MAGIC STORY

久遠の終端

EPISODE 05

第3話

Seth Dickinson
seananmcguire_photo.jpg

2025年6月25日

 

第二幕

Revision10 波動

重力波が届く
重力波が届く
重力波が届く

(重力波が響く)
(重力波が響く)
(重力波が響く)

重力波が届く

(重力波が響く)

重力波が届く

(重力波が響く)

重力波が響く

> (重力波?)

> (重力波)


 

Revision10 律動確立

律動確立

エントロピー構成鎖包有

読み込み待機

> 待機中


 

Revision10 V ZCZC01ATO#124AF1B4C32BED526BBCABC8D642435D


V ZCZC01ATO#124AF1B4C32BED526BCCABC8D642435D

RR SSSMONAST SINGUL CLOUDWRACK
DE MESPRIME SINGUL FALLWATCH #0000 29890990001

ZNZ ZZZZZ
O 0001MPC099
FM 01ATO MESPRIME SINGUL
TO SSSMONAST SINGUL

XMT SSSMONAST SINGUL DOUBTPOOL

BT
アクセス隔離最高機密

件名/ソセラにおける其方らの義務

  1. 其方らの目標は、零地点とのもつれが完了するまでソセラ・スーパーヴォイドを維持することである。円環また円環と繋ぎ、次なる久遠へと。共に。
  2. 目標に対する最大の脅威は、ソーラーナイト部隊によるサンスター・フリーカンパニーの介入である。ソーラーナイトはドーンサイアー号を護衛している。ドーンサイアー号の存在は最大の脅威であり、最も容認できぬ冒涜である。
  3. 現在の戦力はドーンサイアーと直接対決するには不十分であるという其方らの主張は尤もである。
  4. ドーンサイアーに対し、監視イネヴィターを直ちに展開せよ。
  5. イネヴィターの展開に成功した際は突撃要員をドーンサイアーに向けて配備し、いかなる手段を用いてもジャベリンの起動を遅らせよ。
  6. ソセラ星系におけるサミストの挑戦に対する大規模な戦略的対応が現在進行中である。
  7. 我らの信仰を試すものなし。
 

#END
NNNNN


落ちる夢を見たことはあるだろうか?

> ない。

> ぁぁぁぁぁああああああああ


 

落ちる夢は見たことがない。

それは残念だ。あれは神々しいものだ。

> 別のものを選択する。


 

Revision10 落ちゆくふたり

 落ちてゆく!

 アルファラエルは見上げ、手を伸ばして、掴まろうとした――だがそこには星々があるだけだった。星々と渦巻く星雲。風もない。裸ではないが、きちんとした服装でもない。

 どうやってここに来たのだろう? 何が起こっている? ここは宇宙なのか? どうして息ができるんだ?

 姉が愛情深くも悲しげに言った。そこにはアルファラエルの理解と将来に対する心配が込められていた。「アルフ、そんな沢山の質問をするのはやめて。自分では何も考えられないみたいに聞こえるわよ。それにもう、私はあなたを黙らせることはできないのだから」

 「ラファエラ?」

 アルファラエルは慌てて周囲を見回し、そしてようやく、まっすぐ下を向いた。

 万物の中心に、無限の黒き虚無。信仰の神聖なる神秘。

 ソセラへ突入しようとしているのだ。

 そして自身とブラックホールの謎との間を落ちゆくのは、姉。

 自由落下に、彼女がまとうぼろぼろのローブが揺れる。その様子は、すり切れた布地と歪んだアレイビル金属を、摩耗した古い塊を何か違うものへと変貌させる――自然の生息地へ帰ったような、ある種の生命体へと。姉の姿は黒く巨大な海藻のように見えた。

 自分たちは自由落下のさなかにある。スーパーヴォイドと次なる久遠へ、来たる世界へと至るための神聖なる旅路。先に降りたのは“住まう者”“深淵に打ち響く者”“切り倒す者”。今や自分たちはその御方の後を追っているのだ。

 「待てよ!」アルファラエルは叫ぶ。「待て、ラファ。待ってくれ、待ってくれ!」

 「待つって何を?」

 「わからないだろ! 僕も君もわからないだろ!」

 「わかるでしょう」ラファエラが答える。その顔は不機嫌そうな小さな円で、分厚い襞のアラビルに囲まれている。それは潮汐力の金属であり、凝縮された事象から――つまり時空における未補正の座標から打ち出されたもの。確かに姉はいつも少し痛々しく打ちひしがれたようで、少し不機嫌でやつれて見える。だがそんな見た目は何の意味もない。彼女はアルファラエルが知る限り、最も喜びに満ちて生きる人物だった。人の真実とは目に見えるものではなく、その者の内面に、唯一無二の心と意志の中にある。モノイズムはそう教えている。

 「わかるでしょう、アルフ、あなたも私も。ずっとわかっていたでしょう。私たち全員がいずれこうなるのだから。必然的に」

 「けど君は死ぬぞ!」

 「ええ。モノイズムは救いを約束する死の教団。私たちはそれを否定したことは一度もない。あなたも、私も、信仰も。けれど正しくもあるのよ」

 その通り。ラファエラは正しい。

 混沌壁と沈黙壁の間に存在する宇宙のすべての物質は、やがてスーパーヴォイドへと凝集する。始原の束の間の混沌は――敵が「輝ける総和」と呼ぶものは――やがて圧倒的な暗黒の中に終わりを迎えるとされている。

 それぞれのブラックホールの中に、新しく、よりよい宇宙が誕生する。来たる世界。壁のない世界。

 モノイズムの使命は、これらの新生スーパーヴォイドをひとつの壮大な全体へとまとめること。その成長を促し、養うこと。そして狂信者たちから守ること。敵が崇めるのは、消えゆく夜明けが放つ混沌の炎。

 そして何よりも大切なのは“住まう者”の、“切り倒す者”の、“井戸の探求者”の降下を観察すること。かの御方から送られてくる現在と未来の叙述、「永遠と最終の原理」の新たな要素を収集すること。

 その任務中、時折、モノイストのひとりが先導するよう求められる。切り倒す者を追いかけて聖なる虚空へ。

BwTA7QoPdU.png
アート:Cristi Balanescu

 そうして、ラファエラとアルファラエルが呼ばれたのだ。

 呼吸が浅くなる。瞳孔が拡張し、スーパーヴォイドがまとう光子の環から発せられる光に涙が滲む。自分はどうしてしまったんだ? ああ、馬鹿なふりはやめろ、アルファラエル。自分がどうなっているかなんて分かっているだろう!

 怖いのだ。怯えているのだ。

 彼はわめき散らす――

 「でも……でも……ラファ! 待ってくれ、ラファ! ソセラはまだ連鎖していない。まだもつれていない。“切り倒す者”はまだ見えないだろ! 君は、えっと、君は……」自分自身に理解させようと必死になるあまり、言葉に詰まる。「君は……違うところに、僕たちとは違う『次なる久遠』に行き着くかもしれない……」

 「じゃあソセラが繋がれているか、あなたが確認しないとね? あなたと修道院の皆で。そうすれば、私たちは永遠に同じ運命を辿る。心配しないで、アルフ! もう終わったの。私が選んだの。私は幸せ」

 言うべきではない言葉が浮かんだ。モノイズムの教義のひとつは、個人の意志を絶対的に尊重すること。

 だがその言葉は引き抜かれるように彼の口から発せられた。

 「ラファ、戻ってきてくれ。やめてくれ。行かないでくれ」

 姉が見上げてくる。その背後にはただ、虚無。「どうして?」

 「ここにいて欲しい。僕の宇宙にいて欲しい。せめてもう少しだけでも。なあ?」

 「起きていた時は、そんなこと一度も言わなかったのに」ラファエラは眉をひそめた。「良かったね、って喜んでくれたじゃない。私が選んだんだから正しい選択だって。無事な旅を祈ってくれたじゃない。またすぐに会えるって言ってくれたじゃない」

 姉の背丈が伸びていく。足が頭から離れていく。ソセラの潮汐力が引き伸ばしているのだ。小さく若いスーパーヴォイドが持つ危険――急激すぎる重力の増加、そして不意に食欲を発揮して襲いかかり、自身に近いところから引き裂いてしまう。姉を包むアレイビル金属が軋み、糖蜜菓子のように震える。彼女は不快感に顔をしかめる。

 「戻ってきてくれ」アルファラエルは懇願する。「まだ行かないでくれ。まだだ。言わなかったけど、言うべきだった。行って欲しくないんだ」

 「後悔のないように生きなさい!」彼女は叫ぶ。「あなたはあなた自身の選択の積み重ね。あなたがこれまでに引いた線。それと一緒に生きなさい。今この時から続く、一番強い未来を掴みなさい」

 「嫌だ! 嫌だ、こんな今から続く未来なんて要らない! この選択を変えたい。僕は違う選択をしたい!」

 「私が選んだのよ! あなたじゃない!」

 「君の選択を変えたいんだ、ラファ!」

 今や彼もその潮汐力を感じる。すべてを超越するほどに強烈であるはず――まるで次なる久遠を目指して身体が突き進むかのように。

 だがアルファラエルが感じているのはそれではない。まるで足と頭に締め具をつけられ、それぞれが逆方向へ進むエンジンに縛り付けられているようだ。

 ラファエラがうめき声をあげる。「何かがおかしいわ」

 「ラファ、戻ってこい!」

 「無理よ。アルフ、私たちは地平面にいるの。未来がひっくり返って、明日が下と同じになる場所。私は今落ちている。もう戻れないの。ああ! 痛い!」

 光の壁が自分たちに向かって駆け上がってくる。ソセラのファイアウォール、燃え盛る事象の地平面。これが最後の機会だ。

 アルファラエルは姉に手を伸ばすが、ふたりとも自由落下中だ。これ以上近づくことも、遠ざかることもできない。彼の動きは弾道を描き――脱出できない。

 ラファエラの顔から血が噴き出す。アレイビルの鎧が彼女を締め付け、圧縮する。祭服の生地が裂ける。「アルフ……」かすれた声、そして血が歯磨き粉のように溢れ出す。溺れるような音を立てて……

 そして凍りつく。

 地平面に捕らわれ、燃え、引き裂かれかけたまま、永遠に。

 アルファラエルは悟る――

 次なる久遠なんてものはない。あるのは地獄だけだ。


> けど、それはただの夢だ。

> 本当にそんなことがあったのだろうか?


 

Revision10 全ての造物は一点に


全ての
全ての造物は
全ての造物は一
全ての造物は一点に
一点に全て
造物は
全て

 セクンディのラファエラ。最後の通信。地平面に接近。

 これは私の辞世の詩になるだろう。

 宇宙の目的はスーパーヴォイドを作り出すこと。

 それについては私たち全員が同意している。これは単なる信仰ではなく宇宙論的な事実。他のすべてが消え去って、星々が消え去って、あらゆるものが薄明かりの中で凍りつく時、残るのはスーパーヴォイドだけ。システムは目的に適う行動をとる。宇宙がとる行動は、あらゆるものをスーパーヴォイドに変えること。

 スーパーヴォイドの中には新たな宇宙がある。それが存在の大いなる連環。私たちがそれをスーパーヴォイドと呼ぶのは、単に質量が大きいからじゃなく、私たちの上にあるもの、超越連環、つまり連鎖の頂点にあるから。

 モノイスト、存在の唯一真理を知る私たちは、その目的の達成に尽力する。私たちはソセラを破滅から救った。

 今私たちは、この生まれたばかりのヴォイドを破壊から守らなければならない――サミストから、つまり天界帝領とあのフリーカンパニーから送り込まれたサンスターの狂信者たちから。

 ソセラに落下することで、私は宇宙の目的へと向かっている。

 私は宇宙の一部なので、自分自身の目的に向かって進んでいる。

 けれどその途中で、私のイネヴィターはドーンサイアーのそばを通るのだろう。

PGnXM8pp7E.png
アート:Jaime Jones

 見える! 望遠鏡を通して見える。恐ろしいほどのその美、その傲慢。

 今、私は下にあるものへと望遠鏡を向ける。

 もし私たちがソセラを、誕生からもつれまでを通して守れるなら、不可避終焉の大いなる体に加わるまでフリーカンパニーから守れるなら、そしてその中心へと落下する“切り倒す者”の姿を最終的に垣間見ることができるなら、ソセラは貪り食らった子供たち全員を次なる久遠へと導くのだろう。

 ドーンサイアーが火を放って、私たちが作り出したものをサンスターの騎士たちが逆誕させない限りは。

 そんなことを起こしてはならない。そしてこの宇宙での私の人生の終わりは、宇宙の使命にとっては大したものじゃない。


貫け
無限の
辺縁から
血に濡れた
糸を引き出せ

 ドーンサイアー が見える。私たちの敵は何と言っているのだろう?

 何も救うことはできず、何も進むべき道を進むことは叶わない。宇宙のあらゆる目的には、矮小なる者らの狂気的利己的冒涜が立ちはだかる。運命が焔を点すならば、サミストはそれを燃すための空気を世界から吸い上げよ。神が闊歩してくるならば、聖サンソルドを遣わして鉄菱を撒かせよ。

 スーパーヴォイドの奇跡を見た者は、取り巻きへと言った:「モーキサイトと特別な船をくれ。そうすればあれを逆転させてやる! スーパーヴォイドに恒星を吐き出させて蘇らせてやる!」

 どうやらそれは、最高評議員タマン四世とフリーカンパニーの宙賊たちらしい。

 ありえないにも程がある! ドーンサイアーがそれに成功したところでどうなると思っているのだろう? ソセラはセカーを与える前の状態に戻るのだろうか? そうすれば蘇ったソセラはいずれ爆発する。その時最高評議員の手先たちは、彼らが崇拝するソセラの束の間の怒りに捧げる賛辞として、すべての生ける惑星が焼き尽くされるのを称えるのだろうか? 彼らがピナクルに説明するところを想像しよう。「ソセラのあらゆる生命を放射能の塵に変えることで、輝ける総和を増やすことが我々の義務だと感じたのだ」と。

 そしてそうするのだろう、それで総和が増えるなら。

 もしかしたら、ドーンサイアーはもっと酷いことをするつもりなのかもしれない。再構築してソセラの運命を一変させ、長く冷たく燃やし続けるのかもしれない。燃え尽きて白色矮星になるまで。

 そうなったら、私はどうなるのだろう? 忘れ去られる? 私のエントロピーはどこへ行くのだろう?

 情報は破壊できない。

 おそらく私は不発の星の中でそのまま、永遠に燃え続けるのだろう。

 みんな、忠実な仲間のみんな。成功してくれるって私は信じてる。私たちは成功するって信じてる――ドーンサイアーを破壊してくれるって信じてる。私は、この落下を完遂することで、私の役割を果たすから。

 ドーンサイアーは、見た目は途方もなく頑丈そうな、針のような船体。スーパーヴォイドのファイアウォールを突破できるように設計されているから、私たちの最強の潮汐兵器以外は一切通用しない。たとえ私たちにドーンサイアーを攻撃するだけの力があったとしても、それはカンデラという船に護衛されている。とてつもない伝統と戦闘技術を秘めたシールドシップ。

 不浄の槍と空飛ぶ都市。色鮮やかな組み合わせ。


私は
決して
戻らない
10の81乗メートルの
この空間と永劫の
時の中には

 それはきっと間違いない。60枚のカードを混ぜた時の組み合わせの数は、宇宙のすべての原子の数よりも多い。そして、私はそのカードの束よりもどれほど大きいのだろう?

 私と同じ存在は二度と現れない。私がいなくなれば、私は永遠に消えてしまう。

 それでも私のすべてはあまねく知られて、次なる永遠へと運ばれるはず。私たちが成功すれば。成功すれば!

 弟にはどうか、私が少しでも疑念を抱いたことは言わないで欲しい。修道院から申し出があった時、私は即答した――もし断っていたら、弟はどうなるだろう? 私と同じで、私よりも優秀。だから私の疑念は弟の疑念と同じ。もし私が躊躇すれば、弟は永遠に責任逃れの烙印を押されてしまう。だから、私は行く。

 弟が何を選択するにせよ、どうかその意志を尊重して。

 さようなら、次なる久遠でまた。

 潮汐力に引かれつつあるのを感じる。私は身を乗り出してそれに応える。

 私の信仰を試すものなし。

 ――ラファエラ

> 事象の地平面から通信を受信。赤方偏移補正を適用。イネヴィターの通過を確認:敵は探知/迎撃/撃破に失敗。ドーンサイアーへのイネヴィターの衝突は有効な突入手段となる。突入要員の選抜と攻撃を進めよ。我らの信仰を試すものなし。


 

Revision10 パーティーの時間

 誰かの手がアルファラエルを揺さぶって起こした。

 彼はその感覚にはっとする――湿った空気、睡眠用セルの完全な暗闇、温かな塩水、そして素肌に感じる冷たい指。

 赤い燃えさしの光。

 そして人の顔。

 「ラファ!」睡眠用セルの中で、彼は水飛沫とともに跳ね起きた。膝が合金にぶつかり、目に塩水が入る。「ラファ、君は落ちたかと……」

 ラファエラではない。

 「悪い目覚めですね」世話役は彼の様子に同情も非難もせず言った。他人の夢を批判するのは残酷で傲慢な行為というものだろう。「貴方への通信があります。シングール修道院からです。聞きますか?」

 「え、ああ」アルファラエルは足をつけ、水槽の中に立った。モノイズムは慎み深さを求めてはいないし、禁じてもいない。自分の肉体、あるいは他者の肉体についてどう感じるかは、自分で制御する責任がある。「聞こう。何だ?」

 「お姉さんのイネヴィターは旅を完遂しました」

 ああ……

 「落ちたのか?」

 「はい。その航行は、落下するイネヴィターがフリーカンパニーの防衛線を突破できることを証明しました。お姉さんは喜ばしくも零地点へと至ることでしょう。そしてお姉さんのおかげで、敵の恐るべき兵器への攻撃を進めることができます。通信は以上です」

 ラファエラはもういない。

 もう二度と話をすることもない。

 けれどすべてが突然の出来事だった。一昨日、自分には人生のすべてを共にする姉がいた。昨日、姉は行くように言われ、そして昨日、姉は行った。聞きたいことがいくつもあった。理解したいことがあった、一緒にいたことの喜びを覚えておくために。けれど姉はとても舞い上がっていて……

 自分に嘘をつくな、アルファラエル。聞きたかったことのひとつは……

 僕たちは性別以外は同じなのに、どうして教団は君の方を選んだんだ?

 彼は臆さず、自分の気持ちをしかと見つめた。そして世話役を見上げた。

 「死にたいんだ」

 世話役は恐怖を隠さなかった。だが他者の意志を疑うのはモノイストの在り方ではない。それが何を指し示していようとも。

 「シングールへの返信を許可されておりますが」

 「次の作戦に加えて欲しいと伝えてくれ。ドーンサイアーに突撃部隊を送るんだろう? 私もそれに入れてくれと」

 「貴方はまだ侍祭の身です。訓練を受けているかどうか、シングールは尋ねてくるでしょう」

 「却下はされないぞ!」アルファラエルはうなり声をあげた。

 世話役は頷いた。「貴方の意志を尊重します」

 そして世話役と共にその額の燃えさしも消え去り、アルファラエルは塩辛い闇の中に残された。足元で水が囁いていた。


 パーティーが開かれている。

 ススール・セクンディは、黒曜石と潮汐力でできた歪んだ塊かもしれない。列石のあばたに覆われ、水晶を噴き出し、朽ちゆく軌道でうめき声を上げているかもしれない。破滅そのもののように見えるかもしれない。カヴはこの惑星をアヌキと呼ぶ。「うなり声を上げるもの」の意味だ。偶然にも、これは真の信仰が好む大型兵器の名称でもある。

 けれどそこには力が秘められている。物事はその終焉に近づいた時に自らの力を発揮する。真の信仰、その千番目の前哨地であるススール・セクンディが腐敗して終焉を迎えつつあるように見えるなら――さらなる力があるということ。

 地下道と回廊の空気にはオゾンの匂いが漂っている。どこかの日に見上げれば、ソセラの歪んだ炎に逆らって漕ぎ出す小型重力船が、エンジンの軌跡に沿って静かに落下していく様子が見えるかもしれない。労働から戻る信者たちの足音が聞こえるかもしれない。そして洗濯のために黒い鎧とマントを脱ぎ捨てる彼らと共に立つなら、ああ、切り倒す者よ、歌い、食べ、奮闘し、跳ね、踊りたくなるだろう! お前は真の信仰に属する者。お前は広大なものの一部だが、それはお前が小さいことを意味はしない。これがお前の選択だ! 作業は大変かもしれない、だが選ぶ価値のある作業なのだ!

 行くのがラファエラの選択だったように。

 アルファラエルが生まれて真の信仰に身を委ねるよりも以前、モノイストたちは軌道上に拡大する修道院を支えるため、ススール・セクンディに鉱山を掘った。この仕事の一部はメカンによって行われているが、すべてではない。メカンは信じることができない。そして、信仰は労働にとって良いことだ。アルファラエルはまた、労働は美しい肉体を生み出すと考えている。

 アルファラエルはシュライドで泥酔し、交代勤務の鉱夫たちと共に騒ぐ。そこで豪奢な迷宮構成家と出会い、質量と角運動量と電荷以外を持たない糸を一本見せられる。挑発された彼はその糸を撫で、無謀にも手に通してみる。けれど糸は体内の原子核に引っかかる。それを爪弾きながら笑う。「これ、僕を切ったりしないよね?」

 「分子は切らない」構成家が言う、蜘蛛のように細長いその手の先にアルファラエルを見つめながら。「原子だけさ」

 「それはよかった。僕は完全に分子でできてるんでね」

 「頭の中にそれを通して脳を掃除したまえ、フロスのように」構成家の提案にアルファラエルは言う。「それはできないよ、明日やることあるんだ!」そして皆が笑う。

 彼は構成家から知恵を拝借する。人々と語り合う。まるで開いた傷口のように隠さず語り合う。もしこの会話の記憶を抱いて生きなければならないとしたら、きっと身震いして、恥ずかしさに大声で叫んでしまうような会話。

 自分が死にに行くことは誰も知らない。ドーンサイアーへの襲撃は機密事項だ。けれど、完全な解放と悟りを得た利己主義の社会にも共感は存在する。何故なら、アルファラエルが思うに、ほとんどの人々は繋がりを求める本能的な欲求を持っているからだ。互いを気遣い、沈黙の中に潜むものを読み取り、興奮を宥める。直感する。

 だから、自分がもうすぐ死ぬことは、おそらく誰もがわかっているのだろう。

 これほどまでに置いて行かれたことはなく、そのため今まで以上に何も気にしなくなった。姉がいなくて寂しいかと何人かが聞いてくる。泣き崩れるまで酔っぱらいたい、けれどできない。何故? 何故なんだ?

 何故なら、心の中では姉がすぐに戻ってくると思っているから。ちょっと用事で出かけているだけ。これほどまでに大切な存在が、あんなに急にいなくなるはずがない――本当にいなくなったとしたら、姉が落下するまでは少なくとも一か月、いや一年はかかったはずだ。無線で連絡して、様子を尋ねる時間は充分ある。戻ってきてくれるよう懇願する時間は充分ある。

 夜は更けていく。彼は眠らない。

 そして時が来た。


 怒鳴り声で命令する者や、彼を無理矢理列に並ばせる者はいない。背を向けて立ち去ることもできた。だが後ろには列ができており、先頭の自分が去っていくのは恥ずかしすぎるように思えた。

 シュライドの二日酔いが重く暗く首へとのしかかる。そんな中、アルファラエルはアレイビル製のアーマーに縛り付けられた。誰かが菜園のバナナをくれたが、その食感に彼は吐き気を催した。「ありがとう」何にせよアルファラエルは礼を言い、吐き出す隙が見つからないので噛み続けた。

 くしゃみが止まらない。痛い。そのたびに後ろの老婦人が「お大事に」と言う。

 思う――自分は何をやっているのだろう?

 そして、ラファエラがいなくなったことを思い出す。

 攻撃部隊はすべて志願兵で構成されている。大半は前線戦闘員だ。実戦で鍛えられた兵士ミラチョ、もっと過酷なカム=シク。アルファラエルのように戦闘に近い訓練を受けた侍祭もいる。重力死の聖騎士はいない。全員が人間だ。ススリアンはいない。今日殉ずるのは、代えがきくものだけ。恨むな。そうなることは分かっていたはずだ。

 アルファラエルは隊列の中でひざまずいた。修道院のラーフ、司祭が彼らを祝福し、あの道具――セカーを授けてゆく。

 「セクンディのアルファラエルよ、万物であるこのものを受け取りなさい」ラーフが囁いた。「それは時の終わりの目的、不可避終焉に繋がっています。これを摂取しなさい、さすればこれがあなたを摂取します」

 ラーフは、微小ヴォイドが封じ込められた珠をアルファラエルへと差し出した。

 ああ、切り倒す者よ! 尾骨にまで身震いが走る。体毛が逆立つ。数時間後には自分もセカーを飲み込み、このものの中に落ちてゆくのだろう。体毛は皮膚から剥ぎ取られ、身体は無限に引き伸ばされ、新たな世界に出会うのだろう。皮膚は……何か新しいものを感じるのだろう。あるいは炎だろうか。地獄の淵に閉じ込められた永遠の炎。

 セカーの奇跡によって次なる久遠へと旅立ち、姉と再会するのだろう。もし姉がそこに辿り着くことができるなら。

 ああ、ラファエラ。

 もし姉の選択を変えることができるなら、そうするだろう。その方が浅ましさは小さい。姉が恋しくて、戻ってきて欲しいからそうするのだから。

 けれど自分はもっと浅ましいことを望んでいる。ソセラに飛び込んでこの人生を捨てるのは間違いだった。まだ生きてやるべきことがある。

 それでも自分は今、ラファエラを追いかけようとしている。もし「姉が」「僕の」選択を変えることができるとしたら、そうするだろうか?

 僕の選択を変えたいと思っているなら、姉はまだここにいるだろう。

 彼は答えた。「はい。宝寿たる宝珠を奉受します」この三つの単語は、ドクソロジカル・マシフ語ではそれぞれ発音が異なるものの、サイマー語では同音である。

 珠はとても重く、彼は落としそうになった。そのしくじりにラーフが笑みを浮かべたような気がする。そいつを見るな、アルフ。珠を見ろ。彼はそれを唇まで持ち上げて触れ、額に押し付けた。するとそれはアレイビルに埋め込まれた。冷たく、満ちている。

 自分が願えば、この珠は開く。内部のヴォイドが停滞から解放され、摂取できるようになる。そうしてセカーを摂取する。

 セカーの意味は真の信仰における神聖なる秘密とされている(とはいえアルファラエルは「静止状態に保たれたエキピロティック特異点」あるいは「誤りを試みる者を即座に殺す」という意味だと聞いている)。しかし、その目的は明確かつ厳密である。

 セカーを摂取した者はブラックホールへと落ちる。そしてこの微小点は零地点ともつれの関係にある。まるで同一の部屋に通じる無数の扉のように。この微小ブラックホールが壊れる前に飲み込んだものはすべて、次なる久遠へと送られる。

 珠を起動し、栄光の重力崩壊ともに久遠へと旅立つ。

 「我らの信仰を試すものなし」ラーフの世話役が呼びかける。

 アルファラエルは他の全員とともに歌った。「我らの信仰を試すものなし!」

 彼らは立ち上がり、列をなして出ていく。歴戦の戦士の中には、計画や目的を決めるために集まって話し合う者もいる。他は独りで出ていく。これがモノイストの流儀だ。

 アルファラエルは自分の冷静さに驚きながらも、くしゃみを気遣ってくれた白髪の老女の後を追った。あの人は自分のやるべきことをわかっているような雰囲気だった。アルファラエルは以前にもこの鎧をまとったことはあったが、うまく馴染まなかった。その老女がアラビルの留め具をひとつひとつ試し、調整し、まるで百本の手のように彼女をしっかりと掌握する様を彼は見守った。

 それ以上の形式はなく、彼らは出撃のためにイネヴィターへと向かった。

 黒い機体のひとつが起動を拒んだ。行き着く先が必然でない限り、イネヴィターは飛ばない。この機体は迎撃され破壊される運命にあるに違いない――だから飛び立たないのだ。

 けれど、アルファラエルが乗っているのはその機体ではない。

 アルファラエルのイネヴィターは架台から音もなく落ち、ソセラへと急降下する。推力も音もない。イネヴィターはただ、その自由軌道に沿って落下していく。アルファラエルもまた静かに、楽に落下したかった。だが宇宙酔いが彼を襲った。ああ、モノイストが自由落下を怖がるとは! ポッドの中の皆が笑うが、冷酷な笑いではない。誰かが掃除を手伝ってくれた。

 前方に、ソセラ中心部の暗闇を背景にして明るく輝く白い点がひとつ見えた。一瞬、アルファラエルはそれがドーンサイアーの連れ合いであるカンデラだと思った。だがそれはアダージアだった。ソセラにおける天界帝領の植民地、鏡の世界。

 そしてしばらくして、もっと小さな点がひとつ見えてきた。あれこそがカンデラの前方シールド。イネヴィターはかろうじてそれを避けた。

 ドーンサイアー を逃しはしない。

 「どうやって止まるんです?」アルファラエルは尋ねた。

 「止まるなんてことはしないよ」あの白髪交じりの老女が言った。「秒速30キロで衝突する」

 「停滞もなしに? 堅光フィールドも? エアロマックも?」

 「戦闘態勢で攻撃したいでしょう」ひとりの若い女性が冷笑する。「それともクリスタルに閉じ込められる方がいいの?」

 「秒速30キロメートルで体当たりしたら、僕たちだって絶対に死ぬだろ!」

 「駄目だよ。あの忌々しい船はソセラのファイアウォールを突破するために作られたんだ。数ギガジュールの衝撃じゃ、くすぐる程度しか効かない」老女はヘルメットを閉め始めた。「ま、かなり揺れるだろうけどね」

 「かなり揺れる? それどころか蒸発するぞ!」

 「もちろん」老女は言った。「衝突してから10分後にね。イネヴィターはシェラゾッドを展開する。戦術的な事象の地平面だよ。それが崩壊するまで、私らの衝突は地平面で停止する。シェラゾッドの中では私らの時間は加速する。外からの増援が到着する前に目標を攻撃する。けどシェラゾッドが尽きるか敵に止められたら、秒速30キロメートルの衝撃が私らに追いつく。そして全員が、グシャッ! ってね」

 「それまでにセカーを飲んだ方がいいわよ」あの若い女性が言った。「でないと、潰れたペーストになって次なる久遠へ行く羽目になるから」

 不意に、自分は本当に死ぬのだとアルファラエルは悟った。叫びたくなり、叫んだ。純粋な恐怖に吼え、ヘルメットの中で頭を強く打ち付けた。

 他にも数人がそうした。

 しばしの間、彼らは共に叫びながら、終わりに向かって落ちていった。

> ドーンサイアーに乗り込む。

> どうして別の選択肢がないんだ?


 

ブラックホールの相補性

 必ず対で語られるものが存在する。互いを消滅させるために創造されたふたつのもの。

 それは真実が逃れるための唯一の方法。

 スーパーヴォイドの奥深くでは、すべての道は中心へと通じている。空間と時間は入れ替わる。「下」は「明日」に等しい。

> ドーンサイアーに乗り込む。


 

Revision10 暁の戦士たち

 集中するあまり、ハリーヤは舌を突き出した。

 「その舌」笑いをこらえながらヴォンダム卿は呟いた。

 ハリーヤは頷き、口を閉じた。その勢いに舌先を噛んでしまう。彼女はうめき声を発し、悪態をつきそうになった。だが悪態をつくことも、仕事への集中を切らすこともなかった。3メートルにも及ぶ聖布、ヒムサリーをヴォンダム卿の左脚に巻き付けるという仕事だ。

EMkJvf9CTA.png
アート:Aaron Miller

 彼女が仕える騎士は鎧の下に網帯をまとう。従者であり、見習い騎士であるハリーヤの義務でもある。

 ヴォンダム卿の戦闘鎧の下に巻きつけられたヒムサリーを実際に見る者は恐らくいない。だがハリーヤは、騎士道の誓言のように、爪先から頭頂部までが完璧に包まれている感覚をこの騎士に味わって欲しかった。自分は誰よりも、布地を卿の身体にどう合わせるべきかを知っている――ほら、腿に脂肪がついているでしょう? ヒムサリーの下で圧迫されてひだができている。それが擦れ合って股間擦れを起こしたら?

 擦りむかないように。布をしっかり締めて、皮膚を覆って、触れさせないように。

 「舌を出しても良いのだぞ」ヴォンダム卿は言った。「私はただ、指摘してくれと頼まれたからそうしただけだ」

 「舌を出していると愚かに見えてしまいます、閣下」

 「愚かに見えても大丈夫だ、従者よ。私もよくやる」

 卿もよくやる。その愚かさと太り具合がありがたい。フリーカンパニーのソーラーナイトの多くは大胆で、生意気で、鼻持ちならず、汗っかきだ――代謝を極限まで高めて、まるで歩く解剖学図のような身体で、蝋燭のように燃え、サウナで塩水をがぶ飲みして「細胞レベルで崇拝」を続けている。

 ハリーヤは時折、彼らの爪の根元から茶色い煙がくすぶっているように思う。自分が騎士になった暁には、ヴォンダム卿のようになりたい――ケトンの汗ではなく穏やかさとアルガンオイルの香りを放つような。

 「騎士であれば、愚かに見えても問題ありません」彼女はあえて言い放った。「実力を証明したのですから。従者はまだそうではありません。ですので真面目でなければならないのです」

 「ふうむ」ヴォンダム卿はうなり、顎を突き出した。「舌を噛むのも、真面目ゆえの行動ということか」

 その軽口を、ハリーヤは卿の無毛の脇の下に脇板を当てることで撃退した。カンデラに配備される者は、時折の頭髪を除いて全身が無毛だ。船内の大気が常に高温でしばしば酸素濃度が高くなるため、体毛が火災の危険となると言われている。だがハリーヤは、脱毛のために用いられる蝋燭の儀式こそが本当の理由だと考えている。あの鮮やかで激しい痛みはフリーカンパニーの教義、とりわけ好戦的なサミズムにしっくりくる。フリーカンパニーは傭兵団企業だが、大義名分を持つ傭兵団企業であり、サミズムの信仰を必要とする人々に暴力という贈物を与えるために戦っている。

 あの儀式を始めて受けた時――溶けた蝋の浴槽に顎まで浸かり、そして自身の型を剥がされた時、彼女は悲鳴を上げた。けれど従者仲間たちは応援してくれた。そしてその後、自分がとても清らかになった気がした――不必要な装飾が剥ぎ取られたのだ。毛穴さえも空っぽになり、軽く感じられた。従者仲間たちが彼女を洗い、まるで騎士のように着飾らせ、そして称賛した。その強さを、傷跡を、痛みに耐える不屈の精神を。以来、覚えている限り、あれほどの感動を覚えたことはない。

 これこそがサミストの行い。より偉大な「輝ける総和」を増やすために、計算されて必要な痛みを受け入れるのだ。

 「今日はドーンサイアーへ向かう」ヴォンダム卿は言った。「戦闘になるかもしれない」

 ハリーヤは整合を破り――この儀式が、時空を超えて他のあらゆる従者たちが執り行う儀式と同一であるという整合を破り――驚きとともに尋ねた。「戦闘ですか?」

 「整合を忘れるな、騎士見習いよ。自分の仕事に集中したまえ」

 ハリーヤはまた舌を噛んだ。何度も噛んでいるせいで少し痺れがある。「承知しました」

 「不法侵入の可能性がある。ドーンサイアーの光電歩兵に力を貸しに行く」

 ドーンサイアーに何かが侵入するなど、どう考えても不可能だ。コロネットで画像を見たことがある。あの巨艦の廊下の床板一枚一枚にまで、刺胞地雷の小さな黒色のポリープが付いていた。

 彼女は長布を巻き終え、喉当てをヴォンダムの首に巻いた。「準備はできました、閣下」

 「君はできていない」ヴォンダムは優しく言った。「戦いの準備ができているのは死者だけだ。私も自分の準備ができているとは思わない。確かに私は戦いに慣れているし、多少それを好んでいることは認める。だが準備はできていない。恐ろしいものだよ、我々の戦い方というのは。堅固な壁は霧のように溶ける。武器は光の速さで相手を殺す。君は恥じ入ることだろう。だが大丈夫だ、皆そうなのだ。君が私を恥じ入らせることはない」

 「決して閣下の恥とはなりません」

 長布を巻き終えたなら、長脚衣を着せる番だ。それから全身具を。ここで一回、連祷を唱える。

 ヴォンダムは伸びをして可動域を確かめた。その肌は白い聖布ヒムサリーと鮮やかな対照を成している。まるで大きな、新しいミイラのようだ。「君はドーンサイアーの重要性を理解しているかね?」

 これは整合的な返答を引き出すための、偶発的に投げかけられる質問だ。重要なのは知識を試すことではない。知識を実践と技能へ、そして習慣的な卓越性へと転換すること。それによって仲間全体と一体となり、信仰のすべてを変化という白熱した光線に変えて放つことができる。

 「より長き暁のためにあります、閣下」

 それは実に、驚くほど単純なこと。宇宙はいずれ、新たな星を形成するための霊気を使い果たす。星の形成が終われば暁も終わり、宇宙は自らが作り出した光と金属とで先へと進むしかなくなり――そして、ついにはそれらも枯渇してしまう。

 星を生かし続けることは、暁を長く保つこと。宇宙のできるだけ初期段階でより多くの光と金属を生み出せるなら、つまり、子供が倍々遊びで1を2に、2を4に、4を8に変えていくように光と金属がより長く働いて、変化をもたらすことができるのだ。生命をもたらすことができるのだ。

 暁は永遠に続きはしない。だがそれは当然のこと。私たちが死ぬのは宇宙のせいではない。私たちが生きているのは奇跡だ。そして、その奇跡は可能な限り繰り返されるべきなのだ。

 結局のところ、すべては光。ハリーヤは自身に言い聞かせる――すべての生命は光であり、光は星が植物や機械に与える原動力であり、光は動きを生み出す。光がなければ、物質は何もない。

 生命とは光だ。

 敵はヴォイドを崇拝しているという。だが彼らが本当に崇拝しているのは質量だ。醜さを凝縮し、やがて宇宙はその恥辱を隠すために終わる。

 彼らがソセラから作り出した忌まわしい成れの果てのように。ドーンサイアーが逆行させるであろう忌まわしいもの。

 けれどそれを声高に言うのではない。違う。初めて聞いた時に心震えたように、ソーラーナイトたちが惑星の空を鮮やかに晴れ渡らせ、円盤の冬を終わらせて太陽を取り戻した時と同じように言うのだ。

 公転する星に向き合い、「暁の連祷」を唱える。正統派の連祷であり、一部の騎士たちが好むものほど刺激的ではない。それでもハリーヤは気に入っていた。初めて聞いた連祷だからだ。

曙光を頌えよ、朝を頌えよ
暁が訪れる時、我らもまた昇る
曙光を頌えよ、創造の火花を
暁が訪れる時、我らもまた昇る
暁を頌えよ、それは時と運動を駆るもの
暁が我らを動かし、故に我らは動く

ああ――
暁に感謝せよ!
存在を動かす曙光に感謝せよ
曙光が在る故に、我らは在る
暁を告げる曙光に感謝せよ、それは生けるものへの恵みである――
暁は広がり、故に我らも。更なる数の暁を!
暁を頌えよ、それは矢であるために
彼方の空の輝きを示す矢であるために

暁を愛でよ、未だ終わらぬものを
暁が訪れる時、我らもまた昇る

 「閣下」神聖な沈黙が十分に過ぎ去ると、ハリーヤは尋ねた。「友人たちと朝食をとる時間はありますか?」

 ヴォンダムは目から涙を拭った。静かな、敬意を込めた声が答えた。

 「従者よ、それが死に面する際に君が望む場所なのだろう? ならば行くべきは他にない」


 卓に皆がいるのが見えた。自分と同じ従者仲間が全員。彼女は少し足早に歩き出した――黙考する群衆をかき分け、仲間たちの所へ。やめなさい、ハリーヤ、そんなあからさまに嬉しそうな顔をしないの、一生の恥になるから! だが彼女はこらえきれなかった。

 全員が、サミズム信仰のあらゆる地から初光の騎士見習いとしてフリーカンパニーにやって来た者だ。ほとんどが帝領星系の出身だ(このフリーカンパニーに艦船と武器を、そして聖なる認可を与えたもうた天界帝領の最高評議員タマン四世に祝福あれ)。その一人、カタフリンはコスモグランドの娘だが、あまり重要人物とはみなされていない。ありふれた誰かの娘だった方がカタフリンは幸せだろうとハリーヤは考えているが、その思いは胸に秘めていた。

 「みんな聞いたの?」ハリーヤは皿を受け取り、座りながら尋ねた。とはいえ従者たちは本物の皿ではなく、固くなった古いパンを貰って食べる。

 「聞いたって何を?」皆が一斉に問い返した。偶発的な質問、そして整合的な返答。

 「また舌を出したこと?」カタフリンが推測した。

 「そんなことしてないわよ!」ハリーヤは抗議する。「いや、したわ」そして笑いを誘う。

 「知らないふりをするとか馬鹿みたいだ」イシドールが嘆いた。「俺だったら死にたくなるね」

 カタフリンがタマキビ貝を投げつけた。イシドールはそれを受け止め、皆がそそのかす中でそれを食べた。彼がハリーヤを一瞥すると、彼女は秘密を共有しているかのような小さな微笑みを返した。イシドールはしばしば文句を言うが、鏡面建築家の出身であり、従者仲間では間違いなく最強の戦士でもある。冷たい身体に包帯を巻くすべをハリーヤが知っているように、イシドールは光の技を心得ている。

 彼はまた虚栄心が強く、褒め言葉や慰めを得るために愚痴を言う。だがハリーヤはそれを指摘はしない。彼女はずっと昔に、完璧かつ透明な正直さを持っているなら、人々はその人物の真の姿を見るのだと学んだ。時に、人々に何かを示して、それが好まれないということもある。そして、人々はその嫌悪をはっきりと示すのだ。

 「私、意味が分からない」カタフリンが考え込むように呟いた。「あいつらが何であんなことをするのか……」

 「『あいつら』とは敵のことですか?」サンタファーが尋ねた。サンタファーは他の従者仲間たちよりも鈍いため、それを三度の確認で補っている。あるいはより慎重に行動して、鈍いと思われても気にしないようにしている。

 「そう、モノイスト」カタフリンは苛立ちながら言った。「サンタ、あいつらのことを忘れたの? あれのことを忘れたの?」

 彼らの足元、シールド船カンデラの長大な高層建築の下には、スーパーヴォイド・ソセラの黒く燃える歪みが広がっている。カンデラはシールドを張りながらその上空を周回し、ドーンサイアーがブラックホールを取り囲んで長いループを描くレーザーを発射する間――究極の介入となるジャベリンを充填している間、守り通すのだ。

 「忘れていませんよ」サンタファーは呟いた。

 カタフリンはまるで騎士になったかのように、早口で状況を説明した。「啓示システムは敵が試みそうな戦略を全部と、どんなお告げを貰うかを想定して準備を整えている。けれどあの虚無主義者連中は、こっちを倒すための合理的な方法を見出せていない。だから理不尽な、全く意味のない方法を必要としているのよ。問題に人を投入して誰かが何とかしてくれることを期待するっていうね。自爆攻撃よ。修道院の損害は最小限に抑えながら最大限の利益を得られる。今日私たちが殺す奴らは全員その志願者ってこと。全員が、自ら命を絶つことを選んだ。何故かというと、ヴォイド崇拝者たちの特徴は諦めが早いことだから」カタフリンはタマキビ貝をひとつ食べた。「本当に自分勝手」

 ハリーヤも貝をひとつ食べながら考えた。「率先して死ぬことが、どうして自分勝手なの?」

 「ひとりで死ぬのは」小柄なキニダードが言った。「大勢が集まってどうするかを決めるよりも楽だから」

 「輝ける総和を諦めて、宇宙全体をブラックホールに変えることに集中する方が簡単なのと同じかもね」ハリーヤは推測を告げた。

 全員が小さく同意の声を発した。

 とある邪な考えにハリーヤは取り憑かれていた――自分はヴォンダムの従者だ。ヴォンダムはとても強く、自信に満ちている。だからこそ自分も特別で、強く、自信に満ちていると感じている。それゆえに、彼女は自分の力を試してみたくなるのだ。「自分ひとりで選択することの難しさって考えたことはある? 総和の導きなしに。つまり、私たちは科学の信奉者でしょう。帝領は私たちが知っているすべてを集約して、最善の道を計算する。だから私たちは決断を下す時は総和に頼る。けれどもし……総和にそぐわない選択肢があったとして、長期的に見て最善ではない選択肢があったとして、それでも自分はその方が……って確信していたら……」

 彼女は苦悩し、その言葉はかき消えた。そう……善いこと、けれど総和にとって善くはないことがあったなら?

 そもそも、そんなことはありうるのだろうか?

 「それは価値ある疑問だ」と、従僕のような髪型をした小柄なキニダードは、その身体の大きさに似合わず鋭い口調で言った。「でも、だからこそ、私たちを導いてくれる総和があるんだろう? 重要なのは、どうしたらいいのかわからない時、顔を上げて地平線に総和を見つけて、そこへ進むということだ」

 キニダードは貴族の数学者の娘なのだ。

 「そういうことだ」サンタファーは楽しそうに言った。せっかちな友人たちに、あえてゆっくりと講義するように。「ハリーヤ、もし何をすればいいか分からなくなったら、総和を探せ。カタフリン、もし敵の行動に困惑したら、総和を探せ。イシドール、本当に自分が死ぬと確信したら……」

 コロネットが点灯した。まるで肌に熱を感じるよう。

 各自の騎士に報告せよ。光予示は差し迫った敵の行動を予測。

 「光電歩兵が自力で何とかしてくれればいいのだけど」皆が皿を焼却炉へと投げ入れる中、カタフリンが呟いた。「私たちの最強の武器なら、少しの侵入者なら自力で撃退できるでしょうに」

 「そうだな。けれど守備隊だけで対処したら、騎士は栄光を得られない!」イシドールの態度は偽りのようで実際には本物の恐怖から、正真正銘本物の自信へと一瞬で変化した。「それに敵がこちらの強力な武器に対峙するのを騎士が傍観しているとしたら、すごく傲慢に見えるだろう」

 「ああ。最高評議員のソーラーナイトが傲慢に見えては駄目だ」キニダードは笑いながら言った。

 パンを火の中に投げ入れながら、ハリーヤはカタフリンの言葉を思い出した。敵の行動には意味がないということを。

 それは自分たちにとっては、意味を成すものでなければならない。自分や他の従者全員にとって最も意味を成すものが、モノイストたちにとって最も意味を成さないものでなければならない。

 これこそが、思うに、自分たちが星間戦争を戦っている理由なのだ。


 「一機がすぐ近くを飛んでいった」光電歩兵の一隊がハリーヤの横をまっすぐに通り過ぎていく中、ヴォンダムは言った。彼女はヴォンダムに注目しようとしたが、兵士たちの数人が歩みを緩めて耳を傾け、気を散らされてしまった。彼らは米と手袋からなるオーリー・コスモグランドの印章を身に着けていた。

 「撃ち落とさなかったのですか?」彼女は尋ねた。

 「それどころか、ソセラの喉に落ちるまで見えなかったのだよ」

 ドーンサイアーの全部位が戦いへと目覚めていた。ネットワークトラフィックではインカグラスの束が輝いている。ハリーヤはオーリー部隊へ励ましの目配せを送ろうとしたが、その背後で隔壁が勢いよく閉まった。船は推進しており、重力は安定している。

 装甲格納庫を出ると、ヴォンダムは急いだ。彼のアーマーは重く、とても静かだ。だがうなるような低音を発しており、巨大な物体が苦労もなく滑らかに動いているわけではないと物語っていた。「隠密性の高い片道搭乗ポッド、彼らが言うところのイネヴィターだった。カンデラの制限区域をすり抜けていった。まるでネズミがハヤブサを避けるように。今日我々が対峙するのは、イネヴィターが乗せてきた強襲部隊だと啓示システムは推測している」

 「強襲部隊ですか、閣下? ミサイルではなく?」

 「ミサイルで何を成そうというのかね? この巨艦は死んだ星を蘇らせるために建造された」彼は荒々しく、けれど愛情を込めて隔壁を叩いた。「ドーンサイアーは同等の質量を持つ反物質塊に衝突されたとしても、前に進む。決して楽ではないが、進む。内部からでない限り、ドーンサイアーを止めるすべはない」

 何て美しいのだろう。生のエントロピーに耐性を持ち、力ずくでは破壊できないもの。“終端”最大の爆弾を爆発させても何も起こらない。何故ならその爆弾は何かを意図することができず、そのエネルギーを有効に活用できないから。

 これが真の信仰の力。これほどのものを、この驚異を創り出す力。

 「すごいですね」

 「全くだ」

 二人のソーラーナイトが槍を手にして艦橋を守っていた。うちの一人はキニダードが仕える騎士ウォーカーであり、レーザーデータ通信の眩い光と一瞥とでヴォンダムへと挨拶した。ウォーカーの剃髪した頭は汗で光り、その頭蓋骨は内側から赤熱している――自身の内なるもつれを強め、骨のカルシウムを励起させているのだ。彼はハリーヤを見るが、実際に見ているのは彼女の真意だった。

 艦橋。ハリーヤは唖然としないよう努めたが、失敗した。「うわあ……」

 すべてが金色に輝いている。夜明け前の雲のような金色に。影はない。光は所々に豊かな橙色を帯びた淡い青色で、色温度は完璧な3,535度だ。

 この艦橋は、一般的な意味で言う場合を除いて艦橋ではない。ここは会合の議事堂、最も近い恒星とそれを公転する天体を崇めるドーム型の神殿なのだ。屋根全体はドーンサイアーの船体深くに埋め込まれているにもかかわらず、星々を観測するために開放された天文台のようにも見える。その光の一部は、インカグラス製ワイヤーと光パイプによって外部から直接届いている。ドーンサイアーの艦橋にいると日焼けをするという噂もある。ドームの末端にはエクセドラと呼ばれる半円形の窪みが彫られており、専門の作業ポッドたちがそこで働いていた。

 流れるデータはすべて、静止聖像と呼ばれるパターン化された光として伝わり、ドームの中央部下にある司令祭壇に収束する。

 ヴォンダムはそれを目指して歩いていった。ハリーヤは騎士の外套を踏まないよう気を付けながら、急いで後を追った。

 「冠主よ!」ヴォンダムが囁き声のような静寂を破り、叫んだ。「冠主艦長、私の前に顔を出せ! 報告しろ!」

 「このジジイ!」大きな声が響いた。「報告など必要ないくせに。ただ褒められたいだけだろうが!」

 ヴォンダムは笑いながら両腕を広げた。「さあ、俺を褒めちぎれ、ガス灯もどきめ! どうした? また鏡にはまったのか?」

 周囲の席では、技師たちが気にもかけずに自分たちの作業に集中していた。

 司令祭壇を取り囲む整合的な情報の流れから、ひとつの輝く人影が姿を現した。頭部のあるべき場所は光の円、眩しい屈折光のような身体に栄光をまとう純白の両手。それはヴォンダムへとまっすぐに突進してきた。光が騎士の鎧へと炎のように、海の波に輝く陽光のように降り注いだ。

 「ヴォンダム、会えて嬉しいよ」光が言った。

 「まだ一週間も経ってないぞ、寂しがりな輩だな!」

 近くの席のどこかで誰かが息を呑んだ。騎士が艦長を「輩」呼ばわりするとは!

 「君にとっては一週間、だが私にとっては永遠にも等しかったのだよ!」

 光と騎士は揃って笑い声をあげた。まるでそれが最高に面白い言葉であるかのように。

 ハリーヤはどうするべきかわからず、片膝をついてひざまずいた。

 「そちらがハリーヤだね」光が言った。肩と額に温かいものが伝わってきた。ハリーヤは息を呑んだ。「紹介してくれるかい? それとも本人に口を開かせないと駄目かな? おや。むかつくなあ、この子、舌を噛んでいるぞ」

 ヴォンダムは彼女の肩に触れた。「ハリーヤ、こいつは冠主にして艦長の“狭い隙間を通る光スペクトル帯の暗い干渉縞”、イリディオマック語の名前はスラッツだ」

 ハリーヤは自身の額に触れた。温かい。「冠主にして艦長、狭い隙間を通る光……」

 「スラッツ艦長でいいよ、君」

 「スラッツ艦長、閣下。お会いできて光栄です」

 「『光』栄とはうまいことを言うね!」

 スラッツは生きた光、アステッリなのだ。無論、すべての生命は光から生まれるとハリーヤは考えている。とはいえアステッリはもっと直接的に光そのものであり、強い光と内部反射でできている。スラッツ艦長は物質で構成されてはいない。渦と、源と、自己束縛された光子の外辺があるだけなのだ。

 光が言った。「ヴォンダムがこれまでに教えた中で最も有望な弟子。彼がそう言っているのはご存知かな?」

 知らなかった。ハリーヤは圧倒され、床を見つめた。

 「今日は君にとって大切な日になるだろう」スラッツ艦長は言ったが、ハリーヤの緊張は全く和らぎはしなかった。「ヴォンダム、君たちは衝突の対処のために来たのか?」

 「その通りだ、艦長。奴らはどうぶつけてくる?」

 「ドーンサイアーとススール・セクンディの現在の位相角から、イネヴィターの衝突速度は秒速約30キロメートル程と予想されている。勿論、彼らはステルス状態を破らずに減速はできない。マレディクトで鹵獲されたものと同様の性能を発揮するのであれば、シェラゾッド発生装置は秒速30キロメートルの衝撃をだいたい10分間遅延できる」

 ヴォンダムはハリーヤの肩を軽く叩いた。「ではその10分後にはどうなるのかね、従者よ?」

 「はい。モノイストの部隊は……秒速30キロメートルで突入を再開します。彗星の速度で最寄りの隔壁に激突します」

 「いずれにせよ、自分たちがいつ死ぬかを知っているということだ」

 「その前にセカーを摂取するだろうな」とスラッツ。「自分たちの秘密を垂直落下の記録書まで持って行き、釈義の聖歌隊に読み解かせるのだろう」

 「そうだな」

 「そして君も死ぬ」スラッツ船長は言った。

 「……ああ」ヴォンダムは答え、手甲の拳を握り締めた。

 何? どういうこと? ハリーヤは何としても顔を上げたかったが、床を見つめていた。ありがたいことに、床は鏡のようだった。卿が死ぬ? 卿が? 死ぬ?

 「見たのか?」ヴォンダムは静かに尋ねた。「私は戦いで殺されるのか?」

 「見てはいない」艦長の声は突然、完全に異質なものになった。「我々は光を読む。我々から発せられ、形を変えて戻ってくる光を。たった今、私はそのように読んだ。君は戦闘で死ぬだろうと光予示が示している」

 ハリーヤは支離滅裂なことを言いたかった――今それがわかるということは、避けられるということです。違う、違います、未来は定まっている。話して下さったからそれは起こるんです!


 

 けれど子供の頃に抱いたアステッリへの憧れを彼女は覚えていた。彼らの予見はほぼ絶対に間違わない。大宇宙秩序、真の信仰によって理解される物理学によれば、予見されるのは不変の事象だけなのだ。

 ヴォンダム卿は死ぬ。今日。何をしようとも。そして、ヴォンダム卿のこれからの行いは死によって揺るがされはしない。

 ハリーヤの胸にうねる誇りが、苦悩の棘をさらに深く突き刺した。歓喜と恐怖の叫びをこらえ、舌を噛む。物理法則のように確かな死! 何故なら、たとえ死に直面しても、ヴォンダム卿の義務は光のように確かなものだから。

 ただ――

 「艦長」ハリーヤは思わず口走った。「閣下、それは敵の策略ということはありえませんか?」

 大宇宙秩序以外の宇宙モデルも存在する。

 「策略?」ヴォンダムは聞き返した。ハリーヤの喉当てに卿の手が重くのしかかる。彼はハリーヤが何を言っているかは分かっている。だが彼女から整合的な返答を引き出すために、つまり「そのようなことを言うつもりはなかった」と明確にするために、偶発的な質問をしているのだ。

 「アンストラスです、閣下」従者が知っているべきではない言葉。

 スラッツ艦長の輝きが揺らめいた。「従者よ!」ヴォンダムが叱りつけた。「場をわきまえよ!」

 アンストラス。現実に対する冒涜。操作不可能なものの操作。コスモグランドのそれとは異なる宇宙観が存在するかもしれないという告白。

 だがここは、この神聖なる船の先端である陽の議事堂は、モノイストの冒涜を口にする場所ではない。

 あるいは時間でもない。

 何故なら、まさにその瞬間、ドーンサイアーの艦橋の光が血のような赤へと陰ったためだ。そしてエクセドラのひとつから呼び出し音が響いた。「艦長! 光予示が衝突の危険を検知! 第二聖堂後方、竜骨上部のヴォイド空間!」

 「衝突警報を鳴らせ!」冠主艦長“狭い隙間を通る光スペクトル帯の暗い干渉縞”が燃え立つ。「守備隊、侵入者を撃退せよ、第二聖堂だ! 放射班、小胞周囲の迂回に備えて待機! ヴォンダム卿、騎士を配置!」

 「仰せの通りに、冠主」ハリーヤの師は堂々と答えた。「従者よ、ついて来い」

 彼は戦闘に備えてヘルメットを閉じた。

 ハリーヤは慌てて彼を追いかけた。「閣下、どうか私に……何か私にできることがあるはずです。私は閣下の従者です。閣下が……どうなるかを知りながら、戦いに行かせるわけにはいきません。閣下、お願いです!」

 黄金色をしたヴォンダムの戦闘用ヘルメットが彼女へと振り返った。「総和に目を向けよ、従者よ。君にとって最も困難なことかもしれない。だが、もし今日私が死ぬことで総和が増加するなら、私の死は価値あるものだということだ。我々が求めるのはそれがすべてだ」

 「何故、閣下が生きている間に総和は増えないのですか!」

 フォンダムは愛おしむように小さく笑った。「ハリーヤ、人々はなぜ信仰を持つのだと思う?」

 それが偶発的な質問だとしても、整合的な回答が彼女にはわからない。「私たちに……目的を与えるためでしょうか、閣下?」

 「人々が信仰に求めるのはただひとつ。最後にはすべてが上手くいくと確信できること。ソセラで我々が今日行うことは、すべての人々によりよい状況をもたらすことができる。モノイストたちはこの星が彼らの千番目の供物になると宣言している。我々はそれを回避することができる。ピナクルと、そして見守ってくれているすべての人々に伝えることができる――不可避終焉は不可避ではない。彼らは打ち負かすことができる、と。

 「ですが、閣下が死んでしまっては! なぜ閣下が死ななければいけないのですか?」

 ヴォンダムの顔を見ることはできない。だがその笑みは伝わってくる。

 「私もわからない。それを調べに行こう」

> 敵が来たぞ!

> モノイストの方が好きかもしれない。

アステッリの予見は何故(ほとんど)外れないのか

 サミストの信仰である大宇宙秩序と陽光の現実が照らす物理学によれば、タイムトラベルは存在しない。過去は変えられない。実際、存在しない。並行宇宙も、時間軸も、凍りついた過去も、手招きする未来もない。あるのは今、現在、混沌壁と沈黙壁とに挟まれた空間、久遠と虚無とに挟まれた空間だけ。ゆえに、予見可能な定まった未来など存在しない。

 だがアステッリは光の存在、奇怪な量子的挙動を示す存在である。宇宙は常に、次に何をすべきかを決定している最中であり、アステッリは他のほぼあらゆる存在よりもその過程に近い。彼らは波動関数の重さを読み取り、起こる可能性が高い事象を垣間見ることができる。

 言うまでもなく――他の量子計算と同様に、彼らは時々間違える。通常、彼らの未来予測は、重なり合い干渉し合うカオスの波に過ぎない。

 だがもしも、ひとつの確率が十分に突出したなら、それは未来の事象を垣間見せるものとなるかもしれない。そしてその事象が発生するための条件は、予見してもその事象は回避されないということ。これは自由意志の問題ではなく、宇宙がアステッリの光予示過程に提供する情報の問題である。カオス的に、あるいは複雑に決定された結果は、単にあまりにも分裂しすぎていて予見は不可能である。

 予見できるのは不変の事象のみ。

 あるいは、既に改変された事象のみ。

> 戻る

 


(Tr. Mayuko Wakatsuki)

  • この記事をシェアする

Edge of Eternities

OTHER STORY

マジックストーリートップ

サイト内検索