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MAGIC STORY
神々の軍勢
イロアスの英雄
イロアスの英雄
Matt Knicl / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2014年3月5日
正直に言うなら、その巨人は目が覚めたばかりだった。それでも、都市の神殿の二倍もの背丈がある怪物を誰もが打ち倒せるものではない、それが寝起きで頭が働いていなかったとしてもだ。だから思うに俺は英雄なのだろう。自分は世界一の英雄だとか、死んでからそう呼ばれたいというのではない。だが俺は「英雄イースリアス」と呼ばれることから顔を背けてはこなかった。俺は同年の者達よりも強く、常にあらゆる武器に容易く習熟してきた。とはいえ俺は自分の拳で戦いに挑むほうを好んでいる。
だが俺はとても誇らしい。事実、俺はイロアス様の力に祝福された多くの者の一人であり、人々に尽くし守るべく勝利の神が力を与えた敬虔な両親の子だ。いつも皆が言っていた、俺は英雄として生まれたのだと。
《イロアスの英雄》 アート:Willian Murai |
そのよろめく巨人はハイドラを打ち倒すよりは楽な相手だった。ハーピーの群れは恐らく最悪だった。巨人やハイドラは頭を潰せばいい。幾つもの頭を持つハイドラだとしても、それらを切り落とさない限り、ただ頭が多いというだけだ。その貪欲な頭それぞれを気絶させるのは手間だが、百の頭とやり合うよりは八の頭の方がましだ。
いや、ハーピーの群れと戦うのは最悪だった。荒れ果てて住む者もいない地域の交差路でのことだった。目に入るのはハーピーどもに占拠された、まばらな枯れ木だけだった。ハイドラを討伐したという俺自身の言葉が俺の最大の敵になった。八つ首のハイドラと戦うことは、一度に八体のハーピーと野外で戦えるということを意味しなかった。奴らは空から飛びかかって攻撃してくると、その鋭い鉤爪で俺に群がる。奴らはまた空へと逃げ出す時は常に、耳をつんざくような鳴き声を用いた。俺は剣を持ってくるべきだった。
もちろん、最終的に俺は奴らを皆殺しにした。俺は近づいてきたものを地面へ叩き落とすべく、奴らの止まり木から枝を一本もぎ取った。奴ら自身の止まり木で、致死の一撃を与えていった。俺は最後の二体が飛び去るまでそうした。俺は切り傷を受けて血を流していたし、この試練によって消耗したが、いい戦いだった。俺はその怪物の首を一つ目峠の北に位置する都市、ティンサルへと持っていった。大きな都市で、人々のほとんどは小さな村や、コロフォンの城壁内の首都に住んでいた。アクロス軍の兵士、ストラティアンが常駐するほどに大きかった。ティンサルの統治者ピルンはハーピーに対処させるべく、私を召喚したのだった。
俺は街の神殿に到着し、その統治者が市民と対面する謁見室へと入った。部屋の外には兵士が二人いて俺に扉を開けてくれた。そして部屋の中には更に八人が隊列を成していた。俺がハーピーの首を若い随員に渡すと、彼はまだ血の滴るそれらを落とさずに両腕で抱えようと奮闘した。
ピルンは黄金の玉座に腰かけていたが、俺はそれはただ金箔を貼り付けただけのものではないかと思った。そして紫と青の長衣をまとっていた――この世界で最も高価な部類の染料を使う色だ。俺は他人を外見で判断しないように努めているが、謁見室で兵士が両脇を固めた姿ではなく路上で見たとしたら、俺は彼をスリだと思うだろう。彼は王冠をかぶっていた、それが俺を居心地悪くした。アクロスでは、王冠を頭上に頂いていいのはアナックス王のみだ。
「犯行現場に戻ってきたか?」 玉座から立たずにピルンは言った。彼の衛兵達は私へと槍先を向けた。
「統治者殿、俺はアクロスのイースリアスだ。貴方の街道に巣くうハーピー共を倒すという要望を受けて来た」
「賢い策略だ、確かにな」 彼は言った。「だが丁度その日、お前の人相をした男が商人からいくらかの金貨を奪うという事件があった」
俺の背後で、誰かが部屋に入ってきた。ぼろを着た年かさの男、だが奇妙なことに輝く黄金の腕輪と指輪を身に着けて。そいつは俺を見ると驚いた、メレティスの下手くそな芝居で見るような類の驚きだった。そいつは泣くような演技を始めた。涙は出ていなかった。
「わたしを襲ったのはこの男です、王様。わたしの財布を盗ったんです」 嘘つきはすすり泣いた。
「衛兵、犯人がわかったようだ」
俺は頭の中でこの件全てについての考えを巡らせた。間違っている――統治者はその領分を踏み越えた。裁判はない。俺はハーピーを倒すべくこの統治者に送り出されてここに来た、そして俺は普段よりも疲労して弱くなっている。これは全て仕組まれていた事だ。俺には兵士達と戦う力は残っていない、そして堕落が彼らに触れたのか、それとも俺のように彼らも無知なのかもわからない。俺は彼らが俺に枷をつけるに任せ、抵抗はしなかった。俺はそのうち力を取り戻し、この狂気の場から自力で脱出できるだろう。
俺はゼナゴス神へとどう祈ればいいかわからなかった。誰もが囁く新たな神。彼は最初から存在しており、他の神々がその存在を否定していただけだと言い張る者もいる。俺は常に全ての神へと祈りを捧げてきたが、手ぬるいものだったとは認める。「この身に流れる力を与えて下さるイロアス様よ祝福を、そしてヘリオッド様、タッサ様、エレボス様、パーフォロス様、ナイレア様、エファラ様、フィナックス様、モーギス様、ケイラメトラ様、エイスリオス様、ファリカ様、クルフィックス様、ケラノス様よ、どうか見守り下さい」 俺はこれを早口で暗唱できた、そして子供のころからこう祈ってきた。形の決まったこの嘆願に新たな神の名を加えるのは難しい。俺は今ゼナゴス神へとただ安全を祈る、だが神からの返答は未だ耳にしていない。ゼナゴス神は新たな神かもしれないが、彼はその役割をどう演じるかを素早く学んでいる。
牢へと連れて行かれながら、俺は全ての神々に祈った。少なくとも衛兵は牢と呼んでいたが、俺はそれが意味するものを知っていた。都市の端には闘技場があり、遊戯の一環として使用されている。そして世界中の国から人間が連れて来られ、競わされる。動物用の囲いに俺は放り込まれ、他にも檻に閉じ込められた者たちの姿を見た。そして俺はイロアスの競技会が取って代わった古の、不法の戦いのためにここへと連れて来られたのだと知った。俺は闘技場で殺すか殺されるのだろう。
彼らは俺に枷をつけたまま、独房へ閉じ込めた。両脚にも枷がはめられ、両手首は足の鎖に繋がれていて腕を上げることもできなかった。独房は狭く、柵は格子状でどうにか掴むことができる程度だった。石の床には血と小便らしきものが乾いて跡になっていた。そして暗かった。僅かな蝋燭の明かりでは多くを見ることはできず、その部屋全体がどれほどの大きさかは見えなかった。だが同じような独房が沢山あるのがわかった。何人かの男が小声で話していたが、衛兵がこの牢内を歩いており、口を開いた者をその槍先で突いた。俺は兵士達を傷つけることを気に病む必要はなくなった。
また、他の怪物が檻の中でうなり、鳴き声を上げるのが俺には聞こえた。ミノタウルスと、ハーピー達の金切り声が聞こえた。狼らしき声に、少なくとも三つ向こうの檻にはレオニンもいた。だがその中で唯一俺がわからないのは、隣の独房の者だった。彼を人と呼んでいいのかどうかもわからなかった。ニクス生まれについては聞いたことがあった。神々の使者であり、定命の者達の中を歩く存在。彼らは力を貸してくれるためにやって来た、怪物から俺達を守ってくれる、そう聞いていた。だが今、この一月の間により多くのニクス生まれが出現しており、俺に彼らの意図はわからなかった。
《万戦の幻霊》 アート:Raymond Swanland |
彼は俺のように拘束されてはいなかった。いくらか鎧をまとってはいたが、彼の肌はほとんど――それを肌と呼んでいいのなら――むき出しだった。夜空を見ているようだった。彼は俺が見ているのに気が付き、こちらへと向かって歩いてきた。星々から成るその姿は刺青とは違っていた――彼が動けばその肌の夜空も動くのだった、まるで彼が別の場所へと続く覗き窓であるかのように。堂々と認めたくはないが、彼を見た時、俺は涙を流し始めた。神聖な存在をここまで近くで見るのは初めてだった。
「君は兵士か?」 彼は尋ねた。
「いいえ」 俺は小声で答えた。
「君の名は何という?」 彼はまた尋ねた。
「アクロスの、イースリアスです」
彼はその首をかしげて言った。「その名は聞いたことがある、そして私は君の母上を知っている。彼女はファラガックス橋での三度目の戦いで死んだ。彼女は七体を倒し、傷を負いながらも戦いながらイロアス様の御名を叫んでいた」
「母をご存知なのですか? 貴方もそこに?」 俺はもう泣いてはいなかった――知りたかった。父は母の死について何も話してくれたことはなかった、ただ母の犠牲があったからこそ、イロアス神は俺を祝福してくださるのだと。
「私はそこにいた」 彼は言った。「私は多くの戦いに加わってきた。そのため、私と君は繋がっている」
「俺は兵ではありません」
「君も私も、イロアス様にお仕えする身だ」
「ならば、俺達を解放はしないのですか?」 俺は尋ねた。「貴方は繋がれていない」
「できないんだ」 彼はゆっくり、慎重に言った。「私は望んでここにいるのではない、だがこの都市の統治者へ力を貸すために送り込まれた。イロアス様はアクロスの安定を望んでおられる、だがこの都市の統治者はもはや真の王を務めていないように思える。私は、すべきことが判らないのだ」
「ここから出ましょう!」 俺は声を上げて言った。「この汚らしい所は何の役目も果たしていません!」
「君を助けることはできる。君はいつの日か戦いの中で必要とされるだろう」
「俺はどんな助力でも受け取ります、ですが何故貴方自身はここを出ようとしないんですか?」
「私は、それができるとは思わないのだ」
彼は黙った。衛兵達が歩いてきた。彼らが通り過ぎるとニクス生まれの彼は続けた。
「君もイロアス様の力を持っている」 彼は言った。「近くに来てくれ、そうすれば私からイロアス様の祝福をより多く、君に与えることができる。私にできることは、それくらいだ」
「イロアス様にはどのように報いれば?」 俺は躊躇したが言った。
「彼らは君に、セイレーンの群れをけしかけるつもりだ。私は神ではない。私が持っているのはイロアス様の力だ。だがこれは私の贈り物だ。私に礼など要らない」 彼が柵の間から突き出した、その指の肌にも星がゆらめいていた。
俺はわかっていた、愚かなハーピー達との戦いでまだ傷が痛んでおり、声の策略を用いるセイレーン達との戦いでは確実にへたばってしまうだろうと。俺は柵に近づくと、彼の指が俺の肩に触れた。そして俺は気分が良くなったように感じた。傷が癒えた。もう疲労してはいなかった。俺は枷を破壊しようと力を込めた。金属は音を立てたが、壊れはしなかった。
「ありがとうございます」 俺は彼に言った。「もう一つだけ、お願いしたい事があります。貴方の独房の外の蝋燭を取って頂けますか?」
彼は頷き、壁の蝋燭を手に取った。
「これで何をするのだ?」 彼は尋ねた。
「その蝋を俺の耳に詰めてくれませんか」
闘技場は控えめなもので、アクロスの大闘技場とは比べるべくもなかった。席は一千ほど、蔦の生えた壁は所々壊れて競技場内に破片が崩れ落ちていた。兵士達が俺を砂地の試合場へ連れてくると、昇り始めた太陽の光に、俺はピルンが試合場中央の特別席にいるのを見た。彼は数人の女性に胸を撫でられながら、葡萄酒を飲んでいた。ピルンは先日と同じ服をまとい、王冠も同様にかぶっていた。
闘技場はガラガラだった。席にいるのは数人で、そのほとんどは葡萄酒を飲んでは馳走を食らい、死へと向かう男へとほとんど注意を払いはしなかった。俺は大衆のために死に向かわされたのではない。偽りの王とその友の、酒の席の気晴らしのために死へ向かわされるのだ。兵士達がセイレーンを放った。九体いて、それぞれが鎖で巻かれ、片脚首に枷がつけられていた。奴らの眩しい緑と紫の翼は縛りつけられ、金属の仮面で顔を覆われていた。セイレーンが視界に入ってくると、見物人達は耳に小さな何かを押し込んだ、まるでセイレーンが出ると事前に聞かされていたかのように。
《潮流の合唱者》 アート:Steve Prescott |
兵士達はセイレーンの脚に付けられた鎖を手にすると、試合場中央にある頑丈な金属の輪にその端を取りつけた。彼らは怯えながら、セイレーンの顔と翼を縛る器具を外す準備をした。彼らは声を揃えて数え、セイレーンを自由にすると競技場の端へと走って逃げた。その怪物達は繋いできた兵士達へと襲いかかろうとしたが、鎖に繋がれたままのため引き戻された。宙へと飛び立つことはできるが、競技場の観客席まで届くほどの余裕はなかった。セイレーン達は宙へ飛び立ち始めたが、何体かは他よりも動きが鈍かった。一体は飛び立つことすらできなかった。どれほどの間、閉じ込められていたのだろうと俺は疑問に思った。
背中に槍を突きつけられながら、俺の手枷が外され前へと押された。俺を繋いでいた兵は入場の扉を通るまでついていた。ピルンは戦いが始まるのを見ていなかったし、それが始まったことを認識してもいなかった。セイレーン達が飛びかかってきて、俺は何体かが歌おうとしているのが見えた。耳に詰めた蝋が役に立ち、奴らの歌は俺の耳に届かなかった。奴らは俺に向かってくると、まずその鉤爪で飛びかかってきた。
俺はその場を動かなかった。
奴らは俺の肌を引きちぎろうとしたが、傷はつかなかった。俺は素早く動き、一体の鎖を掴むとそれを別のセイレーンの首に巻きつけた。その最初のセイレーンは狂乱のうちに飛び立ち、姉妹を窒息死させた。俺はもう二体を引きずり倒し、残る一体が死にもの狂いに俺の肌を引き裂こうとする中、素早くそいつらの首を折った。奴らの武器の一つである歌は無駄になり、俺が受けたニクス生まれの祝福を、奴らは力で上回ることはできなかった。俺はこのけだもの達が俺と同じように閉じ込められていたのを思い出し、悪い気分になった。
残り四体となり、俺は奴ら全員の鎖を繋ぎ止める金属の輪へと向かった。俺はその繋ぎを簡単に破壊し、セイレーンどもをしっかりと確保した。奴らは俺を連れて空へと向かった。競技場にいた者は息をのむか、怖れや興奮に声を上げただろうが、俺には聞こえなかった。俺は、セイレーン達がピルンへ向かって飛んで行けばと願った、そうすれば俺は奴の頭の王冠をむしり取るか、あの偽君主の顔に一発どころではない拳を浴びせられる。だがセイレーン達は無秩序に飛び、回転しては統制をめぐって仲間同士で争っていた。俺は奴らが闘技場から飛び去っても掴まったままでいた。すんでの所で建物の側面に当たりそうになるも、俺は両脚を踏ん張り外側へ押し出し、比較的無事でいることができた。俺は眼下の都市が離れて去っていくのを見た。互いに鳴き交わし、辺境へと飛んで行くセイレーンとともに。
やがて、奴らは疲れ果てて地面へと落ちた。そして捕食者の目で俺を見たが、監禁と逃走から奴らに力は残っていなかった。俺は奴らに感謝すると、その首を素早く折った。俺は奴らの人間っぽい見た目に騙されはしなかった、奴らは自由になれば無辜の者達を殺すのだ。あのニクス生まれの魔法は消え去り、俺はこれまでにない疲労を感じ、力を失ったように思えた。俺はあの時イロアス様を必要とした、差し迫った時にかの神の名を呼んだ。だが何故その時初めて、俺はイロアス様の使者に会ったのだろう? そして何故イロアス様はピルンを支えるべく使者を送り込まれたのだろう?
ピルンの反乱やニクス生まれとの遭遇をコロフォンへと伝えねばならない。旅は危険なものになるだろう。だが俺にはまだこの拳がある。
そして何といっても、俺は英雄なのだ。
BornoftheGods 神々の軍勢
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