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プレイヤーズコンベンション横浜2024

観戦記事

決勝:井川 良彦(東京) vs. 中島 篤史(神奈川) ~マジック:ザ・ギャザリングからの挑戦状~

Hiroshi Okubo


 2011年の「プロツアー・フィラデルフィア2011」で正式採用されて以来、モダンというフォーマットは(禁止・禁止解除カードによる環境への介入もあるが)常に多様性というヴェールに包まれ、フォーマット成立から13年の月日が経った今日に至ってもなお環境の全容が解明されることはなかった。

 莫大かつパワーバランスが調整されたカードプールを擁するモダン環境では、デッキの強さもある程度平均化されており、一強のような環境が生まれにくい。そのような環境の中で勝敗を分けるのは、デッキ同士の相性差とデッキ自体を駆る練度の高さ。ローテーションも存在せず、デッキの"やりこみ"が如実に対戦結果に反映されるこのフォーマットはファンも多く、シーズンを問わずモダンをプレイし続ける者も少なくない。

 逆に、競技プレイヤーたちにとってはモダンのような多様性のある環境ほど攻略しにくいとする向きもある。たとえばスタンダードのようにカードプールが狭く、ある程度特定の色やデッキが覇権を取りやすいフォーマットでは、トップメタのデッキを使うか攻略するかという大きく分けて二択の方策をもって環境に挑むことができる。

 すなわち、混迷を極めるモダン・フォーマットの攻略は競技プレイヤーに課せられたいわば巨大な謎解きのようなものだ。

 そんなモダンで争われたこのチャンピオンズカップファイナル シーズン2 サイクル2の決勝のテーブルに相並んだ2つのデッキ「リビングエンド」と「カスケード・クラッシュ」は、その解答に最も近いものだったと言えよう。

 鍵を握るのは「続唱」だ。この能力を持った呪文が唱えられたときに誘発し、ライブラリートップからカードを追放していき、よりマナ・コストが小さい呪文のコストが追放されたとき、その呪文のコストを踏み倒して唱えることができるというキーワード能力。これらの2つのデッキは、それぞれ異なるアプローチではあるが、この「続唱」を用いるコンボデッキである。

 テンポアドバンテージとカードアドバンテージの両方に優れた「続唱」持ちの呪文群は、初出である『アラーラの断片』当時のスタンダード環境でも猛威を振るったが、モダンのカードプールでこの「続唱」を持ったカードが使われるとき、単なるアドバンテージカードとして用いられることはめったにない。マナ・コストを持たない「待機」を持った呪文とセットで用いることで「待機」呪文ならではの理不尽な能力でゲームを蹂躙するのだ。

 「続唱」で必ず「待機」呪文にたどり着くためにデッキ内に採用するカードのマナ・コストを調整しているという、いわばデッキそのものが一つのコンボパーツという構造を採っている都合上、逆にゲーム中にコンボパーツを集めるような手間は必要なく、ただ「続唱」を持った呪文を唱えるだけで必然的に「待機」呪文へとたどり着く。

 モダン・フォーマットはしばしば理不尽の押し付け合いと呼ばれるが、「続唱」系デッキはまさしく理不尽の極みのようなデッキだ。であるとすれば、プレイヤーが難解極まるモダンを解き明かそうとしたとき──特にチャンピオンズカップファイナルの決勝戦へと駒を進めてきたプレイヤーたちが、75枚に殺意を込めたかのような「続唱」系デッキを選択していたことも、ただの偶然と断じることはできまい。

 ならば、次に生まれる疑問は「より強い『続唱』デッキは『リビングエンド』と『カスケード・クラッシュ』のどちらなのか」だ。この日、そんな謎解きに挑むのは井川 良彦(東京)中島 篤史(神奈川)の2人である。


井川 良彦(東京)
 

 井川 良彦については知る者も多いだろう。元MPL所属プレイヤーであり、長年関東で競技マジックに身を投じてきたベテランプロプレイヤーの一人だ。どんなプレイヤーでもフィーチャーマッチテーブルに座れば少しは緊張するものだが、井川はむしろ慣れた様子で「今日フィーチャー呼ばれても一度も放送写ってないんだよ」と語っていた。

 その使用デッキは「リビングエンド」。サイクリングを持ったクリーチャーたちを大量に墓地に落とし、「待機」呪文である《死せる生》を「続唱」して大量リアニメイトを行うコンボデッキである。サイクリングによって手札を循環させることができるため、より「続唱」呪文にたどり着きやすく、そして豪快な盤面を築くことができる派手なデッキである。もちろん墓地を利用する都合上墓地対策などの弱点もあるのだが、『モダンホライゾン』並びに『モダンホライゾン2』で《悲嘆》や《否定の力》といったピッチスペルを手に入れたことで対戦相手の妨害を阻む術を手に入れた。


中島 篤史(神奈川)
 

 対する中島 篤史は、井川と対照的にマジック歴は(比較的)浅いが、過去にはプロツアーへの複数回の参加経験があり、「グランプリ・静岡2018」での優勝経験もある。今大会でも見事決勝の舞台まで勝ち上がっているなど、その実力は折り紙付きだ。

 使用デッキである「カスケード・クラッシュ」は「続唱」によって《衝撃の足音》を唱え、4/4のサイトークン2体を並べるデッキだ。たった1枚の3マナの「続唱」呪文を唱えるだけで8点クロックを用意できるというのはマジックの理を外れていると言えよう。通ってしまえばゲームセットといえるだけの盤面を築ける《死せる生》と比べてしまうと派手さでは劣るが、反面で「カスケード・クラッシュ」は「リビングエンド」のようにコンボのための下準備をする必要がないため、デッキに妨害カードをより多く採用できるという柔軟さが強みだ。

 井川も中島も準決勝では際どいシーソーゲームを何とか物にして、疲労していたとしてもおかしくないが、最後の一戦を目前に、否、最後だからこそ互いの緊張をほぐすかのように談笑を交わす。

井川「まぁ世界選手権の権利は獲りましたから(チャンピオンズカップファイナルのファイナリスト2名は世界選手権出場の権利が与えられる)。ここからはボーナスゲームみたいなもん、気楽にやっていきましょう」

 プロプレイヤーとして競技マジックの第一線を走り続けてきた井川だが、実は過去に大型トーナメントでの優勝経験はない。勝負の世界において、複数回に渡って二番手に甘んじる者に対する不名誉な称号「シルバーコレクター」。そう呼べるであろうプレイヤーはマジック界にも何人かいるが、井川もその一人であることに違いない。

 井川はボーナスゲームという言葉を強調するように、苦笑を浮かべながら「僕、トロフィー持ったことないんで」と言葉を継いだ。プレイヤーとしての実績に優勝の二文字を追加したい気持ちは誰よりも強いだろう。しかし、優勝を目前にしながら膝を地に屈した経験も人一倍ある井川だからこそ、過度に気負わず平常心で勝負に臨むことの重要性も理解している。

 逆に中島にとっては大型トーナメントで栄冠を懸けて戦うのはこれが二度目だ。並のプレイヤーであれば一度だってたどり着くことのできない、トーナメントの頂にある決勝テーブルで、中島は己の戦績に2つ目の優勝の文字を刻むことができるのか?

 栄光と挫折の分水嶺、最強の座を懸けた最後の戦いで、井川と中島の2つの「続唱」デッキが答え合わせの時を待っていた。


井川 良彦(東京) vs. 中島 篤史(神奈川)
 

ゲーム1

 先攻の中島は《樹木茂る山麓》から《繁殖池》を探して《衝撃の足音》を「待機」する滑り出し。「リビングエンド」の《死せる生》が実際に「待機」して唱えられることなど100回に1回もないが、「カスケード・クラッシュ」では《衝撃の足音》の「待機」コストが1マナと軽いことや、妨害呪文によって対戦相手をスローダウンさせる戦略を取ることができることもあって、「続唱」に頼らず「待機」されることも多い。《死せる生》が手札で腐ってしまうリスクを抱えた「リビングエンド」との大きな違いの一つだ。

 対する井川は1ターン目からじっくりと時間を使いながら《霧深い雨林》を置くのみでターンを返し、中島は2枚目の《衝撃の足音》を「待機」してターン終了。その宣言時、井川は《霧深い雨林》から《》を探し出して《オリファント》をサイクリング。さらに続いて自身のターンに《秘法の管理者》をサイクリングして、着実に墓地にクリーチャーカードを増やしていく。

 ここまでの2ターンはいわば挨拶代わりの前哨戦だ。互いのデッキに入った「続唱」を持ったカードは《断片無き工作員》と《暴力的な突発》の2種。これらはいずれも3マナのカードであり、すなわち3枚目の土地を置くことができる3ターン目からが佳境である。

 井川の2ターン目終了時に《ロリアンの発見》をサイクリングして《蒸気孔》を手札に加えた中島は、続く自身のターンに2点のライフを支払ってアンタップイン。先攻の中島が、井川に先んじて《断片無き工作員》をプレイする。その「続唱」によってたどり着くのは必然の《衝撃の足音》。これによってサイトークンが2体戦場に並び、わずか3マナで10点クロックを盤面に送り込むことに成功した。

 だが、3ターン目に動くのは井川とて同様。自身のターンに3枚目の土地を置くと、返す中島のアップキープに《暴力的な突発》をプレイする。中島のターンまで待ったのは、《否定の力》をケアするためだ。

 インスタントタイミングで唱えられた《暴力的な突発》と、それによって導かれた《死せる生》が解決されると今度は中島の盤面が無人(無サイ?)になり、反対に井川の盤面には《オリファント》と《秘法の管理者》、そして《死せる生》解決前のスタックでサイクリングされた《通りの悪霊》が並ぶこととなる。

 そして迎えた中島のメインステップ。中島は少しでも井川の打点を削ぐべく《死亡 // 退場》によって《オリファント》をバウンスしようとするのだが、これには井川の《断片無き工作員》をピッチコストにした《否定の力》が刺さり、以前井川の盤面は無傷だ。

 中島はここまでに2度ずつフェッチランドの起動とショックランドのアンタップインを行っており、残るライフは14点。フルタップの中島は、井川のクリーチャーを指差しで確認しながら打点を計算する。井川の盤面のクリーチャーたちは見かけ上13点クロックだが、《オリファント》は攻撃時の誘発型能力で自軍のクリーチャー1体のパワーを2点増やすことができる。つまり──

井川「15点。足りてます」

 中島の意図を汲んだ井川が一言。「続唱」を巡る戦いは実質的に3ターン目に決着がつき、井川が決勝のマッチの第1ゲームを先取した。

井川 1-0 中島

ゲーム2

 1ゲーム目は悔しくも黒星をつけることとなった中島だが、第2ゲーム以降はサイドボードのカードが使用できる。そして井川の「リビングエンド」はコンボ一辺倒のピュアな構築であるがゆえに、自身のコンボ対策への対策カードを採ることはできても相手の戦略に干渉できるカードはそれほど多くない。殊に「カスケード・クラッシュ」の戦略を挫くことのできるカードは無に等しい。

 反対に、対戦相手の戦略にも干渉できる柔軟性こそが「カスケード・クラッシュ」の強みである。ここから巻き返さんと7枚の手札を引いた中島。しかしなんとここで土地事故に見舞われ、痛恨のダブルマリガンを喫することとなる。

 圧倒的に不利な状況でゲームを開始した中島。まずは土地を置くのみでターンを終える中島に対し、井川は決して油断をすることなく、第1ゲーム同様1ターン目から時間を使いながら《繁殖池》をアンタップインしてターンを終える。ピッチスペルによって手数を増やすことが重要な現代のモダン環境において初期手札の枚数は非常に重要だが、「カスケード・クラッシュ」もまた1枚呪文を通すだけで盤面を支配できるコンボデッキ。互いの目指すべきゴールからプレイングを逆算し、勝利へ至るプランを組み立てる。

 中島は井川のターン終了時に《樹木茂る山麓》を起動。《轟音の滝》を探して諜報1。そして、ライブラリートップにあった《忍耐》を墓地へと置く。井川の《死せる生》に対する解答を墓地へと置く、一見奇妙にも見えるこのプレイング。中島は後に述懐する。

中島「手札には緑のカードが《暴力的な突発》しかなかったので、受けに回ってもいつか追いつかれてしまいます。それよりは、防御は手札の《否定の力》に頼り、《暴力的な突発》は攻撃に使うのがよいと思いました」

 ダブルマリガンの憂き目に遭ったことで中島のリソースは限られている。中島の手札には《アノールの焔》と《否定の力》、そして緑の呪文である《暴力的な突発》があったため、この《忍耐》を引くことで《否定の力》と《忍耐》の二段構えの体制を築くことは不可能ではなかった。しかし、その場合はいつ引くか分からない次の「続唱」カードを待つ以外できることはなくなってしまい、逆にサイクリングで手札を回し続けることのできる井川はいずれ墓地にクリーチャーを蓄えて「続唱」からの《死せる生》にたどり着いてしまう可能性が高いと考えたというわけだ。

 逆に、井川にとっては中島が《忍耐》を墓地に置いたことですでに何らかの対策カードを手札に抱えていることは分かった。井川は《オリファント》、《秘法の管理者》、そして2枚目の《秘法の管理者》……淡々とサイクリングを繰り返し、どんどん手札を入れ替えながら着実に墓地を蓄えて攻撃のタイミングを伺う。

 そんな井川に対し、中島が先に仕掛ける。井川の3ターン目のアップキープに《暴力的な突発》をプレイし、「続唱」によって《衝撃の足音》を唱える。これが解決されると、サイトークン2体が盤面に並んだ。あとは井川の《死せる生》を《否定の力》で弾き返し、サイの8点クロックで井川のライフを削り切るだけ。マリガンの不運はあったものの、打ち消しを構えながら自身の展開も諦めなかった中島のプレイはまさしく決勝戦にふさわしい堂々としたものだった。

 だが、勝負の世界は残酷で、何よりモダンというフォーマットはたとえ妨害があろうとも己の理不尽を通すゲームだ。井川がメインフェイズを迎えると、手札からプレイしたのはピッチコストを支払った《悲嘆》で前方確認──この先の展開が見えてしまった中島はもはや笑うしかなく、井川もまた「やはり持っていたか」とばかりに中島の虎の子の《否定の力》を捨てさせる。

 そして3枚目の土地をプレイした井川はこれらをタップし、《断片無き工作員》。「続唱」によって唱えたのはもちろん《死せる生》。井川の盤面には《オリファント》と《悲嘆》、《断片無き工作員》、そして2枚の《秘法の管理者》が並び、再び誘発した《悲嘆》が中島の2枚目の《暴力的な突発》を捨てさせる。

 中島はさきほど諜報によって墓地に落とした《忍耐》が戦場に戻るためノーガードになることはなかったが、しかし飛行クリーチャーである《秘法の管理者》には為すすべがなく、その誘発型能力もすでに墓地が空っぽになった井川を対象に取ったところで意味はない。ならばせめて自身のデッキを少しでも濃くせんと、中島は自分の墓地のカードをライブラリーへと戻す。

 そして迎えた中島の第4ターン。なんとここでトップデッキした《断片無き工作員》をプレイするが、これによって唱えられた《衝撃の足音》には井川が《否定の力》で応じ、中島を絶望の淵に叩き込む。もはや逆転の可能性は潰えてしまった。

 しかし、それでも中島は井川のフルアタックに対してチャンプブロックで応じ、ライフを1点のみ残して自分のターンを迎える。

 フェッチランドさえ起動できなくなってしまい、何を引いたとて井川のクリーチャー群に対抗することは適わないが、それでも賢明に戦い抜いた先で──群雄割拠のモダン環境を切り開き、「続唱」で幾度となくカードをめくってきたその右手は、たどり着いた今大会最後のドローを確認し、井川へと握手を求めて伸ばされた。

井川 2-0 中島

 かくして一つのトーナメントが幕を閉じ、一人のプレイヤーが、自身の経歴で初となるトロフィーを手にした。

 筆者から井川へと「おめでとうございます」と声をかけると、「やっとだねー」と興奮を隠しきれない様子で答えてくれた。世界選手権の出場権利を獲得し、気負いを減らすためか試合前には「ボーナスゲーム」と語っていたこの決勝だったが、それでもやはり井川にとっては重大な意味を持つ戦いであったことに違いはない。優勝という至上の結果は、マジックに真摯に向き合ってきた井川がたどり着いた彼だけのアンサーだ。

 悔しくも準優勝に甘んじた中島もまた、不運にめげることなく最適解を模索した最高の対戦相手だったと言えよう。しっかりと打ち消しを構えながらも自身のコンボを通したその健闘は井川も認めるところであり、決して楽な戦いではなかったはずだ。



 

 モダンというフォーマットは常に多様性というヴェールに包まれ、フォーマット成立から13年の月日が経った今日に至ってもなお環境の全容が解明されることはなかった。

 この日行われたチャンピオンズカップファイナルの決勝戦は2つの「続唱」デッキの対決となったが、しかしこれが環境の解答かと問われれば、誰もその謎への明確な答えを持ち合わせはしないだろう。「リビングエンド」も「カスケード・クラッシュ」も間違いなく環境屈指の強力なデッキであることに違いはないが、しかしながらそれらを打倒し得るデッキもまた環境には無数に存在するのだろう。

 ならば最強のデッキとは一体何なのか。

 この問いは、いわばマジックというゲームからプレイヤーたちへと与えられた永遠の謎のようなものだ。終わることのない答え合わせの連続が、さらに謎を深めていく。

 永遠に挑戦し続けなくてはならない難問。あるいは答えがないからこそ、我々はマジックをプレイし続けるのかもしれない。

 続唱のその先に何が待っているのか。その答えを求めて。

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