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Magic Story -未踏世界の物語-
ボーラス年代記:心安い異邦人
2018年8月1日
前回の物語:炎と血
平坦なツンドラはカル・シスマの西端に触れる所で丘へと変わる。それは堅い地面からとてつもなく巨大な龍の尖った歯が生え出たような風景だった。それらの丘の只中に、渦巻状にねじれた巨石の塔が立っていた。その隣に裂けた大地の溝から、不気味な青緑色の光がもやのように漂っていた。
ここがウギンの墓への入口。祖母は言葉ではなく片手を挙げて猟団を止めた。亀裂は深く、氷と岩を切り裂いて広大な峡谷を作り上げていた。峡谷の底に、鋭い岩の繭が横たわっていた。雪に覆われ、薄い氷がその表面に刻まれた不可解な魔法の紋様をなぞっていた。
《精霊龍のるつぼ》 アート:Jung Park |
その高所から見る限り峡谷へ降りる手段は無く、だが埃っぽい小道が、裂け目を縁どる岩だらけの一帯へ続いて消えていた。六年前にウギンの墓へ旅した時のことをネイヴァは思い出した。ツンドラを行軍し、鳥を罠にかけ、羚羊の群れを狩り、そしてこの裂け目へと辿り着いた。その奇妙な構造に驚くとともに畏れた後、峡谷の端に沿う細道を歩いて浅い洞窟へ向かい、そこで十日間を過ごした。
祖母は雷鳥の鳴き声で呼びかけ、そして耳を澄ました。
返答を待つ間、ネイヴァは神経質に身動きをした。裂け目の底に育った石の繭の光景と同等に、その輝きもまた心をかき乱した。六年前よりも明るくなっていないだろうか? あの不可解な魔法の紋様はもっとあるのだろうか?
「あれは一体?」 テイ・ジンが小声で尋ねた。
「晶形の岩、っておばあ様は呼んでる。精霊龍の骨を守ってるんだって」
「ふむ。それで私達は何を待っているのですか?」
「先の方に洞窟があるんだ。猟団が時々そこで野営する」
「何故です?」
「ここはいい狩場なんだ、龍はこの一帯を避けるから。それにオジュタイとコラガン氏族からの襲撃に備えないといけない。あいつらもここで狩りをするし、私達の縄張りから獲物を奪うこともある」
「いえ、私が聞きたいのは、何故先へ進まずに待っているのかという事です」
「私達が来たことを知らせるためだ。先客を驚かせたくない」
テイ・ジンは裂け目と揺らめく岩の表面を見下ろした。祖母が説明した通りにそれらは不透明で、その下に横たわる骨を見ることは叶わない。峡谷は曲がり、その先まで続く繭の姿を隠していた。
「精霊龍がこれほど巨大だとは思いませんでした。龍王と同じ程かと」 テイ・ジンが呟いた。
「うん。ウギンは龍でも最大で最強。だってそうじゃなきゃいけないから。ウギンはタルキール全ての祖なんだから」 ベイシャが割って入った。彼女はテイ・ジンの逆側に立って片手で陽光を遮り、謎めいた笑みをわずかに浮かべて石の繭を見つめた。
一つの思考がネイヴァの頭に刺さった。先にこの若き幽霊火の戦士へと興味を抱いたのは自分だというのに、ベイシャが知識をひけらかさなければならないというのは何と苛立つことだろうか。それに祖母は自分よりもベイシャを気にかけている。片割れは自分の全てを奪うというのだろうか?
鋭い音が一つ、彼女の思考を断ち切った。祖母が更に大きな声で呼びかけたのだ。
答えるのは風だけだった。
「前の季節にここに来た猟団の長はメヴラだ。狩りに出ているとしても、普通は何人かが宿営に残っている筈だ。毛皮を処理するような仕事があるからな」 祖母はフェクへと合図をした。「洞窟への道を先に進んでくれ。マタクとオイヤン、ラカン、ソーヤはここでテイ・ジンを守っているように」
「最初からこれがオジュタイの罠だとお考えなのですか?」 苦い顔でテイ・ジンを睨み、マタクが尋ねた。
祖母の厳しい視線がその若者に定まった。「可能性はある。オジュタイの仲間からの攻撃があったなら、お前達にはテイ・ジンを守ってもらいたい。この男を追跡して殺す任務を課せられた者がいるかもしれない。岩の間に隠れているように。ネイヴァとベイシャ、私と来なさい」
フェクは曲がった小道を進み、すぐに視界から消えた。他の皆は乱雑な岩場に身を隠した。それらの岩は、精霊龍が地面に墜落した際に峡谷から跳ね上げられたものだった。
ネイヴァが尋ねた。「何かあったんですか? その猟団は何処へ行ったんですか?」
祖母は唇に指を当てて沈黙を命じた。そして二人を率いて岩場の道を引き返し、そこかしこに残る林を横切った。二百歩ほど行った所で、祖母は古いネズの幹に刻まれた矢の跡を示した。林の中を横に進み、群葉をこともなく抜けると干上がった小川に出た。滑らかな石に足をとられながらも、三人は少しの間それを下った。巨岩が一つ、涙の実と呼ばれる薬草の枝で半ば隠されており、祖母はそこで立ち止まった。一つの印がその岩に刻まれていた。ティムールの鉤爪、今やアタルカによって禁じられた模様。祖母は垂れ下がる枝を除け、通路への狭い入口を露わにした。
祖母はネイヴァの、そしてベイシャの鼻先を指で叩いた。二人がまだ歩き始めの頃、注目を向けさせるための古い仕草だった。「この知識は囁く者と年長者に属するものだ。他の者に決して言ってはならない。わかったか?」
「はい」とベイシャ。
ネイヴァは眉をひそめた。その厳粛な言葉には不安になり、だが同等に興奮していた。「わかりました」
三人は一列で進んだ。祖母が先頭に、ネイヴァが後ろについた。しばし進むと、通路は鋭く曲がって幅百歩ほどに開いた円形の谷に出た。中の空気は温かく、良い香りが漂っていた。食用の植物が泉を取り囲んでいた。覆い隠すような岩に頭上の空は小さく、だが成長するものの強烈な香りが、この小さな聖域に豊かさをくれていた。
ベイシャは泉の傍に膝をついた。「綺麗。見て、息詰まりの実と石砕き、夕苔もある。夏でもないのに」
「ここは巫師が瞑想のために訪れる聖なる地だ。今はそれ以上の意味を持つ。龍から隠された聖域だ」
「どうやって龍から隠せてるんですか?」 空を指差してネイヴァが尋ねた。
「岩に織り込まれた魔法が上空から隠している。効く距離は短く、毎年張り直す必要があるが」
「おばあ様、どうして私達をここに?」 ベイシャが尋ねた。「フェクが偵察している間、皆と一緒にいても良かったのに」
前回訪れた時から何も変わっていないことを確かめるように、祖母はゆっくりと円を描いて歩いた。「もしも状況が悪い方向に進んだなら、私の最悪の懸念が現実になったなら、お前たちはここに避難することになるかもしれない」
「懸念って何です?」 ネイヴァが尋ねた。
「石を一つ持ちなさい」
磨かれた瑪瑙が四隅に小さく積まれていた。その石は熱を放ち、大気を温めていた。ネイヴァが一つを手に取ると、その輝きは表面の艶ではなく熱によるものとわかった。ベイシャは息をのみ、喜びと驚きに目を見開き、彼女もまた石を手に取って頬に当てた。そして掌で包むと微笑んだ。
祖母は唇に指を二本当てて沈黙を命じると、谷の隅に開いた通路の入口を示した。二人は黙って祖母の後についた。大地の骨の中へと向かいながら、岩の地面にこすれる足音が柔らかく響いた。防護するように岩が迫り、石の輝きが進む先を照らした。通路の壁には野牛や羚羊、熊と狼、トナカイやヘラジカの姿が描かれていた。猟団が若き龍たちを取り囲み、網で繋ぎとめて脆い下腹部と片目に槍を突き刺していた。その簡素な絵の中には、ティムールの鉤爪だけでなく他の紋様もあった――螺旋と炎、蜘蛛の巣、深い裂け目が走る氷の山嶺――ネイヴァが見たこともないものだった。状況が異なれば、自分のような者が決して見ることはないもの。だが自分は巫師の片割れであり、祖母の行動には常に理由があるのだった。
その先で通路は細長い洞窟へと広がり、壁は高くなった。石が発する光は上方の闇まで届かなくなった。人影のようなものが彼女らを迎えた、まるで同族が無言で帰還を待っているかのように。だが近づくにつれ、その丸みを帯びた影は石柱に安置された巨大な頭飾りだとわかった。奇妙に大きな革製のフードに、骨の彫刻や枝角、牙、銅を打ち出した護符が下げられていた。
ベイシャが不意に立ち止まり、そのためネイヴァは片割れの背にぶつかった。「おばあ様、これは?」
「囁く者の衣装だ。お前はやがてその役割に就く。これはアタルカから守るためにここに隠してきた。その力をアタルカから隠せなくなったら、隠された者に加わることになる。私達が龍王からお前を守ろう」
「お母さんみたいに、石のお墓に?」 ネイヴァが問い質した。
「勇敢な狩人は大声を上げないものだ。お前も近いうちに学ばねばならないが、今は時間がない。ネイヴァ、お前もこの一員なのだからよく聞きなさい。お前は素晴らしい狩人となり、民を支えることになるだろう。だがお前の内には、もっと重要な役割を果たすかもしれない何かがある」
「氏族を養って、アタルカに肉を与えて、皆を殺されないようにする。それよりも大切なことなんてあるんですか?」
「もっと大切なこと? 真の私達の知識を絶やさないことだ」 祖母は進み、岩に直接掘られた棚へと向かった。そこには角や牙、枝角といった収集品が小奇麗に並んでいた。石の光が表面の彫刻を照らし、その洗練された精巧な線は明らかに達人の技とわかった。その光は同時に、祖母の表情をも照らした。柔らかな満足、それは滅多に見せない表情だった。この過酷な人生において、祖母の警戒を和らげるものは滅多にない。だが枝角の一本を取り上げ、光の中で触れて彫刻を見るその時、祖母は本当に笑みを浮かべていた。
「この彫刻は過去を語ってくれる。祖先が記憶の中に生き続ける限り、いつの日か取り戻せるという希望は残り続ける。ただアタルカとその子らの飢えを満たすために生きるのではない、真の私達を」
「戦いと龍殺しの物語ですか?」
「その通り、だがそれ以上だ。お前達はこの知識を過去から与えられ、守る。私が死んだ後にお前達が伝えていくものだ」
ネイヴァは祖母から枝角を受け取り、その骨に刻まれた模様を見つめた。龍を殺してはいけない、だが龍は人間を殺す。不意に彼女は理解した、それはカンが凋落した物語。警告のため、そして忘れさせないように、祖母が夜の炉辺でしばしば語ってくれた物語。
ベイシャはその細工を一瞥すらしなかった。彼女は頭飾りの前へ戻り、その一つへ手を伸ばしかけるも怯えたように引っ込めた。乱れた息をついて決心を固めると、彼女は再び手を伸ばし、この時は力ある細工物に恐る恐る指を触れた。その表情が畏敬の念を浮かべた。
「聞こえます」 彼女は囁いた。
そうだろう。その物体は片割れへと秘密を囁いているのだ。この伝統は特別な巫師の才能を持つ者だけのもの。ネイヴァのような狩人ではなく。ベイシャがいるからこそ、自分はここにいるというだけなのだ。
とても不公平だった。
祖母は枝角を元の場所へ戻した。「フェクがそろそろ野営地に着いている頃だろう。来なさい。音を立てないように。明かりも置いて行きなさい」
彼女らは石を地面に置き、もう一つの出口へ続く広い通路へ祖母を追った。天井は次第に低くなり、三人は身を屈めた。フェクの低い声が届いていたが、その言葉までは聞き取れなかった。少しの沈黙の後、まるで聞いていたように彼は明白に返答した。何故祖母は普段通りの作法で同族に声をかけず、探るようなことをしていたのだろう?
《無形の育成》プロモカード版 アート:Cliff Childs |
通路は長い水平な裂け目となって終わり、潰されそうなほどに狭く、出口は大きな浅い洞窟を見下ろしていた。石の炉辺が細かく白い灰に覆われていた。さまよう獣の侵入を防ぐ高い石壁の背後に、狩人の荷物と武器が散らばっていた。だが狩人らの姿はなかった。フェクは明かりを背後に置き、その入り口に立っていた。彼は洞窟の中の誰かを探しており、それらの顔と姿は暗闇にぼやけていた。
祖母は歯の下で小さく息を鳴らした。
低くゆっくりとした、そして甘くも憂鬱な声が影の中から発せられた。「全員が病に命を奪われました。私は最後の一人です」
「同族よ、お前は誰だ? 出てきて顔を見せろ」
「同族よ、出るつもりはありません。皆の命を奪った病を広めてしまいます」
「お前も病に?」
「いいえ、ですが私の内にも病は潜んでいるかもしれません。死は様々な姿をとって隠れ、最も油断した時に襲いかかります。違いますか?」
フェクは背中に片手を隠し、彼女らへと符丁を作った――それは「気を付けろ」を意味した。つまり彼は秘密の裂け目を知っており、祖母が既にそこにいて見つめていると仮定していた。「他の皆が死んだのはいつだ?」
「何日が経ったのかもわかりません。夜は悪夢にうなされます。夢についてはわかりますか?」
「俺は夢は見ない」 彼は両手を掲げて丸腰であることを示した。「言った通り、俺はフェク。アベクの血統、今は長にして母であるヤソヴァの養子となった。繰り返すが同族よ、お前や家族と俺は会ったことはあるのか?」
炎が発する熱のように、沈黙が大気に満ちた。人影が洞窟の影から歩み出て、斧を手にした臨月の女性の姿を露わにした。毛皮の帽子を目深にかぶっており、影のかかったその容姿を判別するのは困難だった。
「長にして母のヤソヴァ」 その女性は甘く柔らかな声色で言った。「その名は知っていますが、アベクの血統、フェクは存じません。私をヤソヴァ様のもとへ、ここで何があったかをお話しします。その方であれば私の夢についてもわかるでしょう」
「俺が戻ってくるまで必要なものはあるか?」
「必要なものは揃っています」 その女性は大きな腹部に片手を置いた、生まれてくる子は皆氏族の道を定める子だと示すように。過去と未だ書かれざるものを繋ぐ存在。
「初めてか?」
「初めてとは?」
「初めての子かと聞いている。間もなくのようだが、ここには助産婦も癒し手もいない」
「ええ、その通り、ですが何も問題はありません。間もなくです。ヤソヴァ様は何処に?」
その言葉を受け取ったかのように、フェクは掌で自身の胸を叩いた。だがそれは祖母へ向けた合図だった。引き返して皆と合流しろ。「わかった。だが少しかかるかもしれない。戻るまでじっとしていてくれ」
その女性は何も言わず、ただ待った。彼は振り返ることなく撤退し、やがて日光の中に姿を消した。そしてようやく女性は影へと戻った。闇がその姿を包み、両目の輝きを残して隠れた。
黙ったまま、三人は洞窟まで戻った。置かれている頭飾りは、まるで幽閉から放たれる時を待っているかのようだった。
祖母は二人それぞれに石を手渡した。その表情はとても重苦しかった。
「お前達は私の最も大切な子だ」
祖母がそのようなことを口にしたという事実に、ネイヴァは呼吸を忘れるほどに驚いた。まるで部屋の空気が瞬時に失われて窒息するかのようだった。片割れの感情を察し、ベイシャが手を握りしめてきた。
「今は極めて危うい時代だ。かつてを知る者は祖先の氷の内へと去り、目撃したことのない者が語り継がない限り、生まれ来る者はかつての私達を決して知ることもない。お前達は私が愛した娘の唯一の形見だ。けれどそれだけでなく、私から書かれざる今への捧げ物でもある。お前達とここの彫刻が、私達の物語を伝える。そうすればやがて来たる日に、皆が私達を知ることができる」
「どういうことですか?」 ネイヴァが問い質した。「あの人の病気が私達にも伝染するってことですか?」
「あの女性が何者かわかったか?」
「いいえ」
ベイシャが言った。「顔はほとんど見えませんでしたが、メヴラさんに似ていたような」
「ああ。身体はメヴラのようだったが、話し方は違うように思う」
ネイヴァが尋ねた。「誰かがメヴラさんの姿を盗んでいるってことですか? そんな事がどうやって?」
「私の癒しの術は強力だ。世界には強力な魔術が色々と存在する」
「ベイシャが石や氷を動かせるように、ですか」
「その通りだ。誰かを異なる姿に変える魔術かもしれない。あるいは実際にそこには存在せず、幻影を通して私達に信じさせているだけかもしれない。それはわからない。だがフェクの嗅覚は確かで、合図からして彼もあれはメヴラではないと察した。私は近づいて自分で問い質すまで確定はできない。それまでの間、お前達はここに置いていく」
「怖くなんてありません」 ネイヴァは力強く言った。
「判っている」 祖母は二人それぞれの手を固く握りしめた。「だが何故ウギンが今私達へと幻視を送ってきたのか、そもそもそれがウギンの幻視なのかどうかわかるまでは、二人ともここにいなさい」
《ウギンのきずな》 アート:Sam Burley |
「ウギンじゃなかったら、他に誰がいるんですか?」
「あの余所者だ。龍王の治世をもたらすことで私達を苛んだ。もし私と他の者に何かあったら、一か月待ちなさい」
「一か月!」
「言った通りにしなさい。一か月が過ぎたら、アヤゴルへ戻ってゲラックへ伝えなさい。お前が長にして父だと」
それ以上の説明はなく、祖母は立ち去った。
「余所者?」 ネイヴァは祖母が先程までいた暗闇を見つめた。「余所者一人が龍王の治世をもたらした? 龍はずっと私達を支配してるんじゃないのか?」
「縄は、一本の糸じゃなくて沢山の糸が一つにより合わさったもの」 ベイシャは柔らかく言った。「未来は縄みたいなもの。今私達がいる糸は、唯一の糸じゃない、別の道、辿ってこなかった道がある」
「巫師みたいなことを言うんだな!」
「私は巫師だよ。ネイ、あの話をもう忘れたの? あの日、嵐の中に別の巨大な龍がいたって、ウギンを殺した龍が。それは何処からともなく現れて、何処かへ消えていった」
「おばあ様は、そいつが戻ってきたって?」 ネイヴァは縮こまった。不意にとても寒気がした。「一人で龍に対峙するなんて無茶だ。さっきの所へ戻って――」
「駄目!」 普段のベイシャ、その柔和で躊躇いがちな声色が強張り、それはまるで別の人物のようだった。ネイヴァがよく知る引っ込み思案で夢見がちな、それでいてしばしば自分をまごつかせる片割れではないかのように。「ネイ、戻るのは駄目。行かなきゃいけないのは別の場所」
彼女はネイヴァを洞窟の最も暗い隅へと引っ張っていった。石の光がとても狭い裂け目を照らし出した。ベイシャは既に荷物を下ろしており、無理矢理そこに身を通した。
「ベイ、どういうつもりだ? おばあ様はここにいろって言っただろ」
「ウギンが呼んでる。初めて聞いた。もしかしたら、今までは遠すぎたのかもしれないし、この頭飾りに織り込まれた魔法を通して届いたのかもしれない」
「ウギンは死んだ。死んだらそれで終わりなんだよ」
「違うよ。死はもっと複雑なもの。もしネイが来ないなら、私だけで行くから」
氷峰へ向かった時も、ベイシャは同じことを言っていた。ネイヴァは心のどこかで立ち止まりたかった、引き返したかった。だがあの日ベイシャが神聖な山へ向かった時と同じく、ネイヴァはわかっていた。一つの道に心を決めたら、片割れは引き返すことはしないだろうと。ベイシャを守るのは自分の義務なのだ。そのため彼女は荷物を下ろすと石を手にしたまま、横向きになって裂け目へ入ると片割れを追った。進みながら、鼻が岩にこすれた。後頭部が壁に当たった。横に百十一歩進んだ所で裂け目は広がり、片割れの隣に並ぶことができた。ベイは激しく息をつき、少し咳をした。
ネイヴァは片割れの肩に腕を回した。「ほら、あそこから外の光が見える。石はここに置いていこう、そうすれば戻ってきた時に使えるだろ」
裂け目は広がって浅い洞窟となり、焚火の跡を示す石の輪があった。長いこと使われていないようで灰は飛散し、備蓄の燃料は見当たらなかった。小道の痕跡があり、出口から峡谷の急斜面を曲がりくねって下っていた。太陽はまだ天頂にはなく、影が峡谷を満たしており、二人は注意深く足を踏み出して進んだ。その道は両腕を広げた程の幅しかなく、油断したなら氷漬けの岩の先端へと落下してしまうだろう。下るにつれて風の音は止み、耳に布を詰めたような濃厚な静寂へと二人を引き寄せていった。深く、音のない振動が靴底から響いていた。呼吸を思わせるような緩やかな律動、とはいえ生きたものは自分達二人以外にこの下にはいない。鳥すらも飛んではいなかった。乾いた唇を舐めると大気が舌を刺し、まるで稲妻が凍り付いた不可視の幕へ分け入るようだった。
ようやく道は底へ到達し、行き止まりとなった。石の繭は急角度の壁となって二人に迫っていた。来た道を戻る以外に行き先はなかった。
いつもそうであるように、片割れは先を歩いてその行き止まりへ向かった。一つの思考がネイヴァの心へと這い寄った。おばあ様はいつも、自分にベイシャを追うように強いている。狩りの腕前を振るうという栄誉ではなく。自分はもっと報われてもいい筈だ。
「ネイ?」
「え?」 我に返って顔を上げると、ベイシャが怪訝そうに自分を見つめていた。
「なんか目が変だったよ、でも元に戻ってる。ねえ、これ見て」 彼女は石の繭の表面、低い角に手を合わせた。龍の鱗が緩むように石板のような岩の塊が動き、這って入れるほどの穴があいた。
「そんな所入るなよ!」
ベイシャは膝をつき、中へと這って入った。両足が見えなくなった。地面は震え、そして静まった。
ネイヴァは自らの勇気を誇っていた。暗闇へと続くその裂け目に光は差さず、恐怖が刃のように心を叩いた。臆病者! 物心ついた時から、自分はずっと片割れを守っていた。ベイシャは自分より弱く脆く、能力もなく、養うに値しないと氏族が判断するかもしれないと長いこと思っていた。だがそれとこれとは違う。
『祖母はお前よりも片割れを愛している。置いていっていいのだぞ。誰も惜しまない。そうすれば祖母はお前のことをもっと愛するようになる』
その思考が付きまとった。彼女は来た道を一歩引き返した。もう一歩。
『お前にはもっと素晴らしい未来がある。氏族でも最高の狩人となるのだ。それは簡単だ、その重荷が無くなればの話だが』
だが義務と愛が彼女の足を止めさせた。片割れを置いて去るなどありえなかった。自分達は一緒に生まれてきたのだ、互いの手を握りながら、息絶えた母の腹から取り出されて。その絆を否定するのは、自身を否定することに等しかった。
そのため彼女は身を屈め、岩の中へ入った。
かすかに輝くもやが目の前を漂い、視界を霞ませた。目が眩むような色彩が糸のようにうねり、揺れた。その空間は広大で計り知れず、呆然とするような永遠の吐息が顔に甘くかかった。同時にその空間は真冬の雪中に立てた薄い天幕のように小さく、窮屈で湿っていた。ベイシャは眠るように地面に横たわり、片手は脇に力なく広げられ、もう片手は頭上に伸ばされてネイヴァには見えない何かを掴んでいた。
肺の中で空気が固まった。視界がぼやけ、彼女は前のめりに倒れた。意識が遠ざかる寸前、彼女は片割れの手を握り、肌と肌を触れた。晶形の石が持つ魔法は心から心への門を開いた。精霊龍の真髄が氷の崖のように立ち昇り、それは光り輝いて何者をも通さなかった。彼女もまたベイシャと同じ幻視へと落下していった。
《精霊龍、ウギン》プロモカード版 アート:Chris Rahn |
目の前に広がるのは銀の水面、それは鏡のように滑らかで、あらゆる方向に視界の果てまで伸びていた。その果てのない海のそこかしこから尖塔のような岩が立ち、そのどれも瞑想に相応しい休息場所となっていた。
大気を揺らす風はなく、だが微かに輝く透明な球体が浮いていた。まるで微風にとらわれた泡のように、何にも触れることなく。
泡の一つが漂いながら近づいてきた。水上に眠る少女の夢の影へと。その脆い表面が彼女の微かな姿の端に触れると、泡は弾けた。水の小さな球から少女の心の影へと記憶が流れ込んだ。
一体の龍が静かな水面の上空に浮遊し、鏡のように自らを見返すその水面を見つめていた。映し出された姿はあらゆる詳細まで極めて完璧で、見つめているのは水面の方であり、宙に浮く龍の方がその反射なのかもしれなかった。それほどに完璧だった。
「この場所は?」 その龍は言い、そして自らの声を聞き、驚きに尾を振り回した。だがその尾も風を起こしはしなかった。水は波立たなかった。自らに応えるかのように、反射だけが動いた。
「テ・ジュー・キが言っていた次元の一つなのか。次元の間を渡って……」
その認識は、かすかに揺らめく光のない炎を弾けさせた。それは龍を包み込んだように見え、炎も龍も消えた。
水面は動かず、静かに、それでいて期待するように、まるで知っているかのように待った。眠れる少女へと次の球が回転し、弾けた。
その龍は困惑の中に落下し、尖った山頂に墜落する直前で翼を広げて着地した。だがそこは壮大で豊かな大地を見下ろす緩やかな生誕の山ではなかった。荒々しく猛り狂う、生まれかけの粗野な世界。タルキール。獰猛な風が吹きつけてその龍を歓迎した。山々は歌いながら炎の溶岩を吹き上げ、川は喜びを吐き出すように泡立ち流れ下った。龍の心は動かされた、ここはまるで故郷であるかのようだった。この野性を育ててやろう。自身が望むままの庭園にではなく、生まれたばかりの魂の願いを満たし、真のタルキールとなれるように。
そして彼は土に潜り、大地の生物を掘り出した。急流と荒れる海と重いぬかるみを泳ぎ、起こした泡はそれぞれ水の生物へと弾けた。翼の打ちつけは雷鳴となり、稲妻は空を駆け、この嵐が龍たちを産み出した。炎ですらその熱と美を誇る、生けるものを産み出した。
少なくともこれは、その龍の威厳と力を目にした人間が壮大さにあやかりたいと願って紡いだ、最古の時代の物語。魔法の知識が様々な人々の中に興ると、巫師らは龍の後見を求めた。最も賢い者へ、彼は自らをタルキールへと導いた旅路の物語を伝えた。そして語るにつれ、あの衝撃と裏切りという最悪の刃が摩耗していくことに気付いた。片割れには何があったのだろうか? ニコルは生き延びたのだろうか? 生誕の地はどうなった? 一度次元の間を渡れたのだから、きっともう一度できる。
彼は心の内に、世界の間を開く火花を探した。不可視の炎が波打ち、辺りも自分も見えない暗闇を通った。そして胃袋が裏返るような一瞬の不快さを経て、再びあの動かない水面の上、静けさと神秘のオーラの内に彼はいた。
《島》 アート:Florian de Gesincourt |
見つめると、自らの完璧な映し身が見つめ返した。
淡く輝く空から、あるいは彼の目からか、一滴の水が落ち、水面に弾けた。広がる波紋からその先が見えた。この窓を通して彼は生誕の山を見た。今も気高く、雪に覆われ、だが今や目障りな腫瘍に汚されていた。
声にならない苦渋の咆哮のように、捨て去ったと思っていた濃くもつれた感情の全てが、獰猛なうねりとなって湧き上がった。火花が道を示した。彼は身をよじって影の中を通り、そしてそこに、空から生誕の山へと落下した。
彼は強い上昇気流に乗ると旋回し、ゆっくりと降下した。何者かが山の頂上に築いた神殿が見えた。けばけばしい見世物のような建物。血のような赤で塗られた何層もの屋根に、左右対称の曲線を成す角が飾られていた。ローブをまとう司祭が駆けてくると彼を見上げ、鐘を鳴らし太鼓を叩いた。ある者は崇拝するように伏し、またある者は網のような魔術を織り上げて彼へと放った。捕えて引きずり落とすつもりなのだ。
彼はその未熟な魔術を避けて山を降下し、見覚えがあるものを探した。メレヴィア・サールが殺害された場所、古の王が神殿を築いた地は今や巨大な都市の中央広場となっていた。その都市は山の麓まで広がり、古の居住地がかつて建っていた四方八方へと伸びていた。
数えきれない程の人々が都市の街路を行き交っていた。彼らの喋りは奔放な川のせせらぎのように速く、だがその忙しなさと活発さの下には汚れた沈黙があった。わだかまるような闇が路地や家屋を覆い、あらゆる売買にそれ自身をほのめかしていた。曲線の角の記章を身に着けた者、宴席に参列し華やかな神殿に仕える者、それが役目とばかりに鉄の剣や槍を手に威張り散らす者の下で、繋がれて飢えた奴隷と賤民が這っていた。根こそ違えど、あの龍殺しの王が統べた血濡れの国がただ拡大し変質しただけのように思えた。
今ここを統治しているのは誰だ?
だが心の内では、彼は知っていた。
その屈曲した角が答えだった。
『我が片割れよ』
『交わした約束は。共にした絆は。まだ裏切り続けるというのか』
失望、憤怒、そして悲嘆に吼え、彼は不可視の炎を波打たせて消えた。内臓がよじれるような盲目の闇を通り抜け、彼は再び夢見る鏡の上へと現れた。
静かな水面が苦しむ心を宥めた。呪わしくのたうつ感情が和らいだ。数えきれない年月の間、彼はぼんやりと目的もなく水上を浮遊した。最初に彼が落とされた大地、ドミナリアは数多の中の一つだった。広大な世界と宇宙が探検される時を待っているというのに、何故過去に執着する? 生誕の山にも、魂の故郷タルキールにも、捕われたままでいる必要などない。宇宙は彼よりも偉大、そのはずだった。彼の心に新たな平穏が定まった。高揚、喜び、目的、そして平静とともに彼は不可視の炎へと飛び込んだ。
龍は姿を消した。
水面は動かず、静かに、それでいて期待するように、まるで知っているかのように待った。眠れる少女へと次の球が回転し、弾けた。
彼は幾つもの次元を渡り、新たな世界へ到達するごとに驚異と危険が目の前に広がった。騒々しいゼンディカー。朧の月が心を乱すイニストラード。陽光満ちるローウィン。完全なマナの平衡を誇る頑健なアラーラ。豊かな魔法が流れるシャンダラー。他にも数多く、ある次元は広大でマナに満ち、ある次元は生命も魔法も枯渇してやせ細った欠片だった。
《Jund》 アート:Aleksi Briclot |
テ・ジュー・キですら、宇宙がこれほど多様だと予想できただろうか? 多元宇宙の壮大さは彼を畏れさせた。それに比べたら、自分など何と矮小であることか。
それでも彼の思考は片割れへと幾度も舞い戻った。過去に囚われることは小さく閉じこもることに等しいと感じ、彼はずっとドミナリアを避けていた。だがあるいは、ニコルを疑うのは早計だったのかもしれない。若者の思考は偏りがちで、衝動的に過ちをおかすもの。龍もまた例外ではない。あるいはあの屈曲した角とその意味を誤解したのかもしれない。
矜持もまた彼を苦しめた。片割れと同じく、過去の傷を捨てることはできなかった。自分は見たいと思ったものを見たのかもしれない。もっと深く探究すれば、真実が判るようなものを。そう、真実とは矜持よりも大切なもの。力よりも満たされるもの。
ニコルを見つけ、かつてのように、元通りの間柄になれる。彼はそう確信していた。
彼は既に次元渡りに熟達していた。瞬き一つ、そして不可視の炎の一波とともに彼は去った。
水面は動かず、静かに、それでいて期待するように、まるで知っているかのように待った。眠れる少女へと次の球が回転し、弾けた。
風に旗印が波打ち、軍勢がジャムーラの平原を進む。彼らの行く所には大戦争の爪痕が残された。損壊した死体、壊滅した都市。大地は無慈悲な魔術と壮絶な龍の力との戦いに痛めつけられた。追跡する軍に倒され、アルカデス・サボスの王冠を抱く旗はそこかしこで歩兵と共に土や泥の中に踏みつけられていた。屈曲した角を抱く旗印が進軍し、そして生き延びた誇り高き生存者らは集うと最後の戦いに身構えた。
何世代も続く戦争に熱狂した兵士の咆哮が、最後の戦いの幕開けとなった。魔術の稲妻が敵軍の中心に弾けた。
ウギンは下等の龍のように恐怖とともに見つめていた。彼は与り知らなかったが、それらは最初の突撃にて戦い、そして倒れていた。アルカデス・サボスは明晰な判断で命令し、空を移動し、ある所では側面攻撃を受け流し、ある所では術で攻撃した。だがニコルは常にそこにいて反撃し、休みなく前線を見回っていた。ニコルの軍では兵士や魔術師の連隊が、主が見ている前線で戦う栄誉を競っていた。両者とも戦いに熱中し、遥か上空にいる彼には気付いていなかった
怒りが閃き、また傍観し続けるわけにもいかず、その龍は翼を広げて降下した。次元を旅する中、彼は鉄の槍や危険な魔法の網から身を守る術を学んでおり、そのため両軍の間に跳び込むと不可視の炎を亡霊のように揺らめかせて翼を広げた。不意の出現に戦いを中断され、敵対する兄弟もまた唖然とした。
注意が向けられた所で彼は龍の咆哮を上げた。「ニコル! アルカデス! こんな戦いはやめるんだ! こんなのは間違っている!」
「我は民を守るために戦うのみ!」アルカデスは憤怒の吠え声で応えた。だが目ざとい彼は、ニコルの注意が自分と軍からこの乱入者へ転じたことに気付いた。
その龍が両軍の間に留まる中、アルカデスは壊滅しかけた軍に撤退命令を出した。
もう一つの軍の前線は命令を待っていた。
ニコルは驚きとともに、目の間にいるその霊を凝視していた。
「これはどういうことだ?」 彼は問い質した。「ウギンは死んだ」
「術ではない。私がわからないか、ニコル?」
「アルカデスが用いる忌まわしい魔法だろう!」
彼は突進し、炎の一吹きとともにその幻影を消し去ろうとした。だがウギンの魔法は強大で、あらゆる魔術の領域から編み出されたものだった。ニコルの怒りの炎は無害に宙へと消えた。恐怖した軍勢は動けず、炎を避けられずに苦痛に悶えて倒れる者すらいた。
「ニコル、止めてくれ! 私は本物だ!」
「お前は死んだ筈だ。人間の汚らしい術に消されたのを見た。人間が、最愛の者を斃すことで我が勝利に復讐したのだ。だからお前が夢見た平和と調和を世界にもたらす、これがお前のための復讐だ」
「これを平和と調和と呼ぶのか?」
「いずれそうなる。さあ、我が成し遂げたものを見てくれないか。来てくれ、ウギン」
その言葉は実に心からのものだった。兵士らは主に見捨てられたことで、負傷者を手当てして死体を集めた。撤退するアルカデスの軍から来た斥候は唐突な状況の変化を報告し、相手が戦場の優位性を放棄したと伝えた。だがウギンはそこに留まってアルカデスがどう動くかを見るつもりはなかった。ましてや時間や日にちをかけて、自分が去ってからの数世紀について兄へ尋ねる気もなかった。
目的はニコルに会うことだったので、彼は片割れを追った。二人はジャムーラの平原と山を横断し、海を渡り、他の島や大陸を通過していった。ドミナリアは美しかった。流れ下る滝と見事な山嶺、命を育む豊かな牧草地と瑞々しい森、色鮮やかな珊瑚礁ときらめく砂浜の島が世界を彩っていた。だが目もあやな風景の中に、戦の名残が横たわっていた。荒廃した平原、燃やされた村、散乱する骨。大地すら無計画に振るわれた恐ろしい魔法で歪められていた。川はせき止められ、やがて洪水が無力な居住地を襲う。穏やかな平原を峡谷が刻み、静かな谷を雪崩が埋める。ニコルは満足の笑みとともに風景を見つめ、だがこの恐るべき破壊には目もくれていないようだった。
《地盤の裂け目》 アート:John Avon |
「ウギンよ、世界がこんなにも広大だと想像したことはあるか? 我はあらゆる地を旅し、どれほど小さくとも大きくとも爪痕を残した。今その半分を統べている。最弱から最強の存在へと昇ったのだ。全ドミナリアがまもなく我にひざまずく。今や誰も我を最弱などとは呼びはしない。そしてこの勝利を共にするためにお前は戻ってきてくれた」
やがて彼らは生まれた大陸に、そして生誕の山に辿り着いた。山頂の噴火口はむき出しで、大理石製の屈曲した一対の角だけが座していた。山そのものが角を持っているかのようだった。
ウギンは尋ねた。「ここに神殿がなかったか?」
「遠い昔にはあった。だが人間には相応しくないと気付いたのだ。この聖地に踏み入って良いのは龍のみ、我のみ」 隣にウギンのために空間をあけ、ニコルは優雅に着地した。「無論お前も歓迎だ、ウギン。ずっと寂しかった。砕けてしまいそうな程に辛かった。毎日お前のことを考えた。何があったのだろうか、我はお前に報いているだろうかと。だから教えてくれ、我が国は気に入ってくれたか?」
ウギンは長いこと黙っていた。自身の壮大さに浸っていたニコルも、やがて返答がないことに気付いた。
「どう思ったか教えて欲しいのだ。この偉業はどうだ? お前ですら認めざるを得ないだろう、我ほどの力を手にした生物は初めてであろうと」
言葉が炎のように弾け出た。「君は心に囁きかけて私を操ろうとしただろう。ニコル、どういうつもりだ? よりによって私に、片割れにあのような酷い魔法を使おうとするなどとは!」
「お前はあの術を嫌うこと甚だしいな、特に自分に向けられた時には」 ニコルは柔らかく笑った。「我もまだ若く、自分の力を試していたのだ。しかし今となってあのような不確実な技は不要だ、我こそ全ての皇帝なのだから。あるいは間もなくそうなる」
「全ての皇帝? これがか?」 ウギンは笑った。理解できない怒りに腹の内が煮えくり返った。
ニコルは憤慨し、顔を向けて彼を睨み付けた。「何故笑う? 力とは決して馬鹿にするものではない」
「ここは無数の破片の一つに過ぎない。無論、ここで生きて死ぬ者が取るに足らないという意味ではない。だがこの先に広がる多元宇宙に比較したなら、この山が世界の全てだと言うようなものだ、全体のごく小さな欠片でしかないというのに」
「何を言っている?」
「テ・ジュー・キが教えてくれたことは――」
「あの老いた人間は遠い昔に死に、わめき散らしていた知識も塵と消えた。だが我とお前はここにいるだろう」
「そう思っているなら、君は死も知識も理解していないということだ。ニコル、君にはそれ以上のものがあるだろう。このつまらない戦争売りと征服が、広い宇宙の中で何か意味あるものだと本当に信じているのか?」
ニコルの鼻孔から火花が飛んだ。硫黄臭を帯びた煙の一筋が口から上がった。だがそのまま彼は黙っていた。
風が山頂に吹き荒れた。雪が降りはじめた。その破片は龍の鱗に落ち、直ちに蒸発した。水が岩に滴り落ち、そして凍った。遥か眼下では、雪が周囲の風景に冬の覆いをかけた。この地はこれほど寒かったかどうかをウギンは思い出せなかったが、快い気候は明らかに変化していた。かつて巨大であった都市はどうやら崩壊し、森は倒れた塔を包みこみ、立派な街路を掘り返していた。遠くでは、輪状の要塞が山麓への接近をあらゆるものから防いでいた。それらの前哨地の先には角を飾られた神殿があり、更にその先の街は龍の目でなければ見えない程遠かった。だがどの要塞も神殿も街も、その内側はこの山へと向けられていた。まるで今のニコルは、あらゆる顔が自らに向けられ称賛することのみを求めているかのように。
ニコルは思いに沈む声で切り出した。「我を嘲るためだけに戻ってきたのか? お前は片割れであり、敵ではないと思っていたが!」
その言葉に迷い、ウギンの物腰は和らいだ。「無論私達は双子であり、敵ではない。この絆、双子という間柄があるからこそ私は君を探しに戻ったのだ。戻らなかったなら、この小さな世界の先に広がるあらゆる驚異を見つけていただろうな」
ニコルは警戒と詮索に目を狭めた。「今までどこにいたのだ? お前は目の前で術の波一つとともに消えた。あれが人間の術でないなら、何が起こったのだ?」
「プレインズウォーカーとなったのだよ」
ニコルは目をぎらつかせ、片割れを睨み付けた。
「同じような者が他にも存在するかどうかはわからない。世界の間を歩く者の痕跡は他になかった」
ニコルは瞬きをし、だが何も言わなかった。
「何故、もしくはどのようにしてそれが起こったのかはわからない。ただあの時私はドミナリアで君と対峙していて、だが次の瞬間には、唐突に、この次元の先へ投げ出された。あの時は驚き、困惑した。だがそれからは多くの次元、多くの世界があると学んできた。それらの間にはぼやけた空間があり、全てがその闇の網に繋がっている。その網の中を出入りすることで、世界から世界へと移動する。何という驚異が待ち受けていただろうか! 訪れた世界は百にのぼる。ドミナリア全土を統べるというのは、あの古の王のような狭量の暴君には良いだろう。傷ついた姉龍を殺害し、自らは神聖不可侵と信じるような。だが多元宇宙の広がり、果ての無さに比べたなら、あの王と勇ましい跡継ぎなど矮小な暴君以上の何でもない――」
《世界のるつぼ》 アート:Ron Spencer |
「あの惨めで弱い短命の人間、至極簡単な心の閃きで倒したあの人間と、我が同じだと言うのか?」 その言葉はかすかな囁き程度に発せられた。
「龍の同胞との無益な戦いにかまけている君を見ればそう思う! 君の言いようは、弱々しい子供が蠅を殺して、強い龍を倒したぞと自慢するようなものだ。それはどうなんだ。ああ、君はそういう可哀想な生き物と同じだ。だが少なくとも、君にはそいつらと違って分別があるだろう」
「次元を渡る、その技を知ってどれほどになる?」
「あの日から。君が私の思考を捻じ曲げようとしたあの日からだ」
「あの日。人間の暦では四千か五千年前のことだ。そして今まで戻ってこようとは思わなかったと? 次元渡りなどという重大な体験は、我も片割れと共有せねばならないものではないか?」
「何故君が信用できる? 私の思考を捻じ曲げようとした――」
「次元の渡り方とやらを見せてくれないか。連れて行ってくれないか」
その言葉は嬉しく、ウギンは切り出した。「意識を、自分の内にある灯に集中して……」
だが彼は言葉を切った。次元渡りの力を与えてくれたのは、内に生まれ持った灯だった。その灯がなければ、世界の間の道は閉ざされた扉でしかない。
「言えないのだろう?」 ニコルは嘲った。「何もかも偽り、違うか? お前は臆病にずっと身を隠していたのだろう。他の世界などない。今や我は世界のほぼ全てを征服し、お前はその栄光を奪おうとして腹を空かせた鼠のように戻ってきたのだろう」
「言っても君は信じない」
「その通り、信じない。お前は嘘つきだ。いつも臆病で嘘つきだった。そして今最も大きな嘘をついている。この偉業を目にしても、お前には成し遂げる勇気もそのための意志の強さもない。そのため怖れ、嫉妬し、心の奥深くから生まれ出た嘘をついている。お前はずっと我を怖れ嫉妬してきた。そうではないか、ウギン?」
「それは君の解釈でしかない。何があった?」
「何も。我は常に我だ」
「ああ、そうなのかもしれない。自分に嘘をついていたのは私の方だったのかもしれない。君にはもっと分別があるだろうと」
「自分の方が優れている、君はずっとそう信じてきた。それこそが嘘だ。ウギン、お前こそ他者を操る者だ。我ではなく。我はただ我らが生き延びるために必要な事のみを行ってきた。お前と哀れなるメレヴィアへの信念だけを抱いてきた。臆病に隠れ、我を見捨てる他にお前は何をしてきた? 我らにとってよりよき世界を作るための尽力はまもなく終わる、そこで卑怯にも戻ってきただけではないか」
「君の言う通り、戻って来ない方が良かった。だからそうしよう。ドミナリアの支配を楽しんでいてくれ。計り知れない幾つもの世界が君の手の届かない先に広がっている、だが君が知るのはこの世界だけだ」
立腹し、怒り狂い、失望し、ウギンは不可視の炎を波打たせて消えた。
鋭い揺れがネイヴァを転がした。背中を岩の冷たい壁にぶつけ、驚いて彼女は目を覚ました。手はベイシャの指を離れていた。繋がりは断たれていた。片割れは今も呼吸をしており、胸はゆっくりと上下していた。閉じた瞼の下で眼球がせわしなく動いており、まるで風景の止まらない流れを追っているかのようだった。片割れは記憶に、それとも偽りの夢にとらわれたのだろうか? 自分達が見ていたものは現実、それとも幻だったのだろうか?
狩人は自らの目で見た証拠を信じる。ひづめや足の跡、折れた草が示す獣道、地面と大気の匂い、獣が移動するこすれ音や位置を示す声。未知の源から湧き出て渡された古の過去や夢を、どうして信じられるだろう? 何もかもが嘘だったとしたら?
引きずるような音が外から聞こえ、小道を石が落ちる音が続いた。小さな出入り口から頭を出すと、祖母が曲がりくねった道を早足で下ってくる様子が見えた。急いで外に出ると、彼女は槍を掴んだ。
「おばあ様」 彼女は声を低く保ち、神経質に空を一瞥した。とはいえ何故かはわからず、ただ背中に刺すようなものを感じ、首筋がぞくりとした。まるで狩人が、人間よりもずっと大きく更に危険な捕食者に追われているかのように。
「ネイヴァ!」 祖母は彼女の肩に手を置いて揺すぶり、珍しくも心配する様子を見せた。「洞窟は安全だというのに、どうして出て行った? ベイシャは?」
ネイヴァは低い入口と見えない内部を示した。「止めようとしたんですが、ベイシャはああいう子だから。精霊龍がベイシャをここに誘って、広い水の変な世界に閉じ込めたんです、鏡みたいな」
「閉じ込めた?」
「私も後を追って中に入りました。ベイシャの手をとった時、私も眠りに落ちて、あの子と同じものを見ました、記憶みたいな夢みたいな。そして寝返って手が離れて、目が覚めました。けどベイシャはまだ眠ってます、まるで止められないみたいに」
「精霊龍が私達へ語りかけようとしている」
「ウギンは死んだんです」
「そう言い続けるのは構わんが、祖先は決して真に私達のもとを去ることはない、彼らの記憶を捨てない限りは。何を見た?」
ネイヴァは語り手ではなかった。その代わりに狩人として、見知らぬ風景と浮遊する泡を効率的に表現した。祖母は熱心に耳を傾け、ネイヴァが語り終えると黙って立ち上がった。探し求めていた秘密を表す言葉を探すかのように、真剣な表情だった。
やがて、ネイヴァはその沈黙に耐えきれなくなった。「どういう意味なんでしょうか? どうしてこんなことが?」
「ウギンは死んでなどいないと見える。だが目覚めてもいない。つまるところ、精霊龍は唯一可能な方法で私達に接触しようとしているのだろう。祖先が時折、夢や幻視の形をとってそうするように。風の民は魔術の波に深く同調しているため、精霊龍は眠りの中で彼らへと幻視を送った。彼らはベイシャが囁く者だと知っており、精霊龍へと送り出した」 祖母は言葉を切った。「ネイヴァ、私とお前にはできないことだ。欠けているというのではない。ベイシャ自身の生きる道があるというだけだ」
「この墓に来いっていう幻視をおばあ様に伝えるために、ですか?」
《精霊龍の墓》 アート:Sam Burley |
「そうかもしれない。テイ・ジンの師は力ある巫師に違いない。従ってその者もまた幻視を受け取り、テイ・ジンが送り出され、ウギンがジェスカイの民へと遠い昔に語った物語を伝えた。精霊龍が私達に伝えようとしたという事実だけでも、その物語は重要なものに違いない。だがこれらの兆候や標を私はどう解釈しろというのだ? ウギンは私に何を見せたがっている?」
「おばあ様、もし何もかもが嘘だったら? 夢は嘘かもしれなせん。昔の物語だってそうです」
祖母は彼女の顎を掴み、自らに目を向けさせると探るようにネイヴァの表情をつぶさに見つめた。「瞳孔は正常のようだ。頭の中で囁き声を聞いたか?」
「どういう意味です? まさか! 何が起こってるんです?」
「メヴラ達は死んだとみて間違いない。何がメヴラの姿をとっているのかはわからないが、推測が確かならば、私達は極めて危険な中にいる」
祖母がそう告げる冷静な口調に、ネイヴァの身体に恐怖の震えが走った。冷気が蠕虫となって心臓を噛み、意識を遠のかせるように思えた。「危険って何です? 猟団の皆は?」
「あの聖なる洞窟に隠れている。お前もそこへ向かいなさい」
「おばあ様はどうするんですか?」
「わからない」 祖母のその簡潔な言葉は、ネイヴァがこれまでの人生で聞いた最も恐ろしいものだった。祖母は常にやるべき事を心得ていたというのに。「精霊龍が私達に伝えようとした警告は遅すぎたのかもしれない。だがウギンと交信できてその望むものがわかるかどうか、私自身で確かめねばならない。お前の言うことが本当ならば、私もベイシャを通して精霊龍の夢に触れられるだろう」
何かが割れるような音にネイヴァは顔を上げた。二人は共に遥か頭上、峡谷の端を見つめた。その先には雲のない空、鮮やかな青が広がっていた。太陽は天頂にあった。動くものはなかった。鳥も、虫も。
「お前は私の可愛い孫だ」 祖母は、不意の感情にかすれた低い声で言った。そして両の頬に口付けをした。「急ぎなさい。静かに。わかった? 決して気を散らさずに行きなさい」
祖母は小さな開口部へと屈み、構造の中へと姿を消した。ネイヴァの足の下で振動が走った。まるで遠くで地震が起こったような、もしくは地下深くで生き物が身体を揺らしたような。
「おばあ様?」 彼女は小声で呼びかけた。
返答はなかった。
恐怖のうねりにアドレナリンが吹き出して筋肉に走り、彼女は身を震わせた。唇を噛み、恐怖の波を宥めようとしたが、世界で何よりも愛する二人が完全に無力に、死んだように横たわって眠る姿を想像せずにはいられなかった。彼女は水晶の破片を開口部に渡して隠し、だがはめこむ事はせず、内側からたやすく除去できるようにした。小道を十歩進み、彼女は振り返った。その距離から岩の表面は滑らかで傷一つないように見え、不意に彼女は二人を閉じこめてしまったのではと心配になった。自分が作った牢獄から二人が脱出できなかったら? もし二人が精霊龍の骨の隣で渇きに死んでしまったなら?
戻って、もう一度だけ確認して……
視界の隅に一瞬動くものがあり、彼女は身を翻して槍をその方角へ突き出した。岩の背後から一人の女性が現れ、最後の角を過ぎると峡谷の底へまっすぐ続く道を歩いてきた。臨月に近い腹部、だが足取りは非常に軽やかだった。力強く優雅、重さを全く感じさせなかった。ネイヴァは以前にこの女性と会ったことがあった。年に一度、アヤゴルにて様々な猟団と家族集団がアタルカに対面する集会の際に見たことがあった。祖母とはそのまた祖母同士が姉妹であったことから親戚の間柄で、メヴラ自身も猟団の長であり、聡明で冷静、祖母が心から尊敬する数少ない人物だった。
メヴラは微笑みを浮かべ、ネイヴァを見た。とても好意的で気の良いその笑みは安心をくれた。
「こんにちは、お嬢さん。あなたや皆さん、それと私の家族を探して来ました」
「誰だ?」 恐怖が彼女の声を硬くし、肉体にうねった。だが何故かはわからなかった。
「お会いしたことはありませんか? あなたとご家族の名前は?」
話そうと意図するよりも先に、口が開いた。ただ言葉が流れ出した。「私はネイヴァ。ヤソヴァの娘キアルカの娘」
「ヤソヴァ様! ああ、私が探しているのはヤソヴァ様です。あの方はここに? この場所へ降りて来るのを見た気がするのですが」
「見ての通り、誰もいないよ」 ネイヴァは右足を動かそうと、ともかく逃げようと集中したが足は動こうとしなかった。重苦しい恐怖が胃袋から這い上り、彼女はそれを吐き出すと意味のある言葉を発した。「この石しかないよ、ずっと昔に死んだ龍の骨を覆ってる」
「それほど昔ではありませんよ。少しです。ほんの一瞬です」
「私が生まれる前だよ」
「ああ。あなたはとても若いのですね。まだ雛でしかない」
「何者だ?」
「わかりませんか?」
呼吸が苦しかった。まるで走り続けて止まることもできないような、それでいて全く動けなかった。メヴラの顔をまとうその身重の女性は小道を下り、近づいてきた。狩人としての経験があらゆる警告を鳴らしていた。フェルトも汗も匂わず、露わにした頬に油は塗られていなかった。風もその黒髪を一筋すら揺らすことはなかった。
足音がなかった。ごく僅かなこすれ音すらもなかった。
女性の両足は地面に触れていなかった。指の幅ほどの隙間が靴底と荒い土との間に空いていた。
祖母は何と言っていた? 幻影はここにはないものを見せることもある。
「何者だ?」 ネイヴァは向こう見ずに繰り返し、両手で槍の柄を強く握りしめるとその女性へと向けた。彼女は未だ不気味に宙を滑って向かってきていた。「お前はメヴラじゃない。同族でもない」
身重の女性は立ち止まった。彼女は長くゆっくりと瞬きをし、目蓋を上げると、昼が夕になるようだった。そして微笑んだ、少々大きすぎる、少々眩しすぎる、少々暖かすぎる笑み。
「本当に用心深い、賢い雛。ヤソヴァ様は何処に?」
「ここじゃない、見ての通りに」 ネイヴァは屈せずに言ったが、背を伸ばし続けるためには目眩がするほどの奮闘を必要とした。「お前は誰だ? メヴラじゃない。足が地面についていないぞ」
「目敏いではないか!」
その身重の女性の笑い声が峡谷を満たし、高い崖に響き渡った。ネイヴァは膝をつき、槍を落とし、両手で耳を塞いだ。笑い声は次第に変化し、笑みも広がって後頭部まで達し、口は刃で裂かれたように喉まで開き、唇が剥がれて頭を、そして肩を呑みこみ、裏返った。それは誕生をおぞましく歪めたようだった。だが女性の溶けゆく身体から出現したものはねじれ、引き伸ばされ、貪欲に成長した。まるでこの新たな存在が天そのものを食らおうとするかのように。
幻とも思えるその中から一体の龍がその姿を広げた。一体の生物としてはあまりに強大で、アタルカすら比較すれば些細なものに思われた。太陽を遮るほどに巨大で、その光に縁どられて輝きを放っていた。虹がその身の周囲に屈折し、まるでこの存在の到来を祝すかのように色彩の弧を投げかけた。衝撃の中、ネイヴァは屈曲した角を見上げた。石の繭の中で共有した。不思議な夢で見たそれを。卵型の輝く宝石が角の間に浮いており、見るものを惑わせるようにゆっくりと回転していた。
《適合の宝石》 アート:Jack Wang |
「まもなく万事上手くゆく」 その龍は柔らかな、魅惑するような声で言った。「小さなネイヴァよ、もう心配することはない。おぬしの懸念は何もかも解決されるであろう。おぬしが常に望んできたものが手に入るのだ、その役割を果たすのであればな。信じるがよい。我が望むものはただ一つ。些細なものだ」
絶対に屈しはしない。怖がることもしない。絶対に。「望むものって何だ?」
「ウギンを」
「ウギンは死んだ」
「当初あやつを殺した際には我もそう考えた。だがあやつは死んでなどいなかったのだ。故に今回はその死を確かなものにすべく戻ってきた。おぬしは不屈の狩人よ。間もなく最強の龍殺しと称えられるであろう、ウギンを滅するべく我に力添えをすることでな」
(Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori)
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