MAGIC STORY

イニストラード:真紅の契り

EPISODE 05

メインストーリー第3話:その結婚に異議あり

K. Arsenault Rivera
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2021年11月10日

 

 ステンドグラスの窓というのは一昼夜でできるものではない。

 それを作るにはまず、何を作ろうとするのかを決めねばならない――そして、どう作るのかを。それだけでも優に数か月を必要とする、ガラス細工師と芸術家が協力して働く場合はなおさらだ。大まかな姿と輪郭が考慮され、また各所に配置される小片が見る者の目を奪うように。天使の翼には何枚の羽根を? 蛇の頭部には何枚の鱗を? 不実な光の中に、何本の牙がぎらついている? 全体像、細部――その全てを目前に広げねばならない。始めてすらいないうちに、何を作ろうとしているかを理解せねばならない。

 そして、始める。

 ここでも長い時間を要する。何週間も、何か月も。羽根、鱗、牙のひとつひとつが、そのためだけに彩色された真新しいガラスの一片から作られる。砕けてしまわないよう願いながら、赤熱した鉄を用いてガラス片を切り出す。ひとつひとつ、一片また一片、細工師と助手は命を削るようにじりじりと進めていく。

 全ての破片を切り終えたとしても――切断し、破片全ての形状を整えても――まだ終わりではない。ステンドグラスは脆弱で、自立していられないのだ。破片を組み合わせ、ひとつに密着させねばならない。そうしてできた美しい作品を枠にはめ込む。羽根、鱗、牙、全てをそれぞれの場所に。それを鉄枠に取りつけてようやく、作品は完成となる。

 もし幸運ならば、そのステンドグラスは誰かがそこに天使を放り投げるまで、数世紀は持つだろう。

 長い人生の中、ソリンは多くのステンドグラスを見てきた。幾つかは自ら発注したこともあった。その製作過程はいつも彼を魅了した。しばしば相棒となる建築物と同じく、それは世紀の仕事だ――彼自身と、彼のような者たちだけが真価を認めることのできる仕事。

 その窓を目の前で見たのは初めてではなかった。だがこの雨が降りしきるような憂鬱な一時、彼はそれを鑑賞する余裕を持つことができた。その頂点ではオリヴィア・ヴォルダーレンが、歓喜の笑みを浮かべ、血の杯を二つ傾けてステンドグラスの残り部分の枠を成していた。このオリヴィアの自尊心の証を完成させるまで、どれほどの時間がかけられたのだろうか? 唇の曲線、宝石、睫毛を作り出すために、どれほど血のにじむような作業が行われたのだろうか?

 他の家系はこういった作品において、自分たちの後継を最も目立つ所に据える。だがオリヴィアは自分自身に大方の目を向けさせていた。確かに、羽根や鱗や牙といった他のものも各所に散りばめられている。だがここではオリヴィアが始終、最高を支配していた。頂上から中央の肖像、そして下部では、エドガー・マルコフと腕を組んで立っていた。

魅せられた花婿、エドガー》 アート:Volkan Baga

 ふたりは途方もなく荘厳な絵画のようだった――オリヴィアは悲嘆の霊の列をまとい、エドガーは上質な婚礼の衣装を。だがふたりを見ると、そのような誇示は些細なことだとわかった。集まった親族たちは、冷淡な目でソリンを見ていた。婚礼の招待客たちは、血と同じほどにドラマを求める。奪われた祖父。一つの物事から次へ。一枚の窓から次の窓へ。吸血鬼は奔放に暴れ、彼は一体の天使を創造し、その天使は死に、彼は面目を失う。オリヴィアは彼が残した権力の空白を満たす。

 血の杯に口をつけながら、唇に得意の笑みを浮かべて彼を指さしながら、オリヴィアの両目は何かを言ったように思えた。わずかな弱みの徴候さえあれば十分だったのだろう。イニストラードに何らかの災害が降りかかれば、オリヴィアのために十分な権力の空白が開く。植物が光を求めるように、あの女は力を求める。

 オリヴィアは大局的にずっと、ここを目指していたのだ。

「ようこそ、ようこそ! ああ、こんなにも沢山の方々が来て下さるなんて嬉しくてたまりません。新郎なくして結婚式はできません。そのような不作法は……」

 溺愛するように祖父がオリヴィアの手をとる様に、ソリンは悲鳴を上げたくなった。エドガー・マルコフは生前、最初の妻と言葉を交わすことすらほとんどなかった。それなのに、あの女に対してそのような優しさを見せるのは……

 遠縁の者たちから、お高くとまった笑い声が一斉に上がった。彼らはソリンを見ていなかったが、それでも嘲りは伝わってきた。喉元にダガーを突きつけられたかのように。

「さて。ここに参列する栄誉にあずかられた皆様は、メインイベントを待ちわびていらっしゃることでしょう。ですがまずは、小さな楽しみをご用意させて頂きました。前菜のようなものと言っていいかもしれません。愛するエドガー・マルコフへの贈り物です。召使たち!」

 彼女は指を鳴らした。

 当初、何も起こらないとソリンは思った。オリヴィアの召使たちが遂に逆らったのだと、心の内のどこかで小さな希望が閃いた。

 だが息をするように簡単に、オリヴィアはそれを消した。彼の視線を受け止め、オリヴィアは天井を指さした。

 シャンデリア? ステンドグラスほど目を惹きはしない、だが何かが違うのだろうか? オリヴィアの表情は、何にせよ特別なものを用意していると告げている……

 大広間の天井に、もう一つ別のものが吊り下げられていた。

 赤く豪奢な緞帳に包まれ、何かが降ろされてきた。鳥籠のような形状。オリヴィアは何かを縫い合わせて忌まわしい生物の贈り物を作り上げたのだろうか、ソリンはそう訝しんだ。オリヴィアは信仰篤き者を痛めつけるのを好む。天使の羽根をむしり取ってそれを歌い手に取り付け、歌鳥と呼ぶようなことはやってくれるだろう。

 だがその鳥籠が降りてくると、覚えのある匂いが届いた――天使の血。同時に、ひとつの記憶が。祖父。マルコフ家の館、集まった親族たちとその最も近しい友人たち。恐怖に気力が奪われそうだった。肩越しに感じる、突き刺すような期待の重み。祖父が誇らしげに自分を見つめている。その手の中の、血で満たされた杯。

 飲むのだ。そうすれば永遠が手に入る。

 飲みたくなどなかった。その液体の悪臭に、口内に金属の味が広がった。そして、あの天使もいた。鎖で逆さまに吊るされた姿は、まるで……

 一羽の鳥のようで。

 あの日――遠い昔、何世紀も昔――その天使はもがき続けていた。祖父に続いて天使とソリンの目が合った。その必死の嘆願が届いた。飲まないで。助けて。

 時は記憶の多くを奪い去ったが、あの天使のすすり泣きは、その血の匂いは、飲むように祖父が迫った際の彼女の表情は――それらは、絶えない波にも耐える山嶺のように立っていた。

 その緞帳が床に落とされずとも、何を目にすることになるかはわかった。

 彼は目をそらさなかった。

 打ちのめされて流血し、動けないように拘束されてはいたが、シガルダの翼を収容できる檻はなかった。代わりに、彼女の少なからぬ力をあざ笑うように、真紅のリボンが彼女を拘束していた。シガルダは逆さまに吊るされてはいなかった――それでもあの天使より良い扱いなどではなかった。だがどれほど強い魔法でも、天使の心までも折ることはできない――ソリンはそれを直に学んでいた。シガルダは今ももがき続けていた。

 そしてシガルダがその羽根の牢獄から見つめた様に、ソリンは記憶にある視線と同じものを見た。顔は違えど、それが彼の心を裂いた鋭さは変わりなかった。胸が痛み、舌が乾いた。飲むのだ。そうすれば永遠が手に入る――祖父はそう言っていた。だがこのために長年の奮闘を? 歴史を繰り返すために?

 別の思考が続いた。オリヴィアは単なる贈り物としてシガルダを連れてきたわけがない。

シガルダの拘禁》 アート:Bryan Sola

 天使の傷から滴る血が彼に呼びかけた。それは他の吸血鬼たちにも呼びかけているとわかっていた。祖父は優れた血魔術の使い手でもある。

 意識的に辿れないほどの速度で、ソリンは何が起こりうるかを検討した。覚醒した心を、本能がふるいにかけた。これと似た儀式が、一家をそっくり吸血鬼に変質させた。であれば……

 そう、単純ではないか? 相手の血を支配することは、相手を支配することに等しい。天使の血を支配することは、天使を支配することに等しい。そうだ。多くの力を手にした古の吸血鬼でなければならないが……その血を飲み、それを自分の一部とすれば、天使をも支配できるかもしれない。生きていられたなら。

 発想は単純、だが実行に移すのはそうではない。最古の天使のひとりであるシガルダは大いなる力をくれるだろう。だが何か他のものが必要になるはずだ。飲んだ者とその血を結び付ける何かが、同じほどに古く強い何かが。理想的には、月銀で作られたものが――魔法エネルギーの器として、あれ以上のものはない。エルドラージですら月銀に免疫はない。

 アーリンたちが探していた、月銀の鍵のようなものが。

 オリヴィアは今、まさしくその月銀の鍵を手に持ち、供物の鉢のように大切そうに見つめていた。日金の錠もまたあった。二つは組み合わさって、ひとつの球体を成していた。祖父がオリヴィアに手を重ねる様子を、ソリンは恐怖とともに見つめた。ともに、ふたりは支配の鍵を手にしていた。

 イニストラードのすべての天使を支配するオリヴィア・ヴォルダーレン。永遠の夜など、それに比べたら何でもない。イニストラードは多くを耐えられる――だがこれは耐えられない。

 憤怒と恐怖がソリンを支配した。彼は拘束に抗ったが、鎖が皮膚に深く食い込むだけだった。アヴァシン教の司祭の衣服をまとった吸血鬼たちが、悪意の列となって近づいてきた。ひとりが――その背の高い帽子は月皇のそれのよう――新郎新婦の背後に立った。

 この場の何もかもが自分への侮辱だった。

 再び、群衆の目がソリンへと注がれた。彼らは再び彼を指さし、再び、彼がどう動くかを注視した。

 飲むのだ。そうすれば永遠が手に入る。あの時祖父はそう言った。まるで、当然の選択だとでも言うかのように。彼も永遠を求めているとでも言うかのように。

「ソリン、招待を辞退し続けるなら、送るのを止めますよ」 叔母のひとりはそう書いていた。まるで自分の夜会が、多元宇宙で最も重要なものであるかのように。

「お前は本当につまらない人物だな。自分でそう思ったことはないのかね」 これはずいぶん昔の、ひとりの叔父の言葉だった――その本人は今、女性ふたりに挟まれながら若き下僕の血を猫のように舐めていた。それを面白いと思っているのだ。

 天使が天井から吊るされているというのに、この男は一時の楽しみだけを考えている。

 苦痛に次ぐ苦痛。

 オリヴィアは偽の司祭へと一枚の上質皮紙を手渡した。その司祭は厚かましくも、甲高く嘲る声で読み上げた。

「皆様。本日はイニストラードにて最も神聖なる儀式にご列席いただき、真にありがとうございます。白鷺は、生きるために番うと言われております。我々のような、永遠にして変化なき存在にとっては、そのような誓約は定命の理解を遥かに超えるもの。我らが最も輝かしき一家の淑女、オリヴィア・ヴォルダーレン様は、その心をエドガー・マルコフ様へと捧げ、エドガー様は、その不変なる愛をオリヴィア様に捧げるものです。ソリン・マルコフ殿は、婚姻のために祖父君の同伴としてお越しいただきました」

「そのような行いはしていない!」 ソリンは反論し、再びもがいた。衛兵たちが彼を後方に引いた――更に悪いことに、群衆は笑い声を上げた。

「その子は気にしなくていい」とエドガー。「彼の振る舞いは知っての通りだ」

「もてなしの何たるかも知らないで」 オリヴィアが続けた。

 司祭は嘲りの笑みを浮かべた。「結構です。ではお二方、ご準備が宜しければ、お誓いの言葉を」

 どちらが先にとは言われなかったが、司祭が言い終わるや否や、オリヴィアが口を開いた。

「エドガー。愛しのエドガー。お会いしたのは遠い昔のことでした。長いこと忘れてしまっておりました――ですが私たちは一緒になるべきだと実感した瞬間は、まるで昨日のことのように覚えております。貴方のような方の棺に供もつけず、放置していったソリンは何という愚か者でしょうか。今や貴方は私の庇護下にあります。共に、イニストラードを統べるのです。エドガー、貴方の意見を拒否する前に、少なくとも多少は検討すると約束します。貴方が着こなしに失敗しても、大目に見ると約束します。そして我が夫という栄誉ある地位を約束します」

「ありがとうございます、最も輝かしき淑女ヴォルダーレン様。涙を禁じ得ない宣誓でありました」 何世紀も泣いたことなどないであろう、司祭が言った。「マルコフ卿、誓いをどうぞ」

 ソリンは低くうなった。彼を拘束する衛兵たちは足並みを揃えて前進し、その勢いで彼は祭壇へと運ばれていった。力を合わせ、彼らはソリンを段上へと放り投げた。彼はスレイベンの物乞いのように大理石へと降ろされた。今や拘束の鎖は二本だけだった。一本は両腕を拘束して肩が外れそうなほどに強く後方へ引き、もう一本は喉に巻き付いていた。

 彼は無理矢理立ち上がった。鎖は彼の気管を潰してしまいそうだった。問題はない。それは耐えられる。それがオリヴィア・ヴォルダーレンの首を身体から引きちぎるのであれば、何だって耐えてやろう。

 この女がこのように自分を見下ろして微笑むのは……

 数千年前、エドガー・マルコフはソリンの人生における最も重要な決定を行った。

 今夜、その好意に報いよう。

 木こり、鍛冶師、狼男、吸血鬼、天使――何者であろうと、血は血だ。

 彼は月銀の鉢の中の闇へと呼びかけ、それは彼に応えた。赤黒い刃がどのような鋭い剣よりも易々と鎖を切り裂いた。その勢いで、ふたりの合わさった手から鉢が転げ落ちた。

 血が彼のシャツを、皮膚を、両手を汚した――だがソリンはふたりの前に、揺るがずに立った。

「断る」

「ソリン」 オリヴィアが牙をむき出しにした。「私の特別な日に何てことを」

鮮血の錬金術》 アート:Caio Monteiro

「あのさ、ちょっと疑問なんだけど」 チャンドラが声を上げた。

 アーリンは笑みを浮かべた。門の外に立ち、やるべき事はほぼ何もなかった。衛兵は交代したが、彼らは話し好きではなかった。「どうしたの?」

「これって吸血鬼の結婚式なんでしょ?」

「そうよ」 危険を察し、ケイヤが返答した。「吸血鬼の結婚式」

「ケーキってあるかな?」

 エーデリンは半ばうめき、半ば笑った。ケイヤは訝しんだ。テフェリーは笑いをこらえるように肩を上下させた。

 エーデリンはしばし考えた。「あるんじゃないかしら? 下僕用とかに」

「吸血鬼が召使の食べ物を用意するかしら? 私はないと思う」とケイヤ。「テフェリーさん、そういうのを見たことは?」

「そうだな、吸血鬼の結婚式ではないが……」

「似たようなものが?」とエーデリン。

「似たようなものはね」 テフェリーは顎をこすり、そして笑みとともに肩をすくめた。「だがそれこそが結婚式というものだ。どんな伝統であろうと、共通するものはある。人々を集わせ、結びつけるものだ」

「吸血鬼でも?」 チャンドラが尋ねた。

 テフェリーは頷いた。「吸血鬼でもね」

 それなら、押し入った時の楽しみがあるかもしれない。

 それまでは、ここで足指を凍えさせて待たねばならないのだが。


 首を落とされる一瞬前、彼の超自然的な感覚が来たる突き刺しを警告した。黄金色の槍が一本、背後から視界に飛び込んできた。そのように攻撃してくるとは、何と汚い作戦だろうか。だがある意味ありがたかった――そう、武器が必要なのだ。ソリンは槍先を柄から叩き折り、奪い取った。槍兵が体勢を整えるよりも早く、ソリンは旋回し、鋭い刃をその男の脇の下に叩きこんだ。金属に骨がこすれた。それは槍兵を止めはしなかった――だがソリンの魔法は止めた。鋭く睨みつけただけで、その男はその場に凍り付いた。

 そして、その男を盾にした。

 衛兵が単独で動くことは滅多にない。この男も例外ではない。次にひとりの剣士が、人間には到底振るえないような重い武器で勝負に出た。獣じみて悪意あるうなり声が、鎧を砕いてやると予告した。ソリンは眉をひそめた。それは一体何だ? 刃というよりは棍棒だ。口を出す権利があるなら、もっと釣り合いのとれた武器を選ぶだろう。

 だが口を出す権利はなかった――彼らはソリンを束縛した際に、剣を取り上げていた。

 これを剣の代わりにするしかない。

 彼は傷を負った槍兵を剣士へと放り投げた。超自然的な動きで、彼は瞬時に剣士の背後をとった。そして相手の首を折ると同時に剣をもぎ取った。手ほども厚く、黄金が散りばめられている。重量配分が全くもってひどいのは当たり前だった。

 不快だった。

 心の底から不快だった。

 だからこそ、オリヴィアを殺すには最高の武器だ。

 更に三人が、その武器の重みに潰されて倒れた。ソリンは彼らなどどうでも良かった。衛兵たちはもはや問題ではなかった――目指すはあの女だけ。

 もう五人の衛兵が迫った。与えられるのは一撃だけ。この不格好で巨大な塊では、美しいものにはならないだろう。それでもいい、何も関係ない――この後に起こるであろうことには、月銀の鍵には、永遠の夜には、祖父の顔に浮かんだ救いがたい恐怖には関係ない。

 これはもっと、個人的なことだ。

 オリヴィアもそれをわかっていた。目が合うや否や、彼女は月銀の鍵をこれまで以上に強く掴んだ。まるでその内なる力が自分を守ってくれるとでも言うかのように。

 ソリンはその剣を掲げた。

 力を込め、そして剣の重みに任せてソリンは恐るべき弧を描き、宙を舞うオリヴィアへと近づいていった。問題はない。彼は踏み入って距離を縮めた。こんなことは今すぐ終わらせる――

 少なくとも、そのつもりだった。

 一条の閃光が彼をよろめかせた。オリヴィアがまとう花嫁衣裳と手袋を剣先がかすめた。月銀の鍵が手から離れ、オリヴィアは怒り狂いながらそれを掴み取ろうとした。だが鍵は床へと落ちた。

「婚礼の日に花嫁に襲いかかるなんて! 貴方が礼儀知らずなのは知っていましたが、これほどとは! いえ、礼儀知らずという言葉ではとても言い表せません!」 オリヴィアは軽蔑を込めてソリンを見下ろした。

 祖父の手がソリンの肩に置かれた。

「ソリン、これはお前の想像を遥かに超えるほど重要なものなのだ。これが必要なのだ。鍵――む、あれは何だ?」

 目を向ける必要はなかった。オリヴィアの真下で、月銀の鍵が異様な光に輝いていた。

 そこに、祭壇に、幽霊らしきものが鍵から弾け出た。違う――幽霊ではない。異なる何か。ここではない次元で、ソリンは似たようなものを見たことがあった――身体を離れた、何者かの霊魂。その頭飾りから、魔女だというのはわかった。

「誰がお前を招待したというの?」 オリヴィアが言い放った。

 その霊魂はオリヴィアへと向き直った。不気味に光る目の上、額に皺を寄せて。「お前だ」

ドーンハルトの殉教者、カティルダ》 アート:Miguel Castañón

 魔女の腕には、同じく霊のような草が巻かれていた。それらは成長し、花開き、一瞬にして枯れ落ちた。霊は幾らかの興味とともにその様子を見つめた。ひとつの単純な身振りで、蔓が花に加わった。ほんの数秒で、彼女は自らの杖を作り上げた――何本もの枝が、目的をもって輝いていた。

 彼女は広間の中央、収穫祭の飾りつけのように吊るされた天使に目を向けた。その表情に嫌気と恐怖が入り混じった。そして理解が取って代わり、燃える目がオリヴィア・ヴォルダーレンを見据えた。「お前はこれほどまで堕ちてしまったというのか?」

 エドガーはソリンの肩に置いた手に力を込めた。だが続けた言葉は、祖父と孫の間に更なる楔を打ち込むだけだった。「オリヴィア、その女を止めるのだ!」

 ソリンは祖父を押しのけた。真に喋っているのはエドガーではない、罪悪感を薄めるかのようにそう自らに言い聞かせて。それでも、明白なことがひとつあった。オリヴィアがこの霊魂を止めねばならないというなら、自分はオリヴィアを止めねばならない。ソリンは全速力でオリヴィアと鍵の間に割って入り、剣を荒々しく振るって真っ向から対峙した。刃はオリヴィアが伸ばした腕に噛みついたが、止めるには至らなかった――彼女は手を伸ばし続けた。ソリンは応戦した。体重をかけ、無理矢理押し、何としてもその霊魂が必要とする時間を稼いだ。

 柔らかな、瑞々しい光が肩越しに届き、成功を告げた。

 オリヴィアの爪が彼の頬をひっかき、食い込んだ。継母の愛情を奇怪に模したように。両目に燃える炎はとうてい消えそうになかった。霊魂が何をしようとしているのかはともかく、良いことでなければ只では済まさないだろう。

 だが彼は耳にした。定命の頃の恐ろしい記憶をすくい上げる、だが、希望で満たしてくれる音を。

 天使の翼の、聖なる羽音を。

 実際に何が起こったのかはわからず、だが予想はついていた。先程の閃光はシガルダの束縛を清め払ったに違いない。ソリンはオリヴィアの顔面へと笑みを返した。爪が食い込んだが、その痛みを受ける価値はあった。

「お前のつまらんパーティーは終わりのようだな」

 そしてオリヴィアの両目がソリンを離れてその背後の何かを認識する様を、彼は喜ばしく見つめた。

 ソリンはオリヴィアを払いのけ、解放された天使へと向き直った。

 一体の天使を創造するというのは、ステンドグラスの製造に似ている。作り始める前に、どのような天使になるかを把握せねばならない。

 ソリンがシガルダを創造したのではない――だが彼女については知っていた。そしてアヴァシンを創造する以前――長い時を費やして考え、これが解決策だと悟った際――ソリンは彼女を研究した。ブルーナは思慮深く、過ちに備えすぎていた。だがシガルダは決して目的のために完璧を求めはしなかった。彼女は、誰が善の側で誰が悪の側かを把握して行動した。かつシガルダにギセラのような猛りはなく、罪人へと苛烈な罰を与えることもなかった。シガルダを留める鉄の枠、それは人類への臆しない愛だった。

 彼は同じものをアヴァシンにも求めた。もしくは少なくとも、その愛の面影を。同じものを創造はできなくとも。

 とはいえ相違点は幾つもある。例えばシガルダは感受性が強すぎて、無慈悲がイニストラードの人々をよりよく救う場合にも、しばしば慈悲を与える。シガルダは情に脆すぎる、彼はそう考えた。それは義務を遂行するに際し、妨げになると。

 だが今、ヴォルダーレンのステンドグラスに縁取られたシガルダを見て、ソリンは心から思った。自分がシガルダを作らなくて良かったと。

 これほどの正義の怒りを彼女に吹き込むことは決してなかっただろうから。

 その翼には血が流れ、彼女がまとう大気は黄金色のエネルギーに揺らめいていた。自分との戦いで受けた傷も全て開いていた。だが傷は更に多く、一体その幾つがオリヴィアに捕らえられた際に受けたものだろうかと彼は訝しんだ。何があったのかはともかく、それは十倍にして返報されるだろう。彼女は純然たる軽蔑を隠そうともせず、群衆を見下ろした。最古参の吸血鬼たちですら、シガルダの姿に言葉を失った――かつて怖れていたものの、新たな象徴。

 シガルダは翼を広げた。白色のエネルギーの衝撃が放たれた。

「其方たちの罪を知りなさい」

 ソリンは身構えた。

 だがそれは、来たるものに対しては不十分だった。

 曙光のように眩しく、雪花石のように眩しく、希望のように眩しく――見つめていられないほどに眩しく。

 聖なる光がその両目に燃え上がった。

 彼女の背後のステンドグラスは、完成までに数年を要した。壁に並ぶ鏡板もまた。何か月が、何年が、何人が、頭上のシャンデリアに込められたのだろう? それは知るよしもない。オリヴィアの歪んだ収集品に費やされた年月と労働を合わせたらどれほどのものになるのかは、彼ですら推し量れなかった。

 その全てが――年月が、時間が――一瞬にして砕け散った。

 光はソリンの目を眩まし、だがガラスに走る炎のひび割れは見えた。その光が彼を焼こうとも、目をそらす気にはなれなかった。この全てに美があった。大型の破片はそれぞれが一枚の鏡となって永遠の瞬間を映し、小型の破片はこの群衆へと死をもたらす雪、血の雫、冒涜の雨だった。

 そして衝撃波が彼を打った。

 ヴォルダーレンの館を槍が貫くように、混乱が弾けた。

 エネルギーの爆発が彼をなぎ倒した。何が起こったのかを把握するよりも早く、ソリンは血の泉のひとつへと駆けた――そのように動けたのは幸運だった。彼は血魔術を用いて、降り注ぐ破片を防ぐ盾を作り出した。誰もがこの技を使えるわけではない。そこかしこで、参列者たちの全身に破片が突き刺さっていた。

 ソリンは彼らの中に立った。

 その瞬間、彼はふたつの物事に気付いた。まず、オリヴィアと祖父は、あいにく、ほとんど無傷だった。そして、砕けたのはガラスだけではなかった。

聖別》 アート:Kasia 'Kafis' Zielinska

 チャンドラには一千もの疑問があった。エーデリンは五百の答えと、二百ほどの推測があった。残りは他の誰かが埋めてくれた。ヴォルダーレンの居城の外、彼女は手に顎を乗せてチャンドラの話しぶりを見つめていた。状況がどれほど酷くとも、すぐ近くの場所がいかに穢れていようとも、チャンドラの両目が宿す光は美しかった。

 そして見つめていたからこそ、エーデリンは気付いた。新たな、眩しい金色の光がチャンドラの頬を照らし出した。

 まるで……天使の光のような。

「待って、ちょっと待って。あれ何?」

 エーデリンは城へと振り返った。その光は建物の中から発せられていた。

 招待客以外を防ぐ魔法は消え去っていた。

 チャンドラはにやりとした。「パーティーが始まったみたいよ」

(Tr. Mayuko Wakatsuki)

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