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Magic Story -未踏世界の物語-

リングでの生き様
読み物
Uncharted Realms

リングでの生き様
Sam Stoddard / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori
2013年5月8日
肉儀場の舞台。その周囲では燃え立つ垂れ幕が激しく揺れていた、垂木へと引火しそうなほどに。ゴブリンの舞台係が数人、崩落した梁の下で息をしようともがいていた。砲撃とともに喜びと苦痛の悲鳴が放たれ、それは観客の中へと飛び込んだ。ともかくそれは万年紀祭以来、ヒルロッド詠唱団でも最も成功を収めた演目の一つだった。

リーニは自身の埃をはらい、舞台の中央に立ってお辞儀をした。彼は背を伸ばして片手を宙に掲げた。ジノーリアも彼とともにお辞儀をすると、瓦礫の上で意識なく横たわるニコリを指差した。ニコリはいつも着地が問題だった。
ジノーリアとリーニは手に手をとって舞台から降り、観客の中へと入っていった。いまだ煙を上げる大砲から飛び出していった演者仲間を称えるために。リーニは自分の脚へと手を伸ばし、開いたばかりの切り傷に掌を当てた。彼はそれを観客へと掲げ、伝統的な身振りでメッセージを伝えた。『これをお前たちにやろう』
「ジノーリア」 太ったオルゾフの司祭シラーがお辞儀をし、彼女の手に口付けをして言った。「素晴らしいものでした。貴女ほど見事なものは教会でも見たことがありません」

「借金も賛辞も、死者が支払える最高のものってわけ」 ジノーリアは微笑みながらそう言って、手を引っこめた。
リーニは血に濡れた指を観客の掌へと走らせ、彼からの贈り物で飾りつけていった。だが羊皮紙の一片を掴む少女の前で止まった。
「こんな所でどうした、子犬ちゃん」 リーニはシラーへと尋ねた。「あんたがこいつを連れてきたのか?」 リーニはシラーに向けて指を振り、舌を鳴らした。「また、俺を騙して借金させようとうしてんのか?」
「子犬なんかじゃない」 その紙片を下ろして、少女は言った。「ショーに入りたいの」
リーニは笑った。「ジノーリア、こいつを使えるか? オーガの飯には全然足りんな。大砲にすっぽり入るか?」 彼はかがんで、彼女の襟元を掴んだ。「ふうーむ、焚きつけには丁度いいかもしれんな。どうだ?」
その少女は宙ぶらりんでもがいて暴れ、リーニは顔面を蹴られかけた。「降ろしてよ、ジジイ!」 彼女は言った。「教えてあげる、あんたのショーは駄作だわ。ジョーリが私を採ったらあんた達は損するんだから」
「ジョーリはお前さんなんて生きたまま食っちまうよ」 リーニが言った。「子犬ちゃんはおうちへ帰りな、痛い目に遭う前にな」 彼は少女を放した。彼女は後方へと宙返りをし、足から着地すると片腕を挙げ、そしてリーニの顔面へと唾を吐いた。
司祭は驚いて手を引っこめた。その少女は観客の中へと駆け出し、足場へと登り、肉儀場の垂木へと飛び上がって視界から消えた。
「門無しのゴミめ、なんて失礼な」 シラーはそう言って、ローブの襞から布切れを取り出してリーニの顔を拭うおうとした。「いまにあいつを見つけ出してみせましょう」
リーニは手をひらひらと振った。「いや、いい」 彼はそう言って布を受け取り、唾を拭った。「あの娘には炎がある。あんなに若いのに、だ。嬉しいじゃないか」
リーニは布切れをシラーに渡すと、彼はそれをローブにしまった――すぐに彼のコレクションへと加わるに違いない。リーニは彼に礼を言って、控室のある舞台裏へと向かった。そこで彼は鏡の前にある幅広の椅子へと崩れ落ちた。身をよじりながら、彼はずっしりと詰め物の入った革の舞台衣装を身体から剥がし、一つ一つ床へと落としていった。その重さの半分は汗と血だった。ずっしりとした詰め物は更に重さを増し、演技をより困難にする。だが彼にはそれが必要だった。歳を経るごとに、爆発と落下から立ち直るのは困難になっていった。
彼はかすかな鼻歌を発しながら、傷つき腫れ上がった両手で机の上のボトル数本を捜した。生命力と筋力をくれるシミック製の強壮剤と、不自然な青色に輝くイゼット製の薬。最後にそしてセレズニア製の軟膏の瓶を見つけて開けた。それはすぐに痛みを和らげ、どんな傷も小さくしてくれるものだった。

薬を重ね塗りした後、リーニは控室の肩隅にある寝台へと向かった。外からは次の演目、細かい技術など要らないとげの道化達の演目に声を上げる観客の声がまだ聞こえてきた。彼も若い頃はそれを舞台袖から見たものだった、だが今の彼は演技で精一杯だった。今夜は、寝るだけだ。
肉儀場を上から眺めるというのは何度も見てきた光景ではなかった。二日前の夜のあの少女を捜し、彼は素直にこの場所へとやって来た。そして彼は昇るには躊躇する高さの、肉儀場の屋根に近い足場に少女を発見した。彼女は足を張り出しの下に揺らしながら、卓越したミニューリの演技を観ていた。その演目は、新プラーフ近辺で上演していた大道魔術師の単純な隠し芸からとられていた。ミニューリの助手のゴブリンが彼を縛り、傷つけ、そしてミニューリは魔術によりよく集中するため、苦痛を大いに楽しむ――「苦痛の投射」と彼が宣伝する技術だ――そして火の玉をゴブリンへと放つ、最終的に魔道士の裏をかいたと思わせるためだけに。

癒えかけの火傷を覆う包帯を既に幾らかまとったそのゴブリンはミニューリを逆さのテーブルに縛りつけ、足とわき腹にピンを刺し、舞台に横たわる拷問台に彼を引き延ばすための手の込んだ滑車システムを準備した。更に、確実に来る火の玉を避けるため、そのゴブリンは樽一杯の水の中にしゃがみこんだ。ゴブリンが滑車のクランクを五段階回すと、樽から水蒸気が立ち上り始めた。中身は既に沸騰し始めており、ゴブリンは慌てて樽から飛び上がった。そして熱い湯を振り落とそうと身を揺すりながら狂乱して舞台上を走りだした。彼が支持梁に顔面から激突すると、少女は軽蔑するように鼻を鳴らした。
「チケットを持ってない奴は犬の餌にされるぞ、わかっているだろうが」 リーニが言った。
少女は振り返って彼を見た、そして身体をリーニへと向け、眼下に目を向けた。
「結構な傷だが、殺すには程遠いな」 リーニは言った。「まあ座れ、ここにいるんだ、子犬ちゃん。俺はお前さんを傷つけに来たんじゃない」
「家に帰れってまた言うんでしょ」 彼女はそう言うと背を向け、舞台を見下ろした。「あなたのサーカスでやっていけるって思ってないんでしょ」
「そうじゃない、もちろん、お前さんにはできるだろうよ」 張り出しにゆっくりと腰を下ろしながら、リーニは言った。「お前さんが戦うんでなく去ることを選んで、シラーは運が良かったと思うよ。もしかしたらお前はいつか、リングにだって出られるかもしれん。俺がただ疑問なのは、それはラクドス様のためなのかってことだ。そうでないなら、俺にとっちゃ無礼もいいところだ」 彼は手を差し出した。「リーニだ」
「あなたのこと知ってる」 少女は言った。
「出しゃばるのは好きじゃない」 彼は言った。「ああ、十年前ならアゾリウスの判事達だって俺に帽子を脱いだ。だが名声なんてのはマントみたいなもんだ、すぐに飛んで行っちまう」 リーニは息継ぎをした。「次はお前さんが自己紹介をする番だ」
「ルニチア」 彼女は言った。「途方もなきルニチア。......いつかは」
「俺が初めてショーに出たのは、お前さんくらいの歳の頃だった」 リーニは言った。「もっと若かったかもしれん。『九本鎖のダンス』だった」 そして含み笑いをした。「支柱係が役立たずでな。最初に演技をしたペアは観客の中へ真っ逆さまだった。勿論、そいつらは食われたよ――肉儀場ってのはそういうもんだ――だがリングマスターは全くお気に召さなかった。次のペアは鎖じゃなくて剃刀のワイヤーを歩いてきた。リングマスターの顔は見ものだったぞ」 リーニは大袈裟に驚いた顔をして、手を顔の前に上げて指で足取りを真似してみせた。
「面白くない」 ルニチアは言った。「そういうものでしょ」
「いや、気にしなくていい」 リーニが言った。「何人かは生きて戻ってきた。そいつは鎖歩きとしていい生涯を過ごしたよ。短かったのは確かだが、いい人生だった」

舞台上では一人のダンサーが二つの鉤を使い、並んだ支柱と鎖の間にぶら下がって揺れていた。鉤はそれぞれの手に取りつけられていた。彼女はその身体をまっすぐに強張らせ、一本の支柱を回って勢いをつけると宙へと飛び出し、上方へと弧を描き、鎖を掴むとそれを揺さぶってまた離れた支柱へ、そして即座に方向を変えて舞台の別方向へと飛んだ。
「わかんない、あなたが時々、どうやって一息であんな綺麗な演技をやれちゃうのか」 ルニチアは言った。「そうかと思ったら、あんな野蛮な」
「王道ってもんには可笑しい話があってな」 リーニが言った。「ダンサーは準備に何年も費やす。鉤はそいつの手首に留められてるんじゃない、植え付けられてるんだ。方向を変えるたびに、ダンサーは完璧な苦痛を受ける」
ルニチアはその手で手首に触れた。「怖い」 彼女は言った。
「重圧に耐えるには他のやり方はないのさ」 彼は言った。「厄介なことだが、目を離せないくらい美しい」
「ギルドに入ってない方が安全、なのかな」 彼女は言った。
「安全、ああ、そうだな。安全に曲芸したいのか? だったらストリートで演技することだ。だがラクドスにはそれ以上がある」
少女は再び舞台の方を向いた。「あなたみたいに歳をとれる? 身体が動かなくなるまで演技できる?」
「ラクドスの演者はリングの上では老いない」 リーニが言った。「俺達は身体が動くかぎり正確に動く。技術を得る。傷を得る。動きは鈍るかもしれない、遅くなるかもしれない。でもそれも踊りのうちだ。やるべき演技をやる。皆を笑わせる。俺達の生きざまがどんなものか、どんなに大切なものかを思い知らせる。それがどんなに過酷で短かろうとな。俺達の人生は、贈り物だってことを」
「あなたは、ラクドスが神様だって感じに話すのね」 ルニチアが言った。「栄光はどこにあるの?」
「俺達の命は短い、だがラクドス様は違う」 リーニは言った。「そうだ、人々は娯楽を求める。だがラクドス様を軽視してはいけない。他のギルド創設者九人はラクドス様にギルドを与えた――あの方の血への欲求を満たすために。ラクドス様の真の力を知るのは今やあの火想者だけだ。俺達はラクドス教団、俺達は演じる――生きて死ぬ――ラクドス様を喜ばせるために、だからこそあの方は穏やかに眠りにつかれるんだ」

彼は一枚の紙にサインをし、日付けを書き添えた。「お前は今夜のショーを見た。もし二度と戻って来なくとも、俺は責めない。その理由を忘れないようこの紙を取っておけ。だが、もしかしたらお前は興味をそそられるだろう」
ニコリが松明を両手に持ち、高く張られた鎖を歩き出して演技は始まった。鎖の中央に近づくと、彼はその二本の松明を手から手へと投げ上げて曲芸を始めた。リーニもその手に二本の松明を持って舞台に上がった。ニコリと共に松明を頭上高く、そして前後に操りながら。両者とももはや輪を維持できないように思われた時、ジノーリアが更に二本の松明を持って舞台に現れた。彼女はリーニへと一本ずつ投げると、彼はそれらを曲芸に加えた。
松明はその速度を増し、リーニの手が燃え上がった。リーニの手の炎が大きくなると松明は舞台に落ちたが、制御を失ったのではなかった。それは香炉の煙のように彼の手から流れ出た。左手で炎を球形に整えると、彼はそれを右手で玩び、火球からは尖塔のように炎が噴き出した。
ジノーリアが手にした瓶の中身を一気飲みすると、その指先から黒い液体が滲み出て、粘つく触手となって舞台上にのたくった。リーニとジノーリアは互いの腕を絡ませ、途方もない速さで舞台上を回転し始めた。黒い粘つきは煽られ、回転する刃のように観客の頭上に円を描いた。そして引火するとそれは宙に舞う、輝き燃え立つ飾り紐となった。大気には燃える硫黄の匂いが満ちた。
始めた時のように素早く、リーニの手の炎とジノーリアの黒い触手が引っこみ、二人は床に倒れた。観客は野次と不平を飛ばした。リーニはゆっくりと立ち上がるとお辞儀をして、同じく頭を下げるジノーリアとニコリを指差した。
僅かに残った体力をかき集め、リーニは最期の演技を行うべく奮起した。彼の全人生の演技はこの時のためにあった。これは彼の決して忘れられない演技、誰も見逃すことが許されない演技。鳴り止まない喝采に公演が中断されてしまうほどの、名演劇。

あのデーモンの、低く轟く満足げな含み笑いがホールに響いたような気がした。それが引き金となって観客達の中に苦悶が爆発した、それはルニチアがかつて聞いたどんな音とも違っていた。それがホールを揺さぶる様は恐ろしく、そして奇妙に心地良かった。ルニチアは観客として見ていた、老いも若きもこの出来事を記憶しておこうと苦悶するのを――それを覚えておこうと、それが起こった時に自分達は確かに、直接見ていたのだと。一週間もしないうちに、他のサーカスの何十人もの演者達がその演技を模倣するだろう――だがここの観客達は知っている、最初にそれを見たのは自分達なのだと。ルニチアは悲痛に満たされていた、だが同時に興奮の最中にあった。彼女は理解した、リーニが今自分へと何を伝えようとしているかを。
混沌の最中に舞台裏へと向かい、彼女はリーニの控室で、彼がいかにしてその演技を成し遂げたのかの手がかりを捜そうとした。そこで彼女は薬や軟膏、そしてどこか電気を帯びた、イゼットの目立つ印の付いたほぼ空の瓶を見た。そして知った、どれほどの技術を得ようとも、自分の曲芸は自分一人では叶わないのだろうと――他のギルドから助力を得なければならないと。
ルニチアはリーニの控室から掴めるものを全て掴んで出た。彼女はあの太った司祭、シラーの所へ行くのだろう。きっと彼はルニチアが手にした、リーニの直筆サインを買うだろう、そしてそれらの小間物も。彼女はいくらかのコインと、教会とのコネを得るだろう。彼女を支えてくれる助力、リーニだけでなく、ラクドス教団のあらゆる演者がトップへと昇り詰めるための。そこまでには何年もかかるかもしれない、だが彼女はラクドス本人にされ足を運ばせるかもしれない――ただの含み笑いではなく、歓喜の咆哮を。そのための犠牲など、何でもない。
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