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ニューカペナ・チャンピオンシップ

インタビュー

王者が歩んだ16年

 

 プロツアーのトロフィーをその手で掴むこと、それはヤン・メルケル/Jan Merkelにとって、あまり見ることのない夢だった。17歳の若きプレイヤーは、これから段々と大きな競技イベントへと挑戦するんだと胸を躍らせながら、プロツアー・神戸2006への招待を懸けた予選へと挑んだ。初めて母国を離れるフライトに搭乗したときですら、メルケルは自分が身をもって体験したことのみから学ぼうとしたのだ。

 しかしながら、皆さんが既にご存知のように、歴史は彼の想像とは異なる物語を紡ぎ出したのだ。その17歳の青年は、『時のらせん』ブースター・ドラフトを戦い抜き、自身初の出場となるプロツアーで誰しもの、そしてメルケル自身もの期待を超えて優勝を果たす。そしてヨーロッパの競技シーンでの礎を気づいたのだ。

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プロツアー・神戸2006優勝、ヤン・メルケル

 

 そして16年が経った今、メルケルは再び王座へと帰還する。近年目覚ましい活躍を遂げていたメルケルの勢いは「ニューカペナ・チャンピオンシップ」でも加速を見せ、サイモン・ニールセン/Simon Nielsenとの2マッチ先取となるタイトルマッチを制して2度目の戴冠を果たしたのだ。

「イベント中は何度も幸運に恵まれましたから、それに関してはとても誇らしく思いますし、とても感謝もしています」 トップ8での激闘を終えたメルケルはこう答えた。「最初に賞金のことが頭に浮かびましたね。でも、終わった後には勝てたことにほっとしました」

 優勝を祝うツイートは時間通りに投稿され、内容は至ってシンプルであった。

 タイトルマッチの終了時刻が午前4時であったことも、その安堵感に拍車をかけたが、大一番を終えたあともメルケルはトーナメントが始まる前と同じ顔を見せていた。マジックのオンラインイベントにおいて、彼はMTGアリーナのハイレベルなトーナメントという完璧な居場所を見つけた。10代の頃、母親が年上のチームメイトと連絡を取り合い、彼がひとりで空港を移動できることを確認しながら、世界中を飛び回っていた頃とは大違いだ。

 ひとりのチャンピオンが、十数年の時を経てもう片腕にトロフィーを抱いた。メルケルには2つの物語があるという見方もできる。故郷を遠く離れた最初の旅でプロツアー初優勝を果たし、マジック界に新たな火を灯した青年がいた。若き天才たちが集い、かつてないほど厳しい戦いが繰り広げられ、未知が渦巻くフィールドだ。彼はプロツアーを席巻し、次のカイ・ブッディ/Kai Buddeとなるプレイヤーなのだろうか? あらゆる世代のプレイヤーが羨望の眼差しで振り返るような、初プロツアーでの優勝という夢のように完璧なシナリオは、彼が二度と望めないような偶然の産物なのだろうか?

 このような疑問は、これまでも大成を成し遂げたものにつきまとってきたものだが、若くしてそのような成功を経験した人にとっては、なおのことだろう。プロツアー王者となるために戦うプレッシャーと、当時の製品に同梱されていたプロツアー・プレイヤー・カードにその姿が載ったチャンピオンとしてプレイするプレッシャーは、全く異なる。メルケルよりも経験豊富なプレイヤーの中にすら、そのプレッシャーに耐えられないと感じる人もいたほどだ。

 しかし、「ニューカペナ・チャンピオンシップ」の激闘を制し、見事王者に輝いたヤン・メルケルと、「プロツアー・神戸2006」で優勝という鮮烈なデビューを果たした若きプレイヤーはあまり変わらない。

「マジックについては、今も当時と同じように考えています。たぶん、一番の違いは、デッキ構築が確実にうまくなったことですね」 彼はこう答えた。「17歳の頃はマジックについて考える時間が長かったけど、それは今も変わりません」 この2年間、メルケルの活躍を追いかけてきた者であれば、期待通りでわかりやすい答えだ。

 大人が10代の自分を振り返って「一緒にやっていた」と言えることはそうそうないが、若きメルケルの育てたコミュニティは、約20年後に彼が再び頂点に立つことを可能にしたコミュニティと同じものである。(参考記事:英語)

「当時、ハンブルクでは間違いなく適切な時期に適切な場所にいて、仲間や他のプレイヤーたちが私に必要なアドバイスをくれました」と彼は回想する。「私はそれを前向きにとらえることができたのです。私は多くの上手で経験豊富なプレイヤーとともにテストをしたので、それがいかに特別なものかを知っていました。最高のプレイヤーでさえ、300~500人が参加するトーナメントで優勝するのは1%くらいしかないだろうと。」

『マジックが得意な人に話を聞くと、適切な人に助けてもらって初めて上達が得られると言うだろう。』

 それは、メルケルが競技シーンに復帰してから実証したことだ。彼のテーブルトップでのキャリアは神戸で登り詰めた高みへ再び到達することはなかったが、彼はオンラインの場で力を発揮し、最恐のオンライン・グラインダーたちとチームを組んでその勢力を伸ばした。この中にはメルケルとともに「第28回マジック世界選手権」へと出場するローガン・ネトルズ/Logan Nettlesも含まれている。

募る不安と溜まる疲労を感じながら素晴らしい対戦の模様を見ている間に、多大な貢献をしてくれてた最高のチームメイトたちに感謝を伝えます!@JPAnghelescu @GuI_Dukat @McWinSauce そして最高のプレイヤー @Jaberwock。私が収めた成功の大半は彼のおかげです。

 メルケルにとっては15年ぶりのトップフィニッシュだが、これをカムバックと呼ぶのはおこがましい。

「競技イベントに再び力を入れたことだと思います」と彼は説明する。「私はずっと紙よりもオンラインでマジックをプレイするのが好きで、ゲームから離れているときでもずっとMagic Onlineはプレイしていました。最近、すべての競技がオンラインに移行しましたが、これは私にとって本当に良いことでしたね。遠征するととても疲れてしまいますからね。家で朝4時に対戦するのは、時差ボケで朝4時に起きるのよりマシなんですよ。」

みんな若く見えるね。

(引用元)ヤン・メルケルは15年前の今日は、「プロツアー・神戸2006」でウィリー・エデル/Willy Edelと決勝で対峙した日。
『時のらせん』ブースター・ドラフトで行われたこのイベントは、メルケルが《塩水の精霊》を変異させて盤面を制した4ゲーム目に幕を下ろした。
これでメルケルは初のプロツアーで優勝を飾った数少ないプレイヤーの1人になったのだ!

 周囲の環境は変わっても、メルケルはプロツアーのトロフィーを手にしたときと同じように、自分自身の在り方やマジックのキャリアを固定してしまうことはなかった。神戸で優勝したときと同じ視点を持ち続けており、この数年間は過去の栄光を取り戻すことを目的に取り組んでいるわけではなかったのだ。彼の目が捉えているのは、彼によってもっとシンプルで、充足感のあるものだ。

「オンラインになったことで、また競技としてプレイすることを考えるようになりましたし、全力で取り組めば再び頂点へ立てるかどうか本気で試せました―結果、それが成就しましたね」 メルケルは笑顔でそう付け加えた。

 そのことは、2020年以降の競技マジックを追っている人なら誰でもわかるだろう。メルケルは「『ゼンディカーの夜明け』チャンピオンシップ」で競技シーンへの復帰を宣言し、その名を再び世に知らしめると、すぐにMagic Online Champions Showcaseでの優勝でそれをより強固なものとした。

 「第27回マジック世界選手権」では、世界最高峰のプレイヤーたちとの熱戦を勝ち抜き、ジャン=エマニュエル・ドゥプラ/Jean-Emmanuel Depraz、そして王者に輝いた高橋優太に続く3位入賞を果たしたのである。

 「プロツアー・神戸2006」を制したこの10代のプレイヤーは、世界で通用するプレイヤーになるのだろうか、という疑問が残っていたならば、それはものの見事に払拭された。メルケルはこれで、2020年の復帰以来3度目のトップ8入り、通算4度目のタイトル獲得となり、このタイトル獲得によって「第28回マジック世界選手権」に最も優れたプレイヤーの1人として参戦することになる。

「前回の世界選手権では、あと2~3試合でトロフィーに手が届きました。出場できただけでも幸運なことですし、とても楽しみましたよ。優勝まであと少しのところまで行けましたしね」 最後にメルケルはこう言った。「またあの場所へと再び立てることをとても楽しみにしていますよ」

#SNCChamps 優勝はヤン・メルケル!
初めてプロツアーで優勝してから16年、メルケルは圧巻のプレイで再びトロフィーをその手に勝ち取りました。
ヤン、優勝おめでとう! そして、世界選手権でまた会いましょう!

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