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グランプリ・香港2017
香港グルメレポート ~ここが俺たちのオラーズカ~
By 伊藤 敦
海外グランプリでの楽しみといえば何が挙げられるだろうか?
現地プレイヤーとの対戦を通じたコミュニケーション、異国の文化資産の観光、ショッピングなど......楽しみ方は、人によって様々だと思う。
だがその中で、我々が人間である限り避けて通ることができないものがある。
そう、それは食事だ。
海外での食事は、その土地での旅の印象の大部分を決定づける。
飯が美味ければ良い旅に、また不味ければその逆に。旅が成功するか否かは、食事処のチョイスに掛かっていると言っても過言ではない。
腹が減っては戦ができぬ。海外でグランプリに参加するにあたっては、何をどこで食べるかも重要なファクターとなってくるのだ。
さて今回、グランプリ・香港2017の取材をするにあたって、私には一つ目標があった。それは、本場中国でとある中華料理を食すること。
その料理の名は、水煮肉片(シュイジューロウピエン)。四川風水煮とも呼ばれ、牛肉を使った水煮牛肉や魚を使った水煮魚などの種類がある。
私とこの料理との出会いは、3か月前に遡る。京都で開催されたプロツアー『破滅の刻』の取材をしていた折、たまたま入った中国料理屋でふと猛烈に辛いものが食べたくなった私が、メニューを見た中で一番辛そうな料理を頼んだ結果、出てきたのがその水煮牛肉だった。
一口目を食べた瞬間の衝撃は忘れられない。
三十余年、特に辛い物が好きというわけでもなかった私の味蕾(みらい)に突如として送り込まれた麻味と辣味の暴力は、たちまちにして私を虜にした。
気が付けば、金曜日の夜に出会ってそのまま土曜日の夜、日曜日の夜と、三夜連続で同じ店に足を運び同じものを頼んでいた。それほどに美味かったのだ。
プロツアーの優勝デッキが「ラムナプ・レッド」だったこともあり、唐辛子とラー油が織りなす色合いはまるで《ラムナプの遺跡》のようにも思われた。
そして東京に戻ってきてからも私は、事あるごとにあの忘れられぬ赤い砂漠を求めて、数々の中国料理屋を巡ることとなった。
そこにきて、このグランプリ・香港2017の取材である。これはもう、神が私に「行け」と言っているとしか思えない。
かくして香港の地に降り立った私は、早速取材にかこつけて同行者とともに事前に調べた料理屋へと向かった。
香港は九龍いちの繁華街としても知られる尖沙咀、それを南北に貫くネイザンロードから西に2ブロックほど。九龍公園から南に下った通りにあるビルの20階に、「Qi」という店がある。
香港の夜景を一望できるロケーションだが、今はそんなものに興味はない。必要なのは、あの赤い砂漠。はたして、本場中国の水煮とは。
注文を済ませ、期待に胸を膨らませること15分ほど。ついに私は、邂逅を果たした。
《血染めの月》 ......?
否。
これこそが、直径30cm近くはあろうかという巨大な器になみなみと湛えられた水煮羊肉である。
大きい方と小さい方の2択だったので勢い余って大きい方を頼んだらこれである。この赤い泉を同行者と2人だけで堪能できるのは望外の幸せでもあるのだが、それにしてもこれだけの大皿となると量が多すぎるきらいがないではない。
ともあれ、もう我慢の限界である。スープごと具をれんげで小皿へと取り分け、いざ実食。
......辛っ!
辛......! 速......避......無理! 受け止める......無事で!? できる!? 否......死。
そんなビジョンが脳裏に浮かぶ。
だが逃げ場はない。ホワイトゴレイヌが出せない私はこの辛さを真正面から受け止めるしかない。
これが、本場中国の辛さか。
羊肉に春雨、もやしにきのこ。具材をすくいあげるたび、唐辛子と花椒がセットで付いてくる。唐辛子を避けるのは容易いが、小さな花椒はそうもいかない。噛み潰した花椒が弾け、舌がビリビリと痺れる。この麻味が、しかし心地良い。
水煮には白米が最もよく合うことは既に学んでいた。東南アジアお馴染み、粘り気のないインディカ米が今はありがたい。口内の油を逐一リセットしながら、胃が焼けるような炎の塊を臓腑に収めてゆく。
一口、また一口と口に運ぶたび、今度は別の問題が浮上してくる。あまりの辛さに汗が止まらないのだ。しかも止まらないのは汗だけではない。放っておくと涙や鼻水まで、身体がありとあらゆる部分を代謝させようとしてくる。けれども、いろいろとぐちゃぐちゃになりながらも、箸を手繰る手は止まらない。
ついには荒くなった吐息すらも麻味に染まり、私と水煮とのダメージレースが始まる。呼吸が辛(から)い。咳もやばい。涙の流れた目元をうっかり素手で拭ってしまい目尻が熱くなる。もうダメだ。勝てない。
そうして言語野が崩壊して「からい」と「うまい」しか口に出せなくなった私は、気づけば大いなるハゾレト神に祈りを捧げていた。《ラムナプの遺跡》よ、ありがとう。こんなに辛いものが食べられる身体に育ててくれた両親と、そしてこの奇跡の料理に巡り合わせてくれた運命。それらへの感謝の念を持って、私は箸を置いた。
気づけばあれだけあったはずの器の具材はすっかり空になっていた。今こそ私たちは「満腹」という言葉の本当の意味を知ったのだ。身体だけではなく、心まで満たされた状態を指すのだと。
戦いが終わった今、一つだけ言えることがある。
ありがとう香港。
ここが俺たちのオラーズカだ。
そしていよいよ、グランプリ・香港2017が始まる。
プレイヤーたちは、何を食べて臨むのだろうか。
ストイックに簡素な食事で済ませる者もいれば、オラーズカに至る者もいるだろう。だがそれすらも、選手たちのポテンシャルに影響を与える一要因に違いないのだ。
世界は広く、まだ見ぬ美味い料理がたくさんある。
異国の地で、あなた自身のオラーズカにも巡り合えるかもしれない。
ぜひ一度海外グランプリに参加して、異文化を堪能してみて欲しい。
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