MAGIC STORY

久遠の終端

EPISODE 07

サイドストーリー カドリックとポッド

Kemi Ashing-Giwa
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2025年7月1日

 

[エヴェンド星系ユーミッド語からサイマー語へ翻訳]

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アート:Viko Menezes

 私の生涯で最初の失敗と言えるのは、孵化するときの事かな。要は、面白い所を見逃したんだ。ほら、初期の大掛かりな惑星共生の時期だよ。惑星が辛うじて居住可能になったところで先遣兵がシードポッドから一斉に飛び出して、その惑星を本当の意味で居住可能にしていく作業全体の流れのことさ。何もかもがとても劇的で、すごく魅力的だ。だけど私はそれを見逃してしまったんだ。

 ふたつ目の失敗は、私が孵化した直後に自分のシードポッドを食べていた時の事なんだが、ちょっと興奮しすぎて自分の左後ろ脚の先端を噛み切ってしまってね。だからこの格好いい足になったってわけだ。科学者たちは、現地の菌類を改造することで道具や居住施設といった様々なものを構築するように、この足を作ってくれたのさ。

 とにかく、この惑星が真にユーミディアンの楽園として作り替えられている最中、その第二波の時期に私はポッドから抜け出したんだ。私やほかの第二世代となる先遣兵たちは進行している惑星共生の工程を支援することになっている。でも言わせてほしいんだけど、それは廃棄物処理作業と同じぐらい退屈なものでね。惑星共生用動力機関の素材を集めるために、ぶっ倒れて死ぬまで惑星中を駆け回る? 凍え死なないように気をつけながら、大型動物類と昼も夜も戦い続ける? まさにそのために孵化したってことは分かっているよ。必須項目として判断され、共同体精神に基づいて私に設定された役割というやつさ。だけどそれは辛くて退屈で、私がとても嫌いなものなんだ。あまり気が向かない物事については、正直言って作業するのもそれに集中するってのも苦手だよ。私の能力は「標準以下」で「先遣兵には相応しくなく」、「率直に言ってやや頼りない」ものだった。熱帯の可住環が凍てつく白い荒野へと滲んでいる、惑星の汚泥のようなこの場所に私が配属されているのは、そういうわけさ。

 私の現行の任務は、この泥だらけの平原に散らばっている残り数個の未孵化のポッドを回収することだ。それらは数千年前にシードシップから射出されてエヴェンドに着弾した第一世代となる先遣兵のポッドの一部なんだが、生命活動が可能な場所に着地する幸運に恵まれず、成体前の懸濁液は内部で休眠状態のまま。とは言え、未孵化であってもそのポッドの価値は極めて高い。仮に成長能力が失われていたとしても、高度にプログラム制御が可能な未分化状態の生体物質は残っていて、私たちはそれを利用できる。そういえば、もしこの任務を果たせなければ私は「機能的再処理に志願する」ことになっているんだった。丁寧な言い方をすれば、仲間は私を再利用装置に放り込んでその遺伝子とタンパク質を採取するってこと。普通なら、再利用装置に入れるのは死んだ仲間や壊れたポッドだけなんだけど、どうも私はそれらに劣らないぐらい使えないらしい。これが最後の機会ってやつなのかな。それでもこのくだらない仕事は嫌いでしょうがない。もう五回ぐらい地表をくまなく探したんだ、もう無駄だよこんな仕事。それにさっきも言った通り、興味の無いことをするのは苦手なんだよ。自分の命が掛かってるとしてもね。

 そういうわけで私は今、この遷移地帯で自分用のパワースレッジを操作し、泥地に巨大な螺旋状の模様を刻んでいる。そして今日が太陽公転の最終日で、あとひとつポッドを見つけなければ自分のノルマが達成できないということについて考えすぎないようにしている。最悪なのは、この状況は私のせいではないということだ。私は実際にポッドを探していたんだから。だけどいいかな、この惑星は私たちが到着する前からずっと何もない氷の塊だったわけじゃないんだ。かつてここは生命溢れる緑豊かな世界で、多くの巨大な生命もいて、それに驚くほど優れた休眠能力も保有していたんだ(ユーミディアンの休眠能力には劣るけどね)。

 私たちがこの氷の惑星をほぼ融解しつつある中、一部の生命体が目覚めてきていて、そしてその多くは飢えているんだ。その好例のひとつは私がガブラーと呼んでいる生き物で、そいつが私の仕事をさらなる悪夢にしてくれている。最近は私がポッドを見つけるたびに、いやそもそもなかなか見つからないんだけれど、そのたびにガブラーがこちらに向かってくるんだ。そいつは私を追い払うと――信じがたいかもしれないが――私が見つけたポッドをがぶりと貪り食うんだ。十個のポッドを無事に回収できたのは奇跡だね。

 今や日も暮れ、状況は絶望的だ。でも言っておくけど、私は居住区に戻って自分の生体物質を「寄付」するつもりは無いよ。その通り。通信を遮断し、位置追跡装置を吐き捨て、脱走するわけだ。「自分勝手」だ、「それでも先遣兵か」と言われようとも、再利用装置の中で死ぬわけにはいかない。だから、パワースレッジの速度を全開にして凍土帯へと飛び出したのさ。


 太陽周期序盤はきついものだ。先遣兵はあまり睡眠を必要としないけれど、多少は必要なのも事実だね。だけどガブラーが私をどこまでも付け回してくるせいで全く眠れないよ。正直に言えば、あいつを責められない。あいつとその仲間は、ガブラーの赤ちゃんに餌をあげなきゃならないのかも。知らないけれど。もし私があいつの立場だったら、簡単に手に入る食事を見逃すはずもない。食べ物と言えば、もう空腹でしょうがないよ。本当にずさんな脱走計画だったなあ。

 私の自己意識は――私の精神を構成する小さな自己の巨大な集合体は――激しくぶつかり合い、対立する考えをなんとかまとめ上げて、自分が陥った状況に対処するための最善の計画を立てようと四苦八苦している。だけど思いつくのは操縦を続けることだけ。だから、そうするよ。

 五日目になってもまだ凍土帯にはたどり着いていなかったけれど、巨大植物は全て消え去っていて、まだ見られるのは小さな低木や草地、それと大量の地衣類だけになった。地衣類はかなり不味いが、ここでは選択肢は多くないからね。とは言うもののその中には、本当に美しいものもある。濃い黒土を背景に、金や赤に輝いているんだ。それと、植物に隠れていたせいで危うく不活性ポッドを見逃すところだった。ユーミディアンのポッドとは似ても似つかないせいもあったかな。私たちのポッドは薄く滑らかで、可憐な葉の模様がいっぱいに施されている。けれどこの円形の金属塊の表面は濃淡のある真紅の色合いで、側面にはこぶだらけの装甲板が重なり合うように並んでいる。この風景に完璧に溶け込んでいるね。まあいったん発見した以上は、もっとよく観察できるようにパワースレッジを引き返させる。

 不活性ポッドは、その形状と特徴的な色彩から判断する限り、カヴの建造所製だろう。カヴ族について知っておくべきことと言えば、こいつらが巨大スーパーヴォイド並みに最低だってことかな。私は種差別主義者とか何とかってわけじゃないけど、こいつらはそういう奴らなんだ。こいつらは自身らの惑星カヴァーロンを採掘しまくって破滅に追いやり、エヴェンドが氷河期を脱するところを待ってから私たちを脅かしてこの惑星を奪おうとしたんだから(失敗に終わったけどね!)。

 パワースレッジから飛び降りて、ポッド表面にこびりついた泥を払い落とす。中にいるのはカヴ族じゃないな。人間族だ。ポッド側面の表示灯の点灯具合を見るに、まだ生きているみたいだ。生身の人間を直接見るのは初めてだけど、取りたてて称賛できるような要素はないかな、申し訳ないけれど。まあ、別に自慢するわけじゃないけど、私たちには曇りのない鮮やかな緑色の甲皮、光り輝く青緑色の複眼、美しい大顎がある。それと比べてしまうと、人間族はずいぶんと足りないようだ。って、言ってみただけさ。

 それでまあ、私の胃はねじ切れそうだし、このポッドの中の柔らかくてぷにぷにした異星種族を見て、心の中で"これを食べちゃおう"と思ったんだよね。その直後に、"待てよ、これって食べられるのかな? 吐いちゃうかも?"って気づいた。それに、"食べていいものか? 倫理的にはどうなんだろう?"って考えてしまったんだ。

 いいかい、私は今まで人間族を食べたことがないけれど、繰り返すよ、本当に、実に空腹なんだ。私たち先遣兵は代謝が非常に高い。他の種に比べれば、という相対的な話で言えばね。私から見ればこちらが普通で、他の生物がみんな異常なんだよ。しかし、居住区に戻って科学者たちに見せれば、もしかしたらこの人間を回復させられるんじゃないか、という考えが頭をよぎった。たとえ目覚めさせられなくとも、この生物には私たちが利用できるあらゆる種類の有用なものが――異星種族のタンパク質複合体、遺伝子物質などが――詰まっているに違いない。同族のゾリットのような科学者ではない私には見当もつかないけれどね。

 しかしもっと重要なのは、皆がこの異星種族は別の異星種族が作成した不活性ポッドにどうやって入り込んだのかを考えるのに夢中になるだろう、ということだ。私に仕事をさせるよりも予備材料として分解したほうが有用かどうかを検討しなくなるんじゃないかな。これを持ち帰れば、地衣類を食べながらガブラーに食われまいと逃げ続ける生涯を送らずに済むだろう。不活性ポッドをパワースレッジに繋ぎ、居住区へと戻ることにした。

 さっきも言ったけど、今のところ周囲には特には何もない。それは多分いいことなんだろうね。私の仲間はこの不活性ポッドだけってことだ。いつの間にか、この異星種族に話しかけている自分に気づいた。この凍土帯で出くわした奇妙な動物について、中の人間に話してみる。"棘背のやつ"に"ぎょろ目のやつ"。"多脚すぎるやつ"、"でかくて膨らんでるやつ"、それに"もっと馬鹿でかくて膨らみまくったやつ"とかだ。他には、唯一本当の友であるゾリットのことや、私が三台目のパワースレッジを失ったときに――話すと長くなるけど、操縦してたらウイリーして崖から落ちたんだ――私を呼び出して、次に失敗したら最後だぞとそいつが警告してくれたことなんかも。

 口を開くのにも慣れてきた。すぐに他の色々なことも人間に話すようになったよ。

 「私という存在は何も得意じゃないみたいでね」地衣類をかき集める僅かな休憩時間に、そうつぶやく(やれやれ)。「もし得意なことがあるとしても、それが何なのかはまだ分からないんだ。いつか分かるだろうと期待しているわけでもないけど、少なくとも見つける時間は稼がないとなあ」

 もちろん、人間は返事をしない。でも私を批判することもない。それは大きな意味を持つ。

 「皆が君を起こしてくれるといいのだけど」二日目の夜を越すために座りながら、不活性ポッドの側面を小突く。「君の生涯も楽じゃないようだね。そうじゃなければ、故郷から遠く離れた氷の中に閉じ込められるなんてこともなかったはず。もしかすると、君も役立たずなのかな」

 最良の考えではないけれど、本当にそうだったらいいのになと思った。居住区にいる皆は仕事に専念している、完璧な存在だ。私はただ再利用されないようにしているだけ。失敗してしまう仲間が他にもいてくれたら、どんなにか慰められるだろう。たとえその誰かが柔肌の人間族であってもね。

 元いた居住区から太陽周期三回分ぐらいの位置まで近づいたところで、すべてはめちゃくちゃになった。居住区へと向かいながら、調理係たちは今日の夕食に何を出してくれるかなと考えていた次の瞬間、パワースレッジが後ろに吹っ飛び、土煙を上げて横転した。操縦していた私も席から吹き飛ばされ、背中から激しく地面に叩きつけられ、気管から空気が抜ける。どうにか体を起こし、パワースレッジを初心者が作った玩具のように放り投げたやつの姿を伺った。

 驚くなかれ。ガブラーだった。シャトルほどもある巨大な体躯。口にはたくさんの牙を生やし、そのうちの二本は私の腕ほどの長さがある。ぎらりと輝く爪。そして赤みがかった灰色の毛皮は逆立ち、棘だらけだ。その視線はポッドに向けられていた。

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アート:Diana Franco

 あーあ、私の計画もここまでかな。

 あいつは既にポッドを私のスレッジから切り離し、まるで贈り物に深く感謝しているかのように牙をその殻へと叩きつけている。カヴ製品は耐久性を重視して作られてはいるが、カヴ族もさすがにガブラーのことは全く考慮していない。あいつは遅かれ早かれポッドを割り開くだろうし、あの人間が食われるまで私が待っている理由は全くないよね。

 勝つこともあれば、負けることもある。この広大で無慈悲な宇宙では、栄養たっぷりの塊はこうやって崩れ落ちていくんだ。私はパワースレッジにしがみついて立ち上がり、横転していた機体を立て直して、操縦席によじ登る。さっさと逃げよう。

 だけど前に言った通り、ここには見物するようなものも、やることもないんだよね。この辺を走り回るのは、ポッドを探す業務よりも退屈だ。つまり、ただ私と、私の思考と、寒さがあるだけ。そして、あの人間の顔が目に浮かび続ける。とても穏やかで、柔らかくて、全くの無防備な姿が。一体全体、どうしてあれはカヴの不活性ポッドの中に入っていたんだろう? あれと偶然出会ったのは今までで一番興奮した出来事なのに、ガブラーに貪り食われるまで放置してしまうのか。今まで奪われたシードポッドとはわけが違う――あの爪でかっさらわれて取り戻しようがなかったときとは。それにどっちみち、シードポッドの中身はまだ生命じゃないからね。

 激しい音を上げながら、パワースレッジを勢いよく切り返す。

 驚いたことに、ガブラーはまだポッドをこじ開けていなかった。だがその表面には気になるへこみがいくつかできていた。私は既にエネルギーパックを装着し、片手に杖を握っている。戦闘の掛け声と共にパワースレッジから飛び降り、爆発エネルギーをガブラーの顔面めがけてまっすぐ放った。その一撃は効果が無く、こいつを激怒させるだけだった。少なくともこいつはポッドを放棄してくれた――そして私めがけて突進してきた。

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アート:Brian Valeza

 私は……この後どうするかあまり考えていなかった。まさに生涯最大の山場だ。

 ぎりぎりまで引きつけてから横に転がり、すんでのところでこいつの鋭い右牙の先端から逃れた。ガブラーはありえないほどの素早さでこちらへと振り向き、咆哮を上げながら再び私へと突進してきた。もう一度爆発エネルギーをぶつけたところで倒せないだろう。考えられる方法はただひとつか。私も死ぬかもしれないけれど。

 装着していたエネルギーパックを身体から引きちぎる。ガブラーの牙が私を覆い砕く寸前、その顎に杖を噛ませ、口内にエネルギーパックを放り込んだ。私がほんの三歩離れたところで杖は砕け散り、こいつの歯がエネルギーパックの核に食い込んだ。

 周囲が緑色に光り、左後ろ脚に激痛が走る。気が付くと、私の脚は再び失われていた。それは黒い塊と化して煙を上げていたが、その菌糸組織は既に再生を始めていた。私は腹ばいになり、体を起こし、よろめきながら立ち上がった。

 目の前でガブラーが少しよろめいたかと思うと、地面へと倒れ込んだ。その目の様子こそおかしいものの、逆に言えばこれでも目が回っているだけだ。信じられない頑丈さだな。けれどこちらにも余裕はない。再生した足を振って歩き、不活性ポッドをパワースレッジに繋ぎなおして出発した。


 ようやく居住区に戻ったとき、ゾリットがその拳で私の頭を殴り倒すとは想定外だったよ。

 「何があったというんだ?」友は厳しい口調だったが、その体は興奮で震えていた。「何処に行っていた? 通信をあんな風に切るなんてどういうことだ!」

 「再利用装置に飛び込むのは嫌だったんだよ!」

 「何を言ってる……」ゾリットの大顎が噛み音を立てる。「あんなのは冗談だろ、馬鹿なやつだ!」

 私は友を睨みつけた。友はまったくもって本気の目をしている。

 「ひどい冗談だ!」私は苛立ちに触角をひくつかせながら、そう吐き捨てた。

 「我々が君を殺すだなんて、よく本気で思いこめたな?」ゾリットが咎める。「我々はカヴじゃないぞ、カドリック。お前を探すために先遣兵を十体も送り込んだんだ! 信じられん――」友の視線があのポッドへと向けられた。「あれは何だ?」

 その時にはすでに、私のパワースレッジの周囲にちょっとした群衆ができていた。連なった住処それぞれから漏れ出るオレンジ色の光が、製造担当者、自然科学者、そして私のような先遣兵連中を照らしている。その光景を目にして、私の体の中で何かが鼓動し、血液リンパへと甘い樹液のように広がっていった。故郷に戻ってたった5秒で、もうご機嫌だ。濃密で温かい霧、花と果物の濃厚な香り、同族たちの低く響く会話。皆は私の仲間、私の家族だ。冗談が分からなかったこと、本当に再利用装置に放り込まれると思っていたことが、今となっては馬鹿げた話だよ。皆から離れようと考えていたなんて信じられない。

 第一世代の先遣兵、パブコーがポッドを覗き込んでいる。「人間ですよ!」

 「ぎりぎりだな」ポッドの深いへこみに手を滑らせながらゾリットが言った。「生命維持装置が壊れそうだ。すぐに医療ラボへ搬送する必要がある」

 地面に生い茂る太い蔦に躓かないよう注意しながら、私とパブコーでポッドを医療ラボの中へと運び込んだ。それからゾリットとその科学者仲間たちが作業を引き継いだ。壊れかけの金属の殻から人間をそっと取り出し、生体揺り籠へと移した。人間は片手で何か細長い円筒状のものを握り締めていたので、私はそれをもぎ取ったが、ゾリットによってパブコーと一緒にラボの外へと追い出されてしまった。パブコーや他の十体ぐらいの仲間たちが集まっている中、私は一緒に入り口の前で待ちながら、投げかけられる質問に精一杯答えようとした。何しろ、人間にこれほど近づいたものは他にいないのだろうからね。

 そうこうしているうちに医者がやってきて、徹底的な検査を受けるようにと私に要求してきた。足はすっかり元通りになってるっていうのに。隣の空き部屋へと向かう途中で、先ほどの円筒物を調べてみる。おおむね植物由来の素材で構成されているようで、中心部には濃い黒色が埋まり、その先端は尖っている。金属でも菌類でもないのだから、道具ではないのだろう。どう見ても何かのお菓子だな。口に含んで噛み砕いてみた。風味は乏しいけど、食感は悪くないね。


 ゾリットは食堂で私を見つけた。心身ともに健康に問題はないと医者に宣言された後、私は炙った甲虫と茸を自分の体重分は摂取していた。

 「あの人間は目を覚ましたぞ。長老たちも尋問を終えている」と友は言った。「会ってみるか?」

 友がそれ以上何か言う前に、私は席を立って廊下の先へと向かった。

 私が部屋に飛び込むと、人間は生体揺り籠の中で上体を起こした。「あなたは誰ですか?」

 おお、この人間はユーミッド語を話せないのか。

 「私はカドリックと呼ばれている」サイマー語は面倒な言語だ。咀嚼する前の食べ物のように、口の中で柔らかく滑るような音を出さなきゃならない。「名前はあるのか?」

 「わ――私はノズ」と人間は言った。「おとこ、男性です」

 彼は――ユーミディアンほどじゃないけど――長身で、顔の肉付きには小さなくぼみがある。眼球インプラントか何かだろうか。頭蓋の上部には厚みのある黒くてふわふわしたものが大量に被さっており、外皮は薄茶色だ。

 「カドリック……私を助けてくれたのはあなたですか?」

 寝台脇の長椅子に私は勢いよく座り込んだ。菌類の詰め物が体を自然と包み込み、ぴったりと添ってくれる。「そうさ。五匹の大型生物を素手で倒さなきゃならなかったけどね。本当に大変な戦闘だったけれど、私はとても強いから」

 「本当ですか?」人間の顔の上側にふにゃふにゃした二つの線が浮かんできた。「いやあ、ありがとうございます」

 パブコーがゾリットの隣に割って入ってきて言う。「三匹だって言ってたような気がしますが」

 「いや、五匹だったよ」私は長椅子の場所を開ける。「どうしてカヴのポッドに閉じ込められてたんだい? 君は何者?」

 「ピナクルのプログラミング部門に配属しています」とノズが切り出した。

 不快から来る震えを抑える必要があった――銀河の管理者を自称するピナクルは皆の平和と繁栄を追い求めると主張しているけれど、それはあくまでも彼らが定義した内容において、に過ぎない。カヴほど悪いわけじゃないが、階級的構造が強すぎる。ありがたいことに、エヴェンドには全く興味がないようで、私たちとの接触は最小限にとどまっているけどね。

 「チームでのプログラム構築訓練中だったのですが、全員がカヴに捕縛されてしまったんです。ピナクルがカヴのエヴェント占領計画に介入するためのスパイだと思われてしまったようで」

 「おや」とゾリットが言う。「もうそれは失敗に終わってるがね」

 「本当ですか?」

 友の触角が揺れて肯定を示す。「あなたはずいぶん長い間休眠状態にあったようだ――」

 ノズは肩を上下させ、胸を大きく膨らませた。しかし内容を信じ切れてはいないようだ。彼の口から空気音が漏れる。「三年、それはわかります。しかしカヴはその二年以上前に和平を破らないと宣言していましたし、私たちを拉致したときも、とても平和そうには見えませんでした」

 「何かがあった?」と私は尋ねる。

 「大いにありました」彼は言った。口の両脇が上がり――正直言って、かなり恐ろしく見えるね――しかしその声は奇妙な震えを纏っていた。「命からがら逃げおおせたんです。信じてください、カヴはただ時を待っているだけなんです。私たちは真新しい軍艦に連行されて、戦闘用に改修されたステーションで拘束されました。あなた達に戦うつもりがないなら、抵抗しない方がいいでしょう」

 パブコーは不安そうに大顎を噛み締めた。「他の皆にも伝えなければ」

 ノズは生体揺り籠から足を降ろす。「私は、ピナクルに報告を」

 「まだここにいたらどうだい?」私はそう尋ねてみる。「もう少し休もう? 連絡は私たちでしておくよ」

 「そういうわけにはいかないんです。それに、あなたのところの医者が言うには、もう大丈夫だと」

 「どうして行かなきゃいけない?」

 「本当に感謝しています、カドリック。言葉では言い表せないほどに」ノズはそう言って、再び顔をゆがめた。「でも私には娘がいる。家族が――姉妹が、兄弟が、妻がいるんです。皆の所に戻らなければなりません」彼は五本の指がある片手で目をこすった。「神様、皆が無事でありますように」

 彼が言った言葉の半分ぐらいは理解できないものだったが、がっかりできる程度には理解した。人間の友達ができるのを楽しみにしていたのに。ノズが死んだときは食べてみたいとも思っていたし。

 「古い宇宙船が何隻か余っています」とパブコーは言い、立ち上がった。「貸出の申請をしておきますよ」

 その書類はすぐに許可された。居住区全体が人間について、そしてカヴの攻撃が差し迫っている可能性について騒がしくなっていた。私がノズを離着陸室へと案内すると、技術者はすでに発射前点検をすべて終えていた。貸し出す宇宙船は最近修理されたばかりの小型のものになる。有機物と無機物を寄せ集めた、典型的な蔓模様の船体だ。室内の緑がかった木陰に座っていると、エヴェンド各地の熱帯雨林と何ら変わらないように思える。私とノズはしばらくの間、黙って並んで立っていた。そして、この人間は振り返って、歯を剥き出しにして私を見上げた。ガブラーを彷彿とさせるその表情に、思わず身が引き締まる。

 「カドリック?」

 「ん?」

 「もしかして、私の鉛筆を見ませんでしたか? あのポッドに飛び込んだ時に持っていたと思うんですが――」

 「えん・ピツって何かな?」

 ノズは少し周囲を見回して、地面から短い棒を拾い上げた。「こんな感じで、先が尖っていて――」

 「ああ、君のお菓子か。食べちゃったよ。ごめん」

 「ええっ」ノズは大きく空気を吹き出すような奇妙な大きな音を立てた。「はっはっはっ。あれは食べ物じゃないんです。原始的な筆記用具なんですよ」

 「そうなんだ」と口にする。納得はしていないけど。「なるほどね」やっぱりわからない。タブレット用の針ペンや紙用の菌糸ペンがあるのに、一体どんな変わり者が木の棒を使うんだろう?「それで何を書くのかな?」

 「主に絵を描いてました」彼はまた空気のような音を立てたが、今度はさっきより穏やかな感じだった。「芸術家みたいなものですね。アマチュアですけど。心の安定を保つためにと仕事の合間に描き始めたんですけど、やってみたらすっかり夢中になってしまって」

 私の触角がぴくりと動いた。「君は得意じゃなかった物事に夢中になったのか?」

 「うーん、そうですね。たぶん」ノズは平べったい足で前後に揺れ動いた。「正直に言うと、向いてないものに夢中になるほうが気楽かもって思いますよ」

 大顎が緊張で噛み音を立てる。「私は自分が先遣兵だってことが好きじゃなくてね」

 ノズの肩の片方が上がる。「それなら先遣兵は辞めましょう」

 「そう単純じゃないんだよ」

 ノズは首をかしげる。「でも、先遣兵形態のユーミディアンが全員先遣兵になるわけじゃないですよね? あなたの友達――ゾリット、でしたっけ? あの人はあなたに似ていますが、医療ラボの科学者でしょう」

 この人間は何も知らないのか?「そうだけど、それでも私の友は重要な役割を担当しているからね」

 ノズの額が歪んだ。「あなた達の中にも芸術家はいるはずでしょう」

 「最初の三世代の中にはいないね!」

 「もしかしたら、あなたがそれを最初に変えるのかもしれませんよ」

 「君は本当に変わってるね」と私は彼に言った。「人間ってみんな君みたいなのかい?」

 ノズの目尻の皮膚がしわくちゃになった。「ユーミディアンは皆あなたと同じなんですか?」

 その時ゾリットが合流してきた。「あなた用の宇宙船の準備ができたそうだ」

 「ありがとう」ノズは再び歯を見せながらゾリットに言葉を返した。彼は私の方を向いて、私の腕に手を当てた。それはとても温かく、そして理不尽なほどに柔らかかった。「それからカドリック、私の命を救ってくれてありがとう。長老の方たちに連絡先を伝えておきました――何か必要なことがあって、私が役に立つようなら、遠慮せず連絡してください。それとも、導線基地まで訪ねに来てくれてもかまいませんよ」

 何だって? それは是非行ってみたいものだ。ピナクルの連中は独善的な独裁者気取りだと聞いていたんだけどな。ノズは風変りではあるけど、なかなかいいやつみたいだ。「すでにもう十分すぎるほど冒険したけど……いつかね」

 ノズがあの棒切れを手渡してきた。「それじゃあ、基地であなたを出迎えるのを楽しみにしていますよ」

 そう言うと、彼は片手を上にあげて左右に振り、それから宇宙船の中へ乗り込んだ。私は指の中で受け取った小枝を回す。宇宙船がゆっくりと空に浮き上がって天蓋を越え、渦巻く雲の中へと疾駆するのを見届けた。それから私はしゃがみ込み、棒切れの先端の片方を柔らかい土に突き刺して、一対の牙を描き始めた。



(Tr. Yuusuke Miwa / TSV Mayuko Wakatsuki)

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