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MAGIC STORY
霊気走破
特別な獣
2025年1月16日
アート:Samuele Bandini |
刺激臭のある蒸気が渦巻き、ムラガンダの原始の霧と混ざり合う。それは絡み合う藪の上を漂い、立ち並ぶ巨木の間を曲がりくねって流れていく。霧と混ざり合うことでより濃密になったこの異質な煙は、濁ったもやと化して辺り一帯を覆った。
その霧の中をクラードは歩いていた。
構えるように身を屈め、邪なその匂いを深く吸い込む。血に含まれる鉄、砕け散った石、そして彼の民が名前を持たない、もっと深くて刺激的な匂い。モン・テルーの王子は舌を鳴らした。
「臭うか、グラザック?」彼は囁き声で尋ねた。隣のラプトルは瞳孔を広げて辺りを探り、小さく鳴き声をあげた。「油断するなよ。テルーセットがなぜ恐れられているのかを侵入者どもに教えてやろう」
グラザックは同意の囁きを発した。クラードは密林の茂みへと這い、編み込まれた鞘から星の剣を抜いた。
生命はムラガンダの至る所で、絶え間なく湧き出している。クラードの居住地を取り囲む密林には、毛皮や牙や鱗や翼を持つ獣が溢れている――だがそんな森の奥深くには、息が詰まるほどの静寂がある。聞こえるのは、炎の弾ける音とクラードの抑えた足音だけだった。
ここで激しい汚染が発生していた。
クラードは雄叫びをあげて森の空隙へと飛び込み、星の剣を頭上に振りかざした。剣は王子の手の中で大理石のように白くきらめき、地獄のような光景に宇宙の光を輝かせた。
一本の裂け目が緑濃い大地をえぐり、元素の炎を噴き出していた。噴石の山がそこかしこに突き出し、マグマが流れ出していた。密林の地面に溶岩の川が流れ、それを食い止めているのは植物がもつ神秘的なまでの強靭さのみ。ムラガンダの怒れる地殻変動がこの場所を荒々しく引き裂いていた。
クラード王子は開けたその場所にひとり立った。周囲には様々なものの残骸が散らばっていた。ねじれ、もぎ取られ、黒ずんだ鋼鉄の山。毒々しい藍色の粘液が流れ出していた。漆黒の色をした輪が熱に融け、曲がった関節に引っかかったまま回転していた。クラードは畏れと驚きに剣を下ろした。これまでの人生で見てきたよりも沢山の金属。グラザックは疑わしげに匂いを嗅ぎながら、そっと彼の傍に寄った。
不意に、金属の死骸から炎が噴き出した。クラードは飛びのいて転がり、背中を火が舐めた。虫の目をもつ姿が、熟した死体から飛び出す蛆虫のように、金属屑の下からわらわらと現れた。それらはうなり声を上げ、息の音を立て、未知の言語で喋っていた。襲撃者がまとうのは毛皮ではなく、黒ずんだ何かの皮を乱雑に縫い合わせたもので、金属の棘がちりばめられていた。虫の目はある種の仮面のようにも見えた――不気味で悪意があり、人間の表情にかろうじて似せているにすぎない。それらの戦の叫びは甲高い笑い声のようで、歪んで響き渡った。
アート:Slawomir Maniak |
クラードとグラザックはそれらに対峙した。この奇妙な者たちがどのような魔術を用いるのかはわからない。だがクラードはテルーセットの者として、少年時代から魔道士狩りの訓練を受けていた。奴らには小技をやらせておけばいい。
クラードよりも遥かに大柄な敵が、錆びた鋼の棍棒を振り回した。その内では炎が音を立てて燃えている。星の剣が閃いた――クラードは強烈な一撃で相手の武器を真二つにし、互いの間に火花が散った。もう一撃、またも両断、そして巨人は倒れた。
グラザックはクラードから離れずに戦っており、火のついた爪と悲鳴を上げるナイフを持った敵に囲まれていた。相手は用心深い。恐れているのではなく、経験豊富なのだとクラードは悟った。以前にもグラザックのような生き物を見たことがあるのだろう。少なくとも、見たことがあると思っているのだろう。普段の姿のグラザックは、かろうじてクラードの鎖骨ほどの体高に過ぎない。だがこの適切な食べ物で……
「グラザック!」クラードは怒鳴り声をあげ、腰帯の小袋に手を伸ばすと翡翠色に輝く真珠をひとつ取り出した。「食べろ!」そして少し離れたラプトルの口をめがけてまっすぐに投げつけた。
襲撃者たちは飛びかかったが、遅すぎた。グラザックの姿が拡大していった――二倍、そして三倍。その皮膚に翠緑色の光の筋がうねった。突然の力の奔流にラプトルは咆哮し、自身を包囲する悪党たちへと襲いかかった。
戦場の向こう側で、襲撃者のひとりが仮面を剥ぎ取った。煤で黒く汚れ、しかめた顔。襲撃者は低くしわがれた声で詠唱した。両目に油のような炎が点り、燃えさかる煙を吐き出した。煙はクラードに向かって押し寄せ、彼の目を焼き、皮膚を焦がした。突然の闇にクラードの鼓動が速まったが、彼は気持ちを引き締めた。テルーセットの戦士は見るために目を必要としない。敵の居場所がわかるだけで十分。星の剣が魔道士の喉元をとらえた。もはや悪魔の言葉を発することはかなわない。
火を吐く杖や引き裂く爪だらけの拳は、マグマの竜や骨を叩き切る刃と大差ない。このよそ者たちがどこから来たにせよ、クラードを屈服させるほどの力はなかった。
グラザックは頭をのけぞらせ、勝利の咆哮をあげた。クラードも応えるように高らかに叫び、剣を振り上げた。剣に付着した血が気化し、陽の光がきらめいた。勝利で得た静寂の中、クラードは戦場を見つめた。
「予言者が告げた獣の気配はない」角ばった顎をかきながら、クラードは考え込んだ。「マグマに落ちたのだろうか? ここまで酷い目に遭いながら、戦利品のひとつもないというのは気に入らないが」
グラザックは心地良い声で答え、真珠の祝福である緑の残光を振り払いながら通常の大きさに戻っていった。彼は頭を低く下げ、周囲を嗅ぎ回った。そして一拍の後、身体を硬くして甲高い声で吠えた。
「何か見つかったのか?」クラードは信頼する友の隣に屈みこんだ。ラプトルは鼻先で戦場近くの一本の倒木を示した。クラードがそれを肩で押しのけると、その下には彼が探していたものがあった――地面に刻まれた二本の溝が森の奥へと続いていた。溝そのものは片手の幅ほど、互いの間隔は歩幅ほど。その生物の通り道では木々が根こそぎにされて横たわっていた。
遠くからその声が聞こえてきた。かすれた、絞め殺されるような咆哮が。
クラードが初めてその話を聞いたのは、テルーセットの中心拠点であるモン・テルーでのことだった。大老樹の真下にて、根源の予言者が七度の日没を経て呼吸管通しに叫んだのだった。
「我らは侵略を受けている」古代の泥にまみれた予言者はかすれた声で言った。「理解を超える怪物が我らが世界に押し寄せている。何処か遠い世界の手下どもが。一匹がモン・テルーに迫っている――そして我らの破滅に迫っている! 見つけ出して倒さねばならぬ。さもなくば、それはアマルス=テルの手に落ちる。アマルス=テル! モン・テルーの最大の敵、黒汚れの塔の力線魔道士! その獣がかの者の手に落ちたなら」予言者は高らかに宣言した。「アマルス=テルはその魂を用いて、邪なる技をかつてないほどに高めるであろう」
テルーセットの統治者であるカール王は、表情を変えることなくその言葉を聞いていた。民はモン・テルーの集会所に押し寄せ、身動きもできない程に詰め込まれていた。垂木にぶら下がる者もいた。彼らは苦しむ予言者よりも王をじっと見つめていた。予言が終わると、カール王は頭を下げて立ち上がった。
「極めて危険な行いになるであろう、だが何かを講じなければならぬ」枝角の玉座を力強く掴み、王は言った。「アマルス=テルは傲慢の権化だ。束縛すべきではないものを束縛し、その行いによって我ら全員を危険にさらしている。その禁忌の術はもはや容認できぬ。あの魔術師は死なねばならぬ」聞く者の心臓を胸の中で揺さぶるほど深く大きな王の声は、そこで囁き声にまで和らいだ。「かつてであれば、私自身が赴いたであろう。だが王は民の中に留まらねばならぬ。では、行く者は?」
「なぜ問うのですか、ご存知でありましょうに!」クラードの叫びに、その場の誰もが一斉に振り返った。クラードは大股で集会所に入ってきた。朝の訓練での汗がその筋肉を輝かせていた。傍観者たちは海が分かれるように彼の前で道をあけた。「父上の力に匹敵するのは私だけです。私は長いこと、父上の傍で学んできました。今こそそれを証明してみせましょう。さあ、父にして王よ。私をアマルス=テルへと放つ時です」
群衆は足を踏み鳴らし、歓声をあげて王子の嘆願を支持した。だがカール王は躊躇した――剣を握れる年齢からずっと戦士であった彼は、一人息子がどのような脅威に直面するかを知っていた。自身の血統が絶えることは確かに怖い。だが、彼はそれ以上に息子の死を怖れていた。一方でクラードは戦士として成長し、民の模範となり、獰猛かつ陽気に試練に身を投じてきた。その技量や力に疑いの余地はない、だがこれほど壮大な探索行は息子の名を伝説にまで高めるだろう。
「よくわかった」しばしの後、王は頷いた。「だが出立の際には、父の手でお前の帯を締めさせてくれ」そしてモン・テルーの全員がクラードの出発を祝すために集まった。街の司祭たちは彼の肌に青い顔料で魔除けの象形文字を描き、農民連合は干し果物と干し肉が詰まった丈夫な袋を贈った。贈り物が渡されるたびに人々は歓声をあげた。そしてカール王が近づくと群衆は静まり返った。
「テルーセットの戦いには、殺しには、心がある。我らは心を剣に注ぎ込み、信念の鋭さで敵を切り裂く。お前が世界へと旅立つにあたり、我が心を送ろう。この愛が常にお前とともにあるように」王は自身の剣帯を外し、その柄を差し出した。「我らが勇士として星の剣を、最も鋭い剣を振るうのはお前の義務だ。テルーセットが所有するただ一本の純鋼の武器。空から飛来した鉱石をモモタクソスの燃ゆる血で鍛え、珊瑚高地の最も清い泉で焼き入れ、最も力ある司祭らが祝福したこの刃は、すべてを、魂さえも切り裂く」
クラードは恭しく剣を受け取り、それを抜いて空へと刀身を掲げた。その刃は朝日の下で、その銘に相応しい純白の宝石のように輝いた。モン・テルーから歓喜の咆哮が上がった。
その後まもなく、民がお祭り騒ぎに夢中になる中、カール王は息子を薄暗い天幕の影の中へと引き入れた。「お前に、いや、むしろお前の相棒に、最後の贈り物がある」
王は白色をまとうひとりの僧を手招きした。その姿は骨のような色合いの天幕の布に紛れて見えた。僧は織物の小袋を手に近づいてきた。
「放浪の書記官殿ですか?」クラードは尋ねた。
「この者の名はハール。過去に……取引をしたことがあるのだ。他の誰にも与えられぬ恩恵をもたらしてくれる。翠緑の力線から集め、蒸留されたマナの真珠を3つ。グラザックの爪がさらに巨大な敵を引き裂くことができるように」
「父上!」衝撃がクラードの全身を駆け巡った。父の手が腕に触れられていなければ、剣を抜いてこの魔術師を切り捨てていただろう。「いかなる悪魔の所業を?」
「我らの教えに外れたものであることはわかっている」カール王は早口の小声で言った。ハールはため息とも取れる声を漏らした。「いつの日か力線は堰き止められ、魔法の災厄は我らの土地から根絶されるだろう――だがそれは今日ではない。我らの敵の数は多く、恐ろしい。そしてお前はただひとりだ。どうか、私のために。これを受け取り、用いて欲しい」
信念と忠誠がクラードの中で激しい争いを繰り広げた。だが最終的に、クラードはテルーの息子であるように、カールの長子でもあった。彼はその袋を取り、帯に下げた。
そして父と息子は額を寄せ、自分たちだけの言葉を交わした。クラードは背を向け、モン・テルーを去った。
戻ってくるまでには、何年もかかるのだろう。
クラードはその生物の跡を追い、下草の中をそっと進んでいった。足跡とはとても言えなかった――途切れることなく続く二本の深い溝があるだけで、それが踏み潰すことのできない頑丈な木々は迂回していた。あちこちに粘りつくタールの破片が落ちていた。まるで軟泥が通ったかのよう、だが軟泥はこんなに明瞭な跡は残さない。一体いかなる獣なのだろうか?
あの咆哮がまた聞こえた。今度はかなり近い。倒れた木々によじ登り、クラードとグラザックは全速力で向かった。怪物の咆哮が近づいてきた。それとともに他の音も。甲高い唸り声が叫んだ。「もっと速くだ、畜生、もっと速く!」
「アマルス=テル!」クラードは低く囁き、グラザックも低い囁きを返した。敵はすぐ前方にいる! クラードは小袋からふたつめのマナの真珠を取り出し、グラザックに与えた。ラプトルは身を屈め、身体を膨張させながらクラードの下へと身体を滑り込ませた。王子は一歩も踏み外すことなく跨った。両者は騒音をめがけて突進した。
そして速やかに追いついた。油ぎった祭祀服に身を包んだアマルス=テルは、タールのように黒い巨大な軟泥が引く鋼鉄と炎の獣の上に立っていた。その獣の足は黒色の輪でできており、回転しながら密林の泥に食い込んでいた。全体の形はワニに似ており、鋼鉄の牙のついた巨大な鼻先から断続的に炎を噴いていた。透明な水晶の襟巻が背中の空洞を取り囲んでおり、その後ろでアマルス=テルは魔法のタールの鞭を振り回していた。
「獣を解放しろ、汚らわしい邪術師め!」クラードは怒鳴った。
アマルス=テルは獣の背中で身体をひねり、軽蔑するように唇を歪めた。「獣だと? 愚か者め! これは生物などではないわ! この地のものではない鋼で鋳造され、元素の炎が吹き込まれたものだ! 蛮人よ、家畜のもとへ去れ!」
魔術師が手首をひねった。軟泥の背から粘液まみれの黒い触手が伸び、グラザックの首を切りつけようとした。ラプトルは屈み、そして後肢を跳ね上げてクラードを宙へと放り投げた。クラードを取り巻く世界が回転した。彼は身体をひねり、剣を抜いた。モン・テルーの王子は全力を込め、鋼鉄の獣の鼻先へと身体を向けた。彼は大きな音を立てて着地した。
「それが何であろうと構わぬ」クラードはそう吐き捨て、立ち上がろうともがいた。その生物は彼の下で、まるで足を引きずるかのように震えた。クラードは星の剣の柄を強く握った。「この冒涜は終わりだ」王子はひとつ呼吸し、相手の首を切ろうと身構え――
そしてその娘と目が合った。
彼女はアマルス=テルのタールの紐で縛られ、その生物の空洞の中に座っていた。黒い髪はテルー・アーンの伝統に倣い、編み込んで貝殻で飾っていた。丸みを帯びた顔が太陽を浴び、深い蒼玉色の瞳がクラードを捉えて離さなかった。王子の心からあらゆる思考が消え去った。
「なんと狭量な輩よ」アマルス=テルは嘲った。「無知なる民の証か」魔術師は魔法の手綱を片方の拳にまとめ、空いた手を後方へと振った。軟泥の表面が泡立ち、一拍遅れてクラードは我に返った。油ぎった触手がうねり、王子を宙へと打ち上げた。
地面はありがたいことに柔らかかった。クラードは落下とともに跳ね返り、全身で転げ、鎖に繋がれた獣はわめき立てながら逃げていった。クラードは息を切らして仰向けに転がり、頭上の果てしない空を見上げた。
「この青もあの娘の瞳には到底及ばない」呟いたクラードの視界に、急速に縮みゆくグラザックの頭部が現れた。ラプトルは彼の匂いをかいだ。クラードはグラザックの背骨をかき、そして跳び上がって立った。「何という酷い運命だろうか! アマルス=テルは汚れた術に手を染めるのみならず、途方もない美を檻の中に閉じ込めるなどとは!」
グラザックは首を傾げた。クラードは拳を握り締め、やがてラプトルもそれを真似た。王子は満足して、落とした剣を拾い上げると再び剣帯に収めた。
「明らかなことがある、グラザック。これは私たちの義務であるだけでなく、私たちの運命でもあると」
その時、木々の列がざわめいた。クラードはくるりと振り返り、星の剣の柄を握り締めた。輝く両目に続いて、ひとつの巨体がゆっくりと視界に現れた。
「そう落胆するでない」その巨体が言った。クラードは見つめた――森に溶け込むように葉をまとう霊長類の細長い腕、猪のような牙が突き出た皺だらけの顔。牙のドルイド。噂に名高い隠遁者にして占い師。その大猿は笑みを浮かべた。「宜しい。我はチャタル、そう呼ばれておる。その炎は腹の内に秘めておくのだな、王子よ。アマルス=テルを打ち倒したいのであれば、それが必要になる」
アート:Nino Is |
クラードは握る力を弱めたが、放しはしなかった。「私の探索行を知っているかのように話すのだな。だがあなたがたは孤立主義者だ。なぜテルーセットの王族の前に姿を現す?」
「我はここにいた。起こるべき物事が起こらなければ、そなたは気付きもしなかったであろう」そのドルイドは巨大な頭を少し下げて答えた。「だが物事は起こるまま起こる。干渉せねばならぬ。アマルス=テルがあの車の魂を束縛するのを許してはならぬ」
「クルマ」口の中で転がすように、クラードはその言葉を繰り返した。「アマルス・テルはあれを遺物と呼んでいた。我が国の予言者は獣と名付けた。今、あなたはそれに更に異質な呼び名を与えている」戦士は辺りうろつき回った。頭は混乱していた。「あなたは言葉よりも多くをご存知だ」
ドルイドは低くうなり、大きな胸を震わせた。その深い両目が輝き、クラードをじっと見つめた。どうやら認められたらしい。
巨体の類人猿は頷いた。「いかにも、我には守らねばならぬ秘密がある。だが知るのだ、王子よ。このまばゆい密林の先には……黎明帯の終わりなき朝と、鮮やかな珊瑚峡谷と、モモタクソスの燃ゆる鉱脈の彼方には、テルーセットの計算や僭王の貪欲な陰謀の外には、そなたの最も奔放な夢ですら想像もつかないような領域が広がっている。テルーの王子よ、世界はそなたが知るよりも遥かに広いのだ。その知識を心に留め、そなたの矜持と融かし合わせるがよい」チャタルはゆっくりと近づき、大きな掌を広げて差し出した。「さすれば、そなたは自身を新たに鍛え上げられるかもしれぬ」
ドルイドの手の中にひとつの物体がきらめいていた。小さく薄い長方形の金属で、片方の端にはぎざぎざの彫刻が施され、反対側には鋼の細い輪が取り付けられていた。親指ほどの小物がその横にぶら下がっていた。毛深い小動物の前足で作られたもののように見えた。
「護符か何かか?」クラードは尋ねた。
「好む名で呼ぶがよい」チャタルは答えた。「そなたもアマルス=テルも、あの残骸の中に見落としていたものだ。正しく用いればあの獣を操れるようになり、機械と人との交信を可能とするだろう」
「奇妙な言葉を次々と」クラードは吐き捨てるように言った。チャタルの言葉に頭がふらつき、自分たちの教えとそれを妥協させようと彼は苦闘した。そして疑いを押し殺し、星の剣の鞘の隣にその炎の護符を引っかけた。「来い、グラザック、このドルイドが詩を繰り返す前に。殺すべき魔術師がいる」
クラードはチャタルと目を合わせることなく、踵を返して森の中へと進んでいった。歩きながら、彼はドルイドの視線を感じた。チャタルの最後の言葉が背後にこだました――
「未知なるものを恐れるな、カールの息子よ。そなたの知らぬ世界はそれほど邪悪なものではない」
クラードとグラザックが獲物に追いつくまでには、さらに2日間の厳しい行軍を必要とした。アマルス=テルの跡は密林から湿地帯へと続き、古代のマンモスの墓場や虹色のタール孔を抜けていった。彼らはカラカの傷痕に近づいた。墜落した月のクレーターにねばつく漆黒の油が溜まり、奇怪な魔法が満ちる場所。
アート:Borja Pindado |
黒汚れの塔はその端に直立し、物騒な影が空を切り裂いていた。ここでは力線が束となり、塔はその悪意ある枝となっていた。
頭上には痣のような色の雷雲が渦巻いていた。これからの戦いの前兆。クラードはかろうじて塔の屋根の上にあの生物を――遺物を――クルマを――認めた。アマルス=テルはその周囲を飛び回っており、かすかな詠唱の声がクラードの耳に届いた。遅すぎたわけではない。
「来い、グラザック」彼は最後の真珠を取り出しながら言った。「仕事だ」
黒汚れの塔の扉は補強された胸郭の格子で塞がれていたが、グラザックの爪に砕け散った。クラードは相棒の背にまたがり、星の剣を高く振りかざして踏み入った。
「アマルス=テルよ! お前の没落の時だ!」
塔の内部はがらんとしており、幅の狭い階段が内壁沿いに遥かな頂上まで螺旋状に伸びていた。欄干からは歪んだ骨や不気味な護符が吊り下げられており、クラードの雄叫びは奇妙かつ奇怪な音色で内部を反響した。複雑な構造のためだろう。アマルス=テルは化石の格子屋根から下を覗き込み、クラードと目を合わせた。魔術師の口元が殺人者の笑みへと裂けた。
「小うるさい野蛮人め! 情けをかけたのが間違いだったか。どうしても死にたいということか! 残念だが私は忙しい。私のペットがお前の乾きを癒してやれるだろうか?」
吊り下げられた骨が、夏の嵐に翻弄されるようにガタガタと音を立てた。あらゆるものの表面を覆うタールが揺らめき、泡立った。クラードは歯を食いしばり、グラザックに乗って階段を急いだ。
「急げ、グラザック、軟泥が――」
油の波がクラードの胸板を叩きつけ、彼の言葉は途切れた。戦士は息を詰まらせながら飛ばされ、グラザックはうなり声を上げた。クラードは階段の端に掴まり、宙にぶら下がった。その下では塔の床が泡立ち、骨と油が勢いよく渦巻いていった。あの巨大な軟泥が更に膨張し、古い骸骨の塊がうごめく粘体と化した。その中では様々な形状の頭蓋骨が多数うねり、それぞれの眼窩には神秘的な悪意が脈打っていた。顎が一斉に大きく開かれ、この世のものとは思えない濁った金切り声が響き渡った。
クラードは星の剣の刃を歯で噛み締め、軟泥の顎が食らいつく寸前に両脚を振り上げた。もう一度蹴りを放ち、彼は宙返りとともに階段の手すりに立った。
「この化け物が後を追ってくる限り、どうにもならないだろう」彼は言った。「どうする、グラザック? 正しき試練の前に準備運動といこうか?」
グラザックは頭をのけぞらせて甲高く叫んだ。クラードは狂喜の声を上げ、両手で剣を握りしめ、人とラプトルは共に乱闘へと突入した。
クラードは星の剣を巨獣の奥深くへと突き刺した。グラザックの爪が脇腹に傷をつけると、どろりとした肉がクラードの刃の周囲で泡立った。タールの軟泥は悲痛な叫びとともに震え、自身にぶら下がる王子をその巨体で押し潰そうと身を投げ出した。クラードは両足でその脇腹に掴まり、サンダルが焼ける音を立てた。彼は即座に剣を引き抜いて離れた。
星の剣が切りつけた箇所で、緩い肉がパチパチと音を立てた。中の骨はグラザックの顎に砕かれた。だが打撃は、すべて跳ね返された。飛び散った粘液の飛沫がふたりを刺した。軟泥の内部でゆっくりと腐敗が始まる前兆。星の剣が軟泥の一部を沸騰させても、失われた部分を補う油が水のように流れ出た。
激しくむち打つ触手がクラードのこめかみに命中した。彼はよろめき、視界に光が明滅した。軟泥の身体を補強していた骨が一斉に襲いかかり、彼は瞬きをしながらも身をよじってそれを避けた。怪物が繰り出す攻撃は次第に重くなっていった。軟泥は次第に濃厚になっていった。クラードは指を曲げ、鋭い口笛を吹いた。
「グラザック! 上だ!」
ラプトルはさえずり声を発して頭を床につけた。クラードは全力疾走して跳躍し、相棒の頭部に片足で着地した。グラザックはすぐさま立ち上がり、クラードを宙に投げ飛ばした。
彼は回転し、舞い、探し求めた。軟泥が上を向いた。巨体の中で頭蓋骨の群れが振り向き、起動を描くように動いた。その中心には巨大な放漫トカゲの姿があった。大きく開かれたその顎の中は深く、化石化した牙の間からは燃えてねばつく唾液が垂れていた。眼窩の奥に、アマルス=テルの支配の核が燃えていた。
開かれた口をめがけて落下しながらも、クラードは次に何が起こるかを心配していなかった。重要なのは、今。この決定的な一撃。
かつて、この剣はひとつの流星だった。今、彼もまた流星となる。
星の剣が軟泥の目を貫いた。光が弾けた、音と憤怒が咆哮した。
ゆっくりと、クラードの視界が戻ってきた。視界の明滅と閃光に焼けた影を瞬きで払うと、塔のざらつく石の床に膝をついているとわかった。周囲では、軟泥の残骸が泡を立てて煮えたぎっていた。剣が突き刺さった中央の頭蓋骨を見て、彼は笑みを浮かべた。そして無理矢理立ち上がったが、その動きに筋肉がうめいた。グラザックが隣に横に駆け寄り、相棒が転びかけた所を受け止めた。
「いい戦いだった、グラザック」クラードはラプトルの脇腹に額を押し当てた。「あとひとりだ」グラザックが身を屈め、クラードはその背中に飛び乗った。ふたりは階段を駆け上がった。
階を登るたびに、ふたりは新たな魔術に遭遇した。魔術師が貯蔵庫を維持するために恐竜の皮を剥ぎ、骨を収穫する屠殺場を通過した。その先には生贄の祭壇が横たわり、その溝は香気の漂う浴場へと続いていた。さらにその先には、難解な機能を持つであろう器具が西の空に向けて並べられていた。そのすべてに軽蔑の視線を投げながらクラードとグラザックは通過し、頂上を目指して急いだ。
あの娘の姿を目にしたのはその時だった。
虜囚たちが決して手に入れられない自由を見て苦しむよう、アマルス=テルは塔の頂上近くに牢を置いていた。生きている虜囚はその娘だけだった。彼女は手枷をはめられた手をよじり、何とかして脱出しようとひたすら奮闘しているようだった。クラードは何の躊躇いもなくグラザックの背中から滑り降り、まるで魔法にかかったように牢へと近づいていった。
「貴女を救うために来ました」
娘は顔を上げ、目にかかった編み髪を吹き飛ばした。「つまり、助けられるってこと?」
「そうです」乙女の青い視線の中でわずかに手を滑らせながらも、クラードは星の剣を抜いた。一撃で牢の格子は砕け、次の一撃で娘の両手も自由になった。青い瞳の女性は手首をこすりながら、まっすぐに立ち上がった。
「感謝するわ、高貴な人。私はナサーラ。かつてはテルー・アーンの真珠採りをしていたのよ」
これほどまで心を奪われていなかったなら、クラードは不思議に思ったかもしれない――西に遠く離れた珊瑚峡谷諸島の真珠採りが、密林のこれほど奥深くで何をしていたのかと。
代わりに彼は言った。「私はカールの息子、クラードと申します。モン・テルーの王子です」
「剣でわかったわ。さあ、急ぎましょう」
クラードは冷静に手を挙げた。「申し訳ありませんが、それはできません」
「何ですって? でもあの邪術師は…」
「対処しなければなりません」クラードは星の剣を振りかざしながら言った。「それができるのは私だけです。貴女は今のうちにお逃げ下さい」
「逃げる?」女性は彼をにらみつけた。「後にも先にも、逃げたことなんてないわよ!」
クラードの心臓が高鳴った。彼女もこの繋がりを感じたのだろうか?「わかりました。できるだけ身を隠していて下さい。私があの魔術師を殺します」
ナサーラは唖然として見つめた。「戦士さん、私にどんな力があるかわからないの?」
雷鳴が頭上で鳴り響き、塔の横に稲妻が落ちた。クラードは剣を構えて振り返った。「どうか。貴女のような美しいお方が危険にさらされる姿は見たくありません。これは戦士の仕事です」
グラザックがさえずるように鳴いた。マナの刻印が消え、霧と化して蒸発し、彼は元の大きさに戻った。クラードは毒づいた。「あの軟泥との戦いは予想以上に大変だった。グラザック、ナサーラ殿と一緒にここにいて、彼女を守ってくれ。任務を確実に果たすのは私の役目だ」
「待って!」ナサーラはクラードの力強い腕を掴み、彼を引き寄せた。抱擁はほんの一瞬だったが、クラードの心は喜びではち切れそうになった。
「幸運を祈って」離れながら彼女は言った。クラードは頷き、背を向けて去った。
星の剣を掲げ、モン・テルーの王子は敵に立ち向かうべく、黒汚れの塔の頂上を目指した。
クラードの姿が見えている間、ナサーラは笑顔を保っていた。そしてそれが終わると顔をしかめ、グラザックへと向き直った。
「あなたは辛抱強いわね、あのおめでたい男を我慢できるなんて」
グラザックは甲高い声で鳴いた。言葉がわかる! クラードとの間にはもっと深い絆があるが、実際にあの戦士が何と言っているのかをグラザックはしばしば理解できずにいた。だがこの女性の言葉は極めて明瞭にわかった。
ナサーラは言った。「もちろんよ。私はドルイドとして学んでいるの。あなたのクラードは聞こうとも思わなかったのかしらね。私はレーサーを……あの侵略者たちをずっと追いかけていたの。彼らが地殻変動にやられる前からね。接触してきた勢力をきちんと理解するために、私は師匠のチャタルから監視を任せられたのよ」
彼女は牢の中をあさり始めた。彼女の持ち物はグラザックにはよくわからなかった――何かの断片ばかりだったが、それでも順番にひとつずつ嗅いでみた。チャタル? 自分とクラードは会ったことがある!
「その時にこれを手に入れたんでしょう?」ナサーラはあの火の護符を掲げ、指に引っかけて回した。グラザックは驚いた声を発し、彼女はにやりと笑った。「クラードみたいな鈍い相手から小物を盗むのはそんなに難しくないわ。レーサーは……エンドライダーズって名乗っていたけど……これをイグニッションキーって呼んでいたわね。これであの車のエンジンが動くわ。アマルス=テルは偉そうにしてるくせに、これの用途には気付かなかった」
グラザックは不満のうなり声をあげた。クラードはグラザックの一番鋭い牙じゃないかもしれない、けれど家族であり、力強い相棒なのだ! 高貴なる兄弟同然の相手がこんな非難を受けることは決して許しておけない。
ナサーラは目を丸くした。「これ以上の侮辱は控えるわ。いずれにせよ問題じゃないし。あの車は私が手に入れる。よそ者が自分たちの道具をムラガンダに――つまり私たちのところに持ち込むつもりなら、私たちが利益を得るのは当然よね。私がそれを手に入れて、その秘密を学んで、それを私の同胞に広める。クラードには栄光を追求させておきましょう」
そう言いながら、ナサーラは尖った骨の突起を掴んで静かに塔の屋根に登った。グラザックはその背後で小さく鳴いた。これだから人間たちは! どうして仲良くできないのだろう?
ドルイドは答えなかった。グラザックは憤慨しながらも後を追った。
黒い雨が塔の頂上に降り注ぐ。クラードのうねる筋肉は剣の一振りごとに膨らみ、アマルス=テルが召喚したねばつく構成体を荒々しく切り裂いていく。魔術師はクラードの剣から逃れようと、後方へ駆けた。
「遅かったな、蛮人め!」アマルス=テルは高笑いを発した。「準備は終わった。まもなく私は神となる。ムラガンダのすべてが私の名前を聞いて慄くのだ!」
アマルス=テルは両手を高く掲げ、指を不気味な鉤爪のように曲げた。一本の巨大な肋骨がクラードに襲いかかったが、戦士は光り輝く星の剣の刃でそれを縦に切り裂いた。
「見下げ果てた奴め!」クラードは怒鳴った。「これは人々への警告の物語となろう――悪の道を歩むなかれ! クラードの道を妨げるなかれ!」
その言葉とともに彼は跳躍し、星の剣が宙を舞った。アマルス=テルは噴出したタールに飛び乗り、閃く刃をかろうじて避けた。
両者はそうして戦いを繰り広げた。斉射、愚行、辛辣な言葉の応酬。両者とも動物の相棒を放棄し、敵を非難して勝利を収めることだけを目指した。稲妻が空を切り裂き、一撃ごとに雨の飛沫が弧を描いて飛び散る中、自分たち以外には何も存在しないかのようだった。互いが互いの世界のすべてだった。
両者とも、ナサーラが密かに登ってきたことには気付かなかった。彼女がイグニッションキーを手に運転席に入り込む所も見なかった。グラザックが隣に座ると、彼女はその鍵を差し込み、ひねった。
エンジンが轟音を立てて動き出した。
叩き切る途中でクラードはその場に凍りついた。これがあの獣の本当の呼び声なのか? 聞いたこともない鳴き声だった。どの生物とも異なっていた。それは彼の胸を震わせ、心を燃え上がらせた。史上最も熱い炎が腹の中に灯った。彼はあることに気づいた。何よりも大きな欲求――
あれに乗ってみたい。
ナサーラがギアを入れると、車の排気管から炎が噴き出した。獣のタイヤが激しく回転してぼやけ、黒い煙が上がった。長年危険な獲物を追跡して反射神経を磨いてきたクラードは、咄嗟に避けた。
アマルス=テルはそこまで素早くはなかった。
魔術師の身体は車に轢かれ、黒汚れの塔のぬかるみに埋もれて見えなくなった。ナサーラはハンドルを回転させ、三日月型の跡を残しつつ車を滑らせ、呆然とするクラードへと近づいた。足元で塔が揺れ動いた。
「急いだ方がいいわよ、王子様」ナサーラの目は正しい決意に輝いていた。「アマルス=テルがこの塔を支えていたのよ。すぐに崩れ落ちるわ」
グラザックが座席に飛び乗り、ナサーラへと鋭い声で鳴いた。青い瞳の女性は立腹したように言った。「いいわ。でも後ろの席よ」彼女は身体をひねり、車両の側面から一枚の板を外した。扉だろうか。「ラプトルくんに感謝しなさいよ、王子様。彼はあなたをとても高く評価しているのだから」
この展開にクラードは驚愕するばかりだった。塔はさらに激しく揺れた。当惑しながらもクラードは車に乗り込み、扉が彼の横で勢いよく閉まった。
「何かに掴まって」ナサーラは床の近くから突き出た棒を掴んで引いた。
車は轟音をあげながら、崩れ落ちる塔を勢いよく下っていった。塔は次第に傾き、車輪は崩れる床や壁の上をかろうじて宙を舞うことのない角度で駆けた。吠えたける風がクラードの髪を翻弄し、顔を引っ掻き、彼の魂から未知の高揚感を引き出していた。これまで獣や魚や空飛ぶ生き物に乗ってきたが、この速さに匹敵するものはなかった。
永遠にも思えたその時間は、クラードが思うにわずか六回の心拍の間に起こったものだった。車は着地すると震え、弾力のある枝のように沈んでは跳ねた。ナサーラはハンドルを強く握り、両足で忙しくペダルを踏み、やがて車は煙をあげて滑りながら急停止した。エンジンは静かに響いていた。休息する一体の捕食者。
クラードは車からよろめきながら固い地面に降りた。両脚がぐらつき、周囲の世界が揺れた。
「しっかりしなさい、王子様」そう言いながらも、座席から立ち上がるナサーラはほんの少しだけ震えていた。「あなたを助けたのは、今死なせるためじゃないわ」
「勿論です」クラードは拳を握りしめ、鋼鉄の巨獣を見つめた。「この……クルマというものは、なんと素晴らしいのだろうか! もっと詳しく学ばなければ!」
ナサーラは腰に両手を当てて笑った。「落ち着きなさいな。あなたの任務は終わり。車は私の問題。あなたは今のうちにお逃げなさい」
「逃げる?」クラードの胃がひっくり返った。「逃げたことなどない!」
「あらやだ」ナサーラは軽蔑に満ちた声で言った。「あなたみたいな逞しい美形がそんな場違いなことをする姿は見たくないわ。これは学者の仕事よ」
クラードは混乱してわめき散らし、ナサーラを見つめた。彼女の視線には軽蔑が熱く輝いていた。アマルス=テルへと彼自身が感じていたものの鏡映しのような。自分自身の言葉が反響し、喉に苦い胆汁が上がってきた。あの偉大な類人猿、チャタルの笑みが脳裏におぼろげに浮かんだ。
「『自身を新たに鍛え上げる』」クラードは呟いた。
ナサーラは後ずさり、唇を歪めた。「今何て?」そしてクラードはひざまずいて頭を下げた。
「私は愚かでした。世界は私が知っているよりも広いというのに、まるでそれが狭いかのように振る舞っていました。同等の者を力なき少女のように扱い、その技を侮りました。私の傲慢をお許しください。このクルマ……この知識は、テルーセットを守る助けとなるかもしれません。どうか、私がさらに学ぶことをお許し下さい」
グラザックはすり足でクラードの隣へと向かい、嘆願するような目でナサーラを見上げた。ドルイドは顔をしかめ、不機嫌な雰囲気が漂うにまかせた。
だがしばしの不吉な瞬間の後、ナサーラのしかめ面は和らいだ。
「そんな真剣に懺悔されたら、いつまでも怒ってなんていられないじゃないの。言いたいことはあるけれど、ごまかされてあげる」ナサーラは首を傾げ、王子とラプトルを評価するように見つめた。「いいでしょう。一緒に来てもいいけれど、条件がひとつ」
「聞きましょう」
彼女は振り返り、車の扉を勢いよく開いた。「運転するのは私」
ナサーラは運転席に腰を下ろし、エンジンを咆哮させた。クラードはにっこりと笑って後部座席に飛び乗った。グラザックは助手席に身体を丸めた。
そして彼らはムラガンダの模範として、共に果てしない地平線へと乗り出した。
(Tr. Mayuko Wakatsuki)
Aetherdrift 霊気走破
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