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MAGIC STORY
タルキール:龍嵐録

第1話 物語とその骨子

2025年3月3日
次の演者たちは奇妙な出で立ちだった。かさばる袋と甘ったるい香、飾り帯を結んだ槍と彫刻のあるなまくらの剣、一見して荒々しく飾られたたてがみのような頭飾り。彼らが動くたびにそれらは心地良く、あるいはうるさく音を立て、時には骨の賽が詰まった袋のようにガラガラと鳴った。賑やかな食堂の舞台で彼らが準備を進める様子を、ナーセットは興味深く観察した。ここは塩路を行き来する者たちが最初あるいは最後に立ち寄る場所で、ダルガー湖の僧院を囲む漁村の端に傾いて建っている。数年前は、とある年老いた僧が騒々しい三人の夫のために誓いを捨てて経営する、ずっと小さくも野心的な茶屋だった。しかしかつては僅かだった客足が今や抑えきれないほどにまで膨れ上がり、経営者たちは拡張を余儀なくされた。更なる改装工事もまもなく行われるだろう――既に今夜の客はジャスミンの香りが漂う外にまで溢れ出ていた。正式な会合を開く必要がある、そうナーセットは心に留めた。この食堂の経営者たちが聞いた噂を確かめるためだけにそうするのは大袈裟ではあるが。道師という立場にある自分へと率直に話してくれる者はほとんどおらず、ご機嫌取り以外のことをする勇気のある者は更に少ない。
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アート:Constantin Marin |
舞台上の演者ふたりが額を突き合わせた。人というよりは虹色の布のひらめく塊といった様相で、顔は今や獣のような仮面で隠されていた。一方は赤、一方は青。ナーセットは訝しんだ――いつそれを被ったのだろう? 彼女はふたりのすぐ近くに座っていた。どこか聞き覚えのある方言で、くすくすと笑い合うのが聞こえるほどに。その言葉にはスゥルタイからの借用語、アブザンから聞きかじった卑語、そして彼らの商売道具としての奇妙な活用が含まれていた。ナーセットは是非とも尋ねたかった――どこの地方の出身なのか、何故そんなにも柔軟な文法なのか、その話し方の癖は生まれた村に固有のものなのか、旅暮らしから生じたのか、それともふたりだけの特別なものなのか。双子は独自の言語を発達させるという伝説を聞いたことがあるが、確かにこの二人は双子として通用する。同じ体格、同じようにいびつな笑みを浮かべ、同じように頭を傾け、まるで秘密を共有する二匹のキツネのよう。
尋ねるのは後で、ナーセットは自らにそう言い聞かせた。上演の途中で邪魔をしたなら、恐らくとんでもない失礼になるだろう。とはいえ自分は道師だ――時々苛立たしくは思うが、ジェスカイの実質的な長なのだ。そのため、自分から注目されることを彼らが喜ぶ可能性も同じほどにあるかもしれない。このふたりについてもっとよく知っていれば。そうすれば、彼らに接触したならどうなるかをもっとよく判断できるだろう。けれどその情報を得るには、実際に話をする必要がある。堂々巡りだ。ナーセット――
「お集まりの皆様!」ふたりのうち背が低い方が――声から察するに女性だろう――手を振り上げて高らかに告げた。食堂の喧騒は囁きにまで静まり、客たちは人混みの中から椅子や小さな腰掛けをどうにか確保して座った。それができない者は壁にもたれかかった。低いざわめきさえも止んで静寂が訪れると、演者は再び朗らかな声で告げた。
「今夜は、皆様に楽しんでいただくために来ました」
ナーセットは驚きとともに気付いた。もはや演者は青磁の仮面を被ってはいなかった。気付かないうちに、それはいかにしてか消えていた。代わりにそこには、紙粘土と絵の具で作られた、はるかに見慣れた顔があった。悪夢の中で時折見る、至福の勝利の顔。
オジュタイ。
「そして学んでいただくために!」
もうひとりの演者は今や竹馬に乗っていた。そして背の低い相棒の周りをぐるぐると回りながら煙を吐き出した。舞台は灰色に覆われ、最初の演者の姿はぼやけた影にまで薄れた。
「5つの氏族がかつてどのように隷属させられ、鎖に繋がれていたかをお話ししましょう」
鎖を引きずる音、そして大きな重りが床を転がる音が暗闇の中から聞こえた。驚いた観客から緊張した笑い声が上がった。
「龍王たちの気まぐれと、ひとりの英雄――」
演者が暗闇の中からゆっくりと現れ、ナーセットは驚きの声をかろうじて飲み込んだ。オジュタイの仮面は消えていた。今、辺りを包み込むように両腕を広げる演者は、ナーセットの顔をまとっていた。あるいは少なくとも、死面に刻まれるようなナーセットの顔を。高潔で穏やかで、真の表情はなく、欠点もない虚ろな顔。
「我ら全員を救うために、氏族の長たちを集めました」
「それは違わない?」女性の不機嫌そうな声がした。ティムールの訛り。「ナーセットが協力したのは、他の反乱軍指導者に説得されたからのはず」
マルドゥの氏族員が不機嫌そうに頷いた。ベルトにぶら下げた道具の数々を見るに技術者だろう。「そうだとも! ナーセットは嵐の儀式を発見しただけだ」
ナーセットは椅子に深く座った。この食堂は大好きな場所だった。とても混雑しており、常連は時々ひどく臭う。それでもここは名もなきひとりの客でいられる、あるいは少なくともそれに近い場所のひとつだった。誰も自分に気付いていないと考えるほど世間知らずではなかったが、気付いたとしても口には出さずにいてくれていた。けれど、この上演が観客を刺激して自分たちの故郷への忠誠心を喚起したなら、何もかもが変わってしまうかもしれない。
「何であれ、本物の英雄はコーティス様だ。死のうとも務めを果たすために帰還されたのはコーティス様だけなのだから」観客の中の女性が不満そうに言った。スゥルタイの氏族員であることは衣服でわかった。その顎には見事な彫金細工を施された白い翡翠が輝いており、この女性もまた死にながら、それを一時の戯れとして義務を遂行するために戻ってきたのだと告げていた。そしてその義務にはおそらく、政府上層との協力が含まれているのだろう。衣服は最高級の絹で作られており、貴族階級か極めてそれに近いことは明白だった。
「そうだとも、他の指導者は死にはしなかった。賢かったからな」マルドゥの技師が口を開いた。再び見たナーセットの目に、その者は先程よりもずっと若く見えた。顔には子犬のような柔らかさがまだ残っており、今浮かべる激しいしかめ面は似合っていなかった。
高まりつつあった議論は、耳をつんざくような不意の咆哮によって途切れた。そして演者の背後、煙の中から幾つもの姿が騒々しく現れた。蛇頭のシルムガル、枝角を生やしたアタルカ、棘だらけのコラガン、太陽のように輝くドロモカ、そして言うまでもなく、冬のように美しくも無慈悲な、羽毛をまとうオジュタイ。高くか細い悲鳴を誰かが発した。ナーセットは身体を強張らせた。幻影、それ以上でもそれ以下でもない。
だがナーセットの血管は激しく脈打っていた。
「かつて」演者が仮面を外して手を組み、朗々と告げた。その素顔は荒々しく、まるで画家の筆を待つ未完成の磁器の破片のようだった。「龍王たちが君臨していた。彼らとその群れは我らを獲物とした」
煙が動き出し、渦を巻き、翼や鱗を思わせる形をとった。龍王たちの顔は歪み、暗闇の中に消えていった。もうひとりの演者の気配はなかったが、その魔法の風味が空気を滑らかにしていた。暗闇の中から叫び声がこだました――命乞いの声。
「我らを殺した」
その声は別の音に飲み込まれた。軟骨を噛み砕いて肉を骨から剥がす音、腹から臓器をえぐり出し、皮の切れ端以外は何も残らなくなるまで食らい尽くす音。その湿って耳障りな不協和音はあまりに鮮明で、数人が嘔吐する音が聞こえた。死肉の悪臭すら漂ってくるように思えた。
「我らにはひとつの選択肢が与えられた。従うか、死ぬか」
当時のオジュタイをナーセットは思った。かつて自分は、龍王のお気に入りの珍品だった――更なる知識を得ること以外は何も望まない人間。だから龍王は自分を愛していた。偉大なる師と、その完璧な生徒。そして自分もあの龍王を崇拝していた。その庇護のもとで成長し、進む道と秩序の両方を見出した。あの素晴らしい年月、いつもの忙しなさに悩まされることはなかった。目的があった。
平和があった。
だがそれはオジュタイの天賦の才、冷酷な能力だった。その道、その未来視は単に優れた選択肢であるというだけではなく、唯一の選択肢であると世界に納得させる。たとえそのために幽霊火の戦士たちと、ジェスカイの文化的独自性が失われるとしても。他の龍王たちと違い、あの偉大なる師は崇拝を強制する必要はなく、脅して仕えさせる必要もなかった。ジェスカイは自ら首輪をつけて抑圧者たる龍王の爪に身を委ねた。死後にその似姿へと再誕できることを願って――その切望すら教え込まれたものだった。あのティムールの女性は間違っていなかった。ナーセットは納得させられたのだ。今でも、自身の惨めな一部は関与したことを後悔している。タルキールを救う中で、あの龍を失った。
「そして何世紀にもわたり、我らはそうしてきた」
「それは他の氏族の話だ」あのマルドゥの技師が腕を組みながら言った。しなやかな体格の人間。ナーセットにとっては驚きだった。自分が知る限り、マルドゥにおけるこれらの役割はしばしばはるかに大柄な種族が担っている。「我ら氏族は膝をつきはしなかった。コラガンと群れとは休戦協定を結んだのだから」
「その休戦協定はお前たちを飢えさせただけだった。私がどのように死んだかわかるか?」あのスゥルタイの貴族が言った。両目の光がそれを乳白色に、奇妙に変えた。「お前の氏族の少年が私をナイフで刺したのだ。私は妻子のもとへ帰る途中の商人だった。塩路で飢えて死にかけていたその少年を見つけ、私は食べ物を与えた。だがそれでは足りなかった。少年はすべてを欲しがった。二日分の米のために私を殺した」
続けて発せられた声はかすれていた。「その価値があったと言ってくれ。これがマルドゥが祈ったことだと、休戦に同意した時に思い描いたことだったと言ってくれ。お前の民はそれほどまでの絶望に追い込まれていたのだ。今それを知っただろう。だとしても恥じはしないと言ってくれ。そうすれば私は二度とこの話はしない」
「悪かった」ひるむような即座の返答。「そいつの行動は、勇猛でも何でもなかった」
「どれほど試みようとも、龍王たちは我らの魂を消すことはできなかった」絶え間ない横槍も演者は気にしないように低くうなり、煙は点々とした小さな光へと変わった――闇の中の松明のように。「反乱の火種は常にそこにあった。やがて、それは消えることのない炎となった」
「炎」の言葉とともに、熱のない業火が煙から弾けた。
「英雄たちが現れた……」
それが合図であったかのように、もうひとりの演者が炎の中から踏み出た。困惑した拍手が飛び交い、火明りが観客の顔また顔を照らし出した。畏敬の念と沸き上がる恐怖、その中間。演者ふたりは並び立ち、痩せた顔に炎が深い影を投げかけた。その輪郭はおよそ人間のものとは思えなかった。
「ティムール……」
演者たちは同時に右手を掲げ、まるで悪夢の喉元を断ち切る斧のように互いの顔をめがけて振り下ろした。そしてふたりの手が元の位置に戻ると、彼らの顔には再び仮面があった。龍爪のエシュキと、二度囁く者アルニウルの顔――ティムールの反乱を率いるために立ち上がった者と、彼女の勝利を予言した者。
「マルドゥ」女性の演者が言い、そして瞬きひとつの狭間にその顔はエシュキから嵐裂きのズルゴの仮面へと変化した。
「スゥルタイ」今度はコーティスの顔が完璧に再現された。仮面の下から発せられたにもかかわらず、その軽快で高い声はくぐもってはいなかった。
ふたりがどのように仮面を変えているのか、ナーセットはようやく理解しはじめていた。演者たちが被る手の込んだ髪飾りが関係しているのだ。白い毛皮と黒い天鵞絨でできた大がかりな構造、銅の刺繍と翠緑の渦巻き、そしてありえないほど大きな垂れ下がる羽。明らかに仮面はその中に収められている。だが女性の演者はいかにして仮面を次から次へと取り替えているのだろう? ナーセットはまだ把握できずにいた。とても難しいことのはずだ。
「そしてジェスカイ」
ナーセットは顔をしかめた。これほど素晴らしい演目を観ることができて興奮してはいたが、自分の顔が小道具として使われる様を二度と見ることなく残りの人生を過ごせたなら、もっと幸せだろう。
「共に」ナーセットの顔をまとう女性が言った。その声はどこか陰険で、慎重に強調されていた。先程の野次を聞いていたのだ。「彼らは龍王の統治を終わらせようとした。共に、タルキールの自由のために戦った」
そして観客の巨大な咆哮がナーセットの不意を突いた。卓が叩かれ、靴を履いた足が床を踏み鳴らした。ナーセットは両手で耳を塞いで耐えた。あまりに激しく、あまりにうるさかった。骨にまで騒音を感じ、身体に恐怖と錯綜が波打った。これまでは窮屈というだけだったが、今は他の客全員と密着しているように感じた。今ここを離れなければ、二度と出られないような。この声の嵐の中に永遠に閉じ込められてしまうような。
彼女は両手の指を折り、小声で数を数えた。それが20に達すると、演者たちの頭飾りの羽根の枚数を――計18枚、うち7枚が天然、残りは明らかに手作り。次にあのマルドゥの技師がベルトから下げた道具を――計14本。そして食堂の客を年齢、氏族、推定性別、思いつく限りのあらゆる分類で彼女は数えた。内なる恐慌状態はまもなく収まり、ナーセットは再び呼吸ができるようになった。
「彼らは戦った。人々がもはや獲物とされないように」演者が叫び、その声とともに戦いの喧騒が大気に響き渡った。声は轟く雷鳴のように大きくなり、次第に人のものとは思えなくなった。青い光が炎のようにその身体を包んだ。「伝統が守られるように、過去が食い尽くされぬように。彼らの命が彼らだけのものとなるように。彼らは龍王たちと対峙したが、ひるむことはなかった」
もうひとりの演者が指を動かした。光がその頭上で形を成し、光輪のように旋回した。色は青みがかってかすかに透明ではあったが、それが何であるかは明白だった――精霊龍のるつぼ。自分と仲間たちが、世界の運命を変えるために集まった場所。
「ナーセットは」演者が言った。「賢明なるアルニウルと共に、古の呪文を発見した。それは多元宇宙そのものと同じほどに古い呪文だった」
「嵐の絆の儀式」
この耐えがたい混雑への意識を記憶が追い越した。あれは賭けだった――儀式が何をもたらすのかは誰にもわからなかった。もし状況があそこまで悲惨でなかったとしたら。自分ひとりだけで、アルニウルの揺るぎない信念がなかったとしたら。食料に過ぎない者たちが反乱を企てていると激怒した龍たちが迫っていなかったとしたら。そうであったなら、儀式を記した古い巻物を入れ物に戻し、それ以上は考えなかったかもしれない。けれど自分たちは追い詰められており、嵐の絆の儀式はタルキールの本質そのものを呼び起こすと約束していた。もしそれが失敗していたら……
ナーセットはその続きを考えようとはしなかった。
「精霊龍のるつぼにて、反乱軍の指導者たちはその呪文を唱え、巨大な龍の嵐が沸き起こった。タルキールがこれまで見たこともないほどの――」
演者たちは意見を取り入れているのだろうか、ナーセットはぼんやりとそう思った。その最上の演出は明らかに演目を盛り上げるために用いられていたが、不必要だと感じた。
「そして、そこから現れたのは――」
幻影は氷のようにひび割れ、ぎざぎざの線がるつぼの映像を貫き、そして砕け散った。破片は宙を漂い、ナーセットが見つめる中で形を失い、新たな姿を獲得していった。
「精霊龍たちだった」
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アート:Liiga Smilshkalne |
幻影で作られ、この食堂に収まるほどに小さな精霊龍たちの姿は、愛らしいとすら思えた。頭上を飛ぶそれらを見ながら、ナーセットは考えた――精霊龍たちは各氏族の最大の希望の体現というだけでなく、氏族にとっての救いとなる気質を有している。アブザンの観客が数人、記憶に悩まされるような表情を浮かべてベトーの似姿へと頭を垂れた。ドロモカがアブザンへと誉れある死者を拒絶するよう要求した、その物語を思い出しているのだ。龍王は彼らの祖先崇拝を自然に反するものと決めつけ、過去と現在のどちらを生かすかを選ばせた。砂漠の太陽のように輝くベトーはその布告を否定する存在、アブザンの失われた魂がとったひとつの姿だった。
あのスゥルタイの女性を見ると、その目には涙が光っていた。テヴァルは汚れなく、容赦ないほどに公明正大だ。その存在は、シルムガルの支配下で何世紀も暮らしてきた者にとっては安堵に違いない。長年にわたって、スゥルタイの氏族員は新たな儀式や祝祭を絶えず考え出さねばならなかった。彼らの抑圧者の退屈と果てしない偏執の気をそらし、自分たちの消滅を少しでも先送りにするために。
それはマルドゥとティムールも同じだった。コラガンは氏族を分裂させたが、今ネリーヴは彼らを一つにまとめ、集団の強さを主義としている。アタルカはティムールの囁く者たちを食い尽くし、氏族を単なる猟団にまで落ちぶれさせた。彼らは人間性を奪われ、ただの道具と化した。唯一の存在意義はアタルカとその群れを養うことであり、また噂によると、アタルカたちは特にティムール氏族員の味を好んでいたという。だがウレニは、熱心なウレニは、ティムールに何事も起こさせないだろう。今も、これからも。
だからこそ、自分もシィコを敬愛すべきだとはわかっていた。あの儀式で呼び出した精霊龍。自分がその背に乗り、龍王との戦いに挑んだ精霊龍。信念、真実への崇拝、もっと決断力のある性格になりたいという密かな願望、それらをもって本質を形作った精霊龍。けれど、敬愛してはいなかった。真の意味では。いつも良くしてくれたオジュタイのようには。シィコのことは尊重している。信頼している。もし自分が死んだとしても、シィコは後継者に素晴らしい助言を与え続けるだろう。氏族は今や守られている。シィコの庇護のもとでこれからも。けれど敬愛してはいなかった。宙に広がる沢山の巻物のようなシィコの翼は、これまでの世界を終わらせたという自分の役割を思い出させるのだ。
「反乱軍の長たちは自らの龍に飛び乗り――」
「待って」あのティムールの女性の声が再び聞こえた。「どれが自分の龍なのか、どうやってわかったの?」
「思うに」あの若きマルドゥが少々震えながら言った。「龍の方が、自分たちが結びつきたいと思う奴を選んだんだ」
「そうかね? 精霊龍が氏族長の魂の一部を必要とした、そう私は教わったが――」これまで沈黙していたアブザンの老人が口を開いた。
「それは違う――」美しいジェスカイの僧が言った。その声には聞き覚えがある気がした。
「ジェスカイの宣伝だ。決定的な戦いを先導したのは明らかに――」
「私の父はそこにいた。父は――」
「それは間違いだ」
「実際――」
「お母さん、続きが見たいのに。こんなの止めて――」
観客たちが嬉々として自説を披露しはじめ、激しい口論が食堂中に飛び交った。ナーセットは舞台を一瞥した。演者たちはどこか当惑した様子で立ちつくし、頭上では幻影の龍たちが物憂げに飛び回っていた。ひとりはどこか哲学的な様子で肩をすくめ、もうひとりが深い褐色の目を回して答えた。
「民話をやるべきだって言っただろう」呟きが聞こえた。
「学んで欲しいって思ったからさ――」
そしてそれはまた別の激しい口論に発展し、絶え間ない騒音に拍車をかけた。
「龍たちは」もう十分だと悟り、ナーセットは言った。「最初は形をとってはいなかったのです」
その声はすぐ近くの客を驚愕の沈黙に陥れ、やがて他の観客も倣った。自分の名前が囁かれ、食堂内を自由に駆けていくのを聞いた。そしてナーセットは、この食堂を失ったと悟った。ありふれた旅人と同様に扱われる場所を失った。今後は、誰もが自分に気付くことになるだろう。
「龍の嵐から、輝く姿が五つ現れました。龍の輪郭を持ち、ですが際立った特徴はありません。力が具現化しただけであり、存在として呼び起こされるのを待っていたのです」ナーセットは語りながら、シィコが自分の下でどのように形作られ、どのように自分の思考の奥深くへと鉤を引っかけて繋がり、進むべき道を探したのかを再び感じた。「私が最初にその一体へと飛び乗りました。そして他の者たちも続き、私たちは精霊龍と繋がり、精霊龍も私たちと繋がったのです」
ナーセットは意識して前方を見つめ、かつ何も見ないよう努めた。今や食堂は完全に静まり返っていた。じっと聞き入るその静寂は底がないようで、ナーセットは突然、理由のない恐怖に襲われた。それはまるで開いた大口、待ち構えている口、放っておけば丸呑みにされてしまいそうな。
「私たちは共に戦いへと乗り出し、最終的に龍王たちを嵐の中へと追いやったのです」
「言った通りです」女性の演者は期待を込めた声を発した。「英雄たちは――」
ナーセットは続けた。「ですが、最悪の事態はその後に起こりました」
演者ふたりは同時に溜息をついた。それは演目を軌道に引き戻すための最後の試みだったのだ。娯楽として演じられているものを、実際の知識で台無しにしてしまった――とはいえナーセットは申し訳ないとはあまり感じなかった。演出が適切かどうかはさておき、あの自分の顔の仮面は見たくもない。ふたりは舞台の上で足を組んで座り、観客と一緒になってナーセットに注目した。幻影の龍たちは消えていった。
「龍王たちは打倒されましたが、龍の嵐は残りました。そして、さらに激しくなったのです」
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アート:Andrew Mar |
低いざわめきが食堂に広がっていった。
「それは大地そのものの形を変えてしまうほどでした。今では誰も辿り着けない場所、住むなどとても考えられない場所もあります。野生の龍たちが生まれたことは言うまでもありません。手に負えない獣たちです。私が聞いた報告によりますと――」
そのままであれば、ナーセットは語り続けたかもしれない――何か月にも渡り受け取って記録された、悲惨さを増すばかりの報告の数々。のしかかる罪悪感や、心から離れない恐怖についても語ったかもしれない。自分たちはひとつの悪を更なる悪へと取り替えただけだったのではと。だが食堂の扉が騒々しく開かれ、両腕を広げて立つ人物の輪郭がランタンに照らされて見えた。誰であるかはともかく、必死に走ってきたらしい。その身体は息を切らして震えていた。
「道師!」その人物は大声で叫んだ。「道師? どちらにいらっしゃるのですか?」
終わりだ。二度とここに戻っては来られないだろう。
悲しく、残念なこと。
「ここです」ナーセットは渋々片腕を上げながら言った。
その人物はよろめきながら食堂の中を横切ってきた。すぐに、穏やかな顔の男性だとわかった。大きすぎる口ひげが際立っていた。
「何……者かわかりませんが、来客です、道師、その者は面会を求めています。その者は――」
「その者、とは?」
「女性です」男は息を切らし、ナーセットの前にひれ伏した。その様子に彼女は顔をしかめた。自分のことを恐れているのかもしれないが、そう考えるのは嫌だった。「少なくとも女性だと思います。私は――」
「落ち着くのです。大丈夫ですから」ナーセットは屈んで男の身体を起こさせ、その両肩を支えるように手を置いた。
「翼のある女性です、我がカン。そして輝く目。見たこともない――」
「エルズペス、それがその方の名前です」ナーセットは極めて穏やかに言った。「その方が私を探しにタルキールを訪れたのであれば、何か恐ろしいことが起こったに違いありません」
(Tr. Mayuko Wakatsuki)
Tarkir: Dragonstorm タルキール:龍嵐録
- EPISODE 01 第1話 物語とその骨子
- EPISODE 02 第2話 それは前兆か
- EPISODE 03 サイドストーリー アブザン:不屈の花
- EPISODE 04 第3話 過去が食らうもの
- EPISODE 05 第4話 炎の心臓
- EPISODE 06 サイドストーリー ジェスカイ:知られざる道
- EPISODE 07 第5話 巡りくるもの
- EPISODE 08 第6話 救いなき愛
- EPISODE 09 サイドストーリー スゥルタイ:心変わりと裏切り
- EPISODE 10 第7話 再び
- EPISODE 11 サイドストーリー マルドゥ:稲妻が語る我らの物語
- EPISODE 12 サイドストーリー ティムール:共に生き抜く
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