By 宮川 貴浩

――俺たちだって、たまたま流れ着いた漂流者ってわけじゃない。実力でこの決勝ラウンドという地にたどり着いたんだし、プレミアイベントの経験だって豊富だ。でも見てくれよ、トップ４に残った他の面子を。恐竜より手強そうなやつらがうようよしてるじゃないか。そういう場所だと聞いてはいたけどさ――

　トップ４入賞の喜びが少し落ち着き決勝ラウンドのことを考え始めたとき、阿部、早川、橘の３人はそんな心境だったかもしれない。デッキを構築しながら「自分たちは引き立て役ですよ」なんて語ってもいた。でも、見ればわかるものなのだ。負ける気が微塵もない人たちの目というのは。

　胸を貸す渡辺、中村、八十岡の３人は、カードの登録が終わるや否や、緻密に敵の戦力を分析し始めた。強者がなぜ強者であり続けられるのか。それは、誰が相手でも決して油断をしないからだ。

　時間を告げるアナウンスが響く。席につき、向かい合う両チーム。６つの視線が交錯した。

（各プレイヤーのデッキリストはこちらのページでご覧いただける。）

Ａ卓 阿部(黒緑ビートダウン) vs. 渡辺(青緑マーフォーク)　ゲーム１

　《流血の空渡り》を《もぎ取り刃》で強化し、空から攻める阿部。勝負を決めかねない３点のクロックとマナ加速でいきなり渡辺を追い詰める。

　対して渡辺は《自然形成師》で応戦した。このクリーチャーが放っておかれれば、渡辺はクリーチャーのサイズでもアドバンテージでもたちまち阿部を圧倒できるだろう。渡辺はさらに《水罠織り》で一時的にではあるが《流血の空渡り》を封じ込め、ここで一気に攻守逆転かと思われた。

　しかし、《もぎ取り刃》のもたらした宝物経由で阿部が見せつけたのは、２枚目の《流血の空渡り》、そして《原野を目覚めさせる者》だった。

　《自然形成師》よりもはるかに恐ろしいことが書いてあるレアクリーチャーの登場に、渡辺もきちんと《原野を目覚めさせる者》のテキストを確認し、どうしたものかと思案する。

　だが、地上に空にと隙のない阿部の布陣は渡辺の手腕をもってもいかんともしがたく、阿部が落ち着いた様子でチームメイトに先勝を告げた。

阿部 1-0 渡辺

Ｂ卓 早川(白黒吸血鬼) vs. 中村(赤緑白恐竜)　ゲーム１

　《恐竜との融和》で《帝国のエアロサウルス》を手に入れた中村は、《山》、《森》、《平地》を早々に揃え、万全の体制だ。《深海艦隊の扇動者》で序盤からライフを削ることもできている。

　一方の早川も《這い回る心止虫》、《女王の任命》、《日の出の使者》と淀みなくプレイこそするが、中村の恐竜に対抗するには線が細く、何より空飛ぶ恐竜がどうしようもない。

　中村は相手の地を這うクリーチャーたちを尻目に上空から攻撃を続け、最後は本体火力で早川を焼き尽くした。

早川 0-1 中村

Ｃ卓 橘(青赤黒海賊) vs. 八十岡(赤緑恐竜)　ゲーム１

　Ｃ卓では八十岡が《ティロナーリの騎士》、《激情の猛竜》の黄金タッグで序盤から橘を責め立てていた。橘も《ずる賢いゴブリン》、《セイレーンの見張り番》と動き自体は悪くないのだが、八十岡の足を止める１枚がほしいところだ。

　ここで、橘の戦場に颯爽と現れたのが《巧射艦隊の略取者》。これで流れを呼び寄せたい橘だったが、他のクリーチャーは八十岡のコンバットトリックによって一掃されており、いくら強力な《巧射艦隊の略取者》といえども多勢に無勢だ。

　八十岡の操る恐竜たちが悠々と《小綺麗なスクーナー船》に乗り込み始めると、橘の領土はあっという間に占領されてしまった。

橘 0-1 八十岡

Ａ卓 阿部(黒緑ビートダウン) vs. 渡辺(青緑マーフォーク)　ゲーム２

　このゲームも３ターン目に《自然形成師》の脅威を叩きつけることに成功した渡辺。これには思わず阿部も「きつい」の一言。

　渡辺は《源流の歩哨》で阿部の小粒なクリーチャーたちをシャットアウトすると、虎の子の《自然形成師》に《風と共に》をエンチャント。渡辺の希望を乗せて羽ばたいた《自然形成師》は、みるみるうちに阿部のライフを削り取っていく。

　とどめとばかりに渡辺がマーフォークデッキの十八番《川守りの恩恵》を唱えると、阿部は潔くカードを片付けた。

阿部 1-1 渡辺

Ｂ卓 早川(白黒吸血鬼) vs. 中村(赤緑白恐竜)　ゲーム２

　先手の早川は《司教の兵士》でライフを維持しながら、攻守に活躍する《軍団の飛び刃》を２連打。飛行とはいえパワー１ならまだかわいい《軍団の飛び刃》だったが、《海賊のカットラス》を装備したとなると話が変わってくる。

　対する中村は、《風雲船長ラネリー》や《深海艦隊の扇動者》をはじめ、気が付けば数ターン後には早川を上回る数のクリーチャーを並べていた。加えて、十分な土地と《風雲船長ラネリー》の生み出す宝物のおかげで、《風雲船長ラネリー》も《深海艦隊の扇動者》も、一瞬で致死量のダメージを与える準備ができている。

　これを受けて早川は《輝くエアロサウルス》を召喚し、チームメイトの橘とともに入念にダメージ計算をした上で《軍団の飛び刃》１体だけでアタック。ターンを返した。

　中村は返ってきたターンで一度に10点以上のダメージを叩き込める状態だが、早川のライフはほとんど削れておらず、手札の《塁壁壊し》を使っても早川を倒すには数点及ばない。

　このターンに勝ちきれなければ逆にライフがなくなる中村は、ここでこのゲームを投了した。

早川 1-1 中村

Ｃ卓 橘(青赤黒海賊) vs. 八十岡(赤緑恐竜)　ゲーム２

　《セイレーンの見張り番》、《ティロナーリの騎士》と序盤はゲーム１同様のやりとりを見せた両者。５ターン目、八十岡は瞬速タイミングで《噛み付く帆背びれ》を戦場に出現させ、攻撃に来た橘のクリーチャーを討ち取りつつ、５/５のクリーチャーを作り上げた。

　この《噛み付く帆背びれ》の攻撃を受け続けていたら、橘はものの数ターンで敗北してしまう。だが、今回の橘には《夢呼びのセイレーン》がついていた。

　やはり瞬速タイミングで動けるこのクリーチャーのタップ能力で、橘は辛うじて生きながらえる。さらには《セイレーンの策略》で《夢呼びのセイレーン》を「ブリンク」し、手札を減らさず二度にわたり八十岡の攻撃を無力化した。

　この隙に、《海賊のカットラス》を装備した飛行クリーチャーで差し切る。それが橘のプランだった。だが橘の望みは、頼みの綱の飛行クリーチャーが八十岡の《火炎砲発射》によって撃ち落とされることで、海の藻屑と化した。

　八十岡は満を持して《繁雑な火炎砲》を設置し、これでチェックメイト。《繁雑な火炎砲》が火を噴くのを見ていることしかできない橘は、チームメイトへと希望を託した。

橘 0-2 八十岡

Ｂ卓 早川(白黒吸血鬼) vs. 中村(赤緑白恐竜)　ゲーム３

　隣で阿部と渡辺が一進一退の攻防を繰り広げる中、中村と早川のゲームも佳境を迎えていた。

　《継ぎ当ての翼》、《風雲艦隊の紅蓮術士》と５ターン目まで動きの鈍い中村は、《司教の兵士》、《縄張り持ちの槌頭》と抜群のテンポで打撃を加えてくる早川相手に、後手後手にならざるを得ない。

　それでも《太陽冠のハンター》ならこの状況をひっくり返すだけの力があるはずだったが、これはすぐに戦いの舞台から退場させられてしまう。中村は２枚目の《太陽冠のハンター》を持っていたものの、クリーチャーの数で早川を上回らないことには、《縄張り持ちの槌頭》のせいでブロックもままならない。

　結局《太陽冠のハンター》は最後まで《縄張り持ちの槌頭》にタップされ続け、中村は八十岡とともにＡ卓へと視線を移した。

早川 2-1 中村

Ａ卓 阿部(黒緑ビートダウン) vs. 渡辺(青緑マーフォーク)　ゲーム３

　勝負の行方を見守る者すべての視線を集めるＡ卓ゲーム３。ジャイアントキリング達成か、マジック・プロツアー殿堂顕彰者の意地か。

　デッキに複数の《流血の空渡り》を擁している阿部は、このゲームでもその頼もしい相棒を戦場に送り出している。だが、相棒が駆けつけているのは渡辺も同じこと。反対側の戦場でにらみを利かせているのは《自然形成師》だ。

　両者の違いは、並んだ土地の数にあった。順調に土地を伸ばしてゆく阿部と対照的に、渡辺は土地が３枚でストップしていた。今の渡辺を支えているのは、《風と共に》がエンチャントされた《イクサーリの守り手》ただ１枚だ。

　２枚目の《流血の空渡り》を《取り消し》で打ち消し一息ついた渡辺だが、今度は土地を多く引いてしまう。そして、三度舞い降りる《流血の空渡り》。渡辺の残ライフはわずか１になる。

　飛行をもつブロッカーこそ用意できている渡辺だが、何より厳しいのが《海賊のカットラス》の存在だ。いくら阿部のクリーチャーを打ち取っても、この装備品だけは戦場に残り続ける。

　いよいよ渡辺のクリーチャーも尽きようかというゲーム終盤。渡辺の「探検」クリーチャーが公開したのは《川守りの恩恵》だった。これを墓地に送るか、ライブラリートップに残すか。ここが分水嶺になりそうだ。

八十岡「難しいね。持っておきたいけど、クリーチャーもほしい。どっちも裏目はあるよ」

　チーム内でじっくり意見を交換し、最後は渡辺の判断に委ねることに。渡辺は《川守りの恩恵》を静かにライブラリートップに戻した。

　相打ちを繰り返し、阿部の戦場にもクリーチャーはもういない。《海賊のカットラス》が残っても、それを装備できるクリーチャーが出てこなければ、渡辺のライフは１点で十分だ。

　数えきれないほどの逆境を跳ね返してきた男の背中を、中村、八十岡両名がじっと見つめる。祈る阿部、早川、橘。阿部が２マナで唱えたのは――《探求者の従者》。クリーチャーだった。

「やはり《海賊のカットラス》か......」

　歓声の中、悔しさのにじむ渡辺の声が虚空に消えた。

阿部 2-1 渡辺

チーム阿部/早川/橘 2-1 チーム渡辺/中村/八十岡

　阿部選手、早川選手、橘選手、決勝進出おめでとう！

「もし決勝で負けても、大切な友達とここまで来られたことが何よりの宝物だよね」

　そんな言葉は、きっと誰も口にしない。あなたたちの見せてくれる夢という名の大きな船に、僕たちはもう乗り込んでしまったから。