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Magic Story -未踏世界の物語-
ソリンの修復
ソリンの修復
Doug Beyer / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2015年3月27日
吸血鬼のプレインズウォーカー、ソリン・マルコフは精霊龍ウギンを探してタルキールを訪れた。遠い昔、ソリンはウギンともう一人のプレインズウォーカー、石術師ナヒリとともに怪物エルドラージをゼンディカー次元へと封じ込めた。だが近頃、エルドラージは脱走した。ソリンは、ウギンこそがそれらを止められる数少ない存在の一つだと信じている。
古い仲間を探す中でソリンはこの地、ウギンの故郷の世界へと向かった。別の時間軸においては、ソリンはウギンが遥か昔に死んでいたと知り、タルキールでの彼の探求は失敗に終わっていた――だがソリンがそちらの方の出来事を知ることは決してないだろう。タルキールの歴史は変化し、ソリンの進路もまた、別の道を行く見込みがある。彼はウギンを発見する希望を持ち続けているが、だとしても、もはや手遅れかもしれないこともわかっている。
タルキール。
ソリンはまるで何者かに刺されたかのように、太陽の異様なぎらつく日差しにひるんだ。四翼の龍の慈悲深い影が乾燥した砂草原、彼の上空を通過し、その輪郭が黄金の陽光に縁どられた。だがすぐに砂草原の熱が彼に再び迫った。彼はフードを頭へと引き上げた。この世界は肌寒い故郷イニストラードとは似ても見つかない、だがここにはやるべき事がある。見つけなければならない者がいる――だがその者は、死亡しているかもしれない。
《平地》 アート:Sam Burley |
この世界を訪れるのは初めてだった。ウギンと知り合って以来、彼は精霊龍の故郷の世界を訪れたことはなく、その安否を問うたこともなかった。今彼を導くのは、一人の巫女から与えられた、漠然とした印象の塊だけだった。乾いた風が吹き、野生の龍の群れが空に満ちるこの地は、彼にとってただ謎だった。
頭上の空で龍の一隊が鋭い音とともに飛来し、この訪問についてのむず痒い予感を一つソリンにもたらした。もしウギンが生きていたなら、精霊龍はあの、世界を貪り食らうものどもの逃走を察していたに違いない。だとしたら、何故ウギンは自分に接触を試みなかった? 何故、自分がウギンのもとへ向かわねばならないのだ? 今回、エルドラージはその虜囚から真に自由となり、あの巨人どもの飢えが一体何をもたらすかを知る者はない――そして今、それを対処しようと動いているのはソリンだけなのだ。ウギンは数世紀に渡って沈黙している。もしかしたら、自分は仲間ではなく、一つの墓を見つけるためにはるばる旅をしてきたのかもしれない。
遠く北の地平線に、雪に覆われた山脈が伸びていた。そこに、歪んだ龍の頭部のような形状の独立峰がひとつ聳えていた。その岩の形は独特の構造をしており、ソリンの巫女が呼び出した幻視と一致していた。龍たちが彼の頭上で鳴き声を上げる中、彼は歩いた。
その螺旋形の岩を目指す旅は、ソリンを冷気の中へと導いた。何日もが過ぎ、彼の靴が踏みしめる大地は氷と雪になった。古い獣道が彼を山岳地帯の荒れ野へと導き、雷ではなく緑混じりの炎の塊を吐く毛むくじゃらの龍たちが現れた。
《凶暴な熱口》 アート:Slawomir Maniak |
雪と氷に覆われた花崗岩の峰が、岩山と峠道を横切ってきたソリンの前方高くにそびえていた。彼は丸一日、あの螺旋形の岩を見失っており、時間を無駄にしてはいないという確信を切望していた。あの暗黒の巫女から得た、狂ったような取り散らかった幻視は今も彼の心の目に燃えており、それらは物語のようなものを紡ぎ出していた。龍たちの壮大な戦い、氷の裂け目、ふらつくウギンの姿。だがその幻視は曖昧でかすんでおり、無秩序だった。案内が必要だった。
ありがたいことに、この世界は寄り抜きのそれを提供してくれた。
「よくここまで来たものだ、シルムガルの死者の下僕め」 長い牙をもつ戦用獣の一種の上から、頑丈な人間の戦士が言った。
戦士の一団がソリンを取り囲み、先端を尖らせた骨の棍棒や槍を構えていた。彼らはツンドラの哺乳類の毛皮を重ね着し、空を狩る炎吐き達を模して鹿角の頭飾りをつけていた。人間のうち一人が呪文を唱えはじめると、彼の手は炎でできた鉤爪のように輝き始めた。
戦士の長が再び口を開いた。「今夜、お前の首を槍の飾りにしてやろう」
《アタルカの獣壊し》 アート:Johannes Voss |
ソリンと下僕の案内人は狭い山道と氷で覆われた岩山を、大半は黙ったまま進んだ。その下僕は重々しく宙に浮かびながら進んだ。彼のむきだしの足は雪の表面をかすめ、時折小道から飛び出た小枝や根をひっかけた。ソリンはこの下僕の血を一度ならず吸っていたが、今、彼は血ではなく情報を吸い上げた。
「精霊龍の領域については、どれほど昔から知っているのだ?」 ソリンは尋ねた。
「我らが民は一千年以上前に、精霊龍の領域を発見しました。カンの凋落の少し前のことです」
「カンの凋落?」 ソリンは尋ねた。「カンが墜ちたのか?」
「全てのカンが墜ちました」 その下僕は言った。「古の、氏族の長を務める人間です。今、『カン』は崇りの言葉です。死んだ言葉です」
「お前は龍に仕えているのだな」
「私は今やご主人様に仕えております。ですが龍種が五つの氏族を統べております。そして劣った種族は――人間やその類が、彼らに仕えております」 その道は尾根を越え、下僕は浮かんだままその頂上を通り過ぎ、氷が裸の地面へと道をあける谷まで下り続けた。「かつては別の氏族を、高慢な人間たちが統べていました。それらの氏族は異なる名を持ち、その戦士たちは龍たちを殺しました、彼ら自身の土地の龍すらも。裏切りです。龍種の魂への裏切りです。彼らにその運命が降りかかったのは、当然のことです」
「定命の者が自らの死を求めるというのは、いつも奇妙に思うのだがな」
「彼らは偉大なるアタルカ様の、獰猛の精神を持ち合わせておりませんでした。生き残らなかったのです」
「アタルカ――お前の龍の主か」
その下僕は頷いた。「私の氏族の龍王です」
《龍王アタルカ》 アート:Karl Kopinski |
ソリンは尋ねた。「そしてこの、アタルカの魂――お前は、それはウギンから来たと信じているのか?」
「ウギンは世界の脈打つ心臓です。あの方は安息地の内に住まわれております。あの方がおられるからこそ、龍たちは多くの強さを持っております」
ならば、彼は生きているのかもしれない。ソリンはそう考えた。
ある考えがソリンの心に這い上がった、まるで一匹の蜘蛛が糸を昇ってくるかのように。その臆病な考えをどうしたものか、彼は困って顔をしかめた。この混乱した難局はゼンディカーのとあるコーの女性、ナヒリを必要としている。何千年もの昔の、仲間のうちの三人目。もし生きているウギンをどうにか見つけられたなら、彼の最初の質問は彼女についてだろう。そうでないわけがあるだろうか?
古の、砕けた岩が氷と雪で斑に覆われた平原が遥か眼下に広がっていた。ソリンはその平原の岩が、莫大なエネルギーの迸りで歪み、形を変えられているのがわかった。螺旋状の岩は、まるで一度融けたものが力の線に従って流れ、そして瞬時に凍結したかのように見えた。そのその奇妙な岩は平原の中央を貫いて通る、黒化した花崗岩の深い峡谷のすぐ近くにあった。
「あそこに、精霊龍が眠っています」 アタルカ氏族の案内人は峡谷の地面を指差した。
ソリンは見た。
面晶体。
《精霊龍のるつぼ》 アート:Jung Park |
何十もの、もしかしたら何百もの、石の面晶体が裂け目の底に積み重なっていた。それらは自由に浮かんではおらず、だが互いに組み合わさって、保護するような覆いを成していた。
ソリンの手が剣の柄に触れた。タルキールに石術が? 彼よりも以前にナヒリがここへ旅し、龍を倒した? あの巫女の幻視にそのような警告は一切なかった。
「あれが安息地です」 下僕が言った。「精霊龍が休まれる、大いなる揺籃です」
その裂け目の縁からでも、ソリンはその石の様子が古いものだとわかった。魔法的に刻まれた文字の裂け目には氷と瓦礫が溜まり、石は風雨に摩耗していた。とても長いこと、それはこの場所に横たわっていたことがわかった。
ソリンは面晶体の繭の中に、生命の真髄を感じることができた。ゼンディカーで使ったことのある血魔術をまだ覚えているだろうかと彼は思案した。
「下僕よ、私はこれからお前の世界の脈打つ心臓を起こす」 ソリンは言った。「お前の中にまだ血は残っているか?」
「ご主人様、おそらく私の血管は冷たく、命は空です」 そのアタルカの案内人は言った。「私にとっては......長い道程でした。ですが私の内にまだ残っているものは、ご主人様のものです」
ソリンは拒否するような身ぶりをした。その下僕は雪へと崩れ落ち、彼の乾ききった身体はしなびて用済みとなった。
自分の力だけでやらなければいけないようだ、ソリンは考えた。起きる時間だ、龍よ。
ソリンは剣を抜き、その切っ先を龍の休息地へと定めた。彼は体内の血へと流れるよう命じ、身体を温め、彼の内にあるマナへと意識を向け、集中させた。彼は古の音節を発声した。長い時に摩滅した言葉を、束縛と解放の言葉を。彼の魔術は繭を囲むように織り上げられ、貫き、表面をなぞり、面晶体を一つに繋ぎ留める神秘の鍵の先端を探した。血液をこめかみに溜めながら、ソリンは繭の要石を発見した。石の構造奥深くに埋め込まれたそれは一つの、小さな、壊れた欠片だった――別の世界からの、ウギン自身の魔術の残骸だった。その欠片がこの束縛の魔術の源だった。
ソリンは剣を空へと掲げ、古の変質の言葉を叫んだ。面晶体の欠片は塵と砕け、繭はひび割れ始めた。石の表面が壊れ、滑り落ち、構造は自壊を開始した。
《精霊龍の安息地》 アート:Raymond Swanland |
面晶体の繭からウギンが弾け、宙へと飛び上がった。翼のはためきの突風に吹かれ、ソリンの髪が後方に流れた。すぐに、ウギンは空にただ一つの鮮やかな点となり、大気に揺らめく霧の螺旋をなびかせ、歓喜の軌跡を描いた。彼を取り巻く大気が音を立てた。雲がウギンの航跡に揃って流れ、渦巻く様子にソリンは気が付いた。まるでその龍が雲の法則に従うかのように――もしくは、雲が彼に従うかのように。
ソリンは剣を収めると、龍がその翼を大きくはためかせ、身体を傾けて飛ぶのを見守った。そしてウギンは自身を解き放った力をようやく悟ったらしく、裂け目の縁で待つソリンに気が付いた。
ウギンは舞い戻り、面晶体の繭の残骸の上の宙で停止した。龍の声が轟いた。「ソリンか?」
「その通り」 ソリンは言った。「ここで何があった? 捕えられたのか?」
ぽかんとした、心ここにあらずな表情が龍に現れた。一瞬の熟考の後、ウギンは鼻孔から一陣の霧を噴き出した。「守られた、のだろう」 ウギンは言った。
彼は奇妙に首をねじり、危険なほどに曲げ、頭部をソリンへと向けた。「教えて欲しい――ボーラスは――去ったのか?」
その質問をどう理解したものか、ソリンには判らなかった。龍たちの戦いはあの巫女の幻視の一部にあった――もしかしたら、ウギンが対峙していたのは古のプレインズウォーカー、ニコル・ボーラスだったのだろうか。ならば、ナヒリではない。「その者が、君をこのように?」
《精霊龍、ウギン》 アート:Chris Rahn |
「あやつは我が力を敵とみなし、攻撃してきた。我が龍たちを利用し、逆らわせてな。だが何者かが我が為に介入した」 龍は眼下の面晶体の残骸をじっと見て、そして再び風景へと視線を戻した。龍たちが空に円を描き、鮮やかな炎の吐息を放っていた。「回復までにしばしの時を要したようだ。どれほど経った?」
「現地の者が言うことを信じるならば、一千年以上だ」 何世紀も年上の龍へと知識を与える、ソリンはその楽しみを声色に含めて言った。「君の顔すら忘れるところだった」
「多くが変わったのであろう」 ウギンは深く息を吸った。そしてゆらめく蒸気が彼の鼻孔から流れ出てソリンの頭上の空気へと流れた。「何故ここへ来た? 何故今、我を蘇生させた?」
「エルドラージだ。面晶体のまどろみから目覚めたのは君だけではない」
「ありえぬ――奴らが自由になるなど。あの封印の構造は無限に続くよう築かれた」
「奴らは自由だ」 ソリンはその問題を強調するように主張した。ウギンを刺激するように、誰か他の者にその罪を背負わせるように。「奴らは目覚めたが、君は来なかった。故郷にいるのではないかと私は思った。君の揺籃の中で休んでいると」
「何故そのような事が起こった?」
ソリンは地平線へと目を向けた。「プレインズウォーカー達。そして『目』での子供じみた一連の過ちが」
ソリンはゼンディカーへと旅をし、若きエルフのプレインズウォーカーにしてゼンディカーの民、ニッサに出会った。彼とニッサは奮闘したが、エルドラージは解き放たれた。ニッサは彼らを解放することを選択した、それが彼女の世界を救うと考え――そして、そうではなかった。
「何がプレインズウォーカー達に事を為すよう仕向けたのだ?」 ウギンの質問はソリンよりも、彼自身へと向けられたもののように思えた。
エルドラージがその無感覚状態から立ち上がり、ゼンディカー中を蹂躙し始めた時、ソリン自身もそこにいた。彼は介入しようと試みたが、ウギンの目は何者かに開けられていた。そもそも、奴らの面晶体の牢獄が何故傷つけられていたのかもわからなかった――わかっているのは、奴らを再び止めるためにはウギンが不可欠ということだけだった。
「私は、知っていることしか伝えられない」
ウギンはまた違った類の息を吐き出した。溜息を。「気が狂いそうになる知らせだ」
ウギンの視線が地面を彷徨い、次の思考を探すのがソリンにはわかった。そして次の疑問が形を成すのを見た――ウギンの精神が取るべき、論理的跳躍。次の質問は深く切りこまれたものになると彼は知っていた。ソリンは無意識にその時間を数えた。
ウギンの両眼がぐるりと動いてソリンへと戻った。「面晶体の魔道士は? ナヒリは何処におる?」
《石術師、ナヒリ》 アート:Eric Deschamps |
「羞恥」という概念はソリンから消失して長かった。何千年もの時の間に、人間としての彼の脆さと不安は成長し、花開き、そして枯れ落ちた――長い時を生き、彼は後悔というものに動じなくなった。そして、それでも、長い時の中で初めて、ある心地の悪い感情が彼の内で増大した。不快な痒みが、ある重要な物事をしくじった、その責任を彼が――彼一人だけが――負うという感情が。それは正確には自責ではなかった。彼の心の中、自責というものがかつてあった場所にこだまする、ただ鈍い、調子外れの響きだった。
「彼女は――ここにはいない」 特定の声色を出すことなく、ソリンは言った。
「それは見ればわかる」 ウギンは言った。「彼女の所在を問うているのだ。まだゼンディカーに? 我らも合流するべきであろう、我さえ旅できるようになればすぐにでもだ」
「彼女が、そこにいるとは思わない」 ソリンは注意深く言った。
ウギンの首の襞が苛立ちに震えた。「事実を言うのだ、曖昧なことではなく。彼女は死んだのか?」
「いや」 ソリンは言った。「生きている」 今ウギンが真実全てを知る必要はない、ソリンはそう判断した。「彼女がいる場所は、もしかしたら判るかもしれない」
「ならば、彼女をゼンディカーに連れて来るのだ。もし巨人どもがそこに居残っておるのなら、面晶体の連結構造を再建せねばなるまい」
「彼女が来るのは重要か?」
「重要に決まっておろう」 ウギンは言った。「おぬしの血魔術は偉大だ、虚空に住まうものどもに関する我が知識も同様に。だが石術師なくしては、我らの努力は何一つ永続のものとはならぬ」 ウギンは身体をひねり、頭部を下げてソリンに近づけた、まるで鳥が虫の姿をその大きな眼で認めたように。「はっきりさせよ。我ら三人が不可欠だ。おぬしと彼女との間にどのような些細な諍いがあろうとも、おぬしが我にどのような問題を隠していようとも、解決せよ。彼女とともにおらぬ限り、おぬしの顔を見たいとは思わぬ」
《魂の召喚》 アート:Johann Bodin |
突然、ソリンは何かを壊してしまいたいという衝動にかられた。彼は歯を食いしばるとそっぽを向いた。彼は自身の腕を握り締め、身体を抑えた。彼は退屈な無関心に見えるような頷きを返した。
ウギンは一つ、力強く頷いた。「『目』ですぐに会おう。ここでの助力に感謝する」
ソリンは舌で牙を舐め、雪の地面の窪みを凝視した。タルキールから離れようとしながら、彼は地平線上の様子をじっと見つめた――鳥のように編隊を成す龍たちではなく、タルキールの雲がさざ波を立てながら積み重なる様を。それらは荒々しいゼンディカー世界に物憂げに浮く島のように、大気を流れていった。自分の世界だけを気にかけていれば良いのなら、物事はもっとずっと単純に済むのだろうが。
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