READING

戦略記事

岩SHOWの「デイリー・デッキ」

2000ティンカー:連載2,000回目、2000年の世界王者(特別企画)

岩SHOW


 毎度どうも!岩SHOWです。今回のデイリー・デッキは特別回で好きにやらせていただけるとのことで……普段から好きにやってるだろって?間違いないっすな。

 今回はちょっと節目の回ってやつでして……2,000回目のね。そう、2,000!いや~ここまできたか。2,000ってなんか縁起の良い数字……と思うのは野球好きだからかな。通算2,000本安打記録してる選手はレジェンド感が増すもんな。基本的に週5回の更新で2,000回。もしかしたら多少数え間違えているかもしれないが、盛っていることはない……はず。何せそれなりの期間連載させてもらっているから、原稿を作成しているPCが途中で代替わりしていたりする。まあ厳密にはちょっと前に2,000回を過ぎてしまっていたとしても、今回が2,000回記念ってことでどうぞよろしく!ここまで読んでくれた皆さんに心からの感謝を。マジックが大好きな皆さんがいなければ、このコラムもここまで続くことはなかったのだからね……ありがとう~ッ!

 さて2,000回目。過去には500、1,000、1,500……と思い出のデッキや大好きなカード、アーティストにフォーカスした企画をお届けさせていただいた。今回はどうしようかなぁ~2,000だもんなぁ。もうすぐ西暦に並んじゃうよな……西暦、そうか。2000年の頃に戻ってみるってのは良いんじゃないか?2000年といえば、スタンダード環境は『ウルザズ・サーガ』~『プロフェシー』までのエキスパンションと基本セットの『第6版』の頃。秋に『インベイジョン』がリリースされてローテーション……マジック一番好きな時代はいつかと問われたら、かなり悩むけど多分ここ!当時は中学3年生。進路というものを自分で決めて進むという人生のちょっとした転換点。感受性も最も豊かなタイミングだろう。

 当時の僕といえばマジックをはじめて2年ほど経った頃で、もうのめり込んでいるなんてもんじゃない。脳内は常にマジックでパンパンだった。部活動はあまり打ち込めずに退部していたので、学校が終われば家帰って大体即マジック。自宅、あるいは友人宅、多くの場合は公民館のフリースペースで。各々が構築済みデッキの箱だったり、あるいは輪ゴムで止めたデッキを持ち寄って時にワイワイ、時に真剣にじっくりと。目の前の一ゲームの勝敗に一喜一憂していたものだ。もちろんスリーブなんてものはせずにカードは裸で。故にシャッフルを重ねて角はぼろくなるしものによってはテキスト面がかすれだしたりもしていた。が、そんなことは全く気にならない。当時はスリーブは今のように普及しておらず、メーカーもほぼ一社のみ。中学生のお小遣いから見ればちょっとした高級品だった。今の時代は誰でも気軽にすぐにスリーブが手に入れられて、カードを綺麗なままで保つことができる。良い時代と思う反面、ボロボロになった当時の基本土地を今見ると「裸のカードで遊んでた頃も良いもんだったよな」とも思う。意外と今でも使用に耐える状態だったりして、何時までも残ってくれるマジックのカードは本当に宝だなと実感する。

 のめり込むというのは、単純にプレイするだけに留まらなかったことを意味する。寝ても覚めても脳内はマジック一色だ。そしてその脳内に溢れ出た感情をノートに書き連ねるようにまでなった。

 さすがに現物は残っていないのでイメージ画像だが、まあこんなことをやっていた。若かりし頃にマジックに触れた人間なら、熱量の差こそあれ皆やってるんじゃないのかな?誰に見せるでもないのに、自分の理想のデッキリストを書いたりして……こんなことやってた時間をもうちょっとでも勉強に割いていたらと思わないでもない(笑)。ただカードで対戦するだけではなく、そこに至るまでの準備の時間さえもこんなに楽しい。とんでもないゲームだなマジックは!と、こんなすごいものに熱中している自分は、一歩進んでるんじゃないか?なんて思春期特有の謎の優越感なんかも感じたりして。当時のマジックを扱っていた国内誌や海外誌の翻訳版などから得た情報を自分なりに解釈して、その思考をああでもないこうでもないと書き綴り……結局何がしたいのか、何が言いたいのかわからない文章でノートを浪費する。テストを早く解き終わったら、問題プリントの裏にサイドボード案とか書いたりしてたな。だから勉強しろと何度言ったらわかるんだと。

 そんなマジックにハマり倒していた2000年。このぐらいの時期からグランプリやプロツアーの上位入賞デッキを参考にするようになった。雑誌だったり、たまに学校のパソコン室でインターネットを触れる時に有志の作成したホームページに飛んだりして、当時のプロシーンで流行りのデッキを確認していた。そういったプロの戦う世界はあまりにも遠く、どうやって辿り着くのか見当もつかなかったが(雑誌の付録のはがきでイベント参加の予約をしていた。今のプレイヤーには信じられないだろう)、プロの作り上げたデッキリストの美しさには魅了されたものだ。ジョン・フィンケル/Jon Finkelやカイ・ブッディ/Kai Buddeといった世界最強クラスのプレイヤーの名前もこの時期から把握するようになった。特にこの二人は当時のあらゆるイベントで勝っていたので、その名前が脳に刷り込まれた。今考えてもあんなに勝ってたのは激ヤバだ。そんなフィンケルが世界の頂点に立ったのがこの2000年。世界選手権2000優勝デッキ、「ティンカー」は……嗚呼、今見てもうっとりする逸品だ。

Jon Finkel - 「ティンカー」
世界選手権2000 優勝 / スタンダード(当時) (2000年8月6日)[MO] [ARENA]
4《サプラーツォの岩礁
4《リシャーダの港
4《水晶鉱脈
9《
-土地(21)-

4《金属細工師
4《マスティコア
1《ファイレクシアの巨像
-クリーチャー(9)-
4《渦まく知識
4《修繕
4《厳かなモノリス
4《スランの発電機
4《通電式キー
4《からみつく鉄線
4《ファイレクシアの処理装置
1《ミシュラのらせん
1《崩れゆく聖域
-呪文(30)-
4《無効
4《誤算
4《寒け
1《ミシュラのらせん
2《水位の上昇
-サイドボード(15)-
MTGTop8 より引用)

 

 ティンカーこと《修繕》をキーカードとした青単……性格には茶単だな。旧枠と呼ばれるマジック初期のカード枠ではアーティファクトは茶色だったため、それが大多数を占めるデッキは〇茶単と呼ばれた。この青茶単は《修繕》でアーティファクトを生け贄に捧げ、より強力なものを直接戦場に出すパワフルすぎるサーチ機構を武器としている。クリーチャーにダメージを飛ばせて再生も持つ、当時のスタンダードで最強カードの呼び声も高かった《マスティコア》をいつでも戦場に出せるため、青単色ながら盤面のコントロール力は抜群。

 《修繕》で《ファイレクシアの巨像》のようなヘビー級のカードもすぐさま戦場に出せるのだが、マナを支払って唱えることもできるように《スランの発電機》のようなマナ加速アーティファクトを多数備えている。中でも《厳かなモノリス》はマナ効率が断トツで、今でもこれほど優れたものは数えるほどしかない。通常の形ではアンタップしないため使い捨てのマナ加速のようなものだが、1回使ってから《修繕》のコストに充てるのは非常にスマート。あるいは《通電式キー》でアンタップすれば毎ターン使えて、対戦相手と圧倒的なマナの差を生みだすことができる。このキーとさらに相性が良いのが《金属細工師》。手札のアーティファクトを公開してそれ1枚につき無色マナ2つを加える……茶単であれば平然と8マナとか10マナ加えてしまう。これがキーでアンタップしたら……ヤーバいでしょ。もう手が付けられんぞ。キーは《ファイレクシアの巨像》だったり他のアーティファクトをアンタップするためにも使う、超便利カードで当時のプレイヤーにとってはウルザ時代の象徴だったものだ。

 溢れるマナの使い道は……《マスティコア》のダメージ砲撃に注ぎ込んだり、《ミシュラのらせん》で対戦相手の土地をタップ。アップキープに起動することでメインでの行動を防ぎ、《からみつく鉄線》でアンタップも阻害するという鬼のロックを仕掛けることも可能だ。そして最も派手なカードが……《ファイレクシアの処理装置》!ライフを好きなだけ支払って、以降はそのライフ分のサイズのミニオン・トークンを生成し続けられる。10点支払って10/10を量産するとか、憧れたもんだなぁ。この処理装置に全力でライフを注ぎ込んで、その上で《崩れゆく聖域》を設置するのがまたカッコよすぎて、自分でもやってみたいムーブNo.1だった。プレイヤーがダメージを受ける代わりにライブラリーが追放されていくようになるこの聖域。こちらは超デカトークンでぼっこぼっことライブラリーを削り取っていけるので、一方的すぎるダメージレースを仕掛けられるという寸法だ。えげつない!

 この「ティンカー」デッキで世界の頂点に立ったフィンケル、そして彼と同型のデッキで決勝を戦ったというボブ・メイヤー/Bob Maher。世界の強豪同士の戦い、青いシャツとネクタイでスタイリッシュに決めたフィンケルが勝利しトロフィーを掲げる写真……いつか僕もこの舞台に!と、思わなかったといえば嘘になる。そんな少年時代、2000年から24年が経過した。結局プレイングは中学生の頃から成長することはなく、今でもカードに書いてあることを見落として負け続ける日々を送っているが……でも夢は別の形で叶ったかな。世界選手権の会場に足を踏み入れることができたし、憧れのフィンケルに握手もしてもらった。彼のプロツアーの試合を実況することも出来たし、長き時を経て最高のデッキをこうして紹介する機会も得た。なんでも長くやってみるもんだな。

 ある日突然次元が捻じれて《ウギンのきずな》に迷い込んでしまい、2000年にタイムスリップしたら……24年前の自分と出会ったとして、将来自分はどんなことを経験しているのかと聞かれたら、何と答えるだろうか。うーん「24年後も同じこと、やってるよ」としか言えないか。それを知ったとして、少年時代の自分がとる行動は変わるだろうか。プロレスラーとかお笑い芸人、動物園の飼育員……人並みに色々あった、なりたい自分。僕の運命は再編されるかな?それはそれでまた良い人生が待っているんだろう。でも、結局はマジックをずっと続けてる気がするなぁ。色んな価値観が変わったけど、好きなカードやデッキは変わってないもんな。その数は今後も増えていくのだろう。こんな自分語りに最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

  • この記事をシェアする

RANKING

NEWEST

CATEGORY

BACK NUMBER

サイト内検索