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Making Magic -マジック開発秘話-

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友達でありがとう

Mark Rosewater / Tr. YONEMURA "Pao" Kaoru

2017年3月20日

原文はこちら

 一昨年の夏、私はのカラーパイの理念を振り返る5本の記事を書いた。カラーパイは、メカニズムとフレイバーの両面においてマジックの根幹である。

 そして去年の11月、敵対色の色のペアについての記事を書いた。各色には敵対色が2色と友好色が2色存在する。その記事の中で、私は各色が敵対色とどう対立しているのか、その対立がどう絡み合っているのかという話をしたのだ。今回は、前回触れなかった5種類の色のペア、すなわち友好色の色のペアについて見ていくことにしよう。なぜそれぞれの友好色が協力しているのか、同意できない部分はどこにあるのかという話をしていくことにする。

 本題に入る前に、各色の理念を簡単にまとめておこう(過去の記事からの引用である)。

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 白は平和を望んでいる。

 白は苦しみの世界を見て回っている。日々相争うあまりにも多くの存在がいるが、世界にはこの苦しみを解決するだけの資源がある。誰もが、(欲しい分だけではなく)必要な分だけ取るには充分なものが存在するのだ。苦しみは、全体よりも個人を優先することの結果として生じるものだ。

 白は、生命がそれぞれに充足している、不必要な苦しみの存在しない世界を作ることを望んでいる。そのために重要なのは、各個体が自分個人にとっての不利益であってもグループ全体としての利益となるような行動を取ることの重要性を知ることである。

 この計画の問題点は、誰もが同じ目標を目指さなければ成功しないということである。誰かが他のこと、たとえば自分の欲望などを優先し始めたなら、この計画は霧消してしまう。つまり、白は団結の力を全体に理解させ、大局観に焦点を当てさせるために多大な努力が必要となるのだ。

 白は、その意図を理解して共有できる相手を可能な限り多くしたいと考えているが、その大目標を達成するためには何人かの個人は調和のために諦めなければならないということも認識している。

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 青は完璧を求めている。

 青は、我々全てが空白の状態で、何かになる可能性を持って生まれてくると信じている。人生すべてが、正しい教育、経験、道具をもとに達成できることを探すためのものだ。これは最終目標のあるような話ではなく、人生すべてをかけて続けることなのだ。進化し、変化し、適応するためにできることは常に存在する。人生の旅は、自分を向上させようとし続けるかぎり、終わりなき発見なのだ。

 個人がそれをするために、この行いを許容し奨励する社会が必要である。教育の可能性は重要だ。試行錯誤を通して何かを経験する場所は必要だ。最高級の道具を使えることはあらゆる市民の権利であるべきだ。

 それに加えて、この生き方には正しい態度が必要である。可能性を受け入れるべきだが、行動を焦ってはならない。青は、個人に道を誤らせるさまざまな圧力、中には自発的なものさえある、が存在することを知っている。つまり、個人はそのあらゆる決定において注意深く慎重でなければならない。選択肢について考え抜いた上で正しく選ぶことは、決定を急ぐよりも良いことなのだ。

 青は秩序立っていて正確である。これは、自身を可能な限り高めようとすれば、失敗をしている暇などないからである。管理された環境の中では失敗も起こせるが。

 青は自分の完璧さを求めるだけでなく、その存在する世界そのものも完璧にしようとする。その一環として、青は必要なリソースが使えるようにする。しかし、その中で、各人の可能性に到達する要素は、世界自身もその可能性に到達する要素のある世界に存在すると信じられている。従って、青はもっとも技術に関心の深い色であり、使うもの全てを最新最高のものにしたがる色である。

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 黒は、力を望んでいる。

 黒は他の色すべてのことを、それぞれが自分の好きなように世界を見ていると思っている。黒だけは現実主義者であり、ありのままに世界を見ている。個人は、手に入れて守る実力さえあれば何でも欲しいものを手に入れることができる。人生や幸福を支配できる能力を保証してくれる力こそが、もっとも重要なリソースである。

 万人にとって重要なことは、黒が世界を強欲なものにするわけではないと理解することである。世界はもとより強欲なもので、黒はただその中で生き残る手段を知っているだけなのだ。黒には2つの大きな優位がある。1つは、黒は他の誰よりも世界のシステムを理解して受け入れているということ。2つめは、黒は自分に成功の妨げになるような制約を課していないということである。

 黒の理念は「自分の関心事に気を向けるのは自分自身が一番向いている」という非常に単純なものだ。従って、誰もが自分の関心事に気を向けるなら、誰もが誰かに注意されるというシステムが構築されることになる。さらに加えて、黒のシステムでは誰にでも成功の可能性がある。誰もが成功するのかと言われれば、そうではない。しかし、それは黒のせいではない。世界がそうなっているだけなのだ。

 弱い者は敗れる。敗れるから弱いのだ。それを助けるために何かをしても、必然的に訪れる結果を引き延ばし、失敗を広げるリスクを高めるだけである。これは黒の個人的な話ではない。黒は、成功のために必要なことをする。他者がそれと同じことをできないのであれば、その結果を受け入れることになるだけだ。このことを見て、他者が黒のことを冷酷だと評するが、黒にとってはただの実用主義なのだ。

 苦しむ者は存在する。たびたび言うとおり、これは黒のせいではない。生命にとっての必然である。黒は真実を受け入れ、適切に行動する唯一の色であるというだけのことだ。

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 赤は自由を求める。

 誰もが人生の意味に囚われているように見えるが、赤はそうではない。赤は最初から答えを知っているのだ。満足するために何が必要かは、心が教えてくれる。それに耳を傾け、その通りすればいいだけなのだ。何も不思議なことはない。文字通り、正しい道を示す感覚が常に自分を導いてくれている。問題は、他の色がそのメッセージを無視しているということだ。

 人生は冒険で、各個人が体験するものだ。鍵は、自分の感情を受け入れ、その導きに従うことだ。幸せなら笑え。悲しければ泣け。腹が立てば殴れ。恐れたなら逃げろ。内なる声に耳を傾ければ、人生に必要なこと全てを経験できる機会が得られるのだ。

 自分のした選択にずっと悩みながら人生を過ごす個人のなんと多いことか。赤くない話だ。赤は今を生きている。赤はおおらかなものだ。赤は眼前のあらゆる冒険を受け入れる。死の床にあって、後悔のない満足な人生だったと振り返るのが赤だ。自分の必要なことをして生きる能力、それが赤の望みである。

 これは、赤が孤独だということではない。むしろその逆だ。人生を生きるという中には、人間関係を受け入れることも含まれる。赤は情熱や忠誠心、仲間意識や熱情の色でもある。赤が他人と連係するときは、その繋がりは強く激しいものになる。恋人や友人としてみれば、赤は必要なときいつでもそこにいてくれる。まあ、事情があってそこにいない、ということもありうるが、それでも戻ってきたときには友人のために尽くしてくれるのは間違いない。

 余所者にしてみれば、赤は多少支離滅裂に見えるが、それは赤の本質がどこにあるのかを見ることができないからである。赤の行動を起こさせている感情を共有することはできない。人生を最高に生きるためには献身と根気が必要だが、赤はいつでもそれに取り組んでいるのだ。

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 緑は、受容を求める。

 他の色はどれも、世界をよりよくするために世界をどう変えていくかに焦点を当てているが、緑は世界を変えることを望んでいない。緑は、世界の全てのものは正しいのだと確信しているのだ。自然の秩序は美しく、人生のあらゆる問題に対する答えを含んでいる。鍵は、腰を据えて学び、自分の目の前にあるものが何なのかを認識することなのだ。

 各個人はそれぞれ必要な可能性をすべて持って生まれてくる。楽しい人生を送るための秘訣は、自分が生まれてきた役割を認識し、それを受け入れることである。自分が運命づけられていることをするのだ。世界は精緻なシステムであり、我々それぞれがその一部分を担っている。それは想像しなければならないことではなく、遺伝子に刻み込まれたことだ。ただ自分を省みればいい。

 さらに、自分が大局の中にどうやって適合するのかを学ぶ必要がある。自然は美しい構造を持っている。人生の中で、自分の果たすべき役割と、その役割が生命の網にどう繋がるのかを理解するのだ。誰も1人ではない。すべてが相互依存性に満ちた複雑なシステムの一部なのだ。

 問題は、あまりにも多くのことが起こっていて、何がすでに存在しているのかを見失いやすいということである。あまりにも多くの個人が、腰を据えて大局を理解することなく些事にこだわって生きているのだ。緑は、他の色は現状を理解するための時間を使っていないだけだと心から信じている。

共通点

 マジックのカードの裏には必ず(ああ、例外はある、両面カード君たちだ)、カラー・ホイールと呼ばれる5色の円が描かれている。

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 隣り合った2色は友好色で、対角線上に位置する2色は敵対色だ。「パイの戦い」の記事で、この5つの対立については語ったので、今回は5つの協力関係について語ることにしよう。

抑制の大切さ(白青)
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 2色の協力関係を理解するために、その共通の敵をまず確認しよう。白と青の共通の敵対色は、赤である。赤は直観の色であり、自身の感情に従う色であり、指針の心に耳を傾ける色である。赤は気まぐれで自然的だ。赤は目先のことに注目し、長期的なことはすぐそこに迫るまで意識しないのだ。

 白や青に言わせれば、それは危険だ。社会全体の福祉に注目する白にとっては、この種の振る舞いは人々が社会を第一に振る舞うようにするための社会的契約を台無しにしてしまう利己的な行為につながるものである。可能な限り最善を目指すことに注目する青にとっては、この種の振る舞いはそれぞれの可能性を最大限に活かす能力を台無しにしてしまう愚かな選択につながるものである。

 従って、白と青の協力関係は抑制に関わるものである。時間をかけて、ものごとを筋を通して注意深く考えるのだ。これは、白にとっては、計画や組織、戦略などに注目することである。社会にとって最善のことをするためには、秩序という道具を効率的に使っていると確信できるように何歩も先のことを考えなければならない。青にとっては、研究や評価、予測などに注目することである。最適化のための最善の方法を見つけるためには、ゆっくり秩序立てる必要があり、決定前にあらゆる要素を正しく分析していると確信できるようにする必要があるのだ。

 白と青を組み合わせると、その焦点は最も長期的な成功の機会がある計画を立てることになる。最終的にどうしたいかを定め、その選んだ工程を達成するために必要な手順を逆にたどって計画するのだ。そのため、白と青は遅く、反応的で、詳細に非常に注目するが、その計画が抑制されていなかったとしたらほとんど止められないのだ。

 白と青の不一致点を理解するために、それぞれのもう一方の友好色を確認する必要がある。白の他方の友好色は緑で、青の他方の友好色は黒だ。つまり、この2色の違いは、自由意志と運命の対立だということになる。青は人々には決定権があり、その行いをコントロールできると信じている。白は、よりよい社会のために人々にはなすべき役割があると信じている。個人が判断するにあたっては、自身の可能性を最大限にするべきだと青は信じているが、集団の利益を最大限にするべきだと白は信じているのだ。

選択の大切さ(青黒)
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 青と黒の共通の敵対色は緑である。緑は世界をありのままに受け入れ、誰にでも大きな生態系の中でなすべき役割があると理解する色である。緑の考えの中では、人は生まれながらに、誰であるのか、何をなすべきかが定められており、それは自分で決めることはできないものなのだ。

 青と黒は、個人が自分の個性や目的について何も言えないということを嫌っている。可能性を最大にすることに注目する青にとっては、これは人々が自分のなりたいものを決めることができなくするものであり、完璧さに関する青の究極の目標を台無しにするものである。自身の影響力を広げる方法を探す黒にとっては、これは人々を非常に狭い方法論に閉じ込めるものであり、力に関する黒の究極の目標を台無しにするものである。

 従って、青と黒の協力関係は選択に関わるものである。人々に、自分が何者であるか、何をするかを決める選択肢を与えるのだ。これは、青にとっては、複雑な決定や順応性、変化のようなものに注目することである。自身の最大の可能性を求めるために、様々な選択肢が必要であり、うまくいかない場合には途中でも変更できる必要がある。黒にとっては、前進や可能性、無慈悲さなどが軸となる。支配をもたらしうるものを得るために、そのような障害があろうと自身の道を選べる必要がある。

 青と黒を組み合わせると、その焦点は現状がどうであるのかを混乱させながら可能な限りの選択肢を持ち続ける計画を立てることになる。敵方にはどうすれば勝てるのかがわからないような方法で勝ちたいのだ。この計画を成立させるための鍵は、勝利のためにできることを、適応できるようにしてなんでもすることである。このため、青や黒は予測しにくいが、その計画は邪道になることが多いのだ。

 青のもう一方の友好色は白で、黒のもう一方の友好色は赤である。つまり、この2色の違いは、自由と安定の対立だということになる。黒は、人々には自分の望むことをする権利があると信じており、自由や可能性に制限をかけるような(自分の作ったもの以外の)あらゆる尺度に難色を示す。青は、混沌が放置されれば究極的には自身の成長に対する脅威となると信じており、問題のある個人を監視できるような団体の向上を助けるのだ。黒は、おとなしいものを傷つける個人の存在は活況をもたらすために必要なコストだと信じている。青は、社会の役割の1つは安定を保つことであり、外部からの脅威を恐れることなく外部を見られるようにすることだと信じているのだ。

個人の大切さ(黒赤)
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 黒と赤の共通の敵対色は白である。白は全体の需要を優先する色である。白は、各個人はそれぞれ自身のためでなく社会全体のためになるよう、場合によっては自分個人にとって苦痛になるようなことであっても、選択するべきだと信じているのだ。

 黒と赤は、個人は根本的に自分にとって不利益になるような判断を強いられるべきだという考えを嫌っている。代償を惜しまず力を追い求めることに注目する黒にとっては、そのような判断は最終目的のために逆効果である。自身の衝動を満たしたい赤にとっては、自分の中でなく外に耳を傾けることを強制されていることになる。

 従って、黒と赤の協力関係は個人に関わるものである。個人的な判断を優先することができるようにするのだ。黒にとっては、個人的実績や決断、自己尊重のようなものに注目することである。正しく人々を動機づけるためには、良い仕事をした人に褒賞を与えることができる必要がある。赤にとっては、情熱や熱狂、動機のようなものに注目することである。自身の心に従うためには、自身の衝動に耳を傾ける自由が必要である。

 黒と赤を組み合わせると、その焦点はあらゆる制約を抹消することになる。衝動的で暴力的で、自分たちの計画を推し進めるためにはなんでもするのだ。彼らは脅威と対策のバランスである。このため、黒と赤は危険であるが小さな脅威は受容することになる。

 黒のもう一方の友好色は青で、赤のもう一方の友好色は緑なので、この2色の違いは自然と育成の対立だということになる。黒は、個人が自分の人生を決めることができる、無慈悲な可能性の中で人々は自分の運命を作り上げることができると信じている。赤は自分の内面からのメッセージを受け、人間を突き動かすのは獲得したものではなく生まれ持ったものだと信じている。黒は、個人は自分の選んだものになることができると信じている。赤は、個人は自身の衝動を組み合わせたものであり、自分のあるべき姿を受け入れるようにしなければならないと信じているのだ。

直観の大切さ(赤緑)
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 赤と緑の共通の敵対色は青である。青は自分の知性を活用して情報を集め、自身の可能性を最大限にする色である。青は正しい決定を下すことに注目するので、遅くて秩序だっており、正しく判断を下すための自身の知性に依るものである。そのため、青は冷静で計算高くあろうとし、それらを迷わせるような内部的手法を控える傾向にあるのだ。

 赤と緑は、人々は自分の心や性根に耳を傾けるべきではなく、生きるための正しい方法は内的なメッセージを無視することだというこの考えを嫌っている。自身の感情に耳を傾けることに注目している赤にとっては、衝動を却下することは侮辱的で逆効果である。自然の性質を受け入れる緑にとっては、直観を無視するという考えはその価値に対する侮辱であり逆効果である。

 従って、赤と緑の協力関係は直観に関わるものである。全ての生物が生まれ持った、一生を通して自身を導く能力に関するものである。赤にとっては、感情や自発性、欲求のようなものに注目することである。自身の一生を充実したものにするために、自省し、自分の衝動に耳を傾けなければならないのだ。緑にとっては、予感や団結、連携のようなものが軸になる。成長するためには、自然から与えられたものを受け入れ、それを使って自分の本当の使命を見つけなければならない。

 緑と赤を組み合わせると、その焦点は自身の衝動や直観に従い、他の誰も競えないような速度で行動することで有利を得ることになる。また、被検するもののない獰猛性で攻撃するために、自身の野性も利用する。この方法の欠点は、攻撃的手法が通じない場合に代替となる戦略を持ち合わせていないということである。

 赤のもう一方の友好色は黒で、緑のもう一方の友好色は白なので、この2色の違いは集団の利点と個人の利点の対立だということになる。緑は生命の連続性を信じており、全ての生き物は大きな網の一部としてつながっているのだ。そのため、緑は対局を見、それぞれの生物の果たす役割を尊重することの重要性を信じている。赤は各個人がそれぞれの道を持ち、生命の目標はそれぞれの果たす役割にそれぞれが注目することにあると信じている。他者はそれぞれが自分の面倒を見る必要があるものであり、赤は自分自身だけを意識するのだ。

責任の大切さ(緑白)
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 緑と白の共通の敵対色は黒である。黒は自身の能力を最大限に発揮して世界における自分の役割を作り出すという可能性を見つけて掘り下げる色である。黒は自身を最優先にし、自身の行動を最も推し進めることを常に選ぶのだ。この種の考え方の結果、黒は自分が求める力を得る助けになるのであれば、他者の利益を喜んで奪うのだ。

 緑と白は、人々は他者を喜んで犠牲にして自分の目的を進めるべきだという考えを嫌っている。生命の網を信じている緑にとっては、他者を喜んで犠牲にするということは自然の秩序を乱す危険性があるものである。集団を守ることが第一の白にとっては、この利己主義は人々を危険で破滅的なことに導くものである。

 従って、緑と白の協力関係は責任に関わるものであり、大局の中に存在するのだということを認識し、自分の行動が周りにどのような影響を及ぼすかを考えるものである。緑にとっては、相互依存や共生、運命のようなものに注目することである。あらゆる生き物は自然の複雑な生態系の中で役割を持っており、そのたった一部分に干渉するだけでも破滅的な結果をもたらすことがあるのだ。白にとっては、社会や善意、大義のようなものに注目することである。集団の利益は個人の利益よりも常に優先されるべきであり、さもなければ基本的な衝動によって社会は破滅してしまうことになるだろう。

 緑と白を組み合わせると、集団の力の利益を得ることになる。協力することで、生物の群れは単なるそれらの合計よりも強力なものになりうるのだ。集団は軍勢を作り、究極的にはあらゆる防御を打ち破ることができる。この手法の欠点は、集団をまとめるのには時間がかかり、ばらばらで動く敵のほうが緑と白よりも勝ることがあるということである。

 緑のもう一方の友好色は赤で、白のもう一方の友好色は青なので、この2色の違いは頭と心の対立だということになる。緑は各個人は生命における役割と、それを果たすために必要な性質を持って生まれてくると信じている。つまり、成功の鍵は自身の直観に従って振る舞うことである。白は各個人の本当の目的は集団の利益に寄与することだと信じている。そのため、各個人は自分の衝動を乗り越え、知性を持って最善の寄与を決めなければならないのだ。

点をつなぐ

 色の動機を理解する上での鍵は、その2つの友好色の交わりを見ることである。

 白は責任と抑制の色である。果たすべき役割があり、自身の目的を正しく果たすためには体制に従う必要がある。そうすることで社会全体を前進させるために必要なことができるのだ。平和のための鍵は、自己鍛錬を通して社会規範に従うことである。

 青は抑制と選択の色である。自身の可能性を最大にするために、自身のすべての選択肢を掘り下げる上で勤勉に学ぶ必要がある。そのためには注意深い評価の手順に専念することと、将来の選択肢が無数に存在するという考え方を受け入れることが必要である。完璧になるための鍵は、秩序立つことと順応的であることの必要性を受け入れることである。

 黒は選択と個人の色である。成功の鍵は自身の目的を進めるためにどんなことでも喜んでする必要があるのだと理解することである。自分の一生を作り上げるための力は、自分がどこに行く必要があるのかを知る能力と、そこに行くためにする必要があることを喜んでするという心構えでのみ制限される。力への鍵は、柔軟性と利己主義である。

 赤は個人と直観の色である。幸せになりたければ、内省し、自分の身体が訴える欲求に耳を傾ける必要がある。生命において成功するということは、衝動を満たす行動をするということである。自由への鍵は、自身と自分の感覚を信じることである。

 緑は直観と責任の色である。答えはいつでもそこにあるのだから、探す必要はないのだ。生命は能力と、一生の中で果たすべき役割を持って生まれてくる。それが何かを認識し、受け入れるだけでいいのだ。受容のための鍵は、自身が何者であるかを受け入れ、自分の力でできるあらゆることをして生態系における自分の役割を果たすことである。

うまくやろう

 これが、なぜ友好色が協力するのかという話である。私はもちろんカラー・パイが大好きなので、いつもにもまして今日のテーマや記事に関する諸君からの反響を楽しみにしている。メール、各ソーシャルメディア(TwitterTumblrGoogle+Instagram)で(英語で)聞かせてくれたまえ。

 それではまた次回、両『イニストラード』ブロックのストーム値について話す日にお会いしよう。

 その日まで、あなたたちが皆友好色のように協力していますように。

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