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プレイヤーズコンベンション千葉2023
決勝:小笠原 智明(東京) vs. アレクサンダー・ヴォン・ステンジ(韓国) 〜イマジン/Imagine〜
いつからだっただろうか。「やりたいこと」や「なりたいもの」ばかりを考えていた日々が記憶の中だけの出来事となり、気がつくと「できること」「なれるもの」ばかりを考えるようになったのは。
何もそれは子どものように大それた夢を持ちたいという話ではない。ただ、できる範囲の体験やできる範囲の生活、できる範囲の遊びで満足している気分になって、その輪郭をはみ出てみることもないまま日々をこなしているというのもまた、自分を含むほとんどの人にとっての現実だ。
世の中にあふれる「やればできる」や「信じれば道は開ける」といった美辞麗句。これらの言葉が必要とされるというのは、それだけ行動に対して及び腰になっている人が多いという事実を裏付けている。おそらく世界一有名であろうイギリスの4人組のバンドも、反戦を歌った口で当の本人たちは喧嘩別れしているのだから、人が理想に生きることがいかに難しいか分かろうというものだ。
しかし、だからこそ。
理想を求めて挑戦を続ける人間の美しさが際立つ。
チャンピオンズカップファイナル サイクル3。その決勝戦。
今大会の228名いた参加者のうち226名がたどり着けなかった、この日最後となるフィーチャーマッチ。その席で行われる決勝戦は、一つの極地だ。
いわんや勝負の世界において、至高の理想とは勝利にほかならない。無論、勝つことが全てなどという極論を振りかざすつもりもないし、勝利へのこだわりの強さやそれを目指すためのアプローチが人それぞれであり、そこには正解もない。あるいは時に「きっと駄目だろうな」と思ってイベントに参加することはある。しかし、最初から負けるつもりでゲームをプレイする人間はいない。
楽しければいい。勝てればもっといい。敗北の苦渋を掛け金にすればこそ、勝利の美酒に酔うことができるのだから。
配信の準備が整い、ジャッジに促されて選手が席に座る。彼らこそ、やりたいこと、なりたいもの、競技マジックプレイヤーとしてその理想を追い求め、そしてその剛腕でそれらを実現させてきた2人のプレイヤーである。
小笠原 智明(東京)。
普段から東京近郊のカードショップで腕を磨く彼は、昨年11月に開催されたチャンピオンズカップファイナル サイクル1でもトップ18に輝いた実績を持つパイオニア巧者だ。メタゲーム上の立ち位置のいいデッキを選択する慧眼に優れ、前回大会では「グルール機体」を、今大会では「《奇怪な具現》ファイアーズ」を持ち込んで両大会で結果を残しているのはさすがというほかないだろう。
使用デッキの「《奇怪な具現》ファイアーズ」は、その名を冠する《奇怪な具現》をキーカードにデッキのクリーチャーを状況に応じてシルバーバレットするデッキである。序盤にエンチャントを並べる都合遅れがちなテンポを取り戻すため、《創案の火》も採用されており、ラクドス・ミッドレンジにとっては触りにくいエンチャントを多用するデッキの構造が今大会では非常に刺さったようだった。
相対するはアレクサンダー・ヴォン・ステンジ(韓国)。
韓国からやってきた強豪、アレクサンダー。現在は仕事の都合で韓国に在住しているとのことだが、かつてはアメリカのSCG New Jerseyで上位入賞を果たしたこともある実力者だ。筆者のつたない英語でのインタビューにも丁寧に答えてくれ、笑顔で軽快に語る様子からも気さくな人柄が伝わってきたが、マジックのプレイは精密無比かつ堅実だ。
今回の使用デッキは「緑単信心」。「信心」カウントや各種プレインズウォーカー起動型能力を駆使する複雑なコンボルートを通す正確さと《大いなる創造者、カーン》によるメインデッキ・サイドボード合わせたプレイングが求められる、単色デッキとは思えないほどに難解なプレイングが求められるデッキだが、アレクサンダーはここまでの予選ラウンドと決勝ラウンドの2戦をものともせずに勝ち進んできた。
たどり着いたこの舞台は、誰のためのものだったのか。
まだ誰のものでもないトロフィーは、自らにふさわしい所持者を悠然と待つ。
「俺だよ」このトロフィーを片手に、そう言えるのはただ一人。
小笠原 智明(東京) vs. アレクサンダー・ヴォン・ステンジ(韓国)
あと一歩のところまできた理想を叶えるため。
ついに決勝が幕を開ける──
ゲーム1
後攻のアレクサンダーが《エルフの神秘家》をプレイすると、返す小笠原は「版図」によってマナを軽減された《力線の束縛》で応じる。ならばとばかりに出てきた2枚目の《エルフの神秘家》も《拘留代理人》で追放し、序盤のリードを容易には許さない。
「《奇怪な具現》ファイアーズ」はひとたび回り出せば強力無比なデッキだが、《ナイレアの存在》や《世界樹への道》、《苦々しい再会》といった盤面に影響を及ぼさないエンチャントも多数採用されていることから、特に序盤にテンポロスが発生しやすい弱点も抱えている。そのため、序盤からゲームスピードに差がつかないよう、《エルフの神秘家》からのロケットスタートを阻止しているのだろう。
しかし、第3ターンのアレクサンダーのプレイしたカードによってここまでに追放除去を使ってきたことの裏目を見ることとなる。3枚の土地をタップし、その手から唱えられたのは《ビヒモスを招く者、キオーラ》!
さらにはその起動型能力によって土地を起こし、《ビヒモスを招く者、キオーラ》の隣にこのゲーム3枚目となる《エルフの神秘家》を並べる。戦場にはすでに《ニクスの祭殿、ニクソス》もあり、あとは「信心」カウントを稼ぐために手札のパーマネントを盤面に並べていくだけという展開だ。
アレクサンダー自身できすぎたドローに思わず笑いがこぼれ、それにつられて小笠原も困ったように笑う。せっかくゲームをスローダウンさせようと画策していたのに、結果的に危惧していた序盤の展開力の差はわずか1ターンの間に開いてしまった。
返す小笠原はこの状況を打破すべく《苦々しい再会》に解決策を求め、さらに《世界樹への道》を展開して土地を手札に加える。このターンは《ビヒモスを招く者、キオーラ》に対処することは諦めざるを得ず、なればとそのための下準備を進めていく。
しかし、アレクサンダーはこの隙を逃さず、《ビヒモスを招く者、キオーラ》と《エルフの神秘家》のマナ加速を受けて《茨の騎兵》をプレイ。その能力によってアンタップ状態の《森》を得ると、そこからさらに《ラノワールのエルフ》を並べて「信心」カウントの追加とマナ加速を一気に進める。
着実に仕上がっていくアレクサンダーを前に、すでにエンチャントこそ十分に並んでいる小笠原は解決策をデッキトップに求める。《創案の火》か《奇怪な具現》があればテンポを取り戻すことも可能となるが、残念ながら引いてきたのは土地。やむなしに《狼の友、トルシミール》をプレイしてアレクサンダーの《ラノワールのエルフ》を除去するだけでターンを終える。
アレクサンダー・ヴォン・ステンジ
ここまで2ターン好き放題に動いてきたアレクサンダーはマナも「信心」も着実に伸びている。まずは《ニクスの祭殿、ニクソス》を起動して5マナを得ると《老樹林のトロール》を戦場に出す。続いて《ビヒモスを招く者、キオーラ》の能力で《ニクスの祭殿、ニクソス》をアンタップし、浮いた2マナを使ってもう一度《ニクスの祭殿、ニクソス》からマナを得る。
これによって8マナを得たアレクサンダーは《大いなる創造者、カーン》を唱える。そのマイナス能力でサイドボードから手札に加えたのは無論、「緑単信心」のコンボのキーカードである《鎖のヴェール》……
さて、結論から言うとこのターンに「緑単信心」のコンボは完遂し、小笠原は決勝戦のマッチを黒星スタートさせることとなる。以下にはそのプレイ手順を詳細に書いているが、読み飛ばしても構わない。
まずアレクサンダーは手札から2枚目の《ニクスの祭殿、ニクソス》を出し、再び起動。浮きマナは10マナまで増え、満を持して《鎖のヴェール》をプレイしてそのまま起動。《大いなる創造者、カーン》と《ビヒモスを招く者、キオーラ》は再び能力を使用できるようになり、《死に至る大釜》を手札に加えながら《鎖のヴェール》に費やしたマナも回復し、2枚目の《ビヒモスを招く者、キオーラ》までをも戦場に出す。
ここまでの動きをされていても、フルタップの小笠原はアレクサンダーのコンボが成立する様子を眺めつつ、何かの手違いでアレクサンダーがコンボルートを外れることを祈ることしかできない。そうしている間にも新たな《ビヒモスを招く者、キオーラ》は起動型能力を2回起動し、大量のマナを生み出しつつ《鎖のヴェール》をアンタップ。こちらももちろん再度起動。
さて、「緑単信心」のコンボの一般的なルートは、戦場と墓地に1枚目ずつ《大いなる創造者、カーン》と《ビヒモスを招く者、キオーラ》が必要となる。それらを《修復の噴出》で手札に戻して唱え直し、《ビヒモスを招く者、キオーラ》が《ニクスの祭殿、ニクソス》を何度も起動することで無限マナを得る。その後、《大いなる創造者、カーン》は追放領域の《死に至る大釜》を手札に加え、《修復の噴出》として唱えることで何度でも墓地と手札と戦場を循環し、無限に起動型能力を起動できるようにすることで《石の脳》を何度も繰り返し起動してライブラリーアウトさせるというものだ。
しかし、アレクサンダーの墓地には《ビヒモスを招く者、キオーラ》はいても《大いなる創造者、カーン》はいない。コンボ成立はしないのではないか──
かと思われるが、「緑単信心」の使い手であるアレクサンダーは別ルートも知り尽くしている。要するに無限マナがあって、《ビヒモスを招く者、キオーラ》を循環させて《鎖のヴェール》を起動し続けることさえできれば《大いなる創造者、カーン》は適当に+1能力を挟みながらマイナス能力も連打することができるようになり、結果的に《石の脳》をプレイし続けることができるようになるわけだ。
先ほど手札に加えた《死に至る大釜》が《修復の噴出》としてプレイされ、アレクサンダーは墓地にある2枚の《ビヒモスを招く者、キオーラ》を手札に戻しながら、聞き取りやすいようにゆっくりとした英語で……
アレクサンダー「あとはこれを順番に出して《ニクスの祭殿、ニクソス》と《鎖のヴェール》を起動して、《大いなる創造者、カーン》の忠誠度を増やしながら《死に至る大釜》を手札に戻すことを繰り返せるよ」
と説明。第1ゲームはまずアレクサンダーが先取することとなった。
小笠原 0-1 アレクサンダー
ゲーム2
第1ゲーム同様《エルフの神秘家》から動き出す後攻のアレクサンダーに対し、小笠原も《岩への繋ぎ止め》で対応しつつ《真髄の針》で《大いなる創造者、カーン》を指定。アレクサンダーのブン回りを抑え込むための要請を満たす、好調なスタートを切る。
しかし、アレクサンダーも《狼柳の安息所》でマナを伸ばすプランを続行。返す小笠原も《苦々しい再会》で手札を整えて応戦体制を整え、滑り出しは先攻の小笠原がやや有利ながら一進一退と言ったところか。
アレクサンダーが《ビヒモスを招く者、キオーラ》をプレイすればこれには小笠原の《スカイクレイブの亡霊》が刺さり、アレクサンダーは苦しい展開を強いられる。やむなしとばかりにプレイしたのは《異形化するワンド》。ここにきて初めてアレクサンダーが展開の手を止めざるを得なくなる。
しかし、ここまでアレクサンダーの盤面の処理に追われていた小笠原がフリーになるターンが生まれたことで、小笠原が一気に動く。手札から《創案の火》と《奇怪な具現》の2枚をダンプし、ターン終了時に《奇怪な具現》の誘発型能力を解決。《苦々しい再会》は《秋の騎士》へと生まれ変わり、アレクサンダーの《狼柳の安息所》を破壊する。
第3ターンに土地を置けなかったアレクサンダーにとって、この《秋の騎士》はあまりにも痛い。その手札にあったのは2枚目の《ニクスの祭殿、ニクソス》と、本来なら《真髄の針》を破壊するために使いたかったであろう《耐え抜くもの、母聖樹》。とはいえマナがなければゲームにならないため、泣く泣くこれをセットランドし、《異形化するワンド》を起動して《スカイクレイブの亡霊》を破壊する。
小笠原 智明
返す小笠原は3マナを支払い相棒に指定していた《空を放浪するもの、ヨーリオン》を手札に加え、そのまま《創案の火》のサポートを受けて《機械の母、エリシュ・ノーン》とともに戦場に出す。《空を放浪するもの、ヨーリオン》は《岩への繋ぎ止め》と《秋の騎士》を追放し、ターン終了時に戻ってきたそれら2枚は《機械の母、エリシュ・ノーン》の能力によって2度能力を誘発させ、アレクサンダーの《異形化するワンド》とスピリットトークン、そして《エルフの神秘家》とパーマネントをことごとく除去していく。
ダメ押しに《奇怪な具現》が誘発し、《創案の火》を《帰還した王、ケンリス》へと変容させることでアレクサンダーがゲームに敗北することとなった。
小笠原 1-1 アレクサンダー
ゲーム3
後攻の小笠原はダブルマリガンを喫することとなったが、アレクサンダーが《ラノワールのエルフ》をプレイすると小笠原は《石術の連射》で応じ、まずは第1ゲーム、第2ゲーム同様序盤のリードを牽制する。
これによって2ターン目のアクションが飛んでしまったアレクサンダーだったが、タップインランドを処理するのみでターンを終えた小笠原の前に第3ターンに《ビヒモスを招く者、キオーラ》をプレイ。さらに続くターンに《老樹林のトロール》をプレイし、《ビヒモスを招く者、キオーラ》の能力によって1ドローを得る。
小笠原も負けじと《鏡割りの寓話》をプレイし、続いて《岩への繋ぎ止め》で《老樹林のトロール》を追放。ゴブリントークンで《ビヒモスを招く者、キオーラ》の忠誠度を削りつつ、宝物トークンのマナブーストを受けて《月恵みのクレリック》で《奇怪な具現》をライブラリーのトップに置く。
《ビヒモスを招く者、キオーラ》の対処こそできなかったが、ダブルマリガンとは思えない絶好の挙動でアレクサンダーに食らいつく小笠原。アレクサンダーが放った二の矢、《茨の騎兵》に対しても除去こそできなかったものの、小笠原も《創案の火》と《奇怪な具現》を並べることで徹底抗戦の構えを取った。
その後、小笠原は《キキジキの鏡像》を生け贄に《奇怪な具現》の能力を解決。《賢いなりすまし》を探して《岩への繋ぎ止め》になった状態で戦場に出し、アレクサンダーの《茨の騎兵》を追放する。
これで全ての手札を使い切った小笠原だが、健闘の甲斐あってアレクサンダーの盤面には《ビヒモスを招く者、キオーラ》がいるのみとなっている。《ニクスの祭殿、ニクソス》はすでに戦場に出てしまっているが、「信心」カウントさえ稼がれなければまだまだ勝負は分からない。
アレクサンダーのターンとなるが、ここでまずアレクサンダーはジャッジコールをしてともに離席し、ルールの確認をする。いったい何を確認しているのか、その答えはすぐに分かることとなった。
その手札からプレイされたのは《大いなる創造者、カーン》。すぐさま起動されたそのマイナス能力で手札に加えた《金線の酒杯》を並べ、タップして蓄積カウンターを乗せると《ビヒモスを招く者、キオーラ》でアンタップ。その後《金線の酒杯》の2つ目の起動型能力を「X=1」で起動する。
小笠原の盤面にあったのは《岩への繋ぎ止め》と、そのコピーである《賢いなりすまし》。このとき、《賢いなりすまし》の点数で見たマナ・コストが1なのかどうかを確認したのだった。
点数で見たマナコストはコピー可能な値であり、このときの《賢いなりすまし》もとい《岩への繋ぎ止め》のコピーのマナコストもまた1である。すなわち《金線の酒杯》の爆発に巻き込まれる形となり、アレクサンダーは《老樹林のトロール》と《茨の騎兵》の2枚を取り戻すことに成功する。しかも、《ビヒモスを招く者、キオーラ》の誘発型能力による2ドローのおまけ付きだ。
《茨の騎兵》の能力でアンタップ状態の《森》を得て、アレクサンダーは《ニッサの誓い》もプレイ。《エルフの神秘家》を手札に加え、さきほどまで《ビヒモスを招く者、キオーラ》のみだった盤面に一気にパーマネントを──「信心」のカウントを増やしていく。
小笠原は手札がないが、《ナイレアの存在》で1ドローを得て土地を引きそのままセットすると、相棒である《空を放浪するもの、ヨーリオン》を手札に加えてこちらも《創案の火》の能力によってプレイ。《月恵みのクレリック》と《ナイレアの存在》を追放し、ターン終了時に《奇怪な具現》の能力によって《創案の火》を生け贄に捧げて《機械の母、エリシュ・ノーン》を戦場に出すと、その後《空を放浪するもの、ヨーリオン》によって追放されていた《月恵みのクレリック》と《ナイレアの存在》が戦場に舞い戻る。
《月恵みのクレリック》によってサーチしたのは《力線の束縛》。その後《ナイレアの存在》の能力が2回誘発し、カードを2枚引く。
苦境に立たされてもなお食い下がる小笠原。しかし、アレクサンダーの戦場には《大いなる創造者、カーン》と《ビヒモスを招く者、キオーラ》が揃っており、返すアレクサンダーが《エルフの神秘家》をプレイしたことで「信心」のカウントは9。さらに墓地にも《ビヒモスを招く者、キオーラ》と《大いなる創造者、カーン》が揃っており、もちろん《ニクスの祭殿、ニクソス》もあるため無限コンボに必要なパーツは全て揃っていた。
無論、アレクサンダーも小笠原もそのことには気づいている。あとは手順どおりにプレイできるかどうかだが、アレクサンダーは一つ一つの過程をしっかりと慎重に確認しつつ、決して道を誤ることなくまっすぐにコンボに向かっていく。
小笠原「《石の脳》もサイドボードにありますよね?」
アレクサンダー「ああ、あるよ」
アレクサンダーがサイドボードにある《石の脳》を見せる。すなわち、小笠原にただ一つのできることは──
自分自身がたどり着きたかった未来。なりたかった姿。その夢を叶えた男へと右手を差し出し、固く握手を交わすことだけだった。
小笠原 1-2 アレクサンダー
この日、一人の理想が叶い、一人の理想は次なる挑戦への糧となった。
優勝が決定した瞬間──見ていた固唾を呑んだ瞬間が過ぎると、ジャッジによる勝者のアナウンスが行われ、ほうぼうから柏手が鳴った。ギャラリーやスタッフはもちろん、会場の別の場所でサイドイベントに参加しているプレイヤーや運営スタッフたちまでも、プレミアイベントのタイトル獲得を果たしたアレクサンダーへと拍手を送っている。
見事優勝に輝いたアレクサンダーは、胸の内から噴出する喜びを隠しきれないといった様子だった。ただでさえ慣れない異国の地で、名だたる強豪揃いのチャンピオンズカップファイナルで優勝を果たすというのは並大抵のことではないし、興奮も無理からぬことだろう。
とはいえ、勝利の余韻に浸る時間はそれほど多くない。アレクサンダーはこの日すでに飛行機のチケットを取ってしまっていたそうで、これから写真撮影や優勝者インタビューに応じ、すぐに会場を立たねばならない。喜びを全身で表現しつつも、テキパキとタスクをこなしてゆく。
悔しくも敗北を喫した小笠原もまた、悔しさを滲ませつつもアレクサンダーの勝利を讃える。勝利に対して真剣だったからこそ、勝者に対して最大の敬意を払う。国籍も人種も言語の壁も越えて、気高いプレイヤーの姿がそこにあった。
小笠原にとって今大会は非常に悔しい結果に終わるとなったが、小笠原も次回プロツアーの出場権利と、今大会で上位2位に入賞したために世界選手権出場権利を獲得している。アレクサンダーへのリベンジの機会はまた少し先に待っている。掴み取った未来にさらなる理想を託し、次なる挑戦に向けて歩き出すのだ。
かくして決勝戦が終わり、カバレージ作業も一段落ついて空調の効いた幕張メッセの会場を後にすると、薄暮の迫る空の下を、少し厚ぼったいような風が吹いた。
間もなく梅雨が明け、今年もきっと暑い夏がやってくる。流れゆく季節は不可逆で、日々はただじっとこなしているだけでも過ぎていくかもしれない。きっと今この胸に去来する熱も、いつか日常に褪せていくのかもしれない。
それでも今は、瞼に焼き付いたこの戦いの覇者の、子どものように興奮する姿に情動を重ねて、「できること」の外側へと想いを馳せてみたいと思った。
そしてここに、競技プレイヤーの一つの理想、その栄冠を手にしたプレイヤーの名を刻もう。
チャンピオンズカップファイナル サイクル3、優勝者はアレクサンダー・ヴォン・ステンジ!
おめでとう!
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