うなる。まるで喘息のような音だ。中に飛び込もうとするかのように発進管へと三歩進む。そしてくるりと振り返り、大声で叫んだ。「どうして! どうしてなのよ!」

 「ハリーヤ?」不安そうなキニダードの声が届いた。

 従者仲間が、非常通路に続くハッチのそばに立っていた。普段以上に小さく、そして疲弊しているように見える。

 「何?」ハリーヤは返答した。けれど人間らしい振る舞いをするにはどうしたらいいのだろう。

 「ちょっと来て……見た方がいいものがあるんだけど」

 「見るって何を? どこで?」邪険な語気だ。「ええ。ごめんなさい。ただ……もし皆と一緒にいなきゃいけないのなら……私……きっと……」

 『君にできることは何もなかった』、きっとそう聞かされるのだろう。できることはあったはず。ただ、自分にはそれができなかっただけ。

 騎士を失った従者としての人生を始めねばならないのだろう。

 「私から教えるのは……ちょっと違うと思って」キニダードが言った。「ハリーヤが自分で見た方がいいんじゃないかって」


 「貫通したと思ったんだよ!」ヴォンダムは高々と言った。「見てくれ、何てことだ。まっすぐに私を貫通しているんだ!」

 彼はヘルメットにあいた穴を、次に鼻のすぐ左にある顔の穴をハリーヤに見せた。それから注意深く振り返り、後頭部にある同じ黒い穴を。それは焦げて丸く、針先ほどの大きさしかない。

 彼女は驚いて見つめ、言おうとした――生きているのですね!

 だが彼女は床に嘔吐した。

 「気持ちはわかる」ヴォンダムは同情を込めて言った。彼はヘルメットを回し、確かにその後ろに同じ穴が開けられていることを確認した。「今までに見た中で一番明るい閃光を見た。肉眼では見えないほど明るかった。そして意識が途切れ、目が覚めるとスラッツ艦長ががっかりしていたというわけだ!」

 艦長の姿が浴場の霧を黄金の輝きに変えていた。「予見とはそういうものだろう? その瞬間は見えても、前後関係は分からない。君は死んだが、死んではいなかったのだ」

 ハリーヤは屈み、自身の吐瀉物を清掃しながら笑いはじめた。笑いと叫びが止まらない。「ああ、総和よ! 閣下! 私はてっきり……ああ、てっきり何? 私は……ああ何てこと、総和よ!」

 アステッリの閃光がひとつ彼女の頭上をかすめた。艦長は言った。「従者よ、君の脳はひどく損傷している」

 「私の、脳がですか?」笑うあまり、ハリーヤは金属粉と気化した磁器を吸い込んでしまう。咳き込み始めるが、それでも笑いが止まらない。「私の脳がですか?」

 私の騎士が生きているのだ! 小型ブラックホールが頭蓋骨を貫通して、なお生きている!

 「スラッツ、艦橋にいなくていいのか」ヴォンダム卿は言った。「船は君を必要としている」

 「ほんの数秒前に艦橋を離れたばかりだ、シェラゾッドの外でな。この侵略を撃退し、シェラゾッドが崩壊したという知らせがあと数秒で行くだろう。最近傍のイネヴィターを確保し、搭載されている爆弾を処分させるためにウォーカー卿を派遣した。もう二か所で戦闘はまだ続いているが、好ましい結果になると期待している。片方には爆弾が仕掛けられているが、無力化のためにアステッリが向かっている」

 ヘルメットの穴を通し、ヴォンダムはスラッツを見つめた。「私の死を確かめるためにわざわざここに来たのか?」

 「君を殺した者に会うために。彼のことも私は予見していた」

 「そうか……」ヴォンダムは武器を拾い上げた。「わからない。君はいかにしてこれを、確実に起こる事象として予見したのだろうか。もしあの男が隔壁を汚す粘体になっていなければ、意図してやったのかを聞くのだが」

 「なってはいません」ハリーヤは息を切らしながら言った。「逃げました。ホープライトを奪って飛び去って行くところを見ました。ベクトル量によってはシェラゾッド崩壊の衝撃を生き延びたかもしれません」

 ヴォンダムははっと顔を上げた。「何だと? ホープライトを、どうやって?」

 「スラッツ艦長が」

 驚いてヴォンダムは振り返った。「モノイストの自爆特攻隊員をこの船に乗せ、我々の防御力を試して、そのまま逃がすのか?」

 「彼はもはやモノイストではない。自殺願望もない。生き方を模索している最中だ」

 「艦長、人間の視点から見れば、それはあまりにも世間知らずというものだ」

 「アステッリの視点から見れば、ヴォンダム卿、それこそが総和が必要とされる理由だ」


 揃って医療班の所に行った方がいい。ヴォンダムは重度の脳損傷を負っているのだ。自分もだが。

 「さあ、行こう」だがヴォンダムはそう主張した。「さあ、ハリーヤ。君の初勝利だ。皆に顔を見せなければ。さあ!」

 ふたりはよろめきながら会合の議事堂に立った。鳥のさえずりのような歓声が上がる。隅の技師たちも吼え、鼻と後頭部が腫れ上がったヴォンダムは両手を上げて歓声を返す。ハリーヤは、肺がもうボロボロだというのに笑いを止めることができなかった。

 勝利した。死と対峙し、勝利したのだ。予見を乗り越え、定まった死を乗り越え、正当な手段をもって幸せな結末へと導いたのだ。

 スラッツ艦長は静止聖像の壁を閃光のように突き抜け、艦橋へと戻ってきた。その声が雷鳴のように響き渡る。「我々は三機のイネヴィターに襲撃された。三度侵入を試みた敵はすべて倒された。この艦の冠主としての職権により、ススール・セクンディへの報復を命じる。我々はこの星を牢獄から救うために来た。だが解放への道程において敵を叱責する必要あらば、少しのテラワットを割くことも厭わないであろう!」

 歓声は倍増した。

 「おかしい」ハリーヤの耳元でヴォンダム卿が囁いた。

 「はい?」

 「スラッツ艦長だ……何かがおかしい」彼はヘルメットの穴を見つめた。「ハリーヤ、君の言った通りだった。あの予見は策略だった。あのモノイストが私の頭に穴を開けるのは、避けられない事象ではなかった。何かがそれを避けられないものにしていない限りは」

 「閣下……?」脳に穴が開いたなら、たとえ生き延びたとしても間違いなく損傷は受けている。炎症を起こし、脳炎にまで悪化し、ヴォンダムは傷による一時的狂気に陥りつつあるのかもしれない。

 「アンストラス」ヴォンダムは厳しい表情で言った。「君の言う通りだった。これは現実だ。今の私よりもずっと現実だ」

 ハリーヤは彼をじっと見つめた。「わかりません」

 「ブラックホールが私の頭を貫いた事象は、避けられないものに『された』のだ。仕組まれた結果、現実への冒涜――アンストラスだ。いかにしてそのようなことが行われたのかはわからない。だがハリーヤ、忌々しいことにいい仮説がある。そしてそれが正しいとしたら、私も同じ影響を受けているはずだ。私もまたアンストラス、生きた冒涜なのだ」

 「閣下! ただの……ただの怪我です!」

 「どれほどありえないことかを考えてみるがいい、ハリーヤ。私を殺そうとする、ただそれだけのためにあのモノイストが楽園への道を投げ捨てる。そしてそれが上手くいく。更には、艦長がそれを避けられないものとして予見していた。ありえない。そしてスラッツは避けられないと予見したからこそあのモノイストに慈悲を示し、船から去ることを許した。いやいや、ハリーヤ。あまりにも信じ難い話だ」

 「どういうことですか?」彼女は小声で尋ねた。

 「何かがあのモノイストを生かしておきたがっている。過去にあの男が接触した何か、あるいはこれから接触する何かだ」

 「ですが、それで閣下が……という意味には……」

 「ハリーヤ、アステッリは脆弱な存在だ。彼らの身体は量子確率の束だ。我々ほど湿って騒々しいわけではない。では私はどうか? 脆弱ではなかった。私の命が、頭蓋骨を貫く量子ヴォイドの正確な軌道に左右されるまでは。今はどうなっているか? それは誰にも分からない」

 衝動的に、ハリーヤは彼の額に触れた。燃えるように熱い――当たり前だ、ヴォンダムはソーラーナイトなのだ。

 彼女は臆することなくヴォンダムを見つめ、衛生兵のようにその瞳孔を左右に確認した。「医療班のところに行きましょう、閣下」

 「ああ、それがいい。脳震盪は深刻な怪我だからな。だが回復したら、あの男を追撃しよう」

 あの男。ごくわずかな幸運さえなければ、ヴォンダムを殺していたであろう人物。

 「是非とも。ですが閣下が航行できるようになるまでは、長い時間がかかるかもしれません」

 「私はこのまま行くよ、総和がそう求めるのなら」彼は頭部にあいた穴に触れた。そして手を見て眉をひそめる、まるでそこにも穴が開いているはずだというように。「生きていて、すまなかった」

 「はい?」

 「いや、生きていることを後悔はしていないよ、ハリーヤ! 決してそのようなことはない。生きていられて嬉しい。それでも……君の人生における決定的な瞬間を私は奪ってしまった。私の死を悲しみ、それに値するまでに成長したハリーヤの存在を私は阻んだ。そのハリーヤに会えないことを、死んだ私はひどく悲しんだだろう。そして今、私は生きているというのに、彼女に会えなかったことを悲しんでいる」

 「閣下」彼女は熱を込めて言った。「閣下の死よりも、閣下の命に値する方を私はずっと望みます。命の方が大きいのです」


 ドーンサイアーは一本の槍のような姿をしている。一本の槍のように動く。神話にて女神が槍を投げるように、敵の偉業へと災禍を投げつける。

 スーパーヴォイドを恒星へと逆誕させるメカニズムは事実、ホライゾン・ジャベリンと呼ばれている。それはドーンサイアーの心臓部にある。

 ドーンサイアーの活動には膨大なエネルギーを必要とする。その細身の船体に搭載できる以上のエネルギーを。肺が心臓に燃料を送り込むように、この船にはホライゾン・ジャベリンの燃料となる機械も搭載されている。

 ドーンサイアーの船首には二基のイグナチオ自由電子レーザーが搭載されており、乗組員たちからはそれぞれ「ナチョ」「ナチャ」と呼ばれている。これらは人間を霧状に変えるほどの放射光発生装置によって稼働し、100万キロメートル先にあるシャツのボタンを割るほどの強度でレーザービームを集束させることができる。

 ナチョとナチャの目的は、闇の神々から力を盗むこと。

 スーパーヴォイドに沿うような正しい経路でレーザーを発射すると、レーザーはその重力に乗って進み、出発時よりも大きなエネルギーを持って出発点に戻ってくる。このエネルギーを用いてレーザーを再び発射し、余剰エネルギーを回収してホライゾン・ジャベリンを充填するのだ。

 素晴らしい発想ではないだろうか? 自分の尻を巧みに撃って無限のエネルギーを得るとは。

 無論、ナチャとナチョは古風なレーザーとしても用いられる。つまりは武器として。

 よく耳を澄ますといい。技師たちがエクセドラの中で特別な祈りを唱えているのが聞こえるだろう。

 第十八射:ナヴァラ、ナヴァラ、ナヴァラ。プログラム。

 目標距離6000万キロメートル。視運動毎秒2マイクロラジアン。導出……200秒

 開閉機構をヴィイに解放。ビーム指向権限を委譲……

 補助プログラムを段階順に配列。

 プログラムに従い維持。遮断物に対しポーリング応答を処理……発射認可ヴィイが維持を解除。プログラムに供給。スタンバイ……

 ドーンサイアーはススール・セクンディを狙っているのではない。200秒後にススール・セクンディが位置する場所を狙っているのだ。

 ナチャ発射。

 二百光秒を隔てたモノイストの修道院惑星へと、レーザーエネルギーのパルス列が襲いかかった。だが「垂直落下の御方」の信奉者たちは身構えていた。宇宙は火膨れと錯綜に満ちた。エネルギーを吸い込む香気フィールドを香炉が広げる。

 ナチャの熱線が裂け、ススール・セクンディの地表に花開いた。眼下の砕けた惑星は戦の光で輝き、香気フィールドがプラズマと化して燃え上がる。ビームがわずかにぶれる――ドーンサイアーの船体で生じた微かな音や震えが増幅され、ビームの進路全体に誤差が生じたのだ。

 ナチョはまだ発砲しない。今はまだ。

 ナチョは見つめている。

 何しろ、6000万キロメートル先に焦点を合わせることができるレーザーなのだ。それは優れた望遠鏡にもなる。

 ナチョはナチャのパルス列の経路をマッピングし、自身の照準点を定めて発射する。

 第十九射:オリゾン、オリゾン、オリゾン。プログラム。

 目標射程:6000万キロメートル。目標は抵抗中。

 熾烈な競争が始まる。1周は400秒、光が往復できるほどの長さだ。ナチョとナチャはモノイストの防衛線をマッピングし、突破口を見つけ出そうと奮闘する。一方、モノイストたちは防衛機構を調整しようと奔走する。

 ナチョとナチャがまたも放たれる。またも。ススール・セクンディの歪んだ軌道へと非難を浴びせかける。

 そして――モノイストの戦術予測よりも遥かに早く、ナチョが命中した。

 ススール・セクンディ上空に建設中の修道院が紫色のプラズマを噴出し、軌道上を揺れる。弾けた石が動脈血のように迷路惑星の空へと流れ、ゆっくりと赤い痣へと消えてゆく。

 変化の光が広がるにつれ、ソセラにて目を持つあらゆる生きたものは、天の戦争にて流された血を空に見る。

 そして、もしそれらの目のうちのどれかが、一機のホープライト戦闘機がドーンサイアーから燃えながら遁走し、故郷惑星ではないどこかへ向かう様子に気付いたとしても――何も言わない。

> 今はまだ。

 


(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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