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企画記事
プロツアー『サンダー・ジャンクション』優勝、井川 良彦インタビュー
プロツアー。それは世界各国の地域チャンピオンシップを勝ち上がったプレイヤー(並びに前回のプロツアーで10勝以上の好成績を収めたプレイヤーと精算マッチ・ポイントによる招待選手)だけが足を踏み入れることが許される、全競技マジックプレイヤーの憧れの舞台だ。年に3回のみ開催され、その賞金総額は500,000ドル(約78,000,000円/2024年5月21日時点)にも及ぶ。
そして去る4月26日〜28日には、そんなプロツアー『サンダー・ジャンクション』が開催された。世界中の実力者たちが己の勝利を信じて腕を競うマジックの殿堂で、見事頂きへと至ったのは一人の日本人プレイヤーだった。
その名は井川 良彦。関東を拠点に長年競技マジックをプレイし続けている古参プレイヤーの一人である。
プロツアー・横浜2007で自身初となるプロツアー出場を果たし、その後はプロツアー・サンディエゴ2010でトップ8。その後も順調にキャリアを積み重ね、2020年には世界に名だたる計32名のトッププロたちが年間の成績を競い合うリーグ戦、ライバルズ・リーグ2020に招待されるなど、その戦歴は枚挙に暇がないほどだ。
今年2月に開催されたチャンピオンズカップファイナル シーズン2ラウンド2では見事に優勝を果たしたことで悲願だったタイトル獲得を果たし、続くプロツアーでの優勝。今や日本の競技マジック界を牽引するリーダーの一人と言っても言い過ぎではない。
さて、こうして経歴を書き出すと輝かしい軌跡を歩んでいる井川だが、しかしその歩みは決して平坦ではなかった。むしろ、彼ほど勝負の女神に翻弄されてきたプレイヤーも珍しいと言えよう。
果たして彼はこれまでにどのような軌跡を辿り、今日の成功を掴んだのか。このインタビューでは、プロツアー『サンダー・ジャンクション』優勝者、井川 良彦の足跡を辿っていく。
少年の日の思い出
井川がマジックと出会ったのは中学2年生の冬だった。小学生時代からの親友にマジックの存在を教わったことをきっかけに、仲のいい友人たちとカジュアルに遊ぶようになる。
当時の印象的な思い出について聞くと、「《自然の知識》で《ラッシュウッドの精霊》を出されて負けていた」と語ってくれた。井川たちの間では、森・カード=緑のカード全般であるという認識だったそうだ。井川は「2ターン目に4/4出されて、勝てねえ~って言いながら何度も対戦して……(笑)」と懐かしげに言葉を継いだ。
やがて中学校内ですでにマジックをプレイしていた友人たちと交流するようになり、井川はマジックへとのめり込んでいった。自転車で3分ほどの距離にある友人の家が、当時の井川にとっては決戦の舞台だったという。友人の家にあったゲームぎゃざやデュエリスト・ジャパンを読んでプロ・トーナメントの存在自体は認知していたが、自分とは縁遠い、文字通り別世界の話だった。
在りし日のその友人の部屋で過ごした時間が、しかし少年を魅了し、そして世界で最も尊敬されるマジックプレイヤーの1人へと至らせると想像できた者がいただろうか──。
競技マジックへの一歩
高校進学のタイミングで愛媛から東京へと引っ越した井川は、学業に部活にと青春時代を謳歌しながら、近くのカードショップであるイグニス大泉学園本店にも出入りするようになり、フライデー・ナイト・マジックや店舗大会に参加する形でマジックをプレイし続けていた。
その当時、イグニスには田中 久也やユン・スハン、安富 浩人といった競技志向のプレイヤーも通っていた。井川にとっては初めての「マジックが強いお兄さん」との邂逅だ。彼らとの交流を深め、背を追っていく中で、大学生になるころには井川もまた自然と競技マジックの世界へと足を踏み入れていった。
だが、競技マジックプレイヤーの登竜門とも言えるプロツアー出場の壁は高く厚かった。同世代のプレイヤーである伊藤 敦や高橋 純也、そしてプロツアー『サンダー・ジャンクション』の決勝でも争った高橋 優太らが次々にプロツアー予選やグランプリを勝ち抜いて活躍する中で、井川はプロツアー予選やグランプリに出続けるもなかなか芽が出ない。
井川「プロツアー予選に出始めてすぐの頃から、まあまあな頻度でトップ8に入れちゃってたんだよね。そのせいで自分はセンスあるって勘違いしちゃった。あとは大学時代はバドミントンサークルに入ってて、そっちに注力してたのも大きかったかな。マジック弱いのに努力が足りてなかった」
ときにはグランプリで賞金を獲得したり、プロツアー予選の決勝まで勝ち進むこともあった。しかし、あとちょっとのところで勝ち切れない。同じ時を過ごし、切磋琢磨する仲間たちの背中は少しずつ離れていく。
マジックの楽しみ方は勝利を目指すものばかりではない。しかし競技マジックに取り組む以上、勝利が至上の価値を持つのも事実だ。苦渋を飲む日々は苦しかったのではないか──そう尋ねようとしたが、しかし井川の口から語られる当時の思い出は、微笑ましくも楽しげな輝かしい日々だった。
井川「マジックがおもしろかったから続けてただけ」
悔しさを楽しさで上書きし、挫けずに結果を追い求める。誰より夢中になって楽しんでいたからこそ、誰よりひたむきに努力し続けることができた。
そうして懸命に、ひたむきに努力を続けた結果、プロツアー・横浜2007の前日に開催された直前予選でついに宿願だったプロツアー出場の権利を手に入れるのだった。
ライフステージの変化
念願だったプロツアー初出場を果たした井川だったが、フォーマットに恵まれず(予選はスタンダードだったが、プロツアー本戦のフォーマットは『時のらせん』ブロック構築)結果は惜敗。それから再び2年半もの間、プロツアー予選やグランプリを行脚する日々を送ることとなる。
その頃には大学卒業と就職、そして退職と公務員試験のための勉強……ライフステージも目まぐるしく変化していた。プロツアー進出を目指す努力が実を結び、なんとか参加権利を勝ち取ったプロツアー・サンディエゴ2010では見事にトップ8に入賞する快挙を成し遂げる。その後はシーズン中のプロツアーに継続的に参戦することができるライン、当時の俗称で「グレイビー・トレイン」に乗ることができるまでに勝利を重ねたが、再就職を機にそのグレイビー・トレインから自発的に降りることを選択する。
プロツアー・サンディエゴ2010当時の井川 良彦
プロツアーへの継続参戦を断念するということは自ら選択したことではあったが、マジックへの情熱が失せたというわけではない。むしろ「もっとマジックにコミットしたい」との思いは日に日に募り、やがて転職して晴れる屋(東京都新宿区に本店を持つカードショップ)でメディア運営やイベント主催業務を行うようになった。
井川「競技を続ける上で、周囲の理解は必要不可欠だね」
マジックにかける真摯な情熱。それを理解してくれる環境へと身を置くことで、井川はさらに熱心にマジックに取り組むようになった。ゴールドレベルプロ(かつてのプロ制度において存在していたプレイヤーのランクで、そのシーズン中のすべてのプロツアー参加権利を得ることができる)を目指して国内はもちろん海外のグランプリにも精力的に足を運んだ。
しかし、思うように結果は出ない。2017-2018年シーズンには、目標にしていたゴールドレベル・プロまであとプロポイント1点というところで手が届かず、失意に呑まれて競技マジックから一線を引こうかと考えた。
花開く大輪
井川「あと一歩のところでゴールドレベル・プロ入りを逃してしまって、もう一線を退くつもりでいたんだよ。それでちょうどこのころ、昔からの友だちだったゆうやん(細川 侑也)と夏目 拓哉さんがミシックチャンピオンシップ・クリーブランド2019で初めてのプロツアーデビューすることになったから、彼らと一緒にプロツアーに出たくて、シルバーレベル・プロの報酬はクリーブランドに使おうと思ってたんだ」
通常、プロツアーへの継続参戦を狙うのであればシルバーレベル・プロの報酬である参加権利はシーズン最初のプロツアーに参加するために使うのがプロポイントの損失が最も少なくなる。たとえば2018-2019シーズンであれば、最初のプロツアーとはプロツアー『ラヴニカのギルド』がそれに該当する。
つまり、プロツアーへの継続参戦を考えるのであればシーズン2回目のプロツアーであるミシックチャンピオンシップ・クリーブランド2019でプロツアー参加権利を行使することは合理的な選択とは言えない。「競技マジックから一線を引くなら、せめて仲のいい友人たちと一緒にプロツアーに出て一区切りにしよう」そう考えた矢先だった。
グランプリ・名古屋2018 トップ4(左から松本 友樹、中村 修平、井川 良彦)
松本 友樹と中村 修平の2人とともに出たグランプリ・名古屋2018でチーム戦トップ4に入賞、さらに続くグランプリ・アトランタ2018でトップ8に入賞と立て続けに快勝し、思いがけずミシックチャンピオンシップ・クリーブランド2019の権利を獲得する。つまり、シルバーレベル・プロの報酬であるプロツアー参加権利をミシックチャンピオンシップ・クリーブランド2019で使う必要はない。
プロツアー『ラヴニカのギルド』に参加できる余裕ができた。競技マジックの第一線から身を引こうと考えていたタイミングで、何かに導かれるかのようにその掌に舞い降りてきたプロツアーの出場権利。無論、井川に参加しないという選択肢はなかった。
井川「そのシーズンは他のトーナメントもすごく調子がよかったから、ものすごくツイてたね」
ミシックチャンピオンシップ・クリーブランド2019 トップ8
「ツイてた」と本人は語るが、舞い込んできたチャンスであるミシックチャンピオンシップ・クリーブランド2019では準優勝という好結果を叩き出す。さらに同シーズンのグランプリ・シアトル2019で準優勝を収め、これが単なるフロック(幸運)ではないことをその実力を以て示し続けた。
一躍プラチナレベル・プロへと昇格した井川は、その翌年の2020-2021年シーズンに設けられた新たなプロ制度である「マジック・プロ・リーグ」の2部リーグ、「ライバルズ・リーグ」へと裁量枠で加入を果たす。
ライバルズ・リーグ2020 井川 良彦
井川「当時晴れる屋はすでに退職していて、転職先としてSekappy(※社員全員がカードゲームプレイヤーのIT会社)に入社する予定だったんだけど、ライバルズ・リーグ入りが決まったときに社長だった高桑さん(※高桑 祥広。世界選手権2008団体戦トップ4入賞経験を持つ)から『今はマジックしなよ』と言ってもらえて、入社時期を遅らせてもらったんだ」
ライバルズ・リーグはアメリカ時間に合わせて深夜に対戦と配信を行うことになるため、日中に仕事をしながらリーグに参加するのは非常にハードと言わざるを得ない。
それでも競技マジックに打ち込むようになって15年以上の月日が経過し、ついに掴んだチャンス。井川はマジックへのコミットメントをさらに高めるべく、会社に都合をつけて内定を辞退した。プロとして活動し続けるうえでは、周囲の理解や協力も不可欠なものなのだろうか。
井川「遠征のときなどは休みをもらうこともあるから、周囲の理解は重要だね。でもこれはマジックに限った話ではなくて、人生の優先順位をつけてそれを実現できる環境に身を置くことができるのが理想だよね。それから、理解してもらうための努力も。職種にもよるかもしれないけど、どんな仕事だって普段からサボっていたら休みたいってときに休ませてもらえないだろうし」
すべきこととしたいこと。人生の節目節目で変化していくこれらの優先順位を整理して、必要に応じて適切な環境に身を置く。そしてそのための努力をする。このバランス感覚も井川の持っている武器の一つと言えよう。
だが、井川の最強の切り札は別の部分にある。それこそが、長い競技生活の中でも折れることなく、憧れの場所へ行くために何度でも奮い立つ不屈の闘志だ。勝利を至上とする競技の世界で、惜しいところで勝利を逃してきた日々は辛いものではなかったか。
井川「楽しかったから続けていただけで、根っこのところは中学生のときの『ただ楽しくてマジックで遊んでいた』感覚と同じだよ。目標を持って友だちと練習したりするのが好きだから、無理してたわけではないよ」
ただ楽しくてマジックを遊んでいた記憶。プロツアー王者となった今なお、井川はその地続きにいると語った。友だちに勝ちたいとか、店舗大会で3勝したいと思うのだって目標であり、その試行錯誤をする──それと変わらないのだと。
ところでこのインタビュー中、井川の口から出てきたプレイヤーの名前は20名を超える。彼らは井川とともに腕を磨いたり競ったりしてきた仲間であり戦友たちの名だ。放課後に遊んだ友人、カードショップの仲間、プロツアー予選で何度も顔を合わせたライバル、競技プレイヤーの調整チーム……彼らがいたからこそ今の井川があるというのは言うまでもなかろう。
では同じ目標を持ち、ともに楽しんでマジックに打ち込む仲間を得てコミュニティに属するには、どうすればよいのだろうか。
チャンピオンズカップファイナル シーズン2 ラウンド2にて井川への優勝者インタビュー終了時、井川を祝福するために駆け寄った仲間たち。
井川「普通のことしか言えないけど(笑) あまりコミュニティっていう言葉にとらわれず、近くにいる人を大事にすることが一番大切なんじゃないかな。たとえばカードショップや大会に足を運べば自然と知り合いが増えていくだろうし、そうして仲よくなった友だちと一緒にプレイしているうちに輪も広がっていくと思う。コミュニケーションに近道はないね」
関東の古株プレイヤーの1人として数多くのプロたちと練習や調整を重ねる井川だが、元はフライデー・ナイト・マジックや週末の店舗大会に顔を出していたごく普通のプレイヤーと何ら変わりはない。特別なことをしてきたのではなく、よく見る顔ぶれの一人一人を大切にしてきただけなのだ。
勝てるようになるまで努力し続ける。周囲を大切にする。言うは易いが、万事に通じる奥義でもある。これらを苦にしないことが、井川の最強の才能と言えるのだろう。
そうして筆者は最後に、井川へ今後の目標を尋ねた。プロツアーの頂点に立った今、見えているものはさらなる次のステージ──今年10月の世界選手権だろう。そう思っていた。
井川「世界選手権での優勝!……は、もちろん競技プレイヤーとしての夢だけど、長期的な目標としてはやっぱりプロツアーに継続的に出ることだね。競技マジックが好きで、プロツアーに向けて友だちと調整したり練習したりするのが楽しいから」
井川の次なる目標、それは「挑み続けること」。
かつての少年は、これからも仲間とともに世界を舞台に遊び尽くす。
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