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ストーリー

Magic Story -未踏世界の物語-

隠れ家での殺戮

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隠れ家での殺戮

James Wyatt / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2015年8月19日


前回の物語:ニッサ・レヴェイン――「ゼンディカーの為に」

 海門は陥落し、セジーリとバーラ・ゲドとともに、エルドラージの足跡に壊滅させられた地に名を連ねることとなった。その街が破壊の瀬戸際にぐらつく中、プレインズウォーカーのギデオン・ジュラは助けを探しに向かった。海門から脱出した学者たちが「力線の謎」を解く手助けになるであろう者を。そうすれば、ゼンディカーの側へと勝率を傾けられると信じて。彼はラヴニカへと向かい、自分とともにゼンディカーへと戻ってくれるようジェイス・ベレレンを説得した。

 だがジェイスは、ギルドパクトの責務から離れるためにしばしの時間を要した――その時間を、海門の避難民たちは待つことはできなかった。


 彼らは殺戮の中へと踏み出した。

 その殺戮の極悪な様が心に押し付けられ、ギデオンのはらわたが捻れた。山峡を下る風が紫色をしたヴォリクの旗印をはためかせ、破壊後の地面に白亜の塵と黒い灰を巻き上げた。防衛者達が築いたあらゆる避難所を飲み込むように炎が広がり、今もそこかしこでくすぶる燃えがらは煙を上げていた。そして地面をエルドラージの荒廃が覆っていた。白色の細い糸で編まれた、複雑な網が。

 そして死体が――そこかしこに死体があった。

 幾つかは何か他の戦で死んだ者のように見えた。血まみれの胸、血の筋がついた顔、千切られた四肢、開いた腹部の傷から噴出した血糊。だが多くが――とても多くが――部分的に崩壊して消失し、頭や脚や腕があったであろう場所に塵の山を残していた。血と内臓の臭いがエルドラージの腐肉の悪臭と混じり合い、ギデオンの胃袋をよじった。

 海門への最後の攻撃の間、ヴォリク司令官はここに宿営地を設置し、エルドラージの侵攻から逃げる人々の避難所とした。ギデオンが知る限り、それは安全だった――ゼンディカーの何処かと同じほどには安全だった。そこは狭い峡谷に隠され、入り口は落下した巨大な面晶体に塞がれていた。もしも他に何もなければ、その面晶体は宿営地への接近を防ぐ役割を担い、だがヴォリクはまたその面晶体がエルドラージを退ける魔法的な能力を見て、幾らかの備蓄を置いていた。

 だが明らかに、ヴォリクの宿営地はもはや安全な避難所ではなかった。ギデオンの任務は思ったよりも時間を要した。ジェイスにはラヴニカに関わる仕事があり、ギデオンは癒し手の世話を受ける必要があった。そして彼らはレガーサへと赴いたが、チャンドラ・ナラーを誘うという努力は実りなく終わった。そして彼らが手間取っている間に、エルドラージはヴォリクと彼が率いる防衛隊を圧倒してしまったようだった。


アート:Aleksi Briclot

「ギデオン!」

 反射的に振り返ると、彼はジェイスが身を守るように屈むのを見た。近くの壁の残骸からエルドラージの落とし子の群れが、音を立てさえずりながら溢れ出て向かってきた。

 ギデオンはエルドラージとジェイスとの間に跳んだ。スーラが素早く放たれ、エルドラージを投げ飛ばしてぶつけ、その顔に広がる表情のない骨板を砕いた。そして宿営地は再び静まった。

 ギデオンは白い塵の山に半ば埋もれた、短く鈍い刃の剣を拾い上げた。「これを使え」彼はそう言って柄をジェイスへと差し出した。

 少しの間ジェイスはギデオンを見ていた、まるで彼が蛇でも手渡しているかのように。だが彼はその刃を受け取ると空中を数度素振りした。

「完全に専門外なんだけどな」 彼は言った。

「できる事をするんだ」 ギデオンは彼に告げた。

「ところで、俺に会わせたいと言っていた学者は何処に?」

 ギデオンは自身より小柄なその男を見下ろした。「それを考えるのか? 今ここで?」

 ジェイスは肩をすくめた。だが彼の瞳の中の何かがギデオンに告げていた、この精神魔道士はただ、自身の狼狽を隠したいだけなのだと。

 ギデオンは背を向けた。「移動しなくては」 そう言うと彼は周囲の地勢を見渡した。「峡谷の上だ。もし生き残った者がいるなら、そこにいる筈だ」 そう言いながらも、彼は自身の言葉の重みを感じていた。もし誰も生き残っていなかったら?

 もし自分がここにいたなら、この宿営地は陥落しなかっただろうに。

「それは確かか?」

「私を信頼してくれ」 ギデオンは言った。

 それを信じ、ジェイスは頷いて近寄り、ギデオンの先導について行くべく身構えた。

 その峡谷は宿営地の背後で狭まり、急な坂になっていた。その溝のそこかしこに小型エルドラージの群れが散らばり、白く乾いた網模様をその背後に残していた。それらは食事をしていたとギデオンは推測したが、むき出しの岩から一体何の滋養を摂取できるのか、ギデオンには想像できなかった。当初彼には目についたエルドラージを全て倒そうという意欲があった――だがジェイスを気にかけねばならず、またヴォリクの宿営の生き残りを探すために時間を無駄にはできなかった。そのため彼はエルドラージを避ける岩の小道を選んで進んだ。

 時折、仲間の群れからはぐれたエルドラージだけが彼らへと向かって来た。ギデオンは素早くそういったはぐれ者を切り裂き、長くかからないうちに岩の尾根に登ることができた。そして彼の心臓が跳ねた。

 壁が前方の峡谷を塞いでいた。木製の、小屋からちぎり取ってきたようなぐらぐらの障壁が、狭い隙間に押し込まれていた。その上から突き出た槍が、避難所の殺戮を生き延びたゼンディカー人が、少なくとも存在することを証言していた。

 だがギデオンとその生存者達の間には何百ものエルドラージがいた。それらは壁の前に群がり、長い触手と鋭い鉤爪を上に伸ばして壁を越えようとしていた。届こうとしたエルドラージを槍が死に物狂いに突いたが、生存者達が数と力に激しく劣ることは明らかだった。

 ギデオンは吼えた。「ゼンディカー!」 そして突撃した。彼のスーラが放たれて前方にうねり、今にも倒れそうな壁へと駆けながら、ひしめきあうエルドラージを切り裂いていった。

 声がひとつ、彼の吼え声に応えて障壁の背後から上がった。そしてかすれた声が合わさって続き、新たな活力とともに槍が突き出された。

「ギデオン!」誰かが叫んだ。彼は当初、その叫びを聞いて肩越しに振り返りかけた――生存者達の所へ向かおうと熱くなる中、彼はジェイスのことをすっかり忘れてしまっていた。だがジェイスはすぐ背後にいた。その叫び声は壁の向こうからのものだった。そしてそれは再び、今度は一つの集団から、先のものより大きな声が上がった。

 彼は壁まで到達し、エルドラージが攻撃を続ける中、スーラをあちこちに振り回した。


アート:Dan Scott

「それでどうするんだ?」 ジェイスが言った。

 ギデオンのスーラが大きな弧を描いて振り回され、幾らかの空間を開けた。そして彼は指を平に組み合わせてジェイスへと頷いた。「行ってくれ」

「本気か」

 ジェイスはその好機を逃した。エルドラージの再び近くに群れてきていた。左方向からうねってきたその群れはギデオンの注意を一瞬引きつけ、だがそれは長すぎた――右へ振り向いた時、彼はのたくる落とし子が一体ジェイスへと迫るのを見た。ギデオンの反応もまた遅かった。ジェイスは腕を上げて顔を覆い――そして鋭い付属脚が彼を串刺しにする瞬間、何か見えない力がその生物を押し返した。それは力強い一撃ではなかったが、スーラをそのエルドラージの首に巻き付ける時間を稼いでくれた。

 そしてジェイスはよろめき、小さな悲鳴を上げた。脚に病的な青い触手が巻き付いていた。ギデオンは最初のエルドラージを宙に持ち上げ、それを触手の一体に叩きつけた。

「大丈夫か?」 彼はジェイスへと尋ねた。

 ジェイスは頷き、その瞳が青い光にひらめいた。念動力の一撃らしきもので打たれ、また別の落とし子が慌てて離れた。

 再びギデオンはスーラを辺りに振るい、道をあけた。エルドラージの死骸が積み重なり、残る群れの前進を阻んだ。彼は再び指を組み、この時はジェイスも即座に足をそこに置いた。ギデオンが彼を持ち上げると、一つの手がジェイスの壁越えを助けた。

 壁に背中をつけ、ギデオンはうごめき群れをなす残った落とし子と顔のない徒食者に対峙した。それらの巨大な種父、ウラモグの飽くなき飢え、異質な意思の知性なき体現。この生物どもは自分達の前に立つのが何者なのかは知らない。ギデオン・ジュラ。ケフ砦の救い主、オンドゥの偉大なる狩人、カビーラの勇者。そのような事は気にもしない。それらにとって、彼はただもう一つの肉片、命を吸い尽くす対象。

 だが壁の背後にいる人々は知っていた。彼は自分達にとっての希望、この恐るべき脅威を生き延びるたった一つの好機。救助であり解放。ゼンディカー中の無数の兵士にとって、彼はそんな存在だった。今再び、彼はそうならねばならなかった。

「遅すぎなかったことを願うばかりだ」 彼は独り言を言った。


アート:Eric Deschamps

 彼はそこに足を据えて戦い、スーラを辺りに広く振り回した。その心は生存者と会話し、ジェイスを無事ジョリー・エンに会わせることに急いた。

「ギデオン!」 壁の背後でまたも一斉に声が上がった。

 その時だった。頭部に分厚い骨の板を持つ大型の落とし子が一体、彼に迫ってきた。彼はうずくまり、理想的な瞬間を待ち、そして跳ねた。彼は片足をそのエルドラージの頭部に激しく叩きつけて再び跳躍し、後方に宙返りをして壁を越えた。

 着地の際に彼の足は塵を巻き上げた。そして彼はヴォリクの宿営の生存者達に視線をやった。

 八人の疲れ果てた兵士が壁にもたれて座り、ギデオンがもたらした一時の休息を享受していたらしかった。だがさえずりと壁を引っかく音がその休息の終わりを告げ、彼らは槍を支えにしながら気を取り直し立ち上がった。

 ギデオンのスーラがエルドラージを一体、壁の頂上から打ち落とした。

「生き残りは君達だけじゃないだろうな」 彼は言った。

 兵士の一人、コーの女性が頭を峡谷の高所の端へと向けた。「ヴォリク司令官が残りを率いて行った」彼女は言った。「だけどほとんどは私達より重傷だ」

 兵士八人がまとう包帯と添え木の勢揃いが、彼らの多大な奮闘を物語っていた。ギデオンは眉をひそめた。

「どのくらいが?」 彼は尋ねた。

 その女性はかぶりを振った。「数十人」

「ここにいるべきだった」 ギデオンは小声で言った。

 一体のエルドラージが壁を乗り越えてくると、彼女は及び腰で槍を突いた。その表情はギデオンに語っていた、その言葉を聞かなかったふりをしているだけだと。

「ヴォリクには計画があったのか? 他の者を何処へ?」

「彼の最初の目的は、この峡谷の死の罠から逃げ出すことだったと思う。それから先を考えていたかどうかは、私はわからない」

 ジェイスは鼻を鳴らした。「指導者というものは――」彼は切り出した。

「違う、彼は正しい」 ギデオンは言った。「私達は皆、この峡谷から脱出しないといけない。できる限り私がこの壁を維持する」 彼のスーラがその言葉を締めくくり、更なるエルドラージが彼の足元に転がった。「行って合流してくれ。ジェイスも君達と一緒に」

 そのコーは隠しきれない安堵とともに頷いた。そしてその壁を長いこと維持できるのか、あえて尋ねない彼女にギデオンは気が付いた。彼の名声は広く知られていた。

「ジェイス」 彼は言った。「他と合流したなら、ジョリー・エンという名のマーフォークを探してくれ。そして彼女に、謎を解くために私が君を連れてきたと言ってくれ。そうすれば知っていることを全て教えてくれるだろう」

「その人がまだ生きていればね」 ジェイスが言った。

 恐怖がギデオンの胃袋を緊張させた。彼はその疑いを言葉にしたくはなかった。彼は下の宿営地の死者の中にジョリー・エンの姿を見なかったが、そこには何の意味もなかった。彼女は塵と化して風に持ち去られたかもしれない。そもそも海門を脱出できなかったのかもしれない。もしかしたら自分はジェイスをわざわざこの地に、無益に連れてきたのかもしれない。

 その疑念はギデオン自身の長引いた不在を何よりも許し難いものにした。彼は苛立った。「行け!」 彼が叫ぶと、兵士達は全速力で片足をひきずりながら壁から遠ざかっていった。


アート:Tyler Jacobsen

 ジェイスについては心配せず、ギデオンはエルドラージに全ての注意を払った。今や兵士達は去り、エルドラージはギデオンに倒されるよりも速く、壁を越えて群がった。彼はすぐさま殺戮の律動へと没頭した。その舞踏は彼の筋肉が持つ第二の天性だった。スーラが鋭く音を立て、空を切り、ギデオンがその魔法を通すと四本の鞭状の刃全体に黄金の光がきらめいた。彼の小盾は自在に攻撃を跳ね返し、時に武器そのものとなって骨板に叩きつけられ肢を砕いた。そしてエルドラージが触れた箇所からはエネルギーの波が皮膚に走り、負傷から彼を守った。

 防御を維持するのは実際、思ったよりも困難な役割だった。人間の敵ならば、あらゆる突き押しを容易に予測でき、うなりを上げる彼のスーラと小盾をやり過ごした攻撃は全て、魔法に強化された皮膚にはね返る。人間の敵ならば、彼は事実上難攻不落だった。

 だがエルドラージに対しては、彼はしばしば傷を負った。ここ数日のように疲労している時は特にそうだった。それらの動きは予測し難かった。それらの肢は二股に分かれ、もしくは触手の塊としてうねっていた。彼はしばしば必要以上に自分の身体で攻撃を防がざるを得なくなり、それによってエネルギーを消耗し、もしくは判断を誤って攻撃を受けた。先週、それはとても頻繁に起こっていた。

 それを認めるのは許し難かったが、前夜ジェイスが自分をあの癒し手の所に連れて行かなかったら、何にせよこの宿営地の守りをここまでは助けられなかっただろう。死んでいたかもしれない。

 彼は肩越しに振り返り、エルドラージの死骸が周囲に積み重なるのを見た。ジェイスとゼンディカー人達は視界から消えていた。そして彼の目の前で、エルドラージの進軍は遅くなり始めているように見えた。

 それはつまり、エルドラージ達が彼の背後にいるゼンディカー人の美味しい肉を味わう近道を見つけたことを意味するかもしれない。ギデオンは後退しつつ峡谷を上り始め、追いかけてくるエルドラージをスーラで捕えては切り裂いた。また時折、彼は峡谷の壁面に登って眼下のエルドラージへと砂利の雨や幾つかの巨大な岩塊を落とした。

 そして巨大なエルドラージが一体、彼の背後に身体を揺らしながら立ち上がった――ウラモグではない、だがあの超大な巨人にどこか酷似していた。脚はなく、ただ触手の塊があり、破壊された地面から腕を使って抜け出し、その巨大な鉤爪の手が叩きつけられる毎に地面は震えた。骨板がその腕の裏から伸びて肩までを覆い、頭部もまた一枚の骨板に覆われていた。もつれた触手の塊が一つ、その頭部のすぐ背後から空へと伸ばされた。


アート:Slawomir Maniak

 一本の巨大な鉤爪が地面に当たり、滑り進む落とし子を潰して紫色の粘液を弾けさせた。そのエルドラージも、周囲の落とし子も全く気に留めなかった。

 ギデオンは足を踏ん張って深呼吸をし、覚悟を決めた。だが疑問だった――恐怖も死も失うものもない敵との戦争にどう勝てばいい? それらは疲れることもなく、実質あらゆるものを食らう――それらの前進を止めるものはあるのだろうか? 今日だけでも、この峡谷でどれほどを殺したのだろう? そして相手はそれでも現れ続けている。

 今やそのエルドラージは上半身をもたげてギデオンへと迫っていた。体格は二倍以上、その胸からは第二の頭部と上半身とも言えるようなものが突き出しており、巨大な身体の中でそれ自身の意思を持つように独立して悶えていた。まるで離れたがっているかのようだった。

 それは巨大な体格差を見せつけて脅そうとしているのだろうか? それとも狼が身体を大きく見せるために毛皮を逆立てるように、動物的な威嚇の誇示に近いものなのだろうか? この骨板の頭の背後に、何らかの計算された意図はあるのだろうか?

 それは問題ではなかった。巨大な鉤爪が一つ、ギデオンに向かって振り下ろされた。ごく僅かな腕の動きだけで彼はその生物の頭にスーラを巻きつけ、そのエルドラージをよろめかせようと引いた。

 駄目だった。その動きは人間を、巨人ですらよろめかせる筈だった。だがそのエルドラージの触手は僅かに地面の上で動いただけで、それは地面にしっかりと立ち続けていた。躊躇することなく、エルドラージは別の鉤爪で掴みかかった。ギデオンはそれを小盾で脇へと弾き、スーラを振り上げた。それはエルドラージの首筋を切り裂き巻き付いた。

 首?頭? その言葉をエルドラージに適用していいものかどうか、彼は定かでなかった。それは頭の開口部から空気を吸うのだろうか、そして首を下って胸の中の肺まで降りていくのだろうか? その身体の頂上を覆う骨板の背後には脳があるのだろうか? そもそも脳や肺、心臓、生きて活動する何らかの臓器があるのだろうか? これまで倒してきた全てのエルドラージ、彼はそのどれも切り裂いて内部構造を確認したことはなかった。そしてその多くが、致命的と思しき傷を与えた後にも戦い続けるのを彼は見てきた。

 そしてこの一体もまた、ギデオンのスーラが首に巻き付けられたことを意に介していないように思えた。この生物を支える触手の塊が前にうねり迫って彼を飲み込み、巻き付いて握り潰そうとした。ギデオンの身体全体に黄金の光が揺らめいて波打ち、負傷から守った。だがその盾を維持しているだけでは、やがてエルドラージに息を搾り取られるか体力が尽きてしまうだろう。

 蹴りを入れ、身体をよじり、彼はその生物の掌握を何とか緩めるとスーラを引き、エルドラージの頭部を引き寄せた。そして勢いをつけ、彼は左手を振り上げてそのエルドラージの胸部から伸びる小さな第二の頭を殴りつけた。

 それは良い突きだった。触手の掌握が緩まった。ギデオンはスーラを引いてエルドラージの首から放し、するとその生物は後ろによろめいて彼を地面に落とした。輝く刃が更に二度素早く閃き、小さな頭を、続いて大きな頭を切断した。そのエルドラージは地面へと倒れ、死んだ。


アート:Jason Felix

 その勝利に浸る余裕はなかった。彼が大型のエルドラージと戦っている間に、少なくとも十体ほどの落とし子が小走りに通り過ぎ、他の生存者達との合流を目指すジェイスとゼンディカー人兵士達を追っていた。そして時間が過ぎるごとに更に多くが、そのエルドラージの屍を越えて群れていった。手が届く限りの這い悶える落とし子をスーラで片付けながら、彼は峡谷を登っていった。

 坂を上るごとに、峡谷の岩壁が迫ってきた。やがて彼の身体が何十もの落とし子の粘液と血にまみれた頃、むき出しの岩にかろうじて通れるだけの隙間が開いている狭い行き止まりに達した。ギデオンは自然の石段を数歩跳び、狭い裂け目の前で立ち止まると背後の峡谷に今もうねる落とし子の群れを見渡した。

 彼は数歩の助走をつけて裂け目を越えた。峡谷が再び広がってきた付近で彼は立ち止まると振り返り、スーラを一度、二度振るって岩壁を叩き壊した。両の壁から瓦礫がなだれ、エルドラージへと降り注いだ。彼は更に壁を叩き、鞭のようなその刃が鉱夫のつるはしのように岩にひびを入れた。更に大きな石が壁からはぎ取られ、落とし子を潰してその背後の前進を阻んだ。注意深くもう数発を入れ、彼は一つの防壁を築いた。

 もちろん、それは持ちこたえないだろう――ゼンディカー人が退却の際に立てたあの壁には比べるべくもない。彼はエルドラージが急ぎ足で岩をこする音を聞き、それらが登りはじめると岩が揺れた。だが運が良ければ、その壁は十分な時間を稼いでくれるだろう。

 彼は走り出し、石から石へと跳ねながら峡谷の頂上に迫った。そしてついに、命令を叫ぶ女性の声が聞こえ、一瞬してゼンディカー人の生存者達が視界に入ってきた。

「少なすぎる」 彼は独り呟いた。数十人、あの兵士はそう言っていた――もし見えているのが全員だとしたら、少なすぎた。彼らは峡谷の頂上から高い尾根を進んでいた。多くの者が松葉杖をつき、片足を引きずった多くの兵士達が間に合わせの担架を運んでいた。そして生きている者はほぼ全員、身体に包帯を巻いていた。

 灰色と茶色、簡素な布地と泥にまみれたゼンディカー人の衣服の中にジェイスの青い外套が際立っていた。その精神魔道士は武装した人間の女性の隣に立っていた。ギデオンは彼らに合流すべく急いだ。

「やったのか」 ジェイスは言った。その声にはどこか感嘆がこもっていただろうか?

 その女性は振り返って対面し、彼を認識して眉を上げた。「ギデオンさん、ですよね」 彼女は言った。

「彼女を見つけたか?」 彼はジェイスに尋ねた。「ジョリー・エンを」

 ジェイスはかぶりを振った。「全員に聞いたんだけど」

「彼女は......まさか彼女は――」

「その人は宿営地に来ていない。マーフォークの一人が言っていた、その人は海門を脱出しなかったと」

 ギデオンの胸が締め付けられた。「彼女はそこで死んだのか?」 彼は戦いの最中に彼女を置いてきたのだ。ジェイスを探しに向かうべく、彼女を見捨てて自力で宿営地へと向かわせた。もし彼女が死んでしまったのなら、それは自分の過ちだった。

「かもしれない」 ジェイスは言った。「だけどたぶん違う。俺が話した男は、小さな一団が進退窮まって脱出の時にはぐれてしまったと言ってた。ジョリー・エンはその中にいて、その一団も隠れ場所を見つけているだろうって」

「ならば、彼らはまだ生きているかもしれない。まだ海門にいるのかもしれない」 次にやるべき事を考え、ギデオンは肩を落とした。

 ジェイスの隣の女性が咳払いをした。「私はタズリと言います」 彼女は言った。

 彼女は褐色の肌をした女性で、精巧な板金鎧をまとい、肩の周囲には小さな翼を飾り、天使の環のように輝く金属の環を首周りにつけていた。縁飾りのついた重い鎚がベルトから下げられていた。

「すみません」 ギデオンは言った。彼が手を差し出すと、スーラの刃の先が地面に跡をつけた。

 彼女はその手を慎重にとり、彼の武器に目をやった。「ここに居てくれることを嬉しく思います」

「ヴォリク司令官はどちらに?」 ギデオンは尋ねた。

「ここに」 タズリの背後からかすれた声がした。

 タズリが振り返り、ギデオンはヴォリクの姿を見た。彼は深い褐色の肌をした逞しい体格の男で、灰色の巻き毛を短く切っていた。むき出しの胸は包帯に覆われ、幾らかの血が脇腹からしみ出していた。彼は杖にもたれかかりながら歩いてきた。

「やあ、ギデオン」 彼はかすれた囁き声で言った。

「司令官」 声色に心配を込めないよう、ギデオンは言った。ヴォリクは誇り高い男であり、労わられることは好まないと彼はよく知っていた。「時間はありません。エルドラージの前進を押し留めはしましたが、完全に止めることはできませんでした」

「ギデオン・ジュラ、ケフ砦の救い主」 ヴォリクは言った。その声には驚嘆があった。「我々は今あなたを、ヴォリクの峡谷の防衛者と呼ぶべきかもしれないな」

 ギデオンはうつむいて視線を落とした。「もっと早く到着できていれば」

「ええ」 ヴォリクは淡々と言った。「あなたがいてくれたなら」

「司令官、計画はありますか?」

 ヴォリクは深い溜息をついた。「逃げ続ける以外に何ができよう? この峡谷を3マイルほど下った所で岩が大きく張り出していて、その前には面晶体が落ちている。野営地としては他と同じくらいに良い場所だろう」

 ギデオンは顔をしかめた。「守りの固い入口は良いですが、出口はないのですか?」

「もしそこを守れなければ、何にせよおしまいだ。奴らから逃げ出す術はない、例え今回、ヴォリクの峡谷の偉大なる守護者が共にいたとしても」

 ギデオンは尾根を見渡し、顎をこすった。彼らはタジームを守るように囲む山々の環、その頂上に立っていた。だがこの場所ではその環は島の反対側よりも低くなって海門へと迫っていた。右方向では土地はゆるやかにハリマーへと下っていた。タジームの多くの川が流れ込む広大な内海、そして巨大なダムに海門の街が築かれていた。左方向では、もっと鋭い坂が海へと続いていた。土地の曲線と巨森のもつれた木々が視界から海門を遮っていた。

 近くの空中に面晶体が数個、じっと動かずに浮いていた。タジーム上空の面晶体原から下の海へと半ば落ちかけたものが。ギデオンは視線を面晶体原へと持ち上げた。低い位置の面晶体からは縄が数本ぶら下がり、空に浮かぶ幾つかと繋がっていた。

「別の考えがあります」 彼は言った。

 ヴォリクは眉をひそめて彼を見た。「もっと良い場所をご存じなのですか?」

「そう思います。あれを」 彼は最も近い面晶体を指さした。「あれは我々のための階段も同然です」


アート:Winona Nelson

「正気ですか?」 タズリは言った。「ここにいる二十人は歩くのもやっとだというのに、縄を登って面晶体に上がると?」

「そうです。負傷者の多くにとっては、歩くよりも容易いはずです。そして十分な鉤と縄があれば、他の者が登るのを手助けできます」 彼はヴォリクへと向き直った。「司令官、ここの地面には圧倒的な数のエルドラージがいます。同程度の防御が確保できる場所は他にないと私は考えます」

「良いだろう」 ヴォリクは言った。「先導してくれ」

 タズリは唖然として司令官へと口を開けた。「司令官?」

「タズリ。ギデオンの言う通りだ」 ヴォリクは言った。「皆が準備できるように手伝え」

 タズリは不安を隠せなかったが、ギデオンと彼女は共に素早く動いた。まず彼らは生存者の中でも、縄の技に長けるコーを説得した。数人のコーが負傷者を高く持ち上げるための器具と支え輪を組む間、他の者達は道を偵察して登りやすい場所へと縄を固定した。更に、海門と破壊された隠れ家からかろうじて持ち出した不十分な糧食を配分し、運べる力のある者へは重い荷物が託された。わずか数時間で、彼らは登攀の準備を完了した。

 コーの斥候達が道を先導し、ギデオンは彼らのすぐ後ろについた。彼のスーラはコーの縄ほど長くはなかったが、彼はコー達が縄を用いるようにそれを用いた。彼はコーのしなやかな身動きには欠けていたが、それを力と敏捷性で補った。とはいえジェイスの方は登攀に長けているわけでも、何らかの運動が得意というわけでもなかった。彼はギデオンのすぐ後を追いながら、傷を負って自身では動けない者達を運ぶコーを細々と手助けしていた。

 面晶体のほとんどは宙で斜めに傾き、比較的滑らかで水平な表面を移動することができた。這って進むのはとても容易かった――負傷者達にとっては歩くよりも楽だろうとギデオンが言ったのはそのためだった。面晶体間の縄を渡るのは、平衡感覚と勇気への更なる挑戦だった。だが彼らは不屈の人々であり、その人生はゼンディカーのあらゆる危険とともにあった。彼らは不平も、踏み外しも、更なる負傷もなく上った。

 エメリアの裾近くの巨大な面晶体が丁度良く、平坦で広い表面を提供してくれていた。少なくとも短い間は、新たな宿営を設置できそうだった。それは同時にタジームの壮観な眺めを提供してくれた。その流れる川、もつれた森、澄んだ湖。ハリマーが夕の陽光に輝き、そして海門は――


アート:Slawomir Maniak

 ギデオンは長く、目をこらして海門を見つめていた。この距離からでも、彼はエルドラージの荒廃が都市に広がっているのを見ることができた。建物は塵と崩れ、もしくは精巧な白亜の網目構造に変わっていた。ハリマーの水を湛える巨大なダムには未だ荒廃の兆候はなかった。だがそれもいつまで持ちこたえるのだろう? その灯台はいつまで立っていられるのだろう?

「今度はどうしたんだ?」 ジェイスが尋ね、彼を物思いから浮かび上がらせた。

「ジョリー・エンはまだあそこにいる筈だ」 彼はそう言い、頷いて街を示した。「行って、彼女を見つけてくる」 もし自分が彼女を見つけられなければ、全ては無に帰す。彼はジェイスを探すために海門を見捨てた。それはジェイスにジョリーの手助けをさせ、神秘の謎を解くためだった。そしてジェイスと時間を浪費したことにより、エルドラージがヴォリクの宿営地を襲った時に自分はそこにいることができなかった。そして皆は死んだ。もし自分が彼女を見つけられなければ、彼らは無駄死にだ。

「ありえない」 ジェイスは穏やかに言った。「知る限り、彼女はたぶん死んだ。別の手がかりを見つけるべきだ」

「貴方はそうしてくれ」 ギデオンは言った。「ジョリーの記録はここには無いが、君は彼女が言っていたことが解るかもしれない。力線と面晶体だ。ここには沢山の面晶体がある――貴方が学べるものが。そして私がジョリー・エンを見つけ、ここに連れてくる」

「それは無駄足だ」 ジェイスは言った。そう言われるだろうとギデオンもわかっていた。

「それは問題じゃない。私は彼女を見つけてみせる。私がやらなければ、これまでのことは何だったのだ? そもそも初めから、ここにいて宿営地を守れた筈だったのに、私が貴方を連れてきたのは何のためだ? もし貴方とジョリー・エンが謎を解かなければ、全てが無に帰す」

「エルドラージだらけの街で彼女を探そうとしてあなたが死んだなら、全てが無に帰す」

「ジェイス」ギデオンは片手をその精神魔道士の肩に置いた。「今日私達がやり遂げたことを見ろ。もっと大きな行いが私達両方の前に横たわっている。私を信じろ」

 ジェイスは彼の手の下で悶え、一歩後ずさって離れ、視線を合わせた。彼は口を開きかけて止まった。

「私を信頼してくれ」 ギデオンはもう一度言った。

「そうする」 ジェイスは言った。その声にはわずかな疑問があった。「まだ、馬鹿げたことだとは思ってるけれど、信じるよ」

「感謝する。できる限り早く戻る」

「きっと、やってくれるって信じてるよ」 ジェイスは言った。「幸運を」

「貴方も」 彼は背を向け、宿営を大きく周って面晶体の表面の端まで歩くと下へ繋がる縄に手を伸ばした。幸運、技術、魔法の力、訓練の成果――間違いなく、その全てが必要となるだろう。

「やらねばならない」 彼は縄を掴み、自分自身へと言い聞かせた。「彼らの死を無駄にしてたまるものか」

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