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MAGIC STORY
タルキール龍紀伝
毒入りの心臓
毒入りの心臓
Sam Stoddard / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2015年4月8日
龍王シルムガルの要塞の中心にて、アンデッドのナーガ、シディシは好機を待つ......
シルムガルの宮廷はシディシが若い頃、権力を手にしようとナーガの階級を昇りながら想像したような、活気のある場所ではなかった。彼女はいつの日か、龍にとって信頼できる助言者となり、自身の影響力を用いて敵を負かし、あらゆるナーガの中でも最も恵まれた者となることを思い描いていた。
《宝物庫の守衛》 アート:Raoul Vitale |
そして彼女が理解した真実。シルムガルの宮廷へと大胆にも身を投じる者は僅かであり、そして出て行ける保証は無いと言ってよい――外交手腕に長けたように見える者ですら。あの龍は劣った存在を、その気まぐれのはけ口としか見ていない。シルムガルの支配下にある大抵の者は、決して個人的な出廷を命じられぬよう願い、多大な捧げ物をする。これは、通訳としてのシディシの技量がほぼ必要とされない所で、終わりなどないように思えるほどの誘惑がある日々を過ごすことを意味した。
生の最後の瞬間、その心臓へとナイフを突き立てられながら、彼女の心が漂うように戻ったのはそういった誘惑の中だった。そして屍術師たちが呪文を詠唱した、彼女を――もしくは少なくとも、彼女に残された一部を蘇らせるために。その最期の瞬間にあったのは苦痛だった。そう、だがそこにはまた、涼しい夕の微風が、舌に感じる、蘭の香りがあった――遠く、はかなく、けれど忘れられないものが。人生の間、そういった類の感情をシディシは無視してきた。権力を得るためには必要ないものだと軽視してきた。今、それらは彼女が決して取り戻すことのできないものだった。
それは屍術という暗黒の魔術が与える、究極の罰だった――あらゆる種類の快楽の記憶を残したまま、それを経験する能力を奪う。欲求は残り、それは満たされることのない飢えとなる。シディシの変化の後も残った記憶は、苦痛に満ちたものでありながら、シブシグとして存在するよりは遥かに喜ばしいものだった。
《シルムガルの命令》 アート:Nils Hamm |
シディシは隊商が到着する騒音で現実に引き戻された――記憶が確かならば、その荷車はマラング地域からのものだった。何十人もの屈強な男たちが櫃に満載の黄金を運んで現れた。彼らがシルムガルの宮廷へと続く踏み段を昇る中、一人の人間が彼女へと近づいた。
「陛下への謁見を願います」 その男は言った。「私達の貢物が、私達の水準から期待される以下のものである理由を説明したく存じます」
シディシはその男の胸に下げられた黄金のメダルを吟味した。明らかに、富と権力を示すもの。「その知らせが悪いものならば、お前は下僕の一人を送っていたであろうな」 彼女は言った。「お前は、命以上に名誉に価値を置く人間には見えぬ」
「私はジーニュ様に遣わされました」 彼はそう言って、宝石の小袋をシディシへと手渡した。「貴女様は『寛容な』耳を持つお方だとお聞きしております。ですがジーニュ様は仰っておりませんでした、貴女様が......」
シディシは彼の言葉を切った。「その人間なら覚えておる」 彼女は言った。「今から数年前になる、私がかつて生きていた頃だ。あやつもまた私に宝石を差し出した、龍の寵愛のために。実に良いものであった。黄金の山に加える、袋に一杯の宝石......実に良い交換であった」 シディシはその袋を袖の中に隠した。「ついてまいれ」
《贈賄者の財布》 アート:Steve Argyle |
シディシはその男を中へと導いた。彼女は龍王がその千年以上の統治の間に集めた金貨や様々な貢物の中を、音を立てて玉座へと近づいた。その龍は晩夏の午後をまどろんで過ごしていると知られていた。それでも身体が一つのままでいられる特権を享受したいのであれば、龍王に自分の存在をしっかり認識してもらうことは重要なことだった。
「陛下」 シディシは低く、粗く響く言語で吼えるように言った。ナーガは龍たちの言語の正確な音を発することはできないが、不十分ながら模倣はできた。それは龍が話すことを楽しむ言葉だった。
《龍王シルムガル》 アート:Steven Belledin |
二十人を超える人間の召使たちが列を成して玉座の間へと貴重品を運びこみ、龍はその様子へと首をもたげた。金貨、黄金の兜、ドロモカ領の死した戦士たちから得た遺物――シルムガルはこれらの宝物へと目を向け、だが彼の巨大な頭部は何の洞察も示さなかった。最後の召使が宝を空けると、龍は首を戻した。
《享楽者の宝物庫》 アート:Peter Mohrbacher |
「お前達は下がってよい」 シディシは男たちへと言った。「お前は残るように」 召使たちが玉座の間から出ると、シディシは尾の先を目の前に立つ男の顔まで上げた。「我らはグルマグ州の征服について耳にしてきた。ドロモカの多くの要塞への偉大な勝利を。測り知れぬ富を! だがここに、お前達が我らに持ってきたこの富は十分測れる量ではないか。龍王様がこの程度の分け前を受け取るとお前は信じているのか?」
「その通りでございます。我々は多くの勝利を成し遂げてきました」 その男は言って、龍へと顔を向けた。「ですが、多くの損失も被りました。我々は再建を必要としました――戦いで倒れた者の家族を養うことも」
「お前から龍に話すことはならぬ」 シディシは言った。彼女の腐敗した尾が軽く彼の首筋を叩いた。「私に話すのだ。私が龍に伝える」
シディシは怒りとともに言い、そして龍は首を向けた。「お前は黄金で私腹を肥やし、龍王様もその事はご存知だ」 シディシは言った。「お前は私を買収しようとした、だが私はもうそのような些細なものは要らぬ」 シディシは床に、宝石の小袋を落とした。「龍王様は私を、今の姿にして下さった。そして私はこのお方の忠臣だ。言え、人間、お前は誰に忠誠を誓うのだ? ああ、身代わりになって死ねとお前を寄越したジーニュか? 奴はシルムガル様のようにお前の土地を守るのか? お前に生きることを許すのか?」
「貴女様が龍に仕えていることは存じております」 その人間は言った。「ですが、貴女様は龍を崇めてはおられません」
シディシはその人間との距離を縮めた。「何故崇めていない等とほざくか? 生前、私は力を求めた。だが私はその意味を理解していなかった。今、私は龍王様を見て、理解しておる」
「龍からの仕打ちを、貴女様が真に喜ぶことはありません」 彼は言った。
「私の何を知っているというのだ、人間よ?」 シディシは尾を巻いた。「龍に反抗することは無益だ。この方に仕え、死を言い渡された時、それが容易いものであることを望むのみだ」
その男はシディシへと近寄った。「無益でないとしたら? 私のポケットには、ジュラング蘭から作った毒の薬瓶が三つ入っています。一本のわずか四分の一でも、ドロモカの執政の一体を倒すに十分です。龍に近づくことを許可願います。そうすれば私は奴の支配を終わらせて見せましょう」
《シルムガルの手の者》 アート:Lius Lasahido |
シルムガルはほくそ笑み、その古の言語で話した。彼の声は玉座の間に反響し、それに伴って黄金の山が揺らいだ。
「龍王様はお前達の言葉で話すことを望まれないというだけで」 シディシはその男へと言った。「それを理解されていないということではないぞ」
シディシはその尾を男の胴体に巻きつけたが、彼は苦闘して片腕を自由にすると一本の薬瓶を放り投げた。それは部屋を飛び、シルムガルの巨体に当たった。薬瓶は砕けて黒い液体が床に落ち、下の黄金に当たって泡を弾けさせた。
「龍王様は毒の息を吐かれる」 シディシは男への締め付けを強くしながら言った。「お前の油が龍王様という存在の偉大さに何らかの影響を及ぼせるとでも信じておったか?」
《禍々しい協定》 アート:Zack Stella |
シルムガルは鼻を鳴らし、毒の雲が玉座の間に渦巻いた。以前、シディシがまだ生きていた頃、その龍の息は彼女の肌を焼いた。彼女は素早く龍王へと近づき、巨大な黒い怒りが形を成す前に慰めを言ってそれを宥めようと走ったものだった。
その人間はシブシグではない。彼の皮膚はその蒸気への抵抗を持たない。
「お前が黄金を持って来なかったなら、シルムガル様は償いとしてお前の民のうち十分の一を望んだだけであっただろう」 シディシは空気を求める彼へと言った。「お前が愛する者の多くは生きたであろう。今、私が思うに、罰はもっと過酷であろうな」
その龍は更なる命令を吼えた。シディシは男の首を掴み、彼を玉座の間からシブシグの穴の端まで引きずって行った。
《死体結い》 アート:Nils Hamm |
「お許しを」 その男は言った。「お許しを。嫌だ、お許し下さい。死にたくない。貴女様が力になって下さると」
「力にはなれる」 男の上着から残った薬瓶を取り出しながら、シディシは言った。「だが、そのつもりなど無い。お前の財産の中に良いものはあるというのか? あったとしても、私に思いとどまらせる役には立たぬ」
「家の皆、私は失敗した」 男は言った。むせび泣きながら、彼の呼吸は浅くなっていった。「あの獣を殺す毒などない。間違いなく、私達は皆、おしまいだ」
「死ぬのはお前一人ではない」 シディシは言った。「とはいえ、貢物はお前のように、龍王様を殺すことができると信じる者を連れて来る。その者達は皆このような素晴らしい毒を持ってくる」
シディシは無造作にその男の、死に体の身体を穴へと放り投げた。彼女の同類たちは馳走にありつくだろう。そして蘇らせることができるようなものは何も残らないだろう。彼女は胴体を覆う華麗な鎧を引き上げ、大きな傷を露わにした――かつて心臓が脈打っていた所に開いた、大きな穴を。
《アンデッドの大臣、シディシ》 アート:Min Yum |
そこに、彼女は国じゅうから集めた毒を収蔵し、効能のあるそれらの油を混ぜていた。
シディシは待っている。いつの日か、それらの効能が熟成する時を、そして龍が警戒を解く時を。その日こそ、彼女は龍に奪われた力を手に入れ、そしてナーガは常にあるべきはずだった存在となるのだ――この地の統治者に。
DragonsofTarkir タルキール龍紀伝
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