マジック:ザ・ギャザリング 日本公式ウェブサイト

読み物

Making Magic -マジック開発秘話-

authorpic_markrosewater.jpg

こぼれ話:『破滅の刻』 その1

Mark Rosewater / Tr. YONEMURA "Pao" Kaoru

2017年7月24日

原文はこちら

 各セットごとに、私は1本か2本の記事を、その新セットに関する諸君からの質問に答える一問一答記事に費やしている。『破滅の刻』について、諸君が本当に知りたいことは何なのだろうか。

 私が最初にしたツイートはこれである。

 私の一問一答記事の時期である。新セットに関する質問を、1つ1ツイートで送ってくれたまえ。

 いつもの通り、可能な限り多くの質問に答えたいと思っているが、以下のような理由から答えていない質問がある。

  • 文章量の都合で、答えられる質問の数には限界がある。
  • すでに同じ質問に答えている場合がある。最初に来た質問に答えるのが通例である。
  • 私が答えを知らない質問もあるし、正しく答える資格がないと思われる質問もある。
  • 将来のセットのネタバレになるなど、様々な理由で答えることができない話題もある。

 伝えるべきことは伝えたので、さっそく質問に入ることにしよう。

 なぜ今馬の部族なんですか?

 カードがどのようにデザインされたかと、それが実際どのように認知されるかは全く別のことであり、《冠毛の陽馬》はその好例である。認知は、そのカードのどの側面が一番注目を集めたかによる。《冠毛の陽馬》が史上初の馬の部族カードである。そのため、このカードの軸になっている要素は馬の部族という部分だと思われているが、実際はそうではない。実際は、このカードはデベロップに入るまで(そしておそらくそれよりも遅くまで)ルール文中に「馬」という単語が存在すらしていなかったのだ。

 《冠毛の陽馬》は、プレイヤーが「ライフを得ること関連」のデッキを作りたくなるような「デッキの軸になる」カードとして作られた。プレイヤーがライフを得たら、破壊不能を持つ5/5のクリーチャー・トークンを得られるのだ。そのクリーチャーが一体何か、というと、何でもなかった。デザインの初期では、カードのデザインにおいて重要ではなかったので、単に「名前」と書いてあった。デザイン版の《冠毛の陽馬》は、「破壊不能を持つ5/5の白の[名前]・クリーチャー・トークン」を作っていたのだ。

 どこかの時点で、クリーチャー・トークンがそれぞれ破壊不能を持つよりも、元のクリーチャーが破壊不能を与えるようにしたほうが明瞭で(各トークンについて覚えることが減る)、対戦相手が対策しやすくなるということに気がついた。《冠毛の陽馬》に対処できれば、クリーチャー・トークンを破壊することができるようになるのだ。

 興味深いことに、デザイン上の観点から、このクリーチャー・タイプは意味があったが、それは諸君が考えるのとは逆の方向だった。そのクリーチャー・タイプは、他に多く存在していないものである必要があったのだ。例えば、このカードがゾンビの部族(ゾンビ・クリーチャー・トークンを参照し、生成する)カードだったとしたら、このカードはずっと強くなっていた。そして、このカードはすでにかなり強い。つまり、あまり使われていないクリーチャー・タイプを探す必要があったのである。

 選択肢は2つあった。このカードが他のカードと相互作用しないように新しいクリーチャー・タイプを作るか、既存のクリーチャー・タイプを選ぶが、このカードのコストを重くしなくてもいいよう全体のパワーレベルが充分低いものにするかである。おそらく、デベロップ・チームはこのセットのコンセプトを担当しているクリエイティブの人間に任せたのだと思われる(「コンセプト」というのは、各カードがクリエイティブ的に何を表すのかを決めてカートの指定をできるようにする作業のことである)。なぜ馬が選ばれたのか確信できるわけではないが、おそらく、「アモンケット世界でクリエイティブ的に存在しうる」と「枚数や全体の強さが低いクリーチャー・タイプである」を両立する上手いところに当たったのだろう。

 馬の部族カードがついに登場した、と感じたプレイヤーたちからのメールが何通も届いている。その通りではあるが、我々は折に触れてそういうことをしているということが重要だと考えている。プレイヤーが主張しているものを作るために、我々は尽力しているのだ。しかし一方で、プレイヤーが口に出していなくても、楽しむであろうと思われるものを作ることも重要である。これは私のソーシャルメディアでのプレビュー・カードで、私がこのカードを選んだのは、これが諸君を驚かせ、喜ばせるに違いないとわかっていたからなのだ。


 基本のパワーやタフネスが4/4より大きくて、小さくなって戻ってくる永遠クリーチャーは検討しましたか?

 デザイン空間を掘り下げるときには、通常、そのアイデアのあらゆる側面についてのブレインストーミングを行なうものなので、それについても話し合った。最終的にその方向を推し進めるような気に入ったデザインを見つけることができなかったので、採用しなかったのだ。

 しかし、この質問からは重要なデザイン上の教訓を得ることができる。デザインするとき、いわば「空白の空間」に向かって推し進めたいと思う傾向がある。永遠を例にしてみよう。永遠は不朽にひとひねり加えたもので、変更された部分は2つある。大きいものが1つ(パワーとタフネス)と、小さいものが1つ(色)である。永遠カードをデザインする上で重要なのは、4/4への変更が何か意味を持つようなメカニズム的空間を見つけることであった。そのための自然な空間は、そのクリーチャーが4/4よりも小さいようにして、4/4に変化することが利点であるようにするというものだった。

 この例で言う「空白の空間」は(いや、「空白の空間」の1つは)、4/4よりも大きいクリーチャーである。永遠能力を使ってクリーチャーを4/4で戦場に戻すと小さくなるというのはどうだろうか。これはこのメカニズムを覆すものだ。空白の空間が面白いのは、それがデザイナーのうぬぼれに係るものだからである。自分が賢明であることを示すようなものを作るのはエキサイティングなことなので、プレイヤーが期待していないような方向に進めでしまうのだ。

 問題は、ゲームデザインで重要なのは賢明であることではなく、素晴らしいゲームを作ることだということである。自分が空白の空間でデザインしていることに気づいたら、そのデザインがゲームのためになっているかどうか自問する必要があるのだ。体験全体を向上させるものを作っているかどうか。空白の空間は驚かせるものなので、思い違いをしやすいものである。強い第一印象を生むのだ。しかし、その欠点は実際に動かしてみると明らかになる。掘り下げられていない空間の多くが掘り下げられていないのには理由があるのだ。プレイテストが重要な理由はここにある。机上ではうまくいきそうに聞こえるアイデアが、いつも実際にうまくいくとは限らないのだ。

 なぜ4/4に縮むような大型クリーチャーがいないのか、というと、その選択がゲーム体験全体を向上させるようなデザインを見つけられなかったからである。存在しないと断言するわけではない(いつかこのメカニズムを再録し、うまくいくような方法を見つけるかもしれない)。しかし、ただそれを作るだけの目的で作るということはしなかったのだ。


@mtg_tony: One thing I expected in this set and didn't see was lots of death triggers. This seems like the perfect set for them.

 このセットでは大量の死亡誘発があるだろうと想像していましたが、実際はそう多くありませんでした。このセットはまさにふさわしいと思ったんですが。

 『破滅の刻』には入れるべき大量の要素があった。『アモンケット』の4つのメカニズムの中で、督励、余波、サイクリングの3つはそのまま、あと1つの不朽もひねりを加えて永遠として採用した。さらに新しいメカニズムである加虐が追加された。ゾンビの部族テーマが維持されており、さらに3種類目のゾンビである永遠衆が追加された。「砂漠関連」のテーマが大きく拡張された。3柱の新たな神々が登場した。-1/-1カウンター・テーマがさらに扱われた。トップダウンのエジプト風要素を増やす必要もあった。それに加えて、ナクタムンの破壊とゲートウォッチの敗北を含む斬新なストーリーが存在したのだ。

 確かに、死亡誘発はテーマ的にこのセットにふさわしかったかもしれないが、セット1つに入れられる量には限りがある。まして、直前の大型セットのテーマのほとんどを引き継がなければならない小型の第2セットなのだ。メカニズム的に素晴らしいと言えるふさわしさだろうか。たしかにふさわしくないというわけではないが、質問者が考えているほど素晴らしいものではないのだ。今回の墓地の相互作用は、墓地にある時に価値を持つ(不朽や余波)カードが重要である。『イニストラードを覆う影』のような墓地の内容を参照するブロックでは、墓地に送りたいようなカードが存在することが有効なのだ。死亡誘発を持つクリーチャーでチャンプブロックしたら、ダメージを防ぎ、効果を得て、さらに昂揚を達成する助けにもなるわけである。

 短く答えると、場所が足りない。そして最初に想像するほどは完璧にふさわしいわけでもない。


 なぜ? なぜオケチラを殺したの?

 私にはアリバイがある。私はそのとき他のセットのデザインをしていた。

 この質問の本質は、なぜ我々は登場人物を殺すのか、である。なぜ誰もが生きているわけにはいかないのか。それは、我々が終わりのある進行中のストーリーを描くためである。ただ殺すためだけに登場人物を殺しているわけではないが、一方でそれを選択肢から排除することもない。登場人物の死は、注意深く、目的を持って使わなければならない道具である。オケチラはただ衝撃を与えるためだけに殺されたわけではなく、我々が描いているより大きなストーリーの中で重要な部分だったから殺されたのだ。なぜボーラスはアモンケットにあのようなことをしたのか。神々の役割は何だったのか。ボーラスは何を計画しているのか。なぜ永遠衆が必要なのか。なぜボーラスはアモンケットの神々を殺したのか。これらはどれも重要な疑問であり、ストーリーが進行することで明らかになるだろう。


 ボーラスは大修復前でさえ青黒赤の3色しか使えなかった(テツオはそれらを切り離すことでボーラスを倒した)のに、どうやって全てのタイプのマナを使えるようになったんですか?

 2つの別々のことが混ざった質問になっている。登場人物の色と、その人物が使える魔法の色というのは別なのだ。その前者はその登場人物を動かす哲学に関連している。ニコル・ボーラスは青黒赤の人物であるが、これは彼がその3色それぞれの性質を持っているからである。彼は知識を求めており、自身を向上させることを強い動機としている。彼は利己的で無慈悲であり、自身が望むものを得るために必要なことはなんでもする。そして彼はいくらか衝動的であり、彼が許容しようとしていることであってもそれよりも感情に突き動かされるのだ。

 25000年以上生きている魔道士として、彼は5色全ての魔法を使うことを学んだ。もちろん、青、黒、赤の3色が彼にとって自然なので、その3色寄りであるが、白や緑の魔法を学ぶ工程も経てきているのだ。

 ほとんどの人々がこの2つのことを混ぜてしまう理由は、マジックにおいてこの2つを揃えることが多いからである。白の魔法を使う魔道士は、白の哲学を持つものなのだ。魔法の性質が、自身の性質に最も近いものに引き寄せるのだ。自分の個人の色以外の魔法を学ぶのは非常に難しいことだが、不可能ではない。特に、マルチバース史上もっとも賢くもっとも古い存在にとっては。


 なぜ砂漠という小テーマは以前のセットではなくこのセットで実現したんですか?

 この決定は、他の何よりもストーリーに基づいたものである。『アモンケット』では、ナクタムンの街とそれを取り巻く砂漠について知った。砂漠については、それが邪悪で危険な場所であるということさえ判れば充分だった。そして、幸いにも街は砂漠を遮る防御障壁のヘクマに囲まれているのだ。

 『破滅の刻』では、《蝗の神》が現れ、ヘクマを食い尽くしてしまう蝗を呼び出した。そのため、砂漠やその住人が街の中に入ってきたのだ。これをゲームプレイで表すため、砂漠が街を侵略することをを描けるよう、「砂漠関連」を『破滅の刻』の大きなテーマとして押し出すことにしたのである。


 《Camel》と《Desert Nomads》はマジックの最初のエキスパンションである『アラビアンナイト』のカードである。

 《Camel》は遠い昔に廃棄したメカニズムであるバンドを使っているので再録はありえない。《Desert Nomads》も、比較的最近廃棄した能力である土地渡り(沼渡り、森渡りなどが土地渡りの例である)を使っているので再録はありえない。

 『アモンケット』ブロックで、土地タイプとしての砂漠をメカニズム的に意味があるものにし、ラクダを登場させたいと考えたが、この2枚のカードは今は使わなくなった(新しいカードを作るという意味で。古いフォーマットのためにルールは保持されている)メカニズムを使っていたのだ。


 なぜ《厳粛》を採用したんですか? 《倍増の季節》が止まっちゃいます!

 それだけでなく毒やエネルギーなど私の好きなものがいろいろ止められてしまうが、マジックにとって重要なのは脅威へのさまざまな回答が存在することである。このカードの役目の1つが、我々が白について、白の「脅威に対する事前の回答について考えてきたこと」をすることである。白がメタゲームを予想することができれば、前もって正しい回答を準備することができる。さらに、私は白の回答には回答があるという性質が好きなので、白が何かを止めたとしても、それに対処するものがあるものなのだ。


 なぜ『破滅の刻』にはアーキタイプを示す金色カードが通常の10種類でなく5種類しか存在しないんですか? 新規プレイヤーにはとても頼りになるんですが。

 『破滅の刻』には、アンコモンに5枚の友好色多色カードが存在し、それらは金枠ではない。金色カードが伝統的に満たしてきた役割は、この5枚のアンコモンの余波カードが担っているのだ。指摘の通り、これらはメカニズム的には友好色のアーキタイプに合ったものだが、金色の敵対色のアンコモンに比べると指向性はいくらか低いものになっている。

 その理由の背景にあるのは、今週と来週のテーマである、全てを小型の第2セットに入れるのは難しいので、デザインにおいて多くの選択を強いられたということである。プレイヤーが余波カードを気に入っていることはわかっていたので、それをさらに増やしたいと考えたが、そうするとアンコモンの多色の枠が足りなくなってしまうため、何かを削らなければならなかったのだ。

 多くの諸君はセットに入れるものを増やすことがデザインの一番難しいところだと考えているだろうが、実際は、一番難しいのは必要以上のものがある状態で減らすことなのだ。嫌いなものを弾くのは簡単だ。ずっと難しいのは、気に入っているけれどもセットに入れられないものを弾くことなのである。

『刻』は満ちた

 今日はここまで、だが心配は無用だ。良い質問が大量に届いていたので、来週もまたこの返答を続けていく。質問への返答や『破滅の刻』全般に関する諸君からの反響を楽しみにしている。メール、各ソーシャルメディア(TwitterTumblrGoogle+Instagram)で(英語で)聞かせてくれたまえ。

 それではまた次回、こぼれ話:『破滅の刻』その2でお会いしよう。

 その日まで、あなたが『破滅の刻』を掘り下げ、このセットについてのさらなる質問を見つけ出しますように。

前の記事: 『破滅』の情報 その3 | Making Magic -マジック開発秘話-一覧に戻る | 次の記事: こぼれ話:『破滅の刻』 その2

トピックス