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Magic Story -未踏世界の物語-
獣
獣
Tom LaPille / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2014年6月11日
かつて、野生語りのガラクは自然と深く共感する、力のある獣使いであり、緑の魔術の達人だった......屍術師リリアナ・ヴェスが、鎖のヴェールとして知られる危険なアーティファクトを用いて彼に呪いをかけるまでは。黒のマナに浸され、野生の声から切り離され、ガラクはただ一つの目的しか持たない凶暴な殺し屋となった――リリアナを見つけ、彼女に呪いを解かせるという。
ガラクはイニストラード世界でリリアナを追跡し、二人は再び対峙した。リリアナが勝利を手にし、彼の前から去った。戦いが終わり、ヴェールの呪いによって半ば狂気に駆られながら、ガラクは重大な決断を迫られる......
俺は意識を取り戻し、目を開けた。大気は死と不死にまみれていた。あの魔女の匂いもそこかしこにあったが薄れてきていた。俺はうつぶせで、半ば水に浸かっていた。腐肉食らいの鳥の鳴き声が耳に響いていた。夕方の狩りだ。
不愉快な黒い鳥が俺の上に降り立った。俺は両手でそいつを掴み、首を折り、投げ捨てた。その屍は飛沫を立てた。
俺はカビくさい空気を胸一杯に吸い、身体を起こした。俺は沼の中にいて、時間は夜だった。周りの沼では、鳥どもがあちこちで、かつてアンデッドだったものの小片をついばんでいた。明りはなかったが、俺は暗闇でも見ることができる。
《沼》 アート:Adam Paquette |
あの魔女の下僕の残りが俺を囲んでいた。俺はそいつらを殺した。
あの女は俺を殺すところだった。
どこにいる?
俺の斧はどこだ?
水面の下、俺のすぐ傍に長く細いものがあった。それに手を伸ばし、木の柄を掴んだ。俺は沼から愛用の斧を引き上げ、倒れた丸太にそれを立てかけた。腐肉食らいの鳥どもが俺の周りから飛び去り、頭上の木々に止まった。
極度の疲労が再び俺を襲った。最後に、宿の部屋で眠ったのは数週間前になる。倒れた丸太が俺の寝床だが、俺の身体に合う寝床などない。俺は地面に横になり、再びぬかるみに沈んだ。
俺ほどの背丈と同じほどの幅もある獣が一体、俺に近づいてきた。そして動かない俺の匂いをかいだ。その獣の匂いはおおむね正常だったが、その内には腐敗があった、今俺から現れる全てと同じように。その毛皮の下、その皮膚には黒い筋が走っていた。ちょうど俺のように。
俺はこいつを、あの魔女との戦いの最中に呼び出したのだった。
アート:Dave Kendall |
俺は顔を上げてそいつを見た。そいつは跳びのき、そして後ろ脚をたじろがせて地面をかいた。
そいつは不満そうなうなり声を上げ、そして話すと、そいつは恐怖に震える宿屋の主人だった。「あんたは他のお客さんを怖がらせちまうんだ」彼は言った。「もう一晩、あんたをここに泊めることはできない」 そいつが俺を負かせられるかどうかははっきりしないが、そのやけばちの姿勢が、それを試みるであろうことを告げていた。
そいつは後ずさり、わずかに、そしてほとんど鳴くような甲高い声で言った。「皆が言うには、この近くに狼男の一群れが、そしてその呪いにもかかわらず、良くあろうとしている群れが居るそうな」 彼はただ、俺に去って欲しいのだ。「そいつらを探すといい。条件はただ一つ、強いことだけだ。奴らは弱いものは殺す」
「俺が弱そうに見えるとでも?」 俺は怒鳴った。
「滅相もない」 彼は鼻を鳴らした。そして背を向けると一歩ごとに飛沫を上げながら、のろのろと離れていった。
今、逆の方向から更なる飛沫の音が聞こえてきた。ゆっくりと、次第に大きく、そして腐った空気の波が俺に押し寄せてきた。俺は再び身体を起こした。出ると、深く群生する木々が小さな都市に縮こまる建物のようだった。先程会話した獣よりもわずかに大きな、むくんだ屍の巨大な塊が、まっすぐ俺へと向かってきていた。
《スカーブの大巨人》 アート:Volkan Baga |
鳥達が、騒音を爆発させて飛び立った。「縫い師の攻撃だ!」 そいつらは飛び去りながら叫んだ。「雛を守れ!」 もしあの怪物が鳥達を殺そうというのなら、まず俺が相手になろう。俺は斧に寄りかかって立ち上がった。まだ腕の傷から血が流れ、一部は黒く膿んでいた。まっすぐ立った時に背中が痛んだが、こいつをどうにかする十分な力はあった。
そしてやらなければ、俺は死ぬだろう。どのみち、俺はここで死んでいたのかもしれない。
俺は叫び、突撃した。その怪物は人間の死体からなる膨れた塊で、幅は五フィート程、三本の脚と二本の腕それぞれにまた別の屍がくっついていて、頂上の頭らしい所には穴だらけの腐った狼が埋め込まれていた。俺の斧はその肩を、湿った音を立てて切り裂いた。身体から切り離され、狼の脚の一本がどさりと落ちた。そいつは左腕のぎらつく銀の鉤爪で俺をかきむしろうとしたが、俺の斧の衝撃はそいつを六インチ押しやった。それは俺をわずかにひっかいただけだった。俺が斧を引き抜くと、死体の右腕が俺に迫ったが、俺はそいつの腕の内に潜りこんで、人間の脚が二本くっついた上腕に斧を向けた。俺は深く切り、そいつの鉤爪は俺に当たらなかったが、左腕が戻ってきて俺は刺された。
そいつはびくりと左に身体を動かした。俺の斧は外れ、怪物は大きな飛沫を上げて側面からぬかるみに突っ込んだ。俺の獣がそこにいた、頭を下げ、短い牙は今やぎらつく黒色に覆われていた。俺はずぶ濡れになったが、斧は自由だった。俺はそれを高く上げて怪物の肩へと振り下ろし、頭部にある腐った狼の死体を切り裂いた。怪物の全身が震え、そして動かなくなった。
この怪物によって、鳥の雛が死ぬことはもうない。
その獣は俺へとゆっくり顔を上げ、低いうめき声を漏らした。今それはパヴェル、群れを率いる長であり宿屋の主人が話していた狼男だった。「私はパヴェル」 彼は言った。「私達は皆、狼男だ。お前は......何かが違う......だが私達はこれを作った縫い師を狩っている。あの女は強い、そして私達はお前の助けが必要だ。来てくれるか?」
こいつはあの魔女を探す助けになるという。「何処だ? あの女は何処にいる?」 俺はパヴェルの牙を掴んでその顔へと叫んだ。
狼男はもたつきながら後ずさった。俺がそのまま動くと、彼はうなった。「お前はこいつよりも、力を制御できると示すさねばならない。でなければ、私達はお前も殺す」 彼の小さな目は少しの同情と、多くの打算にぎらついていた。
俺は牙から手を離し、痛みに耐えながらできる限り背筋を伸ばして立った。「やってみるがいい」
彼は座った。もはや脅す様子はなく、そして満足そうに喉を鳴らしたようだった。「その必要がないことを願う。私と来い」 彼は背を向け、沼地の暗闇へと重い足取りで入っていった。
俺は彼の背後を危なっかしく進んだ。しばらくの間、どちらも黙ったままだった。彼は森の中を曲がり、迂回し、でたらめに進んでいるように思えた。数度、俺達は来た道を横切った。「何処へ行くんだ?」
彼は低い唸り声を上げた。「私達は文明から遠く離れて生きている。私達のこの身体が、同胞以外を傷つけることがないように。他の者はお前をすぐには受け入れない、お前は信頼を得なければならない」
「だがお前は、縫い師どもを殺すと」
歩きながらパヴェルは俺に顔を向け、不満そうに言った。「私達はゾンビを殺す。知性のある者は殺さない。ただ手足を潰し、委ねるべき所に委ねる」 彼は前方の道へと頭を向けた。「もしお前が獲物を殺すというなら、私達の中に留まることは許されないだろう」
俺は近くで鹿の鳴き声を聞いた。胃袋が鳴った。「ここで待て」 俺はパヴェルの声が聞こえなくなるまで離れ、木に十フィート程登って見た。
それはこちらへ向かってきていた。
俺は枝の上に立ち、斧を構え、待った。
《夜明け歩きの大鹿》 アート:John Avon |
その鹿は俺のすぐ下を歩いてきた。俺は枝から飛び降り、着地と同時に斧の腹をその後頭部に叩きつけた。その屍は横に倒れ、ぬかるみに鈍い飛沫を立てた。
俺はそれを乾いた盛り土の上に引き上げた。俺とは違い、その匂いは清浄だった。俺はナイフを取り出し、木々の一本から長い蔓を切り取って、鹿を角からぶら下げ、尻から首までを切り開いた。滴り落ちた血は屍の下に集まり、最初は溜まっていたがやがて沼へと吸い込まれた。俺は手を入れ、膀胱を閉じるように掴み、切り取って、水へと投げ捨てた。次に腸を、音を立ててぬかるみに落とした。
パヴェルが再び俺の所へゆっくりとやって来た。俺が鹿の肝臓を取り出すと、彼は喉を鳴らした。「お前の狩りは、私達にとって実に貴重だ。お前がいなければ私達は飢えていただろう。お前は受け入れられた」
俺がその肝臓を投げてやると、彼はそれを宙でくわえて受け止めた。
俺は飢えており、肉の香りは素晴らしかった。だがパヴェルもおそらくは同じく飢えていたのだろう。俺は三本の脚を切り取り、皮をはぎ、その塊を彼へと投げた。「縫い師狩りへはいつ行くんだ?」
「今夜だ」 彼はそう言って、鹿の死体から肉片を噛みちぎった。俺は残りの皮をはいで脚を切り取り、自分用に肉の塊を引き裂いた。味は驚くほど美味かった。
俺達は気楽に、鹿肉を分けながら食べた。彼は四肢を地面に投げ出し、腹が地面に触れるとその胃袋が音を立てた。俺は仰向けに横になった。俺達は長い時間を共有した。獲物を消化する間、この沼地で安らぎ、休息をとった。
《ガラクの群れ率い》 アート:Nils Hamm |
俺は退屈し、身体を起こした。「あの女はどこに?」
彼はいらつき、不満そうに俺を見た。「正確な場所は知らない。ガツタフ近くの何処か、もしかしたらガヴォニーへ向かう途中だろう」
「あの女を見つける」 俺は立ち上がり、斧を肩にかけた。
「気をつけろ」 彼は言った。「その女の興味を得るほどの縫い師には護衛がいるだろう。一人で相手をするべきではない」 俺は背を向けた。「もし、女を殺せば」 彼はうめいた。「お前は戻ることは許されない。私達は獣ではない」 俺は彼から離れ、森の中を進んだ。
俺は沼地を彷徨い、何かあの女の兆候がないかと探した。時折俺は地面で匂いをかいだが、自分の匂い以上にあの女を判別することはできなかった。
枝に何かがついていた。近づくと、紫の絹の切れ端だった。俺はそれを掴み、鼻で匂いをかいだ。あの女のものだ。
俺はそれをベルトの小袋に入れ、空気の匂いをかいだ。あった。かすかだが、あの女はこの道を通ったに違いない。その先には折れた枝もあった、人間の足で折られれたものだ。小さい、ちょうどあの女くらいに。俺は五歩進んで再び地面の匂いをかいだ。まだいる。もう十五歩、そして再び地面を嗅ぎ、そしてあの女を捕えたことを知った。
木々を避け、よどんだ池を迂回し、あの女の痕跡を追って俺は沼を通り抜けた。あの女はここを通って行ったのだろうか。俺を打ち負かしたかもしれないが、地面の下に何が潜んでいるかを誰が知る? 何か、沼の生物があの女を食らった可能性はある。俺がその頭蓋骨をぶち壊さなくとも、あの女はどのみち死ぬだろう。
近づいていると思ったちょうどその時、重い足音がゆっくりと俺に向かってきた。距離はおそらく二百フィート程。俺は大部分が植物に覆われた池に入り、腰を下ろした。頭だけを出したが、それも葉に隠れていた。腐敗した獣が一体、視界に入ってきた。その皮膚全体に黒いものが走り、開いた大口と牙からは新鮮な血が滴り落ちていた。それは死の魔法の悪臭を放っていた。そして息を切らし、荒く重い息をしながら、脚を震わせていた。それはあたりの匂いをかいだが、葉に隠れた俺の姿は目に入らなかった。
縫い師の護衛。哀れな存在だ。このようなことをした者は誰であろうと、死に値する。
俺は静かに座ったままでいた。それは俺の方向を見ることすらせず、ふらつきながら去っていった。
十分後、俺は半ば緑の蔦に覆われて、池からそっと這い出した。俺は蔦を振るい落とし、痕跡を追い続けた。
更に五分進み、俺は百フィート後方に鈍く重い足音を聞いた。引き返すと、そこに縫い師がいた。あの魔女ではなかった――その巨大な、緑と黒の血管、もしかしたら高さと幅は九フィート、そしてぎらつく黒い牙。少なくとも、俺はもっと小さい、一人の女と対峙するのだと思っていた。だが俺が思うに、屍術師はこのような姿になるということだ。何にせよこの女は死ぬ。
俺は突撃した。女はただ座り、やってくる俺を見ていた、多分俺を驚かすべく待っているのだろう。俺は近づきながら斧を振り上げ、だが女はまだそこに座っていた。その頭蓋骨に斧が深々と刺さり、両眼が見開かれ、そして女は湿った音を立てて腹から倒れ、悲鳴を上げた。女は僅かに身を悶えさせていたが、死んだ。
「私達は獣ではない」 パヴェルの言葉が再び俺の頭をよぎった。
お前達は、そうではないかもしれない。
遥か遠くで白い光がひらめき、地平線を照らし、そして空全体に広がった。俺達は皆、その光がこちらへと向かってくるのを見た。近づくごとに眩しくなりながら、そしてその光は俺達を洗い流した。視界が白く消えた。
俺は沼の中、死んだ獣の上に立っていた。その匂いはまだ新しかった。その皮膚に浮き出る黒い血管から見て、俺がそれを召喚したに違いなかった。その頭に刺さった斧から見て、俺が殺したに違いなかった。
それはただの獣だった。宿屋の主人でも、パヴェルでも、縫い師の護衛でも、縫い師ですらなかった。
俺は暗闇の中で何も見えなかったが、色を見た。そして今、匂いは清浄だった。太陽が昇り始めた。
俺は右腕を曲げた。黒い筋は消え去っていた、そしてかつてのように俺は健全だった。俺は深呼吸をして、吼えた。それは沼に響いた。鳥たちが飛び去ったが、それらは黙ったままだった。
俺はイニストラードの、何処かの沼にいる。あの魔女は俺を殺しかけた。
そしてあの呪いは消え去った。
あの女は俺に何をした?
俺はどれほど遠くまで来た?
圧倒されるような眩暈の波が俺を打ち、俺の視界は再び白黒を行き来した。俺は膝をつき、黒い筋の入った手で倒木の太い枝を掴み、吐いた。むかつきが収まると、食べた鹿の半分を吐いてしまっていた。具合は少し良くなった気がしたが、呪いは戻ってきていた。そして俺はひどく疲れていた。
《ヴェールの呪いのガラク》 アート:Eric Deschamps |
俺は空気の匂いをかいだ。半ば消化された鹿の匂いに混じり、あの魔女の匂いもまだあった。そしてその足跡の一つが俺の目の前にあった。
俺は今や斧につかまりながら追跡を続けた。二十分も追い、俺は道に出た。俺は沼から出て、眩しい朝日に瞬きをした。
その道は見える限りの遠くへ、両方の方向に伸びていた。眩しい光は今太陽が昇りつつある、右の方向からやって来た。それは俺を癒してくれた、一瞬だけだとしても。それが何だったのかはわからないが、強力だった。
俺を助けてくれた唯一のものだった。もし近くまで行けば、俺は救われるのだろうか?
もしその源を見つければ、俺は自由になれるだろう。まっすぐに立ち、まっすぐに歩き、健康な動物を隣に呼び出せる。
あの女を狩らずとも。
その代わりに何をする? 俺は長い間あの女を狩ってきた。それ以前は何をしていた?
俺は左の方向を見た、そして折れた枝があった。俺はかがんで匂いをかぐと、胃袋が唸る音を立てた。あの女だ。
呪いから癒える機会はもう無いかもしれない。もし光を背に進んだなら、俺は再び自身を見失う前にあの女を殺さなければならないだろう。
だが、もし光を追えば、俺は女の痕跡を失うだろう。
俺は再び地面をかいだ。あの女はまだいる、そして匂いはまだ新鮮で、追える。
俺は左を向いた。眩しい夜明けに背を向け、歩き始めた。
アート:Brad Rigney |
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