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MAGIC STORY
霊気走破
第3話 突き進め!
2025年1月15日
アート:Wayne Wu |
「その、ボス……」
チームメイトの声が不意にスピーカーから聞こえ、ダレッティは接合工具を落としそうになった。
「後にしろ、レッドシフト」
バチバチと音を立てる送信機越しに、そのゴブリンの声は金属音のように聞こえた。ロケッティアーズは多くのものに大金をつぎ込んできた。最小の機体すら12室のエンジンを備えている。他には特注の絵文字式制御機構や、ゴブリンひとりにつき20個ものチェリーボムや……通信機はそれほど重要ではなかった。ダレッティが通信機を作ろうとしたのは、グランプリ執行部の強い要請があったからに過ぎない。彼は粘着手榴弾の失敗作の残り物を使って、自らロケッティアーズの通信機を組み立てた。だからいつもそんな音を立てているのかもしれない。
彼はうめいた。「三連射を瞬時に調整するのがどれだけ大変か、分かってんのか? 俺はここでありとあらゆるものを補正してやってんだよ。トルクと……何て言ったっけ? トラック……いや……」
その単語は重要か? 多分重要じゃない。
向こうでは、ダレッティの仲間たちがこてんぱんにされていた。全地形対応戦車の風防越しに一瞥すると、クラウドスパイアの二輪車が放った鋭いネオンの稲妻に、哀れなラケットのオンボロ車が真二つにされていた。だから骨組みを補強しておけと言ったのに。ほら見ろ――頭から砂丘に突っ込んだ。
ロケッティアーズの車は、爆走して物を爆破するために作られている。エンジンに詰まる砂の山とやり合うことは想定されていなかった。
クイックビーストは全くものともしていない――彼らの巨大なグリフィンの翼は遠い空に映える小さな点と化していた。当然、アモンケット人のチームも砂など何でもない。そいつらはまだいい、とダレッティは自らに言い聞かせた。あいつらはフェアプレーをしている。
エンドライダーズはそうではなかった。
ダレッティの戦車と、彼が従者としているゴブリンたちの周囲には、バイクや戦車や自動車に乗った十人を超えるエンドライダーズが群がっていた。頑丈で恐れを知らない戦士たちは、波に乗るように大型の機体を乗りこなしている。ある者は飛び交う砂からゴーグルで目を守っていたが、その一方で顔も歯もむき出しという最悪の装備で砂漠に挑む者が、手に持った鎖を振り回していた。
「ボス、あんたは頭がいいよ。本当に頭がいい。頭がいいボスコンテストに参加したら毎回優勝するよ、けど問題がある」
ダレッティは嘲った。この連中は! こっちは全力を尽くして助けようとしているのに、邪魔をしてくるばかり。今はレース中だろうが! 路上では質問は禁止だとあれほど言っただろうに! それも、よりによってこんな時に……
あの男はチェーンソーを回してるのか? それで何をするつもり――
ダレッティは瞬きをした。最も大きく、最も凶暴な機体に乗ったそのエンドライダーズは今……三つのチェーンソーを空中でジャグリングし、ロケッティアーズに投げつけていた。無論、ゴブリンたちはそれを受け止めようとする。最悪なのは、轟音を立てるその武器のスイッチを入れると、それらが火を吹くことだ。チェーンソーよりも悪いものは、刃が回転するたびに炎のカーテンを吹き出すチェーンソーだけだ。
そしてそれより悪いものは?
大量のそいつらだ。
一体どこでそんな沢山のチェーンソーが手に入るんだ?!
「問題ってのはあいつらを攻撃することだけで。さて、チューブを毎秒60……」
ミサイルみたいにかっ飛ばせ、ミサイルみたいにかっ飛ばせ、そうすればあいつらを振り切って一息つける……
「ボス!」
ダレッティは計器盤に手を叩きつけた。「言っただろうが! 今はそんな余裕は――あれは何だ?」
その時、彼は砂の中から現れるものを目撃した。デーモンのエネルギーが輝き、不気味に弾けた。スピードデーモンズ以外にあり得ない。
「それだよ……問題ってのは」
アート:Zezhou Chen |
「あたしらは誰を怖れる?」
戦歌、大言壮語、懇願。新しい砂の中に、昔ながらの安らぎ。エンドライダーズの心はひとつ――そうでなければ、とっくの昔に終末に飲み込まれていただろう。
ファー・フォーチュンは死の顔を見つめた。デーモンの姿が震え、複雑に明滅する様子は感覚への攻撃のよう。半透明の大口が自分と機体を丸呑みにしようとしている。周囲にはレースの混乱が広がっていた――ゴブリンが叫び、その車からかろうじて抑えられた爆発が弾ける。コルダタンの歌が砲弾の空隙を埋め、クイックビーストが鳴き声をあげて遠くの獲物に襲いかかる。
この混乱。
これこそが生きているということ。
「あたしらは何も怖れないよ!」
そして彼女は炎を解き放った。
火炎放射器。爆発。そして何よりも最悪なのは、調子外れのサメの歌。スピットファイアは、ライバルたちにはもっといいものを期待していた。あるいは彼らはセンスよりも実用主義に流されてしまったのかもしれない。名声を博したいのでなければ、それでいい。
けれどグランプリが終わる頃には、多元宇宙全体がスピットファイアの名前を知ることになるだろう。砂が火の玉に融けて滑るガラスと化していたが、スピットファイアはとにかく加速した。炎の下を抜け、迫りくる砲弾に向かってまっすぐに進む。機体の屋根が熱に音を立てる。心配無用。落ち着いて。ああいう奴らのようにボンネットの上で大げさに振る舞うことはしない。スピットファイアがハンドルのボタンを勢いよく押すと、稲妻の弧が格子窓から放たれて刃のように砲弾を真二つに裂いた。
もちろん、タイミングは完璧に計っている――誰がそれを疑うだろう? 真二つになった砲弾の残骸が、自分を追い抜こうとしていた二機のボヤージャーズに激突するところまで完璧に。
効率的。完璧。他の誰にもできない運転。チャンドラ・ナラーには全力を尽くさせよう。あの娘にこんなヘアピンカーブは絶対に曲がれないだろうから。
だからこそスピットファイアは、アヴィシュカーで大人気の娘を追い抜く時、わざと睨みつけるのだ。
まあ、これはチャンドラの最高のパフォーマンスじゃないかもしれない。でも最悪のパフォーマンスでもない。じゃあ、どうしてあの子は自分をじっと見つめてきたのだろう? お母さんは妙な人と組んだものだ。ちょうどいい人材がすぐに見つからなかったのかもしれない。この混乱の真っ只中に、あんなくすぶった視線を送る余裕のある奴がいる? それもゴーグルで全部台無しになってるのに。
まあ、ソリンだったらそうするかもしれない。あいつはレースをするタイプには見えないけど。
チャンドラは仮面のレーサーを嘲った。それともうひとつ! スピットファイア? そんな名前、私に喧嘩売ってる? ピアはジャブとしてそれを選んだのだろうか? 他の理由は想像しにくい。
そして目をそらした瞬間、コルダタンが邪魔をしようとしてくるのは言うまでもない。巨大なホバーシップが唸り声を上げ、チャンドラのバイクの側面に激突した。彼女は助けを呼ぼうと考えた。だがそれよりも早く、クラウドスパイアの同僚レーサーふたりがコルダタンに接近してきた。ひとりは前方に、もうひとりは後方に。
「ありがとう、みんな!」チャンドラは叫んだ。「最高よ!」
「勝つことだけに集中しろ、ナラー!」叫び声が返ってきた。
みんな役割を果たしてる。それもちゃんとした理由から。だから彼らの言うことも一理あるかもしれない。気を取られすぎた。チャンドラはニッサから貰ったピンに触れた。
優勝するために。
チャンドラはキールホーラーズの船から、そしてスピットファイアから離れていった。その際、今回はチャンドラの方から戦意を込めて視線を合わせた。
アート:Brian Valeza |
「アモンケット人よ、我らがここにいる理由を忘れるな! アモンケット人よ、砂から命を引き出せ!」
他のレーサーは厳しい世界を見ている。だがザフールは機会を、成長を、そして故郷を見ている。他のレーサーは競争だけに目を向けている。だがバスリは見慣れた未知のもの、つまり古代の遺跡や発見されたばかりの遺跡に驚嘆している。
コースの下の果てしない峡谷には墓所の入り口が並んでいた。岩の中に空けられたきらめく空洞。周囲には生者たちの暖かな茶色の顔また顔、死者の冷たい灰色の顔また顔。彼らの声はひとつの歓声へと溶け合っていた。頭上には青く果てしない空。長く忘れ去られながらも今や記憶に蘇った神々のそびえ立つ偶像。背後に誉れはなく、あるのは前方に。だがこの土地では、誰が最も誉れ高いかという疑問は存在しない。
飛び交う昆虫が針と奇妙な槍をチャンピオンズ・オブ・アモンケットへと振り回す。だが何のために? 死は栄光への障害ではなく、横切るべき薄い帷に過ぎない。バスリが見つめる中、チャンピオンズの年長者のひとりが、ザフールに向けられた邪な一閃をかばって受けた。致命的な一撃、だがその男は微笑み、畏敬と献身の念だけを込めてザフールを見上げた。
ザフールはひざまずき、大きな手でその戦車乗りの目を閉じてやった。触れる爪はまるで一枚の羽が落ちるように繊細で軽やかだった。ザフールは斃れた戦友から顔を上げ、同僚たちへと咆哮した。
「我らに与えられた最大の栄誉とは何か?」
「息を吸い、勇敢に死し、耐え抜くことだ!」バスリが答えた。彼は砂の雲を召喚し、斃れた戦車乗りを持ち上げた。そして少し集中するだけで遺体はチーム最大の戦車へと運ばれていった。そこではラゾテプの召使たちが仲間を歓迎し、仕事を始めようと待ち構えていた。
昆虫どもは放っておけばいい。狙いなど外れる。チャンピオンズ・オブ・アモンケットは屈しない。
バスリは屈しない。
翼と針が黄金の戦車を取り囲んだ。
バスリはザフールを見た。「古き友よ、先鋒を務めて頂けるだろうか?」
レオニンは少し骨っぽい笑い声をあげた。「私は君の曽祖父よりも古き時から先鋒を率いてきたのだぞ」
「まさしく、だからこそ貴方を起こしたのだ」とバスリ。
それ以上軽口を続けることなく――そのような余裕はない――バスリは戦車の上によじ登った。そして池を跳ねる石のように戦車から戦車へと飛び移りながら、周囲の砂を切り裂く刃に変えていった。そのほとんどは敵を食い止めるためだけのもの。それでも、仲間の命が脅かされるような状況では、バスリは断固たる行動をとることに何の後悔も感じない。死骸や殻が雨粒のように峡谷に降り注いだ。
アモンケットの生ける勇者は、挑む者に死をもたらすのだ。
6位通過。
これはまずい。
6位で何になる? 6位では賞品なんて貰えない。表彰台にも上がれない。スピットファイアは6位になるためにはるばるここまで来たというの? 沢山嘘をついて、危険な目に遭ったというの?
違う。このすべてが何のためかを思い出さなければ。自分にとって霊気灯が何を意味するのかを。
気が向かない限り、家族の館を訪れなくていい。何をしろと指示されることもない。今が気に入らないならいつでも出て行ける、行きたい所へ行ける。
誰も自分を待たせることはない。二度とない。
ナラーは同僚の集団を引き離していた。スピットファイアは彼女のすぐ後につき、スピードブルードのレーサーの群れを飛び越えた。バスリ・ケトの砂の魔法は厄介だが、乗り切ることはできる。
前進する方法は常に存在する。常に何かできることがある。完璧であれば、すべてのゲームに勝つことができる。
スピットファイアは完璧以下ではあり得ない。
先頭から順にクイックビースト、ゴブリン・ロケッティアーズ、エンドライダーズ、キールホーラーズ、クラウドスパイア、そしてエーテルレインジャーズ。
全然駄目。そして何かの爆発でゴブリンたちが進路を外れると、スピットファイアは気付いた。今こそ、自分が何をしようとしているのかを見せつける時だ。
次のカーブで、彼女は他の誰もが行くはずのレーンの端ではなく、神の像が伸ばす腕に飛び乗った。続いて自身と機体を猛列に加速させ、古き神の槍の先端から飛び出した。
そして彼女の車は巨大な青いエネルギーの嵐らしきものの目の前で、砕けたゴブリンの機体の屋根を引っかけた。
スピードデーモンズ?
ありえない。意味が分からない。全部のチームの順位は把握している。把握しているはず。ついさっき見た時は10位だった。ここで何が起こっているの?
だがそう思った瞬間――疑問に気を向けた瞬間――彼らは襲いかかってきた。不気味な錯霊たちがスピットファイアをめがけて飛んできた。彼女は全力で旋回して避けようと試みた。
半透明の爪が車をバラバラに引き裂こうとして――
そこで脅威が入れ替わった。きらめく火の玉が彼らを吹き飛ばした。スピットファイアの運転席は密閉されていたが、その熱は燃え盛る溶鉱炉のようだった。とても耐えられない、焼けるよう――手袋をはめた手でもハンドルは熱く感じ、だが彼女は歯を食いしばって火傷に耐え、とにかくハンドルを掴み続けた。
ああ、痛い。でも手は放せない。スピットファイアは絶対に手を放さない! 鍛え抜かれたレーサー、戦いから逃げたことなどない謎めいた戦士なのだから。もし今手を放したら、自分は一体何者になるのだろう? ただのシータ――少しの痛みにも耐えられないほど甘やかされた領事の娘。自分ならできる。
ナラーが完璧ぶる様は嫌いだった。そしてアヴィシュカーでも最高で一番有名な娘として誰もが持ち上げていることも嫌いだった。
だが仮面の下で……
仮面の下で、自分の車の中で誰にも知られることなく、シータは感謝の言葉を呟いた。
あの変人はどうやって先へ行ったの?
ほんの一瞬前にはここにいなかったのに――チャンドラはそう確信していた。あの硫黄とクローブの匂いは1マイル先からでもわかったはず。けれどあいつはそこにいて、ピアがエーテルレインジャーズの主将に据えたあの若者を殺そうとしているデーモンを横目に、憂鬱そうに運転席に座っている。
我慢できず、チャンドラはレーサー同士の無線に繋いだ。是非使って欲しいとグランプリの係員が強調していた無線。いい余興だと彼らは言っていた。人はお気に入りの選手を応援したがるものだと。
彼らに応援する相手を与えてあげよう。
「そんな若い子狙うのやめなさいよ、ウィンター!」
ウィンターはエンジンの回転数を上げただけだった。マシンの騒音自体が挑発。「レースに出られる歳なら、死んだっていい歳だ」
そんなこと言う? 本っ当、この男は頭にくる!
チャンドラが彼への憎悪に集中しすぎていた――事実、チャンピオンズが横に迫っていることにさえ気づいていなかった。鞭の音や古の詠唱が背景の雑音として聞こえた。いや。彼女の両眼はウィンターに向けられ、彼女の両耳はスタート前に聞いたあの小さな子の泣き声だけに集中していた。
案の定、あの子はそこにいた。再び狭まった檻の中、大きな瞳は涙で赤く染まっていた。アモンケット人が魔法の矢をウィンターに放つと、その子はただ丸まって当たらないように願うだけだった。
チャンドラはバイクの座席に立ち上がった。
「あんた最低よ」
「ナラー、レースに集中してくれ」コロディンの声が通信機から聞こえてきた。
それは気が進まない。そんなことをしても意味がない。この男はエーテルレインジャーズを脅かしているし、あの小さい子も。けれどそれだけじゃない、アモンケットのチームが追いついてきている! 何とかしなければ、この事態は悪化してしまうだろう。
「俺は生き残る類の輩だ」ウィンターはチャンドラへと叫び返し、同時に再びエンジンを吹かした――今回は青い炎がウィンターの肌を焼き尽くした。数秒のうちに、彼は異様な青色の烈火に包まれた。
アート:Daren Bader |
デーモンが吠えた。チャンドラは体重を右にかけ、するとバイクも彼女と一緒に横に傾いた。内臓のジャイロスコープのお陰で、かろうじて転倒はしない。アスファルトが膝当てを激しくこすりつけた。
チャンドラはデーモンの腕を避けたが、アモンケット人はそこまで幸運ではなかった。チャンドラを引き裂くはずだった爪は、先頭の戦車の車輪をひとつ叩き落とした。チャンドラにできるのは、チャンピオンズがコースから外れていくのを見ていることだけだった。バスリの砂の魔法が彼らを奈落の底に落ちないように留めていたが、それでも全員を救うことは叶わない。バスリは少しの間こらえていたが、やがて彼らは巨大な彫像の肩に衝突した。
バイクのスタビライザーがチャンドラの体勢を素早く戻した。シートの上に立ち、スピードデーモンズの迫りくる鎖と鉤をかわす。ウィンターは遊びたがってる? 上等、遊ぼうじゃない。
「チャンドラ!ここに来た理由を思い出せ!」同僚のひとりが声を弾けさせた。覚えている。そして、血で支払われる勝利をニッサがどれほど嫌うかも、しっかりわかっている。
彼女は胸のピンに触れた。
スピードデーモンの排気口から炎を奪い取り、自身の中にその炎を流す。髪が着火し、燃える匂いを感じ、周囲の空気が揺らめいて歪むとき――つまり自分自身が火になったとき、チャンドラは最も生きていることを実感する。
「そこのクソ野郎!」チャンドラは声をあげた。
チャンドラは渾身の力で火の玉を投げつけた。必死にハンドルを掴んでいなかったなら、路面に鮮やかな橙色の汚れと化して飛び散っただろう。
次に起こった出来事は、勢いの中にぼやけた――爆発、飛び散る破片、腕を切り裂くはぐれたスパイク、砲弾のように飛び出す車輪。スピンして砂丘に落下するスピードデーモンズ。
そのすべてがぼやけていたが、ひとつだけ明白なこともあった。
彼女の火の玉がスピードデーモンズに命中した時、檻の中のあの子が悲鳴をあげた。
胸が張り裂けそうになりながら、チャンドラは席に座った。私があいつらよりいい奴だなんて、言えるのだろうか?
「気は済んだか?」コロディンの声が届いた。
チャンドラは顔をしかめた。「ん……」
もし広げた掌と派手な手甲から火を放つことができたなら、スピットファイアは絶対に外さないだろう。単なる数学なのだから! ああもう。ナラーは確かにクール、けれど自分が本当に努力すれば、集中すれば、もっとずっとクールになれる。誰も気づいていないの?
スピードデーモンズの残骸の中を、スピットファイアは素早く曲がりくねって進んだ。パチパチと音を立てる霊気がその軌跡に模様を残す。それは故郷の観客全員の目に見えるもの。
チャンドラの方が勇敢で強いかもしれない。でもスピットファイアは?
スピットファイアには優雅さがある。
複雑な経路をたどることで、彼女はクイックビーストに忍び寄ることができた。チャンドラとは違い、スピットファイアは十分な調査をしてきている。この誇り高きレーサーたちはスピードだけでなく、戦いのための訓練も受けていると。
アート:Josiah "Jo" Cameron |
チャンドラは苦い経験を通して今まさにそのことを学んでいた――彼女は必死に2位へ躍り出ようと奮闘したが、クイックビーストの翼にたやすく打ちのめされた。
そこにスピットファイアは好機を見出した。チャンドラの急旋回と直線走行は、スピットファイアの熟達した操縦には敵わない。これに首位のクイックビーストの鋭く急な突進が合わされば、チャンドラは試みようとも前に進めない。
スピットファイアは笑みを浮かべた。精度、コントロール――それが勝利に必要なこと。
前方で、コースの終点に領界路が波打っていた。その先は……スピットファイアにははっきりとは見えない。地名は聞いたことがあった。ムラガンダ。いつの日かそこが熱帯のリゾート地となり、ギラプールの貴重な観光収入が奪われるかもしれないというようなことを父が言っていた。
違う。それはスピットファイアの父親ではなく、シータの父親。
だがその時、頭上に広がる夢のように青い空が陰り始め、スピットファイアは背後に稲妻の音を聞いた。
何?
彼女は通信機のスイッチを叩いた。「スピットファイアから改革派の長へ。何が起こっている? 天気予報は晴れだったはずだ」
ナラーが彼女をコースから押し出そうとするが、スピットファイアはバランスを保った。
「ああ、それね。確かに晴れだったはず、でももうすぐ予報が更新されると思うわ」ピアの声が聞こえた。「アモンケットの砂嵐はすごいみたいよ。本当に。この場所の研究をしたいのだけど――」
「後にしてくれ!」スピットファイアは通信機を切り、バックミラーを調整した。肩越しに確認していたらそれだけ時間が無駄になる。
そしてそれを見た瞬間、彼女はピアの言わんとしていたことを理解した。
単なる嵐ではない。天空自体がそれを恐れて震えている――黒と灰色と茶色の渦巻く雲が触れるものすべてを飲み込み、中では稲妻がひらめき、火が燃えている。巨大な翼のような影が嵐の中を舞っている。レースの係員たちが観客を地下の避難所へと追い立てていた。
けれどレーサーたちに避難所はない。スピットファイアがバックミラーで見つめる中、雲水核が指揮する自動機械のチーム、ガイドライト・ボヤージャーズが砂嵐に飲み込まれていった。雲水核の瞳の輝きが、彼女が最後に見たそれらの姿だった。
そして不意に、勝つことはそれほど重要ではなくなった。
重要なのは、ここから脱出すること。
スピットファイアはアクセルを踏み込んだ。あの領界路がどこへ繋がっていようとも、砂嵐に巻き込まれるよりはましだろう。
「うひゃあ! アモンケットステージは嵐のような結末と言えるでしょう!」解説席のヴィンの隣には、アヴィシュカーでも最も優れたレーサーのひとりが座っている。とはいえそのレーサーはGGPの最終選考には残っていなかったのだが。
「つまんな。もしあんたが私の船に乗っていたら、外に放り投げてやったところよ」カーリ・ゼヴが言った。彼女の愛猿は頭上の反響マイクにぶら下がって揺れており、全員の声に震えるような質感を与えていた。カーリが持つ小さなマグの中身は単なる高濃度のアモンケットコーヒーではない、ヴィンはそう確信していた。
「あなたの船に乗っていなくて良かったですよ、ゼヴ船長! とはいえ、こうするしかないでしょうね……」ヴィンはカメラをまっすぐに見つめて続けた。「だってそこはアモンケットだもんケット」
猿が金切り声をあげ、カーリ・ゼヴの視線がそれを黙らせた。
「本当に私に話を聞きたいの? それとも……」カーリは尋ねた。「あんたのしょうもないダジャレを聞きに来たんじゃないわよ」
「えっとその、まあ、そうでもなくて」ヴィンはそう言いかけたが、常識が呼び戻されたらしく襟首を正した。「そうですね! それでゼヴ船長、エーテルレインジャーズがこんなに高い順位にいることについてはどう思います? あなたの助言でキールホーラーズはいい位置についているようですが、他のチームも実にうまくやっているのは悔しいでしょうね」
「ピア・ナラーは好きなようにすればいいのよ。あの人は革命を起こしたかもしれないけど、侵略戦争中に飛んでるところを見たわ。その時の様子から見るに、墜落炎上するでしょうね」
あの猿は……喉をかき切る真似をしているのだろうか?
ヴィンは冷や汗をかきながら笑った。「ですが出場しているのはナラー親子だけじゃありません! スピットファイアも……」
「スピットファイア? 自分の実力を示したいって本気で思うなら、どこで私を見つけられるか知ってるはずよ。でもしないでしょうね」
「おおっと、これは皆さんお聞きになりましたか!」卓を叩いてヴィンは言った。「カーリ・ゼヴがスピットファイアに挑戦……何で挑むつもりですか?」
カーリはにやりと笑った。「向こうの好きでいいわよ」
「ふん! 何もかもが過剰で不愉快だ。まああの小さな目玉は面白いと認めざるを得ないが」
「モハル……決して変わらないものもあるというのはわかるが」ハルシャドはかぶりを振った。「君のユーモアのセンスはついぞ理解できなかったよ」
「古き友よ、理解する必要はない。我々の運命が今日変わるということだけを知っておけばいいのだ」モハルはそう言い、ハルシャドへと新たな酒を注いだ。「今日は、我らが輝かしき過去と我らが共同体、カラデシュの復興に乾杯しよう」
「我々全員が望む未来、すなわち強固な基盤を持つ未来へ」ハルシャドが答えた。「モハル。この街の現状を見てどれほど腹が立ったか、言葉では言い表せないよ。あの放蕩。『夜の大臣』。そのようなものを聞いたことがあるか? そして、平等とやらがもたらされた! 今では街の悪童どもが警備隊を監督している。全くもって正しくなどない。君のその新たな友が、我々のためにそういった問題を解決してくれるというのか?」
外套をまとう男、その筋肉質の肩にモハルは片腕を回した。「我々の夢を叶えるために、この者以上に優れた人物はいない。彼がそばにいれば、政治の細かい点について心配する必要はない。官僚主義も、無意味な議論もない。誰もが心の中で、伝統こそが正しいと知る。誰もがそれを理解できるよう、我らが友が手助けしてくれるだろう。」
ハルシャドはその男を見つめた。あるいは見つめようとした。外套のフードのせいでそれは難しかった。「それで、いかにしてそのようなことを?」
「俺は生まれてこのかたずっと、心について研究してきたんですよ。俺にとって、心を自分の望む形に強制することは、あなたが呼吸をするのと同じくらい簡単です」
冷たく落ち着いた喋り。まるで欄干の上から自分たちを観察しているような。
モハルの背筋に寒気が走った。だがハルシャドが契約に乗り気でいる。そのため彼はそれを表には出さなかった。
「君たちがそうするところを見たい」ハルシャドが言った。「私の国は奴らに壊された。だから君たちが奴らの意志を砕くところを見たいのだ」
数時間後。外套の男は裸になり、彼を心から愛する女性の腕の中で休んでいた。彼がいとも容易に他者の心を弄ぶように、その女性はいとも容易に彼の髪を弄ぶ。
こんなふうに自分を見ることのできる、唯一の人物。
どんな終末戦争も自分たちを引き裂くことはできない。どんな大災害も自分たちの愛を引き裂くことはできない。多くの血を流してきた彼女の手は、彼に対しては優しさだけを向ける。常に企てを巡らせている彼の心は、彼女にしっかりと抱きしめられて安らぐ。
けれど、人生には必ずしも終末戦争や大災害があるわけではない。時には単純な……そう、亀裂が。
「本気なのか?」彼女は尋ねた。
「本気じゃないわけがありますか?」彼はそう答えた。一緒にいるのはとても心地良くて、自分が退こうとしていることにも気付かない。「そうする必要があるんです」
「あいつらは街を踏みにじるよ。革命なんてのは、めったに簡単には進まない。沢山の血が流れるだろうけど、それは暴君によるものじゃない。ごく普通の市民が苦しむことになるよ」
この時は少し力強く、接触も少し重く。
けれど今彼がいる場所では、彼女の声は聞こえず、それを感じることもない。
「それは問題にはなりません」彼は言う。「何週間かすれば、何も問題にはならなくなります。ただ、俺を信じてくれれば大丈夫です」
そしてそうする。
あるいは、そうしたと思ってくれる。
アート:David Alvarez |
もし自分がチャンドラ・ナラーだったらどこへ行くだろう――この2年間、スピットファイアはそんなことを夢想してきた。プレインズウォーカーの力があれば何ができるのかを。
明白なことはある。もし火を操ることができたなら、アヴィシュカーが困難に直面している時に絶対に逃げなかっただろう。新ファイレクシアが侵攻してきた時、スピットファイアは屋根の上や路地でそれらと対峙しただろう。鉄屑に、全員を鉄屑に変えてやっただろう。傷ついた人も家族も少なくて済んだだろう――
いや。他のこと、あまりはっきりしないことを考える方がいい。
スピットファイアは昔から旅行に憧れていた。子供の頃は、部屋に設計図を飾っていた。それとアヴィシュカー各地の旅行ポスターも。父親は領事府の仕事で忙しく、母親も父親と一緒だったため、ギラプール以外の場所に行く時間はなかった。
そうだ――もし、好きな時に何処へでも行ける力があったなら、好きなようにそうするだろう。誰も自分を止めることはできない。
空想は沢山してきたが、それでもムラガンダへの準備にはとても足りなかった。人と同じほどに大きな花、巻かれた絨毯のように分厚い花弁。エネルギーに疼く大気。雨のとばりを通してきらめく夕焼けの、信じられないほどの美しさ。
ベースキャンプの音から、そう考えているのは自分だけではないことが分かる。ギラプールで一番高い尖塔よりも大きな巨木がそれぞれ、集まったレーサーたちのために都市を作り上げている。頭上には岩や川が眠っているように浮かんでいる。スピードブルードは岩から岩へと飛び回り、ボヤージャーズの生き残りたちは現地の植物についてメモを取っているらしい。レッドシフトとゴブリンの何人かは、誰が一番遠くまでロケットを飛ばせるか競い合っている。
キャンプの中を歩くのには理由がある、とスピットファイアは自身に言い聞かせた。ここで得られる戦術的利点がある、と。キールホーラーズが戦略を話し合うために集まっていた。カーリ・ゼヴと船長たちの間にある緊張をスピットファイアは感じ取った。その緊張こそコースで利用できるものだ。カーリ・ゼヴはどんな手段を使ってでも前に出ようとし、それが彼女を危うい立場に追い込むだろう。クイックビーストたちは地元のキノコをいくつか調べ、食べても安全かどうかを確認していた。おそらく安全ではないだろうし、偉大で高貴なあの生き物たちはレースの時に少々高貴さを失うだろう。
それらすべてを彼女は自身に言い聞かせた。心のどこかでは本気でそう思っているのかもしれない、けれど真実はもっと複雑だ。もしこれが単なる事実調査の任務だったなら、キャンプ中の何気ない集まりになど何ら注意を払わなかっただろう。笑顔に気付かなかっただろう。温めたワインを分け合ったマグカップ。笑い声。
けれど気付いた。気付いたからこそ、ピア・ナラーがアモンケットのチームと一緒に座っている様子が目にとまったのだ。
スピットファイアや他のレーサーを追いかける移動式工学車両が、古代のアモンケット戦車の隣に停まっており、ピアはその上に腰掛けていた。ザフールがチームの面々を集めて語りかけていた。彼らの言語で素晴らしい演説が行われているのだろうが、スピットファイアには理解できなかった。ピアもそれを聞いていなかった。彼女はチャンピオンズのひとりと向かい合っていた。金で飾られたドレッドヘアの、黒い肌をした男性。真新しい白の包帯がその身体に巻かれており、胸には大きな窪みがあった。
ああ――だんだんとわかってきた。
このレースの前半で命を落とした青年。
スピットファイアはキャンプの端に立った。しばらくの間、彼女は見つめた。理由はわからない。特に目立ったことは何も起きない。ザフールが演説をしている間も、ピアと青年は話を続けた。チャンピオンズの他の者たちは夢中で聞いており、彼とピアだけが例外だった。
だがそれも終わりを迎える。ザフールが何かを言った――クルゥと聞こえ、アモンケット人たちは歓声を上げた。蘇ったばかりの青年はピアに頷き、ザフールの隣に立つために去った。
その時、ピアが彼女を見つけた。この年配の改革派は、今は大切な瞬間だと察していた。そのため注目が集まらないよう、素早くかつ静かな数歩で距離を縮めてきた。
「あなたは観光を楽しむような性格じゃないと思っていたわよ」演説を邪魔しないよう、小さな声でピアは言った。
「ずっと旅をしたいと思っていたの」スピットファイアは言った――口が滑った。本当の声で言ってしまった。彼女はすぐさま声を低くし、ピアが質問してくる前に続けた。「ふたりで何を話してたんだ?」
ピアのにやつく笑顔を見るに、スピットファイアの無愛想な外面は崩れ去ってしまったとわかった。「何? 彼が気になるの? 最近はちょっと傷んでるけど、心は優しいわよ」
「そういう意味じゃない」仮面が頬の紅潮を隠してくれているのがありがたかった。「私は……ただ……」
「アモンケットには、死者を蘇らせる儀式があるのよ」ピアは説明し、スピットファイアを連れて立ち去ろうとした。何が起こっているにせよ、それはアモンケット人だけのためのものに違いない。「あの子、クルゥはね、このレースで彼らが蘇らせた最初のひとりなんですって。クルゥはザフールのために命を捧げて、彼らはこの栄誉で報いた」
スピットファイアの胸に同情の痛みが走った。「そんなふうに多くのものを犠牲にする奴もいるってことだろう。そこまでするような奴が」
ふたりの間に、沈黙ではない沈黙があった。「私も同じね」ピアは溜息をついた。「彼がそれでよかったのか確かめたかったのよ。そして親切に話してくれたわ。母親の過保護とでも言うべきかしらね。あの子、チャンドラと大差ない歳なのよ」
このスピットファイアは何を感じているのだろう? 胸に刺さるこの棘は? 平静に。平静になれ。
「構わないさ、私らがここにいる理由を忘れない限りは」
けれど彼女の声は震えていた。
そして考えずにはいられなかった。もし自分が望むものをすべて手に入れて、彼らが負けたなら、あの青年は何のために死んだことになるのだろう?
(Tr. Mayuko Wakatsuki)
Aetherdrift 霊気走破
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