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Making Magic -マジック開発秘話-

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パイの戦い

Mark Rosewater / Tr. YONEMURA "Pao" Kaoru

2016年11月14日

原文はこちら

 私がカラー・パイを大好きなのは、周知の事実である。カラー・パイは、メカニズムとフレイバーの両面でマジックの基礎となっている。昨夏、私は各色の理念を振り返る5本の記事を書いた()。

 今回は、この5色を別の方向で検証すべく、カラー・パイに存在する、5つの基本的な対立を見ていくことにする。対立が何なのかだけではなく、それらがお互いにどう重なっているのかについても語ることにしよう。

 対立の話に入る前に、5色それぞれの理念についてざっとおさらいをしていこう(上記の記事からの抜粋となる)。

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 白は平和を望んでいる。

 白は苦しみの世界を見て回っている。日々相争うあまりにも多くの存在がいるが、世界にはこの苦しみを解決するだけの資源がある。誰もが、(欲しい分だけではなく)必要な分だけ取るには充分なものが存在するのだ。苦しみは、全体よりも個人を優先することの結果として生じるものだ。

 白は、生命がそれぞれに充足している、不必要な苦しみの存在しない世界を作ることを望んでいる。そのために重要なのは、各個体が自分個人にとっての不利益であってもグループ全体としての利益となるような行動を取ることの重要性を知ることである。

 この計画の問題点は、誰もが同じ目標を目指さなければ成功しないということである。誰かが他のこと、たとえば自分の欲望などを優先し始めたなら、この計画は霧消してしまう。つまり、白は団結の力を全体に理解させ、大局観に焦点を当てさせるために多大な努力が必要となるのだ。

 白は、その意図を理解して共有できる相手を可能な限り多くしたいと考えているが、その大目標を達成するためには何人かの個人は調和のために諦めなければならないということも認識している。

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 青は完璧を求めている。

 青は、我々全てが空白の状態で、何かになる可能性を持って生まれてくると信じている。人生すべてが、正しい教育、経験、道具をもとに達成できることを探すためのものだ。これは最終目標のあるような話ではなく、人生すべてをかけて続けることなのだ。進化し、変化し、適応するためにできることは常に存在する。人生の旅は、自分を向上させようとし続けるかぎり、終わりなき発見なのだ。

 個人がそれをするために、この行いを許容し奨励する社会が必要である。教育の可能性は重要だ。試行錯誤を通して何かを経験する場所は必要だ。最高級の道具を使えることはあらゆる市民の権利であるべきだ。

 それに加えて、この生き方には正しい態度が必要である。可能性を受け入れるべきだが、行動を焦ってはならない。青は、個人に道を誤らせるさまざまな圧力、中には自発的なものさえある、が存在することを知っている。つまり、個人はそのあらゆる決定において注意深く慎重でなければならない。選択肢について考え抜いた上で正しく選ぶことは、決定を急ぐよりも良いことなのだ。

 青は秩序立っていて正確である。これは、自身を可能な限り高めようとすれば、失敗をしている暇などないからである。管理された環境の中では失敗も起こせるが。

 青は自分の完璧さを求めるだけでなく、その存在する世界そのものも完璧にしようとする。その一環として、青は必要なリソースが使えるようにする。しかし、その中で、各人の可能性に到達する要素は、世界自身もその可能性に到達する要素のある世界に存在すると信じられている。従って、青はもっとも技術に関心の深い色であり、使うもの全てを最新最高のものにしたがる色である。

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 黒は力を望んでいる。

 黒は他の色すべてのことを、それぞれが自分の好きなように世界を見ていると思っている。黒だけは現実主義者であり、ありのままに世界を見ている。個人は、手に入れて守る実力さえあれば何でも欲しいものを手に入れることができる。人生や幸福を支配できる能力を保証してくれる力こそが、もっとも重要なリソースである。

 万人にとって重要なことは、黒が世界を強欲なものにするわけではないと理解することである。世界はもとより強欲なもので、黒はただその中で生き残る手段を知っているだけなのだ。黒には2つの大きな優位がある。1つは、黒は他の誰よりも世界のシステムを理解して受け入れているということ。2つめは、黒は自分に成功の妨げになるような制約を課していないということである。

 黒の理念は「自分の関心事に気を向けるのは自分自身が一番向いている」という非常に単純なものだ。従って、誰もが自分の関心事に気を向けるなら、誰もが誰かに注意されるというシステムが構築されることになる。さらに加えて、黒のシステムでは誰にでも成功の可能性がある。誰もが成功するのかと言われれば、そうではない。しかし、それは黒のせいではない。世界がそうなっているだけなのだ。

 弱い者は敗れる。敗れるから弱いのだ。それを助けるために何かをしても、必然的に訪れる結果を引き延ばし、失敗を広げるリスクを高めるだけである。これは黒の個人的な話ではない。黒は、成功のために必要なことをする。他者がそれと同じことをできないのであれば、その結果を受け入れることになるだけだ。このことを見て、他者が黒のことを冷酷だと評するが、黒にとってはただの実用主義なのだ。

 苦しむ者は存在する。たびたび言うとおり、これは黒のせいではない。生命にとっての必然である。黒は真実を受け入れ、適切に行動する唯一の色であるというだけのことだ。

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 赤は自由を求めている。

 誰もが人生の意味に囚われているように見えるが、赤はそうではない。赤は最初から答えを知っているのだ。満足するために何が必要かは、心が教えてくれる。それに耳を傾け、その通りすればいいだけなのだ。何も不思議なことはない。文字通り、正しい道を示す感覚が常に自分を導いてくれている。問題は、他の色がそのメッセージを無視しているということだ。

 人生は冒険で、各個人が体験するものだ。鍵は、自分の感情を受け入れ、その導きに従うことだ。幸せなら笑え。悲しければ泣け。腹が立てば殴れ。恐れたなら逃げろ。内なる声に耳を傾ければ、人生に必要なこと全てを経験できる機会が得られるのだ。

 自分のした選択にずっと悩みながら人生を過ごす個人のなんと多いことか。赤くない話だ。赤は今を生きている。赤はおおらかなものだ。赤は眼前のあらゆる冒険を受け入れる。死の床にあって、後悔のない満足な人生だったと振り返るのが赤だ。自分の必要なことをして生きる能力、それが赤の望みである。

 これは、赤が孤独だということではない。むしろその逆だ。人生を生きるという中には、人間関係を受け入れることも含まれる。赤は情熱や忠誠心、仲間意識や熱情の色でもある。赤が他人と連係するときは、その繋がりは強く激しいものになる。恋人や友人としてみれば、赤は必要なときいつでもそこにいてくれる。まあ、事情があってそこにいない、ということもありうるが、それでも戻ってきたときには友人のために尽くしてくれるのは間違いない。

 余所者にしてみれば、赤は多少支離滅裂に見えるが、それは赤の本質がどこにあるのかを見ることができないからである。赤の行動を起こさせている感情を共有することはできない。人生を最高に生きるためには献身と根気が必要だが、赤はいつでもそれに取り組んでいるのだ。

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 緑は受容を求めている。

 他の色はどれも、世界をよりよくするために世界をどう変えていくかに焦点を当てているが、緑は世界を変えることを望んでいない。緑は、世界の全てのものは正しいのだと確信しているのだ。自然の秩序は美しく、人生のあらゆる問題に対する答えを含んでいる。鍵は、腰を据えて学び、自分の目の前にあるものが何なのかを認識することなのだ。

 各個人はそれぞれ必要な可能性をすべて持って生まれてくる。楽しい人生を送るための秘訣は、自分が生まれてきた役割を認識し、それを受け入れることである。自分が運命づけられていることをするのだ。世界は精緻なシステムであり、我々それぞれがその一部分を担っている。それは想像しなければならないことではなく、遺伝子に刻み込まれたことだ。ただ自分を省みればいい。

 さらに、自分が大局の中にどうやって適合するのかを学ぶ必要がある。自然は美しい構造を持っている。人生の中で、自分の果たすべき役割と、その役割が生命の網にどう繋がるのかを理解するのだ。誰も1人ではない。すべてが相互依存性に満ちた複雑なシステムの一部なのだ。

 問題は、あまりにも多くのことが起こっていて、何がすでに存在しているのかを見失いやすいということである。あまりにも多くの個人が、腰を据えて大局を理解することなく些事にこだわって生きているのだ。緑は、他の色は現状を理解するための時間を使っていないだけだと心から信じている。

平凡と対立

 マジックのカードの裏面を見たことがある諸君は、この並び、つまりカラー・ホイールを見たことがあるだろう。

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 隣に並んでいる色同士が友好色で、対角線になるのが敵対色である。色のそれぞれについて個別に検討したので、敵対色同士を組み合わせた時に何が起こるのかを見ていこう。衆知の通り、5つの対立が存在する。

団体の強みと個人の強み(白 vs 黒)
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 白は正邪の概念において絶対的真実があるとする道徳をよしとする。その真実のひとつが、社会はその最も弱い者に目を配る必要があるというものである。他人が飢えている時に、自分だけ貪るというのは認められないのだ。このように、助けを求める者を守ることを史上とすることが社会構造の鍵なのである。

 黒は人々にうまくやる意欲を与えることが重要だと信じている。誰もに機会を与え、そして利益を得るために働くことを認めるのだ。誰かが時間と労力を注ぎ込んで素晴らしいものを作ったとして、なぜその同じものを取り組まなかった者に与えなければならないのか。人々を輝かせたいなら、人々にふさわしい意欲を与えるべきなのだ。

 簡単に言うと、これは古典的な「団体の強み」と「個人の強み」の戦いである。社会は痛みを最小にすべきなのか意欲を最大にすべきなのか。思いやりと業績のどちらが大事なのか。人々が失敗するに任せるのはひどい不正なのか重要な教育の機会なのか。社会は、最弱の者をどう扱うかと最強の者をどう遇するかのどちらで審判されるのか。

 白にとっては、これは社会の責任の問題であり、全員の福祉を重視するという問題である。白は黒のことを、不道徳で利己的な存在だと思っており、この対立を善と悪の対立だと見ている。

 黒にとっては、これは個人の責任の問題であり、人々がよりよい自分になるようにする制度を作る問題である。黒は白のことを、弱者を助けることで、成長しようと考えさせるのではなく弱者のままにとどめていると思っており、この対立を励ましと甘やかしの対立だと見ている。

 本質的に、この対立は個人が判断を下す上でどう優先順位をつけるかという問題である。

頭と心(青 vs 赤)
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 青は知恵の力を信じている。自身を成長させるには不屈の精神が必要だ。注意深く、集中力に溢れ、用心深く、忍耐強くあらねばならない。一歩一歩進むたび、自身の最終的な目標に向かう正しい方向に進んでいることを注意深く確認せねばならない。常に正しい道を指し示してくれる、頭で考えるのだ。

 赤は感情の力を信じている。身体が語りかけてくる声に耳を傾けるだけでなく、本能的にかつ情熱的に活動するのが重要なのだ。幸福の鍵は自身の本能に従うことで、夢を追わずに後悔するようなことがないようにすることである。常に正しい道を指し示してくれる、心に従うのだ。

 簡単に言うと、これは古典的な「頭」と「心」の戦いである。理性と感情のどちらに耳を傾けるのか。考えたことと感じたことのどちらに従うのか。注意深く進むのか、諦めるのか。注意深く実行することと情熱的に衝動に従うことのどちらが幸せを保証してくれるのか。

 青にとっては、これは人生の細部を正しくするために時間がかかるという問題である。青は赤のことを、不必要に向こう見ずで危険なまでに不注意なものだと考えており、この対立を注意深さと無謀さの対立だと見ている。

 赤にとっては、これは主に自分に関することを理解し行動するという問題である。赤は青のことを、冷たく無関心な存在だと考えており、この対立を情熱と冷淡さの対立だと見ている。

 本質的に、この対立は自分たちがどう生きるかという問題である。

自由意志と運命(黒 vs 緑)
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 黒は人生の上で前に進む可能性を作る責任は自分にあると信じている。乗り越えようとすれば乗り越えられない障害など存在しない。変更をもたらすための鍵は、自分の持つ力を理解することである。

 緑は人生において進む道は定められていると信じている。生まれたときから果たすべき役割は定められているのだ。必要なのは、自分の道が何なのかを見つけ出し、それを受け入れ、恭しくその役割を果たすことである。人生には惑わすような障害は存在するが、必要なのは強い意志を持って自分の運命に立ち戻り続けることである。

 簡単に言うと、これは古典的な「自由意志」と「運命」の戦いである。人生の結果をどの程度自分で左右することができるのか。選択したのは自分自身なのか、それともより大きな計画の一部なのか。自分の定められた人生を変えることができるのか、運命は定められているのか。

 黒にとっては、これは自分が自分の将来を支配しているということを強く認めるかどうかの問題である。黒は緑のことを、存在しないものを信じる愚か者だと考えており、この対立を可能性と迷信の対立だと見ている。

 緑にとっては、これは世界に内在するパターンを受け入れるかどうかの問題である。緑は黒のことを、目の前にある真実を見ることのできない皮肉屋だと考えており、この対立を真実と無神論の対立だと見ている。

 本質的に、この対立は人生において果たす役割の問題である。

自由と安全(赤 vs 白)
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 赤は人生の目標は各個人が自身の衝動に従うことで自身の情熱を見つけ出すことだと信じている。そのために、個人が自分の進みたい道を掘り下げる必要を優先する社会、制限や制約のない世界に住む必要がある。

 白は全体の幸せを最優先する世界を作りたいと思っている。そのための鍵となるのは、誰もが安全であることである。そのために、個人が利己的にその集団を危うくしないような規則や規定が必要である。

 簡単に言うと、これは古典的な「自由」と「安全」の戦いである。社会のために何が最高なのか。人々が自由に活動できる世界か、人々が危険から開放された世界化。個人が望むことをできることと、社会が社会を守ることのどちらが優先されるべきなのか。シートベルトの強制は自由を束縛するのか生命を救うのか。社会を守るためにどれだけの個人の自由を引き換えにできるのか。

 赤にとっては、これは他人に自分の生き方を指図されるかどうかという問題である。赤は白のことを、不公正にその意志を押し付けてくる独裁者だと考えており、この対立を民主主義とファシズムの対立だと見ている。

 白にとっては、これは社会責任の問題であり、さらなる福祉に気を払うかどうかの問題である。白は赤のことを、社会を危険にさらす無政府主義者だと考えており、この対立を秩序と混沌の対立だと見ている。

 本質的に、この対立は自分たちの社会制度がどうあるべきかの問題である。

自然と育成(緑 vs 青)
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 緑はあらゆる人は生まれた時点でその存在を定義づける全ての属性を持ちあわせていると信じている。長所、弱点、その他その人物を形作るものは、遺伝的性質や生理学、生物学によって内包されている。

 青はあらゆる生命は何にでもなりうる可能性を持った白紙状態で生まれてくると信じている。適切な教育、経験、道具があれば、人は自分の特徴を選び、自分がなろうと決めたものになることができる能力がある。

 簡単に言うと、これは古典的な「自然」と「育成」の戦いである。人が誰なのかを決めるのは何なのか。人々は自分の最終的な行く末を定める性質とともに生まれてくるのか、それとも望むものになることができる何かなのか。人の可能性は有限なのか無限なのか。人は遺伝子によって定義づけられているのか、環境によって定義づけられるのか。過去の知恵と未来の知識どちらが重要なのか。

 緑にとっては、これは人が生来定められたなるべき姿を受け入れるかどうかの問題である。緑は青のことを、自分が本来どうなのかという真実を受け入れない者だと考えており、この対立を許容と拒否の対立だと見ている。

 青にとっては、これは人が目の前に広がる可能性の世界を重視するかどうかの問題である。青は緑のことを、変化を望まない者だと考えており、この対立を可能性と停滞の対立だと見ている。

 本質的に、この対立は個性と、自分自身をどう見るかの問題である。

点を繋ぐ

 カラー・ホイールの対立の最も興味深い側面は、各色がその両敵対色と本質的に同じことで戦っているというところである。

白 vs 黒赤
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 白は平和を求めている。白はすべての人の生命の質を最大化する方向に向かいたいと考えている。白は、それを阻む2つの力である、利己主義と無関心と対立しているのだ。白は社会がよい選択をするための助けとして秩序を使っている。秩序から道徳や法律、宗教や政治が作られている。

 白の黒との対立軸は、道徳である。白は人々に、必要とする人に気を配るのは道徳的責任であると理解させることで弱者を守っている。黒は、そもそも道徳が存在するのかどうかという問いを投げかけることでそれを揺るがしている。人々の利己主義を餌に、自分だけの望みを注視するように仕向けているのだ。

 白の赤との対立軸は、思いやりである。白は弱者から利益を得る者を罰する法を作ることで弱者を守っている。赤は、その法律の必要性に問いを投げかけることでそれを揺るがしている。指図されたくないという人々の反感に巣食っているのだ。

 白の対立は、体制を崩し、あるいはそもそも体制を作らせまいとする中でその体制を守ろうとするものである。

青 vs 赤緑
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 青は完璧を求めている。青は自己と自己の社会を最高のものにするためのあらゆることをしたいと考えている。青は、それを阻む2つの力である、近視眼と変化の拒絶と対立しているのだ。青は個人に自分の可能性を知らせるための道具として知識を使っている。知識は指導や訓練、より大きくより良い存在になるための道具を作る助けとなり、教育と技術を作っている。

 青の赤との対立軸は、抑制である。青は注意深い熟考と計画を経て人は自分の将来を描くことができると説いている。赤は、直近のことしか考えず、長期的な不利益となる本能的な判断を下すことでそれを揺るがしている。すぐに満足を得たいという人間の衝動的性質を利用しているのだ。

 青の緑との対立軸は、変化する意志である。青は技術の最先端にあり、常に知的探求を通して人生の問題に新しい回答を探し続けている。緑は変化の価値に疑問を投げかけることでそれを揺るがしている。人間の習慣的行動と新しいものへの必然的恐怖を利用しているのだ。

 青の対立は、準備周到な変化を回避し、あるいは押しとどめようとする中でそれを推し進めようとするものである。

黒 vs 緑白
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 黒は力を求めている。黒は個人の責任を信じ、すべての人に自分の生き方を定める機会を認めている。黒は、選択を個人から奪う2つの力である、誤った運命観と道徳と対立しているのだ。黒は人に選択を認め、その選択の権限を認めようとしている。それは自由意志と個人の権限という概念を作ったのだ。

 黒の緑との対立軸は、運命である。黒は各人が自分の人生で何をするかを決めることができると説く。緑は、人生は定められたものであり、定められた道を歩く義務があるという概念を推すことでそれを揺るがしている。人間が不確実性に対して持つ自然な恐れを利用し、もたらす必要のない見返りを約束して惑わしているのだ。

 黒の白との対立軸は、現実主義である。黒は自分を助ける頼りになるのは自分だと説く。他人に頼れば失望するかそれ以上の目にあうことになる。白は、強者は弱者を甘やかすべきで、多く働いても多く得るべきではないという概念を推すことでそれを揺るがしている。弱者の数が強者の数よりも多いということを利用し、誤った価値観をもたらしているのだ。

 黒の対立は、弱者に権限を与えようという中で実力を評価する体制を作ろうとするものである。

赤 vs 白青
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 赤は自由を求めている。赤はその行き着く先がどうあれ情熱に従いたいと考えている。赤は、その途上に障害を置こうとする2つの力である、警戒心と無感覚と対立しているのだ。赤は行動を求めており、衝動に従うことを勧めている。それは熱狂と本能心を作ったのだ。

 赤の白との対立軸は、規則の不必要な生成である。赤は、人生には危険が存在するが、それは選択しなかったことの後悔に比べて小さい問題だということを理解している。白は、集団の安全性を個人の権利よりも優先するという政策を推し進めることでそれを揺るがしている。人の持つ傷つくことへの抵抗心を利用しているのだ。

 赤の青との対立軸は、行動しないという圧力である。赤は未知の要素からの危険性があることを理解しているが、人生の凹凸に対処することは旅の一環である。青は、問題に取り組む前に完全にその問題を理解しなければならないという信念でそれを揺るがしている。失敗を嫌う人間の性を利用しているのだ。

 赤の対立は、速度を緩めようという脅かしの中で行動し続けようとするものである。

緑 vs 青黒
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 緑は成長を求めている。緑は自然系は完璧で、外部からの干渉なく成立していると信じている。緑は、反自然的な変化をもたらそうとする2つの力である、自己同一性の変更と運命の変更と対立しているのだ。緑は、既に最高の自然系の中にいるのだからより良いものになるために変化を求める必要はないという認識を広め、自然系を受け入れさせることを望んでいる。それは内的性質と運命の受け入れを生み出したのだ。

 緑の青との対立軸は、遺伝学と、人が自分の根本的性質を変えられるという誤った信念の否定である。緑は、人が自分を定義づける性質とともに生まれてくるということを理解している。青は、人がその本来なるもの以外の何かになることができるという信念を推すことでそれを揺るがしている。人間の、生まれた姿と本質的に違うものになりたいと夢見、想像する欲求を利用しているのだ。

 緑の黒との対立軸は、運命の否定である。緑は、人生の旅路は大きな生命の網の中で果たすべき役割を理解し、その役割を受け入れ、果たすことだと理解している。黒は、生きるものの繋がりを断つことであり最悪の結果に繋がる、人が自分の運命から逃げることができるという信念を推すことでそれを揺るがしている。人の、性質の暗黒面を掘り下げたいという欲求を利用しているのだ。

 緑の対立は、世界を違う形に変えようとする中で、身の回りにある世界を受け入れようとするものである。

憎悪と狭量

 創造的な執筆を学ぶ中で教わることの1つが、フィクションというのは本質的に対立を描くものだということである。主役が何かを求め、敵役は、それは人であったり軍勢であったり内部的対立であったりするけれども、主役がそれを手に入れるのを阻もうとする。カラー・パイは、各色が望むものがその敵対色によって阻まれるというバランスにおいて同じような性質を持つ。今日の記事が、本当の美は5つの色の単独の理念にだけあるのではなく、お互いの繋がりにあるのだということを示せていれば幸いである。

 対立を1つの記事にまとめるため、多少簡略化している。掘り下げていけば、諸君はそれぞれの対立に多くの異なった側面があることを知ることになるだろう。例えば、物語抜きなら似てくる赤と白の対立を元にして2つの異なる話を作ることもできるだろう(『ダークナイト』と『フェリスはある朝突然に』はかなり違う話になっている)。

 私はいつも諸君からの反響を楽しみにしているが、カラー・パイは私の情熱なので(赤だ!)今日の内容については特に諸君からの反響を聞きたいと思う。ぜひ、メール、各ソーシャルメディア(TwitterTumblrGoogle+Instagram)で(英語で)聞かせてくれたまえ。

 それではまた次回、ストーム値に関する新記事でお会いしよう。

 その日まで、あなたの対立があなたの理念と同様興味深いものでありますように。

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