EVENT COVERAGE

グランプリ・広州2016

観戦記事

決勝:Wu, Kon Fai(香港) vs. Law, Albertus(シンガポール)

By 矢吹 哲也

 読者の皆さんに問おう。

「15年前、全盛期を迎え誰も手をつけられなかったカイ・ブッディ/Kai Buddeと真っ向から戦い、名勝負を生み出した男を知っているか?」

 ジョン・フィンケル/Jon Finkel。アラン・カマー/Alan Comer。ダーウィン・キャスル/Darwin Kastle......数々の古豪の名前が思い浮かんでいるかもしれない。

 だがもうひとり、シンガポールのプレイヤーがいたことを覚えているだろうか?

 ときはプロツアー・バルセロナ2001、アルバタス・ロウ/Albertus Lawは予選ラウンド第13回戦でカイ・ブッディを下し、トップ8入賞へ歩みを進めた。

 そして準々決勝で両者は再び相見える。ブッディはここで見事リベンジを果たし、勢いそのままに優勝を勝ち取ったのだ。

 それから15年。その間、アルバタス・ロウの名がプロ・シーンの最前線に挙がることはなかった。

 そう、この日を迎えるまでは。

 グランプリ・シンガポール2001を制した彼は、実に15年ぶりにグランプリ決勝の舞台に立った。無論この試合に勝てば15年ぶりの戴冠。まさに記録的な復活劇となる。

 対する香港のウー・コン=ファイ/Wu, Kon Faiは、2012年に初めて開催されたワールド・マジック・カップに香港代表として参戦している。自身初のグランプリ・トップ8入賞を果たした彼は、そのまま初優勝を手にするまであと一歩のところまで来た。

 今、試合前に言葉を交わしている相手のことを、27歳のウーは知っているだろうか。今彼は、あのカイ・ブッディを肌で知る男と対峙しているのだということを。

 10月9日までの期間中、プロツアー予備予選はモダンで行われる。皆さんの中にもプロツアーへの第一歩に挑戦しようと日々研鑽を重ねている方がいるだろう。

 見逃すなかれ。ふたりの王者候補の戦いを。

 その一挙手一投足、ひと呼吸に至るまで。


ウー・コン=ファイ vs. アルバタス・ロウ。優勝トロフィーの眼前で雌雄を決する。

ゲーム展開

 マリガンを喫してしまったロウはなんと、6枚の手札にも土地の姿がなく、ダブル・マリガン。5枚の手札も《血の墓所》1枚のみと不安のあるものだが、致し方ない。

 ウーは1ターン目《ゴブリンの先達》から早速攻勢を仕掛けたが、ロウに待望の《汚染された三角州》を与え、《ゴブリンの先達》も返しの《稲妻》で対処された。それでも、ロウはその《稲妻》を撃つために《血の墓所》をアンタップ・インしているため、着実にダメージは受けている。ウーは《大歓楽の幻霊》を追加したがそこにも2枚目の《稲妻》が飛び、一瞬、ロウが体勢を立て直す時間を得たかに見えた。

 しかしウーの攻めは続く。彼は《裂け目の稲妻》「待機」から《僧院の速槍》、《野生のナカティル》と展開。ロウは《グルマグのアンコウ》で守りを固めたが、《裂け目の稲妻》と《ボロスの魔除け》が彼の残りライフを早くも6点に落とした。

 ウーは2体で攻撃し、《グルマグのアンコウ》に突っ込んだ《野生のナカティル》を失いながらも《僧院の速槍》の攻撃を通した。さらに《稲妻》も撃ち込み、ロウの残りライフをあと1発の火力圏内へ。ロウにできるのは《グルマグのアンコウ》で反撃し、盤面を固めるのみ。

 ウーはライブラリー・トップを勢い良くめくって戦場に放った。

 歓声。この舞台まで勝ち上がってきたプレイヤーがここで引かないはずがない。


最高潮を迎えたウーの「バーン」デッキ。

 第2ゲームはやや落ち着いた立ち上がり。後手のウーが《裂け目の稲妻》を「待機」すると、ロウは2ターン目に《若き紅蓮術士》を繰り出し、ウーはそれを「待機」の明けた《裂け目の稲妻》で退場させた。

 続けて《大歓楽の幻霊》を展開したウーに対し、ロウは《黄金牙、タシグル》を戦場へ。ウーは《溶岩の撃ち込み》を放ちロウのライフを残り14点とすると、2枚目の《裂け目の稲妻》を「待機」した。

 《コラガンの命令》で《大歓楽の幻霊》の除去と同時にウーの手札を攻めるロウ。しかしこれでロウのライフは残り12点。《裂け目の稲妻》を受けて9点。《黄金牙、タシグル》のプレッシャーはあるものの、ウーの手札にはすでに7点分の火力があった。

 あと1枚。しかしここでは引けない。

 ロウの盤面に《グルマグのアンコウ》。ウーのライフもあと5点。

 続くロウの攻撃を《僧院の速槍》でブロックしたが、《黄金牙、タシグル》の攻撃が彼を壁際に追い込む。

 頼む、あと1枚――しかしウーは、そのままカードを片付けることになった。


「あと1発」の接戦を制したロウ。

 思えば、これが勝敗の分かれ目だったのかもしれない。

 試合後の両者が「50:50」だったと振り返るように、第2ゲームはあと1枚で勝敗が変わるものだった。揺れ動いていた天秤は、ロウの方へ傾いたのだ。

 モダンにおいてデッキの相性差は勝敗を決する大きな要素のひとつであり、ロウの「グリクシス・デルバー」は本来、「バーン」デッキに対して不利なはずだ。だがマジックというゲームはそれだけで終わらないからこそ面白い。

 仲間たちが両者を見つめている、その視線が熱い。

 ギャラリーの熱と照明の熱と、そして自らの内に燃える勝利への熱をすべてまとったウーは、最終ゲームに勢い良く乗り入った。

 第3ゲーム、初動はウーの《大歓楽の幻霊》。ロウはこれを《マグマのしぶき》で対処するが、ウーの手札からは2枚目の《大歓楽の幻霊》が飛び出した。

 何をするにも2点のダメージが伴う「痛い」展開だが、ロウはこれも《稲妻》で対処し、最小限のダメージに留めることができた。

 ロウは続けて《若き紅蓮術士》を展開し、ウーの差し向けた《稲妻》に《払拭》を合わせた。ウーは《野生のナカティル》を展開し、2枚目の《稲妻》も消費することを決断する。

 しかしロウもまた2枚目の《若き紅蓮術士》を繰り出し、盤面を掌握した。ウーの手札にはもう《溶岩の撃ち込み》しか残っておらず、これに対処するすべを見出だせない。

 ロウが軽量呪文を唱えるたび増えていくエレメンタル・トークン。ウーの唯一の防壁である《野生のナカティル》の排除にも成功すると、ロウは一気呵成に攻めかかった。

 ようやく《流刑への道》を引き込みエレメンタル・トークンの増殖を止めたウーだが、手札も盤面も、リソース差は明確だ。一度に7点もの暴力が彼を襲うと、続くドローにも光明は見出だせず。ウーは目を瞑り大きく息を吐くと、右手を伸ばしたのだった。

ウー 1-2 ロウ

finals_shake_hands.jpg

 勝負が決着すると、ロウの戦いを見守っていた仲間たちから大きな拍手が挙がった。これまで15年間、彼のことを目にする機会は少なかったが、彼はマジックから去ったわけではない。今もなお、彼の周りにはともにマジックを楽しむ仲間たちがいる。

finals_law_with_friends.jpg

 今一度問おう。「15年前、全盛期を迎え誰も手をつけられなかったカイ・ブッディと真っ向から戦い名勝負を生み出した男を知っているか?」

 記憶は、失われていくものだ。

 だからこそ私たちは記録する。グランプリ王者が15年という長い時を経て戻ってきても、その偉業を変わらず称えられるように。

 今回は、最大限の「おかえりなさい」の意を込めて、彼の名をここに記すことにしよう。


アルバタス・ロウ、グランプリ・広州2016優勝おめでとう!
  • この記事をシェアする

RANKING

NEWEST

サイト内検索