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MAGIC STORY
ニクスへの旅
都市の夢
都市の夢
Ken Troop / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2014年4月23日
メレティスの何処かにて......
ユーネアスは夢を見ていた。
ユーネアスは都市の中心にある白大理石の広場、その空色をした柱の間を歩いていた。広場の外縁を黄金のライオンが見回り、それらの金属の脚は染みひとつない大理石の床にチリンチリンと旋律を響かせていた。水晶の泉からは泡立つ勢いで水が噴き出し、その流れは重要な談話の背景で絶えない囁きとなっていた。学者と哲学者達の一団がいくつか、その開かれた広場で討論していた。彼らの手は空中に、青色をした魔力で秘術の紋様を描いていた。方程式は美しく、それぞれが疑問への回答を描き出す。ユーネアスは正確には思い出せないが、それらの重要性は不朽のものだった。メレティスの最高の頭脳が、無比の知性と力がそこには集まっていた。
《導きの嘆願》 アート:Terese Nielsen |
小奇麗な白色の仕事着をまとった労働者達が現れ、足場と装具を無言で組み立てた。彼らは柱の頂上へと登り、そしてユーネアスは見た、更に大きく新しい空色の柱が頭上の労働者達によってゆっくりと注意深く、遠くの空から下げられるのを。少しだけ停止した後、空から来た柱は音を立てて広場の柱へと音を立てて墜落した。ライオン達は見回りを止め、彼らの黄金の脚は静かになった。泉は流れを止め、学者達は話し合いを中止した。元々の柱それぞれが一歩分ほど地面に沈み、大理石の床に裂け目が網目のように現れた。また音がして、柱が更に一歩分だけ地面に沈み、ライオン達は見回りを、水はその弧を描くのを、学者達は討論を、再開した。
最初の空色の柱がその同一の取り替え品に潰されて砕け、更なる音が響いた。元の柱の唯一残る面影は、大理石の暗いひび割れに囲まれた、黒く押し潰された基部だけだった。取り替え品の柱の上に、更に新たな柱が空から下げられてきた。第二波の破壊音、基部の上に基部が重なるまでその波は頻度を増し、ユーネアスは、頭上の労働者達の切迫した様子に指図されたその柱の第四波を見ることができた。
裂け目とひび割れは広がり、泥と汚れが黒い触手となってかつては清純であった大理石を通って繋いだ。学者と哲学者達は互いに叫びながら宙へと手を振り、だが今や彼らの方程式は汚れた埃で作られて陳腐で平凡な考えを描き出し、死んだように地面に落ちるとすぐに下の泥へと加わった。泉で泡立つ水は弾けるような音を立て、そして静まり、不整脈のような調子で油ぎった汚物を吐き出した。黄金のライオンが一体、そのぎらつく脚で汚物を踏んだ。そのライオンは滑って地面に音をたてて転び、その衝撃で脚が一本ちぎれた。金属のライオンはもがき、三本の脚を引きずって立ったが、その壊れた脚からは血が止まることなく大量に噴き出していた。
その血は泥と汚れと油と混じり、今も更なる柱が頭上から下ろされる中、この地点に運ばれた全ての柱が、碑銘もない小さな墓に押し込められた。倒されたそれらの柱には何百年、何千年という時間が押し込められた。その年月の間、創造されてはかき回されてきた彼らの生と血と泥とともに。清純な点は最早どこにも残されておらず、全てが、堕落と死の上に新たなものを建造すべく押し進める、都市の発展に汚された。
《苛まれし思考》 アート:Allen Williams |
ユーネアスは争うように下りてくる労働者達を見上げた。彼らの白い仕事着は今や黒く、油ぎって裂けていた。彼らの顔は乾いて皮膚はなく、その大きく開けた口は音のない永遠の絶叫を閉じ込めていた。ユーネアスが再び顔を下ろすと、油ぎった暗黒が彼を囲み、彼を下へと引き込もうとしているのを見た。彼は避けようとしたが、油ぎった汚れが彼の足首をなでた。暗黒の触手が彼の脚をぞわぞわと登り、彼の皮膚はその接触で裂けて泡を立てた。ユーネアスは言葉のない歌を絶叫し、皮膚をこすり、かきむしって自身を清浄に保とうとした。油の汚れを取り除こうと繰り返しこすった皮膚は腐れ落ち、だが身体から皮膚を全てそぎ取ってもその汚れは残り、固まり、彼をその場に釘付けにしていた。唯一自由なままなのは彼の眼だけだった。逃げる方法を探し、そして彼は見上げると、新たな柱が降りてきていた。
都市は彼の全てを要求した、未来の住人がほんの一瞬踏みつけるであろう街路の土砂のもう一片として。
ユーネアスは絶叫とともに目を覚ました。
アクロスの何処かにて......
ポーリオは夢を見ていた。
街路は人々でごった返していた。ポーリオはアクロスの埃っぽい街路がこんなにも混雑しているのを見たことはなかった。兵士、パン職人、老女、剣闘士、農夫、少年、奴隷、ポーリオの子供たち、司祭、彼の子供たち、彼の子供たち、子供たちはどこだ? そこに、彼の前に、押し合う群衆が子供たちを取り巻いて閉じ込めていた。
ポーリオは二本の長い、青い麻紐を取り出した。そして片方の端を自身の手首に結び、もう片方の端を子供達の手首に結んだ。ポーリオは満足して深い溜息をついた。これで子供達は安全だろう。青い麻紐は彼らを近くに留まらせ、守ってくれる。彼はさらに、今度は緑色の麻紐を取り出し、そしてそれを青と同じように結んだ。今や彼の子供達は満腹だ。赤の麻紐は妻と自分の手首に、二人の婚姻の証として結んだ。
《市場の祝祭》 アート:Ryan Barger |
ポーリオの金属細工に価値を見出してくれる者は多い。彼は街路で取引相手を見つけると、黄色の麻紐で結んだ。ポーリオの左手首は異なる色合いの沢山の輪で飾られた。それぞれの紐が関係を、都市の様々な顔との繋がりを表していた。そして彼の右手首にはもっと多くの輪があった。アクロスを守る兵士が数人。彼の妻が心から好む甘いシナモンのパンを焼いてくれるパン職人のトマクリ。鋳塊の運び手コパクニオス。ポーリオがそれらの貴重な金属を受け取って刃や鎧、その他、とても多くのものへと変える。
ポーリオは最初の繋がりとは楽に動くことができた。だが今や新たな繋がりそれぞれは理解しがたいものになっていた。紐は伸びることはでき、長く伸びるが、永遠に延びることはできない。皆が都市の中でそれぞれのように生き、ポーリオが繋がりを持つ何百もの人々はそれぞれに何百もの繋がりを持ち、そして人々が都市の中で道を行き交うごとにいつでも新たな繋がりが作られる。ポーリオの動きは鈍くなり、そしてあらゆる方向へと伸びる鮮やかに彩色された紐の中、動くことは困難になった。彼は紐を切ろうとしたができなかった。彼の格別の筋肉がいかに唸りを上げ、張りつめたとしても、彼がもがくごとに紐は強く太くなり、そして分厚く撚り合わされた縄となった。
すぐに、街路の全ての動きが止まった。締めつける繋がりと誰もが戦っていた。ポーリオにはもはや子供たちも妻も見えなかった。縄が彼の頭と首に痛い程にこすりつけられ、ほんの少しも振り向くことはできなかった。立ち続けるためには、周囲の人々全員の重みと戦わねばならなかった。縄は更に張り詰め、そして誰もが近くへ近くへと集められてきた。肉体と肉体が押し合い、それでも更に縄は更に強くきつくなった。
誰かの頬がポーリオの頬に押しつけられ、絶望的な人間のひどい臭いがポーリオの鼻孔を満たした。彼は動くこともできず、肉体と縄に閉じ込められていた。都市の中のそれらの繋がりは世界を、自由も空間もない世界にしてしまっていた。隣の男がその頬を引っかくのを彼も感じた。そして彼は自分達の頬が一つになっているのだとわかった。縄が更にきつく引っ張られるごとに、肉体が一つに編み込まれるのを感じた。ポーリオは絶叫しようとしたが、彼の口は縄と他の人々の肉体に塞がれていた。それが発した唯一の音は、希望の欠乏だった。
《闇への投入》 アート:Clint Cearley |
そしてポーリオは、故郷と呼ぶ腐った汚水溜めに世話になる、悪臭の肉と熱い縄からなる無定形の塊の一部となった。これが都市に住まう者の運命だった。
ポーリオは絶叫とともに目を覚ました。
メレティスの何処かにて......
メランサは夢を見ていた。
彼女は寺院の聖餐にて上座についていた。ここは私の場所ではない。食卓布は完璧に白く、松明の灯りは白と青の化粧煉瓦の壁にちらちらと踊り、長机に設えられた二つの席を照らし出していた――彼女と、その左隣に座る者の。
足音が広間の下方から響いた。だが彼女は暗闇の向こうにその源を特定することはすぐにはできなかった。足音は近づき、彼女の前に顔があった、二十年の間見ていなかった顔が。「メランサ! ご一緒しても宜しいかな?」
ゼノクラテスはエファラ寺院における、彼女の最初の師の一人だった。ずっと昔、メランサがここにやって来た時のことだ。外の世界においては、エファラ神の聖職者たちは親切で友好的な存在だった。内では、明かされた真実はより暗いものだった。メランサは自身の居場所を見つけようともがいた。信奉する神へ仕えるという要求と、同僚たちの中で認められるという釣り合いを取るために。ゼノクラテスは彼女を守ってくれた。擁護してくれた。もたれかかる肩をくれた。彼女は最初の数年の間、何度も声を上げて泣いたものだった。メランサは彼の丸い、綺麗に髭を剃った顔を見た。長いこと見ていなかった顔だった。そして自分が再び泣き始めたことに彼女は驚かなかった。肩越しに振り返るのは、心臓が少し速く脈打っているのは、何だろう? 彼女は再び友と一緒にいた。
《エファラの輝き》 アート:James Ryman |
「メランサ、悲しむことはない。食べて、飲もうじゃないか。私はとても空腹だよ」 食事と飲み物が彼らの前に現れ、ゼノクラテスは勢いよく食事にかぶりついた。飲んではいけない! メランサは空腹ではなく、そのため彼女は食べるのではなく友人を観察した。顔は元気に見えるものの、ゼノクラテスの身体はやせ衰えており、彼女が昔から知っているような、丸い腹をした元気のいい男とは遥かにかけ離れてしまっていた。ゼノクラテスは目の前にある酒杯を手にした。メランサは警告を叫びたかったが、彼が酒杯を唇に当て、深く飲むのを黙って見ていた。
「話したことがあったかな、メランサ、神々についての私の新たな理論は?」 ゼノクラテスは彼女を見て微笑んだ。彼の唇と歯には醜い青い汚れがあった。ワインのせいよ、きっと。メランサは思った。
「その件について話し合ったことはなかったと思います、ゼノクラテス。それは......この場にはふさわしくありません。代わりに、貴方のことを話して下さい。元気に過ごしていました? 何をされていました?」
ゼノクラテスはワインをもう一飲みし、メランサはひるんだ。ゼノクラテスは答える前に咳こんだ。「食べるというのはいいものだね。本当に、食べるというのは。口の中で食べ物が砕け、変化し、崩れるのを感じ、そして全てを飲み込む。風味と混沌、生命の死が君に生命をくれる。そう、食べるというのはいいものだ。けれど私は神々について話したいよ、メランサ。彼らは何なのだろう、本当に何なのだろうね」
「それを議論することは許されていません。禁止されています」
ゼノクラテスは再び口を開く前に、更に長く続く咳をした。「禁止されている? 君は今や高位の評議会にいると聞く。メランサ、君がどれほど成長したかを見られて誇らしいよ。何が禁止されているかは君が決めるられる、そうだろう? 何なら許可されている? 私達は多くの時間を、神々の性質について議論してきたじゃないか。友達同士でもう何時間か、どうだい?」 更にもう一度激しく咳をし、ゼノクラテスは手で口を拭った。その唇と頬に、血の小さなしみがあった。
「具合を悪くされているのですね。どうか......」
「いや、私は大丈夫だ、メランサ。大丈夫だ。多少の咳では痛みはしない。今、私は不滅ではない。私も君もその真実を知っている。不滅なのは神々だけ、私達はそう言っている。変わらないのは神々だけだと。だがまあ、奇妙なことに、ヘリオッド神やタッサ神や他の神々について現存する最古の記述を読むと、私達が知る神々の振舞いが、今と比べていかに異なっているかがわかる」
「コビロスは『瞑想録』に記していた、『神々とはただ、様式が具現化したものである』と。異端の罪で石化される前にね。悲しいことに、彼は犠牲を払ったものの、それでもまだ誤っていた。神々とは、『私達が認識する様式が具現化したもの』だ。違いは、その創造主だ。ニクスの力を通じて、私達は神々の存在への責任を負う。もしかしたら、私達はニクスの存在への責任さえ負う......」
「やめて下さい!」 メランサは怒り、立ち上がった。このような冒涜を彼女の寺院内で許すわけにはいかなかった。古い友ではあるが、ゼノクラテスはこれらの恐ろしい虚偽を信じて力説している。ゼノクラテスは繰り返し咳こみ、血の大きな塊を白い食卓布へと吐き出して、それを赤と桃色に染めた。ゼノクラテスは顔を上げると、微笑んだ。青ざめた微笑みで、彼の歯は暗い藍色で汚れていた。そして口からは血が流れ出していた。
「私をどうする、メランサ? 私を殺すかい?」
怒りが、そして立ち続ける力がメランサから逃げ出し、彼女は椅子に崩れこんだ。「いえ......貴方を殺してはいません、ゼノクラテス」 私は見た、彼らがそれを酒杯に入れるのを。私は貴方に警告できた。貴方に言えた。
《エレボスの催促》 アート:Zack Stella |
彼の眼から血が漏れ出していた。「たぶん君の仕業ではないんだろうね、メランサ」
貴方はその恐ろしいことを言いすぎた。不実なことを。彼らは他に何ができる? 私は他に何ができる?
「知っていたかい、メランサ、君は死ぬまでにとても多くの堕落を経験することを。堕落させ、堕落させられ、とても多くの侮辱を受けて衰弱する。最終的に死滅する前に経験するべきものだ。やがて、君は無垢とは何だったかが思い出せないほどに汚れてしまう。堕落への道はとても多い。そして君はほんの少ししか知らない。君は死ぬ前に、更にもっと多くを経験する必要がある」 ゼノクラテスは口を大きく開けると、その歯の間から血がとめどなく流れ出し、噴き出して溢れ出た。
メランサは絶叫とともに目を覚ました。
ニクスの何処かにて......
都市は夢を見ていた。
その都市は穏やかな眠りを満喫していた。長く白い大通りは清潔に保たれて輝いており、暖かな陽光を吸収する強固な石から造られていた。都市には美しい柱と入り組んだ職人芸の石造りで満ちた、多くの素晴らしい建造物があった。長い間、その都市は太陽以外の何も知らなかった。幸せだった。
やがて、小さな毛むくじゃらの生物が一体、その都市に入ってきた。それは二本の脚で歩き、とても小さく、そしてその動物は楽しんでいると都市は思った。その動物は都市の中で楽しく遊んでいるように見え、そして都市はその動物に喜んで探検させた。すぐに、二体目の小さな毛むくじゃらが加わった。それらは都市じゅうをぶらぶら歩き、都市はその動物たちが遊ぶための小さな公園と湖を作り出した。そして動物達が眠るための小さな建築物を作り出し、果物を摘み取るための木々を提供した。都市は幸せだった。
《啓蒙の神殿》 アート:Svetlin Velinov |
次の日、都市は目覚めると、沢山の小さな毛むくじゃらの生物がその街路と建物にいるのを見た。それらは何百体といて、彼らが満腹で、安全で、満足していることを確信したかった。そして都市はこれほどまでに必要とされ、求められ、忙しいと感じたことはなかった。都市の街路はもはや輝いても清潔でもなかったが、都市はその夜眠りにつくと、満たしてやった全ての生物を思った。幸せだった。
その次の日、都市は心地の悪いひっかき音で目覚めた。あの生物は至る所にいた。何千と、何万と、それらは都市じゅうを歩き、這い、上っては下り、駆け抜けた。その生物は都市のあらゆる場所に毛と汚れを残し、かつては美しかった街路には泥と汚れとぬかるみが溜まった。
その害獣は蔓延し続け、小さな猿の口で都市の木々を摘み取り、水をすすり、貪欲な飢えから石造りの建築物や道にすら噛みついた。都市のあらゆる大通りと建築物はそれらを噛む毛むくじゃらの邪魔もので覆われた。そして都市は震え始めた、その厄介な軍勢を振り落とそうと。
立つのだ。
都市はその声を認識しなかった。それが何処から聞こえて来たのかもわからなかった。
目覚めよ。
都市は、声を聞くのは初めてだと気が付いた。だがその言葉の真実はすぐにわかった。立ち上がらなければいけない。目覚めなければいけない。掴むべきもう一つの世界。
都市の神、『不協和音』は立ち上がった。それが周囲を見ると、ちっぽけな猿どもがその身体にしがみついていた。それは猿どもの飢えと怖れを見た、そして幸せだった。『不協和音』はその新たに形作った手を伸ばし、毛むくじゃらの猿のような生物を何千と掴み、それらを握り潰すとその屍を下の地面へと放り投げた。それは全ての猿を殺しはしなかったが、生き残りどもへと示すには十分だった。それら、ちっぽけな猿どもは苦悶と恐怖の中に生きる、そしていずれ......
「この怪物は一体何なのです?」 新たに目覚めた神はその日二番目の声を聞いた。だが最初のそれとは異なり、『不協和音』はこの声を以前にも聞いたことがあった――何処からだったかは思い出せないが。背の高い、暗い色の肌をした女性がその都市の神の視界へと歩み出た。彼女の肌はニクスの星に覆われ、そして見たところその肌の下には、太陽のように熱く輝く青と白の魔力が脈動していた。
その女性のほの暗い瞳、星に満たされた球体は『不協和音』を見ると赤色に転じた。「あえて存在しようというのですか? そして一体何者が、貴方を創造するなどという命知らずなことを? 何処にいるのですか、定命の者よ? 私はお前を見つけましょう。私のような者から隠れられるとは思わないことです」
彼女はそう言うと両手を伸ばし、『不協和音』の中へと沈めた。「私はエファラ。貴方はもはや存在してはなりません、神々とは一つの手から伸びた指のようなもの、貴方はそうではありません。さようなら、小さなものよ」 その言葉の終わり際、彼女の声は優しいと言っても良いものだった。
《エファラの啓蒙》 アート:Wesley Burt |
何が起こったのか、『不協和音』はわからなかった。理解できなかった。何故生命が吸収され、自我がまどろんでいくのか。無存在へと帰る中、かつて『不協和音』として知られた都市の夢は、それが「後悔」だと知るに十分な一瞬を持つことはなかった。
『不協和音』、暗き都市の神は二度と目覚めることはなかった。
テーロスの何処かにて......
アショクの周囲でフィナックス神の眩惑の最後の残滓が消え去ると、大地の震えは次第に衰えて静まった。アショクは宙に浮かび、無言で静止すると周囲へと感覚を伸ばした。アショクは独りであり復讐に燃える神に追われていないことを確認するために。
アショクはテーロスの文明圏外縁、見捨てられた都市の中にて放棄されたエファラ神の神殿を特別に選んでいた。こういった小都市の廃墟は多数存在し、神々の気まぐれに支配された世界における、永続性というものの無益さの証だった。
そういった気まぐれの一つによって、アショクはテーロスのいかなる力からも見られることも、察知されることもなく、守られていた。
「どのような我が祝福を望むか?」 そう遠くない以前、フィナックス神はアショクへと尋ねていた。そのプレインズウォーカーが神のために行ったことへの報酬として。とはいえアショクはその役割を楽しんでいたのであり、その莫大な報酬は、必要性とは全く関係なかった。神々は定命の存在から長く恩を受けたままでいることを辛抱できないのだ。
神々から隠れることです。
他の全ての神々を欺く、フィナックス神がその考えを面白がるだろうとアショクは思った。そしてフィナックス神はアショクが正しかったことを証明した。その祝福は一時的なもので、そしてフィナックス神は神を傷つけるか殺すかするためにこの恩恵を利用しようとした場合、アショクが辿る運命をはっきりと示した。
だがフィナックスは何も言わなかった、新たな神を創造しようという試みについては。
その試みは決して成功しそうにはなかった、だが美しかった。美というものは素晴らしい取引材料となる――アショクにとって最も重要な価値ではないが、それでも喜ばしいものだ。とはいえ、この分野での成功は何にせよ疑わしいものに見えた。神になろうというゼナゴスの明白な情熱はアショクを迷わせた――数少ない、アショクにとって不透明な物事の一つだった。ゼナゴスはプレインズウォーカーだった。創造と美がそこにある時、これほど良い好機があるだろうか?
《悪夢の織り手、アショク》 アート:Karla Ortiz |
ゼナゴスは証明していた、定命の存在が神になるのは難しいが、可能であると。だが神になるという考えを転換するのはもっと簡単だった。そして夢を操る力を持つ者にとって、それは更に単純だった。アショクは推測した、いつでも認識は形を成し、ニクスにて神の前身となるのではないかと。だがそれは現存する神格へと吸収される。そのような発生が起こったなど、神々を含めて誰にも知られることなく。だがもしその道筋が形を成していたら、刻まれていたら、もし人間と神々との繋がりが攻撃されたなら、もし彼らの「様式」への繋がりが攻撃されたなら、そしてその「様式」へと至る新たな道が準備されていたなら......そう、『不協和音』は再び立ち上がることができるだろう。
創造した神が生き残るに十分な時間を得て、強く成長することは難しいというのに、その芸術家はいかにして神々の看破から逃れられようか。だが未来にそれを実行するであろう何人かの専門家にとっては、些細なことだった。今日の成り行きについては......エファラ神には疑問に思わせておこう、どんな陰謀が表に出るのかを。他の神々には何の前兆かを問わせ、懸念させ、調べさせておこう。
何も存在しない中に様式を見つけようとするのは、定命の存在だけではない。
アショクは次なる音の調和について考えるべく既に動いていた。ここ肥沃なテーロス世界には常に、創造すべき更に素晴らしいものがそこにある。
アショクの頬の僅かな欠片が煙と消えた。新たな夢が生まれた。
JourneyintoNyx ニクスへの旅
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