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なかしゅー世界一周2011・第16回:日本選手権と日本一の山

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2011.08.11

なかしゅー世界一周2011・第16回:日本選手権と日本一の山

By 中村 修平


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 ようやくといったところでしょうか、この連載の方もようやく現実の時間に追いついてきましたね。


 今回は日本選手権までの話となるのですが、結果を先に言ってしまいますと、私の成績はちょうど32位。
 初日のスタンダード2-2、ドラフト3-0。2日目がドラフト2-1、スタンダードが2-1から、最終戦を合意の上で引き分けというものでした。

 プロポイント的に見るならば日本選手権は非常に効率が悪いイベントです。
 トップ16入賞でようやく1点のプロポイント。トップ8以上でも日本代表である上位3人以外はグランプリよりも概ね下になってしまいます。

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 ですが、それでも、日本選手権というのは格別なもので、負けてしまったことに対して、グランプリはもとよりプロツアーとも違った感覚に囚われてしまいます。
 一言で言うなら思い入れが強いトーナメントなのです。
 トーナメントマジックに魅せられた多くの方と同じように、初めの第一歩となったのは日本選手権予選からですし、何個か取らせて貰ったタイトルの中で、日本王者というのは別格なのです。
 それゆえに、勝てなかったことは、やはり悔しいのです。


 日本選手権についてはこのくらいにしておくとして、今回はカンザスシティから日本選手権の間に行ったとある所についてです。

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 来年は倍増との話も聞いてますが、例年はグランプリが20回、それに加えて日本選手権にプロツアー3回と世界選手権で25週ほど。
 こうやって指折り数えてみると2週間に1回はプレミアイベントに参加している計算となるのですが、これが額面通り2週間に1回のペースで行われているという訳ではなく、スケジュールの都合上でどうしても空けておかないといかない月というのがあります。

 例えば夏。各国で国別選手権が順次開催されるので、その間はグランプリは休止期間になってしまいます。それに世界選手権が終了した12月と1月の初旬までは慣例的にプレミアイベントはシーズンオフになっています。

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 この2つが私にとってはまとまってのお休み。マジックの練習をしないでのんびりと他にやりたいことをやれる期間となるのですが、反対に休業期間の為に過密日程になるという期間もあるわけで、プラハから始まってシンガポールカンザスシティまでの1ヶ月は皺寄せでほとんど毎週末がプレミアイベントという忙しい時期だったのです。

 もちろん休暇シーズンまでには日本選手権が待ち構えているのですが、本戦が基本セット2012入りという状況なのに、肝心の基本セット2012発売は選手権前日です。
 練習しようにも練習できないという状況なのでフラグが立つままに流されてみると、危うく死にかけるほど強烈な落とし穴に片足を突っ込んでいたのです。


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 発端は何気ない一言からです。
 企画人はジャージが好きだったり、ゴブリンが好きだったり、架空会社プレインズウォーカー商事なあの人です。
 最近のお気に入りは『さよなライオン』とばかりに《黄金のたてがみのアジャニ》に歪んだ愛情表現を叩きつけることなようなのですが、

『富士山の山頂でジェイスと石鍛冶を供養しなくては、あとついでにアジャニもいいっすねー』

 なんて週末の与太話にうっかり賛同してしまったのが運の尽き。
 トントン拍子に日付選定まで進んでしまい、気がつけば木曜日に前日から移動の日帰りで富士山なんて話になっていました。ちなみにこの時点でも半信半疑どころか、どうせやらないと高を括っていました。


 その上、折りしも決行日の天気は雨。1名を除いて参加者の誰も準備をしている形跡がありません。
 まあいつものことだなと安心して、そういえば昨日は原稿を書いていて徹夜だったなと余裕の昼寝をしてしまったのが最後の分岐点でした。
 日が暮れた頃に目が覚めて状況を確認してみると、ツイッターのタイムライン上では何故か「とりあえずは富士山まで行ってみよう」と言うことになっているではないですか。
 慌てて用意をしようにも住みたての新居に登山装備なんであるはずもなく、というか最後に登山なんてしたのは10年以上前の話です。そこからどのくらい体力が落ちているかだなんて想像がつきすぎてしまってかえって困ってしまいます。

 そんなことを考えながら短時間で導きだした結論は、

「どうせ雨なら延期だろうし、余計な荷物を持って行っても体力が無いから、逆に短期決戦の軽装備で」

 というもの。
 それなりに理がある考えだと思っていたのですが、どうやら参加者はきっちり準備している組と何も準備していない組にはっきり分かれていたようです。
 不本意ながら何も準備していない組に分類された私の格好は、早速「山を舐めている」とツイッター上で写真をアップされる始末、ちなみに写真をアップした当人の服装はシャツ一枚にサンダルという、それこそ山を舐めているどころか、としか思えない格好なのですが、もちろんそれは当然のスルーです。
 そして《八ツ尾半》も大好きな発起人は、穴あきシューズをなんとかガムテープで持たせることができないかと試行していました。
 もちろんこの時点でも本当に登山することになろうとは心の底から一遍たりとも思っていません。

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 しかし車での移動は順調で未明には富士山に到着してしまい、少々の仮眠を挟んで車で到達できる最終地点の五合目の駐車場から小雨交じりの外の天候を伺っていたのですが、何の因果か午前6時くらいに晴れてきてしまったではありませんか。

 とりあえず晴れてきたので、六合目くらいまでは行ってみよう。
 という流れに多勢が傾き、とうとう富士登山が決行されることになりました。

 ここまでは全力で富士登山に否定的な見方をしてきた私ですが、登山自体はもとより嫌いではありません、しかも私自身も富士山に一度は登ってみたかったという、よくよく考えれば登らないでいる根拠が見つからない不思議な立ち位置です。
 一度登りはじめてしまえば、渋る同行者をなんとか説得して行けるところまで行ってみようという方向に方針を180度転換してしまったのも今思えば納得できます。

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 しかも幸いなことに、移ろいやすい山の天候もここまでは順調に回復してきているのです。もう樹木の限界点を超えた上を見ると山小屋が、下を見渡せば雲海。ロケーション的には完璧で、遠くから自衛隊の演習場から聞こえてくる砲撃音が良いアクセントになっています。

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八合目にて。頂点を極めたカードと頂点を目指す

 当初の目標だった七合目もあっさり通過して、難所の八合目。
 登山道も徐々に厳しくなるのもありますが、このあたりからは経験したことのなかった空気の薄さという問題が効いてきます。
 少しの距離でもすぐ息が上がってしまい、その度に呼吸を整える為に小休止が必要。
 体力的には疲れていないのに足が上がらないという状態になりながらも、かなり近い間隔で建てられている山小屋を休憩地点にすることで何とか通過することができました。

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その手に持つ《》は・・・

 ここまでの通過時間はだいたい登山標識の指し示す通り6時間ペース。
 休暇中のグループワーク参加でそこらじゅうに見かけたアメリカ海兵隊の現役隊員たちには歯がたたないまでも、それなりのペースで道中を消化しています。
 以降の山小屋がない8.5合目に到達した頃には若干雲行きが怪しくなってしまってましたが、せっかくなんで頂上まで行ってみようということで続行することになりました。

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 ですがここからが厳しさの度合いが急加速します。天候はあっという間に悪化し、5メートル先の視界も確保できない状況です。

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 その上、霧雨というよりは霧つぶてのような雨が容赦なく吹きつけてきます。気温は10度を下回っている上に強風。雨具を用意していないので衣服は水を吸って、しかも気化熱で更に体温を奪っていきます。

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 九合目以降は「頂上まで残り600メートル」というように200メートル単位で表記されているのですが、ラスト200メートルに至ってはこれまでの登山道で一番険しい、まさに最終ステージといった感じのもの。
 10歩進んで1分休むというような歩みを繰り返し、頂上の鳥居に到達した時に心を占めていたのは、やっと山小屋で一息つける、というものでした。

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 ところがその山小屋は休止中。そんな合間にも天気は一向に収まる様子がなく、むしろますます吹雪いているように感じられます。
 装備的に相当劣っている私たちではこのままでは割と冗談ではなく生命の危機です。
 ここからは一刻も早く下の山小屋まで降りようという結論になり、歯の根が合わないまま、転げ落ちるように富士山を下って、営業している山小屋にまでたどり着いたところでヤソが欠けていることに気付きました。

 確実に私たちの方が先行していたのですが何時まで経っても来る気配がないのです。
 連絡を取ろうにも携帯は繋がらず、登山中にはなんとなくといった話くらいで、本当にはぐれてしまったらどうするかという話をしていなかったのです。
 それ以前にみんな寒くてペース最優先で山を降りてしまっていたので、その過程で足にダメージを負ってしまったのではないかという可能性がちらついてしまいます。
 結局八方塞がりでとりあえず私たちも下山するしかないということで、下山道をやはり雨から逃げるようにして駆け降りていると・・・

 なんとなく見覚えがある前方の人影こそヤソでした。
 普段は軽口を欠かさない我々もこの時ばかりは万歳三唱です。
 ヤソの話によると、集合場所である山小屋がどこかわからなくなったのでそのまま降りていった、ということでした。基本的には一本道なのですが、山小屋に私たちが先に入って暖を取ってる間に通り過ぎてしまっていたというのが真相でした。

 こうして全てが終わった後だから笑い話とすることができたのですが、ヤソが欠けていた状態での下山風景は本当に洒落になっていない状況でした。

『山だけはマジしかねえ』

 とは「マイアすか学園」なんて書いておきながら、元ネタを一度も見ていないらしい発起人の言です。
 霊峰のご利益はヤソに吸いつくされたのかもしれませんが、何はともあれ本当に無事でよかったという富士登山でした。

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 さて、次回からはようやく現実世界の時と同じ歩調に戻せそうです。
 グランプリ・上海について書いていくことになると思います。

 それではまた次回、世界のどこかでお会いしましょう。

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