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Magic Story -未踏世界の物語-
暗き水の苦難
2018年10月17日
前回の物語:霧に包まれて
狂科学者は全員が全員、金持ちってわけじゃない。そういう輩もいるのは確かだけど、他は割とそうでもない。私はぬかるみに膝まで浸かって第10管区地下の下水道を進んでいた。制服を守る防水呪文に当たる固形の汚物を無視して、代わりに、地底街の途方もない広がりに注目した――目眩がするような丸屋根、堂々とした柱、そしてギルドパクト調印を描いた浮彫が差し込まれた華麗なアーチ。ここの美は危険な類のもので、有毒ガスとひっきりなしに流れ下る凄まじい量の糞尿さえ無かったら、素敵だと言っていただろうに。
「おら、ぼんやりしてる暇はねえぞ」 ケルテスの大声に、そのゴルガリ団の案内人から数歩遅れてしまっていたと気付いた。こいつは私が出会った中でも格段に暢気なトロールだと思う。理由は、おそらく脇の下に生えている虹色の茸を絶えずちぎっては齧っているからだ。その両目は穏やかだが注意深く、進むよう私を急かした。
汚水の中、一匹の鼠が隣へ泳いできた。喉に悲鳴が出かかって飲みこんだ。私はこの仕事に向いていない、そうケルテスに思われたくなかった。鼠も実験用マウスも同じようなものでしょう? ただ実験用マウスは泡を吹いていなくて牙もなくて、目も危険じゃないし、眩暈がするようなこの鳴き声も上げないってだけで。かわいがりたい、唐突にそして強烈にそう思った。ここで今すぐ、もこもこの鼻先を。私は手を伸ばした。震えながら、もうほんの少し……
穴だらけのセメントの塊が飛んできて、鼠の額を直撃した。大きな水音。鼠は最後に一度だけ鳴いて、汚物だらけの忘却へ沈んでいった。私は混乱しきった思考を振り払った。一体――
「下水のセイレーンだ」 ケルテスが両手の埃を払いながら言った。「逃げ足は速いが、口に手を近づけなけりゃ襲ってくることはねえ。無視が一番だ」
「そういう役に立つ情報は仕事が始まる前に教えて欲しかったんだけど」 私はそう言って、跳ねた汚水を唇から拭った。
ケルテスは笑った。「この下水道でお前さんを殺すような危険をいちいち全部教える所から始めてたら、絶対まだ終わってねえよ」
案内人のすぐ近くまで寄ると、そいつはこの下水で繁茂する八種類もの肉食の水草について、そしてウナギの電気で感電死するのを防ぐ方法を短く説明してくれた。進みながら、暗い曲がり角に影が潜んでいるのに私は気付いた。柱の背後に、橋の下に。ひょっとしたら、知識は力ってわけではないのかもしれない。私はケルテスの講義を聞き流して、持ち込んだ装置とこの副業で得られるであろうものに集中した――秘儀的誘導安定器、それも個人所有の。頑丈なミジウム製の、動的変位音階ベルと二重反転/瞬間転化蓄電筒。今の私が苦労して持ち込んだ借り物にはない、本物のイゼットの才がそこにある。そうすればこんな、マナの痕跡を察知して確認するような分析業務を三倍は速く簡単にこなせて、もっと研究室での時間をとれる。
《団体のギルド魔道士》 アート:Svetlin Velinov |
鍵穴型のアーチを幾つもくぐって、苔むした円形の広間を迂回して、ようやく私達は目的地に着いた。巨大で印象的だった、楔みたいに突き出てる二階建ての柱廊式玄関と同じくらいに。それは凝固した脂肪とごみが一つに固められた巨大な筏で、水流の中に留められていた。第10管区の下水道にはこういう脂の塊が沢山ある。
ケルテスは指を組んで、膝の高さまで下ろすと、乗るように身振りをした。「先に乗れ!」
「待って。本当にこれに乗っていくの?」 重量配分が均等になるように、私は背負ったかさばる筒の位置を調整した。
「ああ、きちんと見たいならここから下っていかないとな。そうでなくとも、すぐにウナギどもが巣から出て来る。人を襲うことは普通ないが、眠い時にエサを取るために電気を出すぞ」
説得はそれで十分で、私は急いでその脂肪の塊に乗った。筏のほとんどは岩のように固かったけど、所々は柔らかく、所々の塊からは油ぎった粘液がしみ出ていた。そして筏の表面の至る所から、壊れたか捨てられた何かが突き出していた。筏全体がわずかに揺れて、私は吐き気を感じた――一応言わせてもらうけど、吐きかけたのはここに足を踏み入れてから始めてのことだった。
ケルテスが言った。「見ろ。いつもなら脂肪の塊はドレイクどもに攻撃されて消えるんだが、これとかは電気の魔法が効かなくなってる。これも十回ほども襲われたが、かすり傷すらついてない」トロールは突き出た脂肪の塊を愛おしそうに叩いた。「凄いだろう?」
「ええ、これは一つの美だわ」 乾いた溜息が漏れた。吐き気防止の呪文は確実に弱まっていた。調査は素早く行わなければならないだろう。「じゃあ、私はとにかく辺りを見て、これの原因かもしれないものを見つければいいのよね?」
「必要なだけじっくりやればいい」 ケルテスはそう言って、筏に座り込んだ。そして茸の傘を一つ口に入れ、脂肪の山を作ると自身の背後に一つの枕を仕立て上げた。頭の後ろで両手を組んで枕にもたれかかると、寛いだ笑みがトロールの顔に広がった。
私は安定器のロッドを抜いて、背負ったミジウム張りの蓄電筒を叩いた。起動音がした――幾らかのマナが大気に散る痕跡の雑音。そのロッドをしっかりと掴んで受容コイルを振り、円形のガラスのベルに紫色の電気が満ちるまでマナの切れ端を集めた。エネルギーが相殺され、駆動音は小さくなって消えた。始める準備はできた。私は安定器の銅製受容コイルを筏の表面に向け、ゆっくり、一定の幅で前後に動かした。蓄電筒が大きく反応して、鋭い風を切る音が一つのアーティファクトの存在を示した。けれど脂肪の塊の中には彫られた跡があるだけだった。たぶん失われて長いもの、ゴルガリ団の回収者によって漁られたのだろう。
私は続けた。下水のごみにはありとあらゆるギルドのものがあった。ある時にはグルールの何かの祭りで使われたのだろう、へこんだ猪の仮面をまたいだ。その次は真二つにひびが入ったボロス軍兵士の太陽の兜にぎょっとした。やがて、以前何かのアーティファクトが置かれていた場所を見つけた。安定器の放射の歌うような唸り声から、それはラクドス教団のありふれたアーティファクトだとわかった。たぶん半分燃やされた彫像。浮気した恋人か、火かき棒を借りて返さなかった自分勝手な隣人か。明らかに、この脂肪全体に影響する魔力を持つものではなかった。
けれどそこで、安定器は今までになかった奇妙な焦げ音を立て始めた。脂肪の塊の端に向かうにつれてそれは大きくなっていった。ケルテスを振り返ると、もう眠っていた。起こして先へ案内してもらうべきなのだろうけど、この音の原因は何かとても強いものだった。魔術的な。そして蓄電筒に仕込んだイゼット団の知識にない何か。つまり、イゼット団がまだ見つけていないか、知っているけれど隠しておきたがっているもの。どちらも魅力的だった。そして私にとって得になりそうだった。
そもそも、どうして私がこの仕事を――脂肪の筏が電気を通さなくなったので、何があったのかを調べてゴルガリ団へと報告する――受けたかっていうと。一つ事情がある。空き時間にこの仕事を行うだけじゃなく、私はダクス・フォリー先生の助手として働いている。上級薬術師で、秘儀的冶金と実践的錬金術の専門家。私はその研究室の最下層、何十人かのヴィダルケンの助手の中に二人だけいる人間のうちの片方。一日のほとんどが、ケーブル接続器の仕分けとタービンの潤滑油除去と、実験室の設備からエネルギーを吸う野良エレメンタルの捕獲で終わる。私には幾つもアイデアがあるけど、脳内にしまっておけないくらいのアイデアがあるけど、今のところそれは誰かが死ぬか引退するかでやっと進められるようなもの。そのどちらも長いこと起こっていなかった。まるで他の助手が皆して若返りの魔法を飲みこんでいるみたいに。だから、私が自分で自分の名を上げるためには、危険を冒さなきゃいけない。
私は下水へ踏み入り、次第に狭くなる数本の配管を下っていった。行き止まりに着くと、水は古くて豪華な格子へ流れ込んでいた。それは古い記号に縁どられて、錆びたボルトで固く閉じられていた。まるでニヴ=ミゼット様が卵から孵った頃から動かされていないような。けれどここまで近づいているのに、引き返す選択肢はなかった。蓄電筒から安全装置を外すと、内蔵マナの逆流が漏れ出て格子の周囲にうねった。蓄電筒が発するマナが古い金属を赤熱させて、膨張させて、するとボルトが震えて弾け、水に落ちた。
三回強く引いて、格子は外れた。それを脇に置くと私は這って入った。ガラスの鐘はまだ光をちらつかせていて、トンネルの曲線の壁に影を踊らせた。輝く表面が光を反射して、けれど前の方にコールタールみたいに黒い点が、下水の水面に浮かんでいた。魔法の繰り糸がそれを取り囲んでうねり、険悪な赤に白の火花が散った。空間の裂け目。
その裂け目の周り所々に伸びた奇妙な植物の中をうねって、何匹かのウナギがこっちに向かってくるのに気付いた、けれど遅すぎた。慌ててケルテスが言っていたことを思い出そうとした。電撃を避ける方法……飛び込むにはここの水は浅すぎ、そして水から出るために掴めるような所もなかった。他に手段はなく、私は安定器のロッドを目の前に構えた。水面全体が照らし出された。電気が受容器へ流れこんだ。けれどそれは全力の電撃を受けるためじゃなくて、辺りから少しのマナを吸い込むためのもの。エネルギーはロッドへ上ってきて、ベルが粉々に砕け散った。蓄電筒が死にそうな悲鳴を上げ始めたため、私はそれを外して力一杯放り投げた。水面に当たり、一瞬して、電気的魔力の爆発が下水を満たした。それからしばらくの間、身体全体が動かず、世界は白いままだった。
《蒸気孔》 アート:Jonas De Ro |
ようやく、思考が落ち着いた。周囲を見渡すと首筋は強張っていて、肌は煤だらけだった。空間の裂け目は無傷で、その周囲の植物全てもそうだった。まるで何も起こらなかったかのように。葉の一枚すら燃えていなかった。花弁一枚すら焦げていなかった。その空間の裂け目に接触することで、電気的魔力への耐性がもたらされる。長い時間をかけて、同じ耐性が脂肪の筏にも浸透していたに違いない。私は数本の植物をサンプルとして採取して、この発見の巨大さに震えた。もうゴーグルを滅菌しろとか、炉の格子をぴかぴかに磨けなんて命令されはしない。
このごろイゼット団内に高まっているプレッシャーに気付いていなかったと言えば嘘になるだろうけど、それがどこから来ているのかはわからなかった。イズムンディはもっと具体的な発見と素早い結論を要求してきて、その要求が強すぎるものだから、薬術師は昼も夜も必死に実験を続けてきた。それも自分達の研究室を失うのを怖れてだった。ええ、私はまさに今ここでその具体的な発見をした。だからすぐに先生の所へ急いで、ふさわしい昇進を要求する。すぐに、私は逆に命令を与える方になる。
脳にウナギ十体分の電気を帯びながらじゃ、最高のアイデアは形にならない。汚い下水でびしょ濡れになって、額の髪を短く縮れさせて、無許可で借りて壊れた四百ジノ相当の研究室の装備を引きずりながら、上司へ無意味な通告をしたって……そう、つまりその結果、私は机の私物を詰め込んだ箱を抱えて「稲妻のロッド」の正面玄関に立ち尽くしていた。
私が見つめる中、入場呪文が無効にされて、万能鍵の護符が首から取り上げられて、篭手が外された。あらゆる確認手段と証明書が失われた今、私はこの建物では何も持たない余所者と化した。私とディミーアの潜入者や、発明を盗もうとしたり研究者を引き抜いたりしようとするシミックの生術師とを区別するものは何もない。でも、デクス先生は私の仕事と肩書を取り上げることはできても、私の夢まではできない。
だから私は、自宅がある建物の地下に稼働するボイラー室に自分の研究室を立ち上げた。そこは蒸し暑くて、錆びと発明の才が漂っていた。必要な備品のほとんどはかき集めて、ミジウムの屑を叩き合わせて紙くらいに薄く延ばして、一対のマナコイルを即席で組み立てた。今のところは持ちこたえて、紫色の光の弧を天井近くまで投げていた。そして静かな夜に走る音を聞いたので、電気のエレメンタルを捕獲する罠を仕掛けた。確かにこの研究室は見た所不十分だけど、少しずつ様になりつつあった。そして足りないものがもう一つだけあった。
扉を叩く音がした。
イゼットの衛兵に連れ出された時、机の私物を入れた箱の中にこっそり隠しおおせていたものがあった――研究用マウス。の死体。実験魔法の染みで汚れた毛だらけの死体。きちんと処理すれば大抵死んだままにはならなくて、ゴルガリの回収者にいい値段で売れる。私はそれを若い回収者と交換して、六体の新鮮なマウスを渡す代わりに、魔法的創造力を発揮したい爆風追いを探してもらった。非認可の研究室で不当な金額で働いてくれるような。多くは望まなかったけれど、自分で全部やろうとして街区一つを消し飛ばすような危険をもう一度冒すよりは、何にせよ良いはずだった。
私は扉に出た。その女性は予想よりも若くて華奢で、人生を委ねてきた光学転換器を持ち上げられそうにもなかった。けれど私も何度も見くびられてきたからわかる、見た目よりも多くのことができる人はいるもの。私は笑みを浮かべた。「爆風追いとして働きたいって人ですか?」
「お金を払ってくれるのでしたら」 目をきらめかせてその女性は言った。「タムシン・スウィーン。タミーって呼んで下さい。どうやら問題があるようですけれど?」
率直。私は既にこの人を気に入りかけていた。「これまでの経歴は?」
「爆風追いとして『るつぼ』で五年間、その後、『鋳造所』で二年」
「身分証は?」
「非認可の研究室の代表さんに見せたいようなものは何も」
もっともだった。「でしたら、実践的な実験については? 一緒に上手くやれるか試させてもらえますか」
私達はそれから三時間共に活動して、あらゆる実験道具を組み立てた。タムシンは几帳面だった。私がミジウムのコイルを過充電する手伝いをして、ゴブリンだけが見せるような熱意でハンドルを回した。そして彼女は私が持ってきた裂け目周囲の標本を、途方もなく確かな手つきで切開した。私は希薄した液胞浸透剤の浅い桶にそれらを横たえて、裂け目の魔法が植物繊維から分離するのを観察した。タムシンは電気ショックに用いる帯電オーブの工学フィールドを増強する手助けすらしてくれた。最後に、遠心分離機にその漿液を走らせて有機的汚染を濾過すると、私達はそれをマウスへ投与した。
その漿液が効果を表すまで五分いっぱい待つと、タムシンは光学転換器を軽々と持ち上げて帯電オーブを作り上げた。それは蜂蜜色の稲妻のような球となって宙に浮いた。マウスが薄い桃色の瞳で不安そうに見つめる中、タムシンはそのオーブを裂いた。マウスは炎のエレメンタルみたいに輝いて、あまりの眩しさに私のゴーグルの端が熱を帯びた。その小さな生物へと電気が激しくうねったけど、マウスは髭を動かしすらしなかった。全く電気を感じていなかった。
「毛の一本だって焦げてない。凄い! これを発表して――」 私は口ごもった。この結果でできることは何もない。この発見を誰も真剣には受け止めない、人型生物で実験しない限りは。そして公的認可がなければそれを行うことはできない。
「何か?」 彼女が尋ねた。
「何も」 私はそう言って唇を噛んだ。人生最大の発見、それを黙っている必要があるなんて。もちろん公的認可を申し込むことになるだろうけれど、それは何か月もかかる。その前にゴルガリ団が真実に行きつく時間は十分にあるし、そうしたら私の夢はまたしても何もかもが潰える。私は溜息をついて、そしてマウスを解剖のために安楽死させようとした。この仕事で好きな類のものではないけれど、殺すことには慣れていた。
「私がやりますよ」 タムシンがそう言って私の前に進み出た。彼女は昏睡剤の瓶の口に白い布を当てて、それを逆さまにして、何が起こったのかも気付かせずに巧妙かつ素早くマウスを窒息させた。彼女の動きはとても手慣れたもので、非常に多くの実験を経験してきたことがわかった。
「尋ねてもいいですか」 私はそう言って、少し躊躇した。「どうしてこんな非認可の研究室で働こうなんて思ったんです? あなたみたいな技術を――」
「私みたいな技術で、前の薬術師が死んだんです。事故だったけど、上の人達はそうは受け取らなかった。そして私が大好きなものを奪っていった」 タムシンはむき出しの掌を前に出した。かつて身につけていた篭手に封入された増幅石からの変色は、私にとって悲痛なほどに見慣れたものだった。心が痛んだけれど、私はそれを硬くして感情を取り除いた。広告した少額の手当てでは彼女を雇う余裕はない。今はまだ複雑な事をやる時でもない。
アート:Wesley Burt |
だから私は言った。「ええ、来てくれてありがとうございました。仕事については来週伝えます。面接したい応募者がもう何人かいますので」
「本気ですか? 私のこの仕事を見ても?」
「素晴らしかったです、それは認めますが、それでも――」
「リーベットさん、私はこの仕事が必要なんです。自暴自棄になってるのかもしれないけど、それはそっちも同じでしょう。だからこそ私達は素晴らしいチームになれるんです。あなたには凄いアイデアがあるけど、詳細をきちんと把握して手順を組み立てる相手が必要です。公的でなくとも、研究室の認可を受ける手段はあります。そういう伝手があります。革新的零細研究所の申請ができるようにします」
「知ってるんですか? どうすれば?」
「雇って下さい、そうすれば教えます。あなたはここで何か凄い発見をした。私はその一部になりたい。お願いです、後悔したくはないでしょう」
確かに、断ったら後悔するだろう。けれど自称薬術師が認められる方法を目の前にぶら下げられた時に、食い付かない選択肢があるだろうか。
「私はあなたの、あなたは私の面倒をみる」 タムシンは言った。「給料がきちんと支払われている限りは、問題はない。どうです?」
「わかりました」 私はそう返答した。イゼット団は監督とその手順を好むものだけど、規則というのは破られるためにあるのだ。
タムシンは驚異的な働きをした。元素的超越連続力学及び電場フラクタル研究室は今や、公的にイズムンディによって承認されていた。そう、それはほんの一部。けれどタムシン曰く、記述語を用いれば用いるほど、外から見て実際に何をしているのかはよくわからなくなるのだと。
私が誇る爆風追いが研究室に入ってきて、感服していた私を捕まえた。「知らせなければいけないことが幾つかあります。大したことじゃありません。もし誰かが来て、主席薬術師ベカムがいるかどうか尋ねてきたら、会議に出て一週間は戻らないと伝えて下さい。そして私達が雇っている助手の公式な数は十二人です。彼らの名前と現在の作業内容を覚えて下さい。それぞれに過去があって、だからこそ信頼できる人達です。最後に、もしあなたが捕まって尋問されても、私とは会ったこともありません」
私は笑った。「色々進めるために、お偉いさんを脅迫でもしたんですか?」
彼女は笑い返しはしなかった。
私は笑い続けたけど、含み笑い程度にはなった。「でもそうじゃない、でしょう?」
「リーベットさん、科学に対しては真剣だと思っていました」 彼女は私を見下ろした。私は瞬き一つすらしようとは思わなかった。「勝手ながら被験者を募集する広告を出させてもらいました。今、待合室に揃っています」
「待合室?」 扉から廊下を覗き見た。確かにゴブリンが三人と人間が二人、木箱に座っていた。私は彼らへと硬い笑みを見せると、身を隠すように研究室へ戻った。「本当に参加してくれる人達を? 無料で?」
「広告では二百ジグを提示しました」
「二百ジグ? それぞれ?」
「リーベットさん、これは上手く行きます。そうしたら、金なんてもう問題じゃなくなります」
その確信に安堵して、私は頷いた。そして注意深く漿液を量り、被験者それぞれに投与しつつ全てを記録した。いつの日か、私を底辺の助手から熟練の薬術師へと押し上げた発見について、歴史家はもっと知りたがることになるだろう。
タムシンと私は隣り合って立ち、漿液が効き始めるのを神経質に待った。腹の内が不安にうねった……もしも……いや、上手くいったなら、私自らお偉いさんの所へ直接行って披露しよう。
タムシンは最初の被験者へと進み出た。「これから少しだけ電気ショックを与えます。何らかの不快さや苦痛を感じたなら言ってください」彼女は不愛想でありながら、被験者を寛がせるのも上手だった。その厳しい表情も柔和に見えた。
ゴブリンの被験者は頷いた――可愛らしいとも言える長く傾斜した鼻、キラキラとした黄色の瞳、そして左耳には真鍮の耳飾りがあった。タムシンは光学転換器を手にして、つまみを一に合わせて、そして上着のボタン程度の大きさの帯電オーブを作り上げた。静かに、彼女はそれを震えるゴブリンへと向けた。その緑色の皮膚は灰色にくすんでいた。帯電オーブが肩に当たって、音もなく消えた。
「何か感じました?」タムシンが尋ねた。
「ううん!」 椅子から飛び上がるほどの勢いで、そのゴブリンは返答した。そして恥ずかしそうに座り直した。「ごめん、被験者って初めてで。ちょっと怖かったの」
「大丈夫ですよ」 タムシンは安心させる笑みとともに言って、つまみを四に合わせた。「では次に、もう少し大きな衝撃を試してみます。今回も、何らかの痛みを感じたなら教えて下さい」 今度の帯電オーブはドレイクの卵ほどになり、この時はゴブリンの胸に当たった。効果はなかった。
「ちょっとくすぐったいくらい?」
「わかりました。次はかなり大きいのです。続けて大丈夫ですか?」
ゴブリンは再び頷いた、この時は明白な確信があった。タムシンはつまみを八まで上げ、そして最大級の帯電オーブが被験者へと迫った。今度は私が震えていた。
《反転 // 観点》 アート:Mathias Kollros |
衝撃がゴブリンの頭に当たった。意識を失わせる程の電気、けれどゴブリンはそこに座って唖然としていた。「ちょっと感じました、額を叩かれたみたいな」
「痛みはありましたか?」 タムシンは尋ねて、落ち着かせるべく水の入った杯を差し出した。ゴブリンは今も震えたまま、それを一気に飲み干した。
「ちっとも。凄いです。何を投与したんですか? えっと、言えないのはわかってます……私は自分で助手の仕事を探そうと思います。競争は激しいけれど、私は諦めませんから!」
「きっとすぐ実験のこちら側に来ることになりますよ」 タムシンはそう言った。「ひとまず待合室で待っていて下さい。他の被験者さん達が終わり次第支払を行います」
「わかりました!」 そのゴブリンはさっと立ち上がると、足取りも軽く出ていった。
もう四人の被験者も全く同じように進行し、全て成功だった。念の為にと、タムシンは五発の素早い電撃を最後の被験者の胸に当てたけれど、反応はなかった。タムシンと私は顔を見合わせた。
「やった」私は言った。「やりました!」
《急進思想》 アート:Izzy |
「私達の力でです」
「完璧です! 後は被験者の皆さんがそこで……支払を待っているだけで」あまり宜しくはないけれど、まだ書類手続きが終わっていないと、そしてそれには数日かかると伝えればいい。何処かすぐに投資してくれる所を見つけて、そうしたら――
「リーベットさん」タムシンは私の名前を、まるで衝動的な子供を相手するかのように呼んだ。「想像してみて下さい、空間の裂け目から浸みた魔法が残ったまま彼らを外へ行かせたら何が起こるでしょうか。間違いなく、源を探られます。あなたは分析者だったんでしょう。彼らがどれだけ無謀かはわかりますよね。そうしたら、私達には何が残されます?」
「でも私達に何ができるんです? 全員を隔離する? どのくらいの期間?」 もしイゼット団がこの裂け目の魔法の源をかぎつけたなら、私が名を上げる手段は何もかも失われてしまう。将来の華々しい経歴に別れを告げねばならなくなるだろう。そして、とてもゆっくりと、私はタムシンが口に出さずにいようとするものを察した。これは私の事業。私がやらなければ。そんな命令を与える必要があるならば、それは私が出す命令でなければ。だから私は言った。「この発見が外に漏れないようにする方法はただ一つ」
タムシンは頷いた。
私は長年に渡って安楽死させてきた実験用マウスを思った。何百匹と、何千匹と。最初は辛かった。けれどいつしかそれは決まりきった仕事になっていた気がする。けれど今はマウスではなく、人。私と偉大な発見との間に立つ五人の魂。これを行ったなら、この一線を越えてしまったなら、二度と戻れなくなる。私の脳が私へと囁いた――この恐ろしい考え全てを、そして私はそれに耳を澄まして、楽しんで、遂には同意した――小さな一歩一歩が、悪人へといとも簡単に跳躍させてくれた。
被験者の顔に布を押し当てるには、二人の力で押さえ付けねばならないだろう。私は昏睡剤の瓶を手にした。各人に四滴ずつで十分だろう。そして私は思い出した、あのお喋りなゴブリンの少女の瞳のきらめきを、彼女自身の夢と熱望を……「ごめんなさい、タムシンさん、私、できそうにない」
彼女は失望したようで、けれど驚いてはいなかった。「お気になさらず。その必要はありません。既に彼らには高濃度睡眠薬を投与してきました。霊的死を加速するものです」タムシンは五つの空の杯を注意深く重ねるとごみ入れへと投げた。「穏やかに、平穏に死にます。私達が完全な怪物にならないように」
この息苦しい、蒸し暑いボイラー室で、心臓まで凍えるような寒気に私は襲われた。
どうしてこんな状況に陥ってしまったのかははっきりしなくても、どうやって抜け出すかはわかっていた。必要なのはタムシンへと支払う二千ジグ、そして研究室を閉鎖して記憶を消してくれる精神魔道士を探して、そして前向きに生きていく。選択肢は少なく、時間もなく、けれどまとまった金額をすぐに手に入れる方法が一つあった。私は「るつぼ」での被験者の募集をあさり、一番高給の実験を探した。可能な限り沢山登録して、上手くいくよう願った。最初の幾つかは問題なく進んだ――背骨に二十本も注射された時はちょっと痛かっただけで、炎と水の魔法が混ざった時の些細な爆発は……まあ、睫毛なんて本当に必要なものでもない。
三つめの実験では、シミック連合の中心部へ分け入ることになった。一応、控えめな懸念はあった。元素科学の境界を拡張することと、生物工学をいじくり回すというのはまた別で、私は少し躊躇した。危険で、不自然。けれどシミックの生術師はイゼットの薬術師の三倍の額を被験者に払うので、七百ジグがすぐに手に入ることを想像して私は恐怖を宥めすかした。
彼らの研究室には鳥肌が立った。青緑色の液体が満たされた巨大な桶、あるべき以上の腕や脚を持つ何かの影がその中で動いていた。書かされた書類の量に私はひるんだ――完全な医療履歴、精神医学的様相、そして責任放棄への同意と、緊急に際するシャーマンへの連絡先と埋葬手続きの記述に、最悪の事態もありうることが察せた。私は最後の質問事項用紙の下から二番目、とある一節にぶつかって止まった。
『過去七日間に、何らかの再成長らせん又は放射エンチャントに接触しましたか?』
手が震えた。今朝、実験のため各一滴を飲んでいたにもかかわらず、私は「いいえ」に丸をつけた。これを逃す余裕はなかった。実験が始まり、私は何本もの管を取り付けられて、血管に不思議な液体を注入された。すぐに頭がふらつくのを感じた。
「問題はありませんか? 続けて大丈夫ですか?」 主席生術師が尋ねてきた。人間の男性、けれど皮膚には一面に爬虫類の鱗がぎらついていた。その瞼のない瞳はあの空間の裂け目みたいに黒くて、中へ落ちていきそうな怖さがあった。
私は不安を飲みこんで頷いた。シミックの魔法が私を裏側から変化させにかかると、腕の毛の一本一本までが逆立った。疼く感覚が骨の髄に達すると、それが何なのか気付くよりも早く、歯が並び変わって、口一杯の牙のように鋭くぎざぎざに尖った。脊柱がよじれて、伸びて、脊椎骨の一本一本が長くなって、棘が生えて、皮膚が褐色から灰色になって、古い革みたいに分厚くなった。見つめていると、指先から銀青色の鉤爪が生えてきた。
「明らかに何かが変だ」 その生術師が言った。「本当に再成長らせんとの接触はなかったのですか?」
多分。そう言おうとしたけれど、口からは泡の塊が吹き出しただけで返答はできなかった。
訳がわからず、恐怖して、私は両腕からチューブを引きちぎった。生術師は私を取り押さえようとしたけれど、私は鉤爪でその制服を引っかいて鱗の皮膚を傷つけ、全速力で逃げ出した。通路を駆け下りると、液体に満たされた成長槽から何百もの幅広の顔が私を見つめた。通路は巨大な反射池のある中庭に通じていて、そこかしこで光が揺れていた。溺れているように感じた。私は必死に出口を探して、空気に息を切らしながら、けれど走るのを止めなかった。私みたいな怪物の嫌われ者に相応しい場所は一つだけ。あの下水道。
私は橋桁の影深くに縮こまっていた。半ば水に沈んで、半ば呆然としながら。私はあまりに不気味で、下水のセイレーンすらも近づいてこなかった。これこそが終わりだと思った、これ以上人生が悪化することはない。けれどその時タムシンが角を曲がってきて、光学転換器が帯電オーブを発生させて下水を照らし出した。影が退いて、私の姿が露わになった。
「リーベットさん」
「タムシンさん。あなたへの給料の支払いは滞っていますが、もう少し時間を貰えれば――」
「お金の話じゃないことはわかるでしょう」
なるほど、その雰囲気は察した。「あなたが薬術師を事故で殺してしまったって話……あれは嘘でしょ?」
「その通りです」
「目的があって殺したんですか?」
「リーベットさん。薬術師なんていません。私は爆風追いでもありません」 彼女の皮膚の下に何か見慣れないものが波打った。そして彼女の身体の範囲内で自由自在に動くことについて私が持った印象、その全てが脳内から吸い出されていった。「それに『るつぼ』でも『鋳造所』でも働いたことなんてありません。防御は厚くて警備も固すぎますから。けどあなたの所のような小さな研究室は侵入しやすいですし、もしあなたが正しく時を見定めれば、新進気鋭の天才として……」
「本当に私が天才だって思ってるんですか?」 私はそう言って、自我への衝撃を振り払うと、重要な話題に集中した。「シェイプシフター?」 そして理解した。「ディミーアの間諜」
「実物のね」 タムシンはそう言って、皮膚が再び波打った。「少なくともそれに近い存在」
何てこと。そして彼女は研究室でとても上手くやっていた。本当に自分の適所をわかっていた。私は一つ深呼吸をした。「それで、さっき言った『天才』って、そのままの意味なのかそれとも――」 けれど説明をされるよりも先に、何かが素早く近づいてくるのがかすかに見えた――激しい嵐に揉まれた帆のみたいにひび割れた翼、炎のように燃える黄色の瞳。脂肪の筏を壊そうと飛んで来た電弧のドレイクが、まっすぐに私達へと近づいていた。その吐息に電気が音を立てて、大きく息を吸うのが見えた。私は叫んだ。「ドレイク!」
《弾けるドレイク》 アート:Victor Adame Minguez |
「私がそれに本当にやられるとでも?」 タムシンが言った。転換器内の電気が私へと狙いを定め、深く危険な音色で歌った。
怖がっている余裕はなかった。脳が全力で稼働して、下水の案内人が短く言ってくれた電気の避け方に到達した。登ることができれば、間に合うように逃げろ。水の中ならカワウソみたいに潜れ。私は深く潜って、息を止めて、上手くいくように願った。
電気というのは予測不能の、見境のない、そして天性の殺し屋。それは汚水の中を蛇行して私へ向かってきた。身体全体が強張って、真二つに折られるように感じた。ようやくそれが散ると強すぎる渇きに私は圧倒されて、汚水を口一杯に飲み干したい衝動を必死に押さえつけた。心は大丈夫、そして脳も大体は。けれど自分の幸運を慈悲の類だと勘違いはしなかった。私はまたも攻撃された、この時は腹部を拳で。肺から空気が失われて、タムシンらしきものが体当たりしてくると私はしがみついた。泡が水面へ向かって、私も浮上しようとした時、彼女は私を捕まえて沈めようとした。私は鉤爪で引っ掻いて水面へ戻ろうとしたけれど、彼女は額を私の顎にぶつけ、私が振り払おうとする隙に次の帯電オーブを作り出した。
《家門のギルド魔道士》 アート:Winona Nelson |
「あなたみたいな精神を駄目にしてしまうのは残念だけど、あなたの漿液は今やディミーアの発見。さようなら、リーベットさん」
何故かはわからなかったけど、発見の名声を失うという考えは、命を失うよりも悪くて怖いことのように思えた。私は自分の鉤爪を見下ろした――鋭くて、威圧的。私は狂戦士ではなくて、凶暴さなんて欠片も持ち合わせていなかった。けれどそれは戦わずして諦めることを意味はしなかった。私はタムシンへと襲いかかり、顔面へと鉤爪を振るった。彼女は回避し、そして帯電オーブを私の腹部へ向けて放ってきた。私はそれがもたらす痛みに前へ屈んで、深く脈打つ痙攣に視界の端が白くなったけれど、そんな余裕はないとそれを追い払った。鉤爪が今度は皮膚をかすめて、薄緑色の血が線になってにじみ出た。そしてほぼ瞬時にその傷は自然に塞がった。彼女は光学転換器を最大出力から更に二目盛り上に定めて、巨大な帯電オーブを作り出すとそれをゆっくりと私へ向かわせた。
身体で戦う作戦は上手くいかなかった。私は考える者であって戦士じゃない。もし彼女に勝とうとするなら、思考でそうしなければ。彼女が近づいてきて私は後ずさり、けれどその時、何かが背後で潰れた――脂肪の筏が退路を完全に塞いでいた。他に道はなくて、私は転回してその上に鉤爪を沈めると、筏の表面に身体を放り上げた。完全に無防備、けれどここならもっと素早く攻撃を避けることができる。
タムシンも脂肪の筏に乗ろうとして、けれど私は前後に揺らしてそれを妨害した。彼女は水の中へ滑り落ちた。私はそこから逃げようとした所で古い溶接壺につまずいた。それは重く分厚いガラスでできていた。はっとして周囲を見ると、驚いたことに回収者はこの脂肪の筏をまだ漁っていないのだと気付いた。よくあるごみやがらくたに混じって、使えるかもしれない物が幾つか見えた。ちょっとした発明の才と継ぎ目の潤滑油があればいい。私はもう一度その溶接の壺を見た。その中にははんだの名残がほんの少しあるだけで、けれど壺そのものは支持用ベルとして使える。もし十分な部品を見つけられれば、即席の安定器を組み上げてタムシンの帯電オーブからの衝撃を吸収できる。
彼女の頭部が覗いて、一つの帯電オーブを私へ投げつけた。それは私の脚をかすめた。激しい痛みとともに脚が硬直し、私は倒れそうになった。けれど投げつけようとするかのように溶接の壺を掲げると、彼女は下へと逃げた。稼げる時間は多くなかった。タムシンは二度は失敗しないだろう。
私は筏に刺さった古い三又矛へと急いだ。柄は折れて装飾の石を取り除かれていたが、それを貫いて流れる熱い魔力を私は今も感じた。私の安定器にぴったりのロッドになってくれるだろう。二つのひび割れたマナコイルは受容器になるかもしれない。誰かが試したことがあるとは思わなかったけれど、手に入れられるものでやらなければならなかった。はんだは古く、そのため私は小さな技術魔法の衝撃でそれを復活させた。やがてそれは着々と組み上がり、ベルが三又矛に合わさり、最後の部品がコイルになろうとしたその時、顔を上げるとタムシンが筏に上がろうとしていた。私は戦うために安定器を掲げたけれど、臨戦態勢には程遠かった。
私は彼女の肩越しに指を差すと両目を見開いた。「また来た!」
電弧のドレイクが放置されているときに、稲妻を避ける方法を学んだ子供みたいに私は飛びのいて伏せた。タムシンは振り返ると目を狭めて闇の中を見つめた。私は跳び起きると安定器を掴んで大きく振りかぶって、体ごと投げ出しながら溶接の壺を彼女の顎に直撃させた。彼女は一度、そしてもう一度回転して、濁った汚水に顔面から落下した。いい一撃だった。人間ならこれで決着だろうけれど、シェイプシフターにはどうだろう。
本物の安定器ならエネルギーを保持しておく蓄電筒があるものだけど、そんな複雑なものを今この場で作る手段はなかった。けれどワルウィット・イスレーの微細断裂の原則を満たすことができて、極限値以下を一定時間保持できて、そのエネルギーを転換する何かを見つけられれば、勝機があるかもしれない。油ぎった粘体の山に半ば埋まった状態の使えるかもしれないがらくたの破片があった。跨いでねじり取ると、それは古いボイラータンクの端栓だった――排出口側の錆びついた塊、その内側はとても薄いミジウムの板張りだった。取り除く労力に見合わないと判断されたのだろう。炉の格子を長年磨き上げてきた経験が役に立った。すぐにそのミジウムは輝きを取り戻して、魔法が流れるのに適した素晴らしくも窪んだ表面になった。
タムシンは私の不意をついて、筏の逆側から上ってきた。その栓を取り付ける余裕はなくて、だから私は助かるためにそれにすがった。次の帯電オーブが来ると、私は即席の安定器でそれを受けとめた。電気が受容器へ吸収されて、ロッドへ流れて、そして栓の窪みへ集まった。ほんの一瞬、タムシンも私も立ったまま、それが実際に機能したことに唖然とした。けれどそこで彼女はすさまじい勢いで襲いかかってきた。両腕を伸ばし、次の帯電オーブが放たれようとしていた。受け止めたエネルギーが散る前に私はそれを投げつけた。爆発が前方へうねって彼女の胸を直撃した。
彼女の身体全体が照らし出されて、衝撃に吹き飛ばされた。栓はその逆方向へ転がった。タムシンの青ざめた姿が網膜に焼き付こうとしたのを払い落し、そうではなく私は本当の敵が全力で立ち上がろうとしているのを見た。けれどそれより早く、私は相手の背に膝を立てると髪を掴んで持ち上げた。私の内なる狂暴な怪物が浮足立ち、復讐を要求した。けれど自分の腕を見下ろすと――皮膚は滑らかさを取り戻し、爪は可愛らしく鈍く、あの実験の酷い影響が消えたのを知った。元の姿に戻った……けれど変わったという感じは今もあって、責められるべきはシミックの魔法だけではないと心からわかっていた。
「これは私の発見なの」 私は囁いた。「ディミーアの手には渡さない」
「誰にも言いません、絶対に」 彼女は懇願の声を上げた。
「そんなのは嘘でしょう」そう答え、そして私は稲妻のようになった――予測不可、強力、無慈悲――その全てが稲妻を美しく、そして危険なものにしている。マウスにするように、殺す決心は今回はさらに容易く、そしてタムシンの脊椎が折れると、長く苦しむことはないと私は安心した。私は一歩下がって彼女の屍を、その人間の姿を保持する呪文が消えていく様子を観察した。死体はそこに横たわり、宝を求める回収者がそのうち見つけるのだろう。私は即席の安定器の残骸を集めると研究室への帰路についた。少し修繕して、二つの発見をお偉いさんへ持って行ける。そして受け入れられなかったら……
皮膚の下の怪物が身動きをした。一緒なら、私達は素晴らしいチームになれるだろう。
(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)
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