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Magic Story -未踏世界の物語-
ワールド・クラス
ワールド・クラス
Mark Rosewater
2017年11月29日
「皆さん、おはようございます」
「スキッフル先生、おはようございます!」
「今日から口頭発表が始まります。話題は行政組織について。名前を呼びましたら、立って皆さんの前に出てきてください。まず忘れずに自己紹介をしてから、自分が調べてきた話題について話してください。プレゼンテーション、内容、質疑応答で評価が決まります。聞く側として皆さんに伝えたいのは、最高のパフォーマンスを見せて欲しいということです。それでは始めましょう。マルチナさん?」
「よろしく、マルチナです。今日はカルタ・サイエンティアの話をしたいと思います。これはバブロヴィアでも最も古い文書で、『科学憲章』という意味です。一番有名な言葉は、『まず周囲の世界を理解しない限り、何も理解することはできない』です。この文書は基本的に、科学がすごく重要だと述べています。ものすごく、ものすごく重要だと。どんな種類の科学はどう行政組織を作るべきか、ものすごく沢山のルールが書かれているほどです」
「私は、基礎科学を柱にして行政組織を設立するべきだったと考えます――例えば生物学、化学、物理学のような。残念ながら、憲章を書いた人達は人間の基本的性質を理解していませんでした。科学を、世界を見る道具として評価するんじゃなくて、民衆を支配する道具に変えたんです。だから今、イカれた行政組織が五つもあるんです。それぞれがある面でどこよりも狂っていて、マッドサイエンスを美徳みたいに大切にしています」
「マルチナさん、課題は事実を述べることであって論評することではありませんよ」
「本当ですか、学校がそれでいいんですか? 小さい頃から教え込まれてきた欺瞞ばっかり言うようになってしまってもいいんですか?」
「どうか事実だけを発表してもらえますか?」
「事実ですか? わかりました。カルタ・サイエンティアはバブロヴィアをとにかく最先端にこだわる世界へと完全に作り直したという点で重要な文書です。機械や動物になりたいですか? ご近所を偵察したいですか? それとも脅迫したいですか? 爆破したいですか? 幸運ですね、そのための行政組織があります。大丈夫かどうか心配? 問題ありません、いつだって気を散らしてくれるぴかぴかで最新のおもちゃがあるんですから」
「マルチナさん、カルタ・サイエンティアが与えた影響についてはどう考えますか?」
「何てことでしょう、何もかもを変えてしまいました。悪い方向に! マルチナ、不合格!」
「いいえ、マルチナさん、あなたは恐らく......そうですね、大丈夫です。次の人に進みましょう。アナベルさん?」
「こんにちは、アナベルです。行政組織の構造について、厳密には行政組織の大構造についてお話しします。現在のバブロヴィアは五頭政治となっています。つまり五つの異なる行政組織があって、それぞれが指導者か統治権でまとまっています。バブロヴィアを支える五つの行政組織は『小型装置団』『S.N.E.A.K.職員』『卑怯な破滅軍団』『ゴブリンの爆発屋』『交配研究所』です。興味深いことに、それぞれが異なる形態をしています」
「小型装置団はテクノクラシー、技術が支配する行政組織です。指導者は絶対的な権限を持って装置団を動かすマシン『大演算器』です。組織の運営に関わる全ての決定がこの大演算器によって行われます。彼らの規則によれば、より素晴らしい能力を持つ人物やマシンや技術が登場したなら、即座に指導者に指名されます。今のところ、小型装置団のトップを巡って大演算器の権威に挑んだ人物や物体はありません」
「S.N.E.A.K.職員は収奪政治、もしくは泥棒が統治する行政組織です。現在の指導者は、先週の時点でですが、S.N.E.A.K.の長官を自称するフォイーブという人物です。彼らの細則によれば、『ゴールデン<黄金律>ルーラー』を所持している者は誰でも指導者になれるようです。そのためこの組織の回転率は高く、昨年の指導者交替は十六回に及びました、そのほとんどは同一の三人なのですが。指導者交替の大半はミスターXとだけ知られる謎の人物によるもので、『ゴールデン<黄金律>ルーラー』を盗むために様々な情報源から絶えず資金を受け取っています」
《〈ミスターX〉》[UST] アート:Dmitry Burmak |
「卑怯な破滅軍団は寡頭政治、少人数が支配する行政組織です。その組織を現在統治しているのは『邪悪軍団』というチームです。現行メンバーはカウント男爵、"すごいアイデア"、グルシルダ、殺しのメアリーです。『邪悪軍団』は頻繁な入れ替わりがずっと続いています。破滅軍団を支配する有力なチーム自体、軍団の歴史上では何度も交替しています。『邪悪軍団』以前は『不道徳協会』でした。その前は『無慈悲の一族』、更にその前は『敵意組』というふうにです」
「ゴブリンの爆発屋には実のところ行政的権限はありません――少なくともゴブリン以外が認識するようなものはありません。この組織はある意味では権威主義、強者による統治です。ある意味では愚者が統治する悪徳政治、そしてある意味では民主主義です。時々、何か厚かましいことをするようなゴブリンが現れて他の者が追随することがあります。普段は投票によって決定を行います。彼らはハンマーに取り憑かれているようなものですから、通常はより多くのハンマーを公約する者が選挙に勝利します。現在のボスは――私は指導者と呼ぶようなものではないので――古きバズバークという名のゴブリンです。とても破壊的なため、爆発屋の間では人気の高い存在です」
「交配研究所は天才政治、聡明な者が統治します。組織構造は学校に似ています。賢い者は教師と指導者の両方を務めます。交配研究所の現所長はジュリアス・マゼモルフ博士です。彼は最初に遺伝子スプライシング技術を完成させた科学者の一人であり、それによって交配研究所は一度解体した後に行政組織となりました。通常、この人物が重要な政策決定を下しています」
「バブロヴィアの法律によれば、総合的な法に何らかの変更を加える場合、この五組織全ての合意を得る必要があります。これは長いこと起こっていません。記録に残っているのでは、『無慈悲の一族』支配下の卑怯な破滅軍団が気象操作マシンで他組織を脅迫したのが最後です。それもかなり昔のことで、この事件についての記録は消失してしまいました。S.N.E.A.K.職員に盗まれたと思われます。包括的な行政組織が存在しないため、各組織が支配区域を所有しています。これは地理的というよりも性質的なものです」
「行政組織の構造についての話は以上です」
「素晴らしいです、アナベルさん。幾つか質問をさせて下さい。何処でこの情報を手に入れましたか?」
「小型装置団にはすごく大きな図書館があるんです」
「全部そこの本に書いてあったことですか?」
「そうです」
「五つの行政組織のうち、最も効率的に運営されているのはどれだと思いますか?」
「小型装置団です」
「人々に最も自由を与えているのは?」
「ゴブリンの爆発屋です」
「どれか一つの行政組織に入るとしたら、どれを選びますか?」
「卑怯な破滅軍団ですね」
「あら。それはなぜですか?」
「悪の組織の一員になるのは楽しそうだからです」
「わかりました。ありがとう、アナベルさん」
「カリームさん、次はあなたの番です」
「カリームです。皆さんに発表するのは、小型装置団の成立に関する全てです。この組織は54年前、カルビン・グランダーソンという人によって設立されました。この人が本当にすごいんです。というのも、休暇中だったカルビンはすごくトーストが食べたいと思ったんです。とにかくトーストが好きな人だったんです。残念ながら、彼が滞在していたその場所にパンはありましたが、トースターがありませんでした。バブロヴィア人のほとんどがそうであるように、カルビンも発明家でしたので、帰宅すると休暇に持っていける携帯トースターを開発しました」
「次の休暇に彼は携帯用トースターを持って行きました。ですがまた別の場所、ギズモ港へ日帰り旅行をした際に、ああ、知らないかもしれませんが本当に素敵な場所なんですよ、この先24時間はトーストを食べたくならないだろうと思ってそれを置いていきました。ですがそれは大きな過ちで、寝る頃には彼はトーストに飢えていました。まあそうですよね。深い自己反省の後、カルビンはとても常識外れな解決策を生み出しました。左手をトースターに替えたのです。カルビンは右利きだったので、あまり使わない左手をトースターにしてしまうことで『休暇時トースト欠乏症』を解決することにしたのです」
「トースターの件が成功した後、カルビンは右大腿の一部を冷蔵ユニットに交換しました。彼はバターを塗ったトーストが好きだったんです。正しい判断ですよね。そしてこれによって、カルビンはいつでも適切に保存されたバターを手に入れられるようになりました。そして次に右手人差し指をバターナイフに変えました」
「カルビンの機能向上が知れ渡ると、彼は多くの注目を集めるようになりました。いつもバター付きトーストが食べられるという話に触発された人は、同じように自分を改良しはじめました。手、腕、脚、足、上半身、どんな部位でも、身体全部でも、実用本位の技術で改良しました。このクラスにも小型装置団員が沢山いますので、どれだけクールかは皆さんおわかりですよね。熱狂は流行となり、カルビンはすぐにこの技術的哲学的流れの中心となりました。そしてこの自助イデオロギーを受け入れた多くの人々を支えるために、彼は小型装置団を設立しました」
「小型装置団に尽くしながらも、カルビンは長年に渡って継続的に自分自身をアップグレードしていきました。身体を更に取り換え、トースターと冷蔵ユニットとバターナイフは取り払われました。もちろんです、組織運営のための計算をより効率的に走らせるには、大型の機械が沢山必要でしたから。そして身体の九割以上を取り換えると、名前もまた変える時だと気付きました。『カルビン・グランダーソン』は『演算器のグランダーソン』となり、やがて『大演算器』となりました。そして54年に渡って人々を首尾よく率いています。そして今や厳密には機械となったこの人物は、今日ではトーストを食べたい時にはいつでも手に入れられるのです」
「ありがとう、カリームさん。ところで知りたいことがあります。なぜ多くの人々が小型装置団に加わったと思いますか? トーストが好きだから、ではないと思うのですが」
「みんな、誰かの力になりたかったんだと思います。カルビンがどうして演算器に変わったかと同じようにです。装置団の人はみんな、誰かの力になりたがっているんです」
「そちらの話をあまり取り上げなかったのは何故ですか?」
「トーストの話の方が楽しいだろうって父が」
「わかりました、ありがとうカリームさん。席に戻って結構です。次はフアニータさんですね」
「皆さん、こんにちは。フアニータです。今日はS.N.E.A.K.職員についてお話しします。秘密のスパイ組織で、何をしているかは......誰も知りません」
「それは秘密、とあなたは言いたいのですか?」
「いえいえいえ、違います。この課題のために34人のエージェントと話しましたが、誰も知りませんでした。その話になると必ず、S.N.E.A.K.職員の行動指針は他の誰かに聞いてくれって言われました。誰も知らないというのは正直奇妙だと思います」
「きっとそれは本当に秘密で、彼らはあなたからその秘密を守っているんでしょうね」
「でもあの人たち、秘密を守るのは下手なんですよ。私は秘密の隠れ処を発見しました。そこに『秘密の隠れ処』って書いてあったので」
「何を見つけましたか?」
「S.N.E.A.K.職員は求人広告板から始まりました。仕事のある人が募集して、お金が欲しい人が応募する。ここはバブロヴィアですから、その流れを効率よく進めるための装置を開発し始めたんですが、そのうちに目的を逸れてしまいました。皆、その仕事よりも装置にお金をつぎ込むようになったんです。そしてこの装置絡みの習慣を続けるために犯罪に手を染めました。広告板が罪を犯しても構わない人々の集まりだとわかると、もっとずっと狂ったような募集が載るようになりました。気付いた頃には、その求人広告板は街の組織犯罪の中心となっていたのです」
《〈S.N.E.A.K.通信指令〉》[UST] アート:John Thacker |
「フアニータさん、どのようにその求人広告板の存在を知ったのですか?」
「まだ現存しているんです。彼らのいわゆる秘密基地にあって、私も見ました。印象的で、気がめいるような感じでもあります。どんな仕事でも募集できて、その値段が正当なら誰かが引き受けます。どんな仕事でも」
「それが彼らの行動指針なのかもしれませんね」
「いいえ、求人広告板はむしろ趣味のようなものだと思います。私が集めた情報によれば、S.N.E.A.K.職員の活動で最も盛んなのはお互いをスパイすることです。彼らはすごく疑い深くて、スパイ装置にすごく執着しています。互いをスパイするために常に新しいものを開発しています」
「では、S.N.E.A.K.職員は何かを求めているのでしょうか?」
「クールで新しい装置と最新の秘密、私が見つけられたのはそれだけです。私は全員にインタビューをしましたが、それは彼らが何をしようとしているのかを見つけ出すのが一番の目標でした。そして彼らの半数ほどが懸念しているようでした、組織全体もただどこかの勢力が手の込んだジョークを仕込んでいるだけなんじゃないかって」
「他に私達が知っておくべきことはありますか?」
「一番妥当なのは、今も彼らの何人かが私達をスパイしているだろうってことです。私が本当に学生だって信じてくれなかったので。皆さん、どうか聞いてください。私は本当に学生です」
「結構です。ありがとう、フアニータさん」
「ハロルドさん、次はあなたです」
「ハロルドです。卑怯な破滅軍団について報告します。彼らの目標は非常に明確です......世界征服!ですよねー」
「では、彼らはどのようにその世界征服を計画しているのでしょう?」
「それは卑怯な破滅軍団を議論する上で最大の話題です。皆殺しにしたい人もいれば、全員を奴隷にしたい人や、全員を怖がらせたい人や、惑わせたい人や、民衆を何か新しい技術の依存症にしたいって人もいます。ほとんど、破滅軍団の人員の数と同じだけ計画があると言っていいくらいです」
「卑怯な破滅軍団はどのように設立されたのでしょうか?」
「面白いのですが、破滅軍団の始まりはスーパーヴィランの支援団体でした。独り言主任という男が都市の水道施設に毒を仕込もうとしたんですが、その毒をフッ素化合物と取り違えたため、人々の歯の健康を促進する羽目になってしまいました。彼は少々落ち込み、同類の犯罪者を説得して仲間にすると、自分達の様々な不運について話し合いました。するとスーパーヴィランの過失率は平均的な市民よりも遥かに高いことが判明しました。支援団体のニュースが広がると、そこはスーパーヴィランが集まる場所となりました」
「やがて彼らの団体は大きく成長して手を広げ、様々な場へ派遣されるようになりました――銀行の過払い、世界滅亡マシンの誤作動、秘密基地での事故などです。下手くそな策略家の小集団があったのですが、それがやがて悪意組となってこの団体を公的な行政組織に変える最初の一歩を踏み出しました」
「卑怯な破滅軍団は現在、どのような責任を負っているのですか?」
「主にスーパーヴィランのライセンスを監督しています。もし何らかの創造的な方法で民衆を恐怖に陥れたいなら、例えば空想的慈善家を誘拐するとか手の込んだテーマの連続強盗を企てるとか、そういう時はまず破滅軍団へ話を通す必要があります。また彼らはスーパーヴィランのための様々な道具を開発しています。部下の雇用サービスを始めていますし、機械部品を共同購入するためのプログラムがありますし、都市規模での需要がかち合わないように日程の調整を行っています」
「卑怯な破滅軍団を調べて、最も驚いたことは何ですか?」
「すごく良い実習プログラムがあることです。今度の夏、意地悪博士の冷凍光線教室へ行ってみようかと思います」
「ありがとう、ハロルドさん。とても有益でした」
「どういたしまして。楽しい課題でした。卑怯な破滅軍団が凄くクールだって初めて知りました」
「ミンナさん、前へどうぞ」
「はい。ゴブリンの爆発屋についてプレゼンテーションします。ええと、ミンナです。わかりますよね」
「大丈夫ですよ、ミンナさん。緊張することはありません。ゴブリンの爆発屋について教えてください」
「それは何年も前、蒸気打ち工業とともに始まりました。当時はただの製鉄所で、鋼鉄を作って、鋳造して、圧延していました――とてもありふれた材料です。バブロヴィアはバブロヴィアであり、鋼鉄は沢山必要とされていたのでそこは賑わっていました。競争力を維持するために彼らは安全対策を削減し、そのため転覆事故が多発しました。工場の評判は悪くなり、やがて十分な労働者を抱えておけなくなりました。その時、会社の社長であったトルナ・グラッブラーという女性が非常に画期的なアイデアを思いつきました」
「その人はゴブリンと話をするために山を登りました。そう、当時ゴブリンは全員そこに住んでいたんです。伝わっている話では、彼女は部族全体を集めて、様々な技術のデモンストレーションを行いました。ゴブリンがその色々なぴかぴかを気に入ってくれるだろうと思って。計画は上手くいきますが、予想した通りではありませんでした。ゴブリンが魅入られたのは、叩いて全部くっつけるために持ってきた道具、ハンマーでした。彼らはハンマーを見たことがなく、それに夢中になったのです。トルナは言いました、工場には沢山のハンマーや他にもわくわくする技術があって、どれに触ってもいいと。ゴブリンの部族全体が工場に来て働くことを選びました」
「最初はとても上手くいきました。ゴブリンは新しい仕事を受け入れ、ハンマーや機械のスクラップ、それとトルナが他の労働者に払っていたよりも少額の報酬のために働きました。ですがすぐに彼らはゴブリンらしいことを始めました。実験です。ほとんどの場合でそれは壊滅的な災害となりましたが、時々大胆かつ新たな発見がもたらされました。多くのゴブリンが死亡しましたが、繁殖力の高さから実際のところ彼らの数は増加しました」
「ゴブリンを工場から追放しろという政治的圧力があり、トルナは新たな政治的勢力を形成する手段として彼らの実験を用いました。ゴブリンに名前を付けさせたところ、『ゴブリンの爆発屋』に決まりました。自分達の組織を得たことで、ゴブリンは更に自由な実験を行うようになりました」
「ゴブリンが氾濫し、実験の深刻な危険と相まって、ゴブリン以外の労働者は全員辞めてしまいました。それはすぐに経営陣にも及びました。するとゴブリンがその役割を埋めるだけでした。ついにはトルナ自身も会社を去りました。ゴブリンは蒸気打ち工業を乗っ取ったのです。そしてそれから物事はひたすらおかしくなるばかりでした。ゴブリンはただの製鉄を止め、もっとずっと複雑なからくりを作るようになりました」
「現在の蒸気打ち工業は何を作っているのでしょうか?」
「誰も確実なことはわかりません。ゴブリンは自分達が作るものを売ることには関心がないので。工場の騒音は誰もが無視しています。何年も前、とある蒸気打ちの親分がなぜか街に現れて狂ったように放浪し、そこから様々な憶測がなされました」
「彼らは何を作っていると思いますか?」
「わかりません。大きな、すごく大きなハンマーでしょうか」
「ありがとう、ミンナさん。素晴らしい発表でした。次はナディマさん」
「皆さんこんにちは! ナディマです。交配研究所のお話をします。始まりは28年前、とある大学の研究所でのことでした。ジュリアス・ジェームソン博士、ルイーザ・ロドリゲス博士、ハナ・タナカ博士はガンの治療法を見つけ出そうとしていました。三人は大学で出会い、その分野では最高の頭脳を持っていました。彼らの研究で、南部に生息する特定のイグアナがとあるタイプの細胞変異に免疫を持つことが示されました。彼らは、新たな方式を用いてそのイグアナの免疫を人間に与えることを目指しました。ですが被験者は免疫を得るのではなく、尾を生やしたんです」
「ロドリゲス博士とタナカ博士はこれを大きな敗北と受け取りましたが、ジェームソン博士は何かとても深遠なことに遭遇してしまったと気付きました。その技術によって、他の動物の要素を人へ移植することが可能となったのです。同僚の人たちは波及効果を認識していませんでしたが、ジェームソン博士は人類の姿を作り変えることができる発見だと気付いたのです――いえ、人類だけでなくあらゆる種を。望む通りの姿になれる力を科学が個人に与えたら、どうなるでしょうか?」
《〈賢い組み合わせ〉》[UST] アート: Kev Walker |
「自分の発見が何を意味するかを示すため、ジェームソン博士は一対の翼を手に入れる施術を受けました。彼はいつも空を飛びたいと思っており、身をもってその願いを叶えたのです。大学の学生へとその施術を開放すると、需要は膨大でした。あなたの好きな動物になれますよ。一つである必然性はありません。ある部分は亀に、ある部分はジャガーになりたい? なれますよ」
「大学はこの新しい生き方の中心になりました。バブロヴィア全域から人々が集まり、やがて共同体になりました。自分を作り変えて、そして自分達を定義するのがどんな動物かで判断されることはない世界に生きるんです。ジェームソン博士はおびただしい回数の施術を受け、次々と色んな動物を付け加えていきました。恐竜のDNAを混ぜこんだ後、名前を変えてジュリアス・マゼモルフ博士となりました」
「交配研究所は実際には何をしているのでしょうか?」
「彼らは二つのことを誓っています。一つは、『真の姿』を求めるあらゆる人の願いを叶えること。もう一つは、『真の姿』を得た人々が平和に暮らすことのできる社会を提供することです」
「どのようにして行政組織になったのですか?」
「その変化は違法だという法律的な話があったので、マゼモルフ博士は数人の政治家に真の姿を叶えてあげた後、力を貸してくれるよう説得したんです」
「交配研究所について調べたことであなたは何を学びましたか?」
「私の真の姿はたぶん、半アナグマ半マングースです」
「面白いですね。ありがとう、ナディマさん。これで今日のお話は全て終了でしたよね」
「先生、私は?」
「スチュワートさん。ごめんなさい、来週だと勘違いしていました。それではお願いします」
「どうも、スチュワートです。リスについて話したいと思います」
「それはあなたに割り当てられた課題ではありませんよ」
「割り当てられた課題をこなすには、人生は短すぎるんです」
「そういうことは......うーん?わかりました。リスについて聞かせてください」
「バブロヴィアは科学を愛しています。本当に、本当に心から愛しています。ですがこの愛が副次効果として何をもたらすかについては誰も言及しません。だから私はリスについて話すことにしました」
「何を......いえ、すみません。続けてください」
「実験は科学の基盤となるものです。とはいえ、実験には被験体が必要です。長いこと科学実験で最も選ばれてきたのは白ハツカネズミでした。完璧な選択でした。ハツカネズミは変化によく反応し、飼育が容易で、個体数も豊富です。長年に渡って、バブロヴィアでは科学への注目が高まり続けたため、更に多くの実験が行われるようになりました。更に多くの白ハツカネズミが必要となりました」
「最終的に、新たな実験の実施率が白ハツカネズミの出生率を上回るに至りましたが、手遅れになるまで誰も注意を払いませんでした。白ハツカネズミが絶滅に向かっていることに科学者たちが気付いた時には遅すぎました。卑怯な破滅軍団は白ハツカネズミをクローニングしようと試みましたが、それがどれほどひどい事になったかは誰もが知る所です。そして13年前、最後の白ハツカネズミが死亡しました」
「当初はどうすべきか誰もわかりませんでした。ですがやがて交配研究所が興味深い答えに行きつきました。必要とされた主な性質が最も似通った動物はリス以外にありませんでした。リスが白ハツカネズミと同様に機能するかどうかの懸念がありましたので、より元気で、回復力に富んで、繁殖が速くなるよう改良されました。リスのDNAを微調整して最良の実験体にするという作業も行われました」
「スチュワートさん。面白いお話ですが、これは行政組織と何か関係があるのでしょうか? 今日はバブロヴィアの行政組織についての授業ですよ」
「リスDNAの研究は実験体としての適応力を向上させるだけではなかったという多くの議論があります。それはリスを知的生命へ押し進めたと信じる人もいます」
「では、それは行政組織にどのような影響を及ぼしますか?」
「私は、五つの組織全てが密かにリスによって運営されていると信じています」
「だとしたら私は十分な報酬を貰っていませんね。スチュワートさん、その......リスについての深い洞察をありがとうございました」
「待って下さい、まだ終わりじゃないんです。証拠があるんです。ええと、厳密には証拠じゃなくてむしろ推測なんですが、でもバブロヴィアの統治に懸念があるなら、話しておいた方がいいことがあります」
「残念ですがスチュワートさん、授業の時間はもう過ぎています。お話をしてくれた皆さんに感謝します。どれもとても面白いものでした。さて、月曜日には様々な街についてのお話をする予定です。発表予定の人は準備をしておいて下さい。ありがとうございました、今日はここまでです!」
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