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企画記事
多元宇宙ヒストリア 第1回:ニコル・ボーラス(上)
多元宇宙ヒストリア 第1回:ニコル・ボーラス(上)
by Mayuko Wakatsuki
こんにちは。再び背景ストーリーについての短期集中連載を再び書かせて頂くことになりました、若月です。前回はゲートウォッチを探りましたが(第1回、第2回、第3回、第4回)、今回のテーマは「知られざる歴史を辿る」です。『イクサラン』の物語が始まるまで、しばしお付き合い頂けましたら幸いです。
さて、『破滅の刻』はニコル・ボーラスの圧倒的な勝利で幕を閉じました。ですがそれはきっと始まりに過ぎません。長きに渡る暗躍を経て、遂に表舞台へと大々的に姿を現した「多元宇宙の巨悪」。第1回と第2回はそのニコル・ボーラスを探ります。一体彼はどのような存在であり、どれほど強大であり、これまでに何を成してきたのでしょうか?
1.ニコル・ボーラスとは
遥かな昔から、巨悪としてその名を轟かせるニコル・ボーラス。その年齢は約2万5千歳とも言われます。伝説として語られる「古龍戦争」を唯一生き残ったエルダー・ドラゴンであり、最古にして最強、最悪のプレインズウォーカーです。それどころか知られている限り、多元宇宙最古の存在と言っていいでしょう。精神操作と破壊的な魔法を得意とし、深い知性が織りなす策略を用いて戦います。一方でエルダー・ドラゴンとしての身体能力や灼熱の炎を用いることもやぶさかではありません。その意を叶える無数の配下を無数の次元に従え、敵は容赦なく排除し、そして有用な下僕を新たに手に入れようと常に目論んでいます。
多元宇宙の歴史が記されはじめる以前から、ボーラスは複数の次元を支配し、無数の秘密や宝物を収集してきました。同時に敵や、敵となりうる多くの強大な存在を排除してきました。例えばタルキール次元の精霊龍、ウギンはそのようにしてボーラスに倒された一体です。
ボーラスは何故それほどの力を持っていたのか。プレインズウォーカー、中でも「旧世代」とも呼称される昔のプレインズウォーカーは、現在のそれとはとても異なる存在です。無限に等しい魔力と不老不死の肉体を持ち、世界を意のままに創造し、同じく破壊することも可能でした。まさしく神に等しい、それどころか一つの世界の神など遥かに凌駕する存在でした。そのためか彼らの善悪の判断や価値観は、限られた世界に生き、限られた寿命を持つ者達の理解をしばしば超越することになります。あのプレインズウォーカー・ウルザと比較的親しい仲であった大魔道士バリンですら、「彼らの正気の判断は難しい」と表現していました。
ボーラスも例外ではありません。彼は些細な定命などには計り知れない力をもって、更なる力と支配を求め続けていました。時には荒々しく、時には巧妙かつ丁寧に。全知全能、不老不死に等しい存在であった彼にとって、無限に広がる多元宇宙はいずれ自分のものとなる時を待つだけの存在でした......ある時世界の構造が大きく変化し、彼もその影響を受けて力の大半を失うまでは。そしてこの「変化」が、現在のボーラスを駆り立てる大きな要因となっています。
2.『レジェンド』の物語
ニコル・ボーラスが最初に登場したのは古のセット『レジェンド』。多くの伝説クリーチャーに様々な物語がありますが、ニコル・ボーラスはその能力にふさわしい「強大な黒幕」でした。
ドミナリア次元。氷河期は過ぎ去って久しく、ファイレクシアの侵略の足音もまだ遠い時代のこと。ボーラスが支配する領域の一つがその世界にありました。熱帯のジャムーラ大陸近隣の諸島に興ったマダラ帝国です。豊かで多様な自然――すなわちマナに満ちているだけでなく、ドミナリアの他地域には見られない独自種族も生息しています。ボーラス自身の存在に比較すれば小さな世界のこれまた小さな国、ですが彼は自身が必要とする青・黒・赤のマナに満ちたその地に目をつけ、周到に我がものとしました。そして貴重な宝物のように愛でながら、謎めいた「皇帝」として影から支配するとともに周辺地域にもその侵略の手を広げてきました。
ボーラスはマダラ帝国に幾つかの重要な地位を定め、日常的な統治を彼らに任せていました。そのうちの二人がラムセス・オーバーダークとテツオ・ウメザワです。
ラムセスは野心溢れる狡猾な「暗殺者」、テツオは忠義に厚く高潔な「闘士」。ラムセスはしばしば皇帝に謁見し、捧げ物をし、意に従いながらその命令を利用して自身の権力を拡大してきました。ボーラス自身も、ラムセスのその野心を咎めるのではなく称賛してきました。
テツオは、本人や周囲が把握しているかどうかは不明ですが、その昔に遥か遠く神河次元にて勃発した「神の乱」の平定に大きな力となり、その後ドミナリアへと流された梅澤俊郎の子孫にあたります。彼はボーラスと色を同じくしながらも、私利私欲や支配欲を厳しく律する栄誉の掟のもとで生きてきました。二人は長いこと対立しながらも、表立って刃を交えるには至っていませんでした。
ですが多くの戦いを経てテツオは皇帝の残忍さと支配への渇望に嫌気を覚え、そして仲間の死によって反逆を決意します。彼は皇帝の腹心となったラムセスを追い詰めるとともに、皇帝自身に対しても念入りな策を練ります。まず仲間の仇でもあったラムセスの部下を殺害し、本拠地たる砦を破壊し、軍勢を退散させた後に一対一の決闘にて対峙しました。テツオは激しい戦いの末にラムセスを討ち、そしてボーラスへと向き直りました。
プレインズウォーカーである皇帝の力は圧倒的、ですがテツオには策がありました。ボーラスがマダラ帝国を手に入れたのはその豊富なマナのため。当時のボーラスはその存在そのものがあまりに強大すぎるがゆえに、物理的な世界でその身を維持するためには常に一定量のマナを必要としていたのでした。それを知っていたテツオは直接対決するのではなく、凄まじい儀式魔法にて帝国の広範囲を破壊し、マナの供給源を断つことでボーラスを滅ぼしました。マダラ帝国はその後混乱へと突入したと思われますが、詳しいことはわかっていません。
3.『時のらせん』と大修復の物語
それから数百年の間、ボーラスは多元宇宙の歴史から姿を消します。ですが彼は完全に滅んだわけではありませんでした。残留思念のような形で残っていたその精神がある時、現実世界へ帰還する手がかりがやって来たのを捉えます。
当時のドミナリアは疲弊しきっていました。ウルザとミシュラの兄弟戦争とそれを終わらせた大破壊、プレインズウォーカー・フレイアリーズの世界呪文、トレイリアでの時間遡行実験の失敗、ファイレクシアの侵略、邪神カローナの顕現......太古の昔から繰り返された大災害によって、ドミナリアの次元構造そのものに「時の裂け目」が形成され、時間と空間を侵食するとともにマナが失われていました。そしてその影響はドミナリア内だけに留まらず、まるでひび割れたガラスのように多元宇宙そのものが崩壊の危機に瀕していたのです。
それを察し、時の裂け目を「塞ぐ」手段を探す旅に出たのがプレインズウォーカー・テフェリーとその古くからの友人ジョイラでした。彼と仲間達はその道中、マダラの海岸へと流れ付きます。それを察したボーラスの残留思念はテフェリーではなく、同行者の二人に注目しました。
ケルドの血を引くハーフエルフのラーダと、アーボーグで生まれ育った人間の工匠ヴェンセール。この二人に対しては複数のプレインズウォーカーが未知の力を、何か引っかかるものを感じていました。それは、言うなれば新種のプレインズウォーカーとしての力の萌芽でした。ボーラスはそれをある種の錨のように用いて、肉体をもって現実世界へと帰還することに成功しました。
しばしのやり取りの後、テフェリー達は世界の「修復」を続けるべく再び旅立ちました。ボーラスは一旦ドミナリアを離れ、遥か神河次元へと旧敵を追います。あのテツオ・ウメザワの先祖をこの世界へともたらした存在、かの次元にて夜と闇を統べる高位の精霊。やがて彼女は命からがらドミナリアまで追われ、そしてボーラスと同じく帰還していたもう一人の、太古からの邪悪なプレインズウォーカーへと取引とともに助けを求めました......「夜歩みし者」レシュラックに。
その間に、テフェリー達は時の裂け目を塞ぐ方法を見つけていました。それはプレインズウォーカーの灯を、あるいは命までをもその裂け目に捧げること。テフェリーは仲間に後を託し、最初にそれを実行しました。ですが彼は生きながらえ、とはいえプレインズウォーカーとしての能力を全て失い、また多くの魔力をも失ってただの人間となりました。その行動を、勇気を、覚悟を目の当たりにして他のプレインズウォーカーも彼に続きます。スカイシュラウドの守護女神フレイアリーズ、アーボーグの守護神ウィンドグレイス。守るべきものを守る手段は「時の裂け目を塞ぐ」以外にない、それを知って彼らもまた半ば諦めとともに覚悟を決め、時の裂け目へと身を捧げて長い生涯を閉じたのでした。
ですが失われるものだけでなく、新たに生まれるものもありました。テフェリーが見出した青年ヴェンセール。彼は旅の間に「瞬間移動」の力に目覚めます。彼のそれはプレインズウォーカーの次元渡りと原理的には同じもの、けれど不老不死の身体も無限の魔力も持たず、ただ空間を超えて移動する力......それは世界を傷つけることのない「新世代」と言うべきプレインズウォーカーの誕生でした。
やがて再びマダラの海岸にプレインズウォーカー達が集い、レシュラックがボーラスへと決闘を申し込みました。彼らは直ちにドミナリアを飛び出し、多元宇宙の様々な次元を飛び回りながら壮絶な戦いを繰り広げます。レシュラックの容赦ない攻撃にボーラスは深い傷を負い、逃走し......ですがそれは見せかけでした。真の力をもって彼はレシュラックを打ち負かし、時の裂け目の一つへと放り込んで始末しました。
そしてボーラスは再びテフェリー達と対面します。世界の修復が成功するにせよ失敗するにせよ、変わらずにいられるものは何もない......それはボーラスもわかっていました。新たな世代を担うであろうプレインズウォーカー達に別れの言葉を告げ、彼は再びドミナリアを離れたのでした。今回は、二度と戻らないであろうことを薄々感じながら。
ボーラスは逃走しました。「大修復」の波が届かないであろう、多元宇宙のどこか彼方へ......ですが無常にも、それは全知全能かつ最強最悪のニコル・ボーラスをも捕えました。世界構造の変化はプレインズウォーカーの不老不死を奪い、それだけでなく永劫の時をかけて積み重ねてきた力と知識が僅か数十年の間にすり減り、零れ落ちていくのを感じました。初めて、年齢による身体の衰えを感じました。
そして、もはや神とは呼べない存在となったボーラスは、新たな行動を開始します......。
(第2回へ続く)
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