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Magic Story -未踏世界の物語-

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クロールの矜持

Alison Luhrs / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2017年5月31日

原文はこちら

 クロールとは、ラヴニカのゴルガリ団に忠誠を誓う昆虫種族である。地底街の外れで何世紀もの間ギルドと関わることなく生きてきた彼らが、その忠誠を宣言したのはつい最近のことに過ぎない。そしてゴルガリ団への忠節にもかかわらず、クロールはギルドの上位存在と同等に扱われてはいない。死の僧侶にしてクロールの長マジレクは、民がギルドマスターのジャラドとその同類に顧みられていない状況を無為に座してはいない。



《ゴルガリのギルド門/Golgari Guildgate(C15)》 アート:Eytan Zana

 ゴルガリ団の庁舎となっているアーチ天井の地下聖堂は、列をなす茸類の低木と苔むした廃墟からなる円形の巨大迷路に囲まれている。腐食の迷宮コロズダとも呼ばれるその構造物は薄暗い地底街の中へと不気味な影をそびえさせ、その中心に聖堂本体、スヴォグトースが建っている。地上の住人は、かつて、その大聖堂がどれほど美しかったかを囁くことだろう。遠い過去、その滑らかなアーチや石造りの塔は黒曜石と銀とで輝いていた。だが長い時に摩耗し、冷気と湿気の中で、古い黴と土の匂いが重くたちこめていた。

 地下の住人は知っていた、それは今も美しくあり続けていると。

 ギルドマスター・ジャラドの補佐役ソーベスラフが庁舎のその快適な空気の中、寛いで座していた。その机はジャラド・フォド・サーヴォのそれに繋がっていた。主は普段、公衆の視線を避けて外の迷宮を放浪することを好むためだった。リッチというのは社交的な存在ではない。

 ソーベスラフはそれを理解しており、組織の問題を対処する際にも通常は主を放っておくのが最良と心得ていた。この時、彼は茸に照らされた机に山となった書簡を片付けていた。そのエルフは地上の報道に(フードに隠れ、疲れ、やや間隔が離れすぎた)目を通し、日の当たる都市における物事の処理の下手さを軽蔑し嘲った。グルールの暴動。オルゾフとアゾリウスの断絶。だからこそゴルガリは地下に留まるべきなのだ――ギルドパクトが歩き、話し、突然姿を消す現状で、今や嘆かわしい事件が起こっている。

 それらを読み終えると、彼は報告を部屋の隅のごみ山へと投げ捨てた。地虫はこの報告を自分よりもずっと役立てるだろう。

 書類の山の底にあった一通の書簡がソーベスラフの目にとまった。

 それは上質な紙に書かれており、繊細な苔の匂いがした。輝く黒色の封が前面に押され、その飾り紐には一つの茸が結びつけられていた。

 奇妙な。

 ソーベスラフはその茸を除け、丁寧にその書簡を開いた。記述に用いられているインクも上質で、だがその筆跡はこすり跡と判読不能の染みの塊に等しかった。

 少しして、ソーベスラフはそれが何なのかを把握した。

 これは招待状だった。

 ジャラドへの。

 差出人は、クロールのマジレク。

 ソーベスラフは笑った。

 彼はその紙を丸め、仕事場の隅のごみ山へと投げた。

 それは潰れる音を立てて落ちた。

 ソーベスラフは含み笑いをもらした。何と厚かましい! クロールを気にかけるのはクロールだけだ。何故奴らが? クロールはゴルガリ団の新参者だった。何世紀もの間、彼らは昆虫の姿をしたギルドなき乱暴者だった。社会の隅に生き、ゴルガリ団への忠誠を宣言したのは最近にすぎない。来るものを決して拒まないゴルガリ団はその誓約を受け入れ、クロールは今や労働者として仕えている。ゴルガリ団は階級組織ではないが、クロールはギルドに影響をもたらすものではないと、彼ら自身ですらわかっていた。

 一体全体何故そのクロールは、大した影響力も持たない、取るに足らない死の僧侶からの招待にギルドマスターが応じるなどと思ったのだろうか?

 しばし熟考とともに、ソーベスラフはその丸めた書簡を見つめた。

 この招待は奇妙だ。調査の理由としては十分なほど......違うか? そして、よりによってクロールがけしからぬことを考えている事がわかったとしたら、ジャラド様は間違いなく自分の率先した行動を褒めて下さるだろう。

 ソーベスラフは目を狭め、卓上の呼び鈴を鳴らした。一人の従者が顔をのぞかせ、命令を待った。

「兵を十五人集めろ」 ソーベスラフはそう告げた。事と次第によってはクロールはゴルガリ団の真の力を幾らか学ぶことになるだろう。


 書簡に添えられていた茸は位置情報を示すものだった。それはゴルガリ団員の間で、会合場所を通達するための古風だが的確な方法だった。言うまでもなく菌類はギルド中に広がっており、菌糸一本が数千尋も伸びることができる。菌類や粘菌の生態系の中、その位置を把握するには単純な魔術を用いればよい。そしてほぼあらゆるゴルガリ団員が、見知らぬ茸を贈られた際の意図を認識していた。

 ソーベスラフは呪文を唱え、その茸の群落が彼に歌いかけるのを聞いた。三日も地下に潜った更に先。彼はうめいた。

 物資が集められロープが揃えられた。道程は遥か遠く、遥か深くになると思われた。地底街は果てしないと言ってよいが、下方に住まう存在の目にとまるほどの深みに都市や家を築くべきではないとゴルガリ団は熟知していた。

 マジレクが招く場所は、その遥か先にあった。

 ひとたび集合すると、ソーベスラフとゴルガリ兵の小集団は移動と降下を始めた。


《ゴルガリの凶漢》(『デュエルデッキ:イゼット vs ゴルガリ』版) アート:Johan Bodin

 茸の群落を目指し、ソーベスラフと兵らは洞窟と裂け目を抜け、長い滝を下り、何マイルもの空虚な腐敗平原を通過した。更に遠くへ、かつて誰も辿り着いたことのない深みへと。

 腐敗平原から下水道へ、下水道から手つかずの岩場へ。ゴルガリ団は力強く古い存在だが、掘るべきでない場所を掘るほど愚かではなかった。

 茸の呪文に引かれるままに進みながら、ソーベスラフの心は浮遊した。彼は当初この呼び出しを軽く見ていたが、それは恐怖の種へと変質し、歩き続けるごとに芽吹いて成長していった。何といっても、マジレクは死の僧侶なのだ。昆虫の考えというのはソーベスラフにとって極めて奇妙なものだった。そもそも彼らは異質であり、理解し難い存在だった。ゴルガリ団は軽んじられる者や踏みにじられる者に決して背を向けないことを誇りとするが、それでもクロールが何を求めてくるのか、ソーベスラフは用心せずにいられなかった。結局のところ、彼らはギルドの新参者なのだ。あるいは、ギルドに属していなかった頃の野性をまだ保持しているのだろうか。

 自分がギルドマスターの代理として訪れたなら、彼らは怒るだろうか?

 ソーベスラフはかぶりを振り、心を強く持って誇りを固めた。それは向こうも予測しているだろう。偉大なるリッチ、ジャラド・フォド・サーヴォと直接話すためには、やらねばならない事がある。

 その間にも、道はずっと下方へ続いていた。何度も彼らはロープで一人また一人と下降し、時には胸を縮めて岩の間をねじ込むように通った。ある午後には、地上の木々のように巨大な水晶が高くそびえる洞窟を通過した。その洞窟の空気は息ができないほどに熱かったが、彼らは変わらず進んだ。その道程はソーベスラフの好奇心を煽り、風景が更に馴染みないものへと化すと、それはただ高まるばかりだった。あの死の僧侶は何処に座している? 何を求めている? 三日目の朝、ソーベスラフは声を上げて兵を止めた。彼はマジレクから送られた茸の呪文を確認し頷いた。奇妙なほど広大な洞窟の中、彼らは用心して立っていた。ソーベスラフの魔術はここに導いているように思われた。

 彼は匂いをかぎ、感じ、両目が暗闇を貫いた。

 そこに、右にあった。

 その裂け目は当初、特に目につくものではなかった。

 壁の細いひび割れに、きらめく糸の網がかすかに揺れ、その入り口を覆っていた。

 ソーベスラフはそれを感じた。遠い、死して長い屍術の音がその道を流れていた。古く、遥か遠くから。

 彼は震えた。これはクロールの死の僧侶以外にありえない。

 ソーベスラフは兵を呼び集め、素早く魔力を脈動させると自身と一同の間に簡素な命綱を作った。洞窟探検の魔術はきつく巻き付く不快なもので、長続きするが熟達は難しい。ギルドの多くの者とは異なり、ソーベスラフは衰退する呪文を学ぶことを決して厭わなかった。彼の魔術は生き伸びるためのものだった。

 ソーベスラフが先行し、洞窟探検の呪文で明かりを作り出すと裂け目や鋭く尖った岩が照らし出された。周囲の岩壁は彼の魔術の揺らめきに輪郭を露わにした。それまでになかった手がかりと突端が現れ、彼らは身を縮めて更に下へと向かった。

 両壁は迫り、空気は薄くなっていった。ソーベスラフは可能な限り息を吐き、身体を横にして裂け目を通った。後背の誰かが魔法の命綱を引き、ソーベスラフは彼らを引きずり出した。目的地はまもなくだった。閉所に怯える暇はなかった。

 狭苦しい裂け目の出口は目の前にあった、まるで二本の平行線のように。彼は前方へ押し出て堅い土の上に転がった。兵らもそれに続いた。

 ソーベスラフは立ち上がり、乾いた空気に慣れると、鼻はその空間に充満するかすかな麝香をとらえた。地面では、黄色をした膜状の黴が柔らかく足元の石を覆っていた。

 ソーベスラフはまた別の明かりの呪文を唱えた。これはもっと一般的なもので、彼らの頭上と周囲を照らし出した。まだ慣れない彼らの目が眩まぬよう、それは塵の粒のように宙を漂って薄暗い光を放った。彼がそうすると、側頭部がわずかに痛んだ。彼は眉をひそめた――長い間に多くの魔力を使ったためだが、実践不足だとは思っていなかった。

 その部屋の隅で、彫刻をされた巨大な石板がゴルガリ団のエルフ達の前にそびえていた。輝く水晶がその石板に斑点をなし、丁寧な彫刻がその石の両脇を縁どっていた。地上であれば執政者の邸宅を飾るものと見紛いそうな、だがここでは、地下においては、遠く忘れられた過去を語るものだった。

 そしてその石板の最上部に、一つの文が、ぎらつく黒い岩に装飾を伴って深く刻まれていた。

 エルフ達にそれを読む余裕はなかった。

 何かが......さえずっていた。

 それは低い呟きで、彼らは当初気付かなかった。

 ソーベスラフが明かりの塵を上方へ急がせると、視界に現れたのは、何百体も昆虫人の姿がぎっしりと身を寄せる様だった。

 衛兵の一人が驚きに後ずさった。残りは凍りついた。その目が頭上の悪夢をとらえると、ソーベスラフは頭痛が広がるのを感じた。

 そこに、天井に掴まり、彼らの到着を待っていたのは、クロール達だった。

 昆虫の列また列にわずかな乱れがあった。羽根の音。天上から巨体が落下し、粘液じみた衝撃音とともに着地した。そしてそれが立ち上がると、全くの軽蔑とともに二つの複眼がソーベスラフを見据えた。


《クロールの死の僧侶、マジレク/Mazirek, Kraul Death Priest(C15)》 アート:Mathias Kollros

 マジレクは顎を鳴らし、背筋を伸ばして立った。その身体はクロールの平均から見ても巨大だった。

「ジャラド・フォド・サーヴォヲ招イタノダガ、来タノハ飼イ犬カ」 ソーベスラフは乱雑な吸気音と虫の声に身を縮めた。マジレクの顎が発するラヴニカ共通語は奇妙かつ途切れがちだった。

 ソーベスラフは息をのんで光を下ろし、天井を闇で覆うと目の前に立つ死の僧侶を更に照らし出した。側頭部が打つように痛む中、彼はその巨大昆虫をしっかりと見るために目を狭めた。

「私はギルドマスターであるジャラド・フォド・サーヴォの補佐役である。長は都合が悪く、代理として私を送り出した。君達がギルドに伝えたい件とは何だ?」

 死の僧侶は杖を握りしめた。その関節が打ち鳴らされ、羽根が苛立ちに音を立てて震えた。

 マジレクは一歩踏み出し、ソーベスラフは半歩後ずさった。

「ソーベスラフ、言エ。ゴルガリ団ハクロールヲドウ考エテイル?」

 音の波、無数の蝉の絶叫に近いそれが天井に波打った。ソーベスラフは次第に理解した、クロールらは笑っているのだと。彼の頭痛は今や鋭い短剣のように貫き、彼は苦痛のうめきを隠した。

「クロールは......労働者だ。働き手だ。腐敗農場で働き、下水道を保全する。ギルドの新入りとして、その義務を果たさねばならない」

「ソレダケカ?」

 そうではないとソーベスラフは感じていた。

 死の僧侶の口腔から笑い声が漏れ、そして喉を裂くような金切り声となった。洞窟じゅうから、そして天井のクロール達から含み笑いが上がった。

 ソーベスラフは汗をにじませた。閃光が目の前に踊り、心は苦痛にひるんだ。頭上にいる無数のドローンの存在は耐えがたく、クロールの悲鳴じみた笑い声は彼の骨に恐怖を走らせた。

 不意に、ソーベスラフの背後で柔らかいものが倒れる音が響いた。ゴルガリのエルフの一人が地面に崩れ落ち、その四肢は発作を起こしたように悶えていた。ソーベスラフは悪態をつき、憤怒とともにマジレクを見た。

「我々はギルドの同志だろう! 私の兵を傷つけ続けるのならば容赦はしない!」

「デキルトハ思ワナイガナ」

 別の兵が白目をむき、地面に倒れた。その口からは泡が漏れ出していた。

 ソーベスラフは右脇腹に不快な苦痛を感じた。

 マジレクはクロールに可能な限りの舌打ち音を発した。「肝臓ノ具合ガ悪イノカ?」

 三人目の兵が倒れた。ソーベスラフは苦痛に顔をしかめた。

「どういうつもりだ? 私達は召喚に応じて――」

 エルフは苦痛に膝をついた。マジレクは関節を曲げて近づき、下顎がエルフの両耳に鳴った。「我ガ民ノ望ミハ議席ダ。ソーベスラフ、常ニ刷新ヲ。ソシテ知ッテノ通リ、時ニ死ハ欠カセヌモノ」

 ソーベスラフは苦痛にうめいた。「クロール、私はお前に殺されなどしない」

 マジレクは更に近づいた。「コノ三分デ、オ前ト兵ヲ殺シテキタ。オ前ノ脳モ少シズツ一緒ニ」

 ソーベスラフは襲いかかろうとよろめき、だがその瞬間、片方の腎臓が死んだ。四人目の兵が倒れた。マジレクは自分を最後に残す、ソーベスラフは心の残片でそう実感した。

 死の僧侶は背筋を伸ばした。

「ソウデナクトモ」その声は愉快そうだった。「扉ヲ開ケルニハ死ガ要ルカラナ」


 ヴラスカは一匙の砂糖を杯に注いだ。自室にて彼女は立っており、向かい合うマジレクは心地良くクッションに座していた。ゴルゴンは紅茶を淹れていた――その死の僧侶が楽しみを覚えたばかりの美味を。

「クロールハ巣ノタダ一体ノ長ニヨッテノミ機能スル。私ハコノ役目トトモニ生マレタ」 彼は虫らしい鳴き声を交えながら話した。クロールの顎でラヴニカ共通語を話すにはそうならざるを得なかった。ここは安全な場所だった。ヴラスカは決して友を嘲りも馬鹿にもしなかった。

 自分の立場を説明するマジレクを、そのゴルゴンは興味とともに見つめた。「その責任に怖気づいたこととかはあるの?」

 彼女は八杯では下らない砂糖を入れ、杯をマジレクに手渡した。彼は感謝の声とともにそれを受け取った。

 マジレクは紅茶に下顎を浸した。そして顎を横に動かし、クロール以外の前でのみ使用する丁寧さでその茶をすすると杯を置いた。彼は前肢を畳み、黙考した。「私ハコノ道ヲ学ビ、死ノ僧侶トナルタメノ訓練ニ生涯ヲ費ヤシテキタ。時ガ訪レ、指名サレタ時ニハ、民ノ長タル構エハデキテイタ。私ノ才能ヲ持ツクロールハ他ニイナイ」

「そういう確信を持ってる奴を、私はうぬぼれ屋って呼んできたけどね」 ヴラスカは心得た笑みで呟いた。

 マジレクは溜息と、小さく反響する困惑の軋みを吐いた。彼は友人を見た。

「クロールニ『ウヌボレ』トイウ概念ハナイ。総体デアル巣ノ中ニ矜持ハ無意味ダ」 マジレクは続く言葉を、小さな混乱の声とともに発した。

「矜持トハ何ノタメニアル?」

 ヴラスカは杯を皿に置き、考えた。そして息を吐き、吸い、自身の思考を形にしようとした。やがて、彼女は答えに至った。

「これまで生きてきて、私のことを真面目に見ない過ちを犯す奴等が本当に沢山いたわ。専門家としても脅威としても」 ヴラスカは身体の前で両手を組み、髪の蛇が穏やかな動きで顔面を縁どった。

 彼女はその黄金の両目で、マジレクをまっすぐに見つめた。

「無礼な奴に会わなきゃいけないなら、誰にもどうにもできないくらい怒り狂って自分を愛してあげなきゃね」


 マジレクはその会話の思い出を大切にしていた。クロールにとって矜持は馴染みない概念だったが、その目的を学ぶことで彼は理解した。彼は途方もない物事を理解でき、ゴルガリ団の無視があってもそれを変えることはなかった。この教えを受けたことで、マジレクは心の底からヴラスカを信頼していた。そのゴルゴンと最初に遭遇したのは数年前、オクランの暗殺者達について協議した時のことだった。マジレクは頼まれた暗殺者らへと祝福と魔法を授け、ヴラスカはその後に会話をした唯一の人物だった。以後二人は神学や政治を議論すべく定期的に会うようになり、二人の友情は年を経るごとに深まっていった。

 ソーベスラフの細胞を一つまた一つと殺しながら、マジレクは矜持を感じていた。

 膵臓が死ぬと、そのエルフは長々一分の間悲鳴をあげ続けた。

 死の僧侶は杖を天井へ掲げ、詠唱を始めるようクロール達へ呼びかけた。彼はクロールの言語で喋った。肉を必要としない言語、一連のさえずりと鳴き声からなる、人型生物の唇ではかなわない言語を。

 クロール達は一つの詠唱で返答し、マジレクは呪文を唱えはじめた。

 馴染みのない耳が聞いたなら、その詠唱は何か巨大な機械が動いては規則正しく鳴っているように響くかもしれない。マジレクにとっては数千年の力を震わせる音であり、取り戻す力への祈りであり、創建を待つ帝国への口上だった。

 マジレクは情熱とともに先導し、歌の一節ごとに魔法を編み上げた。足元の粘体が目覚め、死んだばかりの魂で格子が照らされた。兵がまた悶えて死ぬと、彼らの呪文は更に強まった。その間もマジレクは死した魂で震える力をとらえ続け、それを手に入れて杖へと繋げた。呪文が完成しようとしていた。

 ソーベスラフは悶えて泣きわめき、内臓が一つまた一つと死ぬごとに身体の自由がきかなくなっていった。焦点の定まらない両目が空虚にマジレクを見つめ、その表情はかすかに慈悲を求めるように歪んでいた。痛みを感じ続けるよう、マジレクは彼の脳を生かしたままでいた。そして矜持をもって、耳障りな強調とともに詠唱を続けた。


 ヴラスカの私室はとりわけ快適だった。好奇心の飾り棚を倒したような場所で、壁は極上の装身具やとにかく誰も見たこともないようなものに隙間なく覆われていた。その色と絢爛さはいつも彼の複眼を圧倒したが、時が流れるにつれ落ち着いた。ここは歓迎の場所、旅人の家だった。台所の上には濃紫の旗。本棚には縁に黒色の波模様が描かれた粘土の水差し。天井には飾り紐がかけられ、そこに折り紙の鳥が何十と混じっていた。その効果は穏やかで魅惑的、ヴラスカの私室で茶を楽しむのはまるで博物館の高天井の下にいるようだった。

 マジレクはヴラスカが座す部屋を横切った。ギルドマスターから届いた布告に彼は苛立っていた。

「ジャラドモエルフモ、クロールガドウナロウト気ニナドシナイ。奴ハ食糧配給ヲ減ラシ、私達ノ相談要請ヲ全テ無視シタ。ゴルガリ団内デチカラヲツケラレルヨリハ飢エサセヨウトイウ魂胆ダ。奴等ニトッテ、コノ新タナ同盟ニ価値ナドナイト!」

 マジレクが喋る様子を、ヴラスカは注意深く彼を見つめた。そして彼女は身をのり出した。

「マジレク、そう感じてるのはあんただけじゃない。クロールも、ゴルゴンも、ずっと目を向けられず、話も聞いてもらえずに生きてきた、すごく長い間ね」

 マジレクは憤慨に顎を鳴らした。「必要ナ変化ヲモタラスニハ戦ウシカナイヨウダ。シカシ紛争ハ我ガ民ニトテモ多クノ犠牲ヲ要スルダロウ」

「でも、血を流さなくて済む方法があったら?」 ヴラスカは尋ねた。

 マジレクは彼女を見つめた。

 ヴラスカは茶を一口すすった。彼女は微笑んで肩を風変りに上げた。「血を流さなくても、変わらせる方法はいっぱいあるのよ」


 マジレクは詠唱を止めた。頭上のクロールは彼のフェロモンを感じて洞窟の地面へと急ぎ下り、彼に加わった。

 ソーベスラフはまだ生きていた。彼は一つの肺で喘ぎ、視線は定まっていなかった。

 マジレクは身を屈めるとソーベスラフの頭上に杖を掲げた。

 エルフの唇から言葉が漏れ出た。「クロールではゴルガリを統べられん」

 マジレクは首をかしげて顎を鳴らした。「ソノ通リ、私モソノツモリハナイ」

 杖の先端がソーベスラフの首の後ろへ動いた。

「ダガ、統ベラレル者ハ知ッテイル。ソシテ彼ラノ即位ヲ成シ遂ゲルタメニ、オ前ニモ手伝ッテモラウ」

 最後の力の一引き。生け贄の震える溜息。そして不意に脳幹を分解され、ソーベスラフの両目が見開かれた。

 ソーベスラフであったエルフは死の僧侶の足元、うつぶせに横たわっていた。

 マジレクは喜びに羽根を鳴らし、そのエルフの死にゆく身体から杖へと力を引いた。

 周囲のクロールは歓喜し、激励の詠唱を始めた。

 マジレクは口腔を鳴らして息を吸い、目の前に立つ黒曜石の板へと集中した。

 マジレクは杖を中の手で掴み、後肢を足元の粘体の格子に埋め、そして自身の力をもって上方へと引いた。足元の粘体の糸と菌類を通して掴み、すると屍術の力の流れが吸い上がるように達してきた。十六の新鮮な魂の力が彼の頭から足先までを震わせ、マジレクは心の中で素早く一つの呪文を織り、足元の粘体から引き出した死を動的な力へ転換し、それを刈り取ったばかりの脈動する死と結合させた。

 彼は石板の両脇を掴み、それを横に動かした、

 ギルドマスターにこれを目撃して欲しかった。クロールがこの偉大なる力を手に入れるとともに、彼には終わりを被って欲しかった。

 だがジャラドの番もすぐに訪れることだろう。

 石板の封が壊れると、空気が流れてきた。部屋の内部は漆黒だった。

 その霊廟は古いものだと彼は即座に感じた。何世紀もの悪臭がした。

 背後にクロールが群れ、中をのぞき込んだ。

 目の前に広がるのは壁も見えないほどの巨大な洞窟、そして霊廟の床の格子に沿って兵士の編隊のように配置されているのは、何百もの石棺だった。天井は堂々として華麗、空を見上げていると目を錯覚させるほどにきらめき描かれていた。その空間の全てが、底深く古い富と権力を物語っていた。

 彼が霊廟へ一歩踏み込むと、魔力の流れが石に反響した。マジレクは自分が古の呪文を誘発させたことを感じ、石棺の一つ一つが自ら開きはじめるのを歓喜とともに見つめた。

 レースと美しい指輪で飾られた繊細な手が自らの棺の蓋を動かし、不死者達は一斉に立ち上がりだした。ヴラスカが彼へと、そうなるだろうと語っていたように。

 マジレクは矜持とともに羽根を鳴らした。

 一体のドローンが疑問の匂いを発しながら、彼の隣に慌ててやって来た。

「彼らは何と呼ばれているのです?」 クロール語でその雌は問いかけた。

 マジレクは背筋を伸ばし、目の前に立ち上がろうとしている軍勢へと、大仰に杖を振ってみせた。「見よ。これぞ往時の霊廟ウメリレク、クロールの救済にしてゴルガリ帝国創建の鍵なり」


プレインズウォーカー略歴:ヴラスカ

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