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プロツアー『ローウィンの昏明』

2025年プレイヤー・オブ・ザ・イヤー 行弘 賢
2026年1月30日
2019年に行弘がマジック・プロリーグへの出場権を獲得したとき、彼は行う選択から「プレイヤーもアナリストも等しく困惑させる」プレイヤーだと評されていた。当時、それはある意味では的確な表現だった。彼のマジックの歩みは、到達した者がごくわずかで、そもそも思い描いた者すら少ないような複数の偉業によって形作られていたためである。
まずは前者から見ていこう。彼が最高峰の舞台で『マジック』を競う数十人の一人として誰もが知る存在になった頃には、行弘はすでに殿堂級に迫る実績を積み上げていた。グランプリのトップ8が10回、プロツアーでのトップフィニッシュが3回だ。さらに2018年の日本選手権でもトップ8入りを果たしており、行弘のキャリア実績は、日本の名だたるプロの中でも高く評価されるものだった。それでも、最も重要な瞬間に関してはどこか蚊帳の外にいるような立場であることが多く、最高レベルのタイトルに手が届かないまま、仲間たちを応援する側に回っていた。
「周りの天才たちを見たとき、自分は人生で彼らと同じことを達成できるのかと、差を感じることもありました。」と、行弘賢は階段を上っていった日々を振り返りながら語った。
そして、行弘のより一風変わった実績が彼の代名詞となった。彼がトップ8に入った3回のプロツアーでは、トップ8の中で彼が使ったアーキタイプを使用していたのは彼ただ一人だったのだ。今ほどデータの集計が効率的ではなかった当時でさえ、これほど一貫してメタゲームを掌握することは前例がなかった。大規模大会で一度だけメタゲームを読み切れるプレイヤーは大勢いるが、それを複数回やれるプレイヤーやチームはぐっと少なくなる。それを3回、しかも毎回自分のペースで成し遂げるのは、まさにマジックの伝説級の所業である。
もしこの頂点が行弘の旅の終点だったとしても、日本のマジック界で彼が憧れていたほんの一握りのヒーローたちと肩を並べる成果になっていただろう。しかし行弘の旅は、そこからが本当の始まりであった。王道の実績も、唯一無二の実績も、どちらも積み上げていったのだ。
照合できる記録が残っているかは分からないが、行弘の「トップ8でそのデッキの使用者が自分だけ」という出場歴について、興味深い事実がある。行弘は競技マジックの頂点へと上り詰め、多くのデッキビルダーが人脈を得てより良いデータにアクセスできる世界に入った。ところが、そうしたデッキビルダーは往々にして、想定された「最強」のデッキへと回帰しがちである。行弘の超人的な才能は、メタゲームを根底から覆す必要はないが、その週末のメタゲームに勝てるデッキを選び、常に使いこなす力にあったのである。
その後の「ミシックチャンピオンシップV」と「プレイヤーズツアー・名古屋」での2回のトップフィニッシュでも、彼はまたしても「トップ8で自分だけがそのデッキの使用者」という結果を残した。統計的には驚き(とはいえ衝撃とまでは言わないかもしれない)であった。あるデッキの「唯一のトップ8プレイヤー」としてトップフィニッシュを5回記録した? これは歴代級のマジックの履歴書である。
その最後のトップフィニッシュは2020年のことだった。パンデミックは現実世界とともに『マジック』の世界も大きく揺さぶり、しばらくの間、行弘の名はプロツアー・サンデーの舞台から遠ざかった。けれども、ここでもまた行弘は「これから」であった。2025年の「プロツアー『マジック:ザ・ギャザリング——FINAL FANTASY』」で鮮烈に復帰し、さらに高みへと駆け上がったのである。
行弘賢の「唯一デッキ」連続は続かなかったが、成功は続いた。ラスベガスでのプロツアーでは、トップ8に入った4人の赤単アグロ使いの一人であった。今回は、人気プレイヤーとして早々に姿を消すことはない。今回は、最後まで行き切るのである。赤単アグロのミラーマッチでアンディ・ガルシア=ロモ/Andy Garcia-Romoとリウ ユーチェン/Yuchen Liuを下し、決勝ではイアン・ロブ/Ian Robbをストレートで退けて、プロツアーのトロフィーを手にしたのである。
「プロツアーという生涯の目標を達成できて、本当に興奮しています。」と、行弘賢はあの決着の数日後に語った。「これまで支えてくれて、応援してくれた皆に感謝の気持ちでいっぱいです。」
当時、これは行弘賢にとってキャリアを決定づけるタイトルに感じられた。というのも、その勝利は年初のプレミアイベントである「プロツアー『霊気走破』」での10位入賞に続くものであったからだ。この2つのプロツアーの結果により、行弘賢はシーズン後半へ向けて強い立場を得た。そして第31回マジック世界選手権が訪れたとき、彼はプレイヤー・オブ・ザ・イヤー争いに加わっていた。それは単に、日本の歴代の偉大なプレイヤーたちと並んで歴史に名を刻むだけではない。かつて日本が手にしていながら2012年以降は取り戻せていなかったその称号を、日本のコミュニティへ持ち帰ることすら可能な立ち位置であったのである。
世界選手権でそのすべてが懸かる中、行弘賢は再びこの大舞台で結果を出した。第31回マジック世界選手権でまたしてもトップ8に入り、そのままタイトルを勝ち取ったのである。これでキャリア通算9回目のトップフィニッシュとなり、歴代のトップフィニッシュ回数でもトップ10に入った。いま彼は2026年のプロツアー『ローウィンの昏明』へ向かいながら、2009年の初めてのグランプリ・トップ8入賞以来、長らく待たれてきた評価を受け取ろうとしている。
「プレイヤー・オブ・ザ・イヤーになることは、プレイヤーとして憧れていたことであり、自分自身に課した目標でした」と、行弘賢は2025年という信じがたい一年を振り返りながら語ってくれた。「しかしプレイヤー・オブ・ザ・イヤーになったことで、人は共に歩んでくれるコミュニティに感謝すべきだということ、そして成長し続ければ、いつか夢は叶うのだということを学びました。これからも、チームメイトとともにプレイヤーとして成長し続け、プレイヤー・オブ・ザ・イヤーの称号にふさわしい、自分が誇れるプレイヤーになりたいです。」
「プロツアー『マジック:ザ・ギャザリング——FINAL FANTASY』」優勝者、行弘賢
行弘賢が『マジック』をプレイする喜びは、誰の目にも明らかであり、周囲に伝染するものである。魅力は勝利だけではない。プロツアーという舞台で、ただ『マジック』をプレイしているだけで心から楽しんでいることが、ファンに愛される理由である。もちろん、とびきりクールなデッキの存在も無関係ではない。だが「プロツアー『異界月』」のトップ8で《約束された終末、エムラクール》へランプしていようと、「プロツアー『マジック:ザ・ギャザリング——FINAL FANTASY』」のトップ8で《心火の英雄》を唱えていようと、行弘賢の旅は世界中を巡り、世界規模のファンを獲得してきた。2026年の『マジック』が動き出す中で、行弘賢は「プロツアー『ローウィンの昏明』」へ臨み、自分の瞬間を楽しむ準備ができている。カイ・ブッディ・プレイヤー・オブ・ザ・イヤー・トロフィーは日本へ戻った。行弘賢はマジックを象徴する顔の一人であり、そして彼はいつも笑っているのである。
PTのデッキサブミット。リッチモンド、行ってきます!
— 行弘 賢/YUKUHIRO KEN (@death_snow) January 28, 2026
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