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Magic Story -未踏世界の物語-
死、その尊き瞬間
2018年11月7日
私は多孔質の土に杖を押し込み、身構えながら鳥の巣茸の繊細な上向き傘を調べた――今季、ゴルガリのシャーマンが最も切望する茸。これを栽培できるに至ったのは三つの腐敗農場だけ、そして私達が最初だった。最も見栄えのしないものでも一本あたり一ジノの値がつく。この一本は印象的な黄金から青銅の色調を誇り、卵に似たその内に薄青緑色の球体を幾つも抱えている。だがこれは地底街で身に纏われる精巧なガウンを飾る運命にはない。この茸は私のものだ。
収穫用の袋から一本の瓶を取り出し、苔緑色の霊薬が輝きを帯びるまで月光の中に渦巻かせた。それを逆さにし、瓶の口から一滴を茸の傘へと落とした。それはまるで一滴の露そのもののようにそこに一瞬留まると、白い触手の網が広がり、魔法の嚢で茸を包んだ。これで次の植え付けの季節まで保存できる。私は鋏で軽く叩いて外包の硬度を試し、袋の中でも慎重に区別された一画に加えた。
私達の農場には崩れた運河の壁が接しており、そこに昆虫の歌が響いて遥か頭上の夜空へと昇っていった。コオロギ、蝉、キリギリスの大合唱、そして遠くで死橋の大巨虫が深くしわがれたうなり声。私の兄弟姉妹数人すらも加わった。ラジの翼が際立って美しい旋律を震わせた。彼女は家族でも一番の歌い手だった。孵化した日から母の一番のお気に入り、とはいえそれを大声で言うことは決してない。
不意に、風に乗る音楽が変化した。ゴルガリの領土の縁で深夜の情愛を呼び起こす歌から、地底街の厳しく素早い鳴き声へと――新たなリッチが任命されたのだ。私は顔を上げて広大な農場を見た。兄弟姉妹も全員が手を止め、全員が心から夢見る知らせを聞きたがった――その新たなリッチはクロールであると。だがそうではなく、またもエルフだった。兄弟姉妹らは仕事に戻り、けれど私は続いた知らせを無視できなかった。そのリッチは一人の弟子を欲しがっている。茸の判別に熟達し、屍術に興味がある者を。
「どうしてエルフなんかのために働こうって思うの?」 その夜遅く、畑の手入れが全て終わって母の優しい腕の中に戻るとラジが言った。「あいつらは私達の殻の欠片で髪を飾って、顔に目を書いて虫みたいに見せて、それでも威張ってて……何であいつらが何度も何度も選ばれるのよ」
「マジレク様がいるだろう?」
《クロールの死の僧侶、マジレク》 アート:Mathias Kollros |
「マジレク様がなにさ? ゴルゴンが何十人もいて、デヴカリンのエルフは何百人もいるのに、クロールは一人だけ」
私は翼を縮め、立腹の不快な音を出した。ラジはマジレク様を問題にしているのではない。ただ私がこの農場を離れようと考えていることに立腹しているだけなのだ。確かに、私だって彼女がヴラスカ様の宮廷へ歌いに行くと言われたらそうなるだろう。
「お前の歌は最高だ」 私はそう言った。「私は音程を保つので精一杯だというのに。エリンは飛ぶのが上手い」 私は翼を曲げた、その一枚は歪んでいた。「私は飛び立つことすらできない。茸については沢山知っているが。クーリクはそれだけでも素晴らしい教師だ。屍術は私の生きる道を特別なものにしてくれるかもしれない。母が誇ってくれるような玄人の仕事だ」
「お母さんはあんたを誇ってるよ、私達全員を誇らしく思ってるよ。目を見ればわかるでしょ」
私は見上げた、かつて母の目があった深く暗い眼窩を。だがそこに見えたのは誇りではなく空ろな穴だけだった。農場の逆側からでも見える標として、私達は虹色をした母の外骨格を輝くまでに磨き上げていた。私達家族の錨。私達の全て。私達は卵のうから弾け出るや否や、母の臓腑を食した――甘く滋養に溢れた肉は、小さな幼生の身体を成長させてくれた。そして私達は母の甲殻に穴をあけてその下に繭を作り、数週間、母はその鋏で無私に捕食者を追い払ってくれた。やがて私達は羽化し、母であったものに群がった。百七人の全員が母の外骨格だけきれいに残して食い尽くし、自分の身を守れるほどに強くなっていた。今や母の巨大な甲殻は昼間の私達の隠れ処であり、辺鄙で空ろな割れ目であり、自らを呼び起こすことのできる場所だった。母は私達へと全てを捧げてくれた。私が母を誇りたいと思わないわけがあるだろうか?
「ねえ、考えるのは終わりにしない? 明日暗くなってから全部話しましょう」 リザがあくびをして、母の下顎の緩い曲線の下に伸びをした。「死に至るまで。最愛の兄さん」
「死に至るまで」 私はそう言って、彼女へと良い眠りを願っただけでなく、優しい別れの挨拶とした。私達の運河の淀んだ深みに午後の太陽が差したなら、地図と日誌と薬瓶と袋を持って、兄弟姉妹が夢を見ている間に抜け出そう。
地底街は圧倒的な荘厳さを誇っていた。霧に包まれた広大な石造りのトンネルに巨大な円形の入口、まるで開いた口が私達を丸呑みしようというかのようだった。競争相手らは最良のローブをまとって来ていた。橙色と青緑色の茸のひだをうねらせ、そしてかつてはクロールのものであった甲殻の輝く破片を宝石のように散りばめていた。私は杖を強く握りしめ、自分の装いは不十分と感じた。青銅の頭飾りと簡素に飾った胸鎧、それだけだった。骸布のような皮膚のリッチが私達一人一人を値踏みした。両目は白濁し、額に描かれた感情化粧の一部となっていた。身にまとうガウンは芸術的なもので、三十一種類の異なる茸がモザイク模様に波打って背後に流れ、骨のように痩せた体格を飾っていた。
勇敢にも(もしくは愚かにも)私達二十六人が、全ラヴニカでも最も危険な四種の茸を同定し採取して来るように言われた。私は触覚を立て、脚の関節を引き締め、背筋を伸ばして立ち……その四種全てを持って最初に戻る気概は十分だった。封入のために余分の薬液を持ってきた。そういった茸は胞子にわずかに触れただけでも麻痺や窒息、死、更に重篤なものに至る可能性があるために。
「君達のうちわずか一名だけが我が弟子となる」 そのリッチは言った。「綿密で、狡猾で、素早くなくてはならない。死ぬことがあろうとも、君達の身体は何世代もの分解者の糧となるだろう。その落とし子らは来たる千年紀に渡って地底街の死骸を腐敗させるのだ」 そしてリッチは最良の蜘蛛糸で織られた手布を落とし、競争の開始を告げた。
私は農場を離れたのは初めてで、地底街の構造には不慣れだった。だがリッチは親切にも一枚の地図を私達に渡してくれた。他の競争相手のほとんどはすぐさま出発したが、だが地勢を探る一時をかければ、沼地で迷う二時を節約することになる。進路を考えていると、一人のエルフが通り過ぎる際に肩をぶつけて来て、地図の脆い紙を真二つに裂いた。「何処を見ている!」 私はそう叫ぶと翼でクロールの罵倒を鳴らした。相手は振り返って一瞥しただけで、かろうじて見えたのは派手な青いローブを飾る茸の肩当てだけだった。口元は視界から隠されていたが、その薄笑いから感情化粧は浮き出ており、故意に私にぶつかったのだと確信した。気にすることはない。
ゾンビ茸を探すのは容易い。確かに危険だが、珍しいというわけでもない。それらはマングローブの影を好んで育ち、地図はここから遠くないと示していた。私は塩気を帯びた水面を駆け、蔓の下をくぐり、競争相手の群れを追跡した。そしてコンクリートの落とし格子をくぐり、開けた沼地に出た。マングローブは……果たしてそう言って良いものかどうか。太く節くれ立った幹は大袈裟な根に支えられ、よじれた梢は葉というよりも緑の錠前に見えた。競争相手のほとんどは既にその根元を漁っていた――ゾンビ茸が育つには絶好の場所だった。その茸が全て摘まれてしまう前にと私は駆け、そして何かがおかしいと気付いた。木の苔は……裏向きだった。そして根も、その一本が痙攣するように動いたのを私は見た。
「森の悪霊だ!」 私は叫び、追い抜いていったゴルゴンを気付かせた。私達二人とも止まり、背を向け、そして後から来たエルフ二人とクロール一人に警告しつつ、逆方向へと駆け出した。
年経た枝の軋みと、水浸しの土から根が引き抜かれる音が聞こえた。そして悲鳴が。とても、とても多くの悲鳴が。そして静寂が。
その沼地の逆側に辿り着いて数本のトンネルを抜け、森の悪霊の胴周りでは狭すぎて通れない所へ来るまで、私達五人は足を止めなかった。やがて息を切らして怯えながら、私達は落ち着いた。
「なるほど、この地図は信用ならないってことだね」 ゴルゴンが言った。その髪は波打って逆立ち、だが競争相手の姿を見るために彼女へ目を向けるという危険を私は冒した。若く、皮膚は深緑色だった。その両目はその三倍も歳を経ているかのように賢かった。
「あのリッチがあのようなものを用意していたとは信じられん」 私はそう言った。
「デヴカリンのエルフはそういう奴等だ」 別のクロールが返答した。
共に逃げてきたエルフ二人は動こうとしなかった。恐らくは自分達が数で劣るという状況に慣れていないためだろう。二人は幾つかの悪態を吐き、怒れる感情化粧を見せてすねた。
「心配はいらん」 クロールがまた言った。「ゼゴドニスはこの競争で見どころのある唯一のエルフだった。だが今やあいつの骨は森の悪霊の爪楊枝だ。馬鹿な奴だよ、エルフにしてもな」
「ゼゴドニス?」 私は尋ねた。「派手な青のローブと大きな肩当てのか? 髪に二十匹の昆虫を飾っていた?」 私の地図を破ってくれたあのエルフだ。
「そいつだ。生とは死より出づるもの」クロールはそう言って、ぬかるみに吐き捨てた。
「生とは死より出づるもの」 私はゴルガリの真言を復唱し、心を落ち着かせようとした。けれどあの……死んだ者たちについて考えるのを止めることはできなかった。あまりに一瞬の出来事だった。もし地図を眺める時間を取らなかったなら、私の骨格もまた沼の底に沈んでいただろう。
「なあ、お前の名前は?」 そのクロールが私に言った。
「ボザックだ」 私はそう言って、翼を一つかき鳴らした。
アート:Wesley Burt |
「リミンだ」 彼はにやりと笑った。真に驚くべきしなやかな翼を持っていたが、話す時にはわずかに震わせるだけだった。それ無しには、彼の言葉は実に平坦だった。まるでエルフのように。彼は私の不安を察してか続けた。「俺は地底街の中心で育った。そこでは、生き延びるためには適応しなければならない」
「ああ」 私は返答した、本当はそうでなかったとしても。もし彼のような翼があったなら、一日中かき鳴らしているだろう。「君は?」 私はゴルゴンへと尋ねた。
「カータ」 クロールなどどうでも良いとばかりに彼女は言った。そして私の顔を見てしまったら石にされるとばかりに、そっぽを向いた。「おや、見なよ。ゾンビ茸だ」
だが彼女の言う通り、二十フィートも離れていない所に、下水の格子の根元に茸の小さな群落が育っていた。私達はそれぞれ注意深く一本を採取し、封入の霊薬をかけた。嚢が固まると、私は安全のためにもう一度薬をかけた。
「あんたには助けられた」 カータは採取を終えると私へと言った。「感謝はしてる、けど協力するって事にはならないからね。競争に勝つのは一人だけなんだからさ」 彼女は走り去り、リミンと私が残された。
「あの女の言う通りだ。けど今だけ休戦をしない理由にはならんだろ。情報と資源を共有すれば、少なくとも一人のクロールが勝つっていう保証にはなる。どうだ?」 彼は手を差し出した、エルフ達が契約を結ぶ時の仕草を。私は顔をしかめないよう我慢しながら自分の手をそれに押し付けた。私がいた所では、クロール同士の契約は下顎を触れることで行う。彼にとってはこれが適切に思えるのだろうが、私にはまるで自分の身体が自分のものでないような感覚が残った。
連れだって、私達はかろうじて膜から出たばかりの若い死茸を収穫した。そしてカータとエルフ片方の先を確固として進んだ。もう一人のエルフもそう遠くはない。そいつは振り返って速度を上げようとし、だが盛り上がった木の根につまずくと、鞄を潰すように転んだ。
「助けてくれ、負傷した」 そのエルフは悲鳴を上げた。「リミン……来てくれ、俺達は友達だろう? 一緒に育ったも同然じゃないか」
「ゾンビ茸の嚢に穴があいた」 私はリミンへと囁いた。胞子がそのエルフの顔に吹きつけられ、だが彼は気付いていなかった。「引き返すべきだ」
「伝えるべきか?」 リミンが尋ねてきた。「もしかしたら助かる――」
「もう遅い」 エルフは既にうめき声を止めていた。立ち上がると、カンバス地の鞄から胸腔に至るまで刺さった枝が見えた。彼は顔を上げ、ローブから血を滴らせながら、周囲の木々を賛美した。まるで苦痛すら感じていないかのように。
「どの木が一番高いかな?」 その言葉は不明瞭だった。ゾンビ茸には幾つかの種類があるが、これは最も攻撃的で即効性があった。それは既に彼の脳を書き換えており、茸の望み通りに動かしていた。その身体は今や無意識に次世代のための宿主と化していた。
そのエルフは一本の木を選ぶとよじ登った、まるで自らの身体がこのただ一つの目的のために作られていたかのように。そしてその先端へと迷わず進み、しがみついた。今から数時間後には、茸がその目や鼻や耳から弾け出る……彼の身体の内をゆっくりと食し、やがて沼地へと胞子を降り注がせる。気の毒とは思わなかった。生命とはこういうもの……私や兄弟姉妹が母から生まれ出た様子とさして違わない。母は私達を育ててくれた者、自らを捧げてくれた者、だが生物学的な母ではなかった。母のことは知らない。彼女はその卵を巨大甲虫に預け、それ以後私達を顧みることはなかった。妥協からの行動だとはわかっている、侵略者の噂から、母は私達を守るべくそうした。母の悲鳴は決して子守歌などではなかったと知っているが、母は私達を愛してくれている。私達も母を愛している。完璧な家族など存在しない。
我が家の記憶に没頭しすぎていた私を、リミンは引きずり出した。セレズニアとの境界に接する危険な崖の高くに点在する腐った切株から、私達は協力して狼牙茸を入手した。リミンは輝く翼を苦も無く動かして飛ぶと採取へ向かい、その間私は彼に噛みつこうとするワームの幼生へと石を投げていた。やがて、最後の一種類を残すのみとなった。
地底街の内部へ戻る頃には、私の脚は関節まで鮮やかな緑色の苔に覆われていた。沼地へ深く踏み入り、私は足を緩めた。今や昆虫の歌は静まっており、それは何か危険なことが起こっているという同類からの警告だった。前方には苔犬の住処があり、入口は蔓や生体発光性の苔で覆われ、そして私達が求める貪食天使茸もあるはずだった。素早く水に頭まで浸かり、私は犬から自分の匂いを隠すと同じようにするようリミンに合図をした。もし奴等が眠っているなら、今がその時だ。
その傘は上部が白色で、天使の翼のような羽があり、下部の縁は弾力のある黒色だった。死茸や狼牙茸のような毒性はない。それらは深刻な幻覚をもたらし、視界に入った全てを殺戮させ、そして一時間後に正気に戻る。体調は完全に良好で副作用はない、ただ両手が二十八人分の血にまみれているだけで。
洞窟の入口から中を覗きこむと、確かに三体の苔犬が影の奥深くに丸まっていた。夢を見ているらしく手を時折小さく動かしながら――鋭い黒曜石の鉤爪が想像の肉を裂き、鈍い吠え声が牙の並ぶ口から漏れ出ていた。注意深く、静かに、私は手を伸ばして貪食天使を折ろうとした。
「待て、ボザック!」 リミンが囁いた。「それはグリフィンの手茸じゃないと思うか?」
苔犬の触手が一本うごめき、私は即座に手を止めた。そしてその触手が落ち着くまで息も止めたままでいた。リミンの羽音が頭上で聞こえた。洞窟のすぐ外に半透明の翼がぎらつき、だが私に考えられたのは、彼の匂いの広がりに今すぐにでも苔犬が気付きかねないということだけだった。
「間違いない」 私は囁き返した。グリフィンの手は貪食天使と非常に似た外見をしており、熟練の胞子ドルイドでも時に区別は難しい。だが私の兄がその傘の形状のわずかな違いを見分ける方法を教えてくれた。
貪食天使茸を採取すると、私は注意深くそれを包んだ。そして自分の一本を袋に入れるとリミンの分を手渡した。リミンは沼の、私のすぐ隣に着地した。私は押しのけて通ろうとしたが、彼はそれを遮った。「ボザック、どうした? ちびの苔犬が怖いのか?」 彼は洞窟の中を一瞥した。「何だよ、ほとんど子犬じゃないか」
「待て、そう言うのは簡単だがな」 そう、飛べる者にとっては。「もし良ければ、ここからは別行動にしないか」 足音が近づくのが聞こえた。顔を上げると蛇の巣のように髪を揺らした影が見えた。カータが追い付いてきたのだ。ゴルゴンは手強い競争相手だ、まさしく石のように。そして石化の犠牲者になるつもりはなかった。
「死に至るまで、そしてその先まで!」 リミンは叫び、自分の茸をしまい込むと苔犬の巣へ石を投げた。それは犬の額に命中し、きらめく黒い瞳が一斉に開かれた。頭が上げられた。鼻面が唸りで引いた。そしてもう二体が目覚め、そのすぐ背後で唸った。
「リミン、何をしてくれた!」 私は問い質したが、彼は既に飛び去っていた。
苔犬らは私を見つめ、臆病に踏み出した。私は背を向けて駆け出し、だがそれを合図とするように苔犬らは追いかけてきた。
「苔犬だ!」 私はカータに叫び、そして私達は肩を並べて共に逃げていた。苔犬は距離を縮めてきた。
「あいつらを石にできる……」 喘ぎながらほぼ一息に彼女は言った。「……それまでの時間を、稼いでくれるなら」
「協力はしないんじゃなかったのか」
「ボザック、ちびの苔犬に追いかけられて、生きたまま食べられそうなのに、そんな事言ってる場合?」
「わかった。私が気を散らそう」
「一分もいらない。そうしたら、私の前にあいつらを回して」
私は頷き、翼を羽ばたかせて魅力的な響きを発すると苔犬らは追いかけてきた。私は枯れた蔓を迂回し、そしてカータへと迂回するように戻ってきた。その頭部の触手は全て、怒り狂ったように波打っていた。彼女が呪文を放つと、苔犬のうち二体が速度を緩め、そして獰猛な唸り声を発そうと口を開いたまま凍りついた。少しずつ進行するように、肉が石と化していった。だが何もせず見とれている余裕はなかった。もう一体が私へと向かってきて、カータは再び石化させようとしたが、何も起こらなかった。不意にその犬は彼女へと向きを変えた。
本当のことを言えば……最初に心をよぎったのは、彼女をここに放って勝利を目指すというものだった。けれど母はそれをどう思うだろうか? 私は翼を鋭く合わせ、美しい歌を奏でた。昆虫の群れが私に集った、銀の背をした蝗の群れが。私がそれらをけしかけると、苔犬はカータを引き裂こうとしていた手を止め、歯をきしらせながら虫の群れを払おうとした。「今だ、離れろ!」 私はカータへと叫び、だが彼女には別の考えがあるようだった。その髪が再びうねった。「やめろ!」 悲鳴を上げたが遅かった。三体目の苔犬が彫像と化し、そして百匹近くの蝗もまた。それらは小石のように地面へ落下した。
「何さ? ただの虫だろ」 私が睨み付けているのに気づくと、彼女は言った。
ただの虫以上の存在だ、私はそう言おうとした。同類だと。だが彼女の髪がまだうねっているのに気づいた。彼女にとっては私もただの虫なのだ。
「ボザック、勝者は一人だけ。そしてそれは私だよ」 彼女はその凝視を私へと定めた。その瞳孔が広がって両目が完全に黒くなり、そしてその端から光が漏れ始めた。私は一瞬立ちつくした。衝撃に、壊れた信頼の痛みに動けず……だがその時、手の中で杖が脈動した。その先端は肉を貫通するほどに鋭いかもしれない。私は素早く動き、杖を突き出した。それはゴルゴンの腹部をとらえた。両目の光が消え、呪文が立ち消え、そして私の関節に生じつつあった硬直は解けた。
彼女は倒れ、刺し傷の根元で杖を掴み、血を吐き出した。杖が輝き、まるで魔法で生を得たようにも見えた。私の心が揺れ動いた……そして柄を強く掴み、手をその真珠光沢のある外形の曲線に、そしてうねった漆黒の内形へと滑らせた。私自身の手で、母の脚からこれを切り出したのだ。その内に込められていた魔法の欠片、母からの最後の贈り物は今や失われた。母からの激励に促され、私の心はただひとつに定まった。勝利に。
全ての茸をしっかりと袋に詰め、あとはリミンより先にリッチの所へ戻るだけだった。私は飛べないかもしれないが、昆虫がいればその必要はない。翼をこすり合わせて深く響かせ、死橋の大巨虫が求愛する声を模した。地面が轟き、そして一匹の巨大な甲虫が私へとまっすぐに駆けてくるのが見えた。それは私を見て番の相手ではなさそうだと困惑したが、私はその脚へと必死にしがみつき、大巨虫は歩きだした。これは貴重な時間の節約になる。前方にリミンの姿が見え、追い付きつつあった。けれどその時大巨虫は進路を逸れ、私は手を放すことを強いられた。それでもまだ勝機はあった。
《死橋の大巨虫》 アート:Chase Stone |
そしてその沼から、苔に覆われた人影が両手に杖を持って立ち上がった。それは通過しようとしたリミンを打ちすえ、脚を二本と翼の一部を折った。リミンは濁った水に倒れ、その苔まみれの姿に袋を奪われて悲鳴を上げた。そして攻撃者は私へと顔を上げた……皮膚の緑色の中、エルフの耳と化粧模様が見えた。顔の半分は木片に覆われ、そして派手な青のローブはぼろぼろに裂けていた。
ゼゴドニス。森の悪霊の攻撃をいかにしてか生き延びたのだ。残るは私達の競争だった。私は全速力で駆け、彼は背後で脚を引きずって進んだ。そして私へと悪態を吐き、考え得る限りのクロールに対する罵倒を叫んだが、私は勝利だけに目を向けていた。そう遠くない所に、あのリッチは立っていた。私は最初に辿り着き、すぐさま達成感に満たされた。成し遂げたのだ!
「おめでとう」 リッチが言った。その声すら身体が放つ死に相応しかった。彼は私が持ってきた茸を二度確かめ、そしてゼゴドニスがよろめきながら追い付いてきた。
「君もおめでとう」 彼はゼゴドニスの鞄を受け取り、中を一瞥した。「君達両方とも挑戦を成し遂げた。そして両者とも私へと師事するに相応しい」 ゼゴドニスを見た時、リッチの両目は輝いた。私に向けた視線には明らかにありえなかったものが。
勝者は一人のはず、だが私は異議を申し立てる気はなかった。そうでなく私はこの瞬間を味わい、全力で最高の屍術師になることだけに目を向けた。
「ここじゃない。そっちだ!」 私がその蠢く茸へと叫ぶのはこれで五度目だった。私へと呻くそれは柔らかく白い綿毛に四肢を覆われ、肩と頭からは茎の長い茸の群落が生えていた。その身体は死の魔術と菌類の地下茎で組み上げられ、過去数百年間ずっと肉というものを知らなかった骨を動かされていた。蠢く茸と共に働くというのはほぼ不可能だった。往時軍のゾンビは相当に命令を受け取るが、あのリッチは私をそちらの仕事に就かせてはくれなかった。だが私は観察を楽しんだ。沢山の貝殻、ひだ飾り、そして胴着に縫い付けられた無数のボタン。埃まみれの正装に身を包む彼らが、古めかしい行軍をする様を。
その蠢く茸を私はベンツィと呼んだ。彼は運んでいた屍をリッチの聖域の隅の山に置き、私へと振り返った。眼窩が私に向けられ、私の次の命令を切望した。私は溜息をついた。
「悪かった、ベンツィ」 私はそう言った。怒鳴りつけるべきではなかった。私は不満が溜まると時折ゾンビへとそれを向けてしまう。これは全くもって、リッチの弟子となった私が夢見ていたものではなかった――不死者を蘇らせる方法を学ぶのではなく、世話をするというのは。あのリッチはゴルガリ団の本拠地コロズダへと会合に出ていた。またしてもゼゴドニスを連れて。サンホームへと菌類による攻撃があったのだ。ボロス軍の高官三人が、私達が集めるよう頼まれたゾンビ茸と同じものに襲われた。それらは彼らの本拠地の塔を登り、一体は実際に頂上へ到達した。我らがギルドマスターであるヴラスカ様は、ボロス軍がこれを地底街への更なる侵入への口実にするのではと警戒しており、どう対処するのが最良かを相談するためにリッチらを呼び出したのだった。師匠らが出発して数時間が経っていた。
リッチは聖域内で私を好んでおらず、死体を下ろすのに長い時間をかけすぎていると叱責した。そのため私が学んだ呪文のほとんどは戸口で盗み聞きしたものだった。だが私は今や発見される危険を冒すことなく聖域内を探検することができた。ここには頭蓋骨が陳列された棚の列があった。湾曲した太い角を持つラクドスの小悪魔、その眼窩は辺りが暗い時にだけ深い翠緑に輝く。長い鼻面のヴィーアシーノ、ミノタウルス、巨人……果てはドラゴンのそれが、今やリッチの講義台として役立っていた。壁に並ぶ茸の収蔵は私など遠く及ばないものだった。何千とあるに違いない。腐敗臭は大気に濃く、豊かで退廃的で、私自ら死の呪文を試す誘惑にかられた。
私はリッチの動きを見て覚えたそれを模倣し、するとマナが殺到した。全身を刺されたように、表皮を何百匹もの蟻が行進するように感じた。振り払いたい衝動をこらえ、代わりに力を抜き、マナを腕に流すと柔らかな緑色の光が掌から溢れた。私はその少しをあまり新しくないネズミの屍に通した。往時軍の墳墓の背面を清掃していた際に見つけたものだ。
そして観察した。ネズミの後ろ脚が痙攣し、だがそれ以上はなかった。あのリッチの教えは間違いない。私にだってもうできるだろう。ゼゴドニスは幾つかの呪文を既に学んでいた。屍術は私の天職だと願ったが、認める時なのだろうか。墳墓から蜘蛛の巣を払い蠢く茸を監督することこそ、私のこの先の生涯なのだと。
声が広間を降りてくるのが聞こえた。リッチだ。既に戻っていたのだ。ここにいるのを見られるわけにはいかない。私は聖域の後方隅に隠れ、そして見るとベンツィが今も私を見つめたままでいた。これでは見つかってしまう。
「来い!」 命令すると、彼はのろのろとやって来た。「急げ!」
その叫びもベンツィの歩調を上げさせはしなかった。私は駆け出て彼を隅に押し込んだ。うめき声が上がった。
「シーッ。死人のふりをしろ」
ベンツィは従った。空き時間に私が教えた小技だ。彼は倒れ込み、冷たい灰色の石壁に頭をもたれた。リッチは秘密の扉から入り、その後ろにはボロス軍の兵士が二人いた。彼らは気を強く持ち堂々としていたが、その膨れた目が眼窩で泳ぐ様子からは、ここに来たことを怖れているとわかった。リッチは茸の標本の瓶へ向かい、私達が苔犬の洞窟から採取してきたものを選んだ。
「貪食天使。恐らくはラヴニカで最も危険な茸だ。殺傷性はないが、胞子を吸い込んだ者は皆、怒りに襲われる。ブリキ通りの虐殺を覚えているか?」
「ああ」 兵士の一人が言った。「何人かのグルールの略奪者をそれで逮捕した。誤認逮捕だったというのか?」
リッチは薄く病的な眉を上げた。「これの無毒化したものを、今宵ヴラスカが絞首砦のクルンストラッツに出席する時のガウンに仕込んである。あの虐殺から死体を掘り起こして胞子を調べるといい。同じ植物によるものという証拠が出るだろう。ボロス軍はヴラスカを殺人容疑で逮捕する以外になくなる。今回は上手くいく、約束しよう」
《地底王国のリッチ》 アート:Anna Steinbauer |
「行くぞ、パーティをぶっ壊しに」 そのボロス兵が言った。
「いかにも」 リッチは言って、その骨の指を高く立てた。「そして私が心から望むのは、新たなギルドマスター候補者をボロス軍が支持する時が来たなら、今日の私の助力を考慮に入れて欲しいということだ」
「了解した。この仕事をしてくれたデヴカリンをな」 そして笑い声が上がった。
リッチも笑みを浮かべた。干からびた唇が痛ましく伸ばされ、灰色の歯がずらりと現れた。「ゼゴドニス!」 その声に、ゼゴドニスが駆けてきた。「この素晴らしき兵士らを案内せよ」
「かしこまりました」 ゼゴドニスは返答とともに深く頭を下げた。
リッチは屍の山を見積り、そして再活性の呪文を唱えた。呪文を唱える様を私が角から見つめる中、一つまた一つと生命がそれらの死体を満たし、私は苛立ちながら待った。ヴラスカ様へと警告しなければ。
見下ろして、私はまだあのネズミの死骸を掴んでいたことに気が付いた。今の私にまさに必要なのは攪乱を起こすこと。リッチの気を逸らせたなら、ここから密かに抜け出せる。私はそのネズミを見つめ、今リッチがそうしたように呪文を唱えた。緑色の光が再び私の掌に満ちた。先程よりももっと濃く、水よりは蜜に近いほどに。私はそれを鼠へ並々と注いだ。髭がぴくりと動いた。尾が引きつった。四つの小さな手が宙をかいた。
私は袋から、チーズのような風味で柔らかな猪尾茸を一本取り出すと鼠に与えた。それは茸を齧り、口一杯に頬張った。咀嚼された茸の破片が腹部の穴から漏れ出たが、気付いてはいないようだった。私は注意深くリッチの足元へと茸の塊を幾つか投げ、そして床にネズミを放った。それは床板の上を駆け、茸の欠片を食らい、そしてリッチの足首に噛みついた。
リッチは怒り狂い、振り回した腕が講義台の呪文書を叩き落した。古い紙片がそこかしこに舞った。私は影の中を辿って扉からそっと出た。そして絞首砦へと全速力で駆けた。
絞首砦へ近づくと、何百もの目が向けられているのを感じた。首を曲げ、羽虫の巣のように天井にしがみつく要塞を見上げた。この下方からも、ギルドマスターの訪問に興奮したクロール仲間の羽音や鳴き声が波打つように聞こえた。
「ヴラスカ様にお会いしたいのだ」 私は衛兵へと言った。
身元を尋ねられるかと、もしくは少なくともここにいる理由を聞かれることを想定した。だが衛兵は私を上から下へ眺めただけだった、私が危険であるなどありえないとでも言うように。「空いてるのは立ち見席だけだ。上へ行け」 衛兵はそう呟き、砦の下部入口を示した。
「それで、昇降台はあるか?」 衛兵は私の曲がった翼を見て、そして飛べる衛兵へと合図をした。私は砦の一階へ連れて行かれた。頭上は大広間で、張り出しからは宝石色の苔が下がっていた。近衛兵、圧倒的な数のクロールがあらゆる階に群がっており、外骨格からも集団的な羽音を感じた。七階上で、ヴラスカ様が手すりから身をのり出して忠実な追随者らへと手を振っていた。私は目を狭めた。あれがヴラスカ様。ここからは蟻ほどの大きさでしかなかった。
群衆は多すぎた。時間内にギルドマスターの所へ辿り着くのは絶対に不可能と思われた。ボロスの士官らも既に向かってきているだろう。とにかく何をするにしても、今やらなければ。私は群集を押しのけて進み、砦の窓の一つまでやって来た、ヴラスカ様への手頃な近道だ。下を見るという過ちを犯し、眩暈が思考をぼやけさせた。私がやるべきは七階をよじ登ること。そして恐怖に一舐めされることなくそれを行う方法を正確に知っていた。
《クロールの銛撃ち》 アート:Kev Walker |
私はゾンビ茸を袋から一本取り出し、自分の舌の上に乗せた。嚢が溶け去り、数分が経過して私の高所への恐怖もまた同じく消えた。絞首砦の最後部へ到達する以外のことは考えられなくなった。私は窓から無理矢理出て、建物の外部へと脚を沈めていった。七階を登り、そして茸の侵略者へと思考を逆らわせた。登攀を止めなければ。
もっと上へ。茸がそう告げた。
もっと上へ。
もっと上へ。
それは鼓動のように打ちつけてきた。だが中へ入らなければ。私は苦心して幾つもの暗い部屋を通り抜けて中央広間へ着いた。ヴラスカ様は背中を向けてすぐそこに立ち、髪をうねらせながらクルンストラッツへと熱弁を振るっていた。十種類もの茸がそのガウンを飾っており、私はその中に貪食天使茸を探した。肩に黄金傘、胴着に紅エルフの傘、棒珊瑚茸、有毛鬣……そしてそこに、ガウンの裾に波打つグリフィンの手茸の中に、私はリッチが隠した貪食天使茸を見つけた。無害な同胞の中、その傘はごく僅かに大きく膨れていた。私は一歩一歩、前方へ忍び寄った。衛兵と助言者らが共にいたが、彼らの目は全て眼下に集まった群衆に向けられていた。助言者の一人が振り返って私を目撃し、ヴラスカ様へと一礼した後にこちらへ向かってきた。それがクロールだと判別するのに私の脳は一瞬を要した。そしてその顔が明らかになった。マジレク様。
「何者だ!」
私は意識を定めようとした。あのリッチとボロス兵、そして貪食天使茸、ヴラスカ様に対する陰謀を告げるために。だがあの茸は登攀以外の私の身体機能をほぼ全て曇らせていた。口から出たのは言葉にならないうめき声だけだった。
もっと上へ。
一人の衛兵が私の腕を掴むと強くひねった。曲がるほどの力に痛んだだろうが、痛みは感じなかった。
「つまみ出せ」 マジレク様はそう指示した。
その衛兵は私を前方へ押し、だが私は思考を集中させた。もし茸が痛覚を鈍らせているなら、それを良い方法に使える。私は衛兵に掌握されたままの腕を強くひねった。一度、二度、腕が関節から外れるほど強く。鈍い音と共に外れた感触があったが、私は意に介さなかった。
衛兵が私の腕を持って立ちつくす中、私はヴラスカ様へと駆けた。そしてそのガウンから貪食天使茸を掴み取ると丸呑みにした。これをここで発見させるわけにはいかない。ゴルガリ団の深くにまでボロス軍の手を届かせるわけにはいかない、新たな指導者に変わった内部抗争から立ち直りつつあるこの時に。私は窓へと駆けた。見下ろすのは今も怖く、だがやるべきことをやる。翼を羽ばたかせ、私は飛び立った。
私について素晴らしいものがあるとしたら、十分以上にできることが沢山あるということだろうか。
死橋の巨虫を騙せるほど上手に、求愛の歌をうたえる。
五十フィート先のワームの目に命中させられるほど、正確な投擲ができる。
そして翼を広げて十分に離れた位置まで飛ぶことが……砦から十分に離れた位置に落下することができる、ヴラスカ様がブリキ通りの虐殺に関与していないと断言できるほどに。
地底街の浅い沼地で私は身をよじった。あの落下を生き延びられるとは思わなかったが、翼が落下速度を十分に緩めてくれたのだろう。体中が脈打っており、痛みではないながらも不快な圧迫感があった。まるであまりに長い間息を止めていたかのように。登攀への欲求は消えていた。今まで貪食天使の怒りにあったのではと考えたが、あのリッチは本当に完全に無毒化していたのかもしれない。ただ安全のためには、皆から遠く離れたどこかへ行くべきだろう。身体を起こそうとしたが脚が二本折れており、甲殻にも貫くような割れ目が走っていた。身体の何かがおかしかった――私の内で茸が一つ身動きをした。強く、精密に、私の思考を監督していた。
残った腕を動かしたが、かつてのように自発的な動きではなかった。まるで最初の洪水の季節に、兄弟姉妹とともに力を合わせて川岸から母を上げたような集団的な奮闘のようだった。他の感覚も同じようにゆっくりと、まるで手順を経て百もの異なる精神を通って私へと届くかのようだった。
「取って」「時間」 傍から声が聞こえた。もっと多くの言葉があったが、私に理解できたのはそれだけだった。同等の苦労で、私は首をよじった。筋肉は動くというよりは滑っていた。
アート:Svetlin Velinov |
視界はぼやけており、茸が目に根を張る圧迫感があった。そこから幾つかの茸が生えており、周辺視界を乱していた。触れると、逆さまの傘と小さな卵のようなその中身を感じた。鳥の巣茸。私が持っていた標本が落下の時に割れたのだろうか? それほど成長の速い茸ではない。私はどれほど長く意識を失っていたのだろうか。
「気をつけて」 その声が言った。その姿に集中すると、クロールの体形とわかった。
「ラジ?」 私は妹の名を呼んだが、声はかすれていた。そして翼をかき鳴らそうとした時、そのどちらも感じなかった。焦りとともに私は背中へ手を伸ばした。触れたのは柔らかな綿毛に覆われた根元だった。
「翼」「失った」「落下」 そしてその言葉の背後の顔がわかりはじめた。長い、とても長い時間がかかったが、認識できた。
「マジレク様?」 私はその方に惹かれた。長年の憧れからだけでなく、物理的に惹かれた。そして蠢く茸が私を見るように、命令を熱望して見つめた。
結局のところ、私はあの落下を生き延びられなかったのだろう。だがゴルガリ団でも最も強大なクロールに縛られるよりも悪い終わり方は沢山ある。私は顔面をねじって実に粗末な笑みを作った。そして全力をもって仕える意思を固めた。
全てとともに沈んでゆく瞬間――それこそが死の瞬間――それは今際の吐息でも、心臓が鼓動を止める時でもない。それは目の前の完全な死を受け入れる時であり、可能性には果てなどない。
(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)
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