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日本選手権2019
準決勝:藤原 瑞季(大阪) vs. 熊谷 陸(宮城) ~彼の背中は何を語る~
背中で語る、という慣用句がある。もとは戦後、男らしさを示す上で使用されるようになった言葉だ。
その意味は「不言実行」。多くを語らずともやるべきことをやる。そうした姿勢がやがて意味を帯び、見ている人々にメッセージを伝えるのである。
日本選手権2019。「日本一」が決まるまで、あとたったの2戦のところまで迫ってきていた。
そんな大舞台の中、「初めてプレイを見たプロ・プレイヤーは、あなたでした」と嬉しそうに語るルーキーを見ていると、かつてプロ・プレイヤーが見せた背中は何を語っていたのか、想像せずにはいられない。
プレイヤー紹介
藤原 瑞季。
大阪府の高槻市からやってきたプレイヤー。普段は「Cardbox 高槻店」でマジックをプレイしている。
試合前の談笑で、「成績はどうだったんですか?」と聞かれた際、「スタンダードは5勝2敗、ドラフトは6勝0敗です」と物腰柔らかに受け答えをする姿が印象的だ。
ドラフト・ラウンド全勝。プロ・プレイヤーが多くいる中、藤原は1つも勝ち星を落とさずに駆け上がってきた。バブル・マッチとなる第13回戦では、「古豪」黒田 正城を下した勇姿を見せつけてくれた。
聞けば、マジック歴はわずか3年とのこと。日本選手権のような大型イベントへは、近場で開催しているスタンダード・フォーマットのものを中心に参加しているだけという。
「ルーキー」とも呼べるような若々しさを振りまく藤原は、笑顔をたたえながらゲーム開始前にこう語った。
「初めてプレイを見たプロ・プレイヤーは、熊谷さんでした」
熊谷 陸。
グランプリ・東京2016。3,335人の参加者の頂点に立った熊谷の姿は記憶に新しい。
いまや、日本のプロ・シーンを代表する1人として、熊谷がその名を連ねることに疑いをかけるものはいないだろう。
プロ・プレイヤーとして誠意をもってプレイするよう意識している、と熊谷はかつてのインタビューで答えてくれた。その彼が藤原と和やかに会話を拡げる姿からは、掲げた目標を実行していることが良くわかる。
「ドラフト全勝はすごいですね」と熊谷は藤原の戦績に目を丸くした。
「いやあ」と藤原ははにかんだ。「リアルの『基本セット2020』ドラフトははじめてで」
熊谷は、レベル・プロの称号を手に、いくつものプロツアー/ミシックチャンピオンシップを経験している。
そんな熊谷をかつて遠くに「プロ・プレイヤー」として見ていた藤原は、実際に拳を交わせるこの瞬間が来て嬉しそうだ。
わずかなやりとりだった。しかし、「プロ・プレイヤー」熊谷は、かつて自身の背中を藤原に印象付けたことが、部外者である筆者にもよくわかった。
ものいわずとも藤原に何かを語った熊谷の背中は、「ルーキー」として立ちふさがる彼に何を与えたのだろうか。ぼんやりと想像をしていると、彼らの準決勝が始まった。
試合展開
熊谷の《万面相、ラザーヴ》を藤原の《軍団の最期》が排除する。そのまま熊谷を打ち破るべく、藤原が先兵を送り出した。《第1管区の勇士》だ。
藤原が持ちこんだデッキは「エスパー・ヒーロー」。
デッキの強みは《第1管区の勇士》だ。放っておくと際限なく人間・トークンを生み出すこの「ヒーロー」により、前半戦から強力なプレッシャーをかけていくことが可能である。流行の《隠された手、ケシス》デッキ相手に比較的有利にゲームを進めることができることから、今大会注目アーキタイプのひとつだ。
藤原のデッキリストで目を引くのは2枚の《ボーラスの城塞》。後半戦の切り札とでもいうべきカードで、瞬く間に大量のカードを供給しゲームを決める性能を持つ。
そんなキーカードの着地を許した熊谷だが、彼のデッキはこの程度の逆境を苦にしない。
《夢を引き裂く者、アショク》《伝承の収集者、タミヨウ》で自身の墓地を一気に増やすと、彼にもキーカードを見せる番がやってきた。
今大会でも最注目デッキの心臓部、《隠された手、ケシス》。
8月18日のMTGアリーナの大会に何の前触れもなく現れ、瞬く間に環境最強の一角についたコンボ・デッキだ。
墓地を増やして《精励する発掘者》と《隠された手、ケシス》を並べたところでコンボがスタート。
《隠された手、ケシス》の能力で墓地の伝説の呪文を唱えていくと、それに伴って《精励する発掘者》の能力が誘発。
複数の《モックス・アンバー》が墓地に溜まったら、(レジェンド・ルールを利用して)それらを何度も唱え続けてマナを生成。さらに溜まった墓地から伝説の呪文を唱え続け自らのデッキを吹き飛ばし、《神秘を操る者、ジェイス》により勝利する、という必殺技を持つ。
そんな必殺技、簡単に決まるわけが……などという甘い考えは、もちろん藤原にはない。
すでに《夢を引き裂く者、アショク》と《伝承の収集者、タミヨウ》の能力により、墓地の枚数は多かった――少なくとも、藤原の目の色を変えるくらいには。
ここからの熊谷のプレイは長い。そう察したか、藤原は腕を組んで、対戦相手のカードを繰る手をじっと見守る。
熊谷は《隠された手、ケシス》の能力を起動すると、すぐさま《モックス・アンバー》と《迷い子、フブルスプ》を墓地からプレイした。戦場に出ている《精励する発掘者》の能力により、それをトリガーとして熊谷の墓地に「次弾」が装填される。
もう一度《隠された手、ケシス》の能力を起動すると、《モックス・アンバー》の2枚目をプレイ。余ったマナで《精励する発掘者》2枚目を追加した。
その後、ターンを跨いで熊谷は再びコンボを始動する。すでに《モックス・アンバー》の3枚目が顔を出したところを見るに、熊谷の手が止まることはなさそうだ。
熊谷のデッキが残り5センチメートルほどに薄くなったところで、じっと見守っていた藤原が尋ねた。
藤原「ジェイスまで繋がりますよね」
熊谷「繋がりますね」
藤原は組んだ手を解き、サイドボードに手を伸ばした。
コンボ・デッキの特性の一つに、「メインデッキでの勝負に強い」というものがある。通常のデッキとは全く別軸の勝利方法を目指すので、対戦相手のデッキに対策カードが入っていないことが多いのだ。
例えば、《隠された手、ケシス》デッキなどは墓地のカードを多用するため、まともに戦おうと思うなら墓地対策が必要になるのだ――そう、2ゲーム目の藤原がそうしたように。
先手をとった藤原のスタートは《第1管区の勇士》からの《思考消去》だ。《夏の帳》を墓地に落とすと、自身の《夢を引き裂く者、アショク》で《隠された手、ケシス》に先手を打った。
毎ターン、どれだけの枚数があろうと問答無用で墓地を追放領域へと奪い去るプレインズウォーカー。《隠された手、ケシス》デッキの天敵の1つとされる。
直接《夢を引き裂く者、アショク》を取り除く手段に欠ける熊谷は《伝承の収集者、タミヨウ》で《古呪》を探し始めた。
コンボ・デッキに対し殴り切ろうと思うなら、準備が整う前というのが鉄則だ。《第1管区の勇士》とそのトークンたちが照準を定めると、藤原は熊谷に襲い掛かった。ブロッカーは《暴君の嘲笑》で排除。着実にダメージを刻んでいく。
これ以上のライフは失えないと、熊谷は《ヨーグモスの不義提案》で《第1管区の勇士》を除去。同時にキーカードのひとつである《精励する発掘者》を墓地から呼び戻す。ブロッカーとなることはもちろん、《夢を引き裂く者、アショク》の追放能力から逃れたかったこともあるだろう。
なんにせよ、あとほんの少し、手を伸ばせば届くところまで、熊谷のライフは少なくなっていた。
藤原はその手を思い切り振りかぶった。《ボーラスの城塞》だ!
ライフが続く限りライブラリーから呪文を唱えられ続ける――《古呪》、《ドミナリアの英雄、テフェリー》、《時を解す者、テフェリー》と順々に飛び出していくと、熊谷のブロッカーが時の彼方に吹き飛ばされ、彼のライフを守るものはなくなった。
ゲーム間、両者は多くを語らない。真に勝敗を決める3ゲーム目は素早く始まった。
藤原にとって、今や目の前の男は「憧れのプロ・プレイヤー」ではない。ただの倒すべき相手の1人である。
それはもちろん、熊谷にとっても同じである。プロ・プレイヤーが相手だろうが、3年目のプレイヤーが相手だろうが、臨む姿勢は変わらない。
熊谷 陸 |
藤原の《思考消去》により《伝承の収集者、タミヨウ》が落とされる間に、熊谷は《精励する発掘者》《時を解す者、テフェリー》と盤面に駒を並べていく。
一方の藤原は攻め手を欠いていた。《覆いを割く者、ナーセット》から《夢を引き裂く者、アショク》を手に入れたは良いが、《精励する発掘者》の小さな打点によりプレインズウォーカーたちが疲弊していく。
盤面で有利をとった熊谷は《覆いを割く者、ナーセット》で悠々とコンボ・パーツを手札に整えていく。
手が出せない。干渉手段を引けない藤原は、熊谷の場に並ぶプレインズウォーカーたちを前に歯がみしていた。
気付けば、終盤であるゲーム3、そのさらに終盤に迫ってきていた。
今やもうひとつの準決勝卓は終了し、観客の目のすべてが熊谷と藤原に注がれていた。
その場に何人もの人がいるはずなのに、彼らの周囲は違和感を感じるほど静かだった。
カードを繰る音と、選手の宣言の音だけが中空に伝わっていくのが感じられる。
日本選手権2019のギャラリーから、固唾をのむ音が聞こえてきそうな錯覚まで抱いてしまうほどだ。
その場の全員の注目を集めて、藤原と熊谷のゲームは終局へと走りだした。
「《ボーラスの城塞》プレイします。」
注目が空気に伝わる。
「デッキトップからプレイ。《ドミナリアの英雄、テフェリー》。《拘留代理人》……」
空気が彼らのプレイに熱を持たせる。一観客の筆者にはそう感じられた。
藤原の「ターン終了」の宣言を聞くと、ピリピリとした戦場の空気を引き裂いて、熊谷がドローする。
熊谷は、藤原の虎の子の《ボーラスの城塞》をあざ笑うかのように盤面を崩しにかかった。
「《ゴルガリの女王、ヴラスカ》で《拘留代理人》を破壊します」
《拘留代理人》に封じられていた《覆いを割く者、ナーセット》が舞い戻り、その能力で《時を解す者、テフェリー》を供給。
そのまま《時を解す者、テフェリー》の能力により、《ボーラスの城塞》が手札に戻る。結果、藤原の盤面に残るのはたった6枚の土地だけになってしまった。
続くは藤原のターン。方や土地だけの藤原と、方や多数のプレインズウォーカーを従える熊谷。どちらが有利かは言うまでもない。
「《ドミナリアの英雄、テフェリー》をプレイして、《覆いを割く者、ナーセット》をデッキの上から三番目へ」
しかし、藤原は表情を崩さない。彼は、残された手から最後の勝ち筋を手繰り続けていた。
藤原 瑞季 |
一巡して帰ってきたターン、満を持して藤原は勝利への道を拓く1枚を切った。
「唱えます」
《古呪》。
決まれば、熊谷のプレインズウォーカーを一掃した上で、《ドミナリアの英雄、テフェリー》に大量の忠誠カウンターが置かれることになる。
正真正銘、藤原の最後の切り札だ。
それに対する熊谷の回答は――
――《古呪》返し。
《時を解す者、テフェリー》の能力と併用。インスタントとして唱えられるようになった《古呪》により、藤原の最後の切り札を打ち破った。
藤原 1-2 熊谷
日本選手権2019準決勝、決着。決勝に駒を進めたのは熊谷 陸だった。
試合後
静寂がその場を包んだ。
観客は一言も発しない。黙ったままその場を去るものや、決勝戦の開始を待つもの、さまざまにいたが、藤原と熊谷の周囲に張り詰めた沈黙の幕は、試合が終了したあとも変わらぬままだった。
まだ、彼らの周囲の空気が熱を帯びているように感じる。ともすれば試合が終わっていないのではないかと錯覚するほどだった。
それくらい、熊谷と藤原、とくに藤原の緊張感は少しもほころびていなかったのだ。デッキをゲーム前の姿に戻し、ケースにしまうと、彼はそれを机に置いたまま、両手を重ねて、さらにその上に額を置いた。押し当てているようにも見えた。
そのまま彼は目を瞑り、しばらくの間そうしていた。
「あのタイミングで、別のカードをプレイしていれば……」
「もしも、除去するカードを別のものにしていたら……?」
「サイドボードがいけなかったのかもしれない……」
そんな藤原の想いが、いまだ張り詰める沈黙の幕に沿い、ぐるぐると渦巻くように動き回っていた。
少なくとも筆者にはそう感じられた。
……時間にして、1分もなかっただろう。しばしして、藤原は顔を上げた。
唇を引き結び、一度、デッキケースで机を叩くと、それをカバンにしまった。
「ありがとうございました」
そう言い残して立ち去る彼の背中が何を語っていたか、想像するのは難しくない。
RESULTS 本大会の対戦結果・順位
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