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ストーリー

Magic Story -未踏世界の物語-

裏切り

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裏切り

Nik Davidson / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2014年5月14日


 テーロスから遥か遠く離れた、フィオーラ次元。高層都市パリアノは無数の陰謀と策略の本場である。都市の支配者達は覇権を求めて互いに争う。攻撃には報復、信頼には裏切り、それら全てが不死の永遠の王の下にある。だがその王はかつては生者だった、そしてエルフの探検家セルヴァラの友だった......


セルヴァラとブレイゴは共に『Magic Online』の『Vintage Masters』と、来たる6月6日発売の『コンスピラシー』にて収録されています。

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 王の私的な正餐室の壁は、魔法の宝玉で照らされていた。それぞれが、彫刻で飾られた大理石製の杖の上に丁寧に置かれている――そしてそれらの杖もまた精巧に、蝋燭に見立てて作られていた。だが当然、それらは一切の熱を発しない。部屋は多層からなる城の中央にあり、自然の光はここまで届かなかった。

 その長机は十二の席が作れるほど大きいものだったが、この夜食事をとっているのは二人だけだった。ブレイゴ王は華麗に飾り立てた椅子に身体を休めていた。その肌は青白くひびだらけで、まるで古い羊皮紙のようだった。彼の客人、セルヴァラは反対側に座り、二人の間には豪華な食事が広げられていた。王の皿は空で、エルフの皿には手がつけられていなかった。

「何故まだ続けるのです、我が王よ?」 その最後の言葉には、張り詰めた銅線のようにな冷たさがあった。「何故こんなやり取りをまだ続けるのです? わかっています、私に会うのは辛いことだと。あなたが変わり果てた姿を見ることも、私にとっては苦痛です」

 王の瞳がひらめいた、だが彼の身体から、ひびの入った唇から軋む声が漏れ出すまではずいぶんと時間がかかった。

「君がいてくれるからこそ、私は覚えていられるのだよ」

 セルヴァラは首を横に振った。「もう、それでは足りません。もしかしたら、もっと前から。この......何もかもが......手に負えなくなる前に」 彼女はその顔に嫌悪をはっきりと表しながら、彼へと向けて片手を振った。「あなたが覚えていようといまいと、あなたはかつての王ではありません。私はその男を覚えています。私の友であった男を。そして貴方の姿は、彼の椅子に座して、彼の顔の残骸をまとうのは、その男への侮辱です。私達が仕えるものへの侮辱です」

 ブレイゴの身体が激しく震え、彼は苦しそうな喘ぎを発した。セルヴァラはそれが彼の笑いだと知っていた。「もしかしたら......わしは君の話に耳を傾けるべきだったかもしれん。君はわしに聞き入れさせるべきだったかもしれん」

 セルヴァラの顔が怒りに紅潮した。「やめて下さい、私のせいにするのは。私は警告しました、始まりの時に。あなたには頼んだ筈です。カストーディにその処置を始めさせてはならないと」

「だが君は結局頷いた。まだやるべき事は多い。この都市のために」

 セルヴァラは目を細くした。このやり取りの中で既に、王は前回二度の晩餐よりも多く喋っていた。

「友よ、どうしたのですか? 何か変わったのですか?」 彼女の声は和らいだ。

「初めの頃、私と君は未来像を共有したな」


 その都市は若かった。若く、楽観的で、野心的で、そしてブレイゴ伯爵もまた、その全てを備えていた。小貴族の三男として生まれ、彼の将来性はどこへ行こうと限られていた。だがここでは違った。この都市では違った。この都市では、ある人物の夢や野望は弱みの唯一の源であり、ブレイゴはその遥か先を見ることができた。彼はけちな賊や官僚の目が及ばない先を見ることができた。彼は飛び去る流行の先を、栄光と名声の終わりなき争いの先を見ることができた。彼は都市がどう発展するか、生の可能性を見た。彼は都市の脈打つ心臓を見た、そしてそれは彼の心臓と完璧な同調を刻んでいた。そして彼はその可能性へと至る道を見ることができた。たぶん、とても細い。曲がりくねって、油断ならない。そしてそこを独りで歩くことはできなかった。


〈帰還した探検者、セルヴァラ〉 アート:Tyler Jacobson

「ふん! 私に未来像について語るの? 七十年前のことよ、老いぼれさん。ええ、そうよ、私はあなたが成り果てたものと同じくらい馬鹿だった、私はあなたを信じていた。あなたの言葉からは蜜と光がしたたっていて、私は信じた。だから、あなたの裏切りはもっとずっと苦いの。ねえ」

「裏切りだと?」 ブレイゴは声を上げた、ほとんど、かつて一人の人間であった頃の声色だった。「私は決して裏切ったことなどない。都市にとって何が最良かを見失ったことなどない。今もだ」


 二人は親友同士だった。共に行動する様は完璧だった。彼は宮廷と評議会では恐怖の種であり、その議論は完璧だった。彼の嘆願を受け入れられない者はいなかった。彼は貴族、聖職者、商人階級の連合を作り上げた。彼は汚職を根こそぎにし、敬意に変えた。だが常に、常に、彼の手には更なる力が収まるのだった。

 彼女は人々に愛され、あらゆる共同体と文化の脈動へとその指を触れた。彼女は移民の権利のために戦い、多くの古い貴族へと、民衆を苦しめる特権を返上させた。民衆達自らが立ち上がって彼らを退けるよりも早く。共に、彼らは憲章を起草した。それは満場一致で批准された。パリアノを興したのは、共に握り締められた彼らの手だった。


「あなたは何もかもを見失った。あなたが仕えていた人々よりも、自分の人生を大切にするようになった時に。どれほど長い間、カストーディがしていることが治療だと自分を騙してきたの?」

「そうだ。私は自分の健康に、目標の達成を止められるわけにはいかなかった」

「誰もがいつかは死ぬのよ、ブレイゴ! 誰もが歳をとり、死ぬ。貧民も王も等しく」

 ブレイゴは笑った、今回は真の笑いだった。「君がそう言うとはな。我々が出会った時より、数年しか歳をとっていないような君が。君は口に出せまい、私の代わりに何をしてきたかを」

 セルヴァラはうつむき、口ごもった。「きっと、言えないわね」


 ブレイゴ王がその座に就いて三年目の時、医師に病を診断された。代々続く、不治の病だった。この年を越すことはできないだろうと告げられた。セルヴァラは途方に暮れ、ブレイゴは衝撃を受けた。そこに司祭達がやって来て告げた。魔法的に彼の身体を保存することで耐えるという治療法があると。だが彼は慎重に考えた。

 彼とセルヴァラはこの件について幅広く論じ、思案した。彼の生命を僧職に委ねるという考えは二人とも好まなかったが、新たな王がこれほどまで早く死んでしまった際に何が起こるかを怖れた。彼らが築き上げようと奮闘してきた同盟は一瞬で崩れ落ちるだろう。この輝ける都市そのものも直ちに、きらめく灰と帰すだろう。最後に、彼らは妥協した。「カストーディ」が組織され、王は生きた。生きた。そして生きた。


アート:Alex Horley-Orlandelli

「歴史が私を公正に裁いてくれるだろう。我らが達成した全てを。我らが成したあらゆる善を。それが唯一の道だ」

「ブレイゴ、もし私がそれを誰か別の男の口から聞いたなら、私はそいつを暴君だと思うでしょうね」

 ブレイゴは再び意気消沈したように見えた。「セルヴァラ、私はもはや治療を受けることはしない」

 セルヴァラの顔に衝撃と喜び、怖れが走った。彼女は立ち上がっって彼の側まで歩き、その椅子の隣にひざまずいた。彼女は彼の乾いた手をとった。それは温かくも冷たくもなく、感触は古い革綴じの本のようだった。「ブレイゴ。それは正しい選択よ。愛しきものの全ての名において、あなたを失いたくない。でもこれが正しいことなの」

 ブレイゴは咳こんだ。耳障りに鳴る、息を切らした音だった。「違う、そういうものではない。もはや治療は不要だ、あまりに行き過ぎてしまった。セルヴァラ、私は死ぬことはなくなる。心がこの骨と肌の檻の中で腐ることもなくなる。それはもう始まっている。私の眼はもう存在しない。私は食べることも、眠ることもできない。私はもはや痛みを感じないが、あまりに長く、酷い痛みを受けていた。今や、その痛みさえ恋しい」

 セルヴァラは直ちに怒って飛び上がり、その手は反射的に狩猟用長ナイフの柄を握り締めた。「あの悪党ども! 何をされたの? 事によっては、私は......」

 ブレイゴは片手を挙げた。「違う、違うのだ。その怒りは私に向けてくれ。セルヴァラ、君にはまだ支えるべきものがある。私は自然に死ぬことはできない、だが死なねばならない。そして君はこの都市において、私がいる場所で武器の所持を許されるただ三人のうちの一人だ」

 セルヴァラは目を閉じた。彼のその言葉を聞いてすぐに、彼女は彼のためにやるべき事を知った。「ブレイゴ。あなたは善き王だった。立派な人間だった」 彼女は立ち上がり、彼のその白濁した青い瞳をじっと見つめて、ナイフを抜いた。「あなたを許します」

 彼女は刃を王の心臓へと突き刺した。ほとんど何の抵抗もなかった。乾燥穀物の袋にナイフを刺したようだった。老齢の身体は直ちに崩れはじめ、そして彼が塵と帰す時、その二言を呟いた。

「いや、いい」

 セルヴァラは正餐の間の出口へ向かい、ナイフを床に放り投げた。衛兵達は無言で彼女に付き添った。


 のろのろと、カストーディ達が冷たい玉座の間へと入ってきた。地位を表す、そして防寒のための長い袖に手を隠して。灰色の顔、厳しい目つきの男女が刺繍をしたフードの下から覗き見ていた。彼らは円を描いて立ち、最年長の者が口を開いた。「王は亡くなられた。我らはこの知らせをできる限り秘密とする、だが知識とはその壁から漏れ出るもの。その前に、我らが権力の座に残るためには、すべき事は多い」

 部屋の気温が突然下がった。そして光が明滅した。ある存在が部屋に入ってきた。冷たく、怒り狂って。

 青い霧が凝集しはじめ、光点がなめらかな大理石の床から不規則に涌き出した。何人かのカストーディは息をのみ、後ずさった。霧は濃く、深くなり、そして不可視の川床を流れる川のように動いていった。

 カストーディ達は驚いていた。彼らはフードの下から互いの顔を見て、誰かこの状況を理解していないかと探り合った。安堵などなく、僧達は次第に狂乱しながら部屋を見渡した。

 一つの陽炎が玉座の前に現れた。霧が形をなし、人の姿をとった。そして幻の鎧の彼の身体をしっかりと包んだ。暗く、だが燃える両眼がカストーディ達を見下ろした。司祭達は怖れをなし、彼の前にすくんだ。


〈永遠王、ブレイゴ〉 アート:Karla Ortiz

「お前達はこのような事などできぬ。何が起こったかを宣言するがよい。カストーディの偉大なる技は完成した。お前達の王は立ち上がった、その心はかつてよりも強く、肉体という檻から解き放たれて。今日この日を祝祭とする」 霊魂の声は深く確固たるものだった。「お前達の成功へと捧げよう。お前達の治療には別の秘かな目的があったのか、言わないのであれば話は別だが?」

 カストーディ達の顔に狼狽が走った。彼らは混乱にどもっていたが、縮こまった彼らの前へと長が進み出た。

「勿論でございます。我が王よ。何者にも貴方様の言葉を疑うことなどさせませぬ」 彼女は肩越しに振り返り、ひざまずく他の者達を見た。

「我が王、万歳!」

「ブレイゴ王、万歳!」

「永遠王ブレイゴ陛下、万歳!」

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