MAGIC STORY

タルキール覇王譚

EPISODE 08

チェンサルの双子

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チェンサルの双子

Kimberly J. Kreines / Tr. Mayuko Wakatsuki / TSV Yohei Mori

2014年10月15日


 ある盗人が告発されている。あるジェスカイの村が正義を下そうとしている。だが真の正義の源はただ一つ。


「来た! 来たよ!」

「双子が来たよ!」

「急げ!」

 歌をうたうような声と軽い足音がケーラの注意を惹いた。彼女は首をぴんと伸ばしたまま、そしてダールの隣で一歩一歩進みながら、視線を動かした。

 勢いよく流れる川の堤防に沿って、ジグミ村の子供たちが数人、二人を追いかけるように走っていた。

「有罪だって言うと思う?」 一番前の少年が、後ろにいる他の子たちへと声を上げた。

「有罪だよ!」 頬を紅潮させ、小太りの少年が言った。彼はもう一人の少年を追い抜いた。

「どう思う?」 黒くまっすぐな黒髪を房にし、前髪を切り下げた少女が息を切らした。

「知ってるよ、何故かって――」 その小太りの少年は唐突に足を緩め、止まった。「うわあ」 彼はケーラとダールの額を、畏れながら指差した。「見ろよ」


龍流派の双子》 アート:Wesley Burt

 他の子供達は彼の背後に隠れながらも、臆せずに見つめた。

「龍眼だ」 最初の少年が敬意を込めて言った。

「すごく眩しい」 髪を房にまとめた少女が言った。

「目が痛いよ」 小太りの少年が顔を覆った。

「それはおかしいよ」 苛立ったような呟き声が、ケーラの反対側から上がった。

 ケーラは頭を動かすことなく見た。彼女はその少女を木の上に見つけられなかっただろう、その少女の瞳がきらめいていなかったなら。それらは鋭く、輝きながら、ケーラとダールのあらゆる動きを追いかけていた。

「計略の象徴だよ」 川向こうにいる子供の一人が言った。

 木の上の少女は瞳をぐるりと動かした。「狡知。龍眼は狡知の象徴」 彼女は囁き声で言った。ケーラにはかろうじて聞こえた。

「戦うとすごく強いってことだよ」 他の子供の一人も言った。

「それは違うよ」 木の上の少女が言った。「彼らは悟りへの道にある」 彼女は自身の額に触れた。その動きは慣れた、そして熟達したものに見えた。「彼らをここに導いた道。私達全員を最も必要とされる時と場所へと導く道」 彼女は目を閉じ、頭を垂れた。

 ケーラは、それらの言葉が真実であれば良いのにとどれほど願っただろうか。彼女は道を進んでいるとは感じなかった。むしろ、ダールを追いながら漠然と放浪しているだけだった。

 突然、少女の下の枝が鋭い音を立てて折れた。

 ケーラは息を呑んだ。

 少女はケーラよりも速く反応した。身体をひねり、宙返りをした。全ての動きが計画されていたかのようだった。彼女は小路の脇の猫のように、膝を曲げて音もなく着地した。貫くような彼女の視線がケーラへと閃いた。目が合い、彼女は立つと恥ずかしそうに微笑んだ。

 ケーラは唇を滅多に使わない形へと伸ばし、その動作に応えた。

「何をしているんだ?」 ダールの声がケーラの笑みを中断させた。

 彼女は視線を前方にやった。「何も。私はただ――」

「口を開くな」

「まだ村に着いてもいないでしょう」

「あの子らはこの村のだろう?」

「子供達しかいないじゃない、ダール」

「だが、彼らは君が話す所を見ている」

「彼らがはあなたが話す所のを見ているのよ。先に口を開いたのは――」

「そこまでだ。君は感情を出すべきじゃない。ケーラ、私達が何をしようと、全て認識に関わる。君はいつになったら理解できるんだ?」

「私達は正義を行うのでしょう、兄さん」

「私達の認識が受け入れられるからこそ、ジェスカイはただ一つの正義を受け入れる。もしもその認識が汚されていたら、俺達の布告もそうなる。それが君の求めるものか?」

 その質問は罠のように思えた。ケーラはあえて首を横に振ることも、応えるために口を開くこともしなかった、それもまた罠だった。幸運にもそこで彼らは村の門に到着し、応えずに済んだ。

 ジグミの村人たちが入り口の向こう、橋に沿って並んでいた。ケーラとダールが姿を現すと、多くの目と口が開かれた。

 その橋の幅は狭く、両側の村人たちも同時に一人ずつしか通行できないほどだった。ダールが先に行った。彼は常に先に行っていた。彼はあらゆる物事を最初に行ってきた、二人が産まれたその日から。双子として、彼は最初に産まれた――一日早く。彼は夜に、そしてケーラは次の日の朝に。

 曙光の中に産まれたことで、彼女は「潔白」となった。そして夜闇の中に産まれたダールは、「有罪」となった。少なくとも、そうあるべきだった。そしてそれ以外の何でもなかった。

 村の中央から銅鑼の音が鳴り響いた。ケーラは胸にその振動を感じた。彼女は兄を追ってお喋りをする村人たちの回廊を通り、ジグミ広場へと向かった。歩きながら、彼女は噂話や中傷、疑惑といったものの断片を耳にした。

「......水が南へ流れるように有罪は明らかだ......」

「......調停の双子に言わせるまでもない......」

「......あいつは伝授の階段を昇ってすらいない......」

「一体どんな人間が......」

 歩調を合わせて、ケーラとダールは浅い階段を三歩上り、村の中央にある木製の低い壇の前にやって来た。

 村の長、白髪を固く結んで踵まで下げた女性が二人へと頭を下げた。息もつけないほどの静寂が村中に降りた。


ジェスカイの長老》 アート:Craig J Spearing

「ようこそ、ジグミへおいで下さいました」 長の声はきびきびとしていた。「村長のンガボと申します。調停の双子殿においで頂けることは我らが村の名誉でございます」 彼女は長く、低くお辞儀をした。「この日、正義が叶いますことを」

「葦の規則の定めのままに」 ダールとケーラはお辞儀を返した。ダールはケーラよりもわずかに低く頭を下げた。

 ケーラは沈黙のまま苛立った。

 二人は同等とされていた。平衡とされていた。あらゆる物差しにおいて対等の潔白と罪によって、正義を確かなものとする。だが先に産まれたことから、彼はケーラを圧倒し続けている。そのため、二人が正義を叶えることはできるのかは全くもって疑問だった。ケーラはしばしば、自分達には不可能だろうと考えた。自分には不可能だろうと。

「こちらへ」 ンガボ長老は背筋を伸ばして言った。「時間でございます」


 ジェスカイの小村のあらゆる法廷と同じように、ジグミ村の法廷も入念に手入れをされていた。見たところ床は掃き清められたばかりで、室内と調和する座布団がケーラとダールのために並べられていた。それらもまた最近縫われたばかりの新品に見えた。ジグミはその精巧な織物の技術で名高いとケーラは耳にしていた。

 柔らかな座布団に腰を落ちつけると、ケーラは法廷を軽く見渡した。小さかった。成り行きを見守る村人たちは十人ほどしか入らなかった。彼女にとってはありがたかった。あまりに多くの目にじろじろと見られては、自分が偽者のように感じるのだった。

「チェンサルの双子の龍眼のもとに、開廷を宣言します」ンガボ長老は小さな群衆を前に言った。「この日、我らはロッセ・タリングのジグミ村に対する罪について審理します」 彼女は腕を伸ばし、うつむいて壁の近くに立つ、痩せて背の高い男を示した。「今日この日、正義が叶いますことを」

「葦の規則の定めのままに」 村人たちは詠唱した。

 部屋に静寂が降り、ケーラとダールは調停の双子の儀式を始めた。一連の緩やかで統制された動きと、低く朗々とした詠唱で二人は深い瞑想状態に入った。二人はその状態から審理を聞き、真実と正義へ、そして龍の道へと繋がる。

 審理は彼らとともに進んだ。被告の名はロッセ・タリング、彼は答弁を行った。事件は複雑なものではなかった。その男は窃盗で告発されていた。林檎の篭が九つ、村の蓄えから盗まれていた。篭が三つ、ジグミから半日ほどの距離にあるロッセの小屋にて発見された。もう六つの篭がそう遠くない所で空になっており、小路沿いにはそこから数日に渡って、空腹を覚えた多くのジェスカイの放浪者が林檎の芯を散らかしていた。

 ロッセは飢えた者へと食物を与えていたと認め、だが同時にその果物は自分のものであり、与えるためであったと主張した。

 その声がケーラを洗い、瞑想の更に深くへと滑り込む中、彼女を穏やかに揺すった。

 ロッセの涙声が彼女の周囲に渦巻いた。

 ケーラは更に深く、静寂へと降りた。

 ンガボ長老の言葉がケーラの瞼に踊った。

 彼女は動いた。

 村人たちの騒音。

 そしてケーラは正義が座すその場所へと運ばれた。


 瞑想から浮上すると、ケーラはゆっくりと周囲を把握した。彼女はジグミの潔白の塔の中にいた。審理は終わった。彼女は瞑想しながらも、慣れたように塔の頂上へと進んでいた。

 審判の時が来た。

 その瞬間は最も純粋な清明の一つとされていた。調停の双子のみが体験することのできる瞬間。彼女は目を開けるべき時だった。評決を知って、ロッセが無罪か有罪かを魂に感じて。

 だが彼女が魂の内に感じたのは、欺瞞の重みだけだった。彼女の欺瞞の。それは彼女とダールが訪れたあらゆるジェスカイの村、その潔白の塔の内で常に感じていたものだった。彼女は偽者だった。


ジェスカイの戦旗》 アート:Daniel Ljunggren

 気持ちを引き締め、彼女は塔の中央にある油のランプを見た。それは彼女が点すか点さないか、有罪か無罪かを決定するものだった。いや、それは彼女が知るためのものだった。だが知らなかった。

 彼女は立ち、小さな円を描いて部屋の中を歩いた。あまり時間はなかった。すぐに銅鑼が鳴り響き、行動しなければならない時を告げるだろう。ダールもまた行動するだろう。彼は罪の塔の灯火を点すか否か。だが彼女とは異なり、どうすべきかを彼は疑いなくわかっているだろう。ダールは常にわかっていた。

 ケーラは審理へと思考を戻し、心に泳ぎ回る細目を整理しようとした。ロッセは無実なのか? 彼はそうだと思われた。たぶん。彼女はランプを点すべきだと考えた。そう、点すべきだと。

 彼女はその決定を確信しようとした。それは癖だった、もしくはコーリ山要塞の師は何度も繰り返し、彼女に言ったものだった。「自分自身を、内に感じるものを信じねばなりません。そこに真実はあるのです」

 彼女は信じようとした。信じねばならなかった、もし間違っていたなら......

 一つの灯だけが燃える。調停の双子は調停の双子である限り、あらゆる審理において一つの灯だけを点す。双子は互いに会話をせず、互いを見ることも許されず、塔は離れており、それでも不思議と一つの灯だけが常に点されてきた。二つ点ることも、一つも点らないことも決してなかった。それが正義であると村人たちは知っていた。

 銅鑼が鳴り響いた。

 ケーラは火打石を手に取り、打とうと動いた。だが止まった。

 違う。点すべきではない。彼は有罪だ。

 そうではないの?

「どうしよう、わからない」 彼女は息を止め、火打石を握りしめた。「お願い、お願い、お願い」

「有罪だ! 有罪だ!」 叫びが下の村人たちから上がった。

「林檎を返せ!」

 ケーラは息を吐いた。

 ロッセは有罪だった。ダールが彼の灯を点したのだ。

 彼女は正しかった。寒気が残った。


 続く儀式は客人のためというよりも、ジグミの村人のためのものだった。手彫りの横笛で音楽が奏でられ、魔法の光が空を満たして舞い踊り、炎の周りで村人たちは歌い、手を叩いた。

 群衆の端で、ケーラは木に上っていたあの少女に会った。彼女はその祝祭を熱心に観察していたが、加わろうとはしていなかった。彼女はケーラが自分を見ているのに気付くと、以前と同じはにかんだ笑みを見せた。彼女がケーラへと抱く憧れは、その大きく見開いた眼からも明らかだった。この日、少女の期待に彼女とダールが応えられたことを、ケーラは嬉しく思った。

 それは二人が調停してきた審理が、更に一つ増えただけだった。二人の不均衡の中、彼女の欺瞞的な出生の中、成した正義だった。彼女はダールを一瞥した。二人の道は全くもって、受け入れられるものなのだろうか? 自分はこれでいいのだろうか?

 伝統に則り、最初に村長へと夕食が出された。それは平らなパンと、相応しくないにしても適切に、林檎の濃厚なスープだった。

「ありがとうございます」 ンガボ長老は夕食を出した若者へと頷いた。全員の目が木製の壇上に座す老女へと向けられていた。彼女はその白髪の房を耳の後ろに避け、スープの香りを鼻に扇ぎ、頷いた。「良い香りです」

 礼儀正しい笑い声がまばらに上がった。ケーラはその音の背後に空腹を感じ取った。彼らは長老が食すまで食事を出されないのだ。

 ンガボ長老はようやく椀を唇へと運び、スープを飲んだ。彼女は一口、二口と飲みこみ、そして椀を下ろすと、笑みを浮かべた。「おいし――」 その声は喉で詰まった。彼女は困惑したように首をかしげ、そして眼を見開いた。彼女は首に手を当て、乱暴にかきむしり、顔色が灰色に変化した。

 音楽が止まった。

 舞い踊る光が空から落ちた。

「窒息してるぞ!」 誰かが叫んだ。

「手当てを!」 また別の誰かが悲鳴を上げた。

 村人たちは浅い階段に群がり、癒し手と神秘家たちが長老を助けようと駆けた。

 その騒動は狂乱へと拡大し......そして、同じように素早く、静寂へと立ち消えた。

 ジグミの癒し手の一人が後ずさり、首を横に振った。

「何が起こったんだ?」 まばらな声が上がった。

「わかりません」 答えが来た。「村長様は――村長様はただ――」

「毒だ!」 この声は大きく、確かだった。「林檎に毒が!」

 息を呑んだのはケーラだけではなかった。

「ロッセだ!」

 ジグミの村人たちは一つになり、彼らの足はケーラの意識を追い抜いて牢へと殺到し、それを叩いた。

「人殺しだ!」 彼らは叫んだ。

「殺せ!」

 彼らはロッセの独房を破り、彼を引きずり出した。群衆が、血を求めていた。

「止めてくれ!」 ロッセは懇願した。「頼む、止めてくれ!」

「お前がやったことの報いだ! その首をよこせ!」 一人のジェスカイの戦士が剣を抜いた。

「いけません!」 ケーラは剣の前に飛び出した。彼女はそこに来るまで、跳んだことを自覚すらしていなかった。浅く、荒く息をつきながら、彼女は鋭い剣先をじっと見つめた。

「そこをどけ!」 その戦士は叫んだ。

「何をしているんだ?」

 ケーラはその声がダールのものだとわかった。彼は群衆から少し離れて後ろから、彼女を眺めていた。彼が口を開かずとも、何を考えているかを知っていた。村人たちに、そのように受け取られることは彼の望むところではなかった。彼は眼で語っていた。立つように、道をあけるように、そしてその男を殺させるように。

 だが彼女は動けなかった。今この瞬間、何かが彼女をその場に縛りつけていた。まるで、彼女は長い道をずっと歩いてきて、その場所こそが目的地だったのだとようやくその時に実感したかのようだった。

「そこをどけ、邪魔をするな!」 その戦士はケーラの喉に刃を押しつけた。

「この者は審理を受けるべきです」 彼女は小声で言った。

「何を言っているんだ?」 その問いは群衆の更に後ろから聞こえてきた。

「どういうつもりだ?」 その戦士が尋ねた。

「この者は審理を受けるべきです」 ケーラは言った、今度はわずかに声を大きく。

「だがそいつは人殺しだ!」 村人の一人が叫んだ。

「人殺しだ!」 他の村人たちの声が響いた。

「こいつの仕業でないと言えるのか?」 戦士がケーラへと尋ねた。

 ケーラはロッセを見た。彼の目には恐怖が、恐怖と嘆願があった。彼女は更に多くを知ろうとしたが、それ以上はわからなかった。彼が有罪なのか、無罪なのか、わからなかった。告げることはできなかった。

「どうした?」 戦士は押した。「言えば良いだろう、調停者殿。できるならば。こいつが無罪だとな」

 彼女には言えなかった。

 戦士の背後にダールがいた。兄の唇は嘲笑に曲げられていた。そして彼の周囲の村人たち全員が、彼の感情を模倣しているようだった。

 その嘲笑に、ケーラは自身が愚かだと感じた。自分は一体何をした? 何を考えていた? 彼女は視線をそらし、ぬかるんだ地面を見た。視線を向ける所はなかった。そしてその時、木に上っていたあの少女の姿を見た。

 その少女はケーラをじっと見上げていた。逆さまの荷車の下から、目を大きく見開いて。二人の目が合い、そしてその瞬間ケーラは何かを理解した、かつては完全に理解したことなどなかった何かを。ここには、一人の男の有罪か無罪かよりも差し迫ったものがある。ジェスカイの正義が危機にある。そして今この瞬間、木の上の少女がケーラをあるべき場所に留めていた。

「それみろ! 言えないぞ!」 群衆から声が上がった。「無罪とは言えない!」

「有罪だ!」

「人殺しだ!」

「殺せ!」

「止めなさい!」 ケーラは声を震わせた。恐怖は問題ではなかった。彼女は木の上の少女へと頷き、戦士の剣を脇に押しやった。彼女は立ち上がり、ダールとジグミ村の荒々しい村人たちに対峙した。

「そのようなことは私が許しません!」 かつてない感情が彼女の内にあった。炎が彼女の血管を流れ、魂を包んでいた。そして、それを抱くのではなく放った。自身の外へ、正義の名として。「『葦の規則』は定めています、殺人容疑のあるジェスカイは審理を受けるべきであると。この者も同様です。私は塔に入るまで、審理を行いはしないでしょう!」

「罰あたりめ!」

「そいつの仕業だ!」

「見なかったのか?」

「双子さん、あんたもそう思うのか?」 戦士がダールへと向き直った。

 ケーラは兄に対し、わずかに申し訳なさを感じた。彼には同意する以外の選択肢はなかった。認識の、そして「葦の規則」の両方から。

 ダールはゆっくりと頷いた。「ええ」

 群衆は息を呑んだ。

「だが――」群衆が叫びを放つよりも先に、ダールは片手を挙げた。「だが素早く行動する必要があります。今すぐ塔へ向かい、審理を行わせて下さい。妹が求めるように。貴方がたが彼の首を手に入れる前に、貴方がたの村が『葦の規則』を破るという罪を犯す前に」

「ならばそうしろ!」 その戦士が叫んだ。「必要なら灯を点せ。人殺しの首を切るための灯を点すのは良いことだろう!」

 ジグミの村人たちは歓声を挙げ、一つになってケーラとダールへと向かった。

 ケーラは叫んだが、その声は村人たちの声にかき消えた。彼女は塔へと急ぎ、肩で息をしながら階段を上った。それは調停者の待遇ではなかった。審理はこのように進むものではなかった。

 彼女とダールの目が合った。

 彼は一度だけ首を横に振った。鋭く、明白に。彼女はその意味を知っていた。「お前は点すな」

 彼は自分の灯を点すのだろう。村人たちの信念を確かなものにする、正義という認識を抱いて。

 だが正義とは一つの認識ではない。

 ケーラは塔の頂上の部屋へと飛びこみ、背後の扉を乱暴に閉めた。

 銅鑼が鳴るまでに、彼女はかろうじて立ち上がる余裕しかなかった。

 内なる炎に駆り立てられ、彼女は火打石へと走り、叩きつけた。そして芯に炎を点した。無実の灯火が点った。

「どういうことだ?」 直後、下方から叫びが上がった。

 ケーラは窓へと走った。ジグミの全員が彼女とダールを見上げていた。

「炎が二つ!」

「正義はない!」

「私達に正義を!」

 再び血を求め、群衆が二つの塔へと向かった。

 村人たちが上ってくると、ケーラの塔が震えた。そして扉は瞬く間に破られようとしていた。

 ケーラは窓から飛び出した。彼女は地面へと向かって、大気の流れの上を駆けた。この夜に、群衆の手に落ちるわけにはいかなかった。

「何をしてくれたんだ?」 ダールも急ぎ、彼女の体重を支える大気の流れに乗った。彼が妹を追うと、それは二人の下で動いた。「ケーラ、私達を破滅させる気か。彼らは決して私達を信用しないだろう」

「私は破滅させはしない、守っているの。私達は判決を知らないのだから、こうするしか方法はなかった」

「私の判決は定まっている」

 ケーラは躊躇し、速度を緩めた。大気の流れが足元で震えた。ダールは確信して口を開いていた。彼女は肩越しに兄を見た。仮面のような彼の表情は読めなかった。

「私の判決は定まっている」 彼は再び言った。「もう十分だろう、ケーラ。来るんだ。どのみち君は決して知らなかった、そうではないか? 私は常にわかっていた。君のは完全に、盲目の幸運だ。推測の遊戯だ。『ダールは点すだろうか?』 何度、自身にそう尋ねた?」

 ケーラはたじろぎ、すると大気の流れが緩んだ。彼女は足がかりと制御を失い、地面へと落下していった。

 一瞬、全てが暗転した。彼女が瞬きをして世界を認識すると、威圧するようにダールが立っていた。彼の剣は抜かれていた。「こんなことをさせないでくれ、ケーラ。私を認めろ。あの泥棒には殺人の罪がある。私はわかっている」

 だがダールは知らなかった。ケーラはそれを確信していた。彼女は確信していた。その感情が内から湧き上がるのを認識した。彼女は以前にもそれを感じていた。かつて何度も、村人全員の中で、全ての「潔白の塔」の中で、そしてまさに今日この日の早くに、灯を点さないようにとそれが告げた時に。以前、それは囁きでしかなかった。彼女はその声を信じていなかったために。だが今、耳を澄ました時、それは叫んだ。だからこそ彼女もまた叫んだ。「いけない!」 彼女は転がってダールの刃から離れ、跳ね起きた。「私が知らないなら、あなただって知ることはない」

 彼女も剣を抜いた。

「ケーラ、馬鹿なことをするな。戦うというのなら、私は君を殺すだろう。剣を下ろせ」

「私の手から剣を落とすことができるのは、ただ一つの正義だけ」 ケーラは剣を振るった。ダールは受け流した。「戦いましょう、兄さん。今この時の審判のために、戦いましょう」

 空中で、二人の刃が大きな金属音とともに衝突した。

 そして清明の戦いが開始された。それは古に廃れた、調停の双子による伝統だった。もし双子が評決に同意しない事があれば、一対一の戦いを行うべし。彼らは極めて互角であるために、双子を分かつ唯一のものは審判の清明さであるだろうと巻物には記されている。双子は正義のために戦い、真実を守り、僅かな瀬戸際に立つものが従って勝利を手にするであろうと。


龍の眼の学者》 アート:Jason Rainville

 その戦闘の中、ケーラは清明さに取りつかれたことを知った。全てを見ることができた。まるで世界を異なる四つの位置から、そして二つの未来から、一度に俯瞰しているようだった。彼女は兄が転がり、また起き上がるのを同時に見た。だが彼を止めようと動いた時、彼が後ろへとよろめくのを同時に見た。彼が転がり、そして立ったであろう場所へと届くことはなかった。

 あらゆる動きがそうだった。彼女はいつ、何処にその刃を向ければよいかを知っていた。どれほどの強さで打ち、いつ避けるかを知っていた。

 双子が互いに円を描くように戦う中、彼女は村人全員の視線を感じた。そして一撃ごとに彼らの凝視もまた動くのを感じた。彼らの気分は衝撃から不信へと、そして畏敬へと変化していった。彼女の周囲にいる者達は彼女が理解したものを理解していた。彼らは見た。彼女ほどに明晰ではなかったかもしれない、だが彼らは彼女が見たものを見た。彼女の理由を、真実を、正義を見た。

 そしてまさにその瞬間、ケーラは跳躍とともに急回転の一撃を繰り出し、低い姿勢で地面に着地した。膝をダールの胸に、刃を彼の喉に当てながら。

 彼は妹を見上げ、その目を見つめた。そして見た。全てを見た。

「どうするつもりだ、ケーラ?」 彼は囁いた。「どんな審判を下す? 私は有罪だ」

 ケーラは生きてきて初めて、力を持ったと実感した。そしてそれを求めていなかったとも。ダール以上の力を彼女は求めていなかった。自分達に必要なのは、平衡だった。

 彼女は兄を見下ろし、微笑みかけた。「闇がなければ光が、夜がなければ昼が存在できないように、罪がなければ無実もないの」 彼女はダールの喉から刃を離し、立ち上がった。「私独りでは、刃の片方だけ。私達が一緒にいて、初めて正義の剣になれる」 彼女は手を、ダールへと差し出した。「一緒にいてくれる?」

 兄の目が彼女をとらえた。彼は妹の手を取り、その手助けに身を任せて立ち上がった。

 初めて、二人は村人たちの前に、対等に立った。

「その男は正当なる審理を受ける」 ダールは言った。「今日この日、正義は成されるであろう」

「葦の規則の定めのままに」 村人たちは唱和した。

 銅鑼が鳴り響いた。

 ケーラはその音の方向へと顔を向けた。木の上の少女が金属板の隣に立ち、槌を手にしていた。彼女はケーラへと微笑んだ。

 ケーラも、不敵な笑みを返した。

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