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マジック:ザ・ギャザリング世界選手権2019

トピック

王者の心はブラジルにあり

Corbin Hosler

2020年2月21日

 

 世界王者が決するやいなや、彼に向けたメッセージが雪崩のように殺到した。世界選手権をともに戦い抜いた選手たちはステージに駆け上がり勝利を称え、世界中のプロプレイヤーたちは念願成就を祝福した。インターネット上のあらゆる場所では、マジック歴が長いプレイヤーや最近始めたばかりのプレイヤー、「Tempo Storm」のサポーターたちが新たなチャンピオンに喝采した。そして故郷ブラジルでは、彼の一挙一動を見守るべく、深夜から早朝にかけてバーベキューをしながら観戦していた彼の家族や友人が彼の偉業に歓喜した。

 しかしながら、世界選手権2019優勝という偉業を成し遂げた熱狂的瞬間の最中であっても、パウロ・ヴィター・ダモ・ダ・ロサ/Paulo Vitor Damo da Rosaが真にメッセージを心待ちにしていた相手はたった1人であった。

「私の妻カライナ/Kharinaと話し合う必要がありました」トーナメント終了後にパウロが語った。トップ8入賞を果たしたプレイヤーズ・ツアー(ヨーロッパ)が終わり、世界選手権2019に向かうまでの間、彼はほとんど家に帰ることができなかった。「世界選手権の準備やトーナメント参加のために1か月は家を空けてしまいました。妻も家に1人でいるのは辛いですし、私だって家を離れている間はとても悲しくなります。なので、この期間は私にとっても彼女にとってもとても辛いものでした」

「しかし、これが仕事のために必要なことであることをお互いに理解していました」

 今日は私とカライナが付き合い始めてから6年目の記念日! 人生におけるあらゆる溝を埋めてくれて本当にありがとう。私はそれらの存在にすら気づいていなかった。この6年間どんなに幸せだったか、どう言葉に表したら良いのかわからない。これからの2人の未来はもっと良いことで満ちあふれるんだろうなって確信しているよ。

 

「彼女なしでは成し遂げられなかったですよ。彼女は本当に素晴らしいんです」嬉しそうにパウロが話し始めた。「負けてしまった時は彼女と話すんです。気持ちを晴らしてくれるので。彼女は頑張らなきゃいけない時に背中を押してくれますし、引かなきゃいけない時には手を引いてくれます。数年前、なかなかマジックで結果を出すことができず、何もかも最悪だって思っていた時期がありました。しかし、彼女と付き合い始めてからは幸せになりましたし、成績も徐々に良くなり始めました。何があっても自分を支えてくれる存在がいるというのはとても重要ですね」

 ダモ・ダ・ロサが成し遂げた偉業はマジックの歴史において他のどのプレイヤーのそれよりも優れたものかもしれない。彼が世界選手権2019のグランドファイナルにおいてマルシオ・カルヴァリョ/Márcio Carvalhoを下し、2019ミシックチャンピオンシップⅥ(リッチモンド)から続く連続トップ・フィニッシュの記録を4まで伸ばした後、立ちどころにこの疑問が浮かび上がった。

 最高峰の大会での決勝ラウンド進出数17回、2度のプロツアー優勝、そして今や世界王者の称号も獲得したダモ・ダ・ロサは史上最高のプレイヤーなのだろうか?

 これは決して結論の出ない疑問の類であるが、ファンたちは好んで議論を重ねる。「マジック歴代最強は誰か?」(リンク先は英語記事) カイ・ブッディ/Kai Buddeは7回もプロツアーで優勝をしているが、これは2位の記録にダブルスコアをつけており、ダモ・ダ・ロサ本人も決してその横に並ぶことはないだろうと語った偉業である。ジョン・フィンケル/Jon Finkelの「最高峰の大会での決勝ラウンド進出数17回」という記録は今回ダモ・ダ・ロサがタイとなる記録を作るまで、単独で1位であった。この20年間素晴らしい結果を残し続けているガブリエル・ナシフ/Gabriel Nassifも、今回の世界選手権においてトップ8入賞を果たし、カイ・ブッディのトップ8入賞回数11回に並んだ。ルイス・スコット=ヴァーガス/Luis Scott-Vargas、そして今回みごと準優勝で世界選手権を終えたマルシオ・カルヴァリョも、その記録を10回とし彼らの後ろにピタリとつけている。

 では、今までデッキをその手にした中で、最高のプレイヤーは一体誰だろうか?

 この手の議論の面白さの根底にあるのは、決して結論が出ないことに他ならない。これまでも我々はあらゆるスポーツにおいて、たった1人の名前を出すだけで良い議題において、幾度も議論を重ねてきた。レブロンかジョーダンか。グレツキーかハウか。タイガーか二クラウスか。カイかフィンケルかパウロか。このような参照すべき項目が多すぎる議論において結論を導き出すことは不可能である。だからこそ、我々はこれらの疑問に決着をつけようともしないのだ。

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マジック史上最高のプレイヤーは誰? ジョン・フィンケルか、パウロ・ヴィター・ダモ・ダ・ロサか、それともカイ・ブッディ?

 

 個人が打ち立てた偉業が瞬く間に公有される昨今の世界においては、世界王者というペルソナの裏に、世界選手権で起こったすべてのことを彼の妻や母に話したくてたまらない1人の人間が存在していることは見落とされがちである。

「私が何度この瞬間を夢見たことか……誰にも想像つかないですよ」ダモ・ダ・ロサはその気持ちを吐露した。「これ以外の、すべては手にしていたんです。そしてついに、世界王者になることができました。マジックのことを全く知らない人はたくさんいますが、彼らにとってプロツアーやミシックチャンピオンという称号は何の意味も持たないのです。しかし、『世界王者』の意味なら誰だってわかりますからね」

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説明なんて必要ない。

 

 数万人がメタゲームに注目して観戦をしていた中、大きな夢を抱き続けた1人の男を見守る、ただそれだけのために観戦をしていた家族がいた。

「母方の家族は集まって観戦パーティを開いていました。伯父と叔母の大半は英語がわかりませんから、ポルトガル語の放送を見ていたそうです」彼が始めてマジックのカードを手にした時から夢に見続けていた偉業を成し遂げる瞬間を、ダモ・ダ・ロサの妻の家族も見ていたことを彼は誇らしげに語った。「みんな本当に誇りに思ってくれて、誰にでもこの話をするんです。私の妻の職場で私が世界選手権に出ていたことを知らない方はいないでしょうね」

1人きりでは成し遂げられなかったでしょう。@PVDDRの家族が故郷ブラジルで、彼がトロフィーを手にするのを見守っています。

 

 「史上最高のプレイヤーは誰か」という議論を交わす際に無視されがちなことがもう1つある。どれだけ多くの称号を持っていても、どれだけ多くのトロフィーを並べていても、ダモ・ダ・ロサは彼が15歳の時に初めて参加したプロツアーの時と変わらぬ緊張を感じていた。マジックにおいて世界選手権は最高の舞台だ。ダモ・ダ・ロサはトーナメントを通して緊張と戦っていることを隠さずにいた。優勝インタビューにおける彼の率直な気持ちの吐露は、一見精密機械のような彼の内に人間らしい一面があることを、そしてダモ・ダ・ロサの持つ驚異的な記録が現実のものであることと同格に「パウロ」も現実に存在するものであり、想像以上に親しみ深い人柄であることを印象付けた。

 

 しかしながら、ダモ・ダ・ロサが世界王者の称号を獲得してもなお、すべてが大きく変わることはない、と考えていることは不思議ではない。世界選手権の翌週、彼は妻と旅行に行くそうだ。2人でノルウェーに行き、オーロラを見るのだという。その後は次のトーナメントに備えるため、前回トーナメントと同様の方法で準備をする。

「マジックにおいてできることは『すべて』やりました。だからといって、これからも、これまでとは変わりませんよ」とダモ・ダ・ロサは語る。「いつだって全力を尽くしますし、肩の荷が下りたからといってこれ以上勝たなくても良いとは思わないですし、練習量を減らしたりもしません。なんだか、結婚と似ていますね。私自身は大きな変化を感じませんが、周りが私を見る目が変わるんです」

 ここでまた、結論のない、あの疑問が頭に浮かぶ。ダモ・ダ・ロサは、「歴代最強」の議論において自身をどのように見ているのだろうか?

「いや、結論は絶対出ないと思いますよ」続けて彼はこう言った。「この議論が好まれていることはわかっていますが、私たちってそれぞれ活躍した時代、そしてその時代背景が全然違うじゃないですか。誰かが私を最高のプレイヤーだと思っていても、3番目のプレイヤーだと思っていても、私はかまいません。最高のプレイヤーと10番目のプレイヤーの違いなんて些細なものだと思いますから。マルシオが最後のゲームで《平地》を引いていて、私を負かしていたとしても、私は最高のプレイヤーとして名を挙げられるでしょうか?」

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ダモ・ダ・ロサは長い戦いの末に勝ち取った勝利を祝福する前に、ファンにサインを贈るため、その足を止めた。

 

「あの議論に挙がることは、私にとって誇りです」

家族が空港まで迎えに来てくれた。大きな横断幕持ってたよ。


 
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