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シェルドン・メネリーの伝説を振り返る

Wizards of the Coast
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2023年9月8日

 

 (編注:9月11日にエピソードを追加しました。)

 シェルドン・メネリー/Sheldon Meneryは、マジックの世界における伝説の人物でした。私たちウィザーズ・オブ・ザ・コースト社員の多くにとって、彼の存在の大きさは言葉で表せるものではありません。彼は同僚であり、導く者であり、提唱者であり、親愛なる友人であり、そして、家族でした。

 シェルドンと知り合えたことで、私たちの人生はより良いものになりました。彼との思い出を、ここに記します。

スコット・ララビー/Scott Larabee

 私がシェルドンと出会う幸運に恵まれたのは、1999年のプロツアー・シカゴでのことでした。彼は当時ベルギーに身をおいていたのですが、彼のことを「知っておいた方が良い」と紹介されたのです。なんとも予言的ですね。

 シェルドンはいつも、「僕のスーパーパワーは友達を選ぶことだ」と言っていました。こんな素敵な褒め言葉が他にあるでしょうか。

 私は1999年の8月を彼とともに過ごしました。彼は自分が置かれた状況に対していつも楽天的でした。

 それから長年にわたって過ごした彼との時間すべてに、私は永遠に感謝することでしょう。彼は本当に唯一無二の人でした。彼と出会った者はみな、良い方向に変わったのです。

 どうか安らかに、兄弟。

 「あんたは突然いなくなっちまった。あんたが足跡を残したすべての人生から。」(ラッシュ「アフターイメージ - Afterimage」より)

ガヴィン・ヴァーヘイ/Gavin Verhey

 私がシェルドン・メネリーを初めて見たのは、13歳のときだった。アメリカ選手権の舞台上でリチャード・ガーフィールド/Richard Garfieldと並んでいた彼は、大判カードでプレイする「Massive Magic」のイベントを開催していた。彼をひと目見た瞬間、その絶大な存在を感じたよ。彼の厳格なジャッジとしての顔は、ふとした瞬間に満面の笑みに変わる。彼がマジックというゲームをどれだけ気にかけ、味わっていたか。1人の人間の中に、このゲームのすべてがあった。彼のことを何も知らない私の母でさえ、その姿を写真に収めてすぐにスクラップブックに貼った。この写真を見れば、そうしたくなるのもわかるだろう。

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 シェルドン・メネリーは、世界そのもののような人だった。

 シェルドンがマジックに与えた影響は計り知れない。ゲーム自体に対してもそれをプレイする人々に対しても、彼の貢献ぶりは小説1冊じゃ語り尽くせないほどだ。近しい友人の1人として、シェルドンは私に本当に多くのことを教えてくれた。統率者戦の個人的な哲学の一端から(誰から攻撃するか決めるときは、いつも頭の中に彼の声が響くよ――「ダイスを振って決めるんじゃなく、誰を攻撃するか真剣に考えろ!」と)、イベントでプレイヤーたちと関わる新しい方法を試すことまで、私は彼と会うたびに様々なことを学んできた。シェルドンが参加するイベントに行くときは、その週末に何を学べるかいつも楽しみにしていた。彼はいつだって印象を残していく人なんだ。

 だがそれが私にとって感動的なことであっても、彼がマジックというゲームに与えた影響の大きさとは比べものにならないだろう。

 シェルドンはジャッジをすることの意味を改めて定義した。そしてその後のトーナメントは、シェルドン以前とは別世界になった。彼はプレイヤーたちとともに最高のトーナメント規定と可能な限りのジャッジ基準を作ろうと試み、良くないふるまいをする者をできる限り捕まえようとした。

 マジックの黎明期は未開のフロンティアのような雰囲気が少しだけあって、多くのプレイヤーが限界に挑み、中には合法的とは言い難いことをした者もいた。シェルドンはそういったことを根絶する新たな道を切り拓いた。中でも私の(そしてシェルドンも)お気に入りのエピソードを1つ話そう。

 シールドで行われる大型大会では、プレイヤーたちが自分でカードを持ち込まず必ずランダムなシールドプールで戦うよう、まずパックを開封して出現したカードをすべてチェックリストに記入し、そのシールドプールはランダムに誰かのものになる。この方法なら、カードプールは誰かが確認したことになるのだ。しかしそこに抜け道を見つけたプレイヤーがいた。登録用紙をもう1枚用意しておけば、あらかじめぶっ壊れたカードプールを書き込んでおけるのだ。

 シェルドンは、自前の登録用紙を持ち込むような悪賢いプレイヤーを捕まえたかった。そこである大型イベントにて、彼はチェックリストにあえて小さな編集ミスを残した。「Birds of Paradise」のところを「Bird of Paradise」にしておいたのだ。S1つを抜くという本当に小さな違いだが……事前に用意したチェックリストにはこのミスはないはずだ! そして第1回戦のときにジャッジ総出でリストを確認し、「Bird"s" of Paradise」と書かれたチェックリストを提出した者を特定。たちの悪いプレイヤーを捕まえた。まさに天才だ!

 これこそ、シェルドンが日々先駆者として行っていたことだった。フォーマットもデッキも、なんなら住む家も、彼はその人生を通して開拓者であり続けた。

 フロリダにあるシェルドンの自宅には、何度も訪れたことがある。直近では1か月ほど前にも行った(行ける機会があって本当に良かったよ)。彼は自身がどんな状況でも、どんな健康状態でも、いつも温かく迎えようとしてくれて、素敵な食事と新たな出会いを用意してくれた。それは最後まで決して疎かにならなかった。

 あるとき、私は彼の家で夜遅くまでともに過ごしていた。彼はソファーに座り、これまでのマジック体験を語っていた。このゲームの始まりから30年の歴史を経て、今にいたるまで。私はシェルドンに、彼が何事にも優れているその秘訣を聞いた。

 そのときの彼の言葉は決して忘れないだろう。「私は何事にも優れてはいないよ。ただ、1つ自慢できることがある。私の周りには素晴らしい人たちがいることだ。そうなればあとは、何とでもなる」

 長きにわたり、私の周りにいる素晴らしい人の1人でいてくれてありがとう、シェルドン。私たちみんながつながっているこのゲームは、君のおかげでこの先もずっと良くなり続ける。そして私も、君のおかげで前に進み続ける。君がどこへ行っても、そこでフェルダグリフに乗れることを願うよ――これまでの努力が報われますように。

アーロン・フォーサイス/Aaron Forsythe

 シェルドン・メネリーとマジックのイベントで一緒になったときは、彼とともに過ごせる時間(ゲームでも食事でも飲みでも)をどうにか作ろうとしていました。そしてその時間は、いつも私の人生にとって有意義でした。彼こそ真の「Most Interesting Man in the World」の体現者でしょう。整えられた身なりに会話のうまさ、白髪交じりの洗練された雰囲気。そして映画や往年の野球選手、ロールプレイングゲーム、レストランについて百科辞典級の知識を持つ彼は、ずいぶん時間に余裕がある人なんだなと思われるかもしれません。ですが彼は確かに人生を精一杯謳歌したものの、決して怠け者ではありませんでした。彼は愛するものをより良くしなければならないという深い義務感に突き動かされ、愛する者と他にも数え切れないほどの人々とってより良い世界を作り上げてきたのです。

 彼がマジックに与えた影響は、記録されてしかるべきでしょう。中でも私にとって際立つのは、彼が何時間、何週間、何年と育成と普及に捧げたフォーマット、エルダー・ドラゴン・ハイランダー(のちの統率者戦)です。このフォーマットは、それまで散在していて私たちウィザーズが把握するのに苦労していた顧客層をひとつにまとめ上げ、「声」を与えました。そしてその層があげる声は大きく、また多くなっていき、今や最も大きく活発なほどです。彼はこのことに気づいていたのかもしれない、と表現するのは、控えめに過ぎるでしょうか。

 ゲームを作る側に立つと、プレイヤーがただ楽しいからプレイしているゲームが良いものであることに気づきます。シェルドンは、マジックもそういうゲームであることを私たちに思い出させてくれるのです。彼の奥さまであるグレッチェン/Gretchen氏、統率者戦ルール委員会の皆さま、シェルドンと近しい関係にあった皆さまに、心からお悔やみ申し上げます。

トリック・ジャレット/Trick Jarrett

 死と弔いは、決して楽なことではありません。人生から誰かを失うことは苦しいです。

 ですがシェルドンの場合は、彼の快活な生き様がその苦しみをいくらか和らげてくれる気がします。シェルドンは、徹底的に楽しむのが人生の秘訣であると悟りました。良き人々に囲まれ、自身の人生を楽しむこと。そしてそれ以上に、他の人が人生を楽しめるよう動くこと。他者を高めること。模範として先を行き、可能な限り多くの人に前向きな影響を与えること。物事をより良くするために働くこと……

 もう統率者戦のテーブルで彼と向かい合って座れないことを、悲しく思います。ゲーム中のくだらない出来事の連続に楽しそうに笑う姿や、こちらのクリーチャーを奪って攻撃する前に「自業自得だな」と嬉しそうに笑う顔が見られないのは寂しいですね。

 私の人生は多くの幸運に恵まれています。シェルドンを友人と呼べたことも、私の幸運の1つとして永遠に刻み続けるでしょう。

 さようなら、シェルドン。

サラ・モックス/Sara Mox

 私がシェルドンと出会う前、彼と近しい人たちが口々に私に伝えました。「きっと意気投合するから、彼と会うべきだ」と。彼らのその熱量こそ、シェルドンとともに過ごす時間がいつもどのように感じられるのかを証明していたと思います。ボードゲームをプレイするときも(一度、ゲーム中に遅いプレイの警告を出すフリをしたことがあるのですが、彼は「お嬢さん、遅いプレイの警告を発明したのが私なんだよ」と返したのを覚えています)、おいしい食事をともにするときも、マジックのジャッジ・コミュニティや統率者戦コミュニティで忙しく働くときも、彼はいつも私を支え、元気づけてくれました。

 公平で平等なマジック・コミュニティを築くという彼の飽くなき探究心と、人生を謳歌する姿勢は、私も見習って持ち続けたいと思います。

 シェルドン、本当にありがとう。あなたは私の教父であり、英雄であり、私を高めてくれる存在でしたが、それ以上に私の大切な友人でした。寂しくなりますね。

エリック・レヴィン/Eric Levine

 リーダーとしても人間としても、シェルドンはインスピレーションを与えてくれる人でした。マジックのジャッジの一員として、私は彼を尊敬していました。神話の登場人物としてではなく、誰もが見習うべき人物として。シェルドンは親切で思いやりのあるリーダーであり、適切なタイミングで適切な意見を言える能力もその優しさの一端でした。彼はいつも、新しいジャッジを仲間に入れる方法を模索していました。あるときはその人の学びや成長につながる新しい役割を見つけてやり、またあるときは1日の終わりにEDHのゲーム卓を用意するという風に。

 私もそうして2008年に仲間に入ったジャッジの1人であり、当時の私は私を受け入れてくれるコミュニティを強く求めていました。私がシェルドンと彼のコミュニティから受けた歓迎ぶりは素晴らしく、私はこの精神をできる限り長く受け継いでいこうと自分に固く誓いました。そう感じたのは、もちろん私だけではないはずです。

 シェルドンがマジックのジャッジ・コミュニティや統率者戦コミュニティ、そしてマジック・コミュニティ全体に与えた影響は、私や他にも数え切れない人々が居場所を見つける助けになりました。彼の努力がなかったら、今の私は文字通り存在していなかったと言っても過言ではありません。ありがとう、シェルドン。あなたのすべてに感謝します。

コーリー・ボーウェン/Corey Bowen

 シェルドンには、彼と話すと誰もが彼のことを旧友のように感じられるという驚くべき力がありました。私はシェルドンと長い付き合いにあるわけではありませんが、ウィザーズではかなり密接に仕事をしました。彼の暖かな雰囲気と、挨拶に来た人全員に惜しみなく愛を与えていたのを思い出します。彼は優雅で、しっかりしていて、カリスマ性があり、誰でも歓迎する人でした。彼は他のプロジェクトと並行して『統率者(2021年版)』のシルバークイルのデッキを手がけましたが、彼がデザインしたカードと一緒に私がデザインした《墨盾》も印刷できたことを嬉しく思います。そのカードは、シェルドンのお気に入りのデッキを思い出してデザインした1枚でした。彼が興味をそそられたプレイスタイルを、新品のカードで表現したかったのです。

 彼がウィザーズを離れてから1か月後に、突然Discordで彼からのメッセージが届きました。ちょうど私が手がけたプロジェクトが発売されたばかりであり、それに対する意見やコミュニティの懸念を伝えたり、私がどう思っているか知りたがっていたりするのではないかと、私は心配になりました。ですがもちろんそんなことは一切なく、シェルドンは調子はどうだと様子をうかがっただけでした。友人に声をかけるようなささやかなものでしたが、とても実りある出来事でした。私たちがシェルドンから学べることはたくさんあります。彼と関わった者全員が、何か価値あるものを得たのだと私は心から信じています。

アダム・スティボルスキー/Adam Styborski

 2012年の「Gen Con」で私が出会ったのは、そのときすでにマジックのライターとして10年以上の経験を積んでいる人物だった。ほとんどのプレイヤーは、彼のことを2000年代のプロツアーという「開拓地時代」に法を定めた保安官のような人だと認識していたが、私は統率者戦フォーマットを伝えるために(記事やソーシャルメディア、その他どこでも)たゆまぬ努力と熱意を注いだ人物として、シェルドンを認識していた。あるいはその物語のささやかな始まり方や、他人と遊ぶときの理念、人それぞれのデッキがもたらす幅広さと個性、彼のお気に入りのデッキ「You Did This To Yourself」の巧みさで、シェルドンという人物を知っていた。

 シェルドンはまさに私の統率者であった。彼がダメージ反射》で突然致死量のダメージを叩き出す姿は、私がフレイバーたっぷりで派手で、予想外のことをやるデッキを組む際のビジョンに深く刻まれている。

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 誰もがシェルドンのことを知っていて、それぞれに彼との思い出があり、彼と話すときは笑顔になった。そんな彼とマジックや統率者戦への情熱を分かち合えたことは、何よりの名誉だ。コミュニティの柱の1本である人物の話を10年以上にわたって聞いて学ぶことができたのは、光栄だった。

 彼の伝説は次の10年やその先も語り継がれるだろう。寂しくなるし、何度も思い出すことになるよ。

ブレイク・ラスムッセン/Blake Rasmussen

 私が初めてシェルドンを知ったのは、彼がマジックにおけるセカンド・キャリアとして、活動の場をジャッジからカバレージ・チームへ移していたときでした。当時の私はマジックの広い世界に足を踏み入れたばかりで、一方のシェルドンはプロツアーにおける最高のジャッジとしての立場と、当時はまだエルダー・ドラゴン・ハイランダーと呼ばれていたフォーマットの熱烈な支持者としての立場を確立していました。しかし彼はその経験の差を一切見せつけることなく、私だけでなく私の周りの人にも敬意と親しみを持って接してくれました。彼の話し方は、まるでこれまでずっと知り合いであったかのように感じさせます。マジックをプレイしていた人はみな、彼の仲間だったのです。

 彼に感じた畏敬の念は忘れません。彼は真にルネサンスを起こす人物であり、何から何まで知り尽くしているかのようでした。ワインについては雄弁に、スポーツについては情熱的に、そしてマジックについては確信を持って語る人でした。出会ってから10年以上経っても、彼が近くにいるとどこか畏敬の念を感じていました。彼は自身の情熱に生き、自身の情熱を愛し、そのことをいたるところで堂々と、喜びをもって表現していました。シェルドンが何人もいれば、世界はもっと良くなるでしょう。しかし彼は、唯一無二の存在だったのです。

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